ナイトメア・オブ・ライ   作:兜割り

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復活のルルーシュ……一言で言うと最高でした。


仮入学

ルクス・アーカディアは現在、非常に泣きたかった。

それはもう今すぐ部屋の隅で膝を抱えてさめざめと泣きたいほどだった。

 

ルクスがいる場所、王立士官学園の校舎二階の二年生の一教室。そこは貴族子女のお嬢様たちだけの華やかな空間でありながら、お通夜もさながらの重苦しい空気が包まれていた。

 

――帰りたい……!

 

キリキリと痛みだした胃を抱えながらルクスは心中で叫ぶ。

 

本来、機竜整備の依頼を受けただけのルクスが今、学園の制服を着て教室にいるのか。

それは先日の騒動が切っ掛けだ。

 

新王国の姫、リーズシャルテ・アティスマータとの装甲機竜(ドラグライド)を用いた決闘。

 

その前に自身の機竜チェックの為、妹のアイリとその友人ノクトと機竜格納庫に向かう際に、学園長室の扉を破壊して、ライと彼に似た少女が廊下で《ランスロット・クラブ》と《月下・先型》を纏い、文字通り殺し合いのような激しい戦いを間近で見ることになった。

 

その後、不意打ち、消耗、生身だったとはいえ両者を辞書で殴り倒すレリィという凄まじい光景を目撃したが、場を収めた彼女が預かるといった為、一先ずそのことは後に聞くことにして決闘に集中した。

 

学園敷地内にある演習場で、大勢の学園関係者に見られながら始まった試合。それは、王都のコロシアムで多くの模擬戦を繰り広げたルクスにとっても経験したこともないほど激しいものだった。

 

リーズシャルテの纏う機竜、その名も神装機竜《ティアマト》。

 

無二の才能と弛まぬ努力を持った者しか扱えぬ機竜を超える機竜。

 

決闘前に妹のアイリから詳細を知らされていた専用の特殊武装である《空挺要塞(レギオン)》を使用した悪魔じみた戦術。

七つの砲口を持つ超火力の巨大砲撃兵器《七つの竜頭(セブンスヘッズ)》から放たれる必殺の一撃。

その圧倒的性能を自身の物にし、淀みのない動作で繰り出す彼女の技量。

 

いくら部品と武装を防御特化に改造したとはいえ、ルクスの使う汎用機竜の《ワイバーン》では気を抜けば一撃で撃墜されてしまうであろう相手だった。

 

圧倒的過ぎる戦力差、間違いなくこれまで戦ってきた相手の中で強者ともいえる彼女にルクスは――だからこそ、勝機を感じ取った。

 

《ワイバーン》の基本武装の全てを巧みに使い分け、彼女の攻撃を防ぐ。

攻撃の余波によって装甲も、徐々に剥がれ、展開している障壁の出力もあと僅かまで減らされたが、それでも致命傷を受けることなく五分凌いだ。

 

そのまま時間を稼いで、リーズシャルテを体力切れに追い込もうとしたが、彼女は切り札である重力制御の神装《天声(スプレッシャー)》を使用し、ルクスを一気に窮地へと追い込んだ。しかし、ただでさえ負担の大きい神装機竜の性能を全開(フル)に発揮した為、暴走一歩手前まで消耗してしまったのだ。

 

暴走を止めるため、決着を急ぎ、推力出力を最大にして斬りかかるルクス。

七つの竜頭(セブンスヘッズ)》以外の武装の制御を切断し、渾身の主砲を放とうとするリーズシャルテ。

 

二人の戦いが最高潮に達した。その瞬間――。

 

本来なら決して起こるはずのない異変が起きた。

 

演習場の高い空から、人ならざる闖入者が突っ込んできた。

 

闖入者の名は幻獣神(アビス)

 

十余年前、機竜が発見された遺跡(ルイン)から時折現れるようになった、尋常ならざる強さと不可解な生態、特殊能力を持った怪物。

 

幻獣神(アビス)――ガーゴイルの出現に対し、ルクスはリーズシャルテと共闘。

 

ガーゴイルを追い詰める中、《ワイバーン》は大破しルクス自身も負傷したが、リーズシャルテがルクスの戦術通りに協力し、《七つの竜頭(セブンスヘッズ)》によってガーゴイルは粉砕された。

 

短時間で撃破したことで決闘を観戦していた生徒たちに危害はなく、疲労と決闘による体力の消耗、そして安堵からルクスは意識を手放した。

 

そして、治療を受け学園の医務室で目覚めたルクスに待っていたのは、

 

――整備士見習いの雑用は解約されて、学園の士官候補生の生徒として入学って……大丈夫なんですか、色々と!

