聖剣伝説 Hunters of Mana   作:変種第二号

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聖都の沈鬱、狩人の獣

 

 

 

「やはり、ジャド近郊に斥候が居る事は疑い様が在りません。十中八九、ビーストキングダムの手の者かと」

 

「ジャドの動きは? 彼等ならば徹底抗戦も在り得るのでは」

 

「ジャドの防衛隊は、ここ十数年縮小の一途を辿っています。大量の傭兵を雇ってはおりますが、それでも現状の戦力でビーストキングダム本隊を相手取れば、保って半日程度かと」

 

 

世界中からの信仰を一手に集める聖都ウェンデル、光の神殿の内部。

この場の最高権力者たる光の司祭、そして補佐官たる神官ヒースは、数名の高官を交えての会議を行っていた。

議題は城塞都市ジャドの周辺で目撃されている、ビーストキングダムの斥候らしき者どもについてだ。

 

 

「しかし何故、今このタイミングでビーストキングダムが? 確かに、マナの減少によって世が乱れる事は誰でも予測が付く。しかし幾ら人間に恨みが在るとはいえ、このウェンデルを攻めれば……」

 

「世界中での獣人に対する敵視と迫害が、より一層激化する結果となるでしょう……通常ならば」

 

「勝算が在るという事かね?」

 

「マナの減少は、そのまま幾つかの超大国の衰退に繋がります。アルテナは言うまでもなく、ローラントの風の防壁も弱体化を余儀なくされるでしょう。そして今、各国には不穏な噂が付き纏っている」

 

「……アルテナの軍需物資移動、ナバールの行動先鋭化か」

 

「ナバールに関しては、もはや盗賊団というよりも完全な軍事国家と看做す方が適切でしょう。サルタンでは専ら、近々ローラントに攻め込むのではないかとの噂です」

 

「ナバールとローラントか。ローラント現王政の成立前から、両者の間には遺恨が在る。何が在っても不思議ではない」

 

「しかし、バストゥークからの流民が灼熱の砂漠に逃げ込んだのは、既に数百年も前の事。いまさらその頃の恨みを持ち出してまで……」

 

「現王政が成立する直前にも、内戦により迫害されて砂漠に逃れた民は幾らでも居ます。彼等の怨恨は決して時代の中に埋もれた訳ではありません」

 

「しかし現首領のフレイムカーン殿は、少なくとも砂漠の民に負担を強いてまで他国に侵攻する様な御仁ではなかった筈。一体何が?」

 

 

次々に情報が交されるが、しかしそのいずれもが情勢の悪化を告げるものばかり。

それらを脳裏にて取り纏めつつ、光の司祭は徐に発言する。

 

 

「……つまり今ならば、人間の信仰の中枢たるこのウェンデルを墜としても、それに関連して動く国家は無い。ビーストキングダムはそう判断した……という事かね」

 

「恐らくは。人間による長年の迫害は、獣人たちに優秀な間諜組織と諜報網の構築を齎しました。今やこの世界に於いて、ビーストキングダムが入り込めない場所はナバール要塞くらいのものでしょう」

 

「ならばアルテナが何処に攻め込むかも、ある程度見えてくるな。南のフォルセナだろう」

 

「馬鹿な、長年の友好国ではありませんか!」

 

「エルランドの港は、既に流氷による封鎖が始まっておる。理の女王による結界が無事に機能しておっても、フォルセナからの穀物輸入が止まれば人はあの地では生きてゆけん」

 

「だからといって……」

 

「無論、我々の知るヴァルダ女王ならばその様な選択はせんだろう。だがこの1年、アルテナの内情について何がしかの情報を得た者が居るかね?」

 

 

沈黙。

ヒースは無言のまま、書類の1枚をめくる。

エルランドに送った間者との連絡が途絶えた事を報告する書類。

 

 

「アルテナもナバールも、何が起こっておるのかは解らん。しかし、このウェンデルに対する関心が薄れている事だけは確かじゃろう。今のアルテナに民の信仰に配慮しておる余裕は無く、ナバールの変貌を見る限り民に対する配慮が在るとも思えん。なればこそ今、ビーストキングダムがウェンデルに侵攻しようと、どの国からも横槍が入る事は無い。そう判断したのじゃろうよ」

