聖剣伝説 Hunters of Mana   作:変種第二号

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子午線上の狩人

 

 

 

「ホントに助かったよ、改めて礼を言わせてくれ」

 

「アンタ等が来なかったら、今でもあそこで立ち往生だったんだ。お互い様だ、気にすんなって」

 

 

そんな言葉を交わし、互いの健闘を称え合う。

アストリアの住民を先導、護衛しつつ数日を掛けて洞窟の中程まで差し掛かった彼等は、其処で巡回中のウェンデル武装神官隊と接触した。

結界を解除し此処まで来た事を伝え、アストリアがビーストキングダムの侵攻によって壊滅した事を伝えると、避難民の収容は驚くほど速やかに進んだのだ。

どうやら聖都側でもこの事態は想定済みであったらしいが、一方で獣人達の侵攻速度と洞窟の結界が破られた事については完全な想定外であったらしく、一部の神官が慌ただしくウェンデルへの報告に戻る等の場面も在った。

彼等としては数日の後に結界を解き、アストリアの住民達を非難させた上で再度結界を張り直すつもりであったらしい。

 

アストリアでビースト兵を撃退した後、住民たちは間を置かずに持ち出せるだけの荷物を纏め、明け方にウェンデルへの避難を開始する事を決定した。

自警団を残し、護衛を付けた住民たちを聖都へと逃がす。

洞窟の結界が在る以上は不可能であった筈のそれは、その結界を解除できる人間―――正確にはフェアリーだが―――が居ると解るや、すぐさま決行する運びとなったのだ。

護衛にはガスコインの元を訪ねていた知人の『狩人』と、ウェンデルへの道中で村を訪れていたフォルセナの傭兵である青年、多少は腕に覚えの在る数人の元軍属などが立候補した。

彼等は人数こそ少なかったものの、村を襲った獣人達の悉くを殺し尽くしたガスコインとヘンリック、この2人が揃って推す狩人の存在に、どうにか住民達を護り通す事は可能だろうと判断。

そうして死体に埋め尽くされ焼け落ちた村を発ち、滝の洞窟へと向かった彼等は、其処で奇妙な光景に出くわす事となった。

洞窟まであと僅かとなった辺りで、複数のビースト兵の亡骸を発見したのだ。

 

 

「あれだけの人数だもの、腕の立つ人が幾ら居ても足りなかったのよ。だから、貴方達が居てくれたのは幸運だったわ」

 

「そんな、私達は当然の事をしたまでで……それに、モンスターの群れは皆さんが引き受けてくれましたし、大した事は……」

 

「君も謙遜する必要はないよ。余力の無い者とか体の弱い人を的確に見抜いて、護衛に手助けにと駆け回っていたじゃないか。並の奴じゃとても真似できないって」

 

「本当にな。俺の国でも槍を使う者は居るが、あそこまで見事な腕の奴なんて中々居ないぜ?」

 

「……大した腕ではありませんよ、私なんて」

 

 

死体はいずれも、周辺にのた打ち回った形跡が在り、更に全身の穴という穴から出血していた。

調べてみたところ、いずれも腕の腱や片目など、戦闘の続行に支障を来す箇所を的確に切り裂かれており、更に毒物によって死亡している事が明らかとなる。

これらの事から何者かとの戦闘の結果、継戦が不可能となった事で撤退を試みたものの、全身に回った毒により半ばで死亡したものと推測された。

となれば、これを行った者が近くに居る筈。

警戒しつつも洞窟へと向かった彼等は、其処で結界に阻まれ立ち往生するジャドからの避難民や隊商、そして威力偵察に訪れたビースト兵達を返り討ちにしていた者達と接触したのである。

 

積極的に抗戦していたのは3人。

旅人なのか、或いは訳在りなのか、その両方か。

いずれも全身に厚いローブを纏い、頭まで覆って身形の殆どを隠していた。

得物は其々、湾曲したダガーが2振り、見事な装飾が施された槍、襤褸を巻いただけの拳。

得物も戦い方も異なる三者だが、いずれも見事な腕前であった。

 

重力を無視するかの様に縦横無尽な動きで洞窟内を翔け回り、襲い来るモンスターの急所を寸分の狂い無く狙い処理してゆくダガーの男。

比較的脆い敵を薙ぎ払いつつ、合間に繰り出す強烈な突きで斧を持ったモンスターを一撃の下に屠る槍の女。

目立つ事を避けているかの様に消極的だが、寄ってくるモンスターの全てを例外なく一撃の元に殺し尽くした拳の男。

 

草原の国フォルセナの傭兵であるという青年と並ぶ程の腕を持つ彼等は、重傷者を出す事なく見事に避難民の護衛を完遂した。

途中、洞窟内の滝壺に落ち掛けた少女を救うという一幕も在ったものの、全員が無事にウェンデルへと到達したのである。

巡礼者の為に数多くの避難所や、食料などの物資集積所、仮眠所が設けられていた事も大きい。

そして今、ウェンデルの人間に避難民の件を託した彼等は同行者と共に、聖都で最も格調高い宿の酒場に集まっていた。

神官達から避難民の護衛について、せめてもの感謝のしるしとして手配されたのだ。

必要ないと固持しようとした者も居たが、是非にとの神官達の声に押されて結局は承諾してしまった。

 

一所に集めて監視する為という側面も在る事には、恐らく全員が気付いている。

しかし特に断る理由も無く、繰り返し感謝の言葉を述べる現場の神官達も本心を偽っている様には見受けられなかった為、厚意に甘える事となった。

そして、光の司祭が直々に礼を述べたいと言っている事を知らされたものの、ウェンデル到着時には既に夜も更けていた事も在り、謁見は翌日に回す運びとなり今に至る。

 

 

「それにしても運が良かったよ。こんな形でもなきゃ司祭様に会えるのが何時になるか、解ったもんじゃなかった」

 

「そうよね。今は巡礼者が居ないとはいえ、それでも聖都の住民も日常的に謁見してる訳だし」

 

「……皆さんも、光の司祭様に御相談を?」

 

