水路の中流域、砂の駐屯地はすさまじい荒れようだった。
撤退後、チヨは風影の詳しい容態を上忍以外に隠していた。士気に影響すると思ったからだ。風影が表に出ないだけでもまずいが、そこは自分が演説でなんとかする気でいた。
そんな時、川から毒が流れてきた。一部の忍びは気づかずに飲み、苦しむことになった。他の忍びにも水の補給に影響が出た。チヨは地下水を堀り当てさせたり、庶民の井戸などから水を没収することで対応した。忍びは潤ったが、庶民は渇いた。毒と知りつつ川の水を飲み、死ぬ者もいた。民衆の砂隠れへの不満が高まった。
「恨むべくは卑劣な木の葉! やつらに対しては、こちらが死ぬか相手を殺すかしかない!」
その不満は、演説によって沈めた。背水の陣。一般人含めて、玉砕の覚悟でなければ木の葉には勝てない。木の葉に破れるはすなわち死を意味する。そんな内容だった。
半分程度の庶民はそれで納得した。しかし、もう半分は空海の甘さを信頼しており、殺されることはないだろうと思った。玉砕などとんでもない。しかし、忍者相手に一般人が抗議してもどうにもならない。重要なのは砂隠れを裏切るタイミングである。
さらにそこへ、木の葉から使いが来る。『毒を撒いたのは雨隠れである。真の悪を共に討つのであれば、休戦も可能である』という内容だった。これにより、チヨの言った戦うしかないという言葉の信憑性が薄れた。やはり玉砕などとんでもない。庶民が一気に反チヨへ流れた。
木の葉は中流域に攻め込まなかったが、砂も動けなかった。
単に木の葉の提案が魅力的だからではない。風影が目覚めないため、指揮系統が決まらないのだ。作戦も立てられない。
砂は部族間の信頼関係が薄く、部隊も部族で別けられていた。全ての里にそういう節はあるが、砂隠れは特に顕著だった。原則として部族長同士に上下差がなく、命令できるのは風影のみ。風影がいない今、皆自分の部族がかわいいから、激戦区に入ることを拒否する。そうなると誰も強制できない。
よって砂は、受け身にならざるを得なかった。木の葉が攻め込んで来て、各部族が己の部族を守るためなら戦えるが、自分から死地へは行けないのだ。
議論は白熱する。誰も彼も譲らない。
その間、他の忍びは相変わらず庶民から水と食糧を奪い、糧とする。庶民に文句を言われると、怒って殺してしまうこともあった。
窃盗、暴行、レイプなども横行した。しかし、若者の離反を避けるために、上忍達はそれらについて見て見ぬふりをした。上忍にも下忍関係にも、様々なことに嫌気がさし、脱走する者もいた。
ふつふつと皆の不満が高まる中、とりあえず一日は過ぎた。しかし、その早朝に大事件が発覚した。
風影が、寝室から消えていた。寝室には致死量を思わせる出血の跡があった。
チヨ等は見張りに詰め寄った。焦った見張りの一人が「そう言えば、夕方に帰ってきたサソリの様子がおかしかった」と言った。これがチヨの琴線に触れた。「サソリのせいにするな!」とその見張りはボコボコにされた。
しかし、見張りは自分の勘を信じて調査を行った。すぐに怪しい点が見つかった。現在、サソリが駐屯地からいなくなっており、彼の部屋には彼が最も大切にしていた両親の傀儡が残っていた。
サソリは、逃げたのではないか? 自分だけ助けてもらえるよう、風影の死体を木の葉に持っていって。
それが見張りの立てた仮説だった。しかし、証拠が薄い。
ところが、風影の治療を任されていた医療忍者の一人が、縄に巻かれ、トイレに放置されているのが見つかった。その医療忍者は幻術にかかっており、記憶が曖昧だったが、その曖昧な中で、前夜にサソリに何かを質問されたことは覚えていた。
「逆賊チヨとその親族を許すな! やつらこそが風影を殺し、木の葉に献上した張本人である! やつは我々を謀り全滅させ、自分だけは生き残って砂の実権を握るつもりだ!」
見張りは派手に演説を行った。この演説によりチヨへの疑念が沸くと共に、風影が死亡していることが居住区の全域に広まってしまった。
