チノちゃんとの繋がり   作:光崎

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ふとしたほつれに気づいたとき

  ラビットハウスでの生活で、私はとても大切なものを見つけてしまった。

 

  彼女が川で流されたとき、私はひどく動揺した。

  泳げない彼女が川に入ったのはなにか理由があるのだろうと思って尋ねたところ、原因は私にあるとわかり心底自分に失望した。

 

  それが事の始まりだった。

 

  大切なものはいつしかおぞましいものへと変わっていた。

  それが恋と呼べたなら、少しはマシだったのかもしれない。

 

  少し、油断していた。

 

  喫茶店としての営業が終わり、彼女の部屋でくつろいでいると、私はリゼちゃんからチョコレートを貰ったのを思い出した。

  彼女と一緒に食べようと思い、部屋からそれを持ってくる。

 

  電気ケトルからお湯を入れ、コーヒーを作った。1つは砂糖とミルクを1つずつ、もう1つは2つずつだ。

  私は彼女が酔いやすいのを知っていたにも関わらず、何の確認もなしに彼女と一緒にチョコレートを口に運んだ。

 

  甘さは控えめで、少し苦味があった。

 

  もしかして、ブランデー入りだったのかもしれないと気づいたときには遅かった。

 

  黙々と食べる彼女はだんだんと顔を赤くしていった。

 

  「ココアお姉ちゃん」

 

  彼女はそういって、私の腰に抱きついてくる。彼女の青い整えられた長髪が、ふわっとしたシャンプーの香りを漂わせ、私の思考を停滞させた。髪を撫でてやらずにはいられなかった。

 

  この心地よい時間を、悠久の時にしたかった。

 

  心地よさそうに、私の膝に頭を乗せている。このまま寝てしまおうか、なんて思ったけれど、歯が気がかりだった。

 

  「ちょっと待っててね」

 

  私は彼女をそっと横たえ、洗面台へ向かった。軽く自分の歯を磨き、彼女の歯ブラシを手に取って、すぐに部屋へ戻る。

 

  彼女は戻ってきた私に気がつくと、再び私の膝に頭を乗せた。

 

  「はい、口開けてー」

 

  普段だったら恥ずかしがる彼女も、今は私に忠実だった。

 

  整った歯を、ピンクの歯肉に歯ブラシをあて、奥歯から1本ずつ丁寧に磨いていく。目を閉じて、気持ちよさそうにしていた。

 

  ――彼女の境遇が、ふと頭をよぎった。

 

  彼女は、早いうちにお母さんを亡くしているんだった。そして一人っ子。

  彼女が普段クールなのも、甘え方を知らずに育ったからなのかもしれない。

 

  そう思うと、私は胸が痛くなった。

 

  私は、なんてくだらないことをしていたんだろう。

 

  思えば、私は昔から兄や姉をずっと模倣してきた。計算が得意なのも兄の影響だし、パンが焼けるのも姉を真似したからだ。

 

  姉に近づこうとするより、もっとやるべきことがあったじゃないか。私は、彼女を利用していたに過ぎなかったんだ。

 

  私、ダメだな。成長したと思ってた。けど、昔から、なにも変わってない。

 

  空回り、しすぎてたな。

 

  歯を磨き終え、私は彼女を起こし、洗面台へと向かわせた。

  危なっかしい足取りだったので、目を離せなかった。

 

  私は彼女を部屋に戻らせ、ベッドに寝かせると、すぐさま自分の部屋に戻った。

 

  布団の中で、ひとしきり泣いた。

 

 

  ◇

  気がつけば、朝になっていた。

  寝不足なんていうものは、いまはどうでもよかった。

 

  階段を下り、洗面台を降りると、彼女がいた。普段なら嬉しいものの、私は自分自身がドキリとしていたことに気がついた。――多分、会いたくなかったんだろう。 まだ、気持ちの整理がついてないから。昨日のことを、話題にだされたくなかったから。

 

  「ココアさん、おはようございます」

 

  「……お 、おっはよー」

 

  上手く、いつも通りの私を取り繕えただろうか。彼女は、少し違和感を覚えたようだった。上手くできてなかったみたいだ。

 

  「……寝不足、ですか? 顔色がよくないように見えますが」

 

  「そうでもないよー」

 

  嘘だった。

  しかし、無駄な心配はかけたくない。多分彼女はきっと、自分を責めるだろうから。

 

  「……そうですか。今日は休日ですけど、無理はなさらないでください 」

 