 

槍を振るっていた少女が、憂いを感じさせる口調で問う。

ローブを脱いだ彼女は、しかし宿に在った寝間着に着替えナイトガウンを羽織っており、本来の身元を明かす様な物は身に付けていない。

それは彼女以外の者も同様で、一様に宿が用意した上等な寝間着に着替えていた。

肉体的な特徴や使用する得物、振る舞いや言葉遣いからある程度の身元は見当が付けられるのだろうが、完全な異邦人たる狩人や、知識こそ深いとはいえ人の世との関わりが薄いフェアリーには縁遠い事だ。

当然、他の者からしても2人の境遇を推し量る事は不可能であり、よって疑念を持っている事は想像するに難くなかった。

しかし内容こそ違えど、相手に疑念を持っているのはお互い様。

デュランとアンジェラ、そしてもう1名を除けば未だ名を明かしている者が居ない現状を考えれば、互いを警戒している事は火を見るより明らかであった。

デュランも、既に聞いているアンジェラの境遇から他の面々も似た様なものではないかと当たりを付け、それらに関しては口を噤んでいる。

此処で交わされているのは気安い様でその実、探り合いの色を持つ会話なのだ。

しかし、覚悟を決めたアンジェラと、糸口を提供せねば埒が明かないと判断したデュランが口火を切った。

 

 

「……うん、アタシもそう。どうしても司祭様に訊かなきゃならないの。落ち零れのアタシでも、どうしたら魔法が使える様になれるのかって」

 

「俺もだ。俺達の剣を侮辱し仲間を殺した男を見返し、復讐する為に」

 

「復讐……」

 

「アンタ等、相当な腕利きだろう。無理強いしてまで訊こうって訳じゃないが、ちょっと気になったんだ。何処ぞの軍か何かに属していたんだろうに、わざわざ侵略を受けてる最中の聖都まで何を相談しに来たんだろうってな」

 

 

一同の間に沈黙が下りる。

何ら反応を帰さない者、手の中のグラスをじっと見つめる者、小刻みに身体を震わせる者、内面を推し量る様に他の誰かを見る者。

やがて、ぽつりと呟かれる声。

 

 

「……友達、生き返らせる為」

 

「え?」

 

「友達、殺された。いきなり現れた人間に、何の脈絡もなく。その人間、オイラが殺した。でも友達、もう戻ってこない。光の司祭にでも縋らない限り」

 

 

その少年の言葉に、幾人かが僅かに目を見開いた。

彼が獣人である事は、既に皆が見抜いている。

しかしアストリアでアンジェラが、洞窟前でダガーの青年と槍の少女が、ビースト兵へと容赦なく攻撃、場合によっては殺害する彼の姿を目にしている為、取り敢えずは警戒しつつも敵ではないと判断されていた。

そんな彼の願いは特に大切な者を失った、或いは失い掛けた者達の心を大きく揺さぶる。

その揺らぎは、別の者の心の壁を打ち崩した。

 

 

「……誇りを汚され、仲間達すら奪われた。取り戻す為には何だってする。だが家族は『死の首輪』に囚われ、術者以外に外す方法を知っているのは恐らく光の司祭だけだ」

 

「『死の首輪』ですって?」

 

 

ダガーの男、紫の髪の青年の口より語られた名称に、フェアリーが反応する。

青年は彼女の動揺を見逃す事なく、眼光鋭くフェアリーを見据えた。

 

 

「知っているのか?」

 

「……ええ、でも……とっくに失われた筈なのに、どうして」

 

「何でも良い、知っている事を教えてくれないか。あれが在る限り、俺達は怨敵を討つ事も出来ない」

 

「……ごめんなさい、私も多くを知っている訳じゃないの。あれが遙かな昔に高位の術者を手懐ける為に幾つも作られた事とか、古代の国々が乱用を防ぐ為に共同で破棄した事くらいしか……」

 

「……そうか」

 

 

目に見えて落胆する青年。

そんな彼を目に苛烈な感情を宿した金髪の少女、槍を振るっていた彼女が見詰めている事に、幾人かが気付く。

彼もその事には気付いているのかもしれないが、表向きはその様な素振りを見せる事はなかった。

そんな少女も、やがて意を決した様に口を開く。

 

 

「……父を、弟を、仲間達を奪われました。取り戻そうにも父は目の前で亡くなり、弟も攫われたまま行方知れず、仲間も……何もかも、国ごと奪われたんです」

 

「国って……貴女、まさか」

 

 

彼女の言葉に、アンジェラが続く言葉を抑えるかの様に、口元へと手を遣った。

他の皆も気付いたのだろう、微かに身動ぎしていた。

例外は狩人のみ。

紫の髪の青年は僅かに眉を顰め、何かに耐えているかの様だ。

 

 

「私は弟を取り戻し、国を立て直さねばなりません。しかし、城は奪われ満足な戦力も無い中で、何をすれば良いのか……光の司祭様ならば、その為の知恵をお貸し下さるかと……」

 

「それは……」

 

「オイラ、友達生き返らせる方法知りたい。アンタの父親も生き返らせる方法、司祭に訊けば良い」

 

「……そうですね。ええ……できれば、素敵ですね」

 

 

そう言って、弱々しく微笑む少女。

彼女は解っているのだろう。

死んだ者を生き返らせる方法など、光の司祭でさえ知り得る筈がないと。

それを口にしないのは不器用ながら自分を励ましてくれた少年への配慮か、或いは少年自身も心底では解っていると判断した為か。

だが、そんな気遣いではなく、現実を突き付ける事を選んだ者も居た。

 

 

「幾らおじーちゃんでも、答えられる事と答えられない事が在りまち。死んだ人を生き返らせるなんて女神しゃんに頼んだって無理でちよ」

 

 

ホットミルクを啜りながら幼さに似合わない静かな声で諭したのは、洞窟内で滝壺に落ち掛けた少女である。

聞けば光の司祭の孫娘であり、どう見ても7歳か8歳程度の外見ながら実年齢は15歳であるという。

人間と『エルフ』のハーフであり、肉体的な成長速度が常人よりも遅いらしい。

そんな彼女が何故此処に居るのかというと、祖父である光の司祭に会いたくないが為との事。

 

