ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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#13 砲火後ティータイム

 GGO首都、《SBCグロッケン》総督府のとある一角。

 街の内外問わず様々な地点に繋がるワープポータル集合エリアに、青白い光に包まれながら二人のアバターが現れた。

 

「だーもう、体が重い。もう歩きたくねぇ」

「ここまで来たらあと一息ッスよ。頑張りましょう」

 

 ファイヴとシカゴだ。砂漠のポータルまで徒歩で帰ってきた彼らは、夜も更け往来の増したポータル集合エリアを少々苦しげな表情で歩いていた。

 砂漠地帯で身に纏っていた全身武装はアイテムストレージに戻された身軽な格好に反し、男二人の足取りは重い。

 

「大体、こうなったのは五割が先輩のせいッス。つべこべ言わんでください」

「うっさいな。こうでもしなけりゃ勝てなかったんだよ」

 

 彼らはストレージに仕舞った、アイリスとのべ助が落とした装備の重量に苦しめられていた。

 

 フィールドでのデスペナルティ――つまりランダムドロップを回収した結果、ファイヴとシカゴは互いにアバターの重量制限を超過したのだ。

 

 シカゴの見込みが甘かった訳ではない。こうなったのはファイヴがアイリスのライフルを分解したり、のべ助がガンサイトスカウトを不慮の事故で手放してしまったせいである。

 そこに通常のドロップも合わせると、元より重量制限ギリギリの装備をしているファイヴはおろか、筋力値に余裕のあるシカゴまでペナルティに囚われてしまうのだった。

 

「くっそー、今ここでSTRにボーナス振れば多少は楽になるかなぁ?」

「一時ラクをするために貴重な経験値無駄にすんのやめてください。中距離でももーちょいマシに当てられるように、DEXにでも振ったらどうスか? もしくはVIT」

「お前VITかなり推すよな。そんなにガチタンが好きかよ」

「ファイヴさんの戦い方は見てて心臓に悪いッス。現に今回も死にかけだったじゃないスか」

 

 ファイヴは煙草をふかしながら、シカゴは顔のサンマ傷を撫でながら、巨大な総督府を貫くエレベーターに乗り込む。上昇時に掛かる僅かなGですら、今のファイヴにはうざったい事この上ない。

 

「くそったれ、慣性力の掛かり方までリアル志向にしやがって。もっとテキトーで良いじゃねーかよ……」

「もしそうなら、ファイヴさんが跳んだら二度と地面を踏めなくなるかもしんないッスよ。もしくはジャンプしたらすぐに床ビターン、とか」

「それもそれで困るな。……ん、待てよ」

 

 ファイヴは煙草を口から離して黙考し、数秒してから再び煙を吸う。

 主流煙を吐き出す際、僅かに顎を上げて目を細める。

 口端を僅かに吊り上げたファイヴの表情は、銃を握ったままであれば快楽殺人鬼と間違われそうなほど悪辣に見えた。

 

「――閃いたぜ」

「おっ、マジすか」

 

 もちろんファイヴに殺戮を楽しむような趣味はない。それを熟知しているシカゴは、特に気にする風もなく会話を続けた。

 

「まぁ、まだ可能性だけどな。もしかしたら戦術の幅が広がるかもしれん」

「へぇ、どんな感じッスか?」

「まだ可能性だって言ってんだろ。もうちょい煮詰まったら話す」

「そうスか。楽しみにしときますよ」

 

 男二人の会話にちょうど区切りがついた所で、エレベーターは停止してドアを開く。

 総督府のパブリックエリアは、地下のポータルエリアの人口増加も納得の人通りであった。

 

「……ここにアイツら居るんだっけ? この状態で更に人探し追加とか笑えねぇんだけど」

「金曜夜は混むッスからねぇ。流石に俺も手間掛けるのは勘弁なんで、連絡取ってありますよ」

「相変わらず手際良いな、お前」

「褒めても荷物持ったりしませんよ」

「可愛くねぇ後輩だなぁ」

 

 アバター達の群に混じる前に、ファイヴは煙草を踏んで消した。これだけ人が多いと、普段の習慣で歩き煙草は少し気にかかる。

 

