サソリは非常に優秀な少年だった。砂隠れにおいて、風影と並ぶ実力者とされるチヨを祖母に持ち、彼女の指導のもと彼女の以上の才能を開花させていた。順風満帆。約束されたエリート。将来風影間違いなし。そんな声が絶えなかった。
しかし、彼が齢10の時、彼の両親が死んだ。時は第二次忍界大戦の真っ只中。木の葉の白い牙との異名で知られる、はたけサクモに殺された。
それ以来、彼は無口になった。もともと口数の多い方ではなかったが、両親をよく慕い、彼等には笑顔を見せていた。それが無くなり、自閉的になった。失敗を知らない少年の心に、深い傷が刻まれていた。死体で送られてきた両親に対し、ずっと一緒にいられるようにと、傀儡にしてしまうくらいに。
彼の祖母は「木の葉を憎み、やつらを殺せるように修行に励め!」と言って励ました。一世代上の、若者の集まりに参加させられることもあった。そこでは、歴史的に木の葉がいかに卑劣だったかを口をすっぱく教えられ、同志になるよう誘われた。
サソリは断った。戦争に正義などない。砂も木の葉と同じくらい卑劣であると知っていた。世界を俯瞰せず、自己を省みず、風影の言葉に乗せられ、国枠主義的な感情論に突っ走る。そんな彼等は、愚かに見えて仕方なかった。
しかし、彼等は歳上の中でも優秀とされる連中だった。戦争ばかりの老世代を乗り越え、平和的な繁栄をもたらすはずの選ばれた若者が、野蛮さだけをしっかり受け継ぎ、知能はより愚かになっている。若い世代に対する期待は消え去った。当然、現在の風影達も期待できない。
であれば、彼は何を拠り所に生きていけばいいのだろう。
この世に美しいものなどない。それを表現できるのは、芸術の世界だけだ。
齢11歳になるころには、そう悟ってしまった。
同年、戦争が終わった。風の国は、もともと少なかった農地が戦争でさらに荒れ、インフラも破壊された。食糧難、水不足は深刻だった。
川の国、火の国まで食料と水を調達しにいく。巨大な手押し車、またはラクダなどに、水と食料を乗せて国に持って帰る。サソリも受けさせられた任務だった。畑の収穫を手伝って一部をもらったり、狩りで獣を獲ったり、山菜を採集したり。やり方は何でもよかった。指示された期間内に、指示された容量以上を持ち帰れば。人から買ってもいいが、里は金がないので自腹だ。砂隠れの忍びは、バレないように奪う方を好んだ。
サソリは真面目であり、優秀でもあるので、盗むことも盗む必要もなかった。むしろ盗賊を事故に見せかけて殺したりして、治安維持に貢献した。また、彼はかわいらしい見た目をしているので、老婆などが勝手に恵んでくれることが多々あった。
そんな頃、川の国が孤児や難民を集め、世話をしているという話を聞いた。それに、集めた彼らに、ダムと水路を作らせているとも。
一見、いい話だった。慢性的水不足、食糧難に陥っている風の国にとって悪くはない。働けば家と食事も提供してくれるらしい。しかし、その事業の代表が、木の葉隠れの実力者の綱手であることがいけなかった。砂隠れでは様々な憶測が飛んだ。「戦争で職がないのをいいことに、タダ働きさせている」「孤児を新術や新薬の実験台にしている」「ダムから水路にかけて住み着き、木の葉の領土を増やす気でいる」「生命線とも言える水を握ることで、民衆を人質にする気でいる」などなどだ。
サソリは噂をそのまま信用するわけではなかったが、木の葉も信用していなかった。両親を殺された恨みもあった。何か裏があるのは間違いない。ただ、エリートと称される青年団のように、風影の言葉を鵜呑みにするのではなく、自分の目で真実を確かめたかった。
幸い、綱手は孤児を積極的に事業に参加させていた。サソリも幸の薄い孤児として、簡単に内部に潜入することができた。
最初は真面目に働いた。やけに老人と若い女性が多かったので、サソリはかなりちやほやされた。「ちっこいクセに頑張ってるなあ。感心感心」「うちの子にならんかね! あんたみたいな真面目な子なら大歓迎だ!」「かっわいい! 頭撫でさせて!」「きゃーっ! 抱っこさせて! むしろして!」などなど。サソリは一応潜入のつもりだったので、あまり派手なことはできず、基本的に屈辱を受け入れた。