 

「フォルセナもローラントも軍事大国です! そう簡単に侵略が成功するとは思えません!」

 

「いえ、そうは言い切れないでしょう。フォルセナの主戦力は剣士により成り立っている。上位騎士ともなれば単独でアルテナ軍に打撃を与える事も可能でしょうが、魔法相手に一般の剣士では分が悪い」

 

「ローラントも、アマゾネスは確かに精強だが……ナバールに関する情報が殆ど無い以上、奇襲を受ければ一度の攻勢で陥落するおそれすら在る。何より解っているだけでも、ナバールの主戦力であるシーフは他国の上級兵士に匹敵する様だ。情報の全く無い、より上位のシーフともなれば、他国では碌な抵抗すらできぬやもしれぬ……」

 

「いずれにせよ、両国共にウェンデルに対する救援の余地は無い……という事か」

 

 

またもや沈黙が立ち籠める。

状況の打開に繋がる情報が全く無い。

誰もが聖都ウェンデルに迫る脅威、そして世界を覆わんとする戦乱の影を感じ取っていた。

 

 

「……この議題は更なる情報が集まり次第、改めて論ずるとしよう。ヒース神官、アストリアの件については?」

 

「その件については、調査報告が届いております」

 

 

新たな書類を手に取り、ヒースは透き通った声を紡ぐ。

 

 

「先ず、湖の異変に関する報告ですが……水面下に『街』が見えたという件については、確認が取れませんでした。しかしアストリアの住民の多くが同様の報告をしており、大規模な幻覚の可能性も在ります」

 

「マナの乱れによるものか、或いはこれも……」

 

「いえ、その『街』に関して更に奇妙な報告が。村人の証言によると、見た事も無い石造りの『街』であったとの事です。フォルセナともローラントとも、勿論ウェンデルとも異なる不気味な様相であったと。これ以上は現在、追加の報告待ちです」

 

「……他の件は?」

 

「ラビの森で巡礼者の一団が行方不明となった件ですが、数人の遺体の一部が発見されました。検分の結果、獣に襲われたものと思われます」

 

「はて、あの辺りにそんな危険な獣が居ただろうか? 精々がラビやマイコニドといった程度のモンスターでは……」

 

「不明ですが、しかし傷痕からしてかなり鋭利な爪と牙を持ち、巨大な体躯を持つ獣の様です。残された遺体の殆どは爪によって引き裂かれ、或いは力任せに喰い千切られていたと」

 

 

出席者の顔が、一様に蒼褪めた。

アストリアの周囲で獣による大規模な被害が出るなど、少なくとも聖都成立後の歴史上では初耳である。

況してや人体を膂力に任せて喰い千切れる、ラビの森に生息する巨大な獣など、彼等の知識には存在しなかった。

 

 

「……この問題に関してもうひとつ。ジャドとの街道に於いて、身元不明の成人男性2人、成人女性1人、女の子1人が保護されています。男性の内1名と女性、女児は家族らしく、今はアストリアにて臨時の仮住まいを得ております」

 

「旅人かね?」

 

「いえ……彼等の身なりなのですが、見慣れない装束を纏っていたとの事です。特に男性2名ですが……防具ではないものの、身体全体を覆う分厚い装束を纏い……全身血塗れだったと」

 

 

物騒な単語に、出席者の視線がヒースへと向く。

当の彼は全く動じる事もなく、書類に視線を落としたままだ。

 

 

「……何者かね?」

 

「不明です。しかし2名とも、奇妙な武器を所持しております」

 

「どんなものかね」

 

「其々、ノコギリの様なギザ刃の刀身を持つものと、巨大な片手斧。それに小型の『砲』です」

 

「『砲』?」

 

「村人の証言によれば。夜間、村に侵入したマイコニドの群れを、それらの武器で細切れにしたと……お手元の資料を」

 

 

