聖剣伝説 Hunters of Mana   作:変種第二号

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妖精の見る悪夢

 

 

 

「ライザ様……」

 

「静かに……動かないで……」

 

 

バストゥーク山脈の麓、漁港パロ。

ローラント陥落から既に10日が経った今なお、占領下の地域では敗残兵狩りが続けられていた。

襲撃を生き延びたアマゾネスの数はごく少ないと見られており、パロの住民の間にも『ローラントはもうおしまいだ』との認識が色濃くなっている。

しかし同時に、予想された略奪や住民への暴行などの無法な行為が武力を伴う抵抗活動の際を除けば全く見られない事に、誰もが安堵と奇妙な不気味さを感じ取っていた。

通常ならば、歓迎すべき事だろう。

如何に卑劣な侵略者とはいえ、非武装の民間人に狼藉を働く事もないという一点に於いては、彼等ナバールの兵は住民から一定の評価を受けていた。

しかし、その好ましい振る舞いは規律や良識といった類のものから生まれている訳ではないと、誰もが然程に時間を掛けずして理解する事となる。

 

彼等の振る舞いは異常だった。

まるで人間味というものが無いのだ。

住民からの罵声や、悪意に満ちた対応といったものに対し、まるで反応を見せない。

脅威とならない程度であれば、水を掛けられようが汚物を投げ付けられようが、避けたり身を守ったりする素振りを全く見せないのだ。

それどころか声を荒げて怒り出す事も、何らかの警告をする事もしない。

唯々無言、無表情のまま市街の巡回を続けるのだ。

これには当初こそ威勢よく罵声を浴びせかけていた一部の命知らずな住民たちも、不気味さのあまりそういった行動を慎み始めた程だ。

 

更には、巡回以外での行動も奇妙だった。

仲間内でさえ大して会話をしている様子は無く、最低限の情報交換をしている光景しか見受けられない。

飲食店や酒場に入れば、あろう事か正規の対価となるルクを支払い、表情に何ら変化を見せる事もなく供された食事を平らげ、そのまま無言で店を出てゆく始末。

飲酒をする事もなく、娼館に入る事もない。

娯楽となる凡そ全ての事柄に対し、一切の関心を見せないのだ。

 

その癖、武力を伴う抵抗に関しては、冷酷そのものの対応を執る。

背後から銛で突き掛かった若い漁師の喉をダガーで引き裂き、市井に紛れて武器を集めていた生き残りのアマゾネスの1人は、捕捉されるや否や抵抗さえ儘ならず飛刀に眉間を貫かれた。

折悪く、襲撃の前にバイゼルの闇市で仕入れた軍需物資を積んで入港した王家の秘密交易船は、発覚と同時に強引な出港を試みたが故に乗組員全てが殺害され、その日の内に沖合で火を放たれ漁礁と化した。

雄叫びを上げる事も、殺戮に酔う事もない。

只管に無言のまま、古代の魔導人形の如く一切の感情の起伏を見せず、敵対者に対する徹底的な殺戮を行うナバール兵たち。

パロの住民たちの誰もが、陰では彼等を『砂漠の悪魔に魅入られ、魂を喰われた哀れな盗賊たち』と呼び、息を潜めて囁き合った。

人としての魂を無くした彼等は、今や悪魔に魅入られたフレイムカーンの命令に従う、哀れな人形に過ぎないのだと。

そして今、夜の漁港の一角で息を潜める彼女達もまた、その考えが的を射ているのではないかと信じつつある人間だった。

 

 

「やはり彼等は……彼等は異常です……! 腹を突かれていたのに、反撃してきたんです……致命傷なのに、動ける筈がないのに!」

 

「落ち着いて、レジィ! 追手が迫ってる、何とか撒いてアジトまで戻らなければ……シッ!」

 

 

