聖剣伝説 Hunters of Mana   作:変種第二号

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狩りの始まり

 

 

 

「畜生ッ! いきなり何だってんだ!」

 

「アタシが知る訳ないでしょ! ああもう、なんなの!? 村中で火が上がってる!」

 

 

他の村人とは明らかに異なる装束を纏った男女が、悪態を吐きながら燃え盛る村の中を走る。

住民の半数近くはウェンデルに避難済みと聞いてはいたが、それでもなお半数がこの村に留まっている計算だ。

深夜、住民が寝静まる頃を見計らっていたのだろう。

明らかに計画的に放たれた火は、瞬く間に村を飲み込んでゆく。

 

だが村人も警戒を強めていた為か、最初の火の手が上がると同時に全ての半鐘が鳴り始め、住民の大半が屋内への早期避難に成功していた様だ。

通りには着の身着の儘、持ち出せる限りの荷物を手にした村人たちが溢れ返っていた。

取り残された者は居ないかと、自身等が飛び出してきた宿を振り返った剣士風の青年と艶めかしい装束の少女は、しかし村の外から聞こえてきた鬨の声に身を凍り付かせる。

 

 

「うそ、これって……」

 

「ビースト兵!? 奴等、こんな村まで襲う気かよ!?」

 

 

通りの遙か先へと視線を遣れば、燃え盛る家々の向こう、村と街道を隔てる申し訳程度の柵の更に先に、数百もの人影が佇んでいるではないか。

それらは一様に雄叫びを上げ、これから始まるであろう狂宴への期待を昂ぶらせているであろう事を窺わせた。

その様を見た2人の表情から、見る間に血の気が失せてゆく。

 

 

「……冗談だろ、何だよあの数。村ごと包囲殲滅しようってのか」

 

「デュラン、アンタ自称フォルセナ若手随一の剣士なんでしょ? 突っ込んで何とか数減らせない?」

 

「無茶言うな! あれだけの獣人のド真ん中に飛び込んでみろ、1秒だって生きてられねえよ! それと自称じゃねえ、事実だ!」

 

「事実なら弱音吐いてないでやってみなさいよ!」

 

「アホぬかせ!」

 

 

そんな言い合いを続けている内に、ビーストキングダムの兵は前進を開始していた。

初めは徒歩だったそれは見る間に速度を増し、戦士のそれを越え駿馬となり、駿馬のそれを越え獣となって迫る。

そのあまりの速さに目を剥く人間達だったが、彼等を何よりも驚愕させたのは獣人たちの速さではなく、その外見そのものだった。

 

 

「何だ、ありゃあ……!」

 

「あれが獣人……!?」

 

 

全身に白や黒の長い体毛を靡かせ、四肢は指先に至るまで通常の二回り以上も太くなっている。

手足の先にはぎらつく爪を生やし、頭部に至っては完全に狼のそれと化していた。

これこそが獣人の本性、シェイドの刻にのみ現れる彼等の真の姿。

初めてこれを目にした人間達は、忽ちの内に恐慌に陥った。

牙を剥き出しにし、此方を引き裂かんと殺到してくる、人型の獣の群れ。

襲い掛かる抗い様の無い破滅の波を前に、恐怖を堪えられる人間など殆ど居なかった。

最初の悲鳴を皮切りに、少しでも獣どもから距離を置こうと、街道とは反対の湖に向けて人の波が巻き起こる。

デュランと呼ばれた青年は思わず、先程まで言い合いをしていた少女、湖の方向へ駆け出そうとしていたその腕を掴み叫んでいた。

 

 

「駄目だ、そっちへ行くな!」

 

「ちょっと、なに言ってんのよ!?」

 

「奴等、住民を湖に追い込んでやがる! 退路を断つつもりだ!」

 

「はあ!? 何よそれ、追い詰めて降伏させようっての!?」

 

「違う!」

 

 