不満はとうとう限界を越え、この見張りの部族を中心に暴動が起こる。多くの住民が、木の葉や雨隠れに逃げていく。
この暴動に関しても、指揮の問題が起こった。戦争レベルではないので、通常ならあっさりと二番手のチヨやエビゾウが指示を出すところだが、今回は二人が暴動の原因でもある。身に覚えのないチヨは自分が指揮を取ろうとしたが、彼女を嫌う部族長や、そのまま戦争の指揮を取られることを怖れた部族長が反対する。中には暴動を支持する部族もあった。
結局、砂隠れはいくつにも別れ、その派閥毎に指揮権を主張し始めた。嫌い合う派閥同士では殺し合いも起こった。
それらの情報は、すぐにダンゾウの耳に入った。予想以上の成果だった。
砂隠れが烏合の集であり、風影というカリスマを失えば分裂するとは理解していた。しかし風影が内部の者に殺され、チヨが裏切り者呼ばわりされるとは思わなかった。彼としては、砂を裏切る派閥は多くとも3割程度で、その他については、死ぬ覚悟を奪えればいいと思っていた。追い詰められた軍隊は強い。逃げ場を残しておくことで、迷いや恐怖が生じ、攻略が容易くなる。そこを叩く。
しかし、内乱が本格化しそうなので、別の手も使うことにする。彼が信頼を置く部下への命令はこうだ。木の葉へ寝返るつもりの部族を集め、木の葉隠れ、雨隠れ、砂隠れ、全ての場所で『毒を放ったのは砂隠れのチヨの一派だ! やつらを許すな!』と演説させよ。
なんてことが起きているとは知らず、トグロは暁へ送った分身から得た情報に驚愕していた。カツユを通してそれを綱手に伝える。綱手はダンゾウに怒ったが「どうせ証拠は見つからんだろうな」とあまり言及はしなかった。
それよりも難民と捕虜の扱いである。
「雨隠れは遅かれ早かれ戦場になる。暁へ行った民衆は、できるだけ早く第二ダムへ移動させた方がいいだろう」
「僕もそう思います」
「お前がこっちに来れたら一番いいが、無理でも飢え死ぬことはない。木の葉から借金して食糧を得られるようエロ爺いに頼んでおいた」
「ありがとうございます」
木の葉に借りを作るのは心苦しいが、今更か。
「捕虜はどうするんだ? 説得できるかもしれないと言っていたが」
「ええ。特にチャクラ量が飛び抜けた娘に、純粋さを感じました。おそらく僕達が根っからの悪人だと本気で信じている。逆に砂隠れはとてもいい人達だと。そして、おそらくですが、それが事実でないと知ってしまえば、僕達と戦えなくなります。青年団のボスが戦えと言わない限りは」
「それじゃあダメじゃないか? それとも、青年団のボスも純粋、と言っていいのか、とにかくそういうやつなのか?」
「青年団のボスも、話せばまあまあ分かると思います。仲間の命を大事にし、復讐に囚われることがなかったですから。ただ、心が空虚な感じがしました。だから、自分で考えず、風影に望まれるままに行動してしまったのだと思います」
「それでいいのか?」
「仲間の方を変えれば、おそらく彼も変わります。無理なら全員殺すことになるかもしれません。散々苦しめられた敵ですが、それはしたくないですね」
「そうか。まあお前がそう言うなら、私も頑張ってみよう」
「お願いします。できるだけ僕も分身を送って協力します」
自分で言いながら、あんな連中を助けようとしていることが自分でも不思議だった。確かに娘は美人だ。だが、何度も理不尽な要求され、何をしても感謝されず、恨まれ続け、ついには多くの死人が出た。
なのに何故、ここまで失うのは惜しいと思ってしまうのだろう。女のあの、男と共に死のうとする姿を見ただけなのに。それだけで心を動かされてしまった。
この間、本体は雨隠れ方面の見張りをしていた。白眼が使えることと、暁と縁があることからトグロのチームが選ばれた。と言っても単に見張るのでは時間がもったいないので、一人を見張りに置き、もう二人は軽く連携のチェックをする。また、情報を集めるために再び雨隠れに木遁分身を送ったり、捕虜を教育するために第二ダムに分身を送ったりした。