彼女は兄の様に慕う神官を追い掛けて内密に聖都を抜け出し、その彼を攫った人物が放った異常な力の作用で以って、アストリアの西から遥か東、滝の洞窟近辺まで吹き飛ばされたのだという。

其処には避難民が集まっており、水中に落ちた彼女を獣人の少年が助け、ダガーの青年と槍の少女が暫し世話を焼いていたらしい。

そして洞窟内の騒動で護衛に就いていた面々の注目を集め、聖都到着後の会話で光の司祭の孫娘と判明する。

聖都を抜けた経緯も在り、祖父に会えば叱られる事はともかく神殿に軟禁されてしまい、兄の様に慕う青年を探せなくなってしまうと危惧している様だ。

よって神殿には戻らず他の神官には固く口止めをした上で、こうして彼等と同じ宿に泊まる事となった。

それでも司祭には伝わっているのだろうが、迎えが来ない事から判断するに、ある程度は彼女の自立を重んじているのだろう。

そんな彼女が放った辛辣な言葉に、アンジェラが咎める様に口を挟んだ。

 

 

「ちょっと、少しは気を遣って……」

 

「気遣ってどうなるんでちか。おじーちゃんに面と向かって無理と言われて、その時になって絶望するのを黙って見てろって言うんでちか?」

 

「そ、そんなこと言ってないじゃない!」

 

「おんなじでち。おじーちゃんは『マナの女神』じゃないんでち。出来ない事、知らない事の方が、その反対の事よりずーっと多いんでち。なのに、きぼーが失われたって解った人たちの中には、その場でおじーちゃんを詰り始める人もそれなりに居まち。シャルロットは、そんな人たちをごまんと見てきたんでち」

 

 

淡々と紡がれる言葉に、今にも食って掛かろうとしていたアンジェラは口を閉ざした。

ホットミルクを舐める様に飲むシャルロットの目は、何処か達観している様にさえ見える。

それは、その幼い外見や言動からは想像も付かない程に、人の本質に触れる機会が多かったが故に身に付いたものかもしれない。

 

 

「おねーしゃんもそうでちが、そっちのアンタしゃんも本当は解ってるんじゃないでちか? 死んだ人を生き返らせる事はできないし、できたとしてもそれはもうアンタしゃんの『友達』じゃない、別の何かでちよ」

 

「……オイラの友達、人じゃない。狼」

 

「そ、そうでちか……」

 

「……でも、解ってた。解ってたよ、そんな事。でも、それでも……」

 

 

固く拳を握り締め、俯き肩を震わせる獣人の少年。

隣で酒を飲んでいたデュランが、肩に手を置こうとして躊躇い、やがて引き戻した。

今は、他人からの慰めなど意味を成さないだろう。

 

 

「失ったものを取り戻したいっていうのは、誰でも同じでち。シャルはヒースを取り戻したい。でも、それはヒースが生きているかもしれないからでち。あそこでヒースが殺されてたら、今すぐには無理でも、それでも何時かは受け入れなきゃならなかった筈でち」

 

「……貴女は、ないんですか? 亡くなった方に会いたいと、願った事が」

 

 

自分は全てを奪われ、父とは再会する事さえ叶わない。

一方で光の司祭の孫娘である少女、シャルロットは大切な人を浚われたとはいえ、その人物はまだ生きている可能性が高いのだ。

にも拘わらず、解り切った真理をわざわざ口にし、過度な期待はするなと忠告する。

国も家族も奪われた自分や、友を奪われた少年に比べて、遙かに恵まれている癖に。

知った風な口を利いて、一体何様のつもりだ。

 

そんな暗い感情が渦巻く声。

発したのは、金髪の少女だった。

本人としても口にするつもりはなかったのか、直後にはっとした様に口元を手で押さえ、シャルロットを見遣る。

言葉を投げ掛けられた側であるシャルロットは、微塵も動じる様子を見せていなかった。

だが直後に放たれた言葉が、周囲の人間を凍り付かせる。

 

 

「たった一度で良い、ぱぱとままに会いたい。ちょっと前まで、祈らない日はなかったでち」

 

「あ……」

 

「シャルロットのぱぱとままは、シャルを産んですぐに亡くなったそうでち。だから、ほんの少し前まで生きてたおとーしゃんが亡くなった気持ちは、ちょっとシャルには解らないかもしれないでちね」

 

 

少女の方を見ようともせず、シャルロットは空になったカップを手の中で弄んでいた。

とんでもない事を言ってしまったと思い至ったのだろう、少女が必死に謝罪の言葉を紡ごうとするも、本質として饒舌な訳ではないのか上手く言葉にならない。

 

 

「その、私……」

 

「気にする事ないでちよ。シャルのぱぱとままは殺された訳でもないし、目の前で亡くなった訳でもありましぇん。そもそも物心つく前の話でちから、とーぜん顔も覚えてないでち」

 

「ッ……」

 

「ぱぱとままには会いたいけれど、でも諦められる程度には思い入れが薄いんでち。ずっと一緒に生きてきたアンタしゃんからすれば、薄情な奴と思われても仕方ないでち」

 

「違ッ……そんな訳じゃ……」

 

「でも、おじーちゃんが教えてくれたでち。人は亡くなっても、その想いは大切な人の内に宿っているって。それが真実かどうかが問題なんじゃなくて、そう思って生きる事が亡くなった人の想いに報いる事なんだって」

 

 

外見からは想像もできない程に達観し、実年齢である15歳としてもあまりに大人びた考えに、何時しか皆がシャルロットを凝視していた。

現実の厳しさや大切な者を失う辛さを知らないが故の大言ではなく、良く知るが故の先達としての言葉。

それが身近な誰かを失ったばかりの少年少女、彼等の心を雁字搦めにしてゆく。

奇跡を信じたいという希望、現実を認めろという諦観。

知った風な口を利くなという憤怒、その通りだと許容する理性。

各々の心に吹き荒れる、幾つもの相反する感情。

それらを敢えて無視する様に、シャルロットは続ける。

 