ヒースに促され、各自が手元の資料へと目を落とす。

其処に描かれた肖像画と、見慣れない武器の静物画。

幾人かが、呻きに似た声を漏らす。

 

 

「斧はともかく……このノコギリは何だ? この刃並び、とても樹木を斬り倒す為のものとは思えん」

 

「いや、伐採用を転用した物ではないのだろう。初めから武器としての運用を前提に作られている様に思える。この刃は斬るのではなく……骨肉を削ぐ、といった目的のものではないかな」

 

「……剣や槍ではいかんのか。正直、これには一種異様な殺意さえ感じられる。こんなもので斬り付けられようものなら、モンスターはともかく人間は……」

 

「この『砲』……嘗て各国が研究していたものと似ているな。結局は弓か魔法で十分と判断された筈だが」

 

「確か、ペダンが実戦配備の直前まで漕ぎ着けた筈だ。結局は兵站の面から実現しなかったが、試作品が裏市場に流れたのでは?」

 

「いや、あれはもっと巨大な……据え付け型の『砲』を無理矢理、個人携帯型にした様なものだった。こんな洗練された構造ではなかったぞ」

 

 

次々に疑問が発せられるが、内容が問題の核心から遠ざかっている事に気付いたのだろう。

喧騒は徐々に静まり、取り纏める様に1人の高官が発言する。

 

 

「それで……彼等は今、どの様な?」

 

「アストリアの自警団に属しています。昨今のモンスター凶暴化により自警団は深刻な人手不足だった為、多少の警戒は在れど最終的には歓迎された模様です。加入から一月も経っておりませんが、既に彼等はアストリア自警団の最大戦力となっています。ジャドとの街道に於ける、巡礼者や商人の護衛も請け負っている様です」

 

「少なくとも友好的ではあると?」

 

「少しばかり取っ付き難いとの声も在るには在りますが、住民とは概ね良好な関係を築いている模様です」

 

 

またもや沈黙。

指が机の表面を叩く音だけが、会議場に無機質に響く。

やがて、司祭が結論を述べた。

 

 

「……その異邦人の監視は継続すべきだろう。ビーストキングダムが侵攻するとなれば、先ずは拠点としてジャドを制圧する筈。連絡を密に取り、異変在らばすぐに知らせなさい……最悪、巡礼路を封鎖する事も考えねばならん」

 

「となると……洞窟ですか? しかしジャドとアストリアは……」

 

「住民にウェンデルへの避難を呼びかけよう……遅きに失したやもしれんが。住み慣れた地を離れたがらない者も多いだろう」

 

「ジャドは多少の抵抗の後、開城する公算が高いと思われます……無用な被害を避ける為にも。アストリアは戦略拠点としては攻める意味が在りません」

 

「結局は獣人王の匙加減次第だろう。人間を根絶やしにするまでを考えるのならば、ジャドもアストリアも塵すら残らん」

 

「しかしガウザー殿は……」

 

 

議論は徐々に、ビーストキングダム最高権力者である獣人王ガウザーの目論見へと移ってゆく。

そんな中でヒースは、自身も直接アストリアに赴き、其処で目にした異邦人の姿を思い浮かべる。

 

あの装束。

攻撃を受ける為の防具こそ見当たらなかったが、それでも間違いなく戦いの為のものだ。

分厚く、使い込まれたそれからは、傍を通り過ぎただけで解る程に濃密な血の、死の臭いが漂っていた。

そして、巡回中に手にしていた、あのノコギリと斧。

人を相手とするには明らかに過剰、というよりも逆に取り回しを妨げているのではないかと思われる程の重量だろう。

何より鈍く分厚い斧の刃と、あの斬れ味よりも引き裂き削る事を優先したノコギリの刃。

敵への異常なまでの殺意と憎悪に塗れた様な、あの凶悪な造形が脳裏に引っ掛かる。

あんなもので、一体何を相手にしようというのか。

 

 

 

会議は続く。

彼等が必死に目的を推察しようとしている対象、その人物が座する常夜の森の王城。

其処で今まさに、想像を超える事態が巻き起こっている事など、彼等には知る由もなかった。

 