レジィと呼ばれた少女を制し、それよりも少し年上らしき女性、ライザと呼ばれた彼女は建物の陰から表を窺う。

闇に沈む通りには、人影ひとつ無い。

だが彼女は、その闇の中に潜む何かを不確かながらも感じ取っていた。

追ってきている、間違いなく。

 

 

「……まさか、奴らが」

 

「黙って……!」

 

 

彼女達がこの状況に陥った理由は、敵の統率力に対する誤った認識からだった。

呪術か薬物かは解らないが、ナバール兵どもは正常な思考能力を失っているのではないか。

そんな推測が立てられたのは、つい昨日の事だ。

占領地での食事に対価を払い、周囲からの悪意に無反応。

生存に関わる最低限のものを除き、欲望を満たそうとする如何なる行為もしない。

凡そ人らしからぬ振る舞いに、そういった推測が為されたのだ。

それを証明する為に、アマゾネスの残存兵力によるナバール兵の捕獲が試みられる事となった。

 

巡回中のナバール兵に狙いを定め、独りになった瞬間を狙い昏倒させアジトに連行する。

単純な計画だが、作戦はその第一段階からケチが付いた。

巡回中のナバール兵、その意識を刈り取るべく一撃を入れたまでは良かったが、なんとその兵士は意識を失う事なく反撃してきたのだ。

捕獲は失敗と判断したライザが、間髪入れずにランスの一撃を敵兵の腹部に見舞い、レジィと共にその場を離脱せんとした、その時。

信じ難い事にナバール兵は、腹部に突き刺さったランスを掴んで更にその身へと喰い込ませ、それによりバランスを崩したライザを無視して後方のレジィに斬り掛かったのだ。

 

余りの事に咄嗟の反応が遅れたが、それでもレジィは軽く腕を斬られただけで難を逃れた。

だが、その隙に敵兵は指笛を鳴らし、周辺のナバール兵を呼び寄せる為の合図を放っていたのだ。

周囲に控えていたアマゾネス達を含め各々に異なる方向へと逃げ出したものの、今となっては無事に逃げおうせた仲間が居るかも怪しい。

最悪、未だ捕まっていないのは自分達だけという事も在り得るのだ。

脳裏を過ぎる最悪の想像に、ライザは思わず頭を振った。

その時だ。

 

 

「ッ……不味い」

 

 

明らかにナバール兵と判る影が、通りの先に現れた。

走るでもなくゆっくりと近付いてくるそれは、奇妙に揺れながらライザたちが潜む角へと迫る。

武器になる様な物は手元に無く、かといって徒手空拳でナバール兵に抵抗できるかといえば、たとえ2人掛かりであっても難しいだろう。

ナバール兵の錬度が異常なものである事は、最初の奇襲で既に嫌という程に味わっている。

ましてや相手は、あの特徴的な2本のダガーで武装しているのだ。

防具を着けるでもなく、町娘の格好である2人が挑むともなれば、瞬く間に全身を引き裂かれてもおかしくはない。

しかし、この角の先は行き止まりだ。

逃げ場など何処にも無かった。

 

 

「……レジィ、残念だが逃げ場は無い。奴が此処まで来たら、一気に引き摺り込んで始末する。出来るな?」

 

「ッ……はい、勿論」

 

 

問い掛けに、覚悟を秘めた声で答えるレジィ。

微かに笑みを浮かべ、ライザは再び通りを窺う。

影はもう、すぐそこまで迫っていた。

迷っている暇は無い。

 

 

「……今だッ!」

 

「はッ!」

 

 

不用意に近付いてきた影に飛び掛かり、両手で襟首を掴み建物の角へと引き摺り込む。

油断していたのか、これといった抵抗も無い。

石畳に引き摺り倒し、其処へレジィが追撃を掛けようとして。

 

 

「なッ……!?」

 

「……ヒッ!?」

 

 

レジィの、そしてライザの身体が凍り付いた。

仰向けに横たわるナバール兵の腹部、其処から在り得ないものが突き出ている。

見覚えの在るそれに、レジィが震える声で叫んだ。

 

