ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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#07 死ぬに死ねないカーチェイス

 頭上を厚い雲に覆われた街、首都《SBCグロッケン》。

 昼なお暗いこの街は、夜間になると照明により逆に明るさが増す。中央から山脈のようにそびえ立つ摩天楼が光り輝く様は、SF世界の大都会として不足はない。

 

 そんな眩い灯りとは無縁な街の端の裏路地――『黒鋼商会』の店内に、一人の男が青白いライトエフェクトに包まれて現れた。

 

「……やぁ、いらっしゃいファイヴ君。おかえりって行った方が良かったかな?」

 

 真空管に似た暖色系の照明に照らされた仄暗い店内の最奥から、リボルバーを分解していた店主が男に声を掛ける。

 

「んじゃ、ただいまヴィクトル。……車、貸してくれ」

「おや、リアルだけでなくゲームでも遅刻ギリギリなのかい?」

「うるさいな。クーリングオフすっぞコラ」

「ガレージはそっちの扉に入って、階段下りて地下ね。バイクもあるけど、どうする?」

「今時MT(マニュアル)バイクの免許なんて化石持ってる奴、そうそう居ねーだろ」

 

 ファイヴはヴィクトルに指し示された扉に向かいながら肩をすくめた。

 

 2026年現在、自動運転技術の向上と電気自動車の普及により、マニュアルトランスミッション車――特に二輪車は一部コアな愛好家しか運転方法を会得していない。

 ファイヴのリアル――真部暁は普通自動車免許を所持しているが、それもほぼペーパーと言った具合だ。

 

「どうかな? 確か第三回BoB本戦では……」

「悪いけど急いでいるから、その話は今度な」

 

 この口調のヴィクトルは、何かと話が長くなる。マニア特有の喋りたがりというのはファイヴにも理解できるが、今は一刻を争うのだ。

 

「そっか、残念。まぁいいや、こっちだよ」

 

 カウンターから出てきたヴィクトルに肩を押され、ファイヴはガレージへ案内される。

 

 店内の雰囲気とは打って変わって、広く現代的なLED灯に照らされたガレージが広がっていた。

 車はトラックや軽装甲乗員輸送車など、様々なニーズに対応できるようにか5~6種類が一台ずつ。バイクに至ってはオフロードやバギーを中心とした単車が20台ほど並んでいる。

 

「……実はここ、車屋かなんかじゃねーの?」

「何、GGOで商品として扱えるものを集めたらこうなったってだけさ。クルマやバイクが趣味なのは認めるけどね」

「マニアにも限度ってモンがあるんじゃねぇの?」

「ゲームだし良いんじゃないかな。ほら、好きなの乗って行きなよ」

 

 ファイヴも人のことを言えない程度にはガンマニアであるが、ヴィクトルはそこに突っ込まずファイヴに出発を促す。

 ファイヴはリアルの一般的乗用車に一番近い、デジタル迷彩の施されたSUVに乗り込む。シートベルトを締めてからブレーキを踏み込み、料金支払い手続きを承認すればエンジンが始動する。

 

「着ている物はライダースなのにドライバーってのは、ちょっと情けないかもな」

 

 バックミラーを調整している最中に写り込んだ自身(アバター)の姿を見て、ファイヴは溜め息混じりに呟いた。

 

 周囲確認を済ませ前方に向き直ると、重厚そうなシャッターが駆動音を立ててせり上がりつつあった。ファイヴはシフトレバーをドライブに入れる。

 サイドブレーキを下げようと手を掛けた時、こつこつとガラスを叩く音がした。ファイヴはドアガラスを下げる。

 

「急いでいるところ悪いね。次に君が来た時に渡そうと思って、忘れてたんだ」

 

 ガラスが下がりきると、車の横に立っていたヴィクトルの腕が入ってくる。初老アバターが握り拳を開くと、ファイヴの手に小さな黒い塊が落ちてきた。

 それは、戦闘に用いるには余りにも小さく見える――GGOに於いては無用の代物とされる、折り畳みナイフだ。

 

「最近やっとマトモなナイフも作れるようになってね。お代は取らないから、是非ともモニターになって欲しいんだ」

「……まぁ、もらえるモンはもらっとくよ」

 