「のべ助はあっちのカフェスペースにいるらしいッス。俺はアイリスの方行くんで、一旦別れましょう」

 

 筋力の関係上、ファイヴが比較的軽量なのべ助の装備を、そしてシカゴが重量の嵩むアイリスの銃を持っていた。

 可愛いナリをして、アイリスの得物であるM1Dライフルは4kg超。先ほどの戦闘で使われた銃の内で一番重い。

 

「また集合すんのか? もう俺疲れたからさっさと落ちたいんだけど」

「あー、まぁあれだけ大立ち回りしてましたからねぇ。じゃ、明日ログインできますか?」

「昼過ぎ以降なら」

 

 実際に肉体を動かさないVRゲームに於いても、アバターを運動させたり神経を使うことによる精神的な疲労は蓄積する。

 ファイヴはそこそこスタミナがある部類に入るプレイヤーだが、立て続けの戦闘と過重量ペナルティの倦怠感によりすっかり消耗していた。彼の悪人面はその事を表すかのように、珍しくトゲの無いどんよりとした表情が張り付いている。

 

「んじゃあそん時にもっかい集合しましょう。戦術考えたりとか、訓練もしたいんで」

「りょーかい。んじゃまた明日」

「うっす。お疲れッス!」

 

 男二人は軽く手を上げて別れの挨拶を交わす。

 ファイヴは疲労困憊により相変わらず仏頂面だったが、シカゴは彼の眉間に皺が寄っていないことに気付いた。

 

 互いに身を翻す瞬間にのみ見えた僅かな変化に、キズ面のイケメンアバターは爽やかな微笑みを浮かべる。

 

 (ファイヴ)をGGOに誘った手前、裕士(シカゴ)はもっと先輩と遊び、楽しみたかったのだ。

 延々とMob狩りをしている事が退屈という訳ではない。だがやはり、銃弾飛び交う戦場を彼と共に味わえないのは非常に勿体ないと常々考えていた。

 

(やっと――やっとファイヴさんと、一緒に戦える)

 

 長身巨躯のイケメンアバターは、歩きながら軽くガッツポーズを引く。その表情は、プレゼントの包み紙を開く時の少年のそれに良く似ていた。

 

「さーて、楽しくなるぞぉ……あっ、アイリスー!」

 

 シカゴは軍服ワンピースの少女を見つけた途端、重量ペナルティなど微塵も感じさせない軽やかな足取りで走り寄っていく。

 今の今まで彼の脳内にあった先輩の姿は、既に遙か彼方へ消し飛んでいた。

 

 現金なヤツめ……ファイヴがこの場にいたなら、間違いなくそう言ったであろう。

 

 

 

 一方その頃、ファイヴはのべ助が待つカフェエリアに足を踏み入れていた。

 ファイヴは入ってすぐに、カウンターの隅で紫色のサイドテールが揺れているのを見つけた。

 

 ――それから、5分が経過していた。

 

「…………」

 

 ぼさっと突っ立ってのべ助の背中をガン見している訳ではない。そんな事をすれば只でさえ不審者認定待った無しである。

 

 待ち合わせ場所に着いたは良いものの、ファイヴはのべ助になんと声を掛けようかと迷っていた。結果、独り壁に寄りかかって俯き、たまにのべ助の後頭部をちらりと見る事しかできないでいた。

 ……それでも不審者ライクなのは間違いないが、今この瞬間だけはファイヴが特に浮いているという事はなかった。

 

 なぜなら、盗み見るようにのべ助に視線を投げるアバターはファイヴだけでないからだ。

 只でさえGGOで数少ない女性アバター。しかも結構な美人。

 アイリスのように一目で釘付けにされるような可憐さは備えていないものの、のべ助には寡黙でクールなお姉さん的な魅力があった。

 いつもは喫茶だの酒だのを嗜んでバカ騒ぎしているはずの男達は、皆押し黙ってのべ助をチラチラ見るばかり。

 ……ちなみに、VRといえども女性と見るだけでちょっかいを掛ける人種は現在でも一定数存在する。そんな中で彼らの行動は、不躾ではあるがそこそこに紳士的ではあった。

 

