聖剣伝説 Hunters of Mana   作:変種第二号

15 / 16
Dress up

 

 

 

その瞬間、当事者を除き反応できた者は居なかった。

突如として屋内を翔けた黒い疾風は、鈍い金属音と火花を放ち、鈍色の閃光となってアンジェラの隣に立つ女性へと襲い掛かる。

剣も、ダガーも、槍も、獣肉断ちも間に合わない。

銃弾ならば可能性はあるが、最初の狩人の手に銃はなく、その傍らに立つ狩人にも構えて狙うだけの猶予は無い。

故に、その閃光は女性の華奢な身体を、いとも容易く引き裂くものと思われた。

 

 

「ッ……!」

 

 

しかし鈍色の閃光は、別の一閃に阻まれて終ぞ女性へと届く事はなかった。

凄まじい音と共に床板が引き裂かれ、木片が宙へと舞い上がる。

突進を中断した黒い風、即ちモントは咄嗟に後方へと跳び退さり、真っ直ぐに眼前の2人を睨み据えていた。

その右手、いつの間にか握られていた得物は、近くの壁に掛けられていた巨大な肉厚の曲剣。

彼が得意とするノコギリ槍にも似た、しかし鋸刃の無いそれ。

柄を右手で握り締め、切っ先を床板へと当てた状態で、獣の如く身を低く屈め構えるモント。

 

その眼光が射抜く先を、リースは容易に察する事ができた。

女性の身を引き裂かんとしたモントの凶刃。

それを阻むべく、何時の間にか変形させた仕込み杖、その一閃を見舞ったアンジェラだ。

モントが咄嗟に後退ったからこそ床板を叩き割ったのみで済んだものの、さもなくば無数の鋼の刃を持つ鞭が彼の身体を容赦なく引き裂いていた事だろう。

床と壁の一部を抉った連結刃、それらがずらりと並ぶ杖を右手へと逆手に握り、振り抜いた姿勢のまま左肩の前で構えるアンジェラ。

彼女はモントから浴びせかけられる殺意に怯えるどころか、人とは思えない程に冷たい瞳で彼を見据えていた。

一方で、アンジェラの傍らに立つ女性は突然の攻防に心底怯えているらしく、自身より小柄なアンジェラの背に身を寄せ、離れていても解る程に身を震わせている。

誰もが口を開かない、或いは虚を突かれ開く事ができない中、モントから放たれる地を這う様な声。

 

 

「そいつが……『星の娘』だと……?」

 

「話を聞いてなかったの? 彼女がそうであり、私もそう。『私達』が『星の娘』そのものなのよ」

 

 

その言葉に、止まった時が動き出す様に我に返るリース。

皆も同じだったのだろうが、真っ先に動き出したのはデュランだった。

我に返るや否や、傍らに置いていた曲刀の長剣を手に、モントを取り押さえんと動き出す。

 

 

「ッ……テメエ、何やって……!」

 

「黙ってろ!」

 

 

モントの一喝。

気圧されたか、思わずといった体で踏鞴を踏むデュラン。

この様な激情に満ちた声をモントから聴いた事など、これまで旅を共にしてきた面々でも唯の一度とて無い。

故にデュランのみならずリースも、少し離れた位置でダガーに手を伸ばしていたホークアイも、同様にその身を凍り付かせていた。

そんな周囲を顧みる事なく、モントは更に問い詰める。

 

 

「お前が『星の娘』なら、アンジェラはどうなった。その身体の元の人格は」

 

「私がアンジェラである事は変わらないわ。其処に『彼女』の、『私』の記憶が宿っただけだもの」

 

「ならば別人だろう。上位者を人と呼び表すなぞ、言葉の上だけでも汚らわしいが」

 

「そうとも言い切れないでしょう? 『私』は全て憶えているもの。どうして『私』があんな地の底に居たか、誰があんな寂しい祭壇に『私』を閉じ込めたか。そして……」

 

 

其処で、アンジェラの眼差しが険しさを増した。

エメラルドの輝きに宿る光は先程までの無機質なそれではなく、苛烈なまでの敵意と憎悪に満ちたもの。

思わず息を呑むリースの視線の先、アンジェラは心の臓腑を寒からしめる様な声で告げる。

 

 

「貴方が、どうやって『私』を殺したか」

 

 

再び空気が動いた。

金属音と共にモントが曲剣の刃を折り畳み、より取り回しに優れた形態へと変形させる。

仕込み杖の速さに、あの大振りな曲剣の形態では追随できないと判断したのだろう。

その動きに触発されたか、直接に敵意を向けられるアンジェラではなくデュランが長剣の柄を握り直し、今にもモントへと斬り掛からんばかりに構える。

モントが再度攻撃に移るのならば、デュランは躊躇いなく彼へと斬り掛かるだろう。

シャルロットもまた『ヒールライト』の発動準備に入っており、ホークアイも自らの立ち位置を調整している。

ホークアイに関しては、モントとデュランの双方を昏倒させる事を狙っているのだろう。

リースもホークアイと同様の考えで槍を手に取ったのだが、いざという時は位置的に近いホークアイにモントを任せ、自身はデュランを止める事に専念すべきかと悩んでいた。

フェアリーは作業台の上に放置されていた銃を手に取ったものの、モントの愛銃よりも更に大きなそれに手を焼いている様だ。

本当に引き金を引くつもりがあるかは解らないが、何もせずにはいられないというところだろう。

ゲールマンとマリアは、積極的に動くつもりは無いらしい。

 

膨れ上がる緊張感。

だがその中でも、最大の当事者であるモントとアンジェラは、敵意を収めるつもりなど微塵も無い様だ。

モントは再度の攻撃の機を窺っており、アンジェラもまた迎撃の構えを解く様子はない。

アンジェラの怨嗟に満ちた糾弾は続く。

 

 

「楽しかったでしょう? 思う存分『私』を切り刻み、ズタズタに引き裂いて、頭蓋の内を引き摺り出したのだもの。死に逝く『私』を見ていた貴方の目、嬉しそうに歪んでいたわ」

 

「当たり前だ。お前達を狩る以上に甘美な事などあるものか」

 

「そうやってあの子達も殺したの? 哀れな落とし子、老いた赤子たちを」

 

「……そうか、奴等も此処に居るのか」

 

 

ぐるりと身体を回らせ、ゲールマン達を睨み据えるモント。

その瞳は危険な光を湛え、有無を言わさぬ圧力に満ちている。

しかしゲールマンは気圧されるでもなく、ただ静かに頷いてみせた。

そしてモントが背後を振り返っているにも拘らず、アンジェラが自身から攻勢に出る様子はない。

彼を相手にその行動は、逆に危険だと察知しているのだろう。

再び彼女へと向き直ったモントは、今にも飛び掛からんとする姿勢のままに吐き捨てる。

 

 

「決まったぞ、貴様の次は奴等だ。腸を引き摺り出してやる」

 

「できると思ってるの? 狩人の業を身に付けているのは、何も貴方達だけじゃないのよ。それに……」

 

 

ふと、アンジェラは空いた左手を掲げ、モントの背後を指差した。

そして、嘲笑う様に告げる。

 

 

「まさか『彼等』まで敵に回すつもりかしら?」

 

 

その言葉で何かに気付いたモントが、他の面々が一様に祭壇の方向へと振り向いた。

果たして其処にあったのは、モントの背を狙う2つの銃口。

そして銃を握る左手とは別に、右手に握られた双刃と巨大な曲剣。

誰もが息を呑む中で楽し気に、謳う様に続けるアンジェラ。

 

 

「面白いじゃない。『最初の狩人』と、その教え子にして右腕『時計塔のマリア』。ヤーナム『最後の狩人』が何処まで持ち堪えられるか見物だわ」

 

「ゲールマン……正気か?」

 

 

信じ難いとでも言いたげに呟くモント。

しかし車椅子から立ち上がっていたゲールマンは、場違いな程に穏やかな口調で答える。

 

 

「武器を下ろしたまえ、狩人よ。君が狩るべきは彼女達ではない」

 

「何故だ、ゲールマン。何故アンタがコイツらを庇う。寧ろ誰より恨んでいてもおかしくないだろうに」

 

「全ては終わった事に過ぎない。彼等も我等も、既に一度は死した身だ。こうしてある事そのものが奇蹟に近しいのだから、歩み寄れるのであればそうするべきだ」

 

 

その言葉にもモントは、構えを解く素振りを見せない。

それどころか目に見えて敵意を増幅させ、アンジェラ達へと向き直る。

その様にゲールマンは、何処か諦観を匂わせる溜息を吐き、思いも寄らぬ言葉を口にした。

 

 

「何より、彼等は被害者だ。『ビルゲンワース』の狂気、その最初の犠牲者なのだよ」

 

 

微かに揺らぐ肩。

今度は振り返らぬまま、モントが反芻する。

 

 

「『ビルゲンワース』だと?」

 

「マリアを打ち倒したのだ。あの『漁村』の惨状は、君とて目にしているだろう。『ビルゲンワース』が始め『医療教会』が引き継いだ、冒涜と虐殺。『瞳』を求める研究者ども、その無分別で酷薄な手に掛かったのは、村人だけに止まらない」

 

 

そう言って、アンジェラと女性を見やるゲールマン。

その目には隠し切れぬ後悔と、諦観の念が滲み出ていた。

 

 

