ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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#10 クロスレンジ

 アイリスは焦っていた。初撃を外し、標的は今や自身を捕捉して恐るべきスピードで迫ってきている。

 

 岩場にうつ伏せになり、ひび割れた岩石に銃を依託してM1Dライフルを構える。分厚く堅固な岩石は、それだけで頑丈な二脚と遮蔽物の役割を担ってくれる。

 スコープの中には、プラスチック製のライフル片手にまっすぐ突っ走ってくる青年の姿。アイリスの得物より小口径の弾を用いるであろうそれが発砲されるのも、恐らく時間の問題だ。

 

「くっ……!」

 

 暴れ始めた鼓動を何とか落ち着けることに努めつつ、視界に映った着弾予測円(バレットサークル)が収縮した瞬間を狙ってアイリスはトリガーを引く。

 だが、当たらない。スコープ越しのファイヴは、地を滑るようなサイドステップで飛来する弾丸を()()()()()

 

 逆方向へ倒れ込みながら跳躍。素早く体勢を立て直してサイドフリップ。

 立て続けの三点射を、ファイヴは全く足を止めることなく回避してゆく。

 

 ここでアイリスの持つM1Dが、甲高い金属音を立ててエンブロッククリップを弾き出す。弾切れだ。

 

「……!」

 

 すでに8発入りのアモクリップを四つ、ファイヴとの戦闘で撃ち切っている。

 アイリスは立ち上がり、M1Dに新しいクリップを装填しながら姿勢を低くして走り出す。

 

 弾道予測線ありの射撃とは言え、ダメージを与えるどころか足止めすらままならない。しかも、ファイヴの周囲には遮蔽物が一切無い。

 最初の狙撃を外した場合でも、平野を走らせて命中のチャンスを上げる。そんなアイリスの作戦は、ファイヴを相手取る上でむしろマイナスに働いたことに彼女は歯噛みする。

 

「わわっ!」

 

 突如として走行進路上に出現した赤いレーザー光に、アイリスは焦ってたたらを踏む。それからコンマ数秒の時間差を於いて、数発の弾丸が虚空を通り過ぎた。

 一瞬ブレーキが遅れていたら、彼女の小柄なアバターボディに5.56mmの風穴が空いていただろう。

 もう既に、ファイヴの銃も射程距離に入っている。

 

 アイリスが近くの岩陰に飛び込むと、今まで立っていたところに再び超音速の弾丸が突き刺さる。

 

 もしこのまま中距離での銃撃戦を展開した場合、アイリスには圧倒的な地の利がある。

 だが、どうしてもあの悪人面アバターに自身の射撃を命中させるイメージが思い浮かばない。交戦時間が長引けば長引くほど、ファイヴは接近してくるだろう。

 このままでは、ジリ貧だ。

 

「どうする、どうすれば……きゃっ!?」

 

 半ばパニックになっていたところに、岩に小口径ライフル弾が命中。石片が弾け飛ぶさまに、アイリスは反射的に顔を逸らして身を竦めた。

 

(動けない……!)

 

 苛烈な銃撃によってどんどん削れていく遮蔽物から体がはみ出さないように縮こまり、ライフルを抱き寄せる。

 そうしている内にも、着弾と銃声の間隔はどんどんせばまってゆく。着実に、接近されている。

 

 アイリスは涙目になりながらも、腰の後ろから銃剣を引き抜いてM1Dのバヨネットラグに装着した。

 自身の敏捷(AGI)を活かして超至近距離(クロスレンジ)の戦闘に持ち込めれば、勝機があるかもしれないというやぶれかぶれの考えだ。

 

 ファイヴが岩の左右から回り込んでくるか、それとも一気に飛び越して仕掛けてくるか。全く予想が付かない。

 それでもアイリスは神経を張りつめ、銃剣付きのM1Dをハイレディで構える。

 

「さぁ、来い……!」

 

 目を光らせて低く唸ると、嵐のような銃撃がパタリと止まった。アイリスはより一層身構え、唇を噛みしめる。

 

 ……が、ファイヴからのアクションは一切無い。

 荒野に吹きすさぶ風が冷たい。

 

 向こうも待ちの姿勢に入ったのかと疑うも、アイリスはその可能性をすぐに否定する。

 今この状況はファイヴにとってまたとない好機であるはずだ。いたずらに間を空けているとしか考えられない。

 