 

============================================

 

 

「獣人王ォォォォォッッ!」

 

 

咆哮と共に打ち破られる城壁の一部。

背後から響くその轟音を聴きながら、獣人王ガウザーは微かな満足感を覚えていた。

傍らに居る『死を喰らう男』がほくそ笑むのを感じながらも、些末事と切り捨て彼は歩み続ける。

すぐに未熟な息子が、この身にその非力な拳を打ち込まんと吶喊してくる事だろう。

遅々として獣人としての覚醒を見せなかった息子が、怒りに任せてとはいえ本来の力の一端を解放し、その姿を見せ付けに訪れる。

押し殺してはいるが、それでも微かに滲む歓喜。

しかしそんな彼の満足感は、死を喰らう男から伝わってきた明らかな動揺、そして轟音に混じり耳に入った複数の呻きと、確かに感じる血の臭いによって掻き消された。

 

 

「……何ですカ、アレ」

 

 

呆然と呟かれた、死を喰らう男の言葉。

呻き声はいよいよその音を増し、微かに助けを求める悲鳴さえ聞こえ始めた。

そして、その中に混じる重々しい、聴き慣れぬ耳障りな金属音。

漸く背後へと振り向いた獣人王の視界に、粉塵の中に立つ息子の姿が映り込む。

 

 

「獣人王……」

 

「……ケヴィンか」

 

 

濡れた足音と共に獣人王の息子、ケヴィンが粉塵の中より歩み出る。

いや増す血臭。

粉塵が風により流され現れた光景に、獣人王は眉を顰めた。

 

破壊された城壁の瓦礫に混じって、ケヴィンを止めようとしたらしき衛兵たちが倒れている。

彼等は負傷している様だが、その度合いが尋常ではなかった。

全身が血塗れとなり、仲には呻き声すら上げずに痙攣している者さえ居るではないか。

明らかに危険と判る状態。

 

そして、それを為したであろうケヴィン本人でさえ、全身を真紅に染め上げていた。

返り血も在るのだろうが、今もなお滴り続ける鮮血と何処か覚束無い足取りが、彼の負傷の度合いを物語っている。

致命傷ではないのだろうが、明らかに深手を負っているのだろう。

凶暴化した狼と戦った程度では、説明の付かない重傷。

一瞬だが呆けた獣人王は、しかしそれを表に出す事なく言葉を紡ぐ。

 

 

「貴様……何をした?」

 

「こっちの台詞だ、獣人王。カールの異変がオマエに仕組まれていた事、全部聞いた。『コレ』を送り込んだのもオマエ達だろう」

 

 

言いつつ歩を進めるケヴィンを前に、獣人王は横目で死を喰らう男を見遣る。

だが彼は何やら必死に首を横に振り、身振り手振りで自分ではないと訴えていた。

無条件に信じる訳ではないが、しかしその焦燥振りから嘘を吐いている訳ではないらしいと判断する。

 

 

「……知らんな『そんなモノ』は。ところで、あの狼の子供はどうした。きっちりと止めは……」

 

 

轟音。

ケヴィンが、肩に担いでいた『それ』の先端を、石畳に叩き付けていた。

衝撃が、獣人王の足元まで響いてくる。

何事かと駆け付けてきた他の衛兵たちもケヴィンの後方で、突然の轟音に足を止めてしまっていた。

 

 

「惚けるな……」

 

 

絞り出される様に紡がれた声は、悍ましい程の憎悪と殺意に塗れていた。

本来であれば息子の覚醒を示すそれを、満足と共に受け入れられたであろう。

しかし今、獣人王は奇妙な違和感を感じ取っていた。

怨嗟の叫びは続く。

 

 

「あの人間は……オマエ達が送り込んできたんだろう、違うか!?」

 

「……この月夜の森で人間だと? 何を言っている」

 

「ふざけるな! 奴にカールを殺させたんだろう、コレで!」

 

 

