ファイヴがログインすると、《ドミネイターズ》の参加者集合場所兼大会中継所である酒場には、すでにシカゴとアイリスが居た。
彼らはテーブルで対面になり、仲睦まじそうに(迷彩柄の戦闘服を来た傷面の大男とゴスロリチックな美少女という絵面はさておき)歓談していた。
お陰で人気の多い――というかかなり盛況な――アメリカンな酒場で二人を見つけるのに苦労はしなかったが。
「んじゃ、場所はまたメッセでやり取りしようか。……あっ、うっすファイヴさん」
「あ、こ、こんにちはファイヴさん」
「おう、二人とも早いな」
近付いてみれば、シカゴはやけに嬉しそうにニコニコしているし、アイリスにいては若干頬を染めている。
「……お邪魔だったかね?」
「い、いえいえいえ! そんな事は!」
「そうッスよ。……あっ、そうだ。先輩も来ます? オフ会」
「……………は?」
(……オフカイ? なにそれ?)
ファイヴの脳が、その四文字の単語を一瞬受け付けなかった。
何せ彼にとっての『オフ会』とは、「俺オタクだよー」とギャップ萌えを狙ってネトゲをかじるリア充が繰り広げる、出会い目的のイベント……程度の認識であったからだ。
「いやだから、オフ会っすよ。オフ会」
「シカゴ……失望したぞ。お前は見た目こそチャラいが、そんな出会い厨みたいな真似はしない根性無しだと思ってたのに……」
「えぇ……ファイヴさんはホント人付き合いに偏見持ちすぎッスよ。あと下げて更に落とすのやめてくださいね」
まぁ座って、と苦笑するシカゴの横に呆れた様子で掛けるファイヴ。
「シカゴさんは、そんな不純な人じゃないですよ! もっと真面目で優しい人です!」
そんな彼に、向かいのアイリスはかなり真剣な表情で反論した。
「真面目……? いや、それはともかく一体どういう事だ? まるでシカゴをよく知っているような……」
「いやー、美少女に誉められるとやっぱ照れるッスねぇ」
シカゴが後頭部をポリポリ掻きながら言うと、アイリスはしゅるしゅると小さくなって押し黙った。
それを見計らったかのように、メッセージの受信通知がポップアップする。送り主は、隣に座るシカゴ。グループチャットのようだ。
《Chicago: 俺とアイリスの付き合いが結構長いこと、ファイヴさんに言ってましたっけ》
個人情報か戦闘能力に関わる話だろうか、とファイヴは理解した。騒がしい酒場の中とはいえ、その手の話をこの場で口にするのはよろしくない。
《Phive: 初耳だな。まぁ俺がGGO始めたの結構最近だし、おかしな話じゃないだろうが》
《Iris: 私が始めたのもファイヴさんより少し前ってだけですから、そんなに長くはないですよ……》
《Chicago: 謙遜しなくていいよ。プレイ時間の割にレベルが低めなのも、害悪スコードロンに飼い殺しにされてたのが理由だしね》
《Iris: あの時は、本当に助かりました》
ここでファイヴの知らない情報が出て来た。確かにアイリスは、戦闘慣れしている割にはステータスが低めとは思っていたが……。
《Chicago: どういたしまして》
《Chicago: まあ詳細は省くッスけど、簡単に言えばちょっとした人助けから関係が始まった訳ッスね》
《Iris: ちょっとというか……シカゴさんには随分迷惑掛けました。すみません》
《Chicago: へーきへーき。今は楽しいしさ》
VRだと言うのに、ファイヴは砂糖でも吐きそうな気分になった。現実逃避に頭を空にしようとして、そういえば二人ともベレッタ社の拳銃を使っているな……と思い起こし、シュガー成分は更に加速した。
《Phive: そりゃ随分と仲睦まじいけど、それでもオフ会ってのは抵抗あるだろ。俺がおかしいの?》
《Chicago: まぁ、今時ネットのフレンドと会うのは普通――って言いたいッスけど、抵抗は多少ありますねやっぱ》
《Phive: んじゃ、踏み切ったその心は?》
メッセージを送信し、シカゴの顔色を見やるファイヴ。茶髪のイケメンアバターは、照れくさそうに顔のサンマ傷を掻いた。
《Chicago: まぁ、いわゆるリアル割れしちゃいまして》
「えっ……」
思わず、ファイヴの仮想の喉から声が漏れた。
《Iris: なんというか、顔見知り……だったんですよね。リアルで》
《Iris: お互いに同じゲームを遊ぶ仲間だとは、知らなくて。さっき世間話をしていたら、それがわかって……》
アイリスに視線を移せば、彼女も控えめに頷いた。
「……マジか」
