とある狸とその仲間達が壁を乗り越える話。

何となくパッと思いついた物を書きました。
唐突に始まり唐突に折ら終わる、訳のわからない短編です。

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初めて一話で5000字以上行きました!千羽鶴です。
今回は息抜き程度で書いた、狸のお話です。
とか言いつつ、狐も出てきたりします。
それでは、あと書きにて会いましょう!


妖怪狸達の一夜

 

 

 

満月が美しい輝きを放つ夜。零(れい)という名を持った少年は森の中心で仲間たちと酒を煽っていた。

少年、と言ってもその姿は人間のそれとは程遠い。ふわふわとした茶と黒の毛皮に覆われた大きな尻尾はゆらゆらと上機嫌に揺れ、黒く短い髪の間からはこれまた茶色の毛が生えている耳がピクピクと動いている姿は、現代の人間からは存在を忘れ去られているであろう妖怪狸のものだった。

パチパチと音を立てる火を囲み、妖怪狸の群れはそれぞれ酒を片手に騒ぎあっている。

零は夜空に浮かぶ満月に劣らない輝きを放つ笑顔を咲かせる仲間たちから離れたところで一人月を見上げる少女のもとへと、やはり酒を片手に歩み寄って行く。

 

「一人で月見酒かい」

「・・・・・・悪い?」

 

少女はそう言って零を睨んだ。その目には他の妖怪狸達が今誰一人として浮かべていない冷たい感情が宿り、あまりの鋭さに零も思わず「怖い怖い」と本音をこぼしてしまう。

しかし零には睨まれても彼女に関わらなければならない理由があった。たとえ少女が自分に刃のように冷たく鋭い視線を向けてこようとも、その理由があるうちは放ってはおけない。

 

「まだ不謹慎だと思ってんのかい、月葉(つきは)」

 

どうやら零の推測は当たっていたらしい。月葉と呼ばれた少女は少し躊躇ってから、目を逸らした。

 

彼ら妖怪狸の群れには、千夜(せんや)と言う狸が居た。

妖力が強く力の扱いも充分過ぎる程優秀、それでいて他者に媚びず常に自然体を貫き通しながら自分の役割に責任を持ち全うする姿勢を見せる、いわば何においても「完璧」と言える彼は、元々この妖怪狸の群れの中心人物のような狸だった。

彼を慕わぬ者は殆ど居ない。指図を受けず常に自分で作った道を歩きたいという少々問題のある考え方をする零ですら、千夜を尊敬し慕っていたのだ。

月葉はそんな千夜を誰よりも尊敬をしていた。彼を嫌い陰口を叩く者には容赦無く先に零に向けたのと同じような視線を向ける程だ。

 

しかし、千夜は命を落とした。

 

何千年も後の事を見越して張ったのか否かは定かでないものの、たまたま入った森に結界が張ってあったのである。

人間に見つかればまずい事になると判断したのか、千夜は結界を破壊してまで仲間達を森の中に入れようとした。結界、と言ってもやはり千年以上前の古い物、綻びかけたそれを破るのは彼の妖力と腕をもってすれば造作もない事だ。

だが運の悪い事に、零達は長年敵対してきた狐の群れに襲われた。

月葉は勿論、他の狸達も皆力を合わせて撃退しようとしたが、中心である千夜の命令は絶対。

千夜は全員に動くなと指示した。

今考えれば、あの時千夜は何かしらの妖術をかけていたのだろう。

全員が彼の指示に従って止まると、普通の狐達は驚いたような表情をしていた。「他の狸は何処だ」と叫んでいる狐も居た。

千夜が得意な姿を隠す術である事は、多少長生きして様々な妖術を操る事が出来るようになった現在なら明白だったと言える。

千夜は恐らく自分以外の狸達を守ろうとしたのだ。だから彼は一人で狐達の相手をし、その炎に包まれた。

零、月葉を含めた狸の誰もがその場から動かなかった。いや、正確には動けなかった。

皆、狐達が何処かへと帰って姿を消した時に涙を流したり怒りに震えたりといった「千夜が灰と化して死んだ」事への感情を一斉に露わにし出したのだ。

その中でも飛び抜けて凄かったのは、やはり月葉だった。ずっと泣き続け、力を暴走させかけた程の反応を見せたのは後にも先にも彼女くらいなものであろう。

この事件が起こったのは、丁度今夜のような満月が輝き夜の道を照らす夜だった。その夜以降、少女が月を見上げない日はただの一度も無い。

当然だ。彼女にとって千夜は唯一の存在で、その彼が居ないのだから。

零は盃に入れた酒を飲み、思う。

もしもあの時の自分が、千夜を越すとまでは行かなくとも、少なくとも今と同じくらい強ければ、彼が死ぬ事は無かったのではないか。

彼を殺したのは本当は狐でも炎でもなく、あの時の弱い自分だったのではないか。

狐達を憎むしかなくなった今となっては考えても無意味な事だが、どうしても頭をよぎってしまう。

今回のように「狐の群れを一つ潰せた」という祝いの宴会ならば尚更だ。

 

「なぁ月葉。お前の言い分にも一理あるが、みんなこうやって馬鹿騒ぎしねぇとあの夜を思い出すから、それが怖くてやっていると思うんだ。大目に見てやらねぇか」

「それは君らの『言い訳』でしょ。そういうの、人間の言葉でエゴって言うんだよ」

「月葉」

「黙ってくれる、零」

 

月葉は棘のある声で何とか説得しようとする零の言葉を遮り、それから、

 

「君は良いだろうさ!大した力も無い癖に群れの中心に・・・千夜と同じ立場になれて、同じ苦労と責任を背負った気になって、それだけであの夜助けられなかった罪を償えた気になれるんだから!

