「奇形が調子に乗りよって! 作戦を理解できないのか!」
ダンゾウは俺の本体が来るのを律儀に待っていた。拳骨を一発もらってしまったが、さすがにこの緊張感の中で鬱陶しい責任追求はなかった。
他の連中も怒っていた。ヒアシとヒザシも、口には出さないが少し不満げだった。まあ、怒るのは当然だ。忍者にとって任務は絶対だから。ミナトだけは俺に同情的だったが。
しかし、ダンゾウは俺の能力を把握しきれていない感じがするからな。過大評価で殺されないように、自分の身を自分で守る必要がある。
本体の俺が来るまでの間、ダンゾウ等に砂の襲撃があったらしい。が、敵は全て中忍かそれ以下のレベルだったそうだ。やはり風影は青年団を本気で守る気はなかったのだ思う。理由はたぶん、風影のウソがバレたら裏切られるから。青年団からはそういう純真さを感じた。愚かであることは間違いないがな。
「チッ。少し変更を加える必要があるな」
ダンゾウは舌打ちする。元の作戦は、とにかく電撃戦だった。
敵の増援が来る前に、全力で風影の命を取りに行く。チャクラを出し惜しみせず、日向の防御が万全なうちに俺の大規模な術を使い、一気に攻め込む。そして逃げる。風影を殺し損ねた場合、撤退のタイミングはダンゾウが見計らう。ダムに風影がいなかった場合は、そのまま撤退だ。
「おい貴様、今出している水準の分身は何体まで出せる?」
ダンゾウが俺に尋ねる。
「30体でしょうかね。本体が戦えなくてもいいなら50体はいけますが」
これは本当だが、ウソも混じっている。脇に抱えている娘のチャクラを使えば、楽に倍近く出せるはずだ。大地の実も考慮していない。死にたくないから低めに言っておくがな。
「ならば30体でいい。そのうち15体を陽動に回し、残り15体は地中から攻めろ。貴様の本体はヒアシ、ヒザシと共に攻め込め。我々は援護に回る。波風ミナト、うちはフガク、うちはミコト。貴様らは撤退時に殿を勤めてもらう。体力を残しておけ。では先に陽動の分身を送れ。遅れて、我々もダムへ向かう」
ダンゾウの言葉にうなずき、チャクラを練る。女への縛りを強め、チャクラを吸い取る。
「うっ、ぐううっ」
吸いとったチャクラを俺のチャクラに混ぜ合わせる。そして、木遁分身の術。
言われた通り15体を方々に散らばらせる。残り15体はしばらく直進させ、潜らせる。ダムの水辺までは集落からおよそ1キロ。ダム自体が2×2キロの広さを持っており、集落から堤防まではおよそ2キロとなる。地中に潜らせる分身は、敵に出会うまでダムへ近づかせる。そこから地面に入って、水辺まで皆で一本の道を掘る。しかしそこからは分散させる。堤防まで5体送り、他は周囲に散らせる。そんな感じでいけるだろう。
不意に、ダムの方から爆発音が聞こえてきた。陽動との戦闘が始まったようだ。ここからもギリギリ見える。敵は、……ん? 一般人? 砂の中流にいた一般人じゃないか? 何人か見覚えがあるぞ。
だが、何故一般人が忍である俺に立ち向かってるんだ? しかも俺に友好的だったやつが多い。というかアレ、泣いてないか? 嫌な予感がする。
あっ! 自爆した!? 起爆札か! あっちも爆発した!
なんだこりゃ!? 泣きながら突っ込んで来て、間接が変な方向に曲がったりして、一般人のはずが人間離れした動きを……。
これは、間違いない! 傀儡だ!