 

「……嘘、そんな、さっきの! こいつ、さっきの……!」

 

「まだ生きて……!?」

 

 

ナバール兵の腹部、其処からランスの柄が突き出していた。

矛先は根元までが腹部に埋まり、傷からは血が止め処なく噴き出している。

このナバール兵はライザによって腹部を貫かれてなお、今の今まで彼女達を追跡してきたのだ。

余りにも異常な執念、異常な振る舞い。

戦慄し、思わず飛び退ろうとするライザの目前で、仰向けのまま痙攣するナバール兵に異変が在った。

震える左腕を持ち上げ、ライザたちの方へと突き出しているのだ。

咳き込む音と共に、鼻と口を覆う面の内から血が溢れ返る。

 

ライザは気付いた。

このナバール兵の目に、先程は無かった意思の揺らぎが見える。

覆面の下、必死に開閉を繰り返しているらしき口。

彼は、何かを言い遺そうとしている。

 

 

「ッ……!」

 

「ライザ様!?」

 

 

困惑するレジィの声を余所に、ライザはナバール兵の傍へと歩み寄り、膝を突いた。

覆面を外し、口元から溢れ返る血を軽く拭ってやる。

そして、耳を近付けた。

 

 

「……イ……ザベ……ラ……」

 

「……イザベラ?」

 

「……あの、女……みんな、操られて……フレイムカーン、さまも、おかしく………バケモノ……」

 

「なに……」

 

「西の尖塔に……城内、魔物……イザベラが、喚んで……溢れて……」

 

「魔物だと……!」

 

 

想像だにしなかった言葉に、ライザが呻く。

次の瞬間、ナバール兵の痙攣が更に激しくなった。

まずい、と焦るライザ。

彼女の目前で、今にも息絶えんとするナバール兵が呟く。

 

 

「すまない……」

 

「ッ……!?」

 

「すまない……許してくれ……すまない……すまない……」

 

 

血を吐きながら謝罪の言葉を繰り返すナバール兵。

突然の事に面食らっていたライザは、しかしすぐに彼の手を握り締めた。

レジィの、驚いた様な声。

 

 

「ライザ様、何を……!?」

 

「レジィ、止血を! ドロップでもドリンクでも良い、何か傷を癒せるものを見付けてきなさい!」

 

「しかし!」

 

「急いで! こいつを死なせる訳にはいかない!」

 

 

ライザは確信していた。

ナバール兵は『何か』をされている。

彼等の異常な行動の数々は、その『何か』によって行動を統率されているが故の事だ。

目の前の男は、死の間際にその束縛を振り切ったのだろう。

そして今、自らが知る限りの情報を伝え、息絶えんとしている。

だが、まだだ。

まだ圧倒的に情報が足りない。

だからこそ、死なせる訳にはいかない。

 

嘘だ、と心の何処かで悲鳴が上がる。

死なせる訳にはいかないのではなく、死んで欲しくないからだろうと。

兵士としては甘い事この上なく、主君を殺めた憎き敵に対するものとしても矛盾した感情。

 

彼等は人間だ。

同じ人間だった。

自らの行いを恥じ、罪を自覚して謝罪し、許しを請う。

眦に滲む涙が、彼の手を握る自分の手へと感謝する様に、弱々しく重ねられたもう一方の手が。

それらを濡らす暖かい血が訴えるのだ。

自身が手に掛けた敵もまた、計り知れない悪意の犠牲者なのだと。

得体の知れぬ『何か』に弄ばれた、哀れな人間なのだと。

だからこそ間に合う訳がないと知りつつも、それでも叫ばずにはいられなかった。

 

 

「レジィ、何処でも良い! 近くの民家に……」

 

「其処までだ、お嬢さん」

 

 

