#01 早朝、日は昇る
「おーっす。邪魔するぞー」
現実の時刻は午前五時を少し過ぎた頃。ケバケバしい原色の厚い雲が空を覆うGGOの世界に於いて、昇った日の光が射し込む数少ない時間の一つだ。
ファイヴは総督府の外れ――ロクな整備のされていない迷路のような裏路地に構えた『
壁や床、棚やカウンターなどに銃火器や野戦服などの商品が所狭しと並べられている店内に踏み込んだファイヴは、会計カウンターの向こうでAR-15ライフルを分解している初老の店主に声をかけた。
「やぁファイヴ君、いらっしゃい。今朝は早いんだね」
「職場が遠くてな。悪いな、準備中に邪魔して」
ファイヴのリアル――
「いやいや良いんだよ。君は大事なお得意さんだからね。僕一人が個人的な個人的な趣味でやってる店に付き合ってもらえて本当に助かってるし」
実のところ最初にコルト1911拳銃のカスタムを任せて以来、ファイヴは全ての買い物をヴィクトルの営むこの店で済ませていた。
そう、本当に
――カスタム拳銃は言わずもがな、先日巨大ダンゴムシを仕留める時に用いた二挺のSIG MPX-Kサブマシンガンも。それらの弾薬や弾倉も。
前例の殆どない、短機関銃を納めるためのホルスターに至ってはヴィクトルの自作品だ。
他にもレザージャケットやカーゴパンツ、ブーツに作業帽、戦闘時に着込むタクティカルベストやアーマーなども全て『黒鋼商会』で買えた。
買えてしまったのだ。
ちなみに戦闘用の服装であるのにやたらとファッショナブルなのは、ファイヴの趣味が理由の一つだ。
……野戦用の迷彩柄
「しかし、本当に何でもあるよなこの店は。弾薬も普通の店で買うよか安いし」
「そこはまぁ、趣味経営の強みかな。在庫はいつも心許ないから、大きなモールに出店って訳には行かないけどね」
ファイヴは幾度と無く不要な弾薬やドロップアイテムをヴィクトルに売りつけてきたため、店舗経営の採算はしっかり取れているであろう事は容易に想像できた。
「で、今日は何買うんだい? いつも通り弾薬だけ?」
「その前に、ドロップしたの売らせてくれ。ホイ」
ファイヴはカウンターに鈍い銀色に輝く大型拳銃をゴトリと置いた。それを見たヴィクトルは、今まで会話しながらも決して止まらなかったライフルをいじくる手を止めた。
「《デザートイーグル》ね……うん、これこそ僕が探していたものだ。ありがとうファイヴ君」
「おうよ。ギブアンドテイクは俺も好きだぞ」
ファイヴはヴィクトルから、強力なマグナム弾を用いる拳銃を探して欲しいとの依頼を受けていた。
ヴィクトルはアバターステータスやスキルが生産系に特化しているため、ドロップアイテムの収集をファイヴのような
「……でも、何に使うんだ? ヴィクトルが撃てるような銃じゃないだろ」
「君の他に贔屓にしてもらってるお客さんがね、とにかくハイパワーなオートが欲しいって言ってきてさ。買い取り金額に色付けておくよ。毎度あり」
もうすっかり馴れてしまったプレイヤー間取引を行うと、ファイヴの所持金にデザートイーグルの公式売値のおおよそ倍のクレジットが追加された。
「弾薬は……そうだな。9mmを200発と、.45を50発頼む」
「おや、最近はそんなに撃ってないんだね」
「シカゴにレベルが追いついてきてな。一緒に狩りすることが多くなってきた」
購入した分の弾薬費は、デザートイーグルを売って得た金でも多大にお釣りが来るほどの値段しかしなかった。
「……そうだ、ライフル探してんだよ」
「へぇ、どんな?」
「軽いに越したことはないな。口径は5.56mmで、出来ればストックを折り畳んだりして全長縮められるヤツ」
「中距離射程を補おうって事かな? じゃあ近距離の取り回しよりは命中精度重視だね?」
「そうそう。そういう事」
ファイヴが黒鋼商会を愛顧している多数の理由のうちがこれだ。
「じゃあ……これなんかどうかな。米国ケルテックの《SU-16》ライフル。セミオートオンリーだけど、軽いし結構当たる。撃たない時はストックを銃身下部に折り畳めるし、ハンドガードは分割してバイポッドに出来る。ストックにはマグホルダー付きだよ。何より、安い」