 そんな野郎共の熱視線で体感温度が少々上がっていそうな近未来的なカフェバーで、ファイヴの顔色のみが優れない。

 こんな状態でのべ助に――殺した相手に話しかけに行く事など、そもそもファイヴにとって起こりえなかった事だ。

 

(…………どうしたもんか)

 

 ファイヴはがりがりと頭を掻きながら、空いてる手でソフトケースを取り出す。

 手のスナップで飛び出たフィルターを銜えようとしたとき、彼のすぐ側に滑らかな動作で円筒形のロボットがやってきた。回転する頭部パーツや電子的で愛嬌のある鳴き声(?)は、某SF映画金字塔のマスコット的ドロイドを彷彿とさせる。

 

「おいおいコレ大丈夫なのか……って、光剣なんてものもあるし今更か」

 

 ロボットはきゅるきゅると鳴きながら、ワイヤーのようなマニピュレーターでファイヴにグラスを手渡しする。

 

「あ、どうも……?」

FROM HER(あちらの方からです)

 

 胴に備え付けられた電光表示機に、光るドットで文字が書き出される。マニピュレーターはカウンターで静かにストローを啜るのべ助の背を指していた。

 

「……あ、そう」

ENJOY(ごゆっくり) ;-) 】

 

 嬉しそうにドーム上のヘッドパーツを一回転させ、ロボットはカウンターの奥に引っ込んでいった。

 ファイヴはばつが悪い顔をして、帽子を外してアイテムストレージに戻しながらのべ助の隣の席に座った。

 

「……お待たせ。その、済まなかった」

「……ずっと立っていたから、何してるのかと思った」

「ホント申し訳ない」

「いい。……装備、返して」

 

 ファイヴは催促されるままに、回収したのべ助の装備を受け渡す。するとのべ助はすぐさま迷彩マントを身につけ、再び自身の姿を隠してしまった。

 

 それと同時に酒場の熱視線は殺意を伴ってファイヴに集中する。ジャケットの裏地が針のムシロになってしまったかのような錯覚を受けつつも、ファイヴはのべ助に頭を下げる。

 

「なんか、本当に悪かった」

「気にしてない。……あまりしつこいと、怒る」

「お、おう」

 

 マントの奥から半眼で睨まれ、ファイヴはお茶を濁すようにグラスに口を付けた。茶葉の劣悪さを過剰な糖分で誤魔化したようなアイスティーの風味がアバターの味覚に伝わる。

 

「イケるな、悪くない」

「……ファイヴ、味音痴?」

「? まぁ、割とな」

 

 のべ助としては意趣返しのつもりで不味い紅茶を奢ったつもりだったがファイヴは特に堪えた様子もなく、愛好家にとっては侮辱を通り越して拷問に近い味の紅茶をがぶ飲みしている。

 隣の青年アバターが繊細なのか大雑把なのかよくわからなくなりつつも、のべ助はファイヴにアバターカード交換を持ちかける。

 

 ファイヴは、少々驚きつつも承認した。これで彼のフレンドリストの枠は1.5倍に増加した事になる。

 

「合格だったのか、実はちょっと駄目かと思ってたぞ」

「……致命的な問題は、無かった。……それだけ」

「そうかい……」

 

 アバターを殺す事にビビりまくり、挙げ句今でものべ助に軽くビビっているのはのべ助にとって致命的ではないらしい。

 ファイヴは自嘲的に口の端を僅かに上げつつも、ベルトに挟んでおいた抜き身のナイフをのべ助に差し出した。特に深い意味は無いが、これはちゃんと手渡ししないといけないような気がしていた。

 

「何て言って良いかわかんないが、ありがとうな」

「……ん。『ありがとう』だけで、いい」

 

 のべ助はマントの中から腕を伸ばして、ナイフを受け取った。マントの奥に仕舞われる一瞬にエッジが光り、ファイヴに自身の行いを強く思い起こさせる。

 仮想(アバター)のものとは言え、肌を突き破り肉の管を絶ったのだ。その感触を心地よいと呼べる程、ファイヴの倫理観は()()()()いなかった。

 