 

目覚めたルクスにそのことと、風呂場の騒動について許してもらい、()()()()()()()()()()リーズシャルテいや、愛称で呼んで欲しいとまで自分を気に入ったらしいリーシャの強引さと、『将来の共学化を検討しての試験入学』として仮入学ながら許可を出した学園長のレリィの自由さははっきりいってどうかと思っている。

 

新王国の姫と雇い主の手配を無下にできるはずもなく、ルクスはお嬢様学園に入学することとなった。だが、ルクスが泣きたくなったのはそれが理由ではない。それだけならば胃の痛みだけで済んだだろう。

 

ルクスはチラリと自身の横、肝を凍死させかねない悪寒と教室を重苦しい雰囲気へと変えた原因へ視線を向ける。

 

教壇の前に立つルクスから離れ、教室の扉の前で直立する人物。

 

ルクスや女生徒が着る制服とは違う、黒い長ズボンと白いワイシャツと黒いネクタイの上にベストの姿、腰帯に二振りの機攻殻剣(ソードデバイス)を携えた銀髪の青年。

 

――ライさん……。お願いですから、その怒気を引っ込めて下さい!!

 

表情はポーカーフェイスを作っているが、その身体からは隠しきれない苛立ちと煮えたぎるような怒気を噴き出し、噴火寸前の火山のような存在になっているライへルクスは心中半泣きで吠えた。

 

怒っている彼のせいで女生徒たちは、ライが入室した途端、それまであった明るく緩い雰囲気は潜み、全く乱れのない姿勢で席につき、ただ黙って彼を見ないようにしている。

 

同じクラスだったリーシャは昨日の疲れの為か、眠そうに船を漕いでいたが、ライの怒気を肌で感じ取った瞬間、覚醒し他の生徒たちと同じように背筋を伸ばしている。ふと、視線が合い、助け船を求めたがすぐに背けられた。

 

その態度でルクスは、彼女も他の女生徒もライを怒らせたらヤバイと、刺激せずに嵐が過ぎ去るのを待つしかないことを経験していることが察せた。

 

「――というわけで、彼が今日からこの学園に通うことになった、ルクス・アーカディアだ」

 

担当クラスの女教官、ライグリィ・バルハートの紹介が進むが、ルクスは彼女が自分をなんと紹介したか耳に入らなかった。ただただ、ユミル教国の敬虔な信徒のようにライの怒りが静まるのを神に心の中で祈ってた。

 

ライグリィは、旧帝国時代に女性の身でありながら、唯一の機竜使い(ドラグナイト)として活躍し、クーデターでは女性の味方として新王国側についた女傑だ。

 

そんな彼女も側から見れば、ライの怒気に冷や汗を流している。ちらちらとライを覗き、紹介が終わった途端、緊張し切った様子で深呼吸していた。……因みに最前列の席と二列目の席に座る女生徒は半泣きだ。ライから一番近い席の生徒に至っては目の前まで13階段を上り処刑刀(ギロチン)を目の前にした受刑者のような、一種の悟った表情だ。

 

「そして――」

 

ルクスの紹介を終えたライグリィが、ルクスの隣に立つ人物へと視線を向ける。

 

その途端、ライの視線が鋭くなる。その人物を射殺さんばかりに睨み、手が機攻殻剣(ソードデバイス)の柄へと添えられる。……その人物とライの間に立つルクスにはたまったものではないが。

 

その人物、学園の制服を着こなした少女。彼女こそがこの教室の雰囲気を一変させた原因の原因。ライの怒りの矛先。

 