「殺したのだよ、我々は。人と関わらず、地上と距離を置き、ただ静かに暮らしていた『上位者』たち。思慮分別もなく一方的に彼等の領域へと踏み入り、荒らし尽くし、地上へと引き摺り出した。そうしてその力と叡智に魅入られ、自ら『瞳』を欲して彼等を切り刻んだ」

 

「それが……それが『ビルゲンワース』の……『ウィレーム』の罪か」

 

「彼と、その教え子……医療教会の祖にして初代教区長、我が友『ローレンス』……そして私。嘗て『ビルゲンワース』に身を置いた者、その思索を継いだ者、その全てが背負う罪だ。決して忘れてはならぬ罪……」

 

「それじゃこの世界のみんなに解らないでしょう? 此方で例えるなら、そうね……」

 

 

ゲールマンの罪の告白、其処に割り込むアンジェラ。

数秒ほどの思考の後、彼女は傍らの女性に視線を移し、言葉を紡ぐ。

 

 

「ある日『マナの聖域』に気付いた人間たちが、大挙して其処に雪崩込んだ。そしてフェアリー達を片端から捕らえ、女神様の力を我がものにすべく切り刻んでは調べ尽くし、絶滅するまで延々と繰り返した」

 

「な……」

 

 

歌う様に連なる声は、しかし無限の怨嗟に満ち満ちている。

紡がれる物語、そのあまりの凄惨さに誰もが言葉を失い、ただ呆然と聞き入っていた。

 

 

「その手は人界の『精霊』たちと彼等を崇める人間たちにまで延び、老若男女問わず片端から捕らえては生きたまま頭蓋を割って『瞳』を探し、見つからないからと打ち捨てて、更に大勢の頭蓋を割る」

 

 

ゲールマン、そしてマリアを見るフェアリーの目。

信じ難いものを見る様なそれが、徐々に剣呑なものへと変わりゆく。

 

 

「当然そうした行いは女神様の怒りを買い、その人間たちの街そのものが病という永遠の呪いを受ける。それでも彼等は諦めず、自らの過ちを認めようともしない」

 

 

デュランとホークアイの視線に、侮蔑の色が入り交じる。

自らの民をも探求の糧として使い捨てるその様は、彼等からすれば唾棄すべきものに他ならないだろう。

 

 

「果てはその地の民に治療と偽り『精霊』の血を与え、その血肉と精神の変容を観察し始めた。未だ正気を保った人々の内から『狩人』が現れモンスターと化した同胞への対処に追われる中、探求の為に更に血の医療を拡散させる」

 

 

ケヴィンとシャルロットに到っては、何処までも冷め切った目でゲールマン達を見つめていた。

人と相対するものとは到底思えぬ、鉄の如く温度を感じさせぬ目。

 

 

「挙げ句の果てに何もかも制御できなくなり、自らが生み出したモンスターの餌食になるか、自らがモンスターとなり果てるか、或いは首輪の外れた『狩人』たちに狩られていった」

 

 

そしてリースはといえば、理解の限界を遙かに超える蛮行と、その結末に絶句するのみ。

もはや憐れみさえ浮かびはしない。

 

 

「結果、街は嘗て人間だったモンスターの巣窟と化した。それらを狩る『狩人』たちもまた血によって正気を失い、只管にモンスターを狩り続ける。極希に正気を保った人間が居たとしても、呪いに蝕まれて人ならざるものと化すか、絶望の果てに自ら命を絶つか、血に酔った『狩人』の刃に掛かるか……そんな地獄を、地上に現出させた。それこそが『ビルゲンワース』の罪」

 

 

ふと、アンジェラはゲールマンへと向き直る。

その顔に浮かぶのは酷薄かつ、嗜虐的な悦びの滲む笑み。

 

 

「ねえ、『最初の狩人』さん?」

 

 

ゲールマンは答えない。

しかし、数多の視線の中での沈黙は、アンジェラの言葉が事実であると何よりも雄弁に語っていた。

 

 

「……この場合、女神様とフェアリーが『上位者』という事ですか?」

 

「呪いが『獣の病』でモンスターが『獣』か……『最初の狩人』ってのは、つまり……」

 

「ヤーナムに蔓延る『獣』に対し、最初に武器を手に立ち上がった人間。ご立派な事と賞賛したいところだけれど、よりにもよってその当人が『ビルゲンワース』の学徒だなんて皮肉よね」

 

 

嘲りは止まらない。

無言を貫くゲールマンの隣、マリアの放つ気配が一変する。

深く静かで、しかし誰であれ気付く程に濃密な殺気。

思わず息を呑むリース、たじろぐ周囲。

それでもアンジェラに、焦燥の色は微塵も見られない。

それどころか彼女は標的をマリアへと変え、またも楽しげに糾弾の言葉を紡ぐ。

 

 

「ああ……そういえば『ローレンス』と同じ様に師を裏切った人間が居たわね。確か『カインハースト』とかいったかしら」

 

「『カインハースト』だと!?」

 

 

叫ぶデュラン。

思わぬところで思わぬ名が出てきた事で、彼のみならず皆が驚きを以ってアンジェラを見やっていた。

 

 

「『ビルゲンワース』を、そして師である『ウィレーム』を裏切り、穢れた血をその身に宿した一族。自らたちを貴族などと嘯き『穢れ』を求めて人々を殺し回った、淫蕩なる女王の僕たち……そうよね『マリア様』?」

 

 

遜った呼び方に、違和感を覚えるリース。

ふとマリアを見やった彼女の視界に、思いも寄らない光景が飛び込む。

 

 

「アンジェラ、何を……」

 

「そう、『マリア様』。あの実験棟の患者たちからは、そう呼ばれていたのよね?」

 

 

銃を構えたままのマリア、その瞳が不自然に揺らいでいた。

否、瞳だけではない。

微かではあるが、明らかに戦慄く彼女の身体。

除に開かれる、震える唇。

 

 

「何故……」

 

「知ってるのかって? 愚問ね。実験に用いられていたのは誰の血だと思っているの? 色々な『上位者』の血が用いられていたけれど、幾らでも量を確保できたのは『私』の血だけなのよ」

 

「なら……君は……」

 

「ええ、知ってるわ。貴女があの実験棟で、あの悪夢の中の時計塔で何をしていたか、全部」

 

 

反応は劇的だった。

マリアは銃を構え続ける事もできず、更には右手の得物を取り落としてしまう。

床板に双刃が転がる音が響く中、アンジェラは愉しげに続ける。

 

 

「そういえば、また『それ』使ってるの? よくもまあ使う気になれたわね。『カインハースト』の血から逃げ出し、『医療教会』の闇からも逃げ出して、更には『狩人』としての矜持さえも投げ出して……貴女、何時の間にか『カインハースト』の武器を使うようになっていたわよね? あの売女に忠誠でも誓ったのかしら?」

 

「おい……待て、どういう事だ!?」

 

「アンジェラ王女、もう……」

 

 

デュランが驚愕に声を上げ、ゲールマンが制止する。

ゲールマンの声は懇願するかの様な悲壮さに満ちていたが、しかしそれはアンジェラの内に渦巻く憎悪を、些かも揺り動かすものではなかったらしい。

 

 

「余計な事を喋るなって? 何様のつもりなの、まだ核心に触れてもいないじゃない」

 

「しかし、それでも……」

 

「マリアしゃんは『カインハースト』の関係者なんでちか?」

 

 

核心を突いたのはシャルロットだった。

独特の口調は、しかし虚偽を決して許さぬとの声色に満ちている。

反応の無いマリアに代わり答えるはアンジェラ。

 

 

「『カインハースト』の傍系、不死の女王『アンナリーゼ』の血統でありながら、一族の宿敵である教会派に属する『最初の狩人』に師事した異端児。それが彼女よ」

 

「一族を裏切ったって事か」

 

「理由までは知らないけれどね。大方『血の穢れ』の妄執に取り憑かれた一族を嫌っていたんじゃない?」

 

「……それがごく普通の感性ではないでしょうか」

 

「ところが、慕い師事したゲールマンもまた『ビルゲンワース』に端を発する狂気の探求に与していた。絶望した彼女は、忌み嫌っていた筈の一族の武器を手に、罪滅ぼしのつもりか自ら『悪夢』の虜となったのよ」

 

「自分から……」

 

「その『悪夢』の中、教会の実験で検体とされた人々の支えとして振る舞う一方で、教会と狩人の暗部を探ろうと訪れる人間を狩り続けた。ただ自らと恩師の恥部を探られたくないが故に、只管に己の弱さから目を背け続ける為に」

 

 

ゲールマンとマリア、2人の精神を切り刻まんと、削り取らんとするかの様に。

ノコギリの刃の如く、重く冷たい言葉は続く。

 

 

「恩師を裏切り『狩人』になり、果ては『月の魔物』の下僕となり果てた師に、自らの一族も教会も裏切り、遂には『狩人』ですらいられなくなった弟子。挙げ句の果てに2人纏めて『最後の狩人』の手に掛かり、何ひとつ初志を貫徹できずに滅び去った」

 

 

其処まで言うや、表情を一変させるアンジェラ。

これまでの何処か愉悦の滲むそれではなく、明確な憎悪と侮蔑とに満ちた瞳で、言葉もなく佇む2人の狩人を睨み据え。

 

 

「お似合いだわ。ええ、この寂れた『工房』が実にお似合いよ」

 

 