砂の鬼畜野郎。生きている一般人をチャクラ糸で操って、自爆攻撃を。なんて卑劣なやつらだ。
「おのれ……」
「愚か者が……」
当然だが、日向兄弟にも見えているようだ。いつも以上に眼がピキピキしている。
「ダンゾウ殿、敵は一般人を傀儡にし、起爆札による自爆攻撃をしています」
「そうか。まあ予想の範疇だな」
ダンゾウは涼しい顔で言う。さすがは卑の国の表(裏)の顔か。
「しかし、チヨには多くの傀儡があったはず。わざわざ一般人を使う理由が解せんな。単に裏切り者への見せしめなのか、果たして……」
ダンゾウはまた人間らしく顎に手を置いて考える。
「考えられるのは、土砂崩し系の広範囲の技か? 自らの傀儡が埋もれぬよう、生きた人形を使った。……そうだな。咄嗟の判断を早めるために、可能性として心に留めておいた方がいいだろう」
と、ダンゾウが口にする間に俺の木遁分身が一体やられた。
記憶が流れてくる。裸の少女を殺せず戸惑っていたところを、チヨの戦闘傀儡にやられたようだ。許せん。卑劣なクソババアめ。
「よし! 我々も行くぞ! ミナト等は脱出経路の確保を頼む!」
「はい!」
「散!」
ミナト等と別れ、俺達は飛び出す。
先頭はヒザシ。少し遅れてヒアシ。すぐ後ろを俺。さらにその後ろをダンゾウ達だ。
「きゃあああああ!」
「助けてえええ!」
前方から悲鳴が聞こえる。白眼だから見える。チヨのやつ、俺の弱点をつくつもりなのか、若い女の服を脱がせてやがる。う、うれしくないんだよ!
「た、助けてくれえええ!」
「ちがっ。俺は違っ」
合計100人近くいるだろうか。木々に隠れるように、砂と川の市民がいる。忍びも紛れてるな。
「八卦空掌!」
「なにっ!? ぐっ」
ヒザシなら一発で見抜けるけどな。
さて、泣き叫びながら突っ込んでくる一般市民。ヒザシは器用に躱しつつ、白眼でチャクラ糸を見抜き、手刀で切る。が、その瞬間起爆札が爆破した。生かす気はないってことか。
「このような輩、相手するだけ無駄だ。風で吹き飛ばしっ、ぬっ!」
ダンゾウの言葉を遮ったのは、チヨの戦闘傀儡の攻撃だった。木々に隠れ、距離を置いて毒クナイを投げる。
「なるほど。大規模な術は本来の傀儡が邪魔をするということか。しかしこの程度の策ではしばしの時間稼ぎにしかっ」
と、再びダンゾウの言葉が遮られた。突然ダムの近くに、巨大なチャクラが現れた。警戒して意識を持っていかれたのだろう。
そして、俺はこのチャクラを知っている。一尾のものだ。あいつめ、懲りもせず鴨になりに来たか。
「しっ、しっ、しっ、死ねえええええ! 死ねえええええ!」
一尾は絶叫し、こちらに殺気をぶつける。そうしながら、巨大な空気の塊を放ってきた。
女からチャクラをもらい、土遁。を使おうとしたが、ヒアシが俺の顔の前に手を出してきた。止めろとでも言うのだろうか。
「あれくらいは弾ける。ヒザシならな」
「えっ」
弾くって、空気の塊だぞ? どうやるんだ? 手で触れても突き抜けるだけじゃないか?
「はっ! ぬうんっ!」
ヒアシはいなすように大きく体をひねる。空気の塊を包むように、接するように手で触れ、回転を利用して横っ面を押していく。すごいと思っているうちに、空気の塊は炸裂せずに斜め後方に弾き出された。
「す、すごい! なんだ今のは!」
「柔拳を極めしものにのみ可能な、流の極意だ」
次々と飛んでくる空気の塊。ヒザシは全て同じように弾いていく。
ここで、消えた木遁分身から情報が来た。水遁で起爆札を濡らせば、生きた傀儡が爆発しなかったようだ。でかしたぞ!