腰まで伸びる炎の滝を思わせる鮮やかな長髪。

 

瞳は対照的なアイスブルーの神秘的な瞳。

 

学園の制服を着こなし、ネクタイは三学年に分けられる青赤緑とは違う白のネクタイを結んでいる。そして、首にはルクスの首にかかる『咎人の首輪』に似た蒼色の首輪がはめられていた。

 

そして、まだ少女らしさを残しながらも凛とした色を見せる端麗な顔立ちには、喜びと期待が入り混じった笑みを浮かべている。……憤怒をぶつけてくるライによく似た顔に。

 

ライグリィの唾を飲み込む音が聞こえ、

 

「彼女も、今日からこの学園に通うことになった、アルト・ランペルージだ。皆、慣れないことも多々あるだろうが、よろしく頼む」

「アルト・ランペルージです。()()仮入学の身ですが、よろしくお願いします。それと今、教室の雰囲気を悪くしている人の()()です」

 

明るく弾むような口調で言う彼女の顔は見惚れるような綺麗な笑顔だった。

 

しかし、残念なことに場の空気が最悪過ぎて生徒たちからは拍手も声の一つもなかった。

 

アルトはその光景にふぅと小さく息を吐くと、ちょっと失礼しますと言い、ライの前まで歩く。

 

彼女が移動したことで怒気の射線上から逃れたルクスはようやく深く息を吐けた。

 

お互い手の届く範囲まで距離を詰めた二人。

 

ライの発散していた怒気が近づいた彼女に集中し、そろそろ怒気ビームを発射できるのではないかと思う程鋭い視線を身長の都合から見下ろしながらぶつけている。対象的にアルトはそんなビームすら弾き返しそうな無敵のアルカイックスマイルで見上げている。

 

緊迫した空間が形成される中、アルトが指を二本立てた左手を上げると、今度は親指を立てた右手で教室の扉を指し示す。

 

ライはアルトへ視線を向けたまま無言で扉を開ける。

 

そのままライとアルトは教室から退室していく。ようやく、怒りに支配された空間から解放され、女生徒たちは各々脱力し、大きなため息をつく。最前列にいた少女たちは糸が切れた人形のように各々机に突っ伏した。

 

ルクスも含めて生徒たちが安堵と状況を静観する中……廊下からはドスドス、ガッガッと鈍い音が響いてくる。ルクスは、背筋に冷たいモノを感じた。聞こえる音から察するに……。

 

「お待たせしました」

 

アルトと、彼女を睨んだままだが発散していた怒気が多少引っ込んだライが帰還したのは、二分後のことだった。

 

一件何事もなかったような様子の二人だが、間近にいて観察眼の優れているルクスには違いが分かってしまった。

 

ライは右手の甲が赤くなり、指が力無く垂れ下がっている。

 

アルトは、制服は小さいが先程までなかった皺が出来、少し汚れている。履いてる靴の爪先には大きな傷が作られ、何より彼女の頭、頭頂部分から若干血の臭いが……。

 

その二人の変化にルクスほどではないが気付いたライグリィが問う。

 

「……なにをしていたんだお前たちは?」

「いやぁ、あんなおっかないオーラを出す従兄にいい加減にしてくださいっと平和的に話し合いをしただけですよ。そうですよね、()()?」

「……ああ、話し合いだ。ただの、話し合いだ。私たちにとって普通の、対話だ。心配するな。何もないからな。殴る蹴るなんて、ないからな。ないんだ。私は、従妹と、話をしただけだ。暴力なんて、存在しない。誰にも見られていないし、聞かれてもいない。……だから、なにもない」

 

ライが教室に現れての最初の第一声は、酷く平坦で、それだけに感情を押し殺していることが解るものだった。

 

「な、なんかあいつ、精神的に危うい気が……」

「気にしないであげて下さい。……不安定なんて今更ですよ」

 

ライは顔をぴしゃりと叩いて、顔を覆ったまま大きく息を吸って吐く。

そして、生徒たちに視線を向ける。その顔は酷く陰鬱気味だ。

 

「体験入学を行う二人は兎も角、アイングラム学園長に機竜整備士として雇われているだけの私が教室にいることの説明をさせてもらう。一言で言えば――監視だ」

 

