ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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#03 悪人面に蜂

 

 

 プレイヤーの五感全てを幻想(バーチャル)()()()()フルダイブVRMMOに於いて、実は一番注意を払われるのがログアウトの瞬間である。

 ゲーム内の自身(アバター)がどのような状況であろうと、現実の自分(プレイヤー)は意識を失ったかのように静かに眠っている。その差異が生み出す感覚のギャップというのは、時として肉体に悪影響を及ぼす可能性があるのだ。

 

 例えば、ゲームでは高速で落下している最中に何らかの原因でログアウトしてしまったとする。

 すると、現実のプレイヤーはその身が延々と落ち続けるような奇妙な不快感を味わい、しばらくベッドの上で動けなくなるという。

 

 幸いにもファイヴは、未だにそのような災難に見舞われていない。……というより、シカゴから事前情報を得たファイヴはVRMMOをプレイする際のリアルの環境に尋常でない注意を払ってきた。

 (かれ)の同居人はVRMMOに対する理解が浅い。《軽業(アクロバット)》で飛び跳ね回っているところで叩き起こされでもしたら、たまったものではない。

 

 

 ――こう言うと、VRMMOは安全なプレイ終了方法の無い、非常に危険なゲームととられてしまうだろう。

 そもそもたとえ話の時点でレアケースだ。しかし《SAO事件》以降絶対安全を標榜してきたVRMMO開発者側は、健康被害の無いレベルとは言え無視できない『VR酔い』を軽減する方法を模索した。

 

 その結果編み出され推奨されるに至ったのが、逆に古典的とも呼べる『寝落ち』という手法である。

 

 

「…………って言っても、なぁ……」

 

 せまっくるしく仄暗い横穴に、ファイヴは横たわっていた。彼の背を支えるのは具合がそこそこのマットレス。

 彫りの深い悪人面を照らすのは、間接照明のように薄ぼんやりと発光する壁面と彼が銜えた煙草の灯り火。その空間の密閉性はかなり高いらしく、紫煙で空気が淀んでいた。

 

「これ、窒息判定で痛覚発生とかしねぇだろうな……よっと」

 

 ファイヴが頭上に当たる壁へ手を伸ばすと、減圧するかのように空気の抜ける音がして隔壁が開く。そうしてできあがった抜け穴から、ファイヴは首だけを出して深呼吸した。

 

 彼が首を突き出した穴は六角形で、周囲にも同型の六角形の隔壁が並び広い壁が形成されている。縦に3段、そして横に20ほど。向かい側も同じようになっており、両壁の間に空いた人ふたりがすれ違える程度の空間が通路となっていた。

 この巨大な蜂の巣のような空間一つ一つが簡易的な宿泊施設――要は、GGOに於ける宿屋なのである。

 

「あれ、先輩まだ起きてたんスね」

 

 ファイヴのちょうど下方、一番通路の床に近い部屋から声が上がる。シカゴだ。

 

「煙草を吸おうと思ったのは失敗だったな。何だよこの『カプセルホテル』って字面を鵜呑みにしたみてーな気密性は」

「世界観重視なんじゃないスかね。グロッケン(ここ)は元々宇宙船だし、もしかしたら実験サンプル保管室とかコールドスリープ施設の流用かも」

「所詮は安宿か。ぞっとしねーな」

「まぁ、音立てても他人に迷惑掛からないってメリットはありますよ。俺さっきまでアイリスとくっちゃべってましたし」

 

 なるほどそれでシカゴは隔壁を開いていたのか、とファイヴは頭の中で納得する。その思考の片手間感覚で自身の()()から這い出て、梯子も使わず最上段から通路に着地した。

 

「……んで、お姫様はもうおネンネか」

 

 シカゴの隣――アイリスの部屋の隔壁がしまっているのを見て、ファイヴは新たな煙草を銜える。

 

「明日も早いらしくって。それ抜きにしても眠そうでしたし」

「健康体だなぁ。羨ましい」

「全くッス」

 

 VR廃人に片足突っ込んでいるシカゴや、就寝時に睡眠導入剤を常用しているファイヴからすれば、アイリスの模範的かつ健全な体内時計は尊敬に値すると言っても過言でなかった。