数週働き、砂に仕送りをしに返り、再び川の国へ行って働く。ダムは完成し、水路が広がっていく。水に群れるように、砂漠の民が集まってくる。川の国に選ばれた難民は真面目に働くが、風の国側では盗みが横行する。
そんな様子を見ながら、サソリの中で火の国に対する印象が変わっていった。少なくとも、一般人のレベルでは砂よりマシ。どころか、かなり信用できる。問題は上層部だ、と。
この時点で、綱手の組織の大まかな内情は分かっていた。
綱手がトップ。戦時中から、ほとんど一人で3年間孤児の世話をしていた。孤児、難民からの信頼は厚い。子どもの世話、インフラ整備、書類チェック、医療、戦闘員の訓練、などなど忙しく行っている。時々、木の葉から医療に関する依頼を受けている。また、月に10日は博打と酒飲みでいなくなる。その金は初期メンバーから没収している。
二番手は空海と呼ばれる男。歳は30前後に見えるが、サソリの目算では変化の可能性が高い。初期メンバーからの信頼は厚く、綱手がいない時のトップを任されている。女性ばかりの親衛隊をメイド隊と呼び、男性ばかりの警備隊を自宅警備兵と呼んでいるように、品がない。難民審査に深く関わっており、難民に少女が多いのはこいつの影響だとか。綱手と同じく戦闘員に修行をつける立場であり、上忍の実力がある。おそらく木の葉の実力者。他、苦情の対応、インフラ整備、子どもの世話、などを積極的に行っている。
三番手は豪と呼ばれる男で、主に木の葉との取引を担当する。四番手はイズモ。主にダムや水路の建設を指揮する。しかし彼等は忍びではなく、綱手に雇われている立場だ。
サソリは組織の真の目的を知るために、より細かく綱手と空海の行動を調べた。すぐに見つかった怪しい点は、新薬の実験と砂の戦力の引き抜きである。綱手は戦闘員と病人に妙な丸薬を飲ませ、その後の変化を細かく記録していた。空海は中流域にいる砂の住民と積極的に交流し、特に治安維持に貢献できる人間を奨励していた。砂の住民で戦えるものを集め、国境警備隊なるものまで作っていた。
まず、綱手が黒ということを確かめる。そのために、集落から少し離れた隔離病棟の向かうことにした。ここは表向き、感染症患者や精神異常者を隔離する施設だった。しかし、こういう場所は反倫理的な実験施設にもってこいである。
サソリは、患者の家族、患者自身、ナース、等に化けながら実験の実態を調査していった。そしてある時、ちょっとした偶然から、綱手のノートを手に入れた。
~大地の実はすばらしい。身体エネルギー、精神エネルギーを直接的に回復するだけでなく、チャクラの潜在量を高める効果がある。一般にチャクラの絶対値は生まれた時に決められていて、赤子から成人しても倍程度までしか伸びない。訓練によって伸び幅を広げることはできるが、赤子だったころの3倍程度が限界だ。しかし、大地の実ならばその限界を遥かに伸ばすことができる。
取りすぎると嘔吐や頭痛の副作用がある。これはチャクラ量及び遺伝子に関連しているように思える。日向一族のあいつ、千手一族の私、カグヤ一族の月と竹、竹取一族の道真には副作用が見られなかった。一方、忍びの家系ではない菜穂子が丸薬と間違って3つ食べてしまった時には、目の周辺に明確な隈が現れた。
この隈の形は、まるで鬼か天狗の化粧を塗っているようで、血管が浮き上がったものではなかった。この変化には心当たりがある。お爺様が昔見せてくれた仙人モードだったか。あれも独特の紋様が目の周囲に現れていた。詳しい仕組みは分からないが、チャクラと自然エネルギーの割合が関係しているように思える。千手の本家にお爺様の残した書がないか調べてみることにする。~
やはり秘匿性の高い実験を行っているようである。サソリは口寄せで巻物を取りだし、急いで要点を纏めた。
ノートを元の位置に戻し、次にサソリは、話に出てきた菜穂子の容体を調べることにした。
施設から出てきたおっさんに幻術をかけ、尋ねる。
「菜穂子とはどいつだ?」
「ああ、彼女ならあそこに」
おっさんは虚ろな目で二階のベランダを指差した。17歳くらいの娘が風を受けて伸びをしていた。しかし、そこで突風が吹く。