叫びながらケヴィンは、その手に握られた武器らしきものを掲げる。

血塗れのそれは一見すると鈍器の様にも見受けられたが、すぐにそうではないと気付いた。

巨大な鉄塊の片面に、鋸の様な刃が並んでいるではないか。

異様な外観のそれから滴る血に、獣人王は更に眉を顰めた。

 

 

「知らん、なんだそれは。あの狼はそれに殺されたのか……お前にではなく?」

 

「……カールを殺し……オレも殺されかけた……オマエの思い通りに!」

 

「……そうか」

 

 

幾ら考えても、心当たりは無かった。

ケヴィンが手にしている武器、あのような物などこれまでに一度も目にした事が無い。

鉄製である事は間違いなく、しかし鈍器にも似た外観は、剣や槍といった洗練された武具としての雰囲気がまるで感じられない。

しかし等間隔で並べられた巨大なノコギリ状の刃は、明らかに対象を引き裂く事を意図していると解る。

だとしても、刀身と刃の大きさが不釣り合いに過ぎた。

柄元よりも先端部に偏った重心、粗末な布が巻かれただけの柄。

あまり武器を用いる事をしない獣人兵、それを纏める立場に身を置く獣人王から見ても、無骨かつ野蛮という言葉が似合う得物であった。

 

そんなものを手にした人間があの狼の子供を殺し、ケヴィンをも手に掛けようとしたというのか。

そもそも、あんなものを振り回せる人間が何処の国に居るのか。

フォルセナの剣士ならば在り得るやも知れないが、だとしてももっと洗練された剣を使うだろう。

しかも獣人の完全な支配下にある月夜の森に侵入し、ケヴィン達を襲うなど。

成否以前に、そんな事を考える命知らずが居るものだろうか。

 

だが同時に、更に満足を覚える事象も在った。

あれでケヴィンを襲った人間が居たとして、今その得物を手にしているのは襲われたケヴィン本人だ。

それが意味する事は1つ、ケヴィンが自力で襲撃者を退けたという事。

そして間違いなく、もはや襲撃者は生きてはいないだろう。

ケヴィンから漂う、奇妙な血の臭いが教えてくれる。

彼は確かに、敵の生命をその手に掛けたのだ。

いずれは迎えねばならなかった試練を、予想外の形でとはいえ乗り越えた息子に誇らしささえ感じる。

当の息子の前では、おくびにも出さないが。

 

 

「それで、どうするというのだ? 泣き言を言う為に儂の下を訪れた訳ではあるまい……ふん、衛兵を半死半生にするだけの力は在るか。八つ当たりだけは上手い様だな」

 

「うるせえ……」

 

「しかし良い目だ。敵への憎しみに満ちた、野生を隠そうともしない目……忘れるなよケヴィン。今お前の胸中に渦巻くそれこそが、敵に相対した時の心構えそのものだ」

 

「うるせえええぇぇぇぇッッ!」

 

 

瞬間、数メートルもの間合いを一瞬で詰めたケヴィンが、獣人王の鳩尾へと渾身の蹴りを打ち込んだ。

獣人王からしてみれば、歯牙にも掛けない程度の衝撃。

しかし予想以上でもあったそれに、獣人王は嬉し気に唇の端を歪めてみせた。

次いで右手でケヴィンの足首を掴み、力任せに捻じり上げる。

そのまま、彼を森へと投げ捨てんと力を込めて。

 

 

「馬鹿め、頭を冷やして……!?」

 

「がァッ!」

 

 

唐竹割りにせんと振り下ろされた刃を、寸でのところで左手が受け止める。

血飛沫。

ノコギリの刃が、掌を貫通していた。

ケヴィンの後方、衛兵たちの声が上がる。

 

 

「獣人王様!?」

 

 

狼狽える声を無視し、獣人王は負傷を歯牙にも掛けず刃を押し戻す。

多少の肉を削ぎ取り、しかし強引に刃を抜かれたノコギリは、そのままケヴィンの背後へと振り被る様にして弾かれた。

獣人王は右手で掴んでいた足首を放し、ケヴィンを宙に浮かせる。

そのまま負傷した左手を握り締めて拳を形作り、殆ど全力で以ってケヴィンの身体へと打ち込んだ。

この程度で死ぬ息子ではない、そう確信しているが故の一撃。

だが其処で、完全に予想外となる反撃がケヴィンより放たれた。

 

