「悪い、お待たせ……」
ファイヴは総督府付近の駐車場に止め、待ち合わせ場所に指定されたプライベートルームのインターホンを押す。
室内からの返答は無く、代わりにSF調の自動ドアがスライドする。合意と見て、ファイヴは入室した。
「遅いッスよファイヴさん。いったい何が……」
ソファに腰掛けていたシカゴが、愉快そうに笑いながらファイヴに話しかける。
……が、その笑顔もファイヴの青ざめたアバターフェイスを見るなり固まってしまった。
「……いったい何があったんスか」
「いや、実はだな――」
ファイヴは、黒鋼商店を出発してからここに到着するまでの経緯をシカゴに説明した。
ピックアップトラックに乗った特殊部隊もどきのならず者の事。そして彼らから攻撃を受け、応戦して車を爆破した事。
「俺も撃たれて冷静じゃなかったけど……もしかしてコレ、割とヤバい……?」
「……いや、多分そうでもないと思いますよ」
「本当か……?」
悪人面でやることは大胆なくせに、こういう所は小心者だ――とシカゴは少しおかしくなりながら、言葉を続けた。
「先輩の話を聞く限り彼らは明らかな悪意を持って迷惑行為をしていたと考えられるッス。市街での発砲は制限されていないとは言え、交通状況を乱した上特定プレイヤーに粘着して攻撃を加えたのは明らかにマナー違反ッスよ」
「うーん、そういうモンなのか……」
ある程度表情に余裕の戻ったファイヴは、それでも少しおびえながら相槌を打つ。
シカゴはいつもより小さく見える先輩の両肩に手を押き、少々強めに叩いた。
「だーいじょうぶッスよ! そんなに気に揉む事なんてありませんって!」
「お、おう……」
「ていうかソレ、俺も見たかったッスわー。爆破までしますかね? 普通」
「おいやめろ。蒸し返すなよ」
「いやーリアルの素性を推測した上でそんな鬼畜行為に走るなんて、ファイヴさんマジファイヴさんッスわ」
「どういう意味だよオイ。ぶっ飛ばすぞ」
そんな具合にふざけ合う事により、男二人は普段の調子をしっかり取り戻していった。
「そういや、他のチームメンバーとやらはどうしたんだ? スカウト失敗か?」
「見くびってもらっちゃ困りますよ。フレンドリスト1桁の先輩とは違いますんで」
「さらっとディスんのやめろや」
顎を的確に狙ったアッパーカットを、シカゴは軽く仰け反って回避する。
「ファイヴさんが遅刻するって言うんで、二人ともどこかで暇を潰してくるって言ってましたね。さっき先輩が来た旨は連絡したんでもうじき来ますよ」
「二人? そんな人数で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。……マジな話、この人数が俺の限界でした」
「駄目じゃねーか。人のこと言えないぞお前」
ファイヴは呆れながらルームに備え付けられたソファに腰掛け、煙草を銜えて火を点けた。
モノは味気ないが、室内でも色々気にせず喫煙できるのはVRならでは――と彼は考えている。今のご時世、喫煙者は何かと肩身が狭い。
「まぁでも? ちゃんとデキる人材ですし? 先輩に俺以外の戦闘要員、確保できますか?」
「ぐぬぬ……」
「しかもッスよ、なんと二人とも――」
シカゴがオーバーリアクションで自身の成果を誇って両手を広げた時、背後のドアがスライドした。
「済みません、お待たせしました」
鈴の音のような声と共に、そのアバターはルームに入ってから足を揃えて会釈する。
背丈は低く、髪色は目の冴えるような金。纏ったロリータ調の軍服が全く違和感なくマッチするその風貌を見た瞬間、暁は目を見開いた。
「お前……」
「ふふ、こんばんはファイヴさん」
「…………アイスだっけ?」
まるで漫画のように、可憐な少女とシカゴがずっこけた。
「アイリスです! あ、い、り、す!」
「あぁ、そうだった。人の名前覚えんの苦手なんだわ、ごめんごめん」
「いくら何でもアイスは無いッスよ先輩。……アレ、もう一人は――」
「ここ」
「どうわっ!?」
いつの間にかソファに、全身をマントで覆ったアバターが腰掛けていた。
ファイヴは突然自身の横から正体不明の声が上がったことに驚き、飛び退いて柱の角に頭をぶつけた。
「いって……今日は厄日だ」
「……なんか、ごめん」
「構わんよ。確かお前――」
「……」
「――のべすきー、だっけ?」
「……惜しい。のべ助」
「そうだったそうだった」
素顔も分からず声の調子も平坦なのべ助と、強面を保ったままおちゃらけた様に喋るファイヴの組み合わせは、その会話を見守ったシカゴとアイリスには少々シュールに見えた。