監視……その一言で生徒たちの視線が一斉にルクスへと集中した。

 

当然だ。

 

長年、男装女卑の風潮を敷いてきた旧帝国の王子なのだから、五年前に体制が変わったとはいえ、生徒たちにとっては、未だ警戒の対象だ。

 

訓練を積んだ士官候補生が複数いる教室で何かしようものなら、袋叩きにされるのがオチだが念には念をということか。

 

生徒たちからそんな納得の気配が満ちる中、

 

「言っておくが私が監視するのは、ルクス・アーカディアではない」

『えっ……!?』

「私が監視するのはこいつだ」

 

そう言って監視対象――アルトを指し示す。

 

「私の父方の叔父が王国の山奥で片眉剃って乳房を切り落とすアマゾネス集団に拉致され、なんやかんやで婿入りしてそのまま帰ってこなくてな。この娘がその叔父の子なんだが、彼女の両親が病死する前に叔父が男尊女卑の風潮も終わり、流石に外の世界を知らず人生を蛮族ライフで終わらすのは忍びないと思って、学生生活だけでもとな」

 

無表情、平坦な声で従妹らしいアルトの紹介を行うライ。しかし、その内容はあまりにも嘘くさくてそのまま受け止めるには到底し難いものだった。

 

「故郷近くの学校に通わせても基本服を着るなどの文化も彼女にとってはカルチャーショックらしく発狂、蛮族パワーを発揮してしまい学校崩壊から転校を繰り返した末に、実力的に抑えられる私が監視役という条件でここに体験入学と相成った」

 

ライの紹介が終わった時には生徒たちには困惑しかなかった。

 

普段のライを知っている生徒たちは、彼がこんな下手な嘘をつくような人物だと思っていない。ルクスも含めて教室の全員が戸惑うことしかできなかった。

 

生徒たちはひそひそと声を交わす。

 

「……嘘よね。ライ先生の親族なのは疑いようもないけど、蛮族の部分は流石に嘘でしょ」

「……どうみても蛮族って雰囲気ないしね彼女」

「……そんな雑な嘘をついて誤魔化したい何かがあるのでしょうか?」

「……いや、世界は広い。『狂犬部隊』の先輩たちに誘われての山岳訓練中、全員でちょっと遭難して全裸で顔と股間に天狗面をつけてる集団と鉢合わせしたことがある」

「……あー天狗奇祭事件かー。ルティア先輩が”天狗の面でテングメンか。よく出来てるな”って言ったら襲いかかってきて、先輩たちが股間の天狗の鼻を蹴って砕いて全滅させた……」

「……いるところにはいると考えた方がいいの、それ?」

「……そういえばルクス君を入れてた牢の壁が壊されたり、学園長室前が立ち入り禁止になってたわよね。もしかしたら本当に……」

 

女生徒たちのひそひそ話は膨らみに膨らんだ結果。アルトは、このクラスの生徒たちには『ライの親族だけど何かしらやべー謎を持ってる少女』という枠に収まった。最悪の第一印象といっていい。

 

そんなレッテルを張られたアルトは、笑顔のまま、握った右手の親指を立てて下に向けていた。

 

「……あれ、どういう意味ですか?」

「――私の足を見ろ、だ。足癖の悪さを自慢したいのだろう」

 

言い終えるや否や、ライの脛目掛けて蹴りが放たれる。

刈り取るようなローキックは、ルクス以外反応することが出来ないほど速かった。しかし、

 

「――ん」

「……ちっ」

 

まるで解っていたかのようにライはアルトの一撃を防御した。アルトの方を向きもせず、ただ片足を軽く上げて靴底で受け止める。

あっさりと対処し姿勢も崩さないライに、アルトも解っていたようで苛立ちのままに舌打ちを残した。

 

「――とこんな感じで手が出やすい奴だから皆もあまり刺激しないように」

 

その後、アルトとライが教室の外で鈍い音を生む話し合いを再び行ったのは言うまでもない。

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

「……なんでお前がここにいる」

 

午前中の授業も終わり、昼休み時間。

 