  会話が、ワンテンポ遅れてる。

  彼女は、忘れた振りをしている。優しいから、私に気をつかったりだとか、きっといろいろ考えてくれているんだろう。記憶、残るタイプなのは知っているのに。でもそれが少し心地よかったし、痛くもある。

 

 

  支度をし、今日もラビットハウスで仕事が始まる。リゼちゃんは、今日はいないみたいだ。部活の助人らしい。

 

  休日といえど、朝から昼にかけてはのんびりとした雰囲気で、この雰囲気を、私は好きになった。

  というのも、 ラビットハウスは以前より客足が増えた。おそらく、雑誌の宣伝効果だろう。賑わうのはいいんだけど、こうも忙しいと青山さん1人だけが座っていたあのラビットハウスが恋しくなる。とくに、今日みたいな寝不足のとき。

 

  問題は、昼以降である。学校帰りの学生や主婦をメインとして、客で店の席はほとんどう埋まる。休日は、もっとだ。

 

  忙しくなるだけなら、まだよかった。

 

  ――問題は、彼女だ。マヤちゃん、メグちゃんと放課後会う、なんてことはできなくなってきている。平日は学校から帰ってきてからすぐ開店だから隙間時間はあまりないし、休日は3人とも受験勉強がある。彼女は働いてばかりだから、心配だ。

  私の高校はシャロちゃんやリゼちゃんの高校ほどではないものの、ある程度勉強はできないと入れない。ラビットハウスが彼女の負担になりつつある。

  まあでも後半年以上あるし、高校受験なら大丈夫かな。マヤちゃん、メグちゃんのことも、言い方は悪いけれど、どうでもいいという気持ちが心の中にあった。

 

  もう、私のチノちゃんに対する思いは、少しずつ変わっていた。

 

  ◇

  ようやく、日が沈んだ。

  店を閉め、2人で更衣室へ向かう。本当に長い1日だった。

 

  「疲れたぁ」

 

  「今日はリゼさんがいませんでしたからね。おつかれさまです」

 

  「ん、おつかれー」

 

  「……体調は、大丈夫でしたか?」

 

  また、だ。彼女は、心配そうにこっちを見上げてきた。こんな心配症な彼女だから、私は好きだ。でも、その心配は、私の心を痛めさせる。だから、守ってあげたくなる。

 

  私はこの時点で、薄々気がついていた。でも、それをあえて矯正しようとしなかった。おこがましいと分かっていても、彼女はみんなに優しいということを分かっていても、あとで苦しむのは分かっていても、2人でいるときだけの心地よい気持ちを大切にしてしまった。

  苦しい、辛い。現実を知ることの辛さが、まさかこんなすぐに分かってしまうなんて。考えたくなかった。そしたらもう、一直線だった。

 

  「チーノちゃん!」

 

  私は、彼女を抱きしめた。これは、現実逃避。もはや、モフモフすることより、彼女自身が目当てに変わっていることは、言うまでもない。

 

  「ちょ、やめてください」

 

  そういって、抵抗する。はたから見たら、いつも通りの光景だったに違いない。私は、卑怯だ。

 

  そうしてじゃれあっていると、彼女の指からぶにょっとする感触を感じた。すぐに彼女の腕を自分に寄せ、目線を向けた。

  水膨れができていた。

 

  「火傷……?」

 

  「今日、ちょっとコーヒーをこぼしてしまって。……でも大丈夫です。すぐ水で冷やしましたから」

 

  なにも、言えなかった。なにを言えばいいか、分からなかった。

  たしかに火傷はひどくない。きっと少したてば治るだろう。心配はしなくてもいいはずだ。でも、私の中でなんとも言えない気持ちがあった。この気持ちは、なんだろう。こういうときは、なんていうべきなんだろう。

 

  ああ、そうだ。私はチノちゃんが傷つくのが、見たくないんだ。チノちゃんが大切だから、少し傷がつくだけで、私は苦しくなる。

  私はなおさらいうべきことが分からなくなってしまった。

 

  「もう、おっちょこちょいだなぁ。気をつけるんだよ?」

 

  「まさか、ココアさんにこんなこと言われるとは思いませんでした。気をつけないとですね」

 

  結局、誤魔化してしまった。自分に嘘をついたのは、とくに気にならない。けれど、もっと気の利いたことがいえたんじゃないかと、後悔が残った。気をつけないといけないのは、私だ。

 

  本当、自分のことを棚に上げてなにがしたかったんだろう。自分の気持ちが分からなくなってきている気がした。

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