「あっ」
娘の被っていた日除け用の大きな帽子が飛ぶ。病人らしい白い肌、細い体躯、しかしスッと顔の整った美人だった。
帽子は何の因果か、真っ直ぐサソリの方へ落ちてきた。サソリなかば反射的に空中でつかんだ。
「ありがとうございます。あれ? でも雪解けさんって帰ったんじゃ……?」
「ふふっ。少し忘れ物をしてしまいましてね。今届けますよ」
サソリは変化対象の仕草を真似て応じた。いいタイミングで帽子を拾ったので、返すついでに話をして情報を集めようと思った。
菜穂子は表情豊かで、よく喋る女だった。細い体のどこにそんな元気がと思うほどだった。
「でね、アラレちゃんが、空海さんにいいものあげたって言いましたからね、私は何をって尋ねたんです。この辺って店はないでしょう? だから花の髪飾りかそういうのかなって思いましたよ。アラレちゃんいい子ですから。空海さんには似合わないかもしれませんけどね。でもね、実際は全く予想外のものでした。何だと思います?」
「さ、さあ。見当もつきません」
「もう! ちゃんと考えてくださいよ!」
「はあ。ええっと、カエルの玉子とか?」
「ええっ!? それはないでしょう! カエルの肉ならまだしも玉子って! 雪解さんって天然入ってるんですか?」
「はあ。すみません」
「ふふふっ、でも惜しいです。答えはね、茶色くて汚いあれでした」
「は、はあ」
「もうそれはそれは、素敵な笑みを浮かべて言うんですよ! 『うんこあげちった』って! 私も思わずボケてしまいましたよ! もう4歳くらいお姉さんのうんこだったら喜んだかもねって!」
「ええ!? そうなんですか?」
「ちょ、ちょっと! 突っ込んでくださいよ! ウソに決まってるじゃないですか!」
このように、終止相手のペースで押されてしまった。サソリはついに聞きたいことを聞けなかった。別人が病室に近づくのを感じ、慌てて逃げた。
翌日もサソリは病棟に潜入した。雪解けではない人間に変化し、菜穂子の様子を伺った。
病人のはずだが、じっとベッドに横たわっているわけではなかった。昼前にはマスクをして料理を作り、それを他の病人や老人に配りもしたし、洗いもした。ナースは定期的に心配の声をかけるが、菜穂子は笑顔で「大丈夫です」と言った。時に咳き込み、慌てて薬を飲むこともあった。するとナースが駆け寄るが、菜穂子は「自分出歩けます」と言って苦しそうに自分の病室まで歩いた。ナースは心配そうに横で見守った。
明るく、強く生きようとする娘。そんな娘を手助けしようとする周囲。サソリにはそれにしか見えなかった。やはり一般人は問題ない。悪いのは上層部だ。
その後も、サソリは調査を続けた。病棟に限らず、博打場や訓練所や交流パーティも調べた。しかし綱手が悪という決定的な証拠は見つからず、むしろ庶民にも砂の里にも敬意を払っているように思えた。そして、人と人の助け合いによって暮らす理想的な共同体を作ろうとしているとも。
気づくと、サソリは理由もなく病棟に足を運ぶようになっていた。菜穂子が笑うと安心し、咳き込むと心配する。病気を押して働いている時には、応援したくなる。実際、密かに何度も助けた。ある時、体を支えようとして、何とはなしに胸をがっしり掴んでしまい、顔を真っ赤にしてしまうことがあった。サソリは、自分で自分に生じる感情に信じられない思いだった。と同時に、心地よさも覚え始めていた。この世にはないと、自分で断じたはずの美しさを、人の心に感じ始めていた。
そんな時、衝撃的なニュースが入ってきた。
サソリの両親を殺したはたけサクモが、なんと自殺した。原因は、ある任務で任務内容より仲間の命を優先し、結果的に多くの命を失ったことで周囲に厳しく責められ、苛められたため。
敵討ちがしたかったわけではない。しかし、彼を憎み、木の葉に何らかの仕返しをしてやるというのは、サソリの中で人生の大きなモチベーションとなっていた。それがひょんな形で消え去った。
このままでは、はたけサクモに同情してしまう。木の葉という里、その上層部でもなく、サクモを苛めた個人を憎んでしまう。そうなると、自分は忍びとして終わってしまうかもしれない。自分はおそらく、砂の忍びよりも、集落にいる木の葉の忍びを好んでいる。市民レベルでもそうだ。だとすると、砂のために戦う理由がなくなってしまう。