教室から廊下へ出て、無人の屋上まで移動したライは早朝からずっと感じている不快感と苛立ちを悪化させながらもう何度目かになる愚痴を口にした。

 

「だから、ただ頼んでみただけですよ。昨日の夜、起きてから面会に来てくれたレリィさんに学園生活をしてみたいってね。朝、説明聞きましたよねお父さん?」

 

苛立ちの元凶……赤毛から銀髪に戻した怪物は、呆れたような仕種でクスクスと笑った。

 

――どうしてこうなった……。

 

思い出すのは早朝のことだ。

 

肉体的にも精神的にもまだ回復していない状態ながら起床し、レリィのいる学園長室へと向かった。目的は勿論、独房に放り込んだ怪物についてだ。

 

『縛輪』のセンサーが反応しなかったことから、夜は大人しくしていたようだが、こんなライにとってフレイヤ弾頭並みの爆弾をそのまま放置するわけにはいかなかった。

 

早足で向かい、昨日の戦闘で傷つき、破壊されたままの学園長室の扉を通った先に待っていたのは――

 

「――それで買い物を頼まれた父さんは、ピコピコハンマーを工業取扱店で挙句には武器ショップまで探しに行くなど天然を炸裂させながら、最後の品のトイレ洗剤を買う為に店に行きました。そして清掃用品の棚、目的の置くだけタイプ見ると……」

「見ると?」

「“コーンポタージュ”“ビーフシチュー”“クラムチャウダー”“牛乳”の4種類しかなかったんです!」

「なんなのその変なチョイス!?というかえっ?それ本当に洗剤!?」

「洗剤なんです!信じられないことに!流せば水がその色に染まって便器内を洗浄してくれるそうなんです!あ、因みに無臭と書いてありました」

「当然よ!色だけでもとんでもないのに、臭いまであったら知らない人はパニックになるわ」

「門限の時間も迫り別の店舗へ向かう時間もありません。この三つの内どれかを選ぶしかなく、さすがの父さんも絵的に“ビーフシチュー”は外しました。迫る門限の時間の中、父さんが購入したのは――」

「――何をしている貴様っ!!」

 

レリィと問題の怪物がライの過去で仲良く談笑する姿が目に飛び込み、一瞬の思考停止の後で、《クラブ》の機攻殻剣(ソードデバイス)で斬りかかった。それを怪物は飛び下がって躱し、そのまま追撃を行おうとしたところをレリィに止められた。

 

彼女に宥められながら、なんとか機攻殻剣(ソードデバイス)を鞘に収めると、怪物の服装に気付いた。

 

身に纏っているのは、昨日の戦闘で血に汚れた制服ではなく、皺一つもない新品の制服に着替えていた。更に制服のネクタイ、それが白色であり、その色の意味が脳裏に浮かんで思わず用意させたのであろうレリィを見た。

 

その時の自分の表情はどんなものであったのか。驚愕など感情が混ざり込んではっきりとは分からず、ただ目で問うた。

 

正気か、と。

 

その視線を浴びながらレリィは微笑みながら頷き、

 

「今日から彼女はここに編入してもらうことになったわ。体験入学という形だけどね」

 

予想していたとはいえ、最悪の想像が口にされてライの頭は一瞬で真っ白になった。そして、漂白された脳内に最初に浮かんだのは『体験入学』という馴染みのある単語から来る既知感で――

 

「体験入学……懐かしい響きですね、お父さん」

「……黙れ。どういうことですか、レリィ・アイングラム学園長」

 

努めて冷静に再起動を果たした頭でレリィに問う。その声色は、学園長というこの学園の生徒全員の身柄を預かる者へ問い掛けるものだった。

 

「どういうことと言っても、そのままの意味よ。昨日の夜、彼女と面会して話し合って、アルトさんがこの学園で学びたいって言うから編入させるだけ。……ほら、正式な手続きも」

 

ライの前に、数々の各種書類をばさりと並べるレリィ。

それに目を通すと、形式は完璧だが、その肝心の内容は、一目で解る偽造だらけの出鱈目だ。特に戸籍上では、『アルト・ランペルージ』がライの娘と書いてあり、衝動的に破り捨てた。