自身の思考が導き出した答えに、デュランは更に血の気が引く思いをしながらも叫んだ。

この予想が的中しているなら状況は、最悪と考えていたそれの更に下を行く事となる。

外れてくれと願いながらも、しかし現実はそうはならないと理解してしまっていた。

 

 

「こいつは作戦なんかじゃねえ!『狩り』だ! 奴等、この村の人間を1人残らず『狩る』つもりだ!」

 

「な……どういう意味よ!?」

 

「そのままだ! 最初から皆殺しにするつもりだってんだよ!」

 

 

叫びながら、少女の腕を引き走り出す。

微かに悲鳴が上がったが、それを無視して彼は足を速めた。

腕を引かれるままに何とか着いてきている少女が、抗議を交え叫んだ。

 

 

「ちょっと、どこ行くのよ! こっちは森よ!?」

 

「奴等は街道から押し寄せてきてる、側面は手薄な筈だ! 森に着いたら木に隠れながら洞窟の方に向かえ! まだ幾らか避難民が居る筈だ!」

 

「アンタはどうすんのよ!?」

 

「戻って住民を助ける! 見捨てる訳にはいかない!」

 

「なに言ってるの!? アンタまで殺されちゃうわ!」

 

 

少女は信じ難いとばかりに言い放った。

村人を見捨てて逃げ出そうとしている現状に、色濃い後ろめたさを感じている事は確かだ。

湖の方向へ向かおうとしたのも、住民たちを護るため自警団と共にビースト兵と戦おうと考えたからである。

だが、その考えが現実的なものでない事も、今は理解していた。

獣人達の戦闘能力が異常である事は、ジャドに着いてからというもの嫌という程に理解させられている。

 

宿屋での偶然にして最悪の出会い、そして街道でモンスターに襲われていた彼女を助けてくれた、フォルセナの剣士デュラン。

『紅蓮の魔導士』による奇襲で多くの同僚を殺された事により、彼が所属する魔法王国アルテナ、彼女の母国でもある其処に対して並々ならぬ敵意を抱く青年。

にも拘らず、複数のモンスターに襲われる彼女を捨て置けず助けに入り、更に彼女が旅に不慣れな事を知ってはあれこれと世話を焼く、どう考えても根がお人好しな男。

それは彼女がアルテナの王族、理の女王の実の娘である事を語った後も大して変わらず、新たに生まれた確執は罵詈雑言の応報により半日足らずの内に、少なくとも表面上は跡形も無く消え去ってしまった。

異性とこんな関係になる事は初めての彼女にも、この男との付き合いが気楽で明け透けで、何より対等な立場で此方に向い合ってくれる貴重なものであると感じられる。

そして、そんなデュランの剣の腕前が決して自画自賛ではなく、素人の自分から見ても実に見事なものである事は、実際にそれが振るわれる瞬間を目にした事で良く理解していた。

そこいらのモンスターが相手ならば、何匹が相手だろうが歯牙にも掛けずに撃退して除ける事だろう。

 

だが、獣人となると話は別だ。

彼等に敵わない事は、デュラン自身も認めていた。

圧倒的な膂力だけならまだしも、豊富な戦闘経験と確かな技術によって敵対者を屠らんとする獣人たちは、幾ら凄腕とはいえ実戦経験ではモンスターの掃討が関の山である若き剣士には荷が勝ち過ぎる。

況してや相手は、圧倒的な戦力を誇っていた筈のジャド防衛隊を、半日足らずで殲滅して除けた連中だ。

個々の兵士も段違いの能力を持っているであろう事を考えれば、手も足も出ずに殺されてしまう可能性が最も高いだろう。

だからこそこうして、村人たちとは別の方向へと逃げているのではないのか。

 

彼女とて、村人を救えるものならば救いたい。

だがそれが実現不可能な願いである事は、既に嫌という程に理解させられてしまったのだ。

彼女より遥かに戦闘に長けたデュランでさえ、彼等には太刀打ちできない。

ならば魔法も使えず、腕力だけではラビ相手にすら苦戦する非力な自分に、何が出来るというのか。

何もできない、単に死体が増えるだけだと理解してしまったからこそ、こうして逃げる事しかできないという事実を受け入れたのだ。

 