 

「ていうか先輩、俺から誘っといて何ですけど寝れそうッスか?」

「俺が今こうしているのが答えだ」

 

 新たな紙巻を銜えて火を点けつつ、ファイヴはシニカルに口を吊り上げて答えた。

 ファイヴにとっては寝落ち初体験となる、チームVICNのお泊まり会(?)はやはりシカゴが言い出しっぺであった。

 

 ファイヴからすれば今のようになかなか寝付けない可能性はあったものの、そろそろ寝落ちというものに慣れておいた方が良いだろうと考え、後輩の提案を飲んだのだ。

 

「なんか、スンマセン。ムリヤリGGOに引き留めちゃったみたいで」

「別に構わんさ。どうしても寝れそうになかったら落ちて薬飲むし、今でも体は眠ってるようなモンだろ」

「ああ、確かにレム睡眠に近いかもしれませんね。2,3日は、睡眠時間をGGOに充てても平気でしたよ」

「実証済みかよ……。大会前に体壊すなよ?」

「鋭意努力します」

「ちゃんと寝ろっつってんだよアホ」

「ファイヴさんがそれ言いますかね?」

 

 野郎二人は互いにシャツとカーゴパンツのみの着崩した格好で、普段とはまた違ったテンポで紫煙と冗句を交わす。

 いつものGGOのものと、また現実のものとも違ったこういう雰囲気も悪くない――ファイヴは吐き出す煙に似た、ぼんやりとした充足感を覚えた。

 

「……そういや、のべ助は?」

 

 しっかりと煙草一本を消費したファイヴは、何げなしにのべ助が入っているはずの六角柱カプセルを見た。隔壁は開き、入り口には迷彩マントが掛けられている。

 

「アイリスと喋ってる時にどっか出かけたッスよ。『寝つけないから、散歩』って言って」

「うわ、似てねー」

 

 半目になりながらのべ助の声真似らしき返答を返したシカゴに、ファイヴは呆れたように笑いながら背を向けた。

 

「お、追っかけて口説きに行くんスか? 場所までは俺も知りませんよ?」

「ちげーよ。……寝つけねーから、散歩」

「うわ、似てねー」

「…………」

 

 意趣返しを食ったファイヴは、愉快そうに顔を少し歪めて肩越しに手を振った。隔壁が閉まる音を聞き、念のため振り返ってシカゴが室内へ引っ込んだことを認識する。

 

 どのようにして睡魔の到来を待つか――そこそこ真剣に悩みつつ、ファイヴはその日何本目かも分からない紙巻きを銜えた。

 

 その一本で日付をまたぎながら、ファイヴは迷路のようなSFカプセルホテルに無味無臭の煙を撒いて右往左往する。

 

「…………出口、どっちだ」

 

 彼は、方向音痴であった。

 

「ファイヴ」

「ぷおぅ!?」

 

 突然頭上から降ってきた声に、ファイヴは反射的に反転しながら仰向けに倒れ込む。

 何かあったときにはひとまず頭を下げるという訓練の賜物だが、ありもしない銃を抜こうとしながらすっ転んだ彼の姿は少々滑稽に見えた。

 

 そうしてやたらダイナミックにひっくり返ったファイヴは、()()()状の壁からひょっこりと紫色の尾と金の目が覗いているのを発見した。

 

「…………なんだ、のべ助か」

「……一瞬誰だか、わからなかったんだ」

「すまん、人の顔と名前一致させんの苦手」

「こっちにも、落ち度はある。気にしてない」

 

 天井近くから音もなくファイヴの目の前に着地するのべ助。六角形が組まれた壁と天井の間には僅かに隙間があり、そこに潜んでいたらしい。

 鬱陶しそうに前に垂れてきたサイドテールを軽く払い立ち上がる彼女は、マントの下に着込んでいたはずのフィールドジャケットすら脱いでいる。どうやらファイヴ同様、寝る気が無かった訳ではないらしい。

 