聴き慣れない男の声に、肌が粟立つ。

声は背後、レジィが居る筈の方向から聴こえてきた。

次いで、伸びてきた腕に肩を押さえ込まれ、掌に口を塞がれる。

ライザは、瞬時に状況を悟った。

 

見付かった。

レジィは取り押さえられたか、或いはもうこの世には居ないだろう。

背後の男はいつ出現したのか。

物音はしなかった、気配さえ微塵にも感じ取れなかった。

次に来るのは、首元に触れるダガーの冷たさだろう。

 

此処まで彼我の技量は隔絶していたのか、此処まで自分達は無力だったのか。

折角、状況を打開する糸口を掴んだというのに。

主君の仇も取っていない、攫われたエリオット王子の行方も分かっていない。

果ては自分達の隊長であり、合流間に合わず出国したリース王女との再会も果たしてはいない。

だというのに、此処で終わるのか。

 

自らの不甲斐なさ、そして悔しさのあまり、知らず零れる涙。

頬を滑り落ちたそれが、自身を押さえ込む敵の手に落ちた事を悟り、更に悔しさが募る。

自身の情けない内心を敵に悟られるなど、死にも勝る屈辱だった。

だが、次いで聴こえてきた声が囁いたのは、全くの予想外な言葉。

 

 

「静かに……40m先の商店の角、シーフが2人居る……やり過ごすまで待つんだ……」

 

 

抵抗しようとしていたライザの動きが、ぴたりと止まる。

すると、背後から肩口に回されていた腕が引き込まれ、代わりに手に何かを掴んだそれが目の前のナバール兵へと差し出された。

握られていたのは、奇妙な濃緑の石。

軽く放られたそれが、音も無くナバール兵の胸の上へと落ちた。

更に視界の端から、黄金色の液体が満たされた小瓶が差し出される。

 

 

「飲ませてやってくれないか。流石にその石だけじゃ助からない」

 

 

息を潜めての要求に、ライザは戸惑いつつも従った。

小瓶の中身は、特定の蜂型モンスターの巣より採取される、マナの加護を受けた蜂蜜だ。

経口摂取すると、軽い傷ならばものの数十秒で癒してしまう。

だが、致命傷となる程の重傷者には効果が薄い。

同じくマナの加護を受けた聖杯を用いてさえ、助かるかどうか怪しいのだ。

況して目の前のナバール兵は、腹部にランスが突き立ったままだ。

蜂蜜程度で傷が癒える筈もないが、それでもやらないよりはマシだろうか。

 

そんな事を思考しつつ瓶を受け取り、ライザはどうにか蜂蜜をナバール兵の口へと流し込んだ。

喉から溢れ返る血に大部分は押し出されてしまったものの、多少は呑み込んでいる筈だと安堵する。

しかし其処で、彼女は異常極まる光景を見出した。

 

 

「ッ……何だ……!?」

 

 

突き立ったままのランスが、急にぐらつき出した。

否、徐々にではあるが、穂先が腹部より押し出されてきているではないか。

唖然と見つめるライザの目前で、暫く揺れ動いていたランスがバランスを崩して石畳へと倒れ込む。

 

 

「おっと」

 

 

そのまま音を立てて倒れるかと思われたランスを、背後から伸びた腕が寸での処で受け止める。

其処で漸く、ライザは背後に立つ男の全貌を窺い知る事が出来た。

ローラントでは見慣れない服装をした、僅かに浅黒い肌の男。

結った長い金髪、腰に差した砂漠の民の曲刀。

そして更に後方、レジィの傍に立つもう1人の男は、紛れもないナバール兵のダガーを腰に差していた。

ライザの警戒心が、瞬時に最高潮となる。

 

 

「貴様ら、ナバールの……!」

 

「だから静かにしろって、お嬢さん……よし、巡回は行ったな。アラム、ウーロを担いでやれ。まだ傷口が塞がりきっていない、開かない様に注意しろ」

 

 

