「また砂漠かよ……最近訓練でも砂漠ばっかだった気がするなぁ」
機敏な動作で片膝をついてライフルを構えるシカゴが、裏腹に若干ぐったりした調子で呟く。
GGOでは度を越した暑さ・寒さは感じないので、不満の元は
そう、砂漠だ。一面に目が痛くなるような赤茶色の、ピンク色の砂漠が広がっている。
フィールドを照らす太陽が西日なこともあって、色彩感覚がおかしくなりそうだ。
ファイヴ達もそれぞれが別の方向へ自身の銃を向け、チーム全体で360度全てをカバーする陣形を取った。
全員がそっぽを向き榴弾や長距離射撃に備えるが、呟くような声でも通信機でチーム全体の声が聞こえている。
「あんまり良くないですね……射程が生かせるのは良いですけど、こっちが野ざらしです」
アイリスも周囲を警戒しながら、広大な砂漠を見てこぼした。
ピンク色の砂地と地続きに、山岳・市街地――そして森にサバンナのような草原が奥に見える。
もしそれらから敵が狙ってくれば、こちらからは見えず一方的に頭を押さえつけられる。砂と同じくピンク色の岩や遺跡の残骸に身を隠せなくも無いが、それらもまばらだ。
「とりあえずマップは俺が見るから、全員周囲警戒」
シカゴが警戒を解き、腕に巻きつけた端末を操作し始める。これが《ドミネイターズ》限定フィールドのマップ兼、サテライトスキャンにより暴露した敵の位置を確認する
アイリスとのべ助は、シカゴの呼びかけに応じて即座に索敵範囲を広げた。ファイヴもそれに数瞬遅れて追随する。
「っとと……」
少しぼんやりしてしまった、と自戒してファイヴは気を引き締める。
大会はもう始まっているのだ。一応視界のうちに人影はないが、対物ライフルなどであれば十分に射程範囲だ。
「ファイヴ」
「うん?」
「……ぼーっとしてた」
しかし、それを聡く察知していたらしいのべ助から無線が飛んできた。
後ろにも目が付いてんのか? とファイヴは苦笑いする。言い訳も多分、通じない。
「悪い。やる気無いわけじゃないんだけどさ」
「別に、咎めるつもりはない。――個別チャンネル、だし」
「そりゃどーも」
シカゴやアイリスに要らぬ心配も掛けない様、気遣ってくれたらしい。
「不安?」
「そういうんじゃない。ただ――――」
「ただ?」
ファイヴは視線の延長――MPX短機関銃の照準の先に、一人の少女を幻視した。
ピンクの荒野に立つ、小さなピンクの少女の背中を。
「こっから始まったんだな、ってさ」
あの時、ピンクのP90で蜂の巣にされた時から、ファイヴという男の在り様は大きく変わった。彼女がいなければ今のファイヴも、VICNというチームも無かったのだ。
いつか、あのすばしこいピンクの背中に追いついて、弾丸を撃ち交わす日が来るだろうか。そう考えるだけで、ファイヴの口元は獰猛に吊りあがった。
「……そうだね。でも、いつかより今」
「お見通しかよ。わかってるって」
「頼りにしてる」
「おっ、いいね。そういうの気合入る」
「…………ばか」
その一言を最後に、無線にはシカゴのあーでもないこーでもないというボヤキが戻ってくる。個別チャンネルが切られたのだ。
心中を見透かされたお返しにちょっとからかったが、やりすぎただろうか。戦闘前後に気が大きくなるのは自身の悪い癖だ、とファイヴは思う。
「オーケー、決めた。全員、2時の方向に前進。9時から15時までの半円陣形。10メートル以上の間隔を保ったまま、姿勢を低く」
シカゴが流れるように指示を出し、またファイヴ達も立ち位置を組みなおして前進を始める。シカゴが先頭、殿はファイヴだ。
「向こうの拠点は諦めんのかよ?」
周囲警戒を緩めず早足で移動しながら、ファイヴはシカゴに尋ねた。
「まず、砂漠での防衛は実は結構有利ッス。ウチにはアサルトライフルの射程外から攻撃できる
「じゃあ尚更……」
「けどこれは、守るならの話ッス。ゲームが進めば複数の拠点へ移動して抑えてなきゃいけないんスよ」