「なんで、怖いの……?」

「は?」

 

 掌をぼんやりと見つめるファイヴの顔を、のべ助は軽く身を乗り出して覗き込んでいた。

 純粋に疑問を抱く金色の瞳とから逃れるように、ファイヴはカウンターに置いたグラスをいじり始める。

 

「……別に、大した理由じゃない。俺がただ、ヘタれてるだけだ」

「いい。聞かせてほしい」

「…………」

「……話すの、イヤ?」

 

 ファイヴはその一言を受け、持ち上げたグラスを傾ける前に静かに置いた。

 非常に緩慢な動作で煙草を取り出して、一服。紫煙を吐いた口を再び開いて、やっと声を絞り出す。

 

「ホント、どうでもいい話だが」

「いい。……聴く」

「そらどうも」

 

 

 それからファイヴは、ぶつぶつと独り言のように話し出した。

 

 自身を唯一殺してみせた、赤い荒野に現れた正体不明のアバターのことを。

 そしてそのピンク色のアバターは、過去に怨みを買ったせいか行方知らずであることを。

 

 話としてはそれだけで片付くが、ファイヴの語り方は自身の心情や思い入れなんかも盛り込まれ、また時系列もぐちゃぐちゃであったため冗長で分かり難かった。

 それでものべ助は、控えめながらも相槌をいれてファイヴに話を促し、そして真剣な態度で終始聞くに徹した。

 

「出来ることなら、その人に礼を言いたかった。んで、リベンジマッチでも申し込もうとも考えてたな。……今では御免だが」

「……そう」

「話はコレで全部だ。ご静聴どーもありがとうございました、ってな」

 

 ファイヴは少々恥ずかしげに茶化しながら、いつの間にかカウンターに置かれていた灰皿に煙草を押し付けた。吸い殻は結局ポリゴンとなって消えるのだが、店主(ロボット)はヘンに気が回るらしい。

 

「……質問」

「どうぞ」

「その、ファイヴを殺した奴が使ってた銃。……わかる?」

 

 何故そんな事を聞くのかと疑問を口にする前に、ファイヴは腕を組んで記憶を掘り起こす。

 印象的とは言え、一瞬の出来事。そして数ヶ月前。ファイヴのおぼつかない記憶力では危ういところであった。

 

「うーん……。多分、銃声からして大口径では無かったはずだ。銃のシルエットがハッキリと見えなかったから、服と同じか近い色にペイントしていたのかもな。でも銃までいつもピンク色なんて酔狂なんている訳ねーし、多分見間違い……」

 

 ファイヴがそこまで言ったところで、今度はのべ助が俯いて考え込む。そしてすぐに、弾かれたように顔を上げた。

 

「……ファイヴ。明日、暇?」

「午前中以外は。けど一体……」

 

 のべ助にしては珍しく、ファイヴの言葉を遮ってまで話し続けた。

 

「午後の、1時。場所は、総督府(ここ)から出て一番近くにある酒場」

「全く話が見えないんだが……」

「いいから。必ず、来て」

 

 ずいずいとファイヴに顔を近づけるのべ助の迫力に気圧されて、ファイヴは思わず頷いた。

 

「お、おう……」

「約束」

「わかったって」

「……絶対?」

「約束する」

 

 後ろに仰け反りながら首肯するファイヴに、のべ助は満足そうに頷いた。

 

「……じゃ、また明日」

「あいよ……」

「……ばいばい、ファイヴ」

 

 のべ助は小さく手を振りながら、その言葉を最後に光の粒子となって消え失せた。ログアウトして、現実の世界へと舞い戻ったのだろう。

 ファイヴはがっくりと首を垂れて、再び砂糖水のような紅茶を口にする。どれだけ飲んでも全く減らないドリンクも、そろそろ飽きてきた。

 

「……『ログアウト』」

 

 煙草でも吸うか、などと上手く回らないファイヴは頭で考えながら、やきもきする男達をカフェスペースに残して消滅した。

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