第二ダムに着いた分身は、 集落住民から歓迎を受けた。
「よく生きて帰ってきた!」
「空海様ばんざーい!」
「砂なんかボコボコにやっつけちゃってください!」
やはりホームは気持ちいい。教育がうまく行き届いている。
なんて思いながら、要塞兼自宅へ向かう。怪我人の治療は一通り終わったらしく、大勢の医療忍者がぐったりして眠っていた。
忙しいのは庭と付近の森だ。初達は、見張りを除いて、各々に厳しい訓練を行っていた。おもしろいことに、手足に包帯を巻いている木の葉の上忍と中忍が、彼女等に指導をつけていた。
体術、手裏剣術、チャクラコントロール、性質変化、感知結界、などなど。
そのうちの一人、月に感知を教えている比較的人の良さそうなおっさんに、話を聞いてみることにした。
俺が近づくと、修行中の月は俺に気づいた。距離は20mくらいだろうか。
「なあにをやっとるか! 集中力を乱すな!」
「す、すみません」
邪魔してしまったようだ。しかし、この短期間で20mまで感じられるようになったらしい。すさまじい成長だ。盲目になったから親衛隊からは外そうと思っていたが、この分では再び親衛隊最強の座を掴むまで時間はかからなさそうだ。
アラレなど一部を除き、どこも修行に集中していた。失った悲しみ、何もできなかった悔しさが、彼女達を本気にさせたのだろう。あまり気負いすぎてもよくないが。
とかく、修行は順調そうなので、邪魔しないでおく。木の葉の人間は俺を嫌っている感じがするし。その敵意に初達が反撃して、この修行が終わってしまったらもったいない。
よって先に捕虜と話をつけることにする。
捕虜は怒った集落民に殺されないように、俺の部屋に入れ、入り口には複数の結界を施していた。しかし、誰かが侵入した跡があった。急いで中に入る。捕虜は、全員生きている。戦闘の跡もない。が、侵入した理由は分かった。臭う。捕虜が漏らし、その下の世話のために綱手が入ったのだろう。木遁の縛りを、下半身の部分だけ破壊した跡がある。そこは後からうずまき一族の鎖で封じている。
まずは、簡単なところから行こう。青年団でも、見るからに大人しそうで、物分かりの良さそうな少年が一人いる。顔が扇の女とそっくりだから、弟だと思う。茶髪サラサラ、優男系のイケメンだ。年齢は俺と同じくらいだろうか。
そいつの拘束を解く。
「うっ」
少年は辛そうに目蓋を開ける。俺と眼があった瞬間、不安そうな顔になる。少女みたいな反応だ。予想通り大人しい。あの暴力的な砂にこんな人間がいて大丈夫かと心配してしまうほどだ。
「あそこにお前の姉がいる」
俺はとあるグルグル巻きの塊を指差し、顔の部分だけ開く。
「うっ」
出てきたのは少年そっくりの美女だ。ただし、今は顔色が悪い。相当消耗しているのだろう。目を虚ろに開いたまま、動かない。ちなみに彼女、漏らしている一人である。
「姉さん!」
やはり姉だったか。
「理解しているとは思うが、お前達は負けた。捕まった仲間の命は俺の掌の上にある。理解したら滅多なことはしないことだ」
「くううっ」
少年は悔しそうに歯を噛みしめる。今の、完全に悪役の台詞だな。
「どうしてお前達を生かしたか、分かるか?」
尋ねるが、少年は答えない。俺はすっと彼の姉に手を伸ばす。少年は慌てて顔を上げた。
「し、知らないよ! 何かの実験台にするためじゃないのか!」
「そうじゃないとしたら、どうする?」
「ど、どういう意味だ?」
「俺はお前たちとなら和解できると思った。なぜなら俺の目的は、風の国と川の国、両方の困っている人を助けることだったからだ」
「困っている人を、助ける? おっ、おっ、お前が言うか! お前達が、行き場のない人達を奴隷にして! 木の葉の基地を作らせてたんじゃないか!」
少年はカッと目を開く。やはり正義感で動く人間のようだ。ならば真実を知らせればいい。
「お前に真実を見せてやる。ついてこい」
「はっ、放せ!」
少年の手を引っ張り、部屋から出る。行き先は、近くの畑でいいだろう。