 

「ああっ、レリィさんが徹夜で用意してくれた書類が!?」

「黙れっ!なんだこの嘘八百の書類は!?どこからどう見ても偽造だ!役所に問い合わせれば一発だぞ!?こんな偽造書類通るわけがない!?審査委員会にバレたらどうする!?貴女もこんな書類にサインをするなぁ――!!」

 

あまりにも出鱈目な書類とストレスに、冷静さをかなぐり捨てて感情の赴くまま口調すら崩壊して、至極真っ当な真理を声を荒げて言うライ。

 

「お父さん、諦めてください。この五年間、レリィさんがやると言ったことを曲げたことはありませんし、それを止めれたこともないんですから」

 

怪物はそこで口元を嘲笑へと変え、

 

「本当に生徒会長さんみたいな人は天敵ですね」

「黙れぇ……!」

 

ブリタニア語で嘲る怪物にこちらもブリタニア語で返す。

 

「昨日の面会、いえこの場合は面接で彼女の人柄は理解したつもりよ。自分でも分かっていない謎を抱えているけど、それを除けばいい子よ。学園に通いたいって気持ちも純粋に願ってのことだし」

「…………」

 

ライはレリィの話を聞いて苦虫を噛み潰したような表情を作った。

 

怪物の言った通り、こうなった彼女を止められた経験はなく、その強情さについてもよく理解していた。ライがいくら怪物の危険性について説いても、曲げることはしないだろう。

 

だが、

 

――人柄?そんなもので彼女が編入の許可を出すはずがない。

 

レリィの人を見る目は確かで、この学園に通いたいという意思があるのは本当のことなのだろう。それも邪な意思もなく純粋に。だが、入学許可を出すナニカを彼女は怪物から聞かされたに違いない。

 

――一体どんな情報を吐いて誑し込んだ?

 

自分の記憶を所有しているこの怪物は、学園長室の談話からまずきっと自分がレリィに伝えていない、つまり教える気もない過去について話したのだろう。彼女の琴線に触れる何か……。

 

――まさか!!

 

考えている内にある最悪の手段が脳裏をよぎった。

 

この怪物は自身の記憶を、ワイアードギアスを有している。ならば、ライをかつて破滅させた”呪われた王の力”もコピーしていることは十分過ぎるほどあり得る。それを使い、レリィの意思を歪めてるのでは――。

 

「貴様……」

 

ライは怪物に振り返り、いつでも《クラブ》を召喚できるように機攻殻剣(ソードデバイス)に力を込めた。もし、当たっていたならば自分は感情のままに怪物を蹂躙する。問答無用。殺せずとも、死よりも辛い痛めつけ方は数えるほどある。

 

ライが喉を指で指すと、怪物はそれで意図を察したのか、スッと瞳を細くした。

 

これまであったライへの嘲りの気配が霧散する。代わりに噴き出るのは怒り。自身のプライドを汚されたかのようにライへ憎しみに似た怒りをぶつける。

 

「使ってませんよ。そもそも私にソレはありません。もし、あったとしても使うことは一生ありません。――私、ソレ、大っ嫌いなんですよ」

 

ブリタニア語で呟かれる生の感情が乗せられた言葉だった。

 

しばらく睨みあい、ライはレリィへと顔を戻した。

 

怪物の言葉に嘘はない。あれは、本当に絶対遵守の力を嫌悪、拒絶している。それだけは理解できた。……なぜ、その力を嫌悪するのかまでは看破できなかったが。

 

「ライ、貴方の懸念も分かるわ。だから対策として暫くの間、貴方がアルトさんの側にいて監視するってのはどうかしら。ないとは思うけど、彼女がもし生徒たちに危害を加えるようなら入学は取り消し――」

「もういい。解った。それでいい」

 

眉根を寄せたまま疲れ切った表情で溜息をつく。

 

正直、言いたいことは沢山あり過ぎるほどにあり、勝手に話を進めるなと大声で叫びたかった。だが、もう後の祭り。話が進んでしまった以上、どうすることもできない。

 