ウーロと呼ばれた男が無言のままに頷き、呆然とするレジィに背を向けると倒れていたナバール兵へと足音を立てずに歩み寄り、担ぎ上げる。

小さく上がる呻き声。

胸の上から転げ落ちた石を空いた手で受け止め、金髪の男へと投げ渡す。

そのままウーロという男は、人1人を担いでいるとは思えない軽やかさで窓枠や壁の突起に足を掛けて跳躍、瞬く間に屋根の上へと姿を消した。

唖然として見送るライザ

 

 

「……助けてくれようとしたんだろ? ありがとう」

 

 

不意に放たれた感謝の言葉に、彼女は金髪の男へと向き直る。

路地に刺し込む月明かりの中、翠玉の瞳に真摯な光を湛えた彼は言葉を続けた。

 

 

「怨敵であるにも拘らず、俺達の仲間を救おうとしてくれた。ナバールのシーフとして、貴女に心からの感謝を……勇敢なアマゾネス」

 

 

自身の胸元に拳を当て、頭を下げる男。

それが砂漠の民の感謝の表現である事は、アマゾネスとしての教育の一環により知り得ている。

自らが名乗った通り、この男はナバールの人間なのだ。

 

 

「……ナバールの者がどういうつもりだ? 連行するのならさっさとすれば良い、だが何一つ話す事など無い」

 

「確かに俺達はナバールの者だが、ローラントに攻め込んだ連中とは訳ありでね。今は専ら、こうしてパロに散ったアマゾネス達を集めてる」

 

「何の為にだ、慰み者にでもするつもりか」

 

「そうじゃない。知らないだろうから伝えておくが、アマゾネスは半数近くが生き残っている。今はバストゥークの中腹で、ローラント城奪還の為にアジトの構築中だ」

 

「何だと?」

 

 

一瞬、理解できなかった。

今、目の前の男は何と言ったのか。

半数近くものアマゾネスが生き残っていると、そう言ったのか。

あれだけ苛烈な奇襲の中で、どうやって彼女達が生き残ったというのか。

 

 

「信じられないって顔だな……奇襲部隊に俺達の仲間を忍び込ませた。本当はそのまま城内に留まらせるつもりだったんだが、城のあちこちであどけない顔のまま眠ってる君の仲間たちを放っておけなくてね。回収して、後方の俺達の隠れ家まで運んで介抱してたんだよ」

 

 

呆然と聞き入るライザを余所に、男は唇に指を当てて息を吹いた。

ライザの耳には何も聞こえなかったが、確かに何らかの合図が放たれたのだろう。

すぐさま屋根から飛び降りてきた新たな影が、彼女とレジィにある物を手渡す。

反射的に受け取ったそれは、あろう事か襲撃の日に失った筈の愛用のランス、城内にある筈のその予備であった。

これの在処を知る者は、アマゾネスの中でも特に親しい同期だけの筈。

 

 

「君の友人から聞いたよ。その槍、お袋さんからの昇格祝いで大事にしてたんだろ? 無くした方も回収されてアジトに在るよ」

 

「え……」

 

「レジィ、君もだ。まだ他のランスは使った事もないって話だろ。間に合わせの拾い物で良く頑張ったな」

 

 

掛けられた称賛の言葉に、レジィもまた狼狽を隠せない様だ。

押し付けられた一般のアマゾネス共通のランス、手の内のそれとランスを運んできた男、双方交互に行ったり来たりと視線の動きが忙しない。

仕舞いには助けを求める様な表情で、縋る様な視線を此方に寄越すものだから、ライザとしても状況を余所に困り果ててしまった。

軽く息を吐き、気を引き締め直して問い掛ける。

 

 

「貴様等は……いや、貴方は何者だ?」

 

 

答えは、苦い笑みと共に返された。

 

 

「盗賊だよ、ナバールの。王国なんて名乗ってる恥知らずどもじゃない、歴としたナバール盗賊団。で、俺は其処の首領をやらせて貰ってる」

 