なのに、デュランは戻るという。

碌な抵抗も出来ずに殺されるだけだと理解している筈なのに、あの恐ろしい獣人達の群れの前に戻るというのだ。

何故そんな事をという疑問の答えは、既に彼女の脳裏に浮かび上がっていた。

 

 

「ッ……どこまでお人好しなの、アンタは! 敵国の人間であるアタシを助けるわ、文句ばっかり言う癖に世話は焼くは、おまけに今度は殺されるって解ってる癖に戻るなんて! 馬鹿じゃないの!?」

 

「そんだけ元気がありゃ大丈夫だな、気張って走れよ! そら、もうすぐ森だ!」

 

「ふざけないでよ! 自分から死に急ぐ奴を、アタシが黙って見送ると思う!? 冗談じゃないわ、アタシも行くからね!」

 

「馬鹿なこと言ってないでさっさと行け! 他の連中にこの事を知らせろ!」

 

 

そうして森の端にまで辿り着くと、デュランは一旦足を止めて彼女の肩を掴み、正面からその目を覗き込んだ。

突然の事に彼女は荒げていた息を止め、肩を強張らせて彼の目を直視してしまう。

其処に在ったのは、固い決意の光。

 

 

「上手くすりゃヴェンデルの斥候が近くに居る筈だ。アストリアが壊滅した事を知れば、洞窟前の人間を逃がす為に結界を一時的に解除するかもしれない。そうしたら、そいつらと一緒にウェンデルへ行け。光の司祭に会って、魔法が使える様になる方法を訊いてこい」

 

「デュラン、アンタなにを」

 

「お袋さんに認めて貰いたいんだろ? そういう気持ちはまあ、俺も良く解るよ。ついでに、あのいけ好かないクソ魔導士をブチ殺す方法も訊いといてくれると有り難い」

 

 

冗談交じりにそう言いながら、デュランはへらりと軽く笑ってみせる。

そして剣を握り直すと、そのまま一歩後方へと引いた。

駄目だ、と彼女は直感する。

彼を行かせては、いけない。

 

 

「気を付けて行けよ……魔法、使える様になると良いな」

 

「……駄目、駄目だよデュラン……強くなるんでしょ、その為に聖都に行くんでしょ!? こんなとこで……!」

 

「おい、着いて来るんじゃねえって……アンジェラ!」

 

「え?」

 

 

突然、デュランが彼女の名を叫ぶ。

同時に何の前触れもなく跳び付いてきた彼は、そのまま彼女の身体を掻き抱くと、諸共に地面へと倒れ込んだ。

いきなりの事に反応が遅れ、地面への衝突と同時に襲ってきた衝撃に彼女、アンジェラは悲鳴を上げた。

 

 

「きゃあっ!? 痛ッ……ちょっと、いきなり何なのよ、ねえ!?」

 

「ッ……」

 

「……デュラン?」

 

「やっぱり頭の切れる奴が居たか。外れ役を押し付けられたと思ったが、面白い事になってきたじゃないか」

 

「えっ!?」

 

 

背後、森の中から響く声。

未だ地面の上でデュランの腕の中に抱かれたまま、アンジェラは頭を廻らせて其方を見遣る。

木々の間、明らかに人よりも大きな影が佇んでいた。

アンジェラは、すぐにその正体を悟る。

 

 

「ビースト兵……!」

 

「他の人間は……誰も来ないのか。つまらんな、拍子抜けだ。思ったよりアホなのか、人間って奴は?」

 

 

白銀の獣と化したビースト兵が、森の中から歩み出る。

鼻を鳴らし周囲を窺う獣人、その右手の爪が赤く塗れている事に、アンジェラは今更ながらに気付いた。

はっと我に返り、彼女は自分を抱き締めたままぴくりとも動かないデュランの背中、其処へ腕を回し手で触れる。

ぬめりとした、熱い液体の感覚。

アンジェラの美貌から、さっと血の気が引いた。

 