そう、吐き捨てた。

『工房』に満ちる沈黙。

誰も言葉を発しようとはしない、或いは発する事ができない。

 

ゲールマンは構えていた銃を何時の間にか下ろし、小さな溜息と共に力なく床を見つめている。

マリアは放心しているのだろうか、落した得物を拾おうともせずに項垂れていた。

そしてモントもまた、躊躇いがちにではあるが構えを解き、手にした曲剣をその場に放る。

重い曲剣が床板を鳴らす中、これまで一言も声を発していない女性が、その身体を微かに震わせながら縋る様にアンジェラの手を握った。

 

虚を突かれた様に、其方へと振り返るアンジェラ。

彼女は女性と暫し見つめ合った後にモント、そしてゲールマンとマリアへと視線を移す。

そうして再び女性と視線を見合わせたアンジェラは、徐に杖の先端を床板へと叩き付けた。

 

 

「っ……!?」

 

 

杖の先端が床板を貫く音と、金属音。

突然の事に身を竦ませるリースだったが、耳障りな音と共に引き抜かれた仕込み杖を見るや、鞭から元の杖としての形態へと戻っている事に気付く。

アンジェラは構えを解いたのだ。

皆もそれを理解したのだろう、幾つかの安堵の吐息。

漸く状況が落ち着いた事を理解し、リースはゆっくりと自らの緊張を解いてゆく。

一方で、何処か納得がいかないといった様子で、アンジェラが呟いた。

 

 

「……この娘のたってのお願いでね、これ以上は責めないであげてって」

 

「なに……?」

 

「もう良いって言ってるのよ、この娘。アタシとしては、まだまだ言い足りないんだけど」

 

 

不機嫌そうに言い放つと女性の手を離し、苛立った様子で近くのチェストへと腰掛けるアンジェラ。

その場に残された女性はというと、如何したものかと右往左往した挙げ句に小走りでアンジェラの元へと走り寄っていた。

その姿に毒気を抜かれたのか、モントもまた途惑いがちに声を発する。

 

 

「どういう事だ……?」

 

「どうもこうも……この娘はもうアンタたちの事、大して恨んでなんかいないのよ。いえ、元々恨むって事が苦手っていうべきかしら」

 

 

仕込み杖を弄くりつつ、アンジェラは言う。

訳も分からず呆然と佇むモントへと、投げ遣り気味に投げ掛けられる言葉。

 

 

「この娘は同族に見捨てられてからずっと、悪夢と化した地下遺跡の中で過ごしてきた。其処を『ビルゲンワース』に見付かり、やがては『聖歌隊』に聖体として祀られる事になってしまった」

 

「……ああ、知っている。『イズの大聖杯』だろう」

 

「そう呼ばれていたみたいね。仮に『ヤーナム』の人間に見付からなかったとすれば、ずっとあの暗がりに1人で居ただろうって。そうなれば耐え切れずに、いずれは自ら命を絶っていたかもしれないって。だからその点については、完全にではないけれど納得しているのよ」

 

「それは……」

 

「でもね。散々に血を抜かれ利用された事と、アンタに問答無用で切り刻まれて殺された事。この点については、幾らのんびりしたこの娘でも思うところがあるみたいよ……それさえも抑え込もうとしてたからね、どうしても納得できなかった私が代弁しただけ」

 

 

その言葉通り、アンジェラの傍らから怯えの滲む視線をモントへと向ける女性。

それを受けて居心地が悪そうに身動ぎする彼を一瞥し、鼻を鳴らすアンジェラ。

せめてもの反撃のつもりか、不満げに口を開くモント。

 

 

「……せめて自分の口で伝えるべきだろうに」

 

「この娘、まだ上手く口が利けないのよ。人間の身体に馴染むのが遅めでね」

 

「何時から人の姿になったのですか?」

 

「この娘たちがこっちに引っ張られた時にね。『上位者』としての力も殆ど失って、こうして人間と同じ暮らしを始めたって訳」

 

「え? でもアンジェラ、彼女の力と記憶を持ってるんじゃ……」

 

「ええ、力の継承と過去の記憶の共有『だけ』ね。この娘が『上位者』として振るってきた力、モントに殺されるまでの記憶。特に力については、この娘の内に留めておく事なんて不可能だった……で、これが問題なのよ」

 

 

其処まで言うと、意味ありげにゲールマンへと視線をやるアンジェラ。

それを受けた彼は溜息をひとつ、両手の得物を祭壇に立て掛けると、再度車椅子へと腰掛けて後を引き継ぐ。

 

 

「……この郷には多くの元『上位者』が居る。殆どは『ビルゲンワース』と『医療教会』の犠牲になった者たちだが、中には彼女の様に幾度かの『獣狩りの夜』に命を落とした者も少なからず居るのだよ」

 

「俺が殺った連中か」

 

「君だけではない、多くの狩人が『獣』のみならず『上位者』をも狩り尽くさんと狙っていた。君も良く知っているだろう」

 

 

モントは沈黙。

どうにも心当たりがあるらしい。

 

 

「たとえ肉体は滅びても、何らかの形で痕跡を遺すのが『上位者』だ。彼女の『先触れ』が触媒として残り続ける様に、落とし子の怨念が海に還る様に」

 

「それがこの郷の連中という訳か」

 

「問題は『アンナリーゼ』がこの世界へと逃れた際に、あらゆる『上位者』の残滓を引き寄せた事だ。それを彼女がどう利用つもりかまでは解りかねるが、嘗ての『上位者』そのものをこの世界に復活させようと企んだ」

 

「なら、王都のあれは……」

 

「その通り、復活した『番犬』を『聖歌隊』が、王都そのものを『聖杯』として喚び出したものだ。だが、全ての『上位者』がそうした復活を果たす事を良しとした訳ではない」

 

「利用されるのはもう御免って事よ」

 

 

再び、アンジェラが割って入る。

その口調は強い決意に満ちていた。

 

 

「彼等は力の殆どを自ら切り捨てる事で『アンナリーゼ』の目論見に抵抗した。『上位者』としての在り方を放棄してまで、彼女の欲望に与する事を拒絶したの……人の身体の内に元の力を留めておく事なんて不可能だった、っていう事情もあるけどね」

 

「何故、其処までして人の姿に?」

 

「望むと望まざるとに拘らず、人間との関わりは深いからね。『狩人』の力も知っていたし、身を守るにせよ何にせよ人間の姿は色々と好都合だったのよ」

 

「そういった者たちを我々は保護し、この郷に住まわせている。人として生きてゆく上で必要な知識を、身を守る術を教える為に」

 

「贖罪のつもりか?」

 

「……それは否定せんよ。だが、我々にできる事などこれ位しかない」

 

 

其処まで言って、ゲールマンは居住まいを正す。

此処からが核心なのだと、言われずとも理解できた。

 

 

「彼等が捨て去ったものだが……それがどういった形でこの世界に現出したか、或いは消滅したのか、これまで掴めてはいなかった。だが其処に、アンジェラ王女の件だ。驚いたよ」

 

「この娘が手放した『上位者』としての力は、ずっとフォルセナ領内で寄る辺を求めて彷徨っていた。この郷がある事で『カインハースト』は手を出せなかったみたいだしね。でも肝心の宿り先が見付からなかった。『上位者』の力を受け入れられる器なんてそうそうあるものでもないし、生半可な血では『獣』になるか良くて発狂死だしね」

 

「……でも、アンジェラは違った。常人では考えられない程に膨大な量の『マナ』を制御できる貴女は『上位者』の力を受け入れるに足る器だったって事ね」

 

 

フェアリーの言葉に、我が意を得たりとばかりに頷くアンジェラ。

彼女は右手の仕込み杖を軽く掲げて続ける。

 

 

「あの時『聖歌隊』の狩人が使った『神秘』……この娘の嘗ての身体の一部を召喚するものと、この娘の智慧を応用したもの。それらが幾度も使用された事で、寄る辺を求めていたこの娘の力は王都に引き寄せられた。そして『神秘』の触媒を目にして『啓蒙』を得た事を機に、アタシの内に宿ったって訳」

 

「じゃあ本当に……お前は『星の娘』の力を使えるのか」

 

「十全にって訳じゃないけどね」

 

 

痛む頭を押さえる様に、額へと手をやるモント。

アンジェラが嘗ての強敵の力を得たという事実に、何かしら思うところがあるのだろう。

『獣狩りの夜』については必要最低限の事しか語らないモントではあるが、しかし語られずとも壮絶な経験をしたであろう事は皆が理解している。

その結果、彼が『上位者』に対し無限大の憎悪を抱いている事もだ。

そんなモントだからこそ、アンジェラが明らかにした事実により受けた衝撃は、この場の誰よりも大きいものだろう。

多少なりとも同情の念が浮かぶリースではあったが、そんな事は知らぬとばかりにゲールマンが話を本筋へと戻す。

 

 

「彼女だけでなく、この郷に暮らす多くの元『上位者』が同様に嘗ての力を捨て去っている。即ち、彼等と同数の寄る辺なき力がこの世界を彷徨っているという事だ。この意味が解るかね」

 

「……まさか」

 

 

切迫したモントの声。

どうやら、ゲールマンの言わんとするところに気付いたらしい。

 

 

「嘗ての在り方そのままに現界する者も居るだろう。『番犬』の様に自らの意思が無く、それこそ使役される側として現界する者も居る。だが、それ以上に脅威となるのは、未だ寄る辺が定まらぬ力たちだ」

