またも遅れて申し訳ございませんでした。
とりあえず生存報告も兼ねての投稿です。
本編を楽しみにしている人には申し訳ございませんが今回は幕間で、本当は第一巻後に投稿したかったんですけどこのままだとまた一年間エタると思い、ここで投稿しました。
では、どうぞ。
その声を捉えたのは、ただの偶然だった。
『助けて』
街中の音を捉える中、熱で呆けた頭に、その言葉が大きく響いた。
風が吹けば聞き逃してしまいそうな、か細く恐怖に震えた小さな女性の声だ。
場所は街外れにぽつんと建つ、広大な屋敷。
そこを機竜を纏った暴漢たちに占拠されているのをたまたま捉えただけの話だった。
こんな事件は、この時代、世界の何処かでいつも起きているだろう。
自分は『この世界』の人間ではない。
異世界の人間である自分が、『この世界』に干渉するのはどのような現象を、どんな因果を生むのか想像もつかない。それを危惧して目覚めてからの数ヶ月、孤独と共に彷徨い、探し、戦い続けた。
こうして自分が街に近づいたのはただ高熱を出し、薬を求めてのことだけという例外でしかない。
これまでのスタンスを貫き、その声を無視しようとした。しかし、
『――我々は戦いを否定しない。しかし、強い者が弱い者を一方的に殺すことは断じて許さない!撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ。我々は力ある者が力なき者を襲うとき、再び現れるだろう。たとえ、その敵がどれだけ大きな力を持っているとしても!』
記憶の奥から熱で浮き出すように響いたのは、ライも所属していたあるグループの、そのリーダーが示した主義主張の一フレーズだった。
耳心地はいいが、本質は人気取りのきれいごとだ。
それはリーダーも肯定しており、とんだ詐欺師と自分が言ったら、偽善者で扇動者だよと悪辣に笑っていたものだ。
――だけど……。
強者が弱者を虐げる。そんな権利などない現実に怒りを抱いていたことを知っている。そして、自分も
「駆逐せよ、絢爛を失いし青の騎士」
熱した吐息と共に口から出るのは
胸の内に生まれた、頭の熱とは別種の熱に促されるまま纏っている愛機、それに差し込まれた
これはもしかしたら余計なお世話なのかもしれない、それでも見過ごすことは自分には到底無理だった。
「その身は既に邪悪な処刑人、凶器を疼かせ闇に忍び、闇を消し去れ」
胸の熱がぐつぐつと煮え滾るのが聞こえてくる。怒りという名の熱がマグマのようにこみ上げている。普段ならコントロールしてくれる頭が、高熱でストッパーの役目を果たさない。ならばどうなるか。理不尽な暴力を許さないという生の感情を剥き出しにして動く
「《ランスロット・クラブ・クリーナー》」
詠唱の終わりと同時に姿を変えて蒼黒となった騎士の
神装を発動し、完全なステルス性で身を包み空を翔る。それだけでただでさえ、高熱でやられていた頭と体は更に重くなる。それでも理不尽に対する怒りと、間に合えと逸る気持ちは揺るいでなどいなかった。
◆
レリィ・アイングラムは膝をつき、妹、フィルフィを抱きしめていた。
妹も同じようにこちらを抱きしめ返しており、お互いを離すものかと力強く身に付けた服を握り締めている。傍からすれば、姉妹の微笑ましい姿に映る。しかし、抱きしめる相手に声を掛けることすらも、微笑むことも容易ではない状況に彼女たちは陥っていた。
時折、背後からウィーン、ウィーンと、床を踏みしめて動く音が聞こえる。音が鳴るだけで、フィルフィの体が大きく震える。今年で十二になる妹の体は二十になった自分の体に包まれ、状況を確認することができない。そのため、音が鳴るだけで恐怖に襲われている。自分もあの音が恐ろしくてたまらない。
妹の震える体をより強く抱きしめながら、恐る恐る背後を見る。
父や使用人、この別荘にいた者たち全員が集められ、床に座らされていた。本来なら、あり得ない光景だろう。そんな光景が繰り広げられているのは、父の享楽でもなんでもない。今、この別荘で最大の力を持った人物によってだ。
自分たち集団を囲む者、
本当に突然の出来事だった。
帝都ロードガリアで商談を行う予定の父の補佐として付き添い、この街の別荘で休んでいるところを彼らは突如襲ってきたのだ。
最初は傭兵崩れの盗賊かと思ったが違う。機竜の装甲に刻まれた紋章や身に纏っている装衣から正規の帝国軍人だと分かった。
腐敗の進んでいる帝国。その影響は帝国軍内部にも深く浸透しており、本来は民を守るべき彼らが圧政者そのものになっている事実はレリィにとっても解っていた。いくら大きな商談とはいえ、最初は帝都に向かうのを父へ反対したほどに。そんな彼らが自分たちにあるはずもない難癖で襲い掛かってきたと思っていたが――。
――あの余裕のない感じはなに?