 

言いつつ、彼はその手を差し出す。

握手を求めているのだと、何処か現実味に欠けた思考でライザは理解した。

未だ迷いながらも、それでも差し出された彼女の手。

それを優しく握り返し、彼は名乗った。

 

 

「イーグルだ。宜しく、ライザ副隊長殿」

 

 

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何故、こんな場所に居るのだろうか。

時間の感覚さえ曖昧なまま、彼女はぼんやりと自問した。

暗く、陰鬱で、嗅ぎ慣れない薬品の臭いが充満する、木造の部屋。

その室内で彼女は、堅く粗末な台の上に横たわっていた。

 

身体の下に感じる布の感覚は余りに薄く、その下に在る堅い板の木目さえ感じ取れる程だ。

その事からも、これが人間たちの言うところの寝台でないという事は理解できた。

寝台という物は、其処で寝る為に作られていると言うのだから、それなりに心地好い感覚を齎す物の筈だ。

それこそ、彼女達がその身を休めていた、そよ風に揺れる花弁の中の様に。

 

其処まで考えて、彼女は違和感に気付いた。

自分は今、何を考えていたのだろうと。

花弁の中で眠る、そう考えてはいなかったか。

花弁の中とはどういう事だ、何らかの比喩なのか。

余程の理由がない限り、人は寝台で眠るものだろう。

否、問題はそんな事ではない。

人が花の中で眠る事など、できる訳がない。

御伽噺に出てくる『妖精』ではあるまいし。

 

 

―――『妖精』だと?

 

 

その概念に思い至った瞬間、彼女の意識が一気に覚醒した。

そうだ『妖精』だ。

人間ではない、自分は正に『妖精』―――『フェアリー』なのだ。

 

堅固な家屋に寄る辺を求め、布にくるまり寝台に眠る。

それが人間だ。

草葉の陰に身を寄せ歌い、香りに包まれ花に眠る。

それが『フェアリー』だ。

自分は後者であった筈だろう。

正に、そうして生きてきた。

夢想などではなく、確かにそうであったのだ。

 

だからこそ解らなかった。

その自分が何故、人が横たわる場所に居るのか。

居心地が悪い等という問題ではなく、もっと根本的な疑問、激しい違和感が生じているのだ。

 

思う様に動かせない身体。

何とか首を起こし、脚の方を身遣る。

違和感は、とある確信へと変わった。

 

身体の大きさがおかしい。

間違いなく、自身が横たわる台と然程に変わらない。

室内を見渡した際に感じた違和感は、これが原因だったのだ。

あらゆる物と自身との距離感がおかしい。

それも当然で、自分が大きくなっているが為に、これまでの身体の大きさを基準とする距離感が狂っているのだ。

だが違和感の正体は、身体の異変に由来するものだけではなかった。

 

見た事もない程に見事な造形の室内灯。

明かりは点っておらず、室内は天窓から差し込む僅かな月明かりが当たる箇所以外、薄闇に包まれている。

そんな中で彼女は、自身の認識に異様な点が在る事を感じ取っていた。

 

人間たちの建物に在る室内灯など、知識こそ在れど実際に目にした事など一度もない。

だというのに何故、自分はそれを『見た事もない程に』等と思考しているのか。

果たしてこれは、本当に自分の意識なのだろうか。

 

 

「……なに?」

 

 

漸く絞り出せた声は、確かに彼女自身のものだった。

だがそれは、新たに始まった異変に対する、恐れ混じりの疑問の声。

彼女が横たわる台、曖昧な記憶が伝えるところによると診療台という物らしいが、その傍らに先程までは無かったものが出現していたのだ。

緩慢な動作で首を廻らせ、その異変の源を注視するや否や、彼女はその身を凍り付かせた。

 