水遁、水陣壁。
周囲に水の壁を張り、突っ込んでくる一般人達を受け止める。
この間に、チヨの戦闘用傀儡による攻撃があったが、ヒアシが受け止めてくれた。
俺はさらにチャクラを込め、水の壁を広げていく。
「そうか! なるほど!」
ヒアシが俺の意図を理解したようだ。声が明るかった。
「余計なことはするな! 戦いに集中しろ!」
しかし、ダンゾウは認めてくれないようだ。一理ある。一理あるが……。
「なんで死なないんだアアアアアアーー! クソやろオオオオオーー!」
一尾は怒り狂い、さらに空気弾が苛烈になる。しかしヒザシには通じない。チャクラ密度とか、そういうのはあまり関係ないようだな。さすがだ。
痺れを切らしたか、チヨは人間の傀儡を減らして戦闘傀儡を増やす。そのほとんどをヒザシへの攻撃に使う。
「八卦空掌!」
「風遁、大突破!」
「水遁、水陣壁!」
しかし、逆に俺やダンゾウに大規模な術を使う時間が生まれた。攻撃がヒザシに届く前に受け止められた。
と、ここで別のチャクラの反応があった。尾獣程ではないが、チヨより巨大で苛烈。肌を刺すような刺々しさ。それがスッと全身を突き抜ける。不意に、周囲の砂が竜巻のようになって上昇する。
これは、とうとう現れたな。
「風影が来たぞ! やれ!」
言われずとも、木遁の印は組んでいる。
木遁、木錠壁。
木の壁が俺達の周囲を覆うのと、砂の槍が全方位から飛んでくるのはほぼ同時だった。
ずしりと衝撃が来る。さすがは風影。青年団のボスより倍は重い。
ならば、女からチャクラを吸い、木遁、木錠壁。
簡単なこと。もう一枚張れば全く問題ない。相変わらず俺の木遁は砂と相性がいい。砂鉄っぽいが、砂と同様に吸いとれる。恐れることはない。
ん? これはっ!
「死ねえええええ!」
一尾の風の塊が俺の木の壁にぶつかる。そのまま炸裂する。
「ぬおっ」
「ぐおっ」
一撃で壁が壊れ、余波で後方に飛ばされる。咄嗟に後方の木の壁に穴を開け、皆が衝突するのを防ぐ。
と、また風影からの攻撃が来た。俺は再び木の壁で覆う。再び一尾の攻撃が来る。吹き飛ばされる。
ヤバイな。ループに入った。さすがに木の壁で破裂した空気は、ヒザシやヒアシにも受け流せないだろう。このままでは俺と風影と一尾の我慢比べになる。この間に応援を呼ばれてしまうかもしれない。
「ネイド! ヨー!」
「はっ!」
「分かりました!」
突然、ダンゾウが部下の暗部に声をかけた。暗部二人は大きな手裏剣に変化する。
「ぬおおっ!」
そして、それをダンゾウが投げた。この方向は、何を狙ったんだ? そっちには誰もいないぞ?
再び、我慢比べ再開。風影の攻撃。俺の木遁。一尾の風。途中でチヨと日向の攻防。風影の攻撃。俺の防御。一尾の攻撃…………。が、来ない!?
「く、来るなああああ! 来るなああああ!」
これは、俺の木遁分身!? 一部が一尾のもとへ辿り着き、攻撃を始めたようだ。
今一体潰されて、情報が入ってきた。一尾はめちゃくちゃに暴れて木遁から逃れようとしている。俺の木遁分身はあと一歩まで来ているが、エビゾウ等がギリギリのところで邪魔をしている。
「来るなああああ! うわあああああ!」
おっ、でも状況が変わったぞ。一尾が持ち場を離れて逃げた。まったく振り返らず、どんとん離れていく。
これで、風影を攻撃できるぞ。
木遁、木龍!