今この場を支配しているは間違いなく彼らだ。支配できるということは十分な力を持っていること。装甲機竜という超兵器を持っている彼らは普通なら優越感といった余裕を持っているものだ。しかし、別荘から金品をかき集めている彼らにはその余裕というものが全く感じられない。
彼らの顔にあるのは焦燥と恐怖。
軍の金を使い込み、それを自分たちから奪ったもので補填しようとしているのか?
だが、それにしても彼らの雰囲気は尋常じゃない。軍内の罰を恐れているだけなら、あそこまで余裕をなくすはずがない。
強盗の一人が唯一の《強化型》――《エクス・ワイアーム》に乗ったリーダー格と思われる男に顔を真っ青にしながら話しかけた。会話が続くたび、リーダー格の男に滝のような汗が流れ、震え始める。ダミ声で聞き取りにくいが辛うじて『全滅』『敵前逃亡』『国外へ』『奴らから逃げる』『とにかく遠くへ』という言葉をレリィは耳に拾った。
――逃げる?一体何に……?
苦悶は父のもので、悲鳴はメイドたちのものだ。
先程の会話で焦燥と恐怖が最高潮に達したリーダー格が更に金を要求して、全て出したと言った父の言葉を嘘と決めつけ激昂、
「父さん!」
思わず叫びに、凶行を働いた男と目があってしまった。
その顔は未だに恐怖に彩られながらも、口はにやり笑っていた。
いけない。そう思った時には、レリィと抱きしめたままのフィルフィの体が宙に放り出された。身動き一つとる前に男が纏った機竜の手で自分たちを集団から引きずりだしたと理解したのは、背中を床に打ちつけた後だった。
背中に広がる鈍い痛みに耐えながら、妹を抱きしめたまま起き上がると……
「あ……」
目の前の光景に背筋が凍りついた。
その目に、先程リーダーに駆け寄った
自分たちは見せしめだ。父から更に金を巻き上げる為に自分たちを此処で殺そうとしている。
帝国では男尊女卑の思想が根深い。自分たち女は人質にすらならない、見せしめの贄だと
父や使用人たちが床に頭をこすり付け、止めるように懇願する。しかし、男たちはもう遅いとばかりに
そんな物を撃てば騒ぎが伝わることを彼らは理解しているのだろうか。いや、そもそも恐怖と焦りで追い詰められた彼にそこまでの思慮を期待できるはずがない。
「――――」
叫び出したかった。泣き出したかった。抵抗さえできずに殺されるとわかった時は、そうなるものだと思っていた。それでも、分厚い壁で塞き止められたように、涙すら流れない。絶望。そのたった一つの言葉が、体全体を縛ってしまった。
体は自由の身でありながら、心が恐怖で縛り上げられてしまった。
カチャリと金属的な音が聞こえた。眼前の
脅しではない、本気だ。
レリィの胸で恐怖が跳ね上がる。だが、
――フィルフィだけは……!
フィルフィの体をより強く抱きしめる。
妹を守る。
絶望的な状況でも家族として、姉として愛しい者を守ろうとする気持ちが身体を動かした。
「やれ」
リーダーの男が命じる声がする。
「……助けて」
――お願い。
「……助けて」
――この子を、妹を。
「……助けて」
――フィルフィを。
「……助けて」
装甲機竜が
レリィはそれでも振り向くことをしなかった。例え、暴発か脅しだとしても、この絶望的な状況が覆るわけではないのだ。だが、続く砲撃はなかった。あるのは
恐る恐る背後を見ると、レリィは目を見開いた。
「神装……機竜?」
漆黒と蒼の鎧騎士を思わせる、美しい機竜だった。汎用機竜のような量産品ではない。そんな代物には存在しない、品と質を極めた芸術品であると同時に大自然のように脆弱な人間を圧倒する存在感が溢れ出ていた。
その蒼の機竜を操作している
顔立ちは解らない。黒い衣服で全身を包み、備えられたフードを深々と被っている。
辛うじて覗いている口元からは荒い息が漏れている。体力の消耗による息切れ……だけではないだろう。それだけならば、呼吸のたびに命が抜けていっている印象を抱かないはずだ。
機竜の左腕には、機竜と同等の長大な銃器が握られている。銃の体といえる部分は
それでレリィは悟った。最初の壁の爆発は
汎用機竜とは違う、その姿から神装機竜だとは思われるが、レリィにとって、その機竜が何なのか――強盗の敵か味方すらも未だによくわからなかった。いや、敵だ。自分たちの邪魔をした以上、強盗たちにとってイレギュラーは全て敵なのだ。
そんな不意をつかれた
自分たちを消し飛ばそうとした三人もリーダーも、僅かに浮かんでいた優越もあっという間に恐怖に染め上げられ、悲鳴のような声を上げる。
「何故、気付かなかった!!《ドレイク》乗りは寝てたのか!?」
「ここに来てから欠かさずやってたよ!!けど、全く反応がなかった!