 

「とにかくシャルロットが言いたいのは、おじーちゃんにも無理な事はある、って覚えておいて欲しいって事だけでち。アンタしゃんたちみたいな腕っ節の強い、イマドキのしょーねんしょーじょにカンシャク起こされて絡まれたらと思うと、運動不足のおいぼれじーちゃんの腰が心配でちからね」

 

「おいおい……自分の祖父さんだろ、言い過ぎじゃないか?」

 

「本当の事でちよ。幾らおじーちゃんでも、アンタしゃんたちを一度に相手取るのは骨が折れまち」

 

「……待って、ちょっと待って。それってつまり、司祭様は『疲れるだけ』って事? 怪我するとかじゃなくて?」

 

「当たり前でち、光の司祭をなんだと思ってるでちか。おじーちゃんに襲い掛かるとか、手の込んだ自殺以外のナニモノでもないでち。一瞬で辺り一面黒コゲになりまちよ」

 

 

衝撃の発言に、沈鬱な空気が消し飛ぶ。

互いに見合わせた顔が引き攣っている事に気付くと、誰からともなく小さな笑いが零れ始めた。

今の今まで無表情を崩さなかった獣人の少年や、何処か軽薄な空気を纏っていた青年、影の在る雰囲気の少女までもが、困った様な苦笑混じりの、しかし柔らかな笑みを浮かべている。

そんな一同の顔を横目で窺うと、シャルロットもまた笑みを浮かべた。

そして、改めて会話の口火を切る。

 

 

「そんで、シャルロットはもう名乗りまちたが、アンタしゃんたちは何て名前なんでちか? デュランしゃんとアンジェラしゃんはもう知ってまちが、そっちの5人はまだ聞いてないでち」

 

 

その言葉に対し、指名された各々が異なった反応を見せる。

だがすぐに、覚悟を決めた様に獣人の少年が口を開いた。

 

 

「……オイラの名前、ケヴィン。殺された友達のカール生き返らせる方法訊く為、ビーストキングダムから来た」

 

「ケヴィンしゃんでちね……それで、その、カールしゃんは……」

 

「解ってる。カール生き返る、たぶん嘘。でも、それは仕方ない。今は仇取る為、強くなる方法訊きたい」

 

「じゃあ俺と一緒だな。『クラスチェンジ』って知ってるか? 俺はそのやり方を訊く為に、司祭様に会いに来たんだ」

 

「知らない、初めて聞いた。それすると強くなれるのか?」

 

「ああ、多分な」

 

 

早速、デュランとケヴィンは意気投合した様だ。

口を開いてみれば何処か幼さの残るケヴィンと世話焼きな面の在るデュランは、友人として相性も良かったのだろう。

少しばかり脱線した会話も繰り広げられる中、今度はアンジェラが語り出した。

 

 

「名前はもう知ってるわよね。アルテナ出身、アンジェラよ。此処に来たのはさっきも言った通り、魔法を使える様になる方法を訊く為なの」

 

「はれ? アンタしゃん、魔導士のカッコじゃないでちか。使えるんじゃ……ゴメンでち」

 

「……別に良いわ、アンタの思ってるとおりだもの。でも、魔法が使える様になれば、きっと……お母様も……」

 

 

呟きつつ、俯いてしまうアンジェラ。

ケヴィンとの会話を切り上げたデュランが、気遣う様に彼女を見ている。

ケヴィンもまた、アンジェラの言葉に含まれた母親との単語に何かを感じ取ったのか、痛ましげにアンジェラを見遣っていた。

そして、紫の髪の青年が続く。

 

 

「……ナバール盗賊団シーフ、ホークアイ。さっきも言った通り、家族を人質に取られている。此処に来たのは、その家族に着けられた『死の首輪』の解呪方法を探す為だ」

 

「ナバール、って……あのローラントに攻め込んだ奴等か!? 確か今はナバール王国……」

 

「黙れ、二度とその名を口にするな」

 

 

豹変する声色。

言葉を遮られたデュラン、そして周囲の面々が、思わず息を呑んだ。

ホークアイは無表情だが、虚空へと真っ直ぐに向けられた目は、色濃い闇を宿していた。

渦巻く負の感情を敏感に感じ取ったフェアリーが、無意識での怯えにガウンの裾を握り締めている。

一方で金髪の少女は、先程にも増して険しい視線をホークアイへと向けていた。

アンジェラが、恐る恐るといった体で問い掛ける。

 

 

「その、違うの? ジャドで聞いた話では、そういう事になっていたんだけど……」

 

「……首領であるフレイムカーン様を筆頭に、ナバールの連中は皆、イザベラって女に操られている。俺や一部の者が、操られる前にナバールを出奔したんだ」

 

「じゃあ、ローラントを攻めた連中は……」

 

「イザベラの操り人形さ。今やナバールは2つに分裂し、逃げ出した俺たちはイザベラの首を狙っている。だが人質が『死の首輪』に囚われている以上、奴を殺る事はできない」

 

「どういう事でち?」

 

「術者が死ねば首輪に囚われた者も死ぬ。そうやって人質を確保したり、高位の術者を束縛するのが『死の首輪』本来の用途なのよ。あまりに悪辣だし乱用が過ぎた所為で、古の国家が連携して回収、廃棄した筈なんだけどね」

 

「その首輪をどうにかしなけりゃ、黒幕を殺る事もできねぇって訳か」

 

 

フェアリーの補足に相槌を打つデュラン。

グラスを握り締めるホークアイの手に、更に力が込められる。

そんな彼らの間に、冷たく感情を含まない風が吹いた。

 

 

「つまり、私の国を滅ぼしたのはナバールではなく、そのイザベラという女だというのですか」

 

 

皆が一様に、声が発せられた場所を見遣る。

金髪の少女だ。

俯いたまま肩を震わせている彼女が、しかし泣いているのではない事はすぐに知れた。

誰もが気付く。

彼女が、今にも爆発しそうな怒りに身を焦がしているのだと。

だが発せられる声は、氷の様に冷たく感情を窺わせないもの。

 