 

「うそ、デュラン、嘘でしょ?」

 

「良い反応だった、咄嗟にお前を庇ったな。反撃の機会も在ったのに護る方を優先するとは、随分とお前が大切な様だ」

 

「デュラン、アンタ……!」

 

 

ビースト兵の言葉を聞き、アンジェラは掠れた声でデュランの名を呟く。

何処までお人好しなのだ、この男は。

そんな事を思いながら、アンジェラは彼の身体を強く抱き締める。

視界が滲み、熱いものが瞼の縁に溜まるのを感じた。

だが無情にも背後のビースト兵は、そんな彼女の感傷が収まるまで待つ気は更々無いらしい。

 

 

「じゃ、済まないがお前も死んでくれ。せめて、死体はソイツの傍に置いといてやるさ」

 

 

言いつつ、歩み寄ってきたビースト兵が脚を振り上げる。

アンジェラの頭蓋を踏み割らんとするそれを、しかし彼女は見ていなかった。

ただ、母に自分を認めて貰うという目的も果たせず、こんな場所で散る事が情けなくて。

何処までもお人好しなこの男が、こんな場所でこんな自分なんかの為に死ぬという事が悔しくて。

悲しくて、そして申し訳なくて。

彼女は、自分を抱き締めたまま意識を失っているデュランの胸板に、涙を隠そうとするかの様に顔を押し付けた。

 

 

「じゃあな」

 

 

そうして、ビースト兵の別れの言葉が聞こえた、次の瞬間。

凄まじい衝撃と轟音が、アンジェラの背後の地面で爆発した。

血飛沫だろう、熱い飛沫と砕かれた地面の欠片が、豪雨の様に激しくアンジェラの背を打つ。

大して痛みを感じない事に疑問を覚えながらも、彼女は何処か場違いな事を考えていた。

 

ああ、考える事が出来るという事は、頭は残っているという事だろうか。

ならば背中を切り裂かれたか、それとも後ろから心臓を蹴破られたのか。

体中に血が降り掛かっているのに、それでも死の間際には痛みなど大して感じないものらしい。

こんな事になるのならばあの時、母に言われるが儘にこの命を差し出していれば良かった。

そうすれば、こんな自分でも少しは母と祖国の役に立てただろうし、こんな形でデュランを巻き込んで死なせる事もなかったかもしれない。

ごめんなさい、お母さま。

ごめんなさい、デュラン。

 

そんな考えはしかし、唐突に中断される事になる。

デュランとも先程のビースト兵とも異なる、新たなる第三者の声によって。

 

 

「……其処のお前、まだ生きてるんだろ? なら、さっさと起きる」

 

 

何処かたどたどしく低めな、少年のものと判る声。

呆けていた思考が徐々に覚醒し、アンジェラは恐る恐るデュランの胸板から顔を引き剥がすと、背後の様子を確かめるべく首を動かそうとする。

だが其処に、鋭い制止の声が掛けられた。

 

 

「後ろ、見ない方が良い。吐いたり、気絶されると面倒」

 

 

そう言われた直後、アンジェラは自身の身体が宙に浮いた事を感じ取る。

抱え上げられたのだと理解した彼女は、しかし未だ自分が気絶したデュランの腕の中に居る事に気付き、愕然とした。

声の主だろう人物は、アンジェラを抱き締めたデュラン諸共2人の身体を軽々と抱え上げているのだ。

そうして暫く移動した後、静かに地面へと降ろされる。

此処で漸く、アンジェラはデュランの腕の中から解放され、自分と彼の状態を正確に認識する事になった。

 

 

「うっ……!」

 

 