木の葉の忍びに見つからぬように、隠し通路を使って外に出る。山道を少し登り、作りかけの畑へ到着する。
「おっ! 空海さん! 帰ってきたのかい!」
「いえ、この体は分身です。本体は前線にいます」
「なあんだ。そうですか。そっちのかわいい娘? は、またメイドですかい?」
「メッ、メイドッ?」
「彼は男です。わけあってしばらくここにいますから、一緒に働かせてやってください。こう見えて体力は抜群です」
「へえ。つーことは、元は忍びだったり?」
「そんな感じです」
俺は少年の頭をポンポンとはたく。少年は疑わしそうに俺を見る。
「というわけで、働きながら真実を探ってください。休憩は自由です。感想を聞きたいので、逃げるのはやめてくださいね。それと、我々に害をなした場合は、あなたの姉が地獄を見ることになります」
「けっ、結局脅しじゃないか!」
「ええっ!? 空海さんこんな子供に脅しなんかやってるんですかい!?」
「やってませんよ。構ってもらいたい年頃なんでしょう」
「なるほどなあ」
「だっ、誰がお前なんかに! 違うんですよ! 本当です!」
俺が口で言っても信じないだろうから、後はおっさんの優しさと少年の情報収集能力にかけることにする。
さて、あまり時間はない。他の連中もこの調子でいこう。
二番目におとなしそうなのは扇の女だ。今は疲れ果てているが、あまり元気にすると暴れられたら困る。その辺を調整して、少しだけ大地の実をあげよう。
と言っても、実を噛む元気もないだろうからな。ここは口移しでもしょうがないだろう。そうすれば量の調節も簡単だしな。
「うっ! んむっ。ぐふっ。んばはあっ」
唇が当たった瞬間、滅茶苦茶嫌がられた。しかし無理矢理口にねじ込み、飲み込ませる。
「ごほっ。げぼほおっ。ぺっ。うえっ」
頑張って吐き出そうとしている。俺の顔には唾を吐いてきた。しかし残念、大地の実は不思議エネルギーの塊だから、一瞬で身体に行き渡ってしまうのだ。
「なっ、何を飲ませた!」
おっ、早速元気になったな。
「チャクラを回復する丸薬だ。あのままでは話をすることもできなかった」
「きっ、貴様になど話すことはない! んっ、ぐむうっ!」
女が舌を噛みきろうとしたので、口に指を突っ込む。木に変化させた指をね。
「んっ。んんっ! んむーっ、んんーんっ!」
女が恨めしそうに俺を睨む。
「分かっていると思うが、お前達は負けた。お前の愛する男の命も俺の掌の上にある。よく考えて行動するように」
そう言って今度はボスの顔を見せる。女は酷くショックを受け、大人しくなった。
その後、先程と同じような問答をした。最後には真実を見せると言う。ただ、彼女が暴れたら非常に危険なので、封印術でチャクラを練り辛くしてから、部屋を出た。また、彼女は下に何も履いてない状態だったので、俺のズボンを貸してやった。彼女自身のズボンと下着は洗濯中だと思う。
女の名はカルラ。青年団のボスがそう言っていた。カルラは問答中に「や、夜叉丸はどこだ!」と叫んだ。弟の名前は夜叉丸だと判明した。俺はカルラを弟と同じ場所に連れていく。
移動中、もう1つ尋ねたいことがあった。
「お前、戦闘中は起きていただろう? 砂隠れが庶民を傀儡にして、自爆特攻させていたことについては、どう思ったんだ」
「き、聞くな! それはお前の幻術だろうが!」
「なるほど。でも、証拠ならたくさんあるぞ。真実だったらどうするんだ?」
「ウ、ウソに決まってる! 無理矢理やらされたとか……。わ、悪いのはいつも木の葉だ!」
口ではこう言っているが、チャクラの乱れようからしてかなり悩んでいるな。やはり真実さえ教えればこちらに引き込めそうだ。
「弟くんは、頑張っているな」
「えっ」
畑に到着する。夜叉丸はクワを持ってとてもいい笑顔で働いていた。
「や、夜叉丸! 何を!」
「ね、姉さん!」
カルラは俺から離れ、夜叉丸のもとへ走っていく。夜叉丸は呆然と立つ。近くにいたおっさんは困惑中だ。