 

「誰に宿るか解らない、という事ですね?」

 

「そうだ。その人物が此方に協力的ならば未だしも『カインハースト』や『医療教会』の人間であったならば目も当てられない」

 

「……いや、下手すりゃアルテナかナバール、ビーストキングダムの誰かって線もあるだろ。その影響が何処まで深刻かは解らないが、碌でもない事になるのは目に見えてる」

 

「そういう事だ。これより先、君たちの前に現れる人物の誰かに『上位者』の力が宿っているやもしれない。それについての警告が、この郷に君たちを呼んだ理由のひとつ」

 

「……他にもあるのか?」

 

 

うんざりといった体で呟くデュラン。

その様子に苦笑するゲールマンだが、傍らのマリアは表情すら変えぬままに言葉を引き継ぐ。

 

 

「先程も言った通り、君たちの支援も目的のひとつだが……狩人よ、折り入って君に頼みたい事がある」

 

「俺に?」

 

「そうだ。『連盟』最後の狩人である君にしか頼めない事だ」

 

 

訝し気に訊き返すモント。

しかし、マリアの言葉を聞くや、その表情を一変させる。

そして、彼女の手に握られた1本の杖。

『仕掛け武器』ではなさそうだが、しかしそれを目にしたモントは凍り付いている。

そしてマリアはまたも、リース達には理解し難い言葉を紡いだのだ。

 

 

「『獣喰らいのヴァルトール』……どうか、彼を説得して貰いたい。この郷の人々を、未だこの世界を彷徨う嘗ての『上位者』たちを護る為に」

 

 

 

============================================

 

 

 

「結論から言うとだね、コイツにこれ以上手を加えるのは難しい」

 

 

そう言って翳された剣を受け取りながら、デュランは溜息を吐く。

ゲールマン達との会合から一夜明け、聖剣の一行は紹介された『工房』を訪れ、各々の新たな得物についての検討を進めていた。

その中でデュランは、王都で『番人』より鹵獲した曲刀を所持していた事から、早々と改修の余地が無い事を告げられたのだ。

 

 

「と、いうと?」

 

「こんな風に原形を留めたまま鹵獲された代物は初めて目にするが……見事な一振りだよ、これは。隕鉄を惜しむ事なく用いて、素晴らしい硬度と切れ味に仕上げている。我々の技術ではこうはいかない」

 

「アンタ等が打った代物じゃないのか?」

 

「ヤーナムでは不可能だ。これを打ったのは『トゥメル』の連中だよ」

 

 

何処かで聞いた名前だと、デュランは首を傾げる。

確か、王都での事態が収束した後に、モントがそれらしい名を口にしたのではなかったか。

惨劇の陰に薄れた記憶を手繰るデュランを余所に『工房』の職人は言葉を続ける。

 

 

「取り敢えず手入れはしておくし、何とか複製もできる様に持っていくが……血を吸わせてさえおけば、コイツがナマクラになる事はないだろう」

 

「……『狩人』みたいな剣だな」

 

「そりゃそうだ。今でこそ人でなくなっちまったとはいえ『トゥメル』の時代には『番人』も『獣』を狩っていたんだろうさ。剣だって持ち主に似てくるだろうよ」

 

「魔剣じゃねえか……」

 

「まあ、片手剣としちゃあこれ以上ない業物だ。少々重いだろうが、使いこなせりゃ獣から狩人まで柔軟に対応できる」

 

 

頭を抱えるデュランだが、職人の言葉にどうにか納得して、誂えて貰った鞘に剣を収めた。

その様を横目に見ながら、紙に何事かを書き留めつつ職人が問う。

 

 

「それで、だ。初めに訊いたが、君はこの先どちらを選ぶんだね」

 

「『クラスチェンジ』の話か?」

 

「ああ。私も彼女から聞いた話程度の内容しか理解していないが『光』と『闇』で随分と異なるんだろう?」

 

 

『クラスチェンジ』については、初めに全員が訊ねられた事だった。

フェアリィによれば、ローラントで『マナストーン』を見付ける事ができれば、其処で『クラスチェンジ』を行う事が可能だろうという話だ。

ただ『クラスチェンジ』には制約があり、クラスは『光』と『闇』に分かれ、どちらかを選択せねばならない。

そして一度クラスを決してしまえば、異なるそれへと進む事は決して叶わないという。

 

 

「……正直、迷ってる。俺の戦い方なら『闇』一択……だと、思うんだが」

 

「『光』じゃ駄目なのか?」

 

 

そして『光』と『闇』では、戦闘のスタイルが明確に異なるらしい。

『光』では味方への援護と守備が主体となり『闇』ではとにかく敵への攻撃に偏重する。

これまでのデュランであれば、迷う事なく『闇』の道を選択していただろう。

だが今や彼の内面には、嘗てでは考えられなかった葛藤が生じていた。

 

 

「騎士、か……」

 

 

今の彼には、放ってはおけない存在がある。

表向きには気が強く我が儘で、しかもお転婆で口うるさいときている。

しかしその実は、繊細で臆病で、誰よりも愛に飢え、自らの命を狙う母親をそれでも敬愛して止まない、か弱いごく普通の少女。

その身に『上位者』の力を取り込み、何処か超然とした雰囲気を身に付けてなお、その本質は何も変わっていないとデュランは断じていた。

何処か危なっかしい、放っておけない彼女を思うと、ただ攻撃のみに特化した『闇』への道を選ぶ事に躊躇が生じるのだ。

 

かといって『光』を選んだところで、今や仕込み杖を手足の如く扱い強力無比なる神秘を無造作に撃ち放つ彼女の傍で、その守護の力が如何程に役立つものか。

ある程度の力がなければ、寧ろ彼女の足を引っ張る結果となる可能性もある。

しかし一方で『闇』を選んで前線に突っ込めば、仕込み杖の一撃に耐え得る敵に肉薄されれば命取りとなりかねない彼女を、他に有力な護衛が居ないままその場に残す事になりかねない。

故に、デュランは悩んでいるのだ。

その苦悩が、無意識に口を突いて出る。

 

 

「盾か……手数がなぁ……」

 

「何だ、盾が欲しいのか?」

 

 

知らず知らずの内に零れ出た言葉に、職人の男は反応した。

予想外に反応され面食らいながらも、どうにか声を返すデュラン。

 

 

「いや、ありゃあ良いかなとは思うが……積極的に攻めるのには向かないだろ」

 

「そうとも限らんぞ。遣り様は幾らでもある」

 

 

言いつつ、男は既に紙上へと何らかの図面を引き始めている。

彼の言葉の意味するところを理解できずに呆けるデュランを横目に、男は矢継ぎ早に問いを浴びせ掛けてきた。

 

 

「盾を持つ事で攻めの手数が減る事と、あとはそうだな、両手持ちの剣に比べて一撃の威力に劣る点が気になるのかね」

 

「……ああ、そうだな」

 

「これまではどうなんだ、盾を使った経験はあるのか」

 

「一応ある。性に合わないんで積極的には使わなかったが、モンスターによっては必要になる事もあったからな」

 

「両手剣はどうだ、グレートソードは?」

 

「取り回しが悪すぎる。大物相手じゃなきゃ無駄な重りになっちまう」

 

「その剣を片手で扱う事には不自由は無いか?」

 

「少々重いが、そのうち慣れる」

 

 

其処まで聞き出すと、後は無言で作業台に向かい続ける男。

紙上を奔る羽ペンの勢いは衰える素振りを見せず、寧ろ秒を追う事に早くなっている様に感じられる。

所在なげにその様子を見守るデュラン。

そうして、そのまま十数分が過ぎた頃、男は羽ペンをインク瓶へと放り込んでデュランへと向き直る。

 

 

「盾を持つのは、後方の仲間を護る為……という事で良いかな?」

 

「……ああ」

 

「しかし盾を持つ事で、積極的な攻勢を掛ける際に負担となる事は避けたい」

 

「そうだ」

 

「ふむ、ならばこういうのはどうだね」

 

 

そう言って、男が広げて見せた紙面上。

其処にはデュランにとって、凡そ理解の及ばぬ『武器』の設計図が描かれていたのだった。

 

 

 

============================================

 

 

 

「どうだいお嬢さん、お気に召す一品はあったかね?」

 

「そうですね……」

 

 

そう言って周囲を見回すリースの内心は、しかし焦燥に満ちていた。

自身が得意とする得物、即ち槍に該当する仕掛け武器が見付からないのだ。

否、正確にはあるにはあるのだが、とても扱える代物ではないと言うべきか。

 

 

「やっぱりアレはお気に召さないかね」

 

「使っているところは幾度となく拝見しましたが……私には向かないでしょうね」

 

 

先ず勧められたのは何を隠そう、モント愛用の仕掛け武器である『ノコギリ槍』だ。

変形させればかなりの長さの槍と化すそれは、しかしあまりにも重すぎた。

それだけでなく、この武器は両手持ちで扱う事は端から考慮されておらず、しかも変形前のノコギリの形態はリースにとって戦闘に於ける利は皆無かつ、運搬が容易になる程度の利点しか齎さない。

端的に言えば使い熟すだけの下地が、彼女には存在しないのだ。

 

 

「お嬢さんは槍使いだったね?」

 

「ええ。幼い頃からずっと、槍術を叩き込まれてきました」

 

「じゃあ、ずっとトライデントを?」

 