胃の内容物を戻しそうになる口を手で覆い、アンジェラは必死に吐き気を堪える。

彼女は、全身が血塗れだった。

彼女自身の血ではなく、他の誰かの血。

背中から浴びせられた大量のそれは土と混じり、赤い泥汚れとなって体中にこびり付いていた。

そして、デュラン。

破れた服の下、右肩から腰の左側まで4本の傷跡が無残にも刻まれている。

出血が激しく、このままでは危険だ。

途方に暮れる彼女の目の前に、一般的な即効性の肉体回復剤として知られる蜂蜜の入った瓶が、背後より差し出された。

 

 

「これ、別の獣人が持ってた。ソイツに飲ませるといい」

 

「あ……ありがと……!?」

 

 

振り返り、礼を言おうとしたアンジェラの目に、その人物の全貌が映り込んだ。

瞬間、彼女は受け取った瓶を落としそうになる。

デュランと彼女を救ってくれたであろう人物の正体は、明らかにビースト兵と同じ獣人であると解る肉体的特徴を備えていたのだ。

縦に割れた瞳孔、異様に尖った耳、僅かに開いた唇の間から覗く鋭い犬歯。

そして何より、彼がその肩に担いでいた得物が、アンジェラの意識を釘付けにしていた。

 

 

「先に言っておく。オイラ、あの村攻めてる獣人達とは別。アイツら、血の臭いに酔ってる。あの村に何が居るか解ってない、だから攻め込んだ」

 

 

目の前の獣人の少年が、何か言っている。

だがアンジェラは、その肩に乗った異形の武器に意識の全てを向けていた。

夥しい量の血に塗れ、細かな肉片の付着した巨大な鉄塊。

対象の骨肉を根こそぎ抉り、削り取らんばかりの巨大な歯がずらりと並んだ、肉厚のノコギリらしき異形の武器。

今この瞬間も血を滴らせるそれに、アンジェラは凍り付いた様に視線を釘付けにされていた。

すると少年は、今更それに気付いたかの様に己の得物へと僅かに視線を遣り、次いでアンジェラへと戻して言葉を紡ぐ。

 

 

「アイツら、馬鹿だけど強い。素手じゃ勝てないし、手加減しても反撃されて殺される。だから、コイツで殺った」

 

「……殺したの?」

 

「殺られる前に殺る。よほど特別な相手でもなきゃ、敵に対しては当たり前の事。獣だけじゃなく、人間相手でも同じ。オイラ、最近学んだ。間違ってるか?」

 

 

自身と少年とのあまりの認識の違いに、アンジェラは返す言葉を失った。

その時、村の方から凄まじい轟音が鳴り響く。

次いで聴こえてくる、獣人達のものらしき無数の叫び。

それらに混じり、何かが破裂する様な音も聴こえてくるではないか。

アンジェラよりもずっと早く、咄嗟に其方へと視線を映した少年は、より低くなった声で独り言の様に呟く。

 

 

「……始まった」

 

「え?」

 

「アイツら、とんでもない相手に喧嘩売った。多分もう生きて村の外、出られない。村の中入った奴、みんな殺される」

 

 

物騒な言葉。

何の事かと無言で少年の横顔を見つめていたアンジェラだったが、ふと我に返ると手の内の瓶の蓋を開け、その中身を飲ませるべくデュランの頭に優しく手を添えた。

其方を見遣る事もなく、そしてアンジェラが聞いているかどうかも気にしてはいないのだろう、少年が更に呟く。

 

 

 

 

 

「『狩り』……始まった。『獣狩り』だ。みんな殺される。アイツら、みんな」

 

 

 

 

 

夜の空、獣の断末魔が幾重にも響いた。

 

 

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突然の轟音と衝撃、屋外で上がった火の手。

先ずした事は、跳び起きてきた女性とその娘の安全の確保。

共に居た男の指示に従い、母娘を手伝って持てるだけの荷物を持って屋外へと飛び出した。

 

