ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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#03 黒鋼商会

「あれ……?」

 

 シカゴはオールドグラスを傾けつつ自身のストレージウィンドウを操作して首を捻った。

飲み物分の料金支払い手続きがいつまで経っても行わないのだ。

 

「ああ、それ僕の奢りで。新たな戦友に乾杯、って事で」

 

 見ると、カウンターの隅に腰掛けた小柄な初老のアバターが軽く手を振っていた。

 

「ああ……どうも」

 

 忍者のような紺のツナギ姿に似合わないパイプを燻らす男に、シカゴもはにかんで手を振り返す。心中は穏やかでなかった。

 

(迂闊だった……店に入った時は俺達以外に客は居なかったし、こんな街の端に来る物好きはそうそう居ないだろうと高を括っていた)

 

 第三者がいる状況でファイヴの育成方針の全てをオープンにした――対人攻撃が常であり対人戦(PvP)が日常的に行われるGGOに於いて、これは一人のプレイヤーの決定的な攻略法を大々的に宣伝したことになる。

 

 もしこの初老の男がファイヴに対して害意のある――初心者狩りなどの悪質なプレイヤーであれば、シカゴ一人でファイヴを守りきるのは難しい。

 

 もしかするとこの会話は、このぶっきらぼうだがお人好しの先輩を引退に追い込む一手になったのかもしれない。

 

(どうする……効果は薄いが何かしら与えて口止めするか……いやそもそも敵意があると決まった訳じゃ……ああクソこんな事ならケチらずにプライベートルームを借りておくんだった――)

 

「お、どーもなオッサン。アバカ交換しよう」

「勿論だとも」

「えぇ……」

 

 やはりシカゴの心配など余所に、身分不明の男とファイヴはさっさとアバターカードを交換してしまった。身分を明かしたと言う事が、明確に敵意が無いことの意志表示である事は明らかだった。

 

「あー……ビクターさん、か?」

「ドイツ語読みするんだよ、それ」

「んじゃ、Victor(ヴィクトル)ってところか」

「正解。宜しく頼むよ、ファイヴ君」

 

 ヴィクトルと名乗った小柄な男は嬉しそうに目を細め、ゆったりと酒でも嗜むかのように煙を吐いた。

 

「お連れの方も、よければ」

「はっ? あ、あーはい」

 

 すっかり毒気を抜かれたシカゴは若干戸惑いつつも、慣れた手つきでヴィクトルからの申請を承認する。

 

「シカゴ君、だよね。今後とも宜しく」

「ああ、よろしく……」

 

 シカゴもヴィクトルと軽く会釈を交わして、互いにヴァーチャルの酒と煙草を一服。

 

「……んでさ、ヴィクトル。俺らに何の用? 一杯とは言え、別に慈善事業じゃねーだろ」

 

 再び口火を切ったのはファイヴだ。

 

「これは手厳しい……言ったじゃないか。新たな戦友に、って……」

「その割には、さっきから()()しか見てねーじゃん」

 

 ファイヴは、MEUピストルのトリガーガードに指を引っかけたまま、ヴィクトルの眼前でふらふらと振り子のように揺らした。

 

「気付いていたんだ。……ああいや、僕の目当ての物では無いみたいだ。不躾にジロジロ見ていた事は謝るよ」

 

 ヴィクトルはにこやかな顔を崩さないまま、会釈と対して変わらぬ角度で頭を下げた。

 そうしたまま流れるような手つきでストレージを操作し、先刻のファイヴと同じように一挺の拳銃――MEU拳銃を手の内に現した。 しかし、ファイヴの物とはハンマーやサイトの形状、刻印が違う。

 

「僕はプレイヤーズショップを……有り体に言うと、このGGO内で武器商人の真似事をして稼いでいる人間でね。こっちのMEUはコレクターズアイテムとして人気があるんだ」

「で、ファイヴさんに商談を持ちかけよう、って事だったのか。でもファイヴさんは売る気無いと思うぞ」

「それ、前期型(アーリーモデル)じゃんか。後期型(こっちの)は人気ねーの?」

 