「はい」

 

 

アマゾネス軍団に於いて三叉槍、即ちトライデントは特別な意味を持つ。

ローラント王国の前身となった部族、その女戦士たちが用いていた武器がこれなのだ。

ローラントは建国から20年も経っていない若い国家だが、その建国までの課程により、柔軟な国家運営を行いつつも伝統を軽んじはしない。

故に、リースもまたトライデントの扱いには長けるが、それ以外の武器となると短刀と弓を少しばかり齧った程度だ。

 

 

「ふむ……だとすると、攻撃は突きと……薙ぎ払いも多用するのかな?」

 

「はい」

 

「成る程、なら……いや、しかし……」

 

 

リースの相談役となった職人は、何事かを考え始める。

やがて彼は、幾分か迷う素振りを見せつつ告げた。

 

 

「……お嬢さんには少し重いかもしれんが、トライデントと似た感覚で扱えるだろう槍はある」

 

「本当ですか?」

 

「ただ、ちょいと癖のある武器でね。扱う狩人も限られた代物なんだが……」

 

 

そう言いつつ椅子から腰を上げ『工房』の奥へと姿を消す職人。

数分ほどして戻ってきた彼の手には、嘗ての彼女の得物とほぼ同じ長さの槍があった。

ローラントのものよりも2回り以上に太い柄、それ自体がグラディウス程もある大振りの矛先。

少しばかり大き過ぎる、そして奇妙な金具が付いている点を除けば、随分と真っ当な槍だった。

 

 

「これも仕掛け武器なんですか?」

 

「ああ、コイツはこうして……」

 

 

『工房』に鳴り響く金属音。

其処で漸く、リースは理解する。

彼女の常識が通用する余地など、この場の何処にも無いのだと。

 

 

 

============================================

 

 

 

「成る程、成る程。控えの武器に飛び道具か、そりゃいい!」

 

「駄目か?」

 

「いやいや、良いと思うぞ。狩人だって余裕がありゃ2振りと2丁を同時に持ち歩くんだ。坊主くらいのガタイがありゃあ当然だ」

 

 

豪快に笑いながら、巨漢の職人は倉庫の中身を引っ繰り返す。

あれでもないこれでもない、あれは何処にやったっけ。

そんな独り言を呟きながら目的の物を探す彼を余所に、興味深く周囲の物品を見回すケヴィン。

 

彼の希望は幾つかあった。

ひとつ、獣肉断ちでは追随し切れない敵に対応できる、副次的な武装。

ひとつ、これから向かうローラントの岩場などで起こると考えられる、互いが離れた位置での接敵時に攻撃可能な飛び道具。

ひとつ、己の膂力を十全に活かせる武装。

それを聞くや、巨漢の職人は愉しげに笑ったのだ。

 

 

「坊主みたいに豪快なのは嫌いじゃねえぞ! こう言っちゃ何だが、最後の方の狩人は華奢な野郎ばかりでよ。真正面から『獣』を捩じ伏せてやろうって気概のある奴ぁめっきり減っちまった」

 

「人間じゃ無理がある。正しい考え」

 

「そりゃそうだがよ、こっちとしちゃあ面白くねえ! 人が折角イカした武器を用意しても、やれ重いだのやれ実用性が無ぇだので敬遠しやがる。『アイツ』みてえにもう少し頭が柔軟な奴が居ねえものかと悶々としてたんだ」

 

 

『アイツ』というのが誰かは知らないが、狩人たちに足りなかったのは、頭の柔軟性ではなく筋肉なのではないか。

そんな考えが浮かんだケヴィンだったが、賢明にもそれを口にする事はなかった。

『火薬庫』の中で火遊びをする様な自殺願望は、無い。

彼は空気の読める獣人なのだ。

ただ腹の中で『馬鹿じゃないの』と思っただけだ。

 

 

「さあどうだ、坊主! コレなんかお前さんにピッタリだろう!」

 

 

馬鹿じゃないの、ホント馬鹿じゃないの。

腹の内で呪詛を繰り返しながら、作業台を叩き割らんばかりの轟音と共に眼前に置かれたそれを、ケヴィンは顔を引き攣らせながら見つめる。

カチカチと金属音を発てながらそれの一部を回す職人は、愉快で堪らないとばかりに口を開いた。

 

 

「コイツはとある馬鹿の以来で造ったモンでな、見ての通り常人に扱える代物じゃねえ。だが何人かはコイツを見事に操って、アホみたいに大量の獣を一方的に狩りまくった。坊主の力なら問題なく扱えるだろうさ」

 

 

それともこっちの方が良いか、と見せられた『大砲』に、ケヴィンは必死に首を振る。

もちろん横に。

この男、自分を砲台か何かと勘違いしているのではなかろうか。

そんな疑念を抱くケヴィン。

 

 

「おおそうだ、右手の予備だったな! 取り敢えず幾つか見繕ってきたぞ」

 

 

ほれ、と作業台上に並べられたそれらは、いずれも一目でまともではないと解る代物ばかり。

更に表情を引き攣らせるケヴィンの様子に気付かないのか、或いはどうでも良いのか。

巨漢の職人は期待に瞳を輝かせて問い掛ける。

 

 

「さあ、好きなのを選んでくれ!」

 

 

馬鹿じゃないの、と腹の内で延々と響き続ける声をどうにか抑え込みつつ、ケヴィンは血眼になって武器の選定に入った。

少しでもまともなものを、すこしでも良識の残ったものを。

彼の頭は、ただそれだけで一杯だった。

 

 

「幾つでも良いぞ! 何なら全部持ってけ!」

 

 

ちょっと黙ってろこの野郎。

喉元まで出掛かった言葉を、辛うじて呑み込んだケヴィンは偉かった。

彼は空気の読める獣人なのだ。

 

 

 

============================================

 

 

 

「大したもんだ。もうソイツを使い熟してるとは」

 

 

感心の滲む声が響く中、無心に新たな得物を振るい続けるホークアイ。

その両手に握られた刃は鈍色の旋風と化して空気を切り裂き、目に見えぬ敵を瞬く間に微塵と化してゆく。

急所を突き、切り裂き、幾重にも幾重にも斬り刻んで、背後へと回り込んで両の脇下へと切っ先を突き込み捻る。

想定上の敵から刀身を引き抜き、金属音と火花を散らした後には、既に二振りあった刃は一振りと化していた。

 

 

「いや、見事なもんさね。『烏羽』を思い出すよ」

 

「……そりゃ、これを使ってたっていう狩人の事か?」

 

 

軽く息を吐き問い掛けるホークアイに、職人の女は我が意を得たりと頷いてみせた。

その手にはニキータに誂えさせたダガー、既に刃は潰れ刀身が半ばから折れ飛んだそれが握られている。

刀身の付け根近くに嵌め込まれていた、モント曰く『血晶石』は取り外され、今は作業台の上に転がっていた。

 

 

「そうさね。『烏羽の狩人』即ち『狩人狩り』の間で連綿と受け継がれてきた得物さ」

 

「『狩人狩り』だって? じゃあやっぱり、コイツは対人用なのか」

 

 

道理で扱い易い筈だと、自らの手の内にある短刀へと視線を落とすホークアイ。

『狩人狩り』という言葉にも、対人専用の仕掛け武器の存在にも、彼は驚かない。

どちらも必要となる筈だと、疾うに予測していたのだ。

そして実際に、その予測は誤りではなかった。

だがそうなると、別の懸念が浮かび上がる。

 

 

「なら、コイツは『獣』相手には力不足、って事にならないか?」

 

 

獣狩りの武器はいずれも特徴的で、分厚い毛皮に護られた獣の血肉を削ぎ取る為の工夫が施されている事は、既にホークアイも聞き及んでいる。

見たところ、この短刀にそういった要素は見当たらない。

仕掛けこそ敵の不意を突き、戦術の幅を広げるには最適のものだが、果たしてそれが獣にも通じるだろうか。

 

 

「そいつは隕鉄でできている。例え『獣』の毛皮であっても、癖さえ掴めば人と同じ様に斬り裂けるさ……ほら、寄越しな」

 

 

ホークアイから短刀を受け取り、職人の女は作業台に向かう。

そうして幾つかの器具を取り出しながら、ふと思い出した様に告げた。

 

 

「そういえばアンタと一緒に来た狩人から、幾つか『血晶石』を預かってるよ」

 

 

そう言って、ホークアイのダガーに嵌め込まれていたものに良く似た『血晶石』を更に2つ取り出し、再度作業台に向き直る職人の女。

どういう事かと首を傾げるホークアイに、彼女は振り返る事なく説明する。

 

 

「この『血晶石』ってのはね……幾つか重ねて嵌め込む事で、効果を相乗させる事ができるんだよ。アンタが手に入れたのは『劇毒』の『血晶石』……それもなかなかの上物だ。其処に同類の『血晶石』を嵌め込めば、刃が纏う毒は更に強力になるって寸法さね」

 

「モントは『血晶石』を幾つも持ってるのか?」

 

「何しろ全ての『聖杯』を制したって話だからね。そんなもん幾らでもあるんだろうさ」

 

 