其処で見たものは表通りの遥か先、村の入り口から突っ込んでくる獣人達の群れ。

逃げ場は無いと、瞬時に理解してしまった。

だからこそ、世話になった母娘を背後へと庇い、やらせはしまいとせめてもの抵抗に腕を広げて獣人達を待ち構える。

そんな無謀な行動を取った彼女の目と鼻の先、先頭になって飛び掛かってきた獣人の身体が『弾かれた』。

否、正確には空中で見えない何かに吹き飛ばされたかの様に、突然軌道を変えて横っ飛びに地面へと叩き付けられたのだ。

その直前に聴こえたのは、鼓膜を直接叩かれたかの様な甲高い破裂音。

何が起こったのか理解できない彼女の前で、続けて響いた2度の破裂音と共に、更に2体の獣人が悲鳴を上げ、身体の一部を手で押さえて地面へと倒れ込む。

 

其処で漸く彼女、フェアリーは気付いた。

自分達が飛び出してきた家屋の前に、左腕で何かを構えた男が佇んでいる事に。

漆黒の帽子、目元以外を覆うマスク、同じく漆黒の外套。

曖昧な記憶の中に残る、最初に出会った時と全く同じ格好をしたあの男が、其処に居た。

左手に握られた奇妙な道具を目の高さに構え、だらりと垂らされた儘の右手には奇妙な武器らしき物が握られている。

家々が燃える音と悲鳴が響き渡る中、追い付いてきた幾人もの獣人が吠えた。

 

 

「これは……貴様! 貴様の仕業か、人間!」

 

 

叫び、倒れ伏す仲間を指す獣人。

フェアリーは気付いた。

最初に弾き飛ばされた獣人、ぴくりとも動かないそれが、既に物言わぬ骸となっている事に。

見れば残る2人も徐々に動きが鈍り、内1人は今にも息絶えそうではないか。

そして3人の周囲には、一様に血溜まりが広がりつつあった。

 

 

「舐めた真似を……生きてこの場から逃げられると思うなよ、人間!」

 

 

言いつつ唸り声を上げる獣人達を前に、男は目立った反応を返さない。

だがやがて、至って平静な声で以ってフェアリー達へと語り掛けた。

 

 

「此処は任せろ、他の村人たちの所まで走れ」

 

「え? 何て……」

 

「行けと言ったんだ。コイツらは此処で食い止める、後ろは気にせず走れ」

 

「……ほざくな、人間風情が!」

 

「行け!」

 

 

男が、始めて叫んだ。

瞬間、フェアリーは母娘の手を握り、荷物さえ放って駆け出していた。

背後から響く破裂音。

 

 

「おねえちゃん!?」

 

「2人とも、逃げるよ! 炎と瓦礫に気を付けて!」

 

「ええ!」

 

 

途中、どうしても足が遅くなる女の子を抱え上げ、只管に走る。

やがて視線の先に、船着き場の建物の群れが映り込んだ。

ウェンデルとの航路に於ける拠点であった其処には、海に面した港と見紛うばかりの大規模な桟橋が在った。

巨大な船が2隻は横付けできる程の桟橋の上には、残るほぼ全ての住民が避難している様だ。

その数、千は下るまい。

避難民の中へと加わったフェアリー達は、しかし直後に上がった叫びに焦燥を深める。

 

 

「ビースト兵だ! ビースト兵が来たぞ!」

 

 

振り返れば桟橋へと至る3つの道、最終的に合流し船着き場へと至るそれの先から、百を超えるであろう獣人達が迫っていた。

その足取りはゆっくりとしたもので、もはや急ぐ必要性すら見出してはいないかの様だ。

3つの道それぞれから迫るそれらの先頭には、獣化していない指揮官らしき人物の姿も在った。

死地に追い詰めた得物をいたぶるかの様に、彼等はゆっくりと迫り来る。

その足取りが、道の合流地点で止まった。

桟橋までの距離、既に50m足らず。

中央の道から迫っていた一群の指揮官らしき男が、マントを翻しながら腕を掲げ叫んだ。

 

 