血溜まり。

磨かれた床板の合間から湧き起こる様にして拡がるその液面が、少しずつこの診療台へと近付いてくる。

徐々に嗅覚を満たしゆく強烈な血臭、薄く弱々しい月明かりを反射して艶やかに輝く液面。

呼吸すらも忘れ、彼女は拡がりゆく血溜まりを見つめていたが、やがてそれは明確な恐怖となって彼女を脅かし始めた。

 

 

「あ、うぁ……!?」

 

 

血溜まりの液面、其処から同じく血塗れの異形が姿を現し始めたのだ。

平面の床の上に拡がる薄い液面、其処から人の数倍は在ろうかという巨躯の怪物が浮かび上がってくるではないか。

身体の芯から湧き起こる恐怖に、彼女はまともに声を発する事も叶わず、また震え出す身体を抑える術も持たなかった。

口から漏れるのは、ただ意味を成さない微かな呻きのみ。

 

 

「ひ……あ……!」

 

 

その間にも、怪物の全貌が徐々に明らかになってゆく。

狼の如く突き出た巨大な顎、其処にずらりと並ぶ鋭い牙。

満月の様に丸く意思を感じさせない白濁した目、全身を覆う血に濡れた体毛。

その癖、人間の様に長く折れ曲がった四肢、しかし人間には在り得ない湾曲した鋭く巨大な幾本もの爪。

 

彼女は理解した。

モンスターや神話に描かれる怪物などではない。

これは『獣』だ。

それも、森や草原で生きる真っ当なそれではない。

人を襲い、人を引き裂き、以て血肉と魂までをも喰らう『獣』。

恐らくはそれ自身を除く、他のあらゆる存在にとっての脅威たる『獣』。

そんなものが今、彼女の傍らに姿を現していた。

そして在ろう事か『獣』は、宛ら姫を前に跪く騎士の様に姿勢を低くしたまま、鋭い爪を指の如く開いて掌を上にし、手を差し伸べるが如くゆっくりとその腕を突き出してきたのだ。

この手を取れ、共に往こうとでも言わんばかりに。

 

あまりの事に、彼女は反応する事さえできなかった。

だが状況はそんな彼女を置き去りに、更なる変化を迎える。

今まさに彼女に触れんとしていた『獣』が、苦痛の叫びと共に腕を引き飛び退いたのだ。

一瞬、何が起きたのか理解できなかった彼女であったが、すぐに全身を覆う何処か懐かしささえ感じさせる温かさに気付く。

 

 

「ああ……!」

 

 

光が、彼女を覆っていた。

屋内にも拘わらず、雲の合間から射し込む陽の光の様なそれが、横たわる彼女の身体を照らし出している。

慣れ親しみ、なお敬いさえ覚えるその温かさに、彼女は希望と救いを見出した。

そして、その光を齎したであろう存在の名を呼ぶ。

 

 

「女神様……!」

 

 

光は更に温かみを増し、怖じ気付いた様に後退りしていた『獣』が、明らかに苦痛によるものと解る咆哮を上げる。

次の瞬間『獣』の巨躯が光の粒子を発しながら、砂の像の様に解け始めた。

悍ましい断末魔が齎す恐れは、しかし光より伝わる慈愛によって掻き消されてゆく。

そうして完全に『獣』の姿が消えた後、彼女の身体は在るべき場所へ還らんとするかの様に、診療台を離れ僅かに宙へと浮き上がった。

彼女自身もまた、この異様な場所を離れて自身の世界へと戻るのだと、そう確信する。

だが、それを拒む者たちが居た。

 

 

「え……?」

 

 

視界の中、光を遮る小さな影。

『手』だ。

子供の、あるいはそれより更に小さく弱々しい『手』が、光の元へと至る道筋を妨げんとするかの様に、彼女の目前へと翳されていた。

しかもその『手』はひとつではなく、次から次へと視界を埋め尽くさんばかりに現れるではないか。

 

