ヘスティアが宴に行っている時の話
フェンリルはダンジョンで矢の雨を降らせた後、地上に上がって街を探索していた。様々な物に目を奪われていたが気づけば道に迷っていた。
「何処だここ?」
などと呑気に呟いたところで返事はなく、どんどん路地裏へと進む。取り敢えずバベルを目指せばなんとかなるか、と方針を決めて歩き出したところで白い狼人と出会う。豊穣の女主人での揉め事の際、ロキファミリアの団員である彼はその場に居合わせたのだが、如何せんフェンリルは覚えていないためそのままバベルを目指す。すると
「おい、待てよ。」
不意に声をかけられたのだが何故か喧嘩腰だ。フェンリルは気が長い方では無いのでつられて
「ああ?なんだよ。」
と、喧嘩腰で返事をする。
「てめぇ、この間豊穣の女主人で襲い掛かってきたやつだろ?忘れたとは言わせねぇぞ。」
「誰だお前?お前に襲い掛かった記憶はねぇぞ?」
「ふざけんな!ロキに襲い掛かっただろ!」
「ロキにはな、お前なんざ眼中にねぇからな。気付かなかった。」
「なんだと!雑魚の分際で…!」
「雑魚?そういうのは相手を見てから言え。ああ、あれか。弱い犬ほどよく吠える。東洋のことわざって奴だな。」
「てめぇ…!泣いてた奴がよく言うぜ!あんなどうしようもない女神にたらしこまれて…
その瞬間狼人の喉に矢が刺さる。震える手で矢が刺さった場所に触れると何もなく、血も出ていない。
なんだ、これ。
体が動かない。黒い狼人を見れば目から炎が出ている。白い狼人に突き刺さるように鋭く、それでいて泥のような濃密な殺気が向けられる。フェンリルの殺気によって死を幻想したのだ。
「どうやら躾が必要みたいだな。」
立ち上がり逃げようとするが足がいうことを聞かない。一歩一歩ゆっくりと近づいてくる黒い狼人。まるで死そのものを体現した様なその姿に本能が逃げろと告げるが如何せん体が動かない。
気づけば目の前にいる死。知らぬ間に白い狼人は腰を抜かしていた。
「お前は言っちゃいけねえことを言った。だからな、俺はお前を躾なきゃいけない。わかるか?」
汗が止まらない。何か言おうと思っても、喉が張り付き声がでない。
「いいか、俺のことを何と言おうとお前の勝手だ。俺も大して気にはしない。けどな、ヘスティアの、俺の家族を馬鹿にするなら容赦しない。」
まるで死刑宣告だ。こいつからの殺気は先程よりも鋭く、濃くなっている。
「今回は"見逃してやる"。だが次同じようなことがあれば…。」
殺してやるからな。
その言葉の後に、先程までの殺気が嘘のように消える。忘れていた呼吸を取り戻す。
「そういえば名前をきいていなかったな、俺はフェンリル。お前は?」
呑気に自己紹介を始める黒い狼人に戸惑いながらも
「べ、ベート・ローガ」
ふーん、と素っ気ない返事をした後に
「まぁ、アレだ。俺も頭に血が登ってな、何というか…すまんかったよ。」
謝罪をした。その事に驚きを隠せないベート。
「それでな、俺は今ここが何処だかわからないんだ。」
急に訳のわからないことを言う黒い狼人ことフェンリル。顔が大いに真剣なのが余計に混乱させる。
「はぁ?」
間の抜けた返事をしたベートは、きっと悪くないのだろう。
「だ、か、ら!要するに道に迷ったんだよ!言わせるな!恥ずかしい!」
「ぎゃ、逆ギレかよ!」
「そうだよ!悪いか!そもそも迷路みたいに要り組んでるのが悪い!だから迷宮都市ってか!あ、俺今うまいこと言ったわ。」
「なんだそれ…。」
先程までの殺気で人を殺す狼人は何処へやら、完全に毒気を抜かれたベート。
「はあ、しょうがねぇ案内してやるよ。」
ため息をつきながらベートは立ち上がる。
「本当か?助かる。」
かくしてベートの道案内が始まった。道中色々な物に目を奪われ、アレはなんだ?これはなんだ?と目を輝かせ聞いてくる。顔は無表情だが。そんなフェンリルを見てベートは子供かよと思う。しかし豊穣の女主人での慟哭では、どうやらまともな生活を歩んでいない、というと語弊があるがいわゆる世間知らずなのではないか。ならばこいつは大きな子供ってところか。純粋故に大切な物を傷つけられれば怒りを隠さず本気で怒る。それは素直で、大人になれば難しい事である。ベートは少し、フェンリルが羨ましくなった。
「なあ、ベート。」
「あん?」
「お前って口は悪いけど意外といいやつだよな。」
ベートはフェンリルが苦手になった。