「レーダーの範囲外から瞬間移動したとしかいいようがねぇ!!」
「おい……あの胸の紋章……!?」
「《案山子》と同じ……姿は《外套付き》そっくりだ!!」
「俺たちを追ってきたんだ!!」
レリィを狙っていた
そんな攻撃など通用するものか、避ける価値もない、と言っているように見えた。現に蒼の機竜の装甲に届いていない。
信じられない光景だった。機竜の装備の中で火力が低い
無理だ、と思った。いかに頑強な障壁を持っているとはいえ、
だが、蒼の機竜は動かない。ただ木偶のように立ち、放たれ続ける
「撃てぇっ!!」
蒼の機竜目掛けて三つの
蒼の機竜は……動いた。けれどそれは、回避行動ではない。相変わらず棒立ちのまま、武器を持っていない右腕を前に突き出すだけだった。
「……っ!?」
直撃、爆発した。
機竜一機を破壊するには十分過ぎる破壊力。爆煙と熱い大気の壁が生まれ、さっきより強くレリィの身を叩く。
爆心地から白い煙が広がり、突然消えた。晴れた原因は蒼の機竜だ。盾として構えた腕を力強く振り、煙を晴らしたのだ。先ほどの三撃は、
「ひぃっ……!?」
恐れを帯びた声と共に、
何もなかったように、蒼の機竜が
蒼の機竜が、その手に握った長大な銃器を振り上げると、その刹那、振り上げられた腕が、風を切って唸りを上げた。耳をつんざく轟音と共に、
「――!!」
父たちの側にいたリーダー格の
しかし、レリィはこれから繰り広げられる光景から、その戦法は間違いだと思い知らされた。
「……!……っ!」
蒼の機竜との力の差か、強盗は
「……!!?」
次の瞬間、《エクス・ワイアーム》が沈んだ。一見、足元の床が抜けたか、そこだけ重力が強くなったかに見えたが違う。
蒼の機竜に圧されているのだ。手を置いて圧を加えた。それだけだ。片腕の力だけで、置かれた肩が歪み、装甲の厚い両脚が折れ砕け、沈んだのだ。
節々から悲鳴を上げる機竜が抵抗を試みる。圧している右腕から離れようとするがびくともしない。力技では無理と、
殆ど距離もない状態での威力ならと思ったのだろうが、結果を先ほども変わらず。弾を障壁で弾き、火花で彩られながら蒼の機竜は圧することをやめようとしない。
リーダー格の
リーダーの危機に見ていられなくなったのか、強盗の一人が雄叫びを上げながら、
そこでようやく蒼の機竜は、圧することをやめた。しかし、それは相手を解放、変更したわけではない。肩に置かれた手は、指を立て喰い込んでいた。
蒼の機竜が回った。その地点を軸に、独楽のように回った。それも超高速で。そんな加速の勢いを行えば、肩を鷲掴みされていた
大質量と大質量、
蒼の機竜の勢いは止まらない。足を踏み込み、方向を定める。ぶつかり合い、異形の鉄塊となった
その射線上には、強盗最後の
呆然としたまま向かってきた
そして、残るは静寂のみ。
静まり返った場、アイングラムを襲っていた強盗はもういない。薙ぎ払われた三人は、未だに気絶しており、リーダー格の男は部下二人と共に、鉄塊となって外にぶん投げられた。喜んでよい状況なのだろう。少なくとも、自分たちに殺意を持っていた者たちはいなくなったのだから。
しかし、一部始終を見た誰もが固まっていた。父も使用人たちもフィルフィも、この場にいる誰もかれもがその場から動けずにいた。全員が、その場を作り上げた蒼の機竜を、技など小手先のものを使用せず、原始の力だけで相手をねじ伏せた蒼の機竜に魅入っていた。
レリィ自身も例外なく魅入っていた。どう表現すればよいのだろう。華麗な踊りや精工な作り物といった人間の範疇ではない、怒涛の大瀑布を起こす滝といった圧倒的な存在を目の当たりにした感動が生まれていた。