「あ、あなた! どうして逃げないの! 何をやってるの!」
「だ、だって逃げたら姉さん達が……」
「バ、バカね! 私の心配なんかしなくてよかったのに! ほんとにもう。バカッ。甘すぎるのよ。あなたは……」
カルラは夜叉丸をギュッと抱き締めた。眼からは涙が落ちる。夜叉丸の方も、大事そうに姉を抱き締めた。いい絵だな。
「これは、あれかい? 戦場で別れた姉弟の感動の再会ってやつかい?」
おっさんはいい感じに勘違いしていた。まあそうとしか見えないかもしれないが。
「では、ご自由に調べてください。ただし、暴れたりケンカを売ったりするのはやめてくださいね。お仲間にも迷惑がかかりますよ」
「そ、それじゃあ脅迫じゃない!」
さすがは姉弟。同じ反応だな。
「く、空海さん! やっぱり脅迫してるんですか!」
「いえ、彼女たちの勘違いですよ。もうすぐ分かります」
その後、俺も協力して4人で畑を耕した。二人は労働の喜びを知っており、笑顔で大人しく働いた。俺が命令するとムスッとするので、指示はおっさんに任せた。
一通り終わると、皆で井戸に行って水を飲んだ。しばし休憩である。この間、カルラと夜叉丸は積極的におっさんに質問した。俺のもとへ来たのは何時か。俺をどう評価しているか。労働の対価が出ないことをどう思うか。俺は恐くないか。脅されていないか。などなど。
おっさんの返答はこうだ。
「おらあ川の国出身だ。だから、初めからいた。4年か5年前くらいに空海さんがこっちに来たんだ」
「まあ、いい人なんじゃないか? 孤児を世話して、盗賊を退治して、ダムを作って、仕事をくれて。女っ気が多すぎるのはいただけないが」
「労働の対価? そんなもん十分すぎて申し訳ないくらいさ。食事はくれるし、土地はくれるし、仕事もくれる。安全になったのも大きいな。切羽詰まったような雰囲気がなくなって、皆が家族みたいに協力できるようになった」
「空海さんが恐い!? いやいや、この人は毎日のように子どもにうんこを投げつけられて遊ばれてるんだぞ! それくらい心が広いってこった!」
「娘さん。あんた俺を怒らせたいのかい? 脅してるのは砂と木の葉だろ? この人はやつらから俺達のような弱い立場の人間を守ってくれてるんだよ」
お手本のような返答だった。聞いているこっちがむず痒くなるような。
だが、誰に聞いても似たようなことを答えると思う。ここで暮らした年月が長くなるほど、信心深くなっていくだろう。
カルラと夜叉丸は、酷くショックを受けているらしかった。自分の信じていたものが崩れ落ちていく感覚に陥っいることだろう。
不意に井戸に来た爺さん、婆さん、少年少女、にも次々と質問を投げ掛けていった。
「ほ、本当にあなた方は、ここに満足してるんですか!?」
「満足? そりゃあ、ここよりは山の集落の方がうれしいが。多くは望まないよ。空海さんも綱手さんもよくやってくれている」
「無理矢理タダ働きさせられてたんじゃないんですか!?」
「若い衆、熱か何かでもあるのかい? 働き詰めもよくない。休憩しなさい。元気になったらまた働けばいいけんね」
「ほ、本当にうんちぶつけたの!?」
「う、うんちだってー!?」
「きゃはははは!」
「だってさー、アラレちゃんが、鬼ちゃんが怒るとおもしろいって言うんだもーん」
「あの臭そうな顔がいんだよなあ!」
「ぎゃははは!」
誰に聞いても、姉弟が望むような返答はなかった。
二人はとうとう打ちひしがれたようになり、俯いて動かなくなってしまった。
ふと、5歳の女の子が姉弟に近づいた。
「大丈夫? お腹痛いの? よしよし」
彼女はいっぱいに手を伸ばし、姉弟のお腹をさすった。
「あ、ありがとう」
「僕も、ありがとう」
「うん。でもね、痛かったらちゃんと綱手先生に言うんだよ。分かった?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあね。あたしはもう行くよ」
「うん。じゃあね」
少女に手を振る二人。その背中には、 哀愁が漂っていた。