 

「―――ッッ!」

 

 

最早、声としての体すら為していない咆哮。

それと共に振るわれる、肉厚のノコギリ。

が、その刀身が届かない事は、誰の目にも明らかだった。

獣人王とケヴィンの距離は、宙へと放られた時点で既に開いてしまっている。

自棄になったかと、少しばかりの失望を覚える獣人王の目の前。

 

 

「ッ……!?」

 

 

振るわれたノコギリ、その刀身が『伸びた』。

否、そんな生易しいものではない。

大蛇の如き鞭と化した刀身が、鎌首を擡げる様にして数メートルもの上空にまで振り上げられていたのだ。

そして一瞬の後、先に振り抜かれたケヴィンの手元の動きを追う様にして、鈍く巨大な刃が並ぶ蛇腹状の刀身が獣人王へと叩き付けられた。

全身を襲う衝撃、肩口の灼熱、そして鼓膜を劈く轟音。

 

 

「ヒイィッ!?」

 

 

遅れて聴こえる、引き攣った悲鳴。

死を喰らう男のものだと、脳裏の端の思考が訴える。

だが、一々それを気にしている余裕など無かった。

 

 

「獣人王様!」

 

「誰か、治癒魔法を使える者を呼んで来い! すぐに医師を……!」

 

「狼狽えるな!」

 

 

一喝。

喧騒に呑まれんとしていた、周囲の全てが静まり返る。

この場には、既にケヴィンの姿は無い。

獣人王の一撃を受け、あのノコギリもろとも森へと吹き飛んでいった。

残されたのは破壊された城壁と、生死の境を彷徨う数名の衛兵。

そして。

 

 

「じゅ、獣人王様……」

 

 

肩口から腹部までを引き裂かれ、破壊された石畳を流れ出る血で染め上げる獣人王のみ。

襲い来る激痛からして傷は骨にまで達しているのだろうが、それでも鍛え抜かれた身体が致命傷となる事だけは防いでいた。

だからといって軽傷という訳でもないのだが、其処はビーストキングダムの頂点に君臨する男。

嘗てはこの程度の傷を負うなど日常茶飯事で在った事もあり、全く動じる様を見せなかった。

彼は常と全く変わらぬ平静そのものの声で、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 

「負傷者の介抱を急げ。聖杯の備蓄を切り崩しても構わん、直ちに治療せよ。ウェンデル侵攻に係わる者を除き、戦闘要員は直ちに準備を整え王座の間に集結せよ。これより緊急の訓示を行う」

 

「はッ!」

 

 

兵士たちが直ちに動き出した事を確認し、獣人王は先程から腰を抜かしたままの死を喰らう男へと視線を移す。

びくりと肩を撥ねさせた死を喰らう男は、慌てて身を起こすと深々と頭を下げた。

 

 

「も、申し訳ありません獣人王サマ! この様な事になるとは、ワタクシにとっても予想外でして……」

 

「よい。して、本当にヤツの言っていた人間に心当たりは無いのだな?」

 

「勿論で御座います! これから人間への復讐を行おうという矢先、その人間を獣人王の御膝元に送り込むなど……!」

 

「……そうか」

 

 

その死を喰らう男の振る舞いに、本気の怯えと困惑を感じ取った獣人王は、視線を眼下の森へと移す。

目には見えずとも、何か異様で不吉な気配が、森の中に渦巻いていた。

こんな事は、獣人王としても初めて経験するものだ。

 

 

「……おい、貴様」

 

「は、ハイッ!」

 

「ケヴィンを、お前に任せる」

 

「……ハッ!」

 

 

それだけを伝えると、獣人王は森に背を向けて城内へと歩み去って行った。

暫く頭を下げたままの姿勢を保っていた死を喰らう男は、やがてゆっくりと姿勢を起こすと、詰めていた息をこれでもかという程に大きく吐き出す。

 