「ただし、僕との関係は従妹ということにしてくれ。親子なんてお互いの外見から無理がある」

「従妹、ね。それなら違和感も少ないわね。――よかったわね、アルトさん。これで貴女は仮入学といえどここの生徒よ」

 

レリィは破かれるのは想定していたのだろう、用意していた予備の書類に『従妹』と書き込む。そして、仕上がった入学書類をアルトに渡した。

 

「――これが」

 

アルトは受け取った書類を食い入るように覗き込む。視線を走らせると、身体が小さく震え、表情は感極まったように喜びをありありと浮かべていた。

 

それは、ライが初めて見る怪物の年相応の感動した姿だった。

 

しかしそれすらも、

 

――何もするな。絶対動くな。口を閉じろ。顔を見せるな。嫌なんだ。

 

不快感と苛立ちを助長させるだけだった。

 

「えらく嫌われたものですね。けど、それに分かっていますよね。仮に私と離れたところで今更安心できないということを。ふふ」

 

書類から目を離し、再びライへ見下すように微笑む怪物。

 

ぎり、と噛み締めた歯が鳴った。非常に腹が立つものの正しい指摘にぐうの音も出ない。実際、確かにそうだから。この怪物を激しく嫌悪している。しかし、目を離すことに関して、もっと恐怖を感じている。

 

文字通りライにとって歩く爆弾であり、放置していいれば知らぬ場所で何かとんでもないことを起こされるという不安があった。傍に置くのは絶対嫌で――なのに動向を把握しなくば、恐ろしくてたまらない。本当に、最悪のジレンマだ。

 

「でも実際、この足で貴族様や軍部に駆けこまれても困りますよね。迂闊なことをしないよう、『縛輪』をつけたままです。起動させるスイッチもお父さんに渡します。良い落としどころだと思いますよ。――私が持っているお父さんの記憶、それを吹聴したら困るのはお父さんですよね?」

「それでも……」

 

だから葛藤しているんだ。噛み締めた歯が苛立ちに鳴る。余裕ぶった態度に腹立つ。声帯を潰し、その顔を潰して皮を全部剥いでやれば、どれだけスッキリするだろうか……。

 

怪物はもはや話はお終いといった雰囲気だ。まるでライを理解しているような態度も、その微笑む様する憎悪が募る。そして深く、恐怖が疼いて止まらない。

どうすればいいのか、まったく何も分からなくて……。

 

「……金はどうするつもりだ。言っておくが、僕は出さないぞ。遺跡の財宝や機竜を自分の財産なんて通用しないからな。」

「あ、大丈夫。彼女の生活費、及びそれに準ずる費用――すべて私が支払うわ」

 

そう言って、レリィは懐から一枚の小切手を取り出す。

 

「一先ず、これくらいかしら?」

「ちょっと待て」

 

提示された小切手の額を見た途端、ライは制止の声を上げた。

思わず目を見張るそれには……後に聞けばルクスの一年分の生活費とほぼ同額の金額が書き込まれていた。面倒料も込みということなんだろうが、それにしたってあり得ない。

 

「駄目だ。駄目だ。駄目だ。そっちが払うなら、僕が払う。こんな奴に一銭も出す必要はない」

「お父さん、蓄えていますからね。レリィさんから貰ってる護衛や整備士、教官とかの給料ほとんど使っていませんから。ケチるところはケチります」

「……使う時には使っている、倹約家といえ。金を湯水のように使うやつに碌な末路は待っていない」

「浪費家のクソ伯父二人を見て、ああなりたくないと思ったのが人格形成の一つですからね」

 

最後はブリタニア語で話した怪物を無視して、頭の中で貯金額を浮かべる。

 

レリィに雇われて四年間で貯めた額ならば、この怪物の入学費及び生活費諸々は四分の一ほど消し飛ぶが賄える。一先ずは貸す形で払うが、生徒たちの打ち上げやパーティ、奢りなどに使っていた金をこの怪物に使うことには苛立ちしか覚えない。

 

「……変装はしろ。その髪と瞳は目立ち過ぎる」

「銀髪でアーカディア皇族と勘違いされたら面倒よね。ライもそれの対策で外ではウィッグ被ってるし……」

「あ、それなら大丈夫です」

 