ダムの方へ木の龍を放つ。風影との距離はおよそ200。さすがに避けられるが、この間にヒザシが距離を詰めていく。
「舐めるなあ!」
「回天!」
風影の咄嗟の砂鉄攻撃。ヒザシは回天で弾く。
「回転が弱まった隙にっ!」
「八卦空壁衝!」
「しゃせんわあ!」
「木遁、ヤマタノオロチ!」
砂の護衛とチヨの傀儡がヒザシに飛びかかる。それをヒアシと俺の大技で蹴散らす。あと少しでヒザシが風影に届く。
「ぬうっ!」
風影は、むしろ突っ込んできた。逃げるのがプライドに障ったのだろう。だが、それは日向に対する自殺行為。
「つあっ!」
「八卦一掌!」
「ぐぬうっ」
ヒザシは風影の突きを軽く躱し、逆に日向の奥義を叩き込んだ。風影のチャクラがグラリと揺らぐ。
「二掌! 四掌!」
「かっ、かはあっ」
よし次も決まった。これはもう勝ちだ。風影は既にまともにチャクラが練れなくなっている。
「し、死ねえええええ!」
しかしここで、途中で振り返った一尾が風の塊を放つ。これは、ヒザシに直撃するコースだ。間に合え。
木遁、木龍。
「止めろ! 風影を討つのが優先だ!」
ダンゾウ割り込むように叫んでくる。なんだ? 止めなかったら風影が一尾の攻撃に当たって死ぬってか? ヒザシを殺す必要がないだろうが!
「くうっ!」
エビゾウが風影を救いに飛び出す。到達するのは風のタイミングとほぼ同時だ。
「十六掌! 三十二掌!」
ヒザシの六十四掌も、微妙なタイミングだ。
俺の木遁と風の塊とエビゾウとヒザシと、全てほぼ同時。若干俺の木龍が早いか?
しかし不意に、後頭部に衝撃がきた。
「ぐっ」
「余計なことはするなと言っている!」
ダンゾウのやつが、俺の後頭部を殴りやがった。意識が揺れる。木龍は鈍化する。これでは間に合わない。
やはりダンゾウはクソったれだった。人を道具としか見ていない。
「八卦空壁掌!」
「なっ」
ところが、その木龍に向かってヒアシが八卦空壁掌を放つ。木龍はチャクラの壁に押されて加速。あっという間にヒザシと風の塊の間に入り込む。
「八卦六十四掌!」
「ぐああああああ!」
「風影殿!」
八卦六十四掌はしっかり決まり、直後にエビゾウがヒザシを蹴り飛ばす。いや、ヒザシは蹴り飛ばされながら日向の奥義を発動した。
「回天!」
「ぐぐうっ」
ヒザシ、エビゾウ、風影がそれぞれ飛ばされる。そのうち風影とエビゾウはチヨの傀儡がキャッチした。
「ここまで来たら攻撃できないだろォ! ギャーッハッハッハッハッハ!」
一尾はバカ笑いしながら風の塊を撃ってくる。それを今度はヒアシが防ぐ。チヨの傀儡は、俺の木遁分身が防ぐ。本体の俺はダンゾウのせいでまだ反応が鈍い。
と、ヒアシはうまくやっていたのだが、一尾の攻撃が一部ダムの堤防に当たった。堤防が爆発し、崩れる。土砂とその奥の水が流れてくる。
「なに!? まだこんなにあったのか!」
一度堤防を壊したはずだが、水が元の半分近くまで戻っている。半蔵達が執念の水遁で運んだか?
とかく言えるのは、今の俺ではこの水から逃げられないということ。ヒアシが助けてくれるとは思うが、一旦戦闘は中断だな。チヨも風影を連れて逃げているし。
「チッ! 撤退だ! 撤退!」
と、区切りのいいところで、ダンゾウが撤退を指示した。やつは叫びながら上空へ信号弾を射つ。敵の応援が来てしまったのだろうか。
惜しいな。あと一歩で風影を殺せるところだったんだが。