「一体あんな狭い場所で何してたんだ?」

「ショートカット。……慣れれば簡単だし、落ち着く」

「猫かよ。気持ちはわからんでもないが」

「そう。……道、迷ってない?」

「何故バレた」

「たばこ。吸ってるの、ファイヴとヴィクトルしか、見たことない」

 

 なるほど、煙を炊いてウロチョロしてればそりゃ見つけやすいはずだ――と、ファイヴは銜えていた味気ない煙草に少しだけ感謝した。

 

「んじゃ、道案内頼んで良いか? 外出たいんだ」

「ん」

「言っとくけど、()()は勘弁な」

「わかってる……」

 

 くるりと背を向けた女が、ファイヴには少々不機嫌であるように感じられた。

 1ヶ月にも満たない付き合いだが、この程度の冗談でのべ助が機嫌を傾げるとは思えない。何か心配事でもあるのか――ファイヴは何かしら言葉を発そうと、のべ助の背を口を開いた直後であった。

 

「《ヴォーパル・ストライク》」

「――は?」

 

 聞き覚えのない単語に出だしを潰され、彼の口からは空気混じりの間抜けな音しか出なかった。

 

「片手直剣熟練度950。重単発スキル」

「カタテチョッケン? 銃単発? 一体何の事だ?」

「……独り言」

 

 独り言と称すには、あまりにもハッキリとして真剣な声音であった。剣呑、とさえ表現できる。

 故にファイヴは「いやいや明らかに違うだろ」と問いただすことを躊躇った。

 

 気まずさが、つかず離れず歩く両者の間に静かに横たわる。

 シャツの裏に小さなトゲが入ってしまったかのような居心地の悪さを感じながらも、やはりファイヴが言葉を発する前にのべ助が口を開いた。

 

「質問、いい?」

「お、おう……」

「《アインクラッド》。――聞き覚えは?」

「アイン、クラッド……?」

 

 聞き慣れない横文字に、ファイヴは頼りない記憶の網を手繰る。とてつもなく弱いが、その単語に僅かに引っかかる物があった。

 

(――――そうだ、アレは確か)

 

 その僅かな抵抗に思案の指先が触れた――その矢先、ファイヴは先導者にぶつかってしまった。

 

「いて。あ、すまん。ガバガバ記憶漁ってて前見てなかった」

「いい。……出口、ここ」

 

 そこはかとなく無感動な口調のまま、のべ助は一枚の扉――宿泊ホテルのような六角形の隔壁ではない、至って普通のスライド扉を指差す。

 

「お、そうか。案内ありがとな。……あと、何か力になれなくてごめんな」

 

 普段と違いフードに覆われていないせいか、のべ助の表情はいつもよりも更に固いものであるようにファイヴの目に映った。

 勘違いと言われればそれまでの違い。だが、口調も少し歯切れが悪いように感じる。

 

「……いいよ、別に」

「そか。じゃあ……おやすみ?」

「ん。おやすみ」

 

 静かな駆動音を立てて開いた扉へとファイヴは向き直り、その一歩を――室内へと、踏み入れる。

 

 

「――――あ?」

 

 そこは、簡素なベッドと申し訳程度の家具が置かれた部屋だった。

 SF調ではあるが、一般に想像されるビジネスホテルに近い――少々値が張る、プライベートスペース。

 

「オイのべす――」

 

 一体どういう事だ、と至極まっとうな疑問の声は、またしても遮られる。

 しかし今回は言葉ではなく、肉弾となって飛びかかるのべ助本人によって。

 

 振り向きざまに為す術もなく押し倒されたファイヴは、悲鳴を上げる暇もなかった。

 

 なぜなら、マウントを取った少女の手には、マットブラックのナイフが握られていたから。

 そして、その刃よりも冷たく輝きのない、殺意の満ちた金の瞳が見えたから。

 

 

 脳裏で何かが噛み合うような錯覚を感じ、ファイヴは直感的に掌で自身の眼前を覆う。

 

 逆手に握られた刃は果たして、そんな頼りないガードなどアッサリ貫通し、少女の思惑通りに青年の顔面へと(きっさき)を突き立てた。

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