言われてからファイヴはハッとした。遮蔽物の無い、平地を予測線を掻い潜りながら進むか戦うことを強いられるのだ。
「……イケるんじゃね?」
「ファイヴさん基準で話さんでくださいよ。それに1チームならともかく、鉢合わせた2チーム以上に十字砲火されたら?」
「そりゃ無理だわ。よし砂漠は捨てよう」
即座に手の平を返したファイヴにシカゴは嘆息する。
「ま、後はここがマップの角っていうのもあるんスけどね。フィールドのほぼ南端ほぼッスよ、ここ」
「ああ、アレやっぱりフィールドの壁か……」
ファイヴは先ほど周囲警戒中に見た、巨大な白い壁を思い出す。切れ目なく、
要は「ここから先は進入不可」という事なんだろう。――とファイヴは考えた。
「そッスね、だから後退も離脱もできない拠点に篭ったら敵に殺到されるか足止めされて死にます。とっとと進んで敵突破して拠点入りした方が、後ろを気にしないで良いんでまだ楽ッス」
「……あそこから撃たれねーかな? SJ2だとアレで優勝したやつがいただろ」
ファイヴはあくまで可能性として、フィールドを囲う壁面の上から撃たれる可能性を示唆した。
彼が
「うーん、可能性は低いッス。第一、あの壁の上からだとどこの拠点にも干渉できません」
「だよな。言ってみただけだ」
重装備でそこそこの急ぎ足、しかも中腰の姿勢で砂漠を横断中であるのに、男二人の口調は軽やかだ。
GGOではどれだけ肉体を酷使しても現実の体に影響は無いので疲労しない。が、やはり自分の意思で一挙手一足投を行うので精神は披露する。
その為こういう景色の続かないところでの長期単純運動は、気を紛らわしながら行うのが良いというのはVRゲーマーの半ば常識だ。――当然、警戒は緩めない。
「敵、見えませんね」
野郎同士の会話が途切れたのを見計らい、アイリスが呟く。シカゴが応じた。
「来るとしたら、可能性が高いのは森から狙撃かな。多分そこと砂漠の境で敵が息を潜めてるかも。住宅地の方もちょっと怖いな……」
サクサクと進軍しながら、彼らは危なげなくする。
とは言え戦いはすでに始まっている。どこから銃弾が飛んできてもおかしくない。
「正面からはどうでしょう?」
「あの岩山? それは無いと思うな。あそこからなら周囲の地形に大抵有利が取れる。追撃を警戒するにしても一旦拠点に入ってから引き返す方が確実だし――」
「待って」
流暢に話すシカゴを遮り、のべ助は一同を制止させた。
「来てる、正面」
「えぇ? 何も見えませんけど……」
アイリスを筆頭に疑問を抱きながらも、全員が停止する。
「砂漠と岩の境。岩の裏に隠れてる。多分、3人」
「なんでわかんのさ」
「音」
何てこと無いように返された言葉に、ファイヴは三白眼を剥いた。
「耳良いってレベルじゃねーぞオイ。どんだけ聴覚系スキル取ってんだよ」
「少し。……聴き分けは、コツがいる」
そう言うなり、のべ助はスカウトライフルを立射姿勢で構え、即座に撃った。
全くの無駄撃ち――しかもスナイパー最大の強みである予測線無しの射撃を無駄撃ちした、かに見えた。
事実、放たれた7.62ミリ弾は数百メートル先の岩に直撃。一部を抉っただけに過ぎない。
が、その抉れからは銃身――いや、砲身が覗いている。
視覚強化スキルで目敏くそれを捉えたファイヴが、叫んだ。
「散れッ、
それを裏付けるかのように、ファイヴ達の足元には円形に赤いライトエフェクトが広がる。
円の中央には件の砲身から伸びる
「この範囲――プラズマかよクソッ!!」
シカゴが悪態を吐くのを皮切りに、一同は雲の子を散らすように走り出す。チーム内では最も鈍足の彼は、無傷はおろか子の一撃で即死するかもしれない。
ファイヴの焦燥に追い討ちをかける様に、ポンッ! とどうにも間の抜けた射撃音。このままではシカゴがやられる――
「どっせーい!」
「ごっはぁ!?」
どうするどうすると悩んでいたファイヴの横をすり抜けたアイリスが、弾丸のようなスピードでシカゴの背中にドロップキックをかました。装備も含めかなりの体重のはずの