サソリは己の里に対する裏切りの感情をおそれ、集落にできるだけ近づかなくなった。それでも、砂のダムと集落に対する需要を高く、戦って奪うことを正統視する演説が毎日のように聞こえてきた。
そして、とうとう集落の警備隊に死人が出る。青年団は反省するどころかさらに過激化
した。
「我が国民は何百と殺され、何千何万と奴隷のような扱いを受けている。我々がこれだけ我慢しているのに、やつらはたった一人、正義の鉄槌に裁かれただけで泣きわめく。何様のつもりだ!」
ひどく歪曲し、戦争するのに都合のいい部分ばかり切り取った演説だった。
このままでは戦争になる。いや、もう戦争は止められない。風影、自分の祖母、青年団を含め、木の葉と戦いたい連中が多すぎる。
サソリは焦り、自分でも理由が曖昧なままに、集落へと走った。祖母には土地の偵察のためと伝えた。
ところがサソリは、集落へ行く前の川の国の中流で立ち止まってしまった。菜穂子の顔を思い出すと、恥ずかしい気持ちになる。助け出したく思う。しかし、忍びの自分がその感情を認めない。任務は絶対だ。余計な感情に流されるなと。
「綱手と空海を殺れば戦争は止まるか? いやいや、そんなはずがない。木の葉は千手の姫を殺した砂を許しはしないだろう。全面戦争になる」
「ちょっ、ちょっとあんた! 何ぶっそうなこと言ってんのよ!」
聞かれた!? 殺すか!?
サソリは慌ててクナイに手を伸ばす。人通りの多い道沿いで独り言を言うという、忍びにあるまじき失態を犯した己を呪いながら。
「えっ」
ところが、己に話しかけてきた女性を見た瞬間、体が硬直してしまった。
なぜ、ここにいる?
スッと整った顔。青みがかった柔らかい髪。今は短髪にしているが、こちらの方が明るい印象で、彼女には似合っていた。
「ど、どうしたのあんた? もしかして私に一目惚れしちゃった? いやねえ、最近のガキはませてて」
菜穂子はくねくねと体をひねった。小ぶりな胸とお尻が揺れる。サソリはこんな人通りの多い場所でやらないでくれと思いつつ、凝視してしまった。
「はっ。あ、あんた。なぜここに?」
「あんたあ? あたしは歳上よ。まったく口の聞き方がなってないわね。それと、なぜここにいるかって? そりゃあ住んでるからに決まってるじゃん」
「だが……」
「うん? ああ、あんたもしかして、私が施設にいたって知ってるの? 祭りの日に歌ってくれた子かしら? ならありがとうと言っておくわ。風邪は3ヶ月くらい前に治ったの」
「そ、そうか。それはよかった」
「うん。よかったよかった! だっはっはっはっはっは!」
サソリは、うれしいはうれしいが、ちょっと元気になりすぎたかなと思ってしまった。もともと乏しかった乙女っぽさが完全に消えてしまった。
「あ、あんた。近頃この辺を離れる予定はあるか?」
サソリは、なかば無意識に尋ねた。
「ん? ないけど? なんでそんなこと聞くの? というかあんたじゃなくてお姉さんと呼びなさい」
「い、今すぐここを離れろ! 木の葉へ行け!」
「はあ?」
「砂でもいい! 岩でもいい! とにかくここはダメなんだ!」
「はあ? 何言ってんだガキィ」
「わ、分からず屋! 愚か者!」
元来口数の少ないサソリにとって、これでも頑張った方だった。忍びとしての自負と、女性への気恥ずかしさに押され、これ以上は無理だった。サソリは走って自宅へ帰ってしまった。
ところがその翌日、任務が言い渡される。中忍試験で綱手のいなくなった隙を狙い、集落へ襲撃せよと。サソリは青年団と共に前線で戦うことを求められた。
しかし、サソリは珍しく風影に要求した。
「裏切り者の始末がしたい。砂出身の難民が多い中流域に行かせてくれ」
風影は目を細め、「ほう」と言って請け負った。別れ際には「さすがはチヨの孫よ。見所がある」とも。
サソリは一尾を封印した壺を川の国の中流域に運び、解放する役目を任された。厳密にはその小隊の一班員にだが。
自分が、罪を背負うのか。あつらを殺すのか。忍びとは……っ!