 

「父が殺されたのも、エリオットを浚ったのも……仲間を殺され、国を奪われた事でさえ……そのイザベラの独断であると……そう、言うのですか」

 

 

微かに震えながら擡げられた頭、前髪の間から除く瞳。

其処に暗く燃え上がる激情に、隣で気遣わしげに彼女の顔を覗き込んでいたアンジェラが硬直する。

同じく少女の感情に呑まれていたケヴィンが、言い難そうではあるがどうにか問い掛ける。

 

 

「じゃあ、やっぱりアンタ……ローラントの?」

 

「……リースです。アマゾネスの部隊を率いていました」

 

「……ジョスター王には娘と息子が居たな。じゃあ、アンタ」

 

「はい。ジョスターは我が父、弟のエリオットは王位継承者となります」

 

「……こりゃ参った、まさか王女様とはな。必死にもなる訳だ」

 

 

天井を仰ぐデュラン。

リースは再び俯いてしまったものの、噛み締めた唇が荒れ狂う内心を表している。

そんな彼女をホークアイは、此方も感情の窺えない瞳で見つめていた。

やがて、何らかの決心が付いたのか口を開こうとするも、それより先にアンジェラから思わぬ告白が飛び出す。

 

 

「立派じゃない、リース。同じ王女でもこうも違うなんて、自分が情けなくなっちゃう。私なんて我が身可愛さに、自分の国から逃げ出してきたっていうのにね」

 

「え……?」

 

「おい、アンジェラ!?」

 

 

虚を突かれた様にアンジェラを見遣るリース、慌てて制止しようとするデュラン。

当のアンジェラは、頭を振ってデュランを制する。

 

 

「いいの、デュラン……私は、アルテナの理の女王の娘よ。世界最強の魔導士の実子なのに、全く魔法が使えない落ち零れだけどね」

 

「なっ、アルテナの……待てよ、船で聞いた話じゃアルテナの王女は……」

 

「賞金首だっていうんでしょ? まあ、ウィンテッド大陸の外じゃ意味ないわね、残念だけど」

 

「そういう意味じゃない。アンジェラ、王女なんだろ? なのに自分の国から命、狙われてる。どういう事?」

 

 

驚きを隠せないホークアイの言葉に、茶化す様に答えるアンジェラ。

だが、彼女が無理をしているのは、端から見ても明らかだった。

ケヴィンが改めて問い掛けると、流石に当時の状況を思い出したのか、憂いを含む弱々しい笑みを浮かべつつ答える。

 

 

「……逆らったからよ、お母様の命に。『マナストーン』の封印を解放する為の生贄として、その命を差し出せってね」

 

「な……!」

 

 

絶句する。

狩人を除く誰もが、アンジェラの語る内容に言葉を無くしていた。

実の母親から、生贄として命を差し出せと言われたというのだ。

抑揚のないアンジェラの声が続く。

 

 

「女王の血筋でありながら魔法が使えないお前は、王家とアルテナの恥だって……だからせめて、禁呪を使って女王の娘に相応しい死に様を見せれば、後世に名を遺せるだろう、って……」

 

「……何だよ、それ」

 

「私、怖くなって逃げ出したの。どうやったか解らないけど、気が付いたらお城の外に居たわ。エルランドに近かったみたいで、其処で光の司祭様の事を聞いて此処まで来たの。司祭様なら、きっと魔法を使える様になる方法を教えて下さるって」

 

「どうして、其処までして……」

 

「……だって、私が魔法を使えなかったから、お母様は失望してこんな事を決めたんだと思うの。魔法が使える様になれば、きっと私を認めてくれる。自分の娘だって、あんな命令は間違いだったって……」

 

 

言いつつ、しかし自分でも確信が無いのだろう、段々と消え入る様に小さくなるアンジェラの声。

小さく舌打ちし、苦々しく表情を歪めているのはホークアイだ。

既に聞いているデュランでさえ、胸糞が悪くなる話であった。

フェアリーは『マナストーン』という単語に思考へと沈み、シャルロットとリースは憤りながらもアンジェラを気遣う事を優先している。

だが6人の中で1人だけ、他とは異なる反応を返した者が居た。

ケヴィンだ。

 

 

「憎くないのか?」

 

「えっ?」

 

「アンジェラ、母親が憎くないのか。恥だって、命を寄越せとまで言われて、恨んでいないのか。殺してやりたいって、思わないのか」

 

「何を……!?」

 

 

思いもしなかったのだろう、立て続けに浴びせられる言葉に、愕然とするアンジェラ。

周囲もまた、明らかにこれまでと様相の違うケヴィンに、戸惑いを隠せない。

そんな中、彼は続ける。

 

 

「オレは憎い。オレの父親、獣人王。妙なヤツと組んでカール狂わせ、オレに殺させようとした。カールを殺したの人間、ヤツは知らないと言った。でも、信じない」

 

「ケヴィン……」

 

「あの人間けしかけたの、きっとヤツ。カールは生き返らない、本当は解ってた。でも、ヤツの手下の言葉に乗った。嘘でも縋りたかった。でも、もうオシマイ」

 

 

ざわり、と空気が揺れる。

ケヴィンの腕、其処に青白い毛並みが現れていた。

デュランとホークアイが、弾かれた様にケヴィンへと腕を伸ばし掛ける。

恐らくは監視の目も在るだろう中で、獣化しかけている彼を諫めようとしたのだろう。

だが、それ以上の目に見える変化はなく、寸でのところで彼等は腕を止めた。

否、気圧されたのだ。

ケヴィンから噴き上がる殺気、見えない爆風の様なそれに。

 

 

「デュラン、強くなりたいって言った。オレも同じ、強くなりたい。強くなって、この手でヤツ殺す。獣人王、強い。今のままじゃ勝てない。だから光の司祭に、強くなる方法、訊く」

 

「ケヴィン、貴方……」

 