そう言って怪物は、そっと目を閉じた。すると。手の甲に小さな光が浮かぶと、その瞳と長髪が一変し、瞳は黄色、髪が桃色となった。それは、レリィと同じ色だった。

 

「私のワイアードギアスは変化みたいなんですよ。試してみたんですけど、髪や瞳、肌の色を変えられます」

 

怪物は瞳と髪の色を様々な色へと変色させながら、その髪を撫でる。触れても解けるようなものではないらしい。

 

「消耗は大丈夫なの?ライの『ザ・ゼロ』は一日に二発だけらしいけど」

「ほとんど大丈夫ですね。能力の維持も集中力が切れない限りいけます、『ザ・ゼロ』のような接触の必要がないので発動後の光も抑えられます」

 

七変化を起こした怪物の髪と瞳の変化が止まる。

その色で通していくのだろう選んだ配色は――

 

「あら、素敵じゃない」

「……」

 

瞳の色はライと同じアイスブルー。元々、片方が同じだったためもう片方が染まっただけだ。

 

髪は赤毛であり、その色がライの記憶を苛む。

 

――行かないで、ライ……。

 

お互いが背中を預け合い、最後は袂を別った初恋の少女。

 

彼女の言葉が脳内にリフレインし、ライは無意識で《月下・先型》を呼び出そうとした。自分の過去を踏み荒らす怪物に堪忍袋の緒が切れかかる。怒りが心と頭を冷やし、レリィどころから怪物すら気付かないスムーズさで機攻殻剣(ソードデバイス)に触れる。後は呼びかけるのみ――

 

「瞳の色はライと同じだけど、どうして赤毛にしたの?」

「この色は――私が尊敬して目標とする女性の色だからです」

 

その言葉にライの手が止まった。

 

「その人って『大御母様』のことかしら?」

「いや、あの人は……ちょっと、雲の上の人ですので……30~40年鍛錬を続けてようやく爪先に届くかどうか、みたいな人なんで……ねぇ」

 

怪物は顔を青くして歯切れの悪そうに呟いた後、咳払いして赤毛を撫でる。

 

「その人は義理と人情に厚い性格の女性でした。戦士としてもとても優れていまして、最強最悪の騎士である人物を最も追い詰めました。信じて裏切られ、迷いながらも先に進める本当に強い人です」

 

どこか遠くを見る目ながら、語る言葉は熱かった。

 

あの強く、真っ直ぐな少女に偽りのない憧憬を抱いている。その事実が、不思議とライの胸にするりと入った。それが……ライ自身信じられないことに嬉しくて、いつもまにか機攻殻剣(ソードデバイス)から手を放していた。

 

そして、ライが不本意ながら書類に保護者としてサインをし、怪物の入学手続きは終了した。

 

――不味いな……。

 

授業を受けていた怪物の態度は模範生の一言だった。

 

黒板に書かれた内容を真剣な表情でノートに書き写し、教師が解説する際には真っ直ぐ視線を向けて聞き入り、再びノートへ纏める。問題の解答を求められれば、はきはきとした口調で満点の答えを口にする。積極的に挙手して、学び取ろうとする態度や授業が終わった後、教師に疑問と質問を聞きに行く姿勢は、生徒や教師からだいぶ好印象を受けていた。

 

それだけでなく、授業に取り組む彼女には喜びの色がはっきりと見えていた。学ぶことの喜び、楽しさといった気配がはっきりと窺えたのだ。

 

だが、ライにとってそんな姿が不気味に見えて仕方がない。怪物に対する本能的な不快感。それが、怪物が生徒として過ごす姿を監視していただけで倍以上に膨れ上がっている。

 

――一体どうなるんだ?

 

ただでさえ自分というイレギュラーを抱えているのに、更にこの怪物という爆弾と護衛兵器を加えたこの学園の未来と悪感情に苛まれる自分自身にライは不安しか覚えられなかった。

 




もしライがルクスたちの試合を見ていたら、ガーゴイルは瞬殺されています。輻射波動でぶくぶくドカーンですよ。

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