 

「……全く! 一体何処のどいつデスか、あんな代物を持ち込んだのは!」

 

 

悪態を吐きながら、先程まで自分がへたり込んでいた場所を見遣る。

 

 

「しかし、あの坊やにこんな力が在ったとは……それに、この妙な死のニオイは、一体……」

 

 

普段の道化としての振る舞いすら忘れ、死を喰らう男は思考に耽る。

彼の足元には、ケヴィンが居た位置から先程まで彼が腰を抜かしていた場所まで、一直線に叩き割られた石畳の惨状が残されていた。

あの奇妙な武器を用いていたとはいえ、どれ程の膂力で叩き付ければこうなるのか。

ケヴィンが見せた想像以上の破壊と容赦の無さに、死を喰らう男は微かに身震いする。

 

 

「やれやれ……これからまた、あの坊やに接触せにゃならん訳デスか。出会い頭にバラバラにされなきゃ良いんですがネェ……」

 

 

愚痴る死を喰らう男の姿が、風に滲む様にして消え失せる。

跡には破壊された石畳と、飛散した大量の血の痕のみが残された。

 

 

 

この日、獣人王の命で月明かりの都ミントスに使者が送られ、住民たちの多くが対立を乗り越えビーストキングダムへと一時的に身を寄せる事となる。

更に獣人王は、ミントスかビーストキングダムかを問わず、森に散っている幼児や育ての親となる獣たちを城内に匿い始めた。

同時に精鋭兵士をウェンデル侵攻の為の後続部隊より引き抜いてまで再編し、月明かりの森の巡回と侵入者撃退という新たな任を与える。

この決定に多くの獣人たちは首を傾げたが、彼等がその意味を理解するまでに然程の時間は掛からなかった。

森を侵し始めた異変が獣人全てに牙を剥くまで、残された時間は余りにも少なかったのだ。

 

 

 

 

 

更に9日後。

遂に世界は、運命の日を迎える。

ファ・ザード大陸各地で上がった戦乱の火は、瞬く間に大陸全土を混乱で覆い尽くした。

そして、後に世界の命運を握る事になる6名の少年少女もまた、運命に翻弄されながら救いを求め、聖都ウェンデルへと集いつつあった。

 

 

 

 

 

しかし此処で、運命の歯車は大きく狂い始める。

居る筈のない存在、在り得る筈のない出会い。

それらが幾重にも重なり合い、マナを巡る戦いはより混迷の度合いを深めてゆく。

 

 

「お願い……私を……私を、聖都ウェンデルに……」

 

 

世界が危機に陥りし時、世界を救う英雄を導く為、聖域より遣わされるフェアリー。

彼女が最初に出会いし人物こそが、マナの剣を抜く勇者となる。

しかしこの夜、彼女の下へと現れた者は、断じて英雄となる者などではなかった。

 

森の木々の間、闇の内より出でて彼女の前に現れた人物。

濃密な血の匂い、硝煙の香りを纏う漆黒の出で立ち。

夜の闇よりもなお暗い装いに身を包んだその人物は、湖畔にて今にも息絶えんとするフェアリーを見付けた。

 

 

「お願い……」

 

 

意識が混濁しているのだろう、うわ言の様に懇願を繰り返すフェアリー。

それを聞き留めた彼は、自身の持ち物から小さなナイフを取り出し、次いで手甲を外した指先を斬り付けた。

そして、傷口より滲み出る血液を、フェアリーの口元へと押し付けたのである。

突然の鉄の匂いに覚醒するフェアリー。

その、状況を呑み込めずに混乱する思考に、有無を言わさぬ声が響く。

 

 

「啜れ。生きたいのなら」

 

 

 

 

 

フェアリーを宿す勇者は、運命の瞬間に間に合わなかった。

英雄を導く者が出会ったのは、それに相応しい人物ではなく。

血と硝煙と、月の香りを纏う『獣狩りの狩人』であった。

 

 

 




ケヴィン:筋力28
E.獣肉断ち
  呪われた獣狩りの濡血晶:対獣30.4%UP & HP-7
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