「人間どもよ! 我々はビーストキングダム、聖都ウェンデル侵攻軍である! 我等獣人に対する謂われ無き迫害、長きに亘るその恨み! 正当なる復讐が為、そして聖都に籠る臆病者どもへの見せしめの為! 貴様らの命、我等獣人の未来への糧として、この地にて『狩らせて』貰う! 好きなだけ抵抗せよ、我々を退屈させるな!」

 

 

獣人達の中から、嗤い声が起こる。

心待ちにしているのだと、フェアリーは理解した。

これから始まる一方的な殺戮、それを心待ちにしているのだと。

 

 

「お母さん、お姉ちゃん……」

 

「駄目、下がって……少しでも離れて……!」

 

 

怯えを滲ませ声を零す少女を少しでも安心させようと、フェアリーは自身も不安と焦燥を押し殺しつつ微笑んで見せる。

打開策など思い付かず、このままではすぐにでも殺される事は理解していた。

それでも、親身になって自分に接してくれた母娘を見捨てる考えなど、彼女の脳裏には欠片ほども浮かびはしない。

3人とも、それ以上にこの桟橋上に居る人々がどうすれば生き延びる事が出来るか、必死に考えを巡らせる。

そんな彼女の背に、そっと添えられる掌。

振り返れば少女の母親が、安心させる様に微かな笑みを浮かべ、彼女を見つめていた。

 

 

「大丈夫よ」

 

「え?」

 

「あの2人が、私の夫とあの人が居るわ。すぐに戻って来る。あの2人に敵う『獣』なんて居ないもの」

 

 

静かに、言い聞かせる様に掛けられる言葉。

どういう意味かと見つめ返すフェアリーの前で、女性は変わらずに微笑む。

何処か得体の知れぬ昏さをも内包したそれに、フェアリーの背筋を奔る悪寒。

 

 

「『獣』が『狩人』に敵う道理なんて無いでしょう?」

 

 

直後、獣人達の更に後方から、轟音と咆哮が響いた。

今にも此方へと襲い掛からんとしていた獣人達が、何事かと後方へ振り返る。

激しい音と叫びは留まる様子を見せず、寧ろ徐々に此方へと迫りつつある様だ。

指揮官が、狼狽えた様に叫びつつ周囲を見回している。

悲鳴と咆哮は更に密度を増し、様々な物が砕かれる音に混じり奇妙な破裂音も聴こえ始めた。

そして、それらの音がぴたりと止んだ、次の瞬間。

居並ぶ獣人達の一角が、爆発したかの様に内側から吹き飛んだ。

 

 

「な……に……?」

 

 

獣人達も、住民達も、皆一様に静まり返っていた。

吹き飛び、転がり、血肉を撒き散らす幾つもの肉塊。

つい数瞬前までは確かに獣人という生命体であった筈のそれらは、今や砕け散り物言わぬ血袋となり果てている。

そして、それらが直前まで獣人として存在していた場所に『それ』は居た。

 

漆黒の装束、広鍔の狩帽子、足首まである長い外套。

首元から下げられた鎖のロザリオ、千切れ色褪せたマフラー。

そして、右手に握られた血塗れの、振り抜かれた儘の巨大な長柄の斧。

左手には微かに煙を上げる、小型の砲らしき武器。

地面を踏み砕き、右手の斧を振り抜いた体勢からゆっくりと身を起こす『それ』は、場を満たす静寂を震わせる様な、低く嗄れた声で呟いた。

 

 

 

 

 

「……何処も彼処も『獣』ばかりだ……」

 

 

 

 

 

砲を握った左手が斧の頭に添えられる。

鈍い金属音。

斧の長柄が引き込まれ、一瞬で片手斧のそれへと変貌する。

そうして真っ直ぐに姿勢を起こしたその男の背丈は、周囲の獣人すらをも優に凌駕していた。

俯いた儘の頭が僅かに動き、未だ人の姿を保つ獣人達の指揮官へと向く。

更に響く、昏く重い声。

 

 

 

 

 

「……貴様も、どうせそうなるのだろう?」

 

 

 

 

 