何とも恐ろしい話だと、内心で呟くホークアイ。

この毒を宿す『血晶石』が複数存在するという事は、それだけ同様の毒を纏う刃を生み出せるという事に他ならない。

ほんの僅かでも傷付けられようものなら、想像を絶する苦痛の果てに決して逃れること能わぬ死を齎す刃が、複数。

世界中の権力者にとって、これ程までに恐ろしい武器は他に無い。

比喩でも自惚れでもなく、世界最強の暗殺任務特化部隊を有するナバールとしても、戦後の扱いを考えねばならないだろう。

 

 

「ひょっとしたら、戦いの中でもっと優れた『血晶石』を手に入れる機会があるかもしれない。もしそんな事があったら、迷わず石を入れ替えるんだね」

 

「これ以上があるのか?」

 

「アタシは見た事が無いねェ。でも、実際にそれを使ってる連中が居たからね。運が良ければ見付けられるかもしれないよ……ただ」

 

 

女は作業台の上、壁に掲げられた絵を指す。

描かれているのは異形、血と膿とに塗れた、骨と皮ばかりの悍ましい『獣』か『上位者』かも解らぬそれ。

この存在と邂逅し、生きて戻った狩人からの言伝を元に描かれたものか。

それを指し示しながら、彼女は言う。

 

 

「こういった連中との邂逅は覚悟しとくんだね」

 

 

思わず黙り込むホークアイ。

もう一度、彼女が指し示す絵を見やる。

数秒ほどして、溜息。

 

 

「……遠慮しときたいね」

 

 

職人の女は笑い、近くの棚を指差す。

そして渋面のホークアイへと、次なる新たな得物を提案するのだった。

 

 

「さてアンタ、飛び道具も持たないと話にならないだろう? とっておきの新型があるんだけど、どうだい?」

 

 

 

============================================

 

 

 

「何よ、シケてるわね。もっと面白いものがあるかと思ってたわ」

 

「人の私物を勝手に漁っておいて何て言い草だ……」

 

 

ゲールマン達と会合した『工房』の中。

アンジェラとシャルロットは、扉近くに置かれた巨大なチェストの中身を引っ繰り返していた。

次々に取り出された代物を物色しながら、あれでもないこれでもないと除けてゆくアンジェラとシャルロット。

そのすぐ後ろでは、表情を引き攣らせたモントと呆れ顔のフェアリーが、王女と司祭の孫の独壇場と化した仕分け作業を為す術もなく見つめていた。

 

 

「うえ、なんでちかこのトマトソースみたいなの……なんか動いてまちよ」

 

「捨ててシャルロット。今すぐ捨てなさい」

 

「こっちのはなんでちか、ドライフラワー? 小汚いし、なんか臭いでち……」

 

「捨てちゃいなさいって」

 

「おい……おい、ちょっと待て、待ってくれって……」

 

 

しどろもどろになりながらも、容赦のない分別作業に物申さんとするモント。

しかし、そんな踏ん切りの付かない彼の嘆願を、アンジェラの鋭い声が一切の容赦なく一刀両断にする。

 

 

「もう使わないでしょ、こんなもの。要らないものはどんどん捨てちゃいなさい」

 

「うへぁ、ランタンが1個、2個、3個……14個もありまちよ。なんでこんなに?」

 

「人数分だけ確保して、後は何処かで売っちゃいましょ」

 

「なあ、頼むよ……」

 

 

これまでに聞いた事もない、モントの弱々しい声。

処置無しと判断したフェアリーは一同に背を向け、工房内の武器を見て回る事にした。

壁や天井に掛けられたそれらを、ひとつひとつじっくりと見て回る。

 

 

「ばっちい石がいっぱいありまちよ! って、へぎゃあ! なんか脈打ってまち!?」

 

「ん、これとこれとこれと……あとこれか。他は同じ奴だから捨てちゃって良いわよ」

 

「おい、それは本気で止めろ!?」

 

 

苦労したんだぞ、というモントの叫びを余所に、フェアリーは壁に掛けられていたノコギリ鉈を手に取る。

軽く振ってみるが、やはり何処となくしっくりとこない。

狩人の血を受け入れた事によるものか、振るう分には不自由はないのだが、何かが違うと脳裏に訴え掛けるものがあるのだ。

 

 

「何よ、上物の『血晶石』は分けておいたじゃない。こんな質の低いの、幾つもとっておいても仕方ないでしょ」

 

「モントしゃん、整理整頓は思い切りが命でち。あれもこれもと手元に置いてたら、何時まで経っても片付かないでちよ」

 

「だからといって思い切り過ぎだろう! それを集めるのに俺がどれだけ……!」

 

 

悲壮な叫びを無視し、短銃を左手に取る。

やはり生じる違和感。

溜息と共にノコギリ鉈と銃を戻し、改めて周囲を見やる。

其処で彼女は、奇妙な気配に気付いた。

 

 

「……なに?」

 

 

ふと、彼女の視線は祭壇へと引き寄せられる。

正確にはその横、外へと続く扉。

何かが、其処に居る。

敵意は感じないが、しかし決して無視できぬ何かが此方を呼んでいるのだ。

知らず、彼女の足は其方へと向かっていた。

 

 

「……ビリッとキタァぁぁ!?」

 

「あら、良いものあったじゃない。これ貰っておこうっと」

 

「お前ら、少しは奥ゆかしさというものを……!」

 

 

背後から響く声も、今やフェアリーの意識には僅かたりとも及ばない。

祭壇横の扉より外へと出た彼女は、その壁際に佇む墓石がある事に気付いた。

 

 

「お墓? どうしてこんな所に……」

 

 

屈み、墓石に掘られた文字に目を走らせる。

すぐに彼女は、奇妙な点に気付いた。

墓石に、その主の名前が刻まれていない。

それがあるべき位置には、奇妙な一文。

 

 

『古狩人たちの眠りに』

 

 

その瞬間の変化に、しかし彼女は気付かなかった。

唯々、墓石に刻まれた文字を追う事に集中していたのだ。

知らず、彼女はその内容を音に乗せていた。

 

 

「……夢の月のフローラ。小さな彼ら、そして古い意志の漂い。どうか狩人を守り、癒し給え。彼等を囚えるこの夢が、優しい目覚めの先ぶれとなり、また懐かしい思いとならん事を」

 

 

それの意味するところを、彼女は知らない。

だが知らないなりにそれが、この墓石に祀られる者たちへの、弔いの言葉であると理解できた。

古狩人とは誰の事を指すのだろうと僅かな疑問を覚えるが、しかし考えても詮なき事と早々に結論付けて立ち上がる。

其処で漸く、異変に気付いた。

 

 

「……えっ?」

 

 

暖かな中天の陽に照らされた庭は既になく。

其処は今や、冷たく青い光に満たされた、同じ場所でありながら未知なる地。

慌てて天を仰ぎ見て、其処に在り得ないものを見出し、絶句する。

 

 

「ッ……!?」

 

 

今が日中である事は間違いない。

にも拘らず、中天には青白く巨大な月が浮かんでいたのだ。

更にいえば、その月は明らかにこの世界のものではなく、王都で見たものと同じヤーナムの月だった。

 

此処で漸くフェアリーは理解する。

この場所は、先程まで自分が居た工房ではない。

王都を取り込んだ『聖杯』と同じく、何者かによって創造された『夢』の中なのだと。

次いで、彼女は自身の背後、其処に居る『何か』に気付く。

反射的に振り返るフェアリー。

 

 

「なっ!?」

 

 

その存在を視界へと捉えたフェアリーは、今度こそ理解する事を放棄した。

 

 

「はじめまして……狩人様」

 

 

そう挨拶してきたそれは、街娘の服に身を包んだ女性。

正確には女性の姿をした『何か』だった。

そして、その容貌は。

 

 

「マリア……!?」

 

 

この郷で出会った狩人、マリアそのものだった。

 

 

「私は『人形』。この夢で、あなたのお世話をするものです」

 

 

フェアリーの呟きが聴こえていないのか、或いは聴こえてはいても答えるつもりが無いのか。

自らを『人形』と名乗った彼女は、淡々と手の内のものを差し出してくる。

 

 

「狩人様……お探し物は、これでしょうか」

 

 

異様に高い頭身、明らかに人工物と判る指、頭部の所々に奔る僅かな皹。

それら異様な点に気付いてはいたフェアリーだが、しかし差し出されたそれを目にするや全ての疑問が脳裏より消し飛んだ。

 

 

「これ……」

 

「お使い下さい、狩人様。貴女の狩りを全うする為に」

 

 

人形の手に握られた一振りの刃と、一丁の銃。

それらは、フェアリーの心を惹き付けて止まなかった。

良く似たものを少し前に目にしたばかりだが、しかしその際には全く無かった感覚。

酩酊にも似た、抗い難い魅了。

 

水に乾いた魚の様に、火に引き寄せられる羽虫の様に、血に餓えた『狩人』の様に。

彼女の身体はゆっくりと、しかし確かに、それらを手にすべく動き出していた。

手を差し出し、人形の手にあるそれらを受け取らんとして。

 

 

『止せ』

 

 

突如として、意識へと割り込む声。

ふと我に返ったフェアリーは、目の前に佇むマリアに気付く。

人形とマリアを重ね見て、やはり似ている等と思考するフェアリーだったが、それは彼女に肩を掴まれると同時に放たれた声によって断ち切られた。

 

 

「何を……受け取った?」

 

 

状況を理解できずに狼狽えるフェアリーに、マリアは両手で彼女の肩を掴んだまま、先日に聴いたそれよりも幾分か低い声で以て問い掛ける。

その声色からは緊張と警戒、そして幾分かの恐怖が感じられた。

戸惑うフェアリーに、マリアは確信を含んだ声で、重ねて問い掛ける。

 