みんなだってそうだ!こんなくだらない宴会でよくもまあ彼の事を忘れられるよ!忘れる為に宴会をするっていう時点で、君らにとって彼は、千夜はその程度の存在ってことだろ!」

 

勢いに任せて叫ぶ。

普段静かな彼女からは想像も出来ない姿に、零も先程まで騒いでいた狸達も驚きのあまり目を見開いていた。

暫くの沈黙を挟んで零が何か言おうと口を開きかけた時。

 

「おやおや。まさかこんな所で狸に会えるとは思わなかったな」

「っ・・・狐か」

 

ゆらゆらと揺れる金色の毛を生やした九本の尻尾。漆黒の髪に立った尻尾と同じ色の耳。髪と同じ漆黒の瞳は、意地悪く細められている。

髪は少々長いが、声は間違い無く男のものだ。

こんな時に、と零は密かに舌を打った。

 

「何の用だ。此処は俺達が先に居た森だぞ」

「貴方がこの群れの主ですか」

 

零の言葉をさり気なく無視して狐は尋ねた。九本の尻尾は未だ余裕を見せる狐の笑みと同じように余裕そうに揺れる。

 

「だったら何だ」

「いいえ?別に何でも?」

 

ただ、と狐は笑みを絶やさず続けて言葉を紡ぐ。

 

「あれが彼の妖術でなかった事を確認したかっただけです」

 

背筋に寒気が走った。

零は直感的にこの狐が危険であると思い、

 

「みんな、逃げろ!」

 

と叫んだ。

しかし皆その場に固まったまま、月葉に注がれていた視線を狐へと向けているだけだ。従おうとする者は居ない。

くすくす、と着物の袖で口元を隠して、狐はからかうように笑った。

 

「狸達が自分の言う事を聞きませんね。貴方があの夜殺された千夜さんとは比べ物にならない程弱いから、皆がついて来ないのですか?」

 

耳障りな声だ。さっさとその口を閉じろーーそう言いたいのに、掠れた声が出るばかり。

ようやく出てきたのは、もはや聞くまでもない質問だった。

 

「お前・・・あの夜、千夜を、殺した・・・・・狐か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですよ」

 

 

 

 

 

 

空気が凍り付く。

それを最初に破ったのは、妖力を全開にした月葉だった。

 

「お前っ・・・!」

「貴女はあの夜ずっと千夜さんを見ていたお嬢さんじゃないですか。そんなに顔を怒りで歪めては、綺麗なお顔が台無しですよ」

 

零が止める間も無く、月葉は狐に飛びかかって行った。

体の周りに妖力を宿した木の葉を纏い、尻尾を前にして攻撃を仕掛ける。

しかし狐の方が一枚上手だった。彼がす、と細く白い右腕を軽く上げると、月葉は見えない壁に阻まれたように跳ね返され、地を転がっていく。

 

「月葉!」

「よそ見している暇はありませんよ」

 

零は月葉の方を向いたが、持ち前の反射神経で狐からの攻撃を間一髪で逃れる。

しかし偶然着地したところには何故か石があり、零は足を滑らせてそのまま仰向けに倒れた。

 

「カッ・・・ゲホッ」

「あ、足を滑らせて倒れるとは・・・フフっ・・・」

 

狐は堪え切れない、といった様子で先のように袖で口元を隠し肩を震わせる。月葉は起き上がり狸達と共にそんな狐に再び襲い掛かるが、彼が尻尾で壁を作った上で何事かを唱えると皆膝をついて苦しげな表情を浮かべた。

狐が一歩踏み出して近付くよりも速く、何とか回復した零が月葉のように木の葉に妖力を宿して狐の尻尾に向かって飛ばす。

しかしさして驚いた様子を見せず、むしろ零がようやく攻撃して来たとでも言いたげな目をして狐は振り向いた。

 

「何がしたいんだお前は!突然現れたかと思えば、こいつらに手ェ出しやがって・・・・・・!」

「誤解ですよ。突然攻撃を仕掛けたのはそちらのお嬢さんだ。私は少し遊んであげただけです」

「ふざけろっ!」

「ふざけてなんかいません。私はいつだって大真面目です」

 

狐のわざとらしい笑みにいよいよ苛立ちを抑えられなくなる。

零は怒り任せに妖術を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

零が創り出したのは、白の世界。

何もない、ただただ真っ白なだけの世界の幻覚。

少しの間狐は黙っていたが、やがて失望したかのような深い溜め息と共に呆れにも似た言葉を吐き出した。

 