彼女は気付いた。

『手』は自分の周囲、或いは身体の下からまでも伸びている。

そして、その枯れ木の様な異様に細い指を身体に絡め、下へ引き戻そうとしているのだと。

まるで、在るべき場所へ還ろうとする自分を、飽くまでもこの場に留め置こうとするかの様に。

『手』の持ち主を確かめようと視線を廻らせ、彼女は『それ』を視界へと捉える。

 

 

「ッ……!?」

 

 

二度目の恐怖の発露は、もはや音にさえならなかった。

風雨に曝され朽ちた子供の死骸を思わせる容貌、愛玩用の人形程度の大きさ。

無数の『それ』が寄り集まり、一様に彼女の顔を覗き込んでいたのだ。

あまりの事に止まる呼吸、限界まで見開かれる目。

『それ』の容貌はどれひとつとして一致せず、人と同じ歯茎を剥き出しにしたもの、縦に避けた割れ目としか言い様のない口を持つもの、鼻を削がれた様なもの、髑髏の様に窪んだ眼窩しかないものなど、異常かつ異様であるという点のみが共通していた。

そして、それら全てが痩せこけた腕を伸ばし、彼女の身体を下へと引き摺り下ろそうとしているのだ。

その事を理解し、同時に硬直が解けるや否や、彼女は叫んだ。

 

 

「嫌、嫌ぁッ! 離して、お願い離してッ!」

 

 

絶叫する。

だが、その願いは叶わない。

それどころか、更に多くの腕が現れては身体に絡み付き、彼女を『奈落』へと引き摺り込まんとする。

今や指さえも満足に動かせなくなった彼女は、それでも有りっ丈の力を振り絞って叫んだ。

 

 

「助けて……誰かっ、助けて! 女神様、みんなっ! お願い、誰かぁ!」

 

 

呼応する様に、降り注ぐ光が強さを増す。

だが、届かない。

死骸の様な腕の群れは、遂にマナの慈愛に満ちた光を完全に遮ってしまった。

無数の手が弱々しい力で、だが決して逃がすまいとばかりに身体中に縋り付き、その全てを縛り付けてゆく。

 

 

「嫌……嫌だ……嫌ああぁぁぁッッ!?」

 

 

そうして遂に、光の温かさの残滓さえ感じられなくなった頃、それでも彼女は叫び続けていた。

叫ばずにはいられなかった。

それだけの、そうせずにはいられない理由が在った。

 

この命は、もはや自分だけのものではない。

敬愛する女神からの使命を受け、滅びへと向かう世界に残された最後の希望を託され、力尽きた仲間達が自らのそれまでをも差し出して繋いでくれた命なのだ。

自分には重すぎる、しかし決して放り出す事などできない、光を宿した命。

だからこそ何が在ろうと、目的を果たすまでは絶対に途絶える事など許されない命。

故に危機に際しても、抗う事を諦めはしない。

諦める事など在ってはならない。

そう、覚悟していた筈だ。

 

なのに、それなのに。

今、この心を覆いつつあるのは。

確固たる信念と共に息衝いていた希望を、その光よりもなお深く暗い闇で覆いつつあるのは。

自らが変容してしまうという恐怖と、逃れられないと言う絶望。

そして、抵抗など無駄だという事を理解してしまったが故の『諦め』。

抱く事さえ許されなかった筈の『諦め』なのだ。

 

 

「誰か……」

 

 

疲れ、枯れ始めた声は、それでも誰にも届かない。

小さな悪夢の使者たちは、幾重もの呻きを上げつつ彼女の身体を診療台へと押さえ付ける。

そうして、無数の手によって塞がれ用を果たさなくなった目を、現実を拒絶せんとするかの如く固く閉ざした、その時に。

 

 

 

 

 

「ああ……狩人様を見つけたのですね」

 

 

 

 

 

月光の如く透き通った、女の声が響いた。

 

 

 




始めてレベル18でメルゴーの乳母倒せたお!
これで低レベル激毒千景狩人つくるお!









千景装備できないお……(血質7)
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