さまざまな苦悩を覚えながら走った。やがて目標ポイントにたどり着く。しかし何の因果か、一番いてはいけない人が、そこに来てしまった。
「あれ? あんたこの前のガキ。周りにいるのは知り合い? そんなところで何を」
「チッ、見られたか」
「めんどくせえ! 早く解放しろ!」
小隊長が部下に封印を解くよう命ずる。部下は一人が封印を解き、もう一人が菜穂子を殺しにかかる。
「えっ、なに? きゃあああっ」
「が? がは……っ?」
しかし男の刃は菜穂子に届かなかった。振り上げた腕を下ろす前に、サソリによって首を撥ねられてしまったからだ。
「ガキィ! 何を!」
「貴様! いくらチヨ様の孫とは言え!」
小隊長と部下が警戒体制に入る。しかしそこで、より危険な怪物が壺から飛び出した。
「クッソチビ人間どもがアアアア! よくもこの俺をオオオオ!」
「待っ!」
「お、おいコラ!」
一尾はいきなり暴れだした。その足に踏みつけられ、また尻尾に激突し、小隊長と部下は死んだ。サソリは、菜穂子を抱き抱えて逃げ出した。
菜穂子はしばらく、「なんだあれ! なんだあれ!」と泣き叫ぶだけだった。一尾が暴れる度に、住民の命が散った。
しかし、集落方面から急速に、巨大なチャクラが近づいてきた。赤いチャクラを纏った女だった。確か突然やってきて、空海の補佐にまで任命された実力者。戦闘部隊の指導も行っていた。
そいつは、突っ込んできた勢いのままに激しく一尾を殴り付けた。一尾は明確なダメージを負い、怯んだ。女はそこで巨大な鎖を体から出した。鎖は一尾に巻き付き、拘束した。一尾は縛りから逃れようと暴れるが、行動範囲は劇的に狭くなり、周辺への被害はなくなった。それから程なく、空海と呼ばれる男がやって来て、なんと木遁によって一尾を縛ってしまった。程なく、一尾は元の壺に封印された。
サソリは空海の能力に驚愕しつつも、頭は冷静だった。住宅の外れで、そっと菜穂子を降ろした。
「あんた、砂の忍びだったんだね」
「今日、ここは戦場になる。死にたくなかったら逃げろ」
「なんだって!?」
菜穂子は驚愕した後、街の中心へ走り始める。
「な、何をやっている! 逃げるなら木の葉方面だ!」
「あんたの言っていることが本当なら、皆にも伝えなきゃ逃げられないだろうが!」
「バ、バカが! 自分の命を一番に考えろ! せっかく難病から回復したんだろうが!」
「だからこそだ! 皆にはお世話になった!」
ああ、もう。全くこいつは、世話がかかる。
サソリは一瞬で菜穂子の目の前に移動する。
「うわっ!」
驚いて尻餅を着きそうになる菜穂子を、サソリは腕を掴んで支える。そして、そのまま幻術をかける。
「全力で木の葉方面へ逃げろ。生き残れるように」
菜穂子は虚ろな目で木の葉方面へ走っていった。
空海と赤髪の女が全住人に避難を呼び掛けていた。国境警備隊が30人総出で国境沿いに配置した。当然、この程度砂が本気になったらものの数ではない。相手になるのは空海と女だけだ。
一尾がいなくなったことを察知し、こちら方面の青年団が国境を破って攻め込んだ。空海、女、国境警備隊との激しい戦いが始まった。恐るべきことに、赤髪の女は九尾を口寄せした。人柱力だったのだ。その事実は別の意味でもショックだった。
「これほどの兵力を隠していたとは。やはり木の葉はここを前線基地にするつもりで……」
その後サソリは、チヨが来るまで傍観に徹した。そのチヨには、青年団を見殺しにしたことについて尋ねられたが、「愚か者がどう死ぬか見たかった。足手まといはいらない」と答えた。
空海らは上手く九尾を盾にし、砂の猛攻を防いだ。木の葉から若い男の増援もやってきた。サソリとチヨは一時人質に取られるほど苦戦した。しかし、初めに空海が脱落し、彼の出していた分身が消えた。難民の足が急激に鈍化する。しかもそこで、風影らがやってきた。
今度は赤髪の女が1000近い影分身を出した。うち半分が戦い、半分が難民を連れて走った。しばらく後、木の葉の増援が30人ほどやってきた。人数は少ないが、精鋭が多かった。
激しい戦いの中、赤髪の女の影分身が一斉に消えた。本体が気絶か死んだかしたのだろう。九尾に変化がなかったので気絶の可能性が高い。