 30秒ほど経っただろうか。ついにアイリスはこらえきれなくなり、低く伏せて片目だけを岩陰から注意深く覗かせた。

 

 100メートルほど前方。ファイヴは特に何をするでもなく、ぼんやりとした様子で突っ立って抱えたライフルをじっと見ていた。

 

(もしかして、銃の故障? いや、それにしては様子がおかしい……)

 

 直後、ファイヴは腕からスリングを外す。そしてきわめて適当な素振りで――「捨てる」と表現するのがピッタリの動作で、SU-16Cを適当に放り投げた。

 彼は新たな銃を抜かずにゆっくりと歩きながら、苦虫を噛み潰したような表情でアイリスが隠れる岩を睨みつける。

 

 目が合いそうになったアイリスは慌てて顔を引っ込める。だが、その可憐なアバターフェイスに刻まれた感情は恐怖や絶望の類ではなく――明確な、怒りだった。

 

「……ふざけんじゃない、ですよ」

 

 彼女自身、明確に心に渦巻く憤怒の潮流を自覚しながらもそれを抑えない。

 

 牽制や見越し射撃とするには狙いが甘く、踏みとどまれば回避できたファーストアタック。

 それに圧倒されて敵が足を止めた絶好の機会に、成されなかった追撃。

 遮蔽を取っているにも関わらず、お構いなしに撃ち込まれた多数の銃撃。

 何らかの原因により発射不能に陥った結果、無造作に捨てられたライフル。

 未だ無手でとぼとぼ歩いてくる、悪人面の青年アバター。

 

 これだけ判断材料が揃えば、アイリスの頭に血を昇らせるには充分過ぎた。

 

「なめんじゃないっての……!」

 

 可愛らしい口元に似合わぬ鈍い歯ぎしりの音を立ててから、アイリスは吶喊した。

 

 

 

 ファイヴは両手をぶらぶらと前後させながらチンタラとした速度で歩いていた。冷たい風が吹くがままに彼の上体も揺れ、身に付けた物やその強面に目を瞑れば散歩のようにも見えなくもない。

 

 だが、そんなアバターの様子とは裏腹に彼の心情は穏やかではなかった。彼我の距離は既に100メートルを切った。ファイヴからしてみれば()()の間合いだ。

 それでも彼は、歩く反動で振り子のように揺れる手で銃を抜けなかった。

 

 

(あと、少し。もう少しだけ、距離を詰めた方が……)

 

 先ほどあれほどまでに容赦なくライフルを撃てたのは、自身の腕であの距離なら当たらないと思えたから。

 この距離なら、()れる。経験に裏打ちされた確信が、ファイヴの決断を鈍らせる。

 

 

 銃を向けよう。撃とう。殺そう。

 ――そう思うたび、ファイヴは岩陰に隠れた小柄なアバターが恐ろしくなるのだ。

 

 もし撃てば、彼女の()()()に潜むバケモノが自分をどこまでも追いかけ回してくるのでは。

 そんな馬鹿げた妄想を、頭では否定できても心で否定しきれない。

 

 故にファイヴは、銃を握れなかった。これまでも、今でさえも。

 

 

 どうせこんなやる気のない姿を晒すなら、せめて弾切れになったSU-16Cを持ったまま威嚇でもしておけば良かった――などと実に意気地のない考えに頭を支配されたファイヴは、盲目的かついたずらにまっすぐ歩くことしかできないでいた。

 

「――――ァァアアアアッ!!」

 

 そんな鉛のような思考を吹き飛ばしたのは、前方から上がった裂帛の気合いだった。

 

「……悪い、アイリス。お前が怒るのはもっともだわ」

 

 ファイヴはアバターに突き刺さる数本の予測線を、全身を回転させるバタフライツイストで回避する。

 M1Dライフルから放たれた弾丸が、跳ねるファイヴを素通りするのを尻目に着地。ステップを踏んで体勢を整えながら、右のホルスターからMPX-Kサブマシンガンを抜いた。

 

 左手でハンドガードを握って突き出すように構え、セレクターを切る。ファイヴは苦い表情を浮かべながら、おざなりな狙いをつけてトリガーを引いた。

 