 

「人形に会ったのだろう? 彼女から何を受け取った?」

 

 

漸く、フェアリーは思い至る。

確かに、人形から受け取ろうとした筈だ。

目の前の彼女が手にしていたものと良く似た、しかし何かが違うそれ。

彼女やモントが手にするものと良く似た、或いは全く同一のそれ。

その一振りと一丁を受け取ろうとして、割り込んだ声によって強制的に『目覚め』させられたのだ。

 

 

「……受け取ってはいないのか」

 

 

そんな、何処かしら困惑しているかの様な言葉と共に、肩を掴んでいた手が離される。

一体何事かと困惑するフェアリーに、マリアは幾分か疲れた様に再度問い掛けた。

 

 

「確認するが……人形に会ったのだろう?」

 

「……ええ」

 

「彼女から、何か手渡されなかったか」

 

「仕掛け武器らしきものを差し出されたけれど、受け取ってはいないわ」

 

 

何故か、その武器の詳細を伝える気にはなれなかった。

マリアは暫し無言のまま佇んでいたが、やがて溜息と共に緊張を解く。

 

 

「……忌まわしい『匂い』を感じて、駆け付けてはみたのだが……やはり、あの『夢』は終わってはいないのか」

 

「あの……」

 

 

戸惑いがちに声を掛けるフェアリーに、マリアは何でもないと言いたげに手を振った。

その様はまるで訊いてくれるなと言っているかの様で、フェアリーはそれ以上に掛ける言葉を失う。

其処へ、屋内から声が掛かった。

 

 

「フェアリー、外に居るのか?」

 

 

モントの声だ。

直後に彼とアンジェラ、シャルロットが連れ立って扉から姿を現した。

何があったのか知らないが、アンジェラは冷たい目でモントを睨んでおり、シャルロットに至ってはその小さな手足を無茶苦茶に振り回して彼の脚を殴る蹴るしている。

そのモントの手には、奇妙に湾曲した刀身を持つ、大振りの曲剣が握られていた。

彼はマリアの存在に気付くと、若干の警戒と共に声を絞り出す。

 

 

「……何があった?」

 

「何でもない……邪魔をして済まなかった。彼女の服だが、夕餉の後に持ってこよう。では」

 

 

それだけを言うと、マリアは身を翻して工房を去る。

胡乱げにその背を見送っていたモントだが、アンジェラに突つかれて思い出した様にフェアリーへと向き直ると、手にしていた曲剣の柄を差し出した。

 

 

「丁度良いのを見付けた、適当に振ってみてくれ。細かい調整は後で工房に頼もう」

 

 

そうして手渡された曲剣は、先程目にした仕掛け武器の様に魅了される事はなかったものの、不思議な程フェアリーの手に良く馴染んだ。

彼女の華奢な手には余る程の大振りな剣だったが、これも狩人の血によるものか、取り回しには全く不自由がない。

暫し剣を振るい、仕掛けについてモントに訊ねようとするフェアリーだったが、未だに彼へと冷ややかな視線を送るアンジェラと脚を殴り続けるシャルロットに気付き、戸惑いながらも何があったのかと問うた。

 

 

「あの……どうしたの?」

 

「きーてくだしゃい、フェアリーしゃん! こんの鬼畜狩人、あの箱ン中にとんでもないモン山ほど放り込んでたでちよ!?」

 

「連続殺人鬼もびっくりだわ……」

 

「だからアレは『聖杯』の触媒だと……!」

 

 

激昂するシャルロット、呆れ果てたと言わんばかりのアンジェラ。

モントは弁解らしき言葉を絞り出すが、言い終えるより先にシャルロットの叫びに遮られる。

 

 

「うるしぇーこの死体コレクター! マトモな人間が人の目ン玉だの骨だの集めまちか!?」

 

「何で人の背骨を道具と一緒に仕舞い込んでおくのよ……良識ってものはないの?」

 

「うう……あの黄色い骨、めっちゃ臭ってたでち……モロに掴んじゃったでちよ……幾らモントしゃんの服で拭ってもダメでち……」

 

「おい、何してる」

 

 

慌てて脚を引くモント。

どうやら先程までのシャルロットの行動は、自身の手にこびり付いた臭いをモントの服で拭っていたものらしい。

 

 

「もうダメでち……シャルのか弱いオトメ心はボロボロでちよ……」

 

「ああ、可哀想なシャルロット……こんな鬼畜狩人に身も心も穢されるなんて……!」

 

「おい」

 

「うう、アンジェラしゃあん……! シャルは、シャルは……!」

 

「大丈夫よシャルロット、後で一緒にお風呂入りましょ。それで貴女の武器が出来たら、先ずはモントで試しましょ」

 

「わあ、楽しみでち……!」

 

「コイツら……ッ!」

 

 

歯軋りするモントを余所に、先程まで目に涙まで浮かべて互いを抱き締め慰め合いながら、今や輝かんばかりの表情で彼を甚振る算段を始めている2人。

そんな3人の様子に、否応なく緊張を解されてしまったフェアリー。

溜息をひとつ、剣を携えたまま屋内に戻ろうと3人に背を向け、其処で初めて首から胸元に掛けての違和感に気付く。

何事かと首元に手をやれば、指先に触れる細い鎖の感触。

何かネックレスの様な物が掛かっている。

鎖を手繰り寄せ、胸元に隠れていた小さなペンダント、酷く傷んだそれを取り出すフェアリー。

 

 

「……これは?」

 

 

鏃型のそれに刻まれた紋章、背中合わせに描かれた2体の『獣』。

元は全体を覆っていたであろう赤い塗料は殆どが剥げ落ち、繊細であったろう銀細工は擦り切れて輝きを失っている。

しかしその中で『獣』の紋章だけは、確かな力を以って其処に浮かび上がっていた。

 

当然、こんなものをフェアリーは知らない。

彼女が身に付けているものは、全てアストリア以降に手に入れた。

だが、こんなものを手にした記憶は何処にも無い。

 

ふと、彼女は思い到る。

先程までの『夢』の中、あの『人形』が手渡そうとしたもの。

マリアの介入により受け取る事さえなかったものの、しかしこのペンダントと何らかの関連性はあるのではないか。

 

 

「フェアリー?」

 

 

急に立ち止まったフェアリーを訝しんだのか、声を掛けてくるアンジェラ。

咄嗟にペンダントを仕舞い込み、フェアリーは応える。

 

 

「何でもないわ、アンジェラ」

 

「そう? コイツの渡した武器だから、変な臭いでも付いてたんじゃないかと思ったんだけど」

 

「……何とでも言え」

 

 

冗談交じりに告げるアンジェラに、軽く手を振って苦笑いを浮かべるフェアリー。

そのまま屋内に戻り、銃の物色に入る。

何故か、ペンダントの事を告げる気にはなれなかった。

 

 

 

============================================

 

 

 

「……デュラン」

 

「言うなよ……俺だって訳が解らねぇんだ」

 

 

呆然と呟く彼等の視線の先、茜色の空。

其処に浮かぶは、黒々とした巨大な影。

郷を訪れて3日目、その夕刻の事だった。

 

 

「何だこれは……」

 

「贈り物だ、リチャード陛下からのな」

 

 

空に浮かぶ『それ』と共に郷へと戻ったルドウイークが、呆然と宙を見上げるモントへと語り掛ける。

其方へと視線を移した面々は、絞り出す様に言葉を吐き出した。

 

 

「『これ』が?」

 

「君達の足として使って欲しいそうだ。とはいえ、此処に来るまでに機関のマナを使い果たしてしまった。補充は精霊に頼ってくれとの事だ」

 

「どうして此処まで……」

 

 

再び、視線を宙に浮かぶ『それ』へと戻す。

ファルカタにも似た形状の胴体、それが2つ平行に並んだ双胴型。

其処から各々に角度を掛けて伸びた、ダガーの様な7対14枚もの羽。

至る箇所で風車の如く回転する大小様々な羽根、それらが発てる幾重もの重々しい風切り音。

そういったものが存在するとの知識はあっても、多くは初めて目にする存在。

 

 

「強襲揚陸型空母『スクラマサクス』。各国に現存する中では、恐らく最も対地・対空戦闘に特化した空母だそうだ。尤もマナの減少著しい昨今、竣工前から死蔵が決定していた不遇の船らしいが」

 

「つまりこれは、フォルセナ最後の空母という事ですか!?」

 

 

驚いた様に声を上げるリース。

何事だ、と首を傾げるモントに、ホークアイが説明を行う。

 

 

「前に言ったろ。規模の違いはあっても、どの国も空母を持ってたって。でも今は……」

 

「アルテナ以外に運用できる国家は無い、だな?」

 

「そうだ。つまりどの国でも、此処十数年ばかり空母の新造は行っていない。それで、さっきの話からすると……」

 

 

成程と、モントは納得する。

だが、それと同時に別の疑問が浮かび上がってきた。

そんな貴重な最新鋭の空母を何故、聖剣の一行などという寄り合い所帯に委ねるのか。

 

 

「納得しかねている様だな、狩人よ」

 

「ルドウイーク」

 

 

そんな疑問が表情に滲み出ていたのか、ルドウイークが声を掛けてくる。

丁度良いとばかりに、モントは問い掛けた。

 