徐に擡げられる頭。

広い鍔の下から現れた顔は、声に違わぬ壮年の男性のもの。

灰色の顎鬚と同色の髪、僅かに剥き出しにされた歯の間から零れる蒸気の様な吐息。

だが、何よりも衆目を引き付けるのは、その目。

それが在る筈の場所へと幾重にも巻き付けられた、返り血に汚れた包帯だった。

 

開かれた歯と歯の間から、蒸気の様に熱く白い吐息と共に『獣』そのものの唸りが零れる。

無造作に踏み出される一歩。

合わせて獣人達が、無意識にだろうか、同じく一歩の距離を退いた。

獣達の表情に浮かぶのは困惑と、紛れもない恐怖の色。

それらを振り払わんとしたのか、指揮官らしき男が声を上げる。

 

 

「貴様、何者だ!? 人間風情が、よくも……」

 

 

言葉が、最後まで紡がれる事は無かった。

獣人達の別の一角で突然、複数の呻きと悲鳴が上がり、赤い飛沫が舞ったのだ。

破裂音と金属音、肉と血飛沫が地面に叩き付けられる音。

皆の視線が其方へと向く中、倒れ逝く獣人達の中心に立つ、黄色の人影。

 

側面に枯れた羽根が飾られた狩帽子、目元の下から首元までを覆い隠す装束。

色褪せた黄色と黒の分厚い外套、一見して頑丈と分かるズボンとブーツ、黒い手甲。

右手に握られた鮮血を滴らせる、肉片塗れの異形のノコギリ。

左手には斧の男のそれよりも二回りほど小さな砲。

全身から返り血を滴らせながらゆっくりと、周囲で凍り付く獣人たちへと振り返る。

今や怯えを隠し切れない獣人達の前で、彼もまた低く冷たい声を発した。

 

 

 

 

 

「人間風情だと?『獣』風情が良く言った。『狩人』を前に吠え掛かるとは『獣』にしては見上げた根性だ」

 

 

 

 

 

ゆっくりと歩を進める、ノコギリの男。

そのノコギリを握る右腕が左肩まで擡げられ、一気に右側面まで振り抜かれる。

瞬間、赤い飛沫を振り撒きながら、重厚な金属音と共に火花が散った。

振り抜かれた右腕に握られていたのは最早ノコギリではなく、倍近い長さとなった巨大な『鉈』。

獣人、人間を問わず誰もが唖然と見つめる中、彼と斧の男は淡々と告げる。

 

 

「まあ、良い。『獣』は『獣』、やるべき事は同じだ」

 

「『狩人』がすべき事など『ヤーナム』でも此処でも変わらん。『獣』を『狩る』。それだけだ」

 

 

ビースト兵の壁へと歩み寄る彼等には、何の気負いも感じられない。

その血に塗れた背中を見つめつつ、フェアリーは悟った。

これから始まる事柄は、獣人による人間に対する殺戮でも、人間による獣人に対する決死の抵抗でもない。

そういった非正常の事象ではなく、あるべき当然のそれ。

農夫が土を耕し、漁師が魚を捕り、聖職者が女神に祈り、騎士が主に仕える様に当然の事。

 

 

 

 

 

『狩人』が『獣』を『狩る』。

ただそれだけの事なのだと。

 

 

 

 

 

『獣狩りの夜』

アストリアの住民は、この夜の出来事をそう呼んだ。

ある者は誇りと共に、ある者は憧憬と共に、ある者は恐怖と共に。

血と硝煙の記憶は、多くの人々の脳裏に深く、決して消えぬ光景として刻まれる事となる。

 

 

 

アストリアの異邦人『ガスコイン』と『ヘンリック』。

2人の『狩人』による『狩り』は、まだ始まったばかり。

 

 

 




獣人A「ホワイ!? ホワーイ!?」
獣人B「カースドビースツ!」
獣人C「ビースツ!? オゥノゥ、ビースツ!」
フ「うるせぇ」



獣人オレラ「リア充氏ね」
獣人(ケ)「お前が氏ね」
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