 狙いが甘いとは言え、秒間14発にも及ぶフルオート射撃にアイリスは正面から全速力で突っ込む形となる。

 だが彼女は、稲妻のような軌道の鋭角カットバックでそれを回避する。

 

「速い……って、おっと!?」

 

 急激な進路変更の直後でもアイリスは体軸をブラさず、ファイヴに向かって正確に撃ってくる。高速で走っているにも関わらず、銃口は一切揺れていない。

 

 対してファイヴは上体を屈めて弾道をくぐった後、伸びるように飛び上がって側方宙返り。

 ファイヴが空中で短機関銃を構えたのと同時に、アイリスの小銃からクリップが弾ける。

 

「うらァッ!」

 

 ほとんど条件反射で弾切れの虚を突いた、天地反転の銃撃が炸裂する。

 

 だが、それすらもアイリスは残像を伴ったコーナリングで回避した。

 そしてファイヴの着地点を先読みして回り込み、ライフルを槍のように引き絞る。

 

「ッ――!!」

 

 銃口に装着されたバヨネットの存在に気づくやいなや、ファイヴは即座に左のMPXを抜き撃つ。

 

 だがアイリスは、ファイヴが左手を銃に掛けた瞬間に銃剣を地面に突き刺した。

 そのままライフルを支えにし、棒高跳びめいたジャンプで9mm弾を置き去りにする。

 

「嘘だろ!?」

 

 ファイヴは着地して、地面から垂直に飛び上がった少女を見上げる。

 きらびやかな衣装と金髪をなびかせながら空を舞うその光景は、ある意味幻想的にも見えた。

 

 ……今にもファイヴを叩き潰そうと、M1ガーランドのバットストックを振り上げてさえいなければ。

 

「こんにゃろォ――――ッ!!」

 

 小さな肉体から放たれた想像を絶する一撃は、ひび割れだらけの地面を破砕して砂埃を巻き上げた。

 

 ファイヴは上体を反らすことで何とか直撃の回避に成功したが、続いて襲いかかった礫の散弾にアバターボディとHPを吹き飛ばされる。受け身を取ることはかなわず、背中から堅い岩盤に叩きつけられた。

 

 

「…………ゲホッ」

 

 現実であれば再起不能のダメージのはずだが、ここはGGO。人間の枠をはみ出した耐久力(VIT)を持つファイヴは、くぐもった咳一つをして立ち上がる。

 

「ダメージ二割弱、ってとこか……。打撃って結構、アバターにも有効なんだなぁ」

 

 ファイヴはそう暢気に呟きながら、手にしたMPXを構えることもせず砂塵の()()()に近寄っていく。

 粗い粒の土煙は想像していたよりも早く落ち着いた。視界が晴れきるより前に、両者は構える。

 

「あっ……!?」

 

 アイリスが銃剣の切っ先をファイヴへ向けた途端、M1Dライフルの銃身がストックから滑り落ちた。

 その様子を、ファイヴは緩く肩を上下させながら冷静に眺める。右手に握られていた機関銃は既にホルスターに戻されており、代わりに握っていたモノをアイリスの足下に投げて寄越す。

 

「嘘……あの一瞬で!?」

 

 銃火器に比べれば、実に小さな金属片。

 M1ガーランドの、トリガーユニットだ。

 

「俺も、やってみるまでできるとは思わなかったさ」

 

 ファイヴは自身がやってのけた離れ業に、軽く肩を竦めるのみであった。何でもない日常会話をするような口調で応じつつも、左の銃の狙いはアイリスから外さない。

 

「俺の、勝ちだ」

「撃たないんですか……!」

 

 驚愕に青くなっていたアイリスの顔が、再燃した怒りによってみるみる赤く染まる。

 ファイヴはばつが悪そうに眉根を寄せ、しかし眼前の敵から目を逸らすわけにはいかなかった。

 

「もう良いだろ……。勝負あったじゃねーか」

「まだ! どちらかが死ぬまではわからないじゃない!!」

 

 銃を突きつけられているにも関わらず、アイリスは噛みつかんばかりの気迫で吼える。

 圧倒的優位にあるはずのファイヴの頬を、冷や汗が伝った。

 

「ちゃんと撃ちなさいよ! 私はまだ、生きている! 人を撃つのが怖いですって!? GGO辞めちゃえば!? このヘタレ!!」

 