「強くなる為なら、何だってする。何だって使うし、何にでも成る。あの男殺せるなら、それで良い。この手で殺せるなら、それで……」

 

 

言葉の端々から滲み出る憎悪に、一同は掛ける言葉もなく沈黙する。

憎む誰かが居るというところは、デュランとホークアイ、リースにも共通していた。

だが、その対象は忽然と現れた敵であり、決して肉親などではない。

アンジェラは命を狙われている今でも母親に認めて貰う事が目的であり、シャルロットに至っては復讐よりも浚われたヒースを助け出す事が最優先である。

母親から絆を否定され、それでも愛を求めるアンジェラの境遇を皆が知った今だからこそ、父親を憎み自らの手に掛ける事を何よりの望みとするケヴィンの姿はとても危うく、また悲しいものとして浮き彫りとなっていた。

肉親を殺された者、肉親に殺されそうになった者、肉親を殺そうとする者。

奇妙な縁により集まった少年少女達は、自らの感情を持て余すがあまりに言葉を失い、沈黙する。

そうして、会話の無いまま数分が過ぎた頃。

 

 

「叶うかもしれないよ、みんなの願い」

 

 

不意に放たれた声に、皆の視線が一所へと収束する。

フェアリーだ。

彼女は意を決した様に、居並ぶ少年少女たちの顔を見回した。

 

 

「強くなる為に『クラスチェンジ』をしたい。魔法を使える様になりたい。『死の首輪』を解呪したい。滅びた国を再興したい。友の仇を取りたい。攫われた人を助けたい」

 

 

1人1人の願いを、確認するかの様に述べるフェアリー。

訝しげに彼女を見遣る皆を前に、彼女は続ける。

 

 

「どれもこれも、簡単には叶わない願い。でも『マナの女神』の力なら叶えられる……『マナの剣』が持つ力なら」

 

「『マナの剣』?」

 

「アンタしゃん、何言ってるでち? というか、アンタしゃんは何者でちか」

 

 

シャルロットの問いに、フェアリーは周囲を見回す。

もう夜も遅く、周囲の席に人影は無い。

酒場の主も宿泊客に呼ばれたのか、数分前に酒瓶を持って出て行ったきりだ。

ウェンデル側の監視の目も在るかもしれないが、この場合は好都合と判断した。

彼女はガウンを脱ぎ落すと、更に寝間着の前を開いて背中まで肌を晒す。

突然の行動に虚を突かれていた面々が、数秒ほど遅れて騒ぎ出した。

 

 

「ちょっ、何やってるんですか!?」

 

「は、裸!? 裸、なんで!?」

 

「ひょえー……お肌超キレーでちね」

 

「おっ……って、ばっ、馬鹿野郎お前しまえ早くこの野郎馬鹿野郎!」

 

「ははぁ、さてはお前さんムッツリだな? 俺の兄貴に似てるよ」

 

「うっさい男ども! いいから後ろ向きなさい、後ろ!」

 

 

ぎゃあぎゃあと喚くも、その喧騒は数秒と経たずに止む事となる。

胸元まで服を脱いだフェアリー、その背中から2対の透明な、かつ虹色の羽が姿を現した為だ。

忽ち静まり返り、呆然と彼女を見つめる皆の前で、フェアリーは告げる。

 

 

「私も、まだ自己紹介してなかったよね。『マナの聖域』から来た、フェアリーよ。私の名前と言うよりは種族全体の呼び名だけど、あまり気にしないでくれると有り難いわ」

 

 

微かに羽を震わせ、輝く燐光を振り撒くフェアリー。

ランプの明かりとは異なる、暖かで何処か幻想的なその光に、誰もが我を忘れて見入っていた。

 

 

「私の目的は『マナの樹』の異変を、光の司祭様に知らせる事。そして世界を救う為『マナの剣』を抜く『勇者』を見つける事」

 

「マナの……剣?」

 

 

逸早く我に返ったらしきホークアイが、聞き慣れない名に問いを返す。

我が意を得たりとばかりに、フェアリーは続けた。

 

 

「剣の力が在れば、貴方達の願いを叶える事もできる。邪悪を打ち払い、滅びた国を甦らせ、新たな力を得る事だって」

 

「待って……『マナの剣』って確か……そう、そうだわ!」

 

 

唐突にアンジェラが叫ぶ。

何事かと皆の視線が集まるも、それを気にする事もなく彼女は続ける。

 

 

「お母様が『マナストーン』の解放に拘る理由よ! 各国の領地に在る『マナストーン』を解放して『マナの聖域』への扉を開くって!」

 

「……まさか! 女神様の元に攻め込もうっていうの!?」

 

 

思わぬアンジェラの言葉に、フェアリーが焦燥も露わに問い掛ける。

周囲の面々も、訳は解らずとも尋常でない事態が進行しているとは、薄々ながら感付き始めていた。

 

 

「詳しい事までは知らないけれど、多分そうよ。マナの減少でアルテナは今、国家存亡の瀬戸際に立たされているの。世界中に残るマナを独占するか、或いは無尽蔵に生み出す為に、お母様と紅蓮の魔導士は『マナの剣』を求めているのよ」

 

「……確かに『マナの剣』が在れば、膨大なマナを生み出す事も不可能じゃない。私の最終的な目的もそれだしね。でも、何の制限も配慮もなくそんな事をすれば、途轍もない反動が出るに決まってる。マナの減少が止まっても、世界中が滅茶苦茶になるよ」

 

「そう……」

 

 

母親の野望が、如何に危険なものであるかを理解したのだろう、暗く沈んだ声を返すアンジェラ。

そんな彼女を気遣わしげに一瞥し、フェアリーの言葉は本題へと入る。

 

 

「アルテナが『マナの剣』を狙うのも無理はないよ。剣さえ手に入れれば、殆ど全ての願いが叶うんだもの。勿論、全てが理想的な形で叶えられる訳じゃないよ。死人を生き返らせるにしても、途轍もない代償が必要だし、生き返ったその人が本物かどうかも怪しい」

 