《Chicago: マジッスね。俺達もびっくりしましたよ》
《Phive: いや、まぁ、いいんじゃねーの。それならもう、互いのことはよく知ってるだろうし》
偶然ってのは時折怖いなぁ――とファイヴは一人思う。
シカゴとアイリスが互いを悪く思っていないのは、流石に鈍ちんな彼にもわかる。その上で現実での身の上にも多少理解があるなら、別に止める理由もない。
「っつー訳で、ファイヴさんもオフ会来ませんか? 優勝したら!」
「優勝したらかよ……気が早くねーか」
ファイヴががくりと肩を落とす。失意よりも、呆れの方が強かった。
「優勝まで行かなくても、楽しみを目標にしたらモチベーションが上がると思いまして。私から言い出したわがままなので、ご都合悪ければ無理しなくても……」
少し困った笑顔でそう提案するアイリス。……まぁ、
「んまぁ、考えておくよ。手を抜くつもりはなかったけど、お前らの為にも頑張るさ」
そう言うと二人の顔が更に明るくなった。やはりまだオフ会という響きに苦手意識はあったが、ファイヴも気分が良かった。
「流石ファイヴさん! そう言ってくれると信じてましたよ」
「ありがとうございます! そしたら、ファイヴさんも何かやりたい事決めましょうよ。私達も協力できるかも」
「やりたい事ねぇ……」
急に話を振られて、ファイヴは唸り始める。
思い返してみればファイヴは、シカゴに《ドミネイターズ》へ誘われ、アイリスに対人戦での矜持を示され、のべ助に覚悟を固めてもらっての参加だ。
彼自身は「敵をブッ殺し、勝負を楽しむ」くらいしか目標がなかった。
それで良いとは思っていたが、確かにモチベーションの差はイザという時に響くことが多い。
覚悟――とまでは行かないにしろ、何かしら
(覚悟、ねぇ……)
そう言えば、覚悟に満ちた眼差しというのは最近体験した事を思い出す。……その眼光の持ち主が不在であることも。
「ちょっとパス、後で考えるわ。……のべ助、遅いな」
「ん? まぁ結構珍しいッスね。けどまだ集合時間前ですし……一応、連絡しましょうかね」
シカゴがメッセージUIをイジり出す。と同時、ファイヴの眼前に通知ウィンドウが現れた。
「ん、着信? ああ、リアルの方か」
アミュスフィアは連携した情報端末の情報を、基本的には逐一反映してくれる機能を持っている。この場合は現実の暁のスマートフォンへの着信を知らせてくれていた。
ファイヴは発信者の名前を確認しちらりと腕時計を見て、一旦ログアウトする事を決めた。
「ちょっと落ちるわ。多分すぐ済む用」
「うっす。じゃあまた後で」
そういってファイヴは立ち上がるが、ろくに前を見てなかった。自然、雑多な酒場を行き交う人に軽くぶつかってしまった。
「ああ、すんません……」
「気にぃしないで~♪」
「――?」
ファイヴに軽く返された、さえずる様な歌声。
様々な雑音が飛び交うこの場であってもスッと通るほどにクリアで、そして短い節に込められた軽やかなエッセンスが鮮やかなさえずりであった。
(今のは……?)
良い意味で全く
……が、その女性アバターは軽い足取りでギャラリーの人混みに紛れていった。
かろうじて見えたのは、頭の高い位置で揺れる黒いポニーテールのみ。身長はファイヴと同じ175センチほどだろうか。
「ファイヴさん、何で立ってるんですか? 人が多いですから、さっきみたいにぶつかっちゃいますよ?」
「あー、まだログアウトの時外に移動するクセ抜けてないんスか。その辺はまだ
そうしてる間に、着信が途切れてしまった。しまったと思いながらもファイヴは席に直った。
「あー、そうだった……。思えば俺、まだまだNoobだったわ」
「ぬーぶ?」
「雑魚の初心者の事。プレイ時間500行くまではチュートリアルッスよ。ま、はよ電話行ってきてくださいな」
シカゴが笑いながらしっしと手を払う。悪ふざけだと分かっているので、ファイヴもニヤケながらその手を払った。
「なんで追い払おうとしてんだよ。とりあえず、また後でな。『ログアウト』」
「うーッス」
「お待ちしてますよ」
強面のアバターが、光の粒子となって溶けてゆく。仮想の世界から、現実への浮上だ。
(――そういや、アイリスって結局誰なんだろうな?)
シカゴが嬉々としてオフ会の計画を語る以上、祐士自身がアイリスの
そして、アイリスの反応を見るに彼女も――
(……やっぱ遅れてやろうかな)
それは流石にないにしても、煙草一本分くらいの時間はもらう事に決めた。