 アイリスは肺の空気全てを使い切るように背を丸めながら、大声で叫んだ。

 

 シカゴから、ファイヴの対人戦アレルギーに関しては聞いていた。

 聞いてはいたが――我慢ならなかった。

 

 ファイヴに悪気が有ろうが無かろうが、アイリスというGGOプレイヤーにとってそれは侮辱でしかない。

 ひどい言葉を吐いている事を申し訳なく思いながらも、アイリスは絶叫を止めることはできなかった。

 

 閑寂が数秒。沈黙を破ったのは、金属の塊が固い地面に落ちる音。

 

 絶望を体現した表情でアイリスは面を上げる。

 ……が、状況は彼女が思っていたものとは全く異なっていた。

 

 

 ファイヴは苦痛に顔を歪め、前のめりに倒れようとしていた。左肩には赤いライトエフェクト。

 そして、超音速の物体が通過した時に聞こえる、風船が破裂するような音。

 

「くっ――!」

「――!」

 

 目があった瞬間、両者は弾かれたように動き出した。

 

 アイリスはスカートの裾を捲り上げ、腿のホルスターに収めたベレッタPx4拳銃に手を掛ける。

 ファイヴも倒れ込みながら右腕を腰に回し、1911拳銃を抜きざまにセイフティを切る。

 

 銃口が向くタイミングは同時。

 アイリスがPx4のセイフティを跳ね上げ、トリガーを絞り切る。

 

 それより先に、ファイヴは撃った。

 

 

「ウアアァッ!!」

 

 咆哮と共に、三発。

 彼に引き金を引かせたのは、紛れもなくGGOで培ってきた彼自身の戦闘技術だった。

 

 胴に全ての45口径弾を受けたアイリスは、ビクリと体を硬直させて手にしたPx4拳銃を取り落とす。

 そしてゆっくりと、仰向けに倒れた。

 

 

「ハァ、ハァッ……!」

 

 ファイヴは荒い息を吐きながら、倒れたまま狙撃があった方向を警戒する。第二射はない。

 

 アイリスはまだ消えていない。つまり、まだ()()()()ということだ。

 ファイヴは警戒を緩めずに立ち上がり、未だ痺れに似た痛みを残す左の肩を軽く回しながらアイリスに歩み寄った。

 

 胸に三つの被弾エフェクトを受けたアイリスは、ファイヴと同様に苦しそうに呼吸をしていた。

 ファイヴは跪き、アイリスの胸の中央――心臓に、拳銃を向けた。

 

「ハァ、ハァ……懺悔の、つもりですか……?」

「違う」

 

 実に()()()()()()()アイリスの問いを否定しながら、ファイヴは引き金を絞った。

 

「……サークルが暴れて、こうでもしなきゃ外しそうなんだよ」

 

 重たい銃声が、闇夜にこだまする。

 

 遊底に蹴り出された空薬莢が地に落ちる頃には、少女の肉体はひび割れた砂漠から消え失せていた。

 

 

 

「…………ありがとう。アイリス、のべ助」

 

 誰にも届かないと分かっているが、ファイヴは感謝の言葉を述べた。コルトの弾倉を交換し、気付けの一撃によって取り落としたMPXを拾い上げる。

 二挺の短機関銃を器用にリロードしながら、ファイヴはライフル弾が飛んできた方向を睨みつける。

 

(発砲音までの時間を測る余裕は無かったから、7.62mm NATO弾の最大有効射程の800メートルとして……俺の走力(AGI)じゃ60秒以上掛かるな)

 

 狙撃手には最初の射撃を弾道予測線なしで行えるというメリットがあるが、その判定は敵に見つからず一分間をやり過ごすことで復活する。

 つまりファイヴは距離を詰めつつ、またしても弾道の見えない銃撃を回避せねばいけないのだ。

 

 銃撃を受けたことにより、HPバーは更に全体の三割強ほど減ってイエローゾーンへ。次に撃たれれば、よほど当たり所と運が良くない限りは仕留められるだろう。

 

 上等だ、と言わんばかりにファイヴは犬歯を剥いた。

 

「ここまで来たらヤケだ。一人も二人も変わんねーよな、多分」

 

 その悪人面にふさわしい、捉え方によっては非常に危険な言葉を吐き、ファイヴは走り出す。

 

 

「ブッ殺してやる……!」

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