とかく、女が消えて再び難民の脚は鈍化した。混戦の中、砂の忍びは一部難民にたどり着く。そして、あるいは反射的に、あるいは意図的に、難民を殺していく。木の葉の忍びにも、大規模な術で難民を巻き込んで死なせるものが数人いた。
サソリは我を忘れて走った。菜穂子を探した。しかし、この混戦の中見つけ出すのは至難。そう思っていると、暁とかいう謎の連中が木の葉側で参戦してきた。こいつらが意外に強かった。さらに、山椒魚の半蔵が突然帰還してしまい、砂隠れに動揺が走った。風影は暁を敵から外すために、一旦対話のテーブルにつくことにした。
休戦はなったが、戦闘は定期的に行われた。サソリは条約の一文「一般人を巻き込まない」を実践するべく、積極的に道に迷った難民を拾っていった。木の葉に行けとまでは言えず、数時間前に奪った集落に行けと命じたが。
さて、そんな迷った難民の中に、菜穂子はいた。サソリは一安心し、彼女を連れて集落へ戻った。
風影は、サソリ、チヨ等を集落ではなくダムに集めた。木の葉が攻め込んできたときの対応を話し合った。
「日向を我が磁遁で、木遁使いを一尾の風遁で封じる。守り、足止めはお主に任せるぞ」
「あたしゃの人形は安くないんだ。そんな使い捨てに使うより、いい駒がある」
「ふっ、俺もそう思っていた。愚かな裏切り者にすばらしい花道をくれてやろう」
そして、風影とサソリの祖母は最悪の作戦を思い付いてしまった。生きている住民を操り、自爆特攻させるという。
「あたしゃ戦闘用の傀儡で遠くから援護するけんね。サソリ、あんたは自爆人間を操りな」
しかも、その役目はサソリに割り当てられてしまった。
忍者としての義務。自分の本当の願い。2つの間で揺れながら、しかしサソリは優秀な忍者だった。悩みなど感じさせない巧みさで人間を操り、見事トグロの木遁分身を止めることに成功していた。チヨに女を裸にするよう命令された時さえ、すぐに従った。
しかし、菜穂子だけは、忍者の頭で動かしていなかった。服を着せたまま、ダム方面に走らせた。木遁分身と戦わせ、わざと全身を水につけた。そしてチャクラ糸が切れても、起爆札が爆発しないところを見せた。
風影は日向ヒザシとの戦いに敗れた。八卦六十四掌を受けて虫の息になった。チヨが指揮を取り、中流域まで部隊の撤退を命じた。ほぼ同時、ダンゾウも撤退を指示しており、木の葉の忍びも引いていった。
サソリは山の峠で、去り行く両者と高笑いする一尾を眺めた。傍らに気絶した菜穂子を置いて。
撤退せずに動く影がいくつかあった。鬼の姿をした木遁使いの分身。彼等は難民を救助している。応援に来た砂の忍び。彼等は木遁分身に戦いを挑み、あるいは敗れ、あるいは一尾の風遁の爆破にやられていく。木遁分身も一尾の攻撃で徐々に数を減らしていった。彼等は難民を庇って一尾の攻撃を受けていた。
このままでは難民が助からない。サソリは難民を操り、雨隠れ方面へ下山を始めた。暁という組織なら、彼等を受け入れてくれるかもしれない。そんな狙いがあった。
さて、この翌日、サソリは暁に出会うことができ、無事菜穂子等を弥彦に手渡す。この時に「お前も仲間にならないか?」と誘われたが、断った。「俺にそんな資格はない。それに、やらなければならないことがある」と言って。
サソリはその日の夕方に、砂の中流域へたどり着いた。チヨの言葉通り部隊が集まっていたが、様子が変だった。腹を押さえて苦しんでいたり、全身に発疹が出ていたり。話を聞いてみると、どうやら木の葉が水路に毒を撒いたらしい。
何かある予感はしていた。ダンゾウが戦闘の途中で、関係のない方向に人の変化した手裏剣を投げた。思い返してみれば、あれは砂の小川がある方向だ。
やはり木の葉は卑劣。しかし砂に同情する気も起きん。
サソリは、前日決心していたことを、今夜実行することにした。
深夜、サソリはひっそりと風影の眠るテントに近づいた。見張りは外側に意識が向いており、内側は無警戒だった。
音もなく忍び込み、クナイを取り出す。吐息を立てる標的。その首もとにクナイを起き、スッと引く。呆気ないものだった。