ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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#04 シケた現実

 重度なニコチン中毒者の一部に、煙草の事を『酸素ボンベ』と呼ぶ人間が居る。

 

 これは「吸わなければ死んでしまう」とでも言わんばかりに執着している様と、いつか本物の呼吸補助用の酸素ボンベが取って代わるかもしれない将来を自ら皮肉ってのものだ。

 要は比喩表現を併せた自虐ネタの一種である。 

 

 そんな『酸素ボンベ』を嗜む人間が、四方を息の詰まりそうに重厚な壁に覆われた密室に一人。

 

「すー、ふはー……」

 

 年齢よりは大人びた――忌憚なく表せば、世の煩悩に揉まれて疲れ切った雰囲気を滲ませている青年、真部(マナベ)(アキ)だ。

 

 GGOのアバター《ファイヴ》と比較してかなり柔和な顔立ちをした彼は、それこそ深呼吸でもするかのように紫煙を吸って吐いてを一定のテンポで繰り返していた。

 

 一連の動作の中で、視線は曇ったレンズ越しに何もない虚空の一点を見つめるのみ。そのプラスもマイナスも感情が映らない光無き瞳は、彼のアバターと瓜二つであった。

 

「はー……」

 

(……今年のラク単は何だろうなぁ。つーか今年度から就活準備せにゃいかんし……くそー)

 

 他者から全てを悟ったかのように見られる暁も、蓋を開ければ一学生に過ぎない。

 他人よりは喜ぶ事より悩む事の方が多いが、身の丈並の考えを巡らせる事も多々ある。

 

 それが大学三年生ともなれば尚更だ。

 

「すんません、火ィ借りて良いッスか?」

「ん? ああ……」

 

 ポケットからオイルライターを取り出しつつ振り向くと、すぐ背後にそこそこに整った顔の青年がにこにこ笑いながら立っていた。

 

「何だ、トミーかよ」

「ちゃっす先輩。リアルでは終業式ぶりッスね」

 

 軽く頭を下げてから煙草を銜えた青年――富山(トミヤマ)裕士(ユウジ)に、暁はライターを擦る事で応じる。

 

 

 ――裕士は、抽象的に想像される『男子大学生』に概ね当てはまる男である。

 体格は現代っ子らしく170センチ後半で、染髪を行うなど身だしなみに人並み程度の気を使う。

 

 科目毎に得手不得手が激しいものの危なげなく大学入試に受かり、少々怠惰に授業を受けて進学してきた。

 

 特別優秀な訳でもなければ問題が有る訳でもない。至って善良な――たまに己のアイデンティティを疑ってしまうのが悩みの、人畜無害な青年である。

 

 暁とは2つ年が離れているが、互いに「何かと趣味が合う」と付き合いが続き現在に至る。

 

 

「……ふぅ。あざっす」

「煙草なんて、辞められるうちに辞めた方が良いぞ」

「先輩が美少女だったら考えてました」

「残念だったな。俺がアキちゃん先輩じゃなくて」

 

 毒性の煙と言葉とを交互に吐き出しながら談笑する。これが、暁と裕士の基本的なつるみ方だった。

 

「正直、暁さんみたいな女性がいたら結構な美少女でもなかなか……」

「仮にも先輩の人格全否定とか肝座ってんなオイ。……俺も自分の性格みたいな女なんて絶対イヤだが」

「それに俺、年下の方が好みッス」

「まぁわかる」

「共学に入ればなりゆきで年下彼女ができる。そう思っていた時期が俺にもありました」

「それがもう三年か。未来は暗そうだな」

「言わんでくださいよ。てかそれ先輩も同じッスよ」

 

 先の通り裕士は、単位の取りこぼしはあったものの順調に進学している。……対して、暁は二年生を二回経験した。

 そのため二年前は学年違いだった暁と裕士は去年度から同級生となっている。今年は互いに三年生だ。

 

「あ、もっかい点けてもらって良いスか」

「チェーンすんなって言ってんだろ。ほらよ」

「ども。……すぱー」

「すぅ、はー……」

 

 裕士が二本目の1/4を灰にした辺りで、やっと暁は一本を吸い終える。

 水の張られた灰皿に吸い殻を落としてから、ジャケットのポケットからソフトケースを取り出す。本数を確認するだけで、二本目には手を出さずに戻した。

 

「……メンツは集まったのか?」

「おぉ、やる気になってくれましたか」

「…………本当に、大丈夫なんだろうな?」

「へーきッス。案ずるより撃つが易しッスよ、割とマジで」

 