「のべ助、一体いつからそこに?」
「今さっき。
「はぇー、全然気付かなかった」
「え、『それ』って何ですか……?」
シカゴはのべ助が(偶然)披露したミスディレクションの技術に感嘆し、アイリスはそれ呼ばわりされた事に少々眉を顰めた。
「というかファイヴさん、のべ助と知り合いだったんスか?」
「知り合いっつーか、今朝『黒鋼商会』でな」
「へー……って、今朝ァ!?」
「うるせぇ」
いきなりシカゴが大声を上げたことに、ファイヴは不機嫌そうな強面を更にしかめた。
「ああいや、すんません……。のべ助が早朝に起きてる事が衝撃的で」
「……どんな生活を送ろうが、個人の自由」
「早起きしたのか?」
「……ううん、徹夜」
「やっぱりな」
のべ助は不機嫌そうに腰に拳を当てる。どうやら本当に夜型らしく、ファイヴと今朝顔を合わせたときより口調や身振りに元気がある。
シカゴとのべ助の二人は、その話しぶりから相応に古い仲であることがファイヴには伺えた。
「……あんまりダベっててもアレだし、そろそろ本題入った方が良いスかね?」
「そうだな。遅れた身で言うのも何だが、時間は大事にした方が良い」
シカゴとファイヴの応酬により、各員はいったんプライベートルームのソファに腰掛ける。
「今回は《ドミネイターズ》参加前の顔合わせって事で、皆さんに集まってもらったッス。疑問があれば何かあったら質問も受け付けるッス」
今回の大会出場を切り出したのはシカゴであり、そのため自然と仕切り役も彼が買って出た。
「ほい」
「はいファイヴさん」
「《ドミネイターズ》がどんな大会か、そもそも知らない件」
昨日シカゴに誘われてから、結局ファイヴは肝心の大会ルールや開催スケジュールを把握していなかった。
かったるそうに後頭部を掻くファイヴを一瞥し、シカゴは少々呆れ気味に眉間を押さえた。
「いや、運営メールに書いてありますから……確認しといてください」
「あ、そっか」
「他は?」
「はいっ」
「はいアイリス」
フランス人形の如き可憐さを持つアバターが手を挙げて質問を訴える様に、シカゴの頬は思わず緩む。
そのデレッとした表情が絶妙に腹立たしいものに見えたため、ファイヴとのべ助は僅かだが眉根を寄せた。
「……あの、何でシカゴさんはファイヴさんのことを『先輩』って呼んでいるんですか?」
「あー、一応ファイヴさんとはリアフレで、年上だし銃オタクの先輩でもあるからって感じ。敬語も普段の癖でね」
シカゴは嘘は付かずに、ファイヴとシカゴが同じ大学の生徒である事を伏せた。相手に対する信頼などとは無関係に、安易に情報を出し過ぎるのはネットゲームに於いては避けるべきであるからだ。
ファイヴからしてみれば、よくもまぁそれらしい理由をすらすらと言えるなと感心に値する。対人交渉技能の高いシカゴに返答を任せて正解であった。
「わかりました。関係ない質問で済みません」
「ううん、いいよ。チームの信頼にも繋がるだろうし。他には?」
「……」
「はいのべ助」
無言で手を挙げたのべ助。そのマントから突き出た腕に身につけられた服や手袋は灰色がかった緑、いわゆるフォリッジグリーンであった。
「……二人は、使えるの?」
先ほどまでの和やかな雰囲気を真正面からブチ壊す質問であった。
ロクな対人経験のないファイヴは、図星を突かれたような気分になりフリーズを起こす。
だが、小規模とは言え大会に出場する手前、気にかけるのは当然ではある疑問だ。
「一ヶ月も前に呼び出したのは、そこら辺が狙いでね。鍛える時間は充分にある」
「……今は、使えないって事」
「先輩とアイリスの名誉のために言っておくけど、二人とも優秀な
フードの奥で鋭く目を光らせているであろうのべ助に、シカゴは臆さず表情を崩さない。
そんなイケメンアバターに頼もしさを感じつつ、プレッシャーも感じるファイヴである。アイリスもうれしいやら緊張するやら、微妙な表情を浮かべている。
「シカゴがそう言うなら、信用はする。……でも、証拠は欲しい」
そう言うなりのべ助は立ち上がり、アイリスとファイヴの顔を数瞬見やる。
マントの奥から覗く、真剣そうな金の眼光を受けただけでファイヴは意図を察した。
「……ま、俺達は
ファイヴはいったん帽子を外して頭を掻き、さぞ重たそうに腰を上げた。
シカゴはやれやれと言いたげにため息を一つ吐き、それでもこうなると解っていたかのようにニタリと笑った。
それをみたアイリスは他の意図を察しきれず、頭に疑問符を浮かべながらも慌てた様子で立ち上がった。
「そういう事。……戦おう」
西暦2026年4月3日。
ファイヴ、対人童貞卒業の時であった。