ウラギリモノの英雄譚   作:ぬくぬく2

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シュラバ――莉子と里里

 要(カナメ)は大事を取って病院に運ばれた。

 怪人の返り血でべったりと汚れてはいたものの、検査の結果はやはり無傷。シャワーで血を洗い流した後、莉子(リコ)が買っておいてくれた服に着替え、今は要の自宅に帰ってきている。

 

「いやぁ、ひどい目に合ったねぇー。せっかくのお出かけが台無し」

 脳天気な声で莉子が言う。

「いやでも、やっぱり要くんは流石やね。あそこで君がおらんかったら、大変なことになっとったかもしれんよ」

「莉子さんがいてくれたから、何とかなったんですよ」

「へへ、そうかなぁー?」

 莉子が照れて頭を掻く。

 

「そういえば要くん。五秒で捕まえる言うたのに、何で四秒ちょっとで捕まえたん? あれ、ちょっとギリギリやったよ」

「何となく、あのタイミングで莉子さんが怪人を転がす気がしたんです」

「確かに、タイミングだけやったらピッタリやったけど……もしかしてそれって以心伝心ってこと?」

「いいえ、ここ最近、ずっと莉子さんに襲われてたから動きが何となくイメージ出来たんです」

「ふーん……」

 莉子(りこ)が居間のテーブルの上にあったみかんに目を向けた。

「何か食べにいかん? お腹すいた」

「マジですか。いきなりですね」

「マジマジ。ファミレスでも行かん?」

「はぁ……良いですよ」

 

 そんな会話をしていると、玄関に鍵が差し込まれる音が聞こえた。

 幾子でも帰ってきたのかと思っていると。

「ただいまぁー。あれ? 誰、この靴? 要兄さんー」

 玄関から里里(サトリ)の声が響いてきた。

 ドタドタと廊下を歩いてくる音。

「もしかして、幾子(イクコ)さん帰って来……て?」

 居間に顔を覗かせた里里と、莉子の目が合った。

「どちら様……?」

 里里が要の方に目を向けてくる。説明を求めている様子だったが、何故か彼女に糾弾するような雰囲気を感じるのは何故だろう。

 別に悪いことなどしていないはずなのだが、要は何故か悪いことをしている気分になった。

 

「というわけで、こちらうちの妹弟子の九重(このえ) 里里(さとり)さんです」

「よろしくー」

 莉子は持ち前の明るさで、里里に近付いていく。

 しかし、里里の方が壁を作っている雰囲気だった。そっけなく「どうも」と返す。彼女は人見知りをするタイプではないのに、どうしたというのだろう。

 

「で、こちらは緋山(ひやま) 莉子(りこ)さん。えーっと……母さんの知り合いです」

「要くんとは師弟関係です」

「師弟? ……兄さん、弟子を取ったの?」

「いやいや、わたしの方が師匠ですよ」

「はい?」

 里里が目を丸くする。

「ちなみに、師匠っていうのは……格闘技の師匠?」

「そうです」

 要が肯定する。里里は額に手を当てた。

「鬼のいぬ間に女の子を連れ込んだだけかと思いきや……兄さん」

 里里が先程より厳しい目線を要に向けてきた。

「これはどういうことかな?」

「えっとですね……」

 要はここに至るまでの経緯を説明した。

 

「成る程……幾子(いくこ)さんの紹介で……」

 里里が唇に手を当てる。

「失礼ですが、緋山さん。あなた……お強いんですか?」

「ああ、腕は立ちますよ」

「兄さんより?」

「……」

 要が少し考え込んでいると、莉子が代わりに答えた。

「どっちも本気やったら、要くんが勝ちますよ。そうじゃないと、困ります」

「そうですか」

 里里が目を閉じる。

 莉子の方に目を向けて、

「少し、うちの兄弟子(あにでし)と内々(うちうち)の話をさせて頂いてもいいですか?」

「あ、やったらわたしは外しますよー。ご飯食べに行こうと思ってたんで」

「助かります」

「はいー。また後でー」

 莉子が立ち上がる。

 手をひらひらと振りながら、要の家から退場した。

 

「しばらく帰らない内に訳が分からないことになっていて、まだ混乱してる……」

「はい……」

「とりあえず今日、兄さんのところに来た件から」

 莉子を見送って、里里が要を前に姿勢を正す。

「兄さん、認定試験を受けたんだって?」

「ああ……はい」

「で。急に心変わりをしたのは、あの子が原因っと……」

「心変わりというか、まぁ……成り行きで」

「そっか。成り行きじゃあ仕方ないね」

 里里の表情が少し柔らかくなる。

 しかし、要は逆に緊張した。里里が笑顔で怒る人だと知っていたからだ。

 

「別にそのことについては良いよ。ヒーローの資格を持っていたからって、絶対にヒーローにならないといけないわけじゃないしね」

 里里が続ける。

「でも、ヒーローにすらなれなかった兄さんが、怪人と戦ったってのはよくない」

 里里の目が一層鋭くなった。

「さっき、ヒーローの本部で聞いたんだ。一般人が怪人を食い止めたって。その一般人が兄さんだって知った時は肝を冷やしたよ。これも成り行き?」

「まぁ、……成り行きです」

 緊張しつつ要が答えると。「変身」即座に里里が変身した。

 彼女の姿は一瞬でヒーロースーツに切り替わり、手には彼女の武器である二丁の小銃が握られる。

 

 飛ぶように膝立ちになった里里が、要に小銃を向ける。

 敵意を向けられ、反射的に要は銃身を殴って払いのけようとするが、変身後の彼女の腕力を前に、要の力では腕をビクとさせることもできなかった。

「成り行きで死ぬつもりなのかな?」

 冷たい声で里里が言い放つ。

 

「分かって。変身しないと怪人には勝てないの。変身が出来ない兄さんは、絶対に怪人と戦っちゃダメ」

 里里がこうして変身して襲いかかってきたのは、きっと要に力の差を思い知らせるつもりなのだろう。

 だが、そんなものは無意味だ。要は自分の無力を知っている。

「それでも、あの状況じゃああするしかなかったんです」

 里里が首を横にふる。

「兄さんは変身ができない。それでも……自分を特別だと思ってるんじゃないのかな? だから、いざとなったら自分が行くしかないなんて考えるんだよ」

「僕は、ヒーローにはなれませんでした。それでも、手の届く範囲にいる人を守れるぐらいには強くありたいんです」

「……そんなスッキリした顔で言わないでよ」

 里里が変身を解く。衣装が元に戻り、握られていた小銃が消えた。

 前のめりになっていた里里が、うなだれるように要の肩に手を乗せ、体重を掛けてくる。

 

「何にせよ、もうやっちゃダメ。どんな状況にせよ、次やったら……私が泣く」

「その脅迫はずるいですよ!」

 女の涙の使いドコロを知っている相手は、厄介だ。

 里里のカバンから聞き慣れない電子音が鳴った。

 やけに大きな音でビービーと鳴る。

「呼び出しだ」

 里里がカバンに飛びつき、中からPHSを漁った。

「はい、九重です。……分かりました三分で行きます」

 耳に当てた電話に短くそう告げて、里里が顔を上げる。

「ごめん、行かないと」

 要に短く告げて立ち上がる。

 きっとヒーローとしての仕事がやって来たのだろう。

 要は里里を見送った。

 




次話は30分おきぐらいに投稿します
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