 

「是非、理由を聞きたい」

 

「ふむ……端的に言えば、陛下は『これ』を国内に置いておきたくはない、というところだろう」

 

「そりゃどういう事だ?」

 

 

声を上げて割り込んだのはデュランだ。

その他の面々も、興味深そうに話に聞き入っている。

しかしルドウイークは自らが答える事はせず、背後に佇むフォルセナ兵、空母と共に郷を訪れた彼に視線を向けた。

それを受け、兵士が答える。

 

 

「……現在、王都を中心とするフォルセナ領内では、アルテナへの報復論が沸き起こっております」

 

「それは……」

 

 

アルテナへの報復。

その言葉に、アンジェラが目に見えて身を強張らせる。

 

 

「内容は苛烈なものが多く……エルランドを強襲して橋頭保を築き、周辺の集落を含めて無差別に物資を『徴収』。その上でアルテナ領内での集落、及び拠点への襲撃を継続して行う事で物資の流通を遮断し、国家全体の衰弱を狙うべしとの声が、日に日に膨れ上がっているのです」

 

「そんな事をすれば、アルテナの民は……!」

 

「はい。寒さと飢えに耐えられず、多くが命を落とす事となるでしょう。また別案として、少数精鋭にて王都を直接強襲しヴァルダ女王を殺害。アルテナ領全域で寒冷化を異常促進させ、生活圏の消滅を狙うべきとの声も……」

 

「一国皆殺しか。豪気だな」

 

 

何気なく呟かれたモントの言葉に、幾人かが非難じみた視線を向ける。

しかし、それを口にする事はしない。

彼の言っている事は、何も間違ってはいない故に。

 

ウィンテッド大陸は本来、人が生きること能わぬ極寒の大地である。

其処に数千年に亘り強大な王国が存続してきたのは、偏に強大な魔力を有する王家の血筋が、代々に亘って温暖な気候を保つ為の気象制御結界を維持してきたからだ。

縦しんばそれが途絶えれば、ウィンテッド大陸に暮らす人間は数日の内に、例外なく凍り付き死に絶える事だろう。

フォルセナ領内では今、それを人為的に引き起こすべきとの声が渦巻いているのだ。

全ては、彼の国への憎悪が為に。

 

俯くアンジェラ。

その手は固く握り締められ、微かに震えている。

モントの位置からは表情を窺う事はできないが、内心は穏やかならざるものだろう。

原因がアルテナ側にあるとはいえ、祖国の民を皆殺しにすべきとの声がフォルセナ内にあると、面と向かって言い渡されたのだ。

王都での戦闘でアンジェラがフォルセナ側に付いていた事は、兵士の内では広く知られている筈だが、それでアルテナへの憎悪が消えて無くなる訳ではないだろう。

この兵士個人としては質問に答えただけなのだろうが、結果的にそれはアンジェラの心を深く抉ってしまったらしい。

そんな事を考えながらも、同時にモントは英雄王にそれを成すつもりが無い事を理解する。

それはホークアイも同様だったらしく、彼は納得した様に声を零した。

 

 

「成程な。それで、コイツが国内にあるのは都合が悪いって訳か」

 

「……どういう事でち?」

 

 

不思議そうに尋ねるシャルロット。

ホークアイは、浮かぶ『スクラマサクス』を顎で示し、続ける。

 

 

「さっきの作戦、どちらにせよコイツが必要になる。大方、マナを含んだ鉱石を大量に積んで動力を確保、細々と補給線を繋ぐって内容だろ?」

 

 

言いつつ、兵士の様子を伺うホークアイ。

兵士は無表情だが、その沈黙は肯定とも受け取れる。

 

 

「足りない分は現地調達。幾ら何でも希望的観測に頼り過ぎるが、それでも強硬派にとっては充分だったんだろう。だが現実問題、大量の鉱石は積載量を圧迫するだろうし、それに伴って一度に送り込める戦力は減少する」

 

「リスクが大きすぎる上にコストも掛かりすぎる。為政者の立場からすれば、到底受け入れられるものじゃないな」

 

「ただ、だからといってコイツを国内に置いておく訳にはいかない。フォルセナとアルテナの現状を考えればな」

 

 

ホークアイとモントの遣り取りに、デュランが唸る。

自国とアンジェラの板挟みに合い、複雑な心境なのだろう。

一方で、ホークアイの言わんとする所を理解したのか、リースが確認するかの様に声を零す。

 

 

「……ある程度復興を遅らせれば、フォルセナには戦力を抽出できる余裕がある。アルテナは数千にも及ぶ魔導兵を失い、更に空母を動かした事で戦力・物資共に逼迫している筈……ですか?」

 

「そう判断したんだろう。強硬派も、陛下も。さっきの作戦もリスクとコストを考慮した上で、それでも不可能とは言い切れないんだ」

 

「そんな状態で国内にコイツが存在すれば、勢いを増す強硬派が黙っている筈がない。民意を無視する事もできるが、結果的に英雄王の統治に影響が出る」

 

「……厄介払いって事? 俺達、押し付けられた?」

 

 

呟くケヴィン。

皆の視線が集まるが、彼はそれらを気に留める様子もなく空母を見上げている。

億劫そうに首を鳴らしつつ、モントが答えた。

 

 

「その意図が無いとは言えないだろうが……好都合だったんだろう。何せこっちは、世界を救うという大義名分持ちだ。序でに王都での戦闘でも、多くの兵士と共に王城を解放している」

 

「となれば兵士や民からの反発も少なく、強硬派も表立って反対はできない。私達に足を提供したという実績があれば、後の外交折衝で他国に対し優位に立つ事も狙える、って事ね」

 

 

少しばかりの呆れを滲ませて言うフェアリーに、デュランの顔が僅かに歪む。

鉄面皮を貫く兵士とは対照的だ。

コイツに腹芸は無理だな、と思考するモント。

フェアリーとしては少しばかり潔癖性の嫌いがあるので、政治的に此方を利用しようとする英雄王の遣り口に思うところがあるのだろう。

とはいえ、充分に此方の利になっているのだから、特に問題は無い筈だとモントは思う。

気になる点があるとすれば、それはひとつだ。

 

 

「コイツの乗組員はどうする。貴国の正規兵を乗せる訳にはいかないだろう」

 

「此方で信頼できる『傭兵』を見繕っておきました。先々代国王の治世からこれまで、我が国と契約を結んでいる傭兵団です。裏切りの心配はありません」

 

 

『傭兵』とは良く言ったものだと、モントは皮肉混じりに感心する。

本当にそれだけの期間に亘ってこの国と契約を結んでいるのなら、実質的には正規軍と変わりないだろう。

或いはその傭兵団そのものが、先々代の国王によって編成された、所謂『汚れ仕事』を担当する部隊とも考えられる。

この兵士の言葉を鵜呑みにはできない。

 

 

「傭兵にこれを動かせるのか?」

 

「マナの枯渇前には、独自に空母を運用していた者たちです。此方の郷からも乗組員を出すと伺っておりますので、運用法については現場で学んで頂く事になります」

 

「工房の者たちで改修を行う。現状の兵装では不安があるのでね。フォルセナ側の乗組員には、それらの扱いを学んで貰う事になる」

 

 

ルドウイークの補足に、先の疑いは更に色濃いものとなる。

フォルセナがヤーナムの火器を欲している事は既に聞き及んでいたが、その運用法を前線で直に学び取ろうとしている事は明白だ。

なればこそ、その現場に送り込まれる人員が只の傭兵である筈がない。

彼等はやはり、フォルセナの暗部を担う戦力なのだ。

 

恐らくは皆、程度の差はあれどフォルセナ側の意図を察しているだろう。

しかし、此方にとって利になる提案である事は確かなのだ。

だからこそ、納得はいかずともそれを口にする者は居ない。

微妙な緊張感を孕む一同、それを打ち破る様にルドウイークが告げた。

 

 

「改修には1週間ほど掛かる予定だ。その間、武器の扱いに慣れておき給えよ」

 

 

それだけを言うと、彼は身を翻してその場を去る。

兵士もまた、軽く頭を下げるとそれに従った。

残るは、聖剣の一行のみ。

 

 

「アンジェラ……」

 

「ごめん、何でもないわ……私は大丈夫」

 

 

言葉とは裏腹に、儚げに空母を見つめるアンジェラ。

ホークアイが溜息をひとつ、リースに話し掛ける。

 

 

「リース、ローラント城について何か情報があれば教えてくれ。ナバールに関しては俺も知っている全てを話す……最悪、連中と交戦する事になるからな。モント、仕掛け武器と射撃について指導を頼む」

 

「……はい」

 

「了解した」

 

 

そうして、彼はもう一度『スクラマサクス』を見遣り、軽く溜息を吐く。

続く言葉が、いやに耳を打った。

 

 

「……相手がイザベラだけとは限らないしな」

 

 

 

 

 





エブたん( み ん な の う ら み )

モント「アバーッ! サヨナラ!」

ゲール「待て! ジョーイシャ=サン! 我々は狩人にしてはかなり控えめで邪悪ではない方だ!」

ゴース「とてもそうは思えんな。重篤地底人でももう少し筋の通った弁明をするだろう」

アメン「なるほど狩人らしい身勝手な理論だ」

マリア「ザッケンナコラグワーッ!」



他(帰れよ)

フォルセナ兵(ショッギョ・ムッジョ)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。