ヴィクトルが喜々として取り出した、全身をプラスチックで覆われた猟銃と言った雰囲気のライフルをファイヴは受け取り、構えたり各機構をいじったりしてみる。
「悪くねぇ……けどコレ、ストック畳んだまま撃てねーじゃん。マガジン抜かなきゃいけねーし」
「ん、そっか。じゃあこっちの方が良いかな。ストックを簡略化した《SU-16C》。マグホルダー省略と肉抜きをして、畳んだままでも射撃やリロードできるようにしたタイプね」
ファイヴは持たされたSU-16と交換するようにヴィクトルからSU-16Cを受け取り、ストックを展開して肩に押しつける。
かと思えばストックを畳み、グリップとハンドガードを保持したり、片手のみで突き出すように構えて調子を見たりした。
「いいな、買うよ」
「毎度あり。マガジン二つと弾薬50発はオマケしとくね」
「あとスコープくれない? 低倍率ので良い。弾薬は50発追加で買う」
「レティクルはMOA? それともMil?」
「Mil。ヤードポンド法は滅べ」
「
ファイヴはSU-16Cをヴィクトルに一旦返してから、短く細いライフルスコープを手渡される。
想像していたよりは軽量なソレを覗き込み、倍率を買えたりノブを回したりと、銃と同じように満足するまで好き放題いじり倒してから返した。
「んー、まぁ良いんじゃねーの?」
「お気に召したようなら何より。買う?」
「おう……ってちょっと待て。なんで値段がライフルの倍以上するんだよ」
ヴィクトルから提示された金額は、SU-16Cの倍どころか三倍に届こうかというほどだ。
ライフルの価格が低めというのを入れても、ファイヴにとってはなかなかに刺激的な額であった。
「光学照準器が鉄砲より高いのは当然さ。
「いやまぁ、そうだけどさぁ……」
「じゃあ、ライフルスリングも付けるよ。買っちゃいなって」
初老のアバターは、優しげで穏やかな表情を崩さず――しかし明らかに人の悪そうな笑みを浮かべてファイヴの顔をじっと見つめた。
「…………商売上手め」
「毎度ありー」
上手いこと乗せられたような気もするが、ヴィクトルから持ちかけられた商品は決して悪い物では無かった。
……無いのだが、狩りに行った前よりも減ってしまうであろう所持金を見て、ファイヴは溜め息を吐かずにはいられなかった。
ファイヴは今まで光学照準器の類を銃に搭載した試しが無い為、スコープの相場を実感したことがなかったというのも彼の憂鬱に拍車をかける。
「あ、そうそうスコープで思い出したんだけどさ。最近まとまった数のレンジファインダーが格安で仕入れられて――」
「やめろ! 俺を在庫処理に使うんじゃない!」
このようにヴィクトルがお得感を前面に押し出してセールスを行う時は、どうにかしてブツを売りさばこうとしている時であるとファイヴは身を持って学習していた。
「失敬な。その言い方じゃまるでウチのイチオシ商品が不良品みたいじゃないか」
「必要ないモンまで買う余裕は無い。その気になりゃスコープでも距離は測れるしな」
ヴィクトルの言うレンジファインダーとは、光学器械に目盛りや不可視レーザー投射装置を組み合わせた物で、名称通り覗いた対象までの距離を即座に測定できる物だ。
「まぁ別にいいさ。他に買い手のアテはあるしね」
「それって『それ以外に買い手のアテがない』って事じゃねーの?」
「ぐっ……言うじゃないか。まぁ君の分の在庫は取っておくよ。いつでも買いに来なね」
「考えとく。とりあえず、ライフルくれ」
「ああそうだった。じゃあ、お会計よろしく」
ファイヴが提示された額のクレジットを支払うと、いつの間にかスコープとスリングが装着されていたポリマー製ライフルがヴィクトルの腕の内から消え失せる。自身のストレージに《SU-16C》の文字があるのを確認してから、ファイヴは踵を返した。
「邪魔したな」
「いやいや。またお越しくださいませー」
愛想の良い声を背中に受けながら、ファイヴは肩越しに手を振って店の出入り口のドアノブに手を掛けた。
その古くさい木製の扉を外からの控えめなノックが打ち鳴らしたのは、それとほぼ同時であった。