 

 

 プレイを始めて三ヶ月が経過したものの、暁は未だにGGOの醍醐味と言われる対人戦を経験したことのない『対人童貞』である。

 今や彼のアバターは五挺もの実弾銃を身につけているが、そのどれもがプレイヤーを殺傷した試しはないのだ。

 

 対して自身の死亡回数に関しては、同レベル帯の平均より少々多め。だが、そのうちプレイヤーアバターによってもたらされたものは、ただの一回のみだ。

 

 ――暁は、今でも良く覚えている。

 沈まぬ夕陽に染められた(あか)い空と、その空の色が染み着いてしまったかのようなピンク色の砂ばかりのフィールドだった。

 

 二挺拳銃を始めたばかりだったファイヴは、その砂漠に湧くピンク色のワニを狩ろうと一人で意気揚々と歩いていた。

 そして、殺されたのだ。廃車になった戦車オブジェクトの前を横切ろうとしていた時だった。

 

 一瞬の出来事だった。素早く飛び出てきたピンクの塊――それを認識した時には既に、銃口炎(マズルフラッシュ)が迸っていた。

 まさに電光石火。今まで何となくフィールドでプレイヤーアバターとの接触を避けてきた暁にとってのカルチャーショックだった。

 

 そうして暁は大いに魂を揺さぶられたのだ。

 背景を味方に付けて忍び寄り、一瞬で射殺する――そんな使い手が自分を殺したのだと考えると、暁は妙に興奮した。

 

 あれだけ見事な手際で、初心者とはいえプレイヤーを瞬殺して見せたのだ。

 名前が知られていない訳がないと考えたファイヴは、GGOのスレッドや過去ログを中心に情報を収集した。

 

 だが、暁を待ちかまえていたのはゲームの()()だった。

 

 ――ファイヴを殺したピンクアバターと思しきプレイヤーに対する、討伐隊の募集が一ヶ月ほど前に掛けられていたのだ。

 姿の見えないPK野郎を囮を使っておびき出し、正体を確かめる。……そのあと彼らがどうしようとしていたのかは、想像に難くない。

 

 ……きっとそのピンクアバターは既に砂漠から身を引いた後で、ファイヴと鉢合わせしてしまったのは何らかの偶然だったのだろう。

 

 結局、その後ファイヴが何度紅い荒野へ出向いても、彼ないし彼女と遭遇することはなかった。

 再び銃火を交える事はおろか、会話を行う事も……二度と、姿を見る事はできなかった。 

 

 

 

 鉄砲をぶっ放すゲームをやっているのだ。暁としても、「他人と争う気はない」とか「ゲームであっても人殺しは良くない」みたいなスカした綺麗事を宣うつもりはない。

 ただ彼は、アバターの向こうのプレイヤーが怖いのだ。

 

 事実、砂漠に飛び出たピンク色の杭は打たれて姿を眩ました。

 

 ……暁自身は飛び出る程の腕も知名度も無いと理解している。

 しかし初めてGGOで憧れた正体の知れぬアバターが、あともう少しで晒しあげられていたという事実がどうしても彼に暗い感情を植え付けるのだ。

 

 

「……暁さん、お待たせしました。吸い終わったんで行きましょう」

「ああ。……ていうか俺、もう帰んねーと」

 

 暁の自宅は、大学から見てそこそこの遠方に位置している。

 今朝も9時から始まる新学期オリエンテーションに出席するために出たという事を考えれば、通学が楽でないことが分かる。

 

「暁さん遠いッスもんね。頑張ってください」

「おうよ。また今度、お前ん()に飲みに行くからな」

「待ってますよ。とりあえず今日、よろしくお願いします」

「ああ、わかってる……」

 

 暁はGGOプレイを開始したときよりも更に人に銃を向けることに苦手意識を覚えているが、それでもこの後輩の誘いは断りたくなかった。

 

 大学の喫煙所を出て、互いに別方向へ歩き出す。

 足取りから見るに、裕士も裕士で時間の余裕があまりないらしい。――他のメンツと時間の擦り合わせとかがあるのだろう、と暁は推測した。

 

「んじゃ、お疲れさーッス!」

「おーう、じゃーなー!」

 

 10歩ほど離れたところで互いに振り返り、手を振り合う。

 

 再び自身の帰路に向き直った暁の表情は、決して明るいものではなかった。




 お酒・煙草は二十歳になってから。
 飲み過ぎ・吸い過ぎには気を付けて、マナーを守りましょう。
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