「この程度の幻覚しか創り出せないのならば、貴方もまだまだですね。千夜さんの後を継ぐように群れをまとめるようになった狸が居ると聞いたからどの程度のものかと思えば・・・・・・所詮はまだ若い妖怪狸、集団でなければこんなものか」

 

狐が合掌すると、零の幻覚はいとも容易く崩れて行った。

が、狐が予想していた展開はここまでだった。

彼が周りを見回すと、誰もいない。

圧倒的な力の差を前に絶望した顔の狸の姿は皆無で、ただ静寂が広がるのみ。

狐は眉を顰めた。確かに幻覚は破った筈だ。あの程度の妖力で幻覚を重ねる事など困難だ。

二重幻覚と呼ぶそれは、自分か千夜しか出来ない術の筈なのだ。

 

(まさか、先程の少年ーー)

 

慌てて狐が振り向いた時には、零は彼の目の前に迫っていた。

しかし零が攻撃を仕掛ける時にはもう狐は零の体を尻尾で自らの体の周りに壁を作っていた。

少年の姿が認識出来るようになると同時に他の狸達の姿も現れる。

何とか防ぎ、肩で息をする少年を狐は驚きながら見つめた。

 

「くそっ・・・」

 

(この若さで、そんなに妖力も強くない・・・場の雰囲気から察するに仲間割れが起きていてあまり精神も安定していない状態なのに、幻覚を創り出した上で自分と他の狸達の姿を隠す術を使うなんて・・・)

 

いくら欠点だらけの幻とはいえ、狐が感じた零の妖力ではあの規模の幻覚を創るだけで精一杯の筈である。なのに自分のみならず他の狸達すら隠すなど、余程妖術の扱いに長けているか妖力が強いかしかない。

狐は少し口角を上げた。

 

(やはり貴方を殺すのは惜しかったですね。千夜さん)

 

貴方が生きていれば、彼について話を聞けたかも知れないのに。

心の中でそう付け足して、狐は狸の群れに背を向けると同時に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だったんだ・・・」

 

満足そうな、それでいて少し悲しそうな顔をした狐が立ち去った方向を見つめて、零が呟く。

千夜を殺した狐。結局目的も何も分からないまま、彼は去ってしまった。

今度会ったらタダじゃおかない、零がそう心に誓った時、背後ですすり泣く声が聞こえた。

其方を向くと、月葉が涙を流している。

 

「ど、どうした月葉⁉︎」

「ごめん・・・零・・・・・みんなぁ・・・・・・!」

 

普段泣くなど他人の前ではしない彼女が見せた涙に、零達はオロオロと混乱した。

彼女が涙を見せるのは、千夜が死んだその日以来。驚くのも無理はない。

 

「私・・・私こそが自分勝手だった。みんなが前を向こうとしているのを、勝手に千夜の事なんてどうでもいいんだと思っているんだと考えていた。そんなわけないじゃん・・・・・千夜はいつでも私達仲間の事を優先的に考えて、守ってくれていた。そんな千夜の事を嫌っている奴が、此処に居るわけないのに・・・狐の群れを一つ潰せば千夜が喜んでくれるわけでもないのに、それを祝うなんて不謹慎だと思っても、それを理解してくれないみんなが、あの時の狐に見えて・・・嫌だった」

 

彼女の言葉に、零は確かにと思った。

千夜は穏やかな人だった。怒ると怖いが、争いの嫌いな、とても妖怪とは思えないと蔑まれる程穏やかな彼にとっては、今の自分達のような汚い考え方はして欲しくないに決まっているではないか。

少し考えれば分かる事を、自分の都合の良いように目を背けていたのは他でもない自分だ。

だから月葉はあんな事を言ったのだ。

 

「そう、だな。ごめん月葉。みんな。

俺が止めるべきなのに、自分が悪者になりたくないから、仕方ないと宿敵の狐を悪者にしていた。ーーーー本当に、ごめんな」

 

腰を折り、仲間達に向かって頭を下げる。

皆驚いたように目を見張ったが、間も無く皆零の肩を叩き、口々に月葉と今はもう亡き自分達の主に謝罪の言葉を言い始めた。

零も小さく、「ごめんなさい」と呟く。

 

それから零は狸達と共に祈りを捧げた後、「狐の群れを潰した祝い」から「和解した祝い」に切り替えて宴会を再開した。

今度は月葉も皆の輪に加わり、酒を飲んでいる。

 

満月が美しい輝きを放つ夜。妖怪狸の群れは宴を楽しむ。

 

森に妖怪狸達の笑い声が響いては消える。

楽しそうな彼らを見て、とある狐は隣で安心したかのように微笑む友人に頷き、彼が光の粒となって風に吹かれていくのをいつまでも見守っていた。

 

 

 

 

 




前書きでも失礼しました、千羽鶴です。
完璧に趣味を詰め込みました。ごめんなさい。
初めてオリジナルで短編書いたので、かなり出来が悪かったかもしれません。本当にすみません!
それでも楽しんで頂けたら、とても嬉しいです。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!


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