乱暴ではあるがこれによりシカゴは爆風の範囲から逃れられ、アイリスも蹴りを決めた後に素晴らしいフォームで着地。即座にトップスピードのダッシュで榴弾の殺傷範囲から逃れた。
「うわぁ……ってやっべ!」
アイリスの殺人的な飛び蹴りに目を取られ、ファイヴは自分が榴弾の殺傷圏内から逃れていないことを忘れていた。
焦るファイヴに構うことなく榴弾は飛んできて、轟音と共に一帯をプラズマ炎で吹き飛ばした。
「のわーっ!!」
「ファイヴさん!」
「ファイヴ……っ!」
爆風に飛ばされ、ファイヴはごろごろと乾いた大地を転がった。が、即座に顔を起こす。
「ぶはっ……大丈夫だ、死んでねぇ!」
直前でファイヴは、前方に向かって思い切りジャンプをしていた。
通常の榴弾であれば破片が飛散するため伏せるのが正解だが、プラズマグレネードはその爆風と熱量による攻撃だ。
その場の機転と
が、総崩れになったファイヴ達を敵が見逃すはずもない。
息をつく暇もなく弾道予測線が――今度は銃弾を示す赤いラインがファイヴの体に突き刺さる。
「ちょっと待て待てあだっ!?」
悠長に体勢を立て直す暇もないファイヴは無様に地面を転がって回避するも、遠距離から飛来する弾丸を1発もらってしまった。
HPゲージがガクンと減少する。
「ファイヴさん! 野郎ッ!」
「応戦します! 距離およそ300!」
起きあがったシカゴとアイリスが、襲撃者に向けて銃撃を開始する。だが、やはり遮蔽物から攻撃する敵側に対しこちらは分が悪い。
長距離からの正確な狙撃に加え、制圧射撃に釘付けにされる。二人は伏せて応戦するのがやっとだ。
「いてて、妙だな……」
「妙って、何?」
俊足でファイヴの援護にやってきたのべ助が、ぶっきらぼうな手つきでファイヴの首筋に回復アンプルを突き刺した。
大会参加者に支給される回復アイテムで、HP最大値の3割をゆっくりと回復するものだ。
「ぐえっ! もっと優しくしてくれ、って危ね――!」
棒立ちののべ助に予測線が突き立つのを見たファイヴが、彼女を引っ張り伏せさせようとする。
それよりも早く、まるで予測線が見えているかのように彼女は反応した。半歩身を引くだけで、予測線通りに飛んできた銃弾数発を回避する。
「……で、妙って?」
「お、おう……。見間違いじゃなきゃ、
「……わかるの? あの一瞬で?」
「オタクなんでな」
「そう」
同調しながらのべ助はナイフを引き抜き、ファイヴに襲いかかる弾道に向けて一閃。
剣筋は見慣れないライトエフェクトを引き、甲高い衝突音を奏でた。
――信じられないが、それは彼女が銃撃を切断した事を意味している。
「ウッソだろ……」
「特技。つまり、何か仕掛けてくる?」
「お、おう……そゆこと」
やや脳の整理がついていないファイヴだが、戸惑いながらも首肯する。
するとその推論を裏付けるように、遮蔽物の裏からまたしても榴弾が発射された。テンポよく、3発。
が、それらはファイヴ達よりも手前に着弾し、白煙を上げた。
「スモークですね」
「……明らかに誘われている。どうします?」
銃撃戦を繰り広げていたシカゴとアイリスの組が、未だ身を低くしたまま通信機で語りかけてきた。
戦術担当の彼が戸惑うのも当然だ。銃撃戦で圧倒されていたのだから、わざわざ煙幕で視界を遮る意味がない。
「――俺が行く。せっかく舞台を整えてくれたんだ、ノッてやらなきゃな」
「ッスね。敵の後衛は俺らが抑えんで、暴れてください」
さっきまで圧倒的劣勢だったというのに、彼らは既に威勢を取り戻していた。
何より――
「煙幕を迂回して、援護できそうなら撃ちます。がんばってくださいね」
「ふぁいと」
「おう。……やりますか」
チームメイトにサムズアップし、その手でMPX短機関銃を握る。
煙幕に向かって、黒ずくめの男は突撃していった。
読者の皆様、大変お待たせしました。
長らく更新のない間も感想欄にて応援頂き、とてもうれしかったです。
これからもこんな拙作にお付き合いいただけると幸いです。