 いつも通りの微笑を崩さないヴィクトルを流し目に見て、ファイヴは見た目より重量感のあるナイフをカーゴパンツのポケットに突っ込んだ。

 

「んじゃ、しばらく車借りてくぞ」

「はい、毎度あり。返すときはその車のメニューに従って返却手続きしてくれればいつでも返せるから。傷とか破損は大丈夫だけど、全壊廃車は勘弁ね」

「…………気を付ける」

「えっ」

 

 妙に長かったファイヴの沈黙に、ヴィクトルは珍しく冷や汗を流す。シャッターが開ききったことを確認したファイヴは、何か言われる前にドアガラスをせり上げてサイドブレーキを落とした。

 

 お世辞にも丁寧とは言い難い急発進で、ファイヴの乗った車はガレージから伸びるトンネルを走り出す。ファイヴはウィンカーレバーを捻ってライトを点灯させる。

 

「悪いなヴィクトル。俺、最後に車乗ったの4ヶ月前だわ」

 

 バックミラーの中でぐんぐん小さくなってゆく車の所有者(オーナー)に向けて、ファイヴは聞こえないとわかっていながらそう言い訳した。

 

 

 個人が所有できる建造物にしてはなかなかに長いトンネルを抜けたファイヴは、首都総督府を蜘蛛の巣状に広がる幹線道路を走行していた。

 

 街の拠点には蘇生ポイントが点在しているため、アバターのHPがゼロになれば死に戻りを利用した移動――通称デスルーラが使えるわけであるが、GGOは拠点街でのHPは減少しない設定だ。

 フィールドまで出て自殺するなりして移動する方法も無くはないが、実行するにはデスペナルティの装備ランダムドロップを覚悟せねばならない。

 ハンドガンのマガジン一つやグレネードであれば安いものだが、ファイヴの場合やたら多く銃を装備しているで、一挺でも落としてしまえば泣きを見る事になる。

 

 そう言うわけでファイヴは、わざわざ街の端にある『黒鋼商会』から車を借りて移動しているわけだ。

 

 目指すは中央にそびえ立つ総督府。このまま流して10分弱には到着という具合だろう。

 

「……ん? なんだ?」

 

 交通指定速度を遵守して順調にドライブをしていたファイヴだが、どうやら渋滞に巻き込まれたらしい。道路を降りようにも分岐は少々先だ。

 

「参ったな……。『呼び出し(コール)、シカゴ』」

 

 フレンドリストから後輩の呼び出しを実行する。彼のリストに項目は二人しか無く、もう一方の片割れはヴィクトルだ。

 数コールで、シカゴは応答した。

 

『あいもしもし。道にでも迷ったんスか?』

「違ぇよ。渋滞に捕まった、連絡した時間よりもう少し遅れそうだ」

『渋滞ッスか……珍しいッスね。グロッケン(ここ)では事故が問題になる事なんてまず無いのに……』

 

 シカゴの言うとおり、SBCグロッケンでの渋滞はそうそう発生しない。

 なぜなら道路を走る乗用車の殆どが、ヒューマンエラーとは無縁なNPCによる、公共交通車とも呼ぶべきものであるからだ。

 またプレイヤーアバターの操縦するビークルであっても、耐久値を全損すれば即座に消滅する。車から放り出されるアバターは溜まったものではないが、急いで道路から離脱すれば済む話だ。

 

『……もしかしたら、誰かが意図的に渋滞を引き起こしてんのかもしれないッスね』

「だとしたら、何のメリットがあるって言うんだ? 街の中じゃアバター狩りなんてできないだろ」

『俺もちょっと分かんないッス。あるいは、ロールプレイの一環かも――』

 

 シカゴが言い終わる前に、前方で乾いた銃声がバラバラと鳴り響いた。

 

「連中のロールプレイとやら、どうやら世紀末だったっぽいな」

『撃たれたんスか!?』

「いや、発砲音を聞いただけだ。まぁ何とかするわ。また後でな」

 

 発砲音によって、小規模の渋滞を起こしていた車が発進し始める。どういう理由かは知らないが、ファイヴも通信を切ってから便乗して走り出した。

 