 ヴィクトルがいじっている1911拳銃は、ファイヴが弄ぶ物よりも簡素で、古い型式のものであった。

 

「希少度的には、だけどね。そこは残念だけど、よければ『商談』を続けさせてもらえれば、と……」

 

 ヴィクトルは糸のように細い目を少しだけ開き、ぬるりという擬音がピッタリの動作でMEUピストルを手の内から()()()

 

「……ん!?」

「――さっきも言った通り、僕は武器商人の真似事をやっている……と同時に、銃器職人(ガンスミス)の真似事もやっててね。最近やっと、マトモなカスタム銃を製造できるようになってさ」

 

 ファイヴが目を見張る頃には、妖しく嗤うヴィクトルの手に新たな1911拳銃が現れていた。 ファイヴ程度の銃オタクであれば名は知っている、高品質なカスタムパーツを随所に用いたマニア垂涎の逸品であった。

 

「二挺拳銃、するんだろう? コルトの方をカスタムさせてくれたら、今なら二挺分のホルスターもお付けしてお値段据え置きだよ」

「……ぬぐ」

 

 十二分に魅力的な話だが、提示された額はファイヴの全財産を少々オーバーしていた。

 

「なぁシカゴ、今までの戦利品売ったら足りると思うか?」

「無理ッスね。最初期フィールドのドロップなんて、それこそレア銃でもなきゃ値段なんて有って無いようなもんスよ」

「だよなぁ……」

 

 シカゴに予算提案を一刀両断されたファイヴは、GGOを開始して以来もう何度目かも分からない溜め息を吐いて二挺の拳銃をカウンターに投げ出した。

 

「……予算オーバーなら、分割でもいいよ?」

「……マジ?」

「うん。まぁ、僕としては先行投資というか、顧客開拓しなきゃだからね」

 

 ガンスミス。現実世界の銃社会国家であればそれほど珍しい職業ではないが、GGOではこれを含め生産系スキルはかなり希少な部類に入る。

 

 ある意味、プレイヤーは()()()が大多数。

 その大多数からすれば、貴重なスキルポイントを銃の改造に回すくらいなら、新しい銃を買った方が利口と言うものだ。 更に言えば、ガンスミス系スキルはGGOに於いて不遇と見られるのが一般的。ヴィクトルからすれば、是非ファイヴのような顧客は獲得しておきたいのだろう。

 

「アンタ、もしかして戦闘捨ててんじゃねーの?」

「そうだね。特に対人戦ではただのカカシですな」

 

 シカゴの呆れ声を受け、初老のアバターは痛快そうに笑い声を漏らした。

 

「……うし、商談成立だ。頼むぜヴィクトル」

「毎度ありがとうございます。代金と銃、確かにお預かりするよ」

 

 手元に現れたプレイヤー間トレード取引ウィンドウの承認ボタンを、ファイヴは迷いなく押した。ストレージ表示からPT1911とクレジットが消失し、代わりに日付と位置情報が送られてきた。

 

「受け取ったぞ。……なんだ? この時間と場所」

「ゲームといえど、作業台が無きゃ弄れなくってさ……。それから、今後とも『黒鋼商会(くろがねしょうかい)』を宜しくお願い致します。……薬莢からシェルターまで、取り揃えておりますので」

「ああ、そういう……煙草ある?」

「勿論。リアルの物には及ばないけどね」

「先輩……ゲームの中くらい禁煙しないんスか?」

「するメリットねーだろ。ゲームなんだからさ」

 

 ――2020年代になってから喫煙者人口は減り続けていたが、ファイヴは珍しく古典的かつ典型的なニコチン中毒者であった。

 

「それに、言うじゃないか。『たばこの煙は、孤独な兵士の偉大なる相棒である』ってさ」

「……先輩が言うと説得力パネェッス」

「どういう意味だコラ」

 

 早速入手したMEU拳銃を試す機会に恵まれたファイヴであったが、残念ながらここは町の酒場。

 炸裂音と共に放たれた.45口径弾は狙い違わずシカゴの顔面に叩き込まれたが、彼のイケメンフェイスを吹き飛ばす前に消失してしまうのだった。

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