「ッ……」

 

「でも、人として望める範囲を越えない内なら『マナの剣』の力で叶えられない願いは無い。勿論、貴方たちの願いを叶える事だって出来るわ。剣を抜く『勇者』さえ見付かれば」

 

 

途端、空気が揺らぐ。

願いが叶うかもしれないという、希望が故の波紋。

だが続く言葉が、彼等6人の淡い期待を打ち砕く。

 

 

「尤も、それはもう無理かもしれないけれど」

 

 

凍り付く空気。

豹変した彼女の声に、皆が驚くと同時に気付く。

フェアリーの視線が、何時の間にか唯1人へと注がれている事に。

 

 

「私が宿主として選んだ人間が『勇者』となる……英雄王の様にね」

 

「英雄王だって!?」

 

 

デュランが反応するも、傍らのホークアイに肩を掴まれ制止される。

すぐに冷静さを取り戻し、今はこれについて問うべき場ではないと理解したのか、浮かし掛けた腰を再び椅子へと落とした。

フェアリーは続ける。

 

 

「この場合の『勇者』は『マナの剣』を抜く者の事だけれど、選ばれる為の基準は12年前と同じ。聖域から遣わされたフェアリーが宿主となる人間を見付け、その人物は女神様の加護を受けて『勇者』となる。これが女神様の定めた掟なの。でも……」

 

 

フェアリーの目が、更に険しさを増す。

その視線を辿った先には、客室からこの酒場に下りて以降、殆ど口を開かなかった狩人が座していた。

疾うに空になったグラスを見つめたまま、微動だにしない彼。

 

 

「……私はもう、宿主を選べない。選ぶ必要を……いいえ、選ぶ力を無くしてしまった。其処の彼の影響でね」

 

 

狩人へと集まっていた視線が、一気に剣呑なものへと変化する。

猜疑、警戒、不信。

狩人を除くこの場の全員が一致した初めての感情は、唯1人へと向けられた薄暗く疑心に満ちたものだった。

そんな皆の感情を代表するかの様に、フェアリーは問い糾す。

 

 

「アストリアでは訊きそびれたけれど、今度こそ答えて頂戴。宿主にもならず、貴方はどうやって私を助けたの? 何故、私の身体は人間と同じくらいにまで大きくなっているの? 充分なマナも無く生きていられるのは何故?」

 

 

微かな敵意すら含む声。

戸惑い定まらぬ内心を曝け出す様なそれに、皆は困惑しつつも狩人の答えを待つ姿勢を崩さない。

悲痛な声が言葉という形を得て矛となり、更に狩人へと突き付けられる。

 

 

「此処に来るまでに、何人もの仲間が犠牲になったわ。その命を分け与えられてまでして、此処まで辿り着いたの。なのに私は、フェアリーとしての使命を果たす力を失ってしまった。私はもう、女神様から授かった使命も、仲間たちとの誓いも果たせない。私は、私は……!」

 

 

震える声は、その主の心を如実に表していた。

その場の誰もが、フェアリーの心の内に渦巻く感情、その正体を理解する。

 

 

「私はもう、フェアリーじゃない!」

 

 

『絶望』だ。

 

 

「……答えて。私は…今の私は何なの? フェアリーじゃない、かといって人でもない。一体、何にされてしまったの!?」

 

 

テーブルに両手を突き、身を乗り出す様にして問うフェアリー。

だが、その正面に位置する狩人は、それでも目立った反応を見せない。

それどころか、探る様な目付きで以て彼女を見つめていた。

その様子にフェアリーは目を細め、暗い確信と共に告げる。

 

 

「……『狩人』」

 

 

瞬間、僅かに身動ぎする狩人。

見逃した者は居なかった。

彼自身が『狩人』と呼ばれている事を知っているのは、ガスコインやヘンリックとの会話を幾度か聞いていたフェアリーのみだ。

他の面々にとっては、それは単なる職を表す単語に過ぎない。

だがフェアリーの様子から、彼女の言う『狩人』が常ならざる意味を含んだものである事を、明確に感じ取っていた。

そしてフェアリーは、狩人の様子に確信を深め、続ける。

 

 

「悪夢を見たって言ったでしょ。其処で、誰かに言われたの。『狩人を見付けた』って。当然、貴方の事じゃないわよね。あれは、あの声が言ってた『狩人』っていうのは、私の事なんでしょう?」

 

 

狩人が僅かに顔を上向かせ、その視界にフェアリーを捉える。

言葉は無い。

だが、彼の動作が肯定を意味している事は、誰の目にも明らかだった。

 

 

「教えて頂戴。貴方は何者なのか。私に何をしたのか。『狩人』とは何なのか」

 

 

これまでの感情の発露が嘘の様な、静かに染み渡る声。

真実を知りたい。

唯その願いだけが込められたかの様な声に、幾人かの言葉が続く。

 

 

「……もう、名乗ってないのはアンタしゃんだけでちよ。勿体ぶらないで教えて欲しいモンでち」

 

「みんな腹の内まで明かしたんだ、此処まで聞いといてダンマリはないよな?」

 

「フェアリーに関係するって事は、世界の先行きにも関係するって事よ。それにアンタ、アストリアに居たあの2人の知り合いでしょ」

 

「……成る程な。『狩人』ってのはそういう意味か。納得だぜ、要するにアンタもアイツらも『狩人』なんだろ?」

 

 

アンジェラの言葉に、何やら納得した様に頷くデュラン。

そんな彼を一瞥し、狩人は緩慢に肯定の意を返す。

 

 

「……そうだ」

 

 

この場で初めての発言が、その一言だった。

漸くの反応に、言葉を続けようとするフェアリー。

そんな彼女を遮り発言したのは、ケヴィンだった。

 

 

「やっぱりそうか。アンタと村の2人、同じ臭い。今にも酔いそうな、物凄く濃い血の臭いする。『獣』と人間、良く解らないモノの血、信じられない位たくさん浴びてる。そうだろう?」

 

「……ああ、合ってる」

 

「カールを殺した人間も、同じ臭いしてた」

 