 ファイヴの前方の車が数台流れて、彼は状況を把握した。

 

 道路の一車線を塞ぐようにピックアップトラックが停車しており、その上には所狭しと5人の男が乗っている。その男達が何かを叫びながら手にした銃を振り回しているのだ。

 男達は服装こそ黒くピッタリと体に密着した特殊スーツで固めているものの、武器は古くさいAK小銃やドラグノフ狙撃銃だったり、メカメカしいMP5やスパス散弾銃だったりと統一感がない。

 

 ――大方、コイツらに乗り物を破壊されることを恐れたプレイヤーアバターが渋滞の先端だったのだろうな――とファイヴは推測した。

 

「止まれ! この道を使用するものにテロリストが紛れ込んでいる!」

「警告を無視した者はテロリストと見なし、即刻射殺するッ!!」

 

 怒声を張り上げながら小銃を振り回す男達の車を、大体の車は無視して進む。当たり前だが、NPCがアバターのこんなとんちんかんな声がけに応じるはずもない。

 

「何やってんだあいつら……いててて」

 

 その光景がシュールすぎて、ファイヴは顔をしかめつつリアル精神ダメージを受ける。ファイヴにも彼らと似たような過去があるからだ。

 

「きっとあの子達、リアルは金持ちの中学生かなんかだろうなぁ。……俺もあの頃は若かった」

 

 AK-47最強アサルトライフル説を推していたり、長距離狙撃銃と言えばSVDが至高であったり、デザートイーグルが一発で人間を挽き肉にしたり。

 そして、それらを巧みに操りテロリストを始末する妄想をしたり。

 

 幼少期にVRMMOのような、子供も参加できる鉄砲マニア向けの催しがそうそう無かったことが幸いし、その黒歴史を知るものは肉親に限られるが……。

 

「おい、そこの緑色の車! 止まれ!!」

(やっぱマナーを弁えないガキってのはどこにでも居るよなぁ……俺も気を付けないと)

 

 ファイヴは物思いに耽りながら、前方に気を配るのを忘れずにトラックを追い抜く。

 そのためか、特殊部隊チックなならず者達に目を付けられた事には気付かなかった。

 

 車内に数本、レーザーのような赤い光線が突き刺さる。

 

「ッ!?」

 

 半ば条件反射で、ファイヴはハンドルを切ってレーザー光を回避した。直後、数発の飛翔体が車体をかすめる。

 弾道予測線(バレットライン)――敵の弾道を前もって知らせる、GGOに於ける守備的システムアシストだ。GGOでは彼我の距離がある程度ある場合、これを目視して敵射撃を回避するのが基本テクニックとなる。

 ファイヴが運転中であるにも関わらずこれに反応できたのは、高速で距離を開けながらの射撃であったからだ。すれ違い様に撃たれていればどうなっていたかは、想像に難くない。

 

「畜生、奴ら撃ってきやがった……!」

 

 HPが減少しない以上、平常時にファイヴ自身が撃たれても問題は無い。

 だが、走行中に弾丸が命中すれば痛覚(ペインフィードバック)により事故を起こす可能性がある。そうなればヴィクトルに借りた車は大破――最悪、廃車にして弁償する羽目になりかねない。

 

 ファイヴは冷や汗をだらだらと書きながらバックミラーを見ると、後方から男五人を乗せたトラックが追いかけてきていた。全員思い思いの構えで、ファイヴの乗るSUVに銃を向けてくる。

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」

 

 無数の弾道予測線を向けられたファイヴは、車をジグザグに走らせて何とか回避を試みる。

 射撃姿勢は無茶苦茶ながら、後方からの銃撃はなかなかに正確だった。ファイヴに直撃こそしなかったものの、車体に穴を開けガラスを破砕するに至る。

 

「止まれー! テロリストー!!」

「お前らの方がよっぽどテロリストだっつの!」

 

 何とか振り切ろうと、ファイヴは直線に入ったところでアクセルをベタ踏みする。もうすぐ分岐だ。そこから降りれば後は入り組んだ街、追っ手を撒くには十分だとファイヴは考えた。

 

 そんな油断からだろうか。ファイヴがアクセルを踏み切った瞬間――彼の後頭部に、直径7.62mmのライフル弾が直撃した。

 