「――凄い」
無意識に零れた感嘆の声。そのポツリとした声に、蒼の機竜がぐるりと体をこちらに向けた。
逃げろ、とようやく我に返った父や使用人の声が聞こえた。今更ながら、蒼の機竜が味方であるかは、解っていないのだ。父たちの声が響く中、黒い巨大な影にレリィと腕の中のフィルフィは呑みこまれた。
今度こそ――レリィは覚悟を決めた。
だが、
「呼……んだか?」
「え……?」
声は男のものだったが、力はなくか細い、酷く弱弱しい。しかし、不思議と耳心地が良い穏やかな声だ。そんな声の持ち主が先ほどの原始そのままを現した戦い方をした人物には到底思えなかった。
レリィの戸惑いに気付かないのか、口を動かし続ける。
「助け……てって、言った……な?」
「あ――――」
その言葉にレリィの目が大きく見開かれた。言った。自分は確かに、救いの言葉を吐いた。だが、それは本当に小さな、風が吹けば消えてしまうような物で、もしかしたら抱いていたフィルフィにも聞こえないようなものだ。
そんな声を目の前の彼は耳にし、聞き逃さず助けてくれた。
そう頭で理解した瞬間に、頬に熱いものが伝って来た。それも一回だけではない。何度も何度も伝ってくる。涙だ。今まで流したことがないほど、大きな涙が止まらない。今まで恐怖で塞き止められていた涙が彼の言葉で安心と共に溢れ出す。
涙を零しながらフィルフィを抱きしめたまま頭を下げる。
――ありがとう、ありがとう。
本来なら言葉に出して言うべきなのだろう。しかし、駄目だ。自分たちが救われたという安心感と胸に湧き上がる感謝の思いがごちゃ混ぜとなって口を開けない。
すると下げられた頭に小さな何かが乗せられた。小さく、温かいそれは頭をそっと撫でてくれた。
「お姉ちゃん。もう、大丈夫だよ。――ありがとう」
頭を撫でてくれるフィルフィの言葉でまた涙が溢れてきた。そうだ。自分だけではない、最愛の妹も無事だったことに、喜びと安堵、再びの感謝の気持ちが湧き上がったから。
頭を下げ続けているため妹の顔が見えないため、最後のありがとうは自分か彼かどちらに向けられたものか分からない。ただ、それにレリィは何度も頷いた。
すると――
「――お姉ちゃん?」
彼の言葉、驚愕を含めた声に涙を流したまま顔を上げた。
目の前の彼は相変わらず荒い息を吐いている。しかし、口は丸く空き、レリィとフィルフィを弱弱しい首の動きで見比べていた。
そして、
「妹を……守った……のか?身を挺して……」
一息。
「貴女は……強くて、凄いよ。僕よ……り……も……」
か細い声が振り絞ると彼の首が糸が切れた人形のようにがくりと落ちる。
握っていた操縦桿も離し、主の意識喪失を感知した蒼騎士が光の粒となって消える。
支えとなっていた機竜を失った彼は崩れ、倒れ始める。
いけない。
レリィはこれまでずっと抱きしめていたフィルフィを解放して立ち上がる。そして、手を広げて彼を――抱きしめた。
細い外見からは窺えない、鍛えられた男性の体重がずっしりとぶつかった。
んっ、と一歩下がってしまうが、確かにレリィは倒れた彼を支えた。その胸に顔を埋めるようにして抱きしめる。そして、服越しにもわかる逞しいその背中を優しくゆっくりと叩く。
病死した母から教わったこと。
酷く疲れた男性に対しての最上位の感謝。
足からも力が抜けた彼から、レリィの耳元へ、呼吸に似た音が聞こえる。
「――――」
それは呼吸ではなかった。
人の名だ。不思議な響きを持った女性の名だ。
その名を呟く彼の声が悔恨に満ちたようにレリィには聞こえた。