 

瞬間、緊張が奔る。

ゆっくりとテーブル上に身を乗り出すケヴィンの全身が、薄らとだが確かに殺気を零していた。

狩人は動じない。

 

 

「オマエ、何知ってる? オレが背負ってたもの、カール殺した奴が使ってた得物。オマエ洞窟の中で、何度もこっち窺ってた。あの得物、知ってるんだな?」

 

「そうだ」

 

「オレだけじゃない。ホークアイの持ってるダガー、やっぱり見てた。何度も見て、何か確認してた。オマエ、あのダガーの毒、知ってるな」

 

「……そうだ」

 

 

言及された瞬間、ホークアイの眼光がその名の如く鋭いものとなる。

狩人を見る目は値踏みする様なものへと変化し、聴覚は吐き出される言葉を油断無く待ち受けていた。

繰り返される肯定の言葉。

いよいよ以て、真相に迫ろうと身を乗り出すフェアリーの前で、狩人は静かに語り始めた。

 

 

「『獣肉断ち』。俺達はアンタが背負っていたアレを、そう呼んでいる。そっちの彼が持っているダガーの毒だが、それも良く知っている」

 

 

そう言うと、彼は自身の指を口元へと当てる。

何をするつもりかと周囲が訝しがる中、指の腹を噛み切る狩人。

そうして、ゆっくりと差し出された指から滴る、赤い血の粒。

皆が困惑しつつも見つめる中、彼は言う。

 

 

「……思い出したか、フェアリー? 君は選んだ。そして啜ったろう、この『青ざめた血』の残滓を」

 

 

ふと、アンジェラは気付く。

視界の端に映るフェアリーの腕、それが微かに震えている事に。

他の皆も気付いたのか、一様に彼女の様子を窺う。

 

 

「……フェアリー?」

 

 

彼女の変化は、劇的だった。

震え、青褪め、言葉を失った様に口を開閉させている。

震える手を口元に遣り、信じられない、信じたくないと言わんばかりの表情で、唇を拭うフェアリー。

まるで、其処に汚らわしい何かが付着している、とでもいわんばかりに。

 

 

「君は死ぬ訳にはいかなかった。私……俺には血を与える他に、君を助ける手段が無かった。宿主の件を知ったのは、アストリアに着いてからだからな」

 

 

差し出していた指を戻すと、その腹に溜まっていた血の滴を舐め取る狩人。

その仕草を目にした瞬間、フェアリーの身体がびくりと震えた。

 

 

「君の身体に起こった異変については、完全に想定外だった。だが君の言葉を信じるならば、君は『狩人』として相応しい肉体を与えられたという事だろう。フェアリーとしての姿のままでは、とても『獣』には太刀打ち出来ないだろうからな」

 

 

椅子に背を預け、一同を見回す。

動揺を隠せないフェアリーを除き、誰もが疑念の色を瞳に浮かべ、狩人を見つめていた。

 

 

「名乗ろうにも、俺に名前は無い。ただ『狩人』と呼ばれていた。フェアリーの言葉通り、アストリア近辺で死に掛けていた彼女に、血を与えたのが出会いだ」

 

 

狩人は視線を廻らせ、シャルロットを見る。

その冷え切った鉄の様な瞳に、彼女は思わず身を竦ませた。

 

 

「光の司祭に会いに来た目的だが、それは『獲物』を探す為の事」

 

「……『獲物』? 何の事だ」

 

「穢れた血族『カインハースト』の長、血の女王『アンナリーゼ』。彼女を殺す為に、俺はこの世界に来た」

 

「……待て、ちょっと待ちやがれ。『この世界』って言ったか『この世界』って? どういう意味だよ、それ」

 

「なーんか『違う世界』から来たみたいな言い方でちね」

 

「……冗談を言う場面ではないと思うのですが」

 

 

突拍子もない言葉に、狩人へと向けられる視線が非難の色を帯びる。

だがその中に在って、フェアリーのみが彼の言葉の真実性を見抜いていた。

この男は、真実を口にしたまでだと。

 

 

「……嘘じゃない」

 

「フェアリー? 今なんて……」

 

「だから、嘘じゃないのよ。彼の言ってる事、たぶん本当よ。だって……」

 

 

震える指を突き付け、フェアリーは告げる。

この世界の面々からすれば、信じ難い事実を。

 

 

「彼……マナが無いもの。どれだけ注意深く見ても、ほんの僅かなマナだって持っていないんだもの」

 

「そして今や君も、半歩ばかりではあるが、此方側の存在になりつつある」

 

 

繋げる様にして放たれる言葉。

狩人が、ゆっくりと立ち上がる。

得体の知れない重圧に、知らず身を退く一同を前に、彼は平然と言ってのけた。

女神を信奉する者にとっては、決して受け入れられない言葉を。

 

 

「もう一つの目的は『マナの女神』だ。彼女が『狩り』の対象となるものか否か、それを判断しなければならない」

 

 

息を呑む音。

幾つものそれが、テーブルの其処彼処から上がる。

つい先程まで何かに怯えていた事、それすらも忘れたかの様に、敵意を孕んだ目で狩人を睨み据えるフェアリー。

だが、そんな周囲の感情の揺らぎを気に留める素振りさえなく、彼は続ける。

坦々と、しかし決して打ち壊せぬ鋼の意志と、煮え滾る憎悪とが混じり合った声で。

 

 

 

 

 

「『狩り』は全うされねばならない。彼女が『上位者』に連なる存在であれば、これを『狩る』まで」

 

 

 

 

 

運命が出会う夜は明け、子午線を越えて新たなる戦いの日々が始まる。

しかし、その夜明けは決意と希望だけでなく、血と獣の臭いに満ちていた。

 

 

 




光の司祭(本気)



司< アッハハハ!

     『 ホ ー リ - ボ ー ル (全) 』


司< ウアアアアアアアアアアアア

     『 セ イ ン ト ビ ー ム (全) 』


司< ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

     『  彼  方  へ  の  呼  び  か  け  』




                            !? >敵
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