「ぐがッ! ぺぼっ!?」

 

 直後の悲鳴は着弾と、弾丸の運動エネルギーによってハンドルに頭をぶつけた時のもの。

 二回目の奇声は、その衝撃によって展開したエアバッグに弾かれた際のものだ。

 

 ファイヴの足がアクセルから外れ、車はのろのろと減速していく。痛みに揺らぐ視界のなか、バックミラーの中で大きくなりつつあるトラックを見て、ファイヴはストレージを操作した。

 

「ンの野郎…………」

 

 まずは腰の後ろに出現したホルスターから、コルト1911を抜き、エアバッグに一発撃ち込んで破裂させる。

 そうしてセイフティを掛けた後、ひび割れた運転席の横の窓を拳銃のグリップ底部で何回か殴って叩き割る。

 

 これで準備は整った。ファイヴは1911をホルスターに戻して、再びアクセルを踏む。――全速力ではなく、車の調子が悪いのを装うような速度で。

 

 しばらく待てばファイヴの目論み通り、ピックアップトラックが追いついて横に並んできた。

 

「テロリストめ、もう逃げても無駄だぞ。さあ我々の指示に従い――」

「くたばれッ!!」

 

 ライフルの銃身がSUVの車内に入ってくる程にトラックが近付いた瞬間、ファイヴはアクセルを全開にしてハンドルを切った。

 結果、SUVがトラックのどてっ腹に思い切り体当たりをかます。トラックの荷台に立って構えていたアバターの数人が振り落とされた。

 

 急な反撃にトラックのドライバーは驚いたのか、逃げるように急加速し始める。

 ファイヴはその背後に一定の距離を保ってピッタリ付き、腿のホルスターからMPX-K短機関銃を抜いた。

 

「オラ落ちろよ」

 

 荷台でパニックになり、振り落とされないようにしがみついている残りの男達に向けて、ドアガラスの窓枠からMPXを突き出して構える。

 それと同時にファイヴの視界に着弾予測円(バレットサークル)――射撃を補助する、弾道予測線と対をなす攻撃的システムアシストが発生する。

 心臓の鼓動に合わせて拡大・収縮を繰り返すそれをファイヴは照準に使い、トラックの荷台に大雑把かつ容赦なくフルオート射撃を叩き込んだ。

 

 男達は武器を手放してトラックにしがみつくも、9mm弾に当たると体を硬直させてトラックから投げ出された。

 うち一人が吹っ飛んだ際、ファイヴの車のボンネットに撥ね飛ばされたが知ったことではない。

 

 マガジン内に余った弾薬は、景気よくトラックのタイヤや運転席に全弾プレゼント。タイヤを潰されたことと自身も撃たれている事に焦ったドライバーは、車を派手に横転させた。

 

「……事故車がいつまでも道路に残ってたら迷惑になるよな」

 

 ブチ切れて普段よりかなり残忍なファイヴは、その悪人面にふさわしい邪悪な笑みに顔を歪め、転んだトラックの前方20メートルほどに停車する。

 そしてMPXのマガジンを抜き、目印に赤いテープの巻かれた弾倉を装着して、初弾を装填。

 SUVの天窓を開け、立ち上がる。

 

「俺は優しいからな、お前らや他の通行者が困んねーように――撤去してやるよ」

 

 とても人の笑顔とは思えぬような表情で、ファイヴは引き金を引いた。

 狙いはひっくり返ったことによって露わになった、トラックの燃料タンク。

 

 MPXの銃口から吐き出された9mm弾は、空中に光の筋を残しながら狙い違わずタンクに殺到する。

 弾頭に発火性物質を内蔵した曳光弾数発で、トラックは爆発四散。爆炎に吹き飛ばされる車体パーツがポリゴンとなって霧散するのを見送ってから、ファイヴは再び車に乗り込んだ。

 

 ……この車上銃撃戦によってファイヴが分岐を通り過ぎ、更に遅刻する羽目となったのはまた別の話である。




 オートマチック、リボルバーを問わず、拳銃のグリップ底部を使った打撃は作動不良や内部パーツの破損に繋がる恐れがあります。

 現実ではやらないようにしましょう。
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