雨隠れの戦場に着く少し前、東風影が戦いに勝利したとの報告が入った。よかった。心配事が1つ減った。この勢いで岩隠れもひねり潰したいところだ。
カツユを通してサソリから戦況は聞いている。岩隠れは大部隊で並んでいて、一斉に土遁を使うことで、山のように巨大な土を操っている。その土の壁でほぼ全ての攻撃を無効化し、ジワジワとにじり寄って来ているらしい。また、空を飛べる一部の忍びが鬱陶しく空爆を行っている。この被害もバカにならない。半蔵は空中に毒を散布してやつらを追い出している。しかし土影は全てをごっそり分解するとんでもない術を持っており、それで毒を薄めてまた空爆を始めたりする。
まさに俺の出番だ。木遁で土の壁に入り込み、中にいる人間を殺す。空爆に関してはミサイルと風遁で何とかする。危険なのが全てを分解してしまう術だ。多発できる技ではないらしいので、囮を使って体力を削りたいところだ。
雨隠れはたいてい雨と霧で視界が悪い。木と雑草も多い。そんな日は俺でも1km先程度しか見えず、ミサイル攻撃の精度も射程距離も落ちる。戦場にいるサソリにカツユを通して敵の座標を聞くのでもいいが、不十分だ。もうちょっと位置情報が欲しい。
よってこんな作戦を考えた。まず大雑把に5本ほどミサイルを投げる。そのそれぞれに俺の分身とカツユを乗せておく。俺の分身が白眼で半径1kmの範囲を調べ、敵の位置情報を調べる。カツユを通してそれを綱手に伝える。綱手がその情報を元にミサイルを投げる。という流れだ。
問題はタイミングだ。普段は毒の霧が上空を覆っている。毒を吸い、一定のダメージを受ければ俺の分身もカツユも消えてしまう。よって土影が空を晴らしたタイミングを逆に利用し、突っ込む。
カツユ、サソリを通して作戦を半蔵に伝える。半蔵は作戦後の動きを尋ねた。
「ミサイルってのが来た後、空の毒は晴らしたままにしておくのか? オオノキを自由にするのは危険だぞ」
オオノキとは土影のことである。
「こちらにも空で戦える者はいる。任せてもらいたい」
応えたのは綱手だ。
「そうか。精々時間を稼いでくれよ。俺もそろそろチャクラが危ない」
「ではな。おそらく後10分ほどで射程圏に入る」
そうして半蔵は現場での戦闘に戻った。
「綱手さん、本気ですか? 彼女達と土影を戦わせるのは」
「ああ。部下を信じろ。あいつらはお前より遥かに熱心に修行に明け暮れていたんだ」
土影への対応については、綱手と俺で意見が違っていた。俺は半蔵の毒や風遁で土影と距離を取り、近づかれたら逃げるべきだと考えた。幸い雨で視界が悪いので向こうも探すのは難しい。
だが、綱手は戦わせることを選んだ。それも、雪一族を中心にして。確かに彼女たちは氷遁で空を高速に動くことができる。長袖と初は体術も上忍の域に近づいている。だが、五影と比べると、全てが見劣りしてしまうだろう。綱手は彼女たちこそが土影の天敵だというが、俺には不安で仕方ない。当然、綱手も心配はしているはずだが、それ以上に彼女たちを信頼しているようだ。
「実力を出し切れば勝てる。オオノキは影の中でも術に依存しているタイプで、体術レベルは高くないのだ。問題はむしろ長袖たちが五影に名前負けして実力を発揮できない場合だ。トグロ、お前があいつらを激励してやれ。それが一番効く」
綱手はそう言った。悩んだが、結局俺は綱手の策を受け入れた。
どの道、土影は避けて通れない相手だ。逃げ続けても、雨隠れを奪われれば次は桃隠れが戦場になってしまう。ならば、早めに可能性の高い戦いをしておくのが吉。
俺は長袖、釜倉、アラレを呼び、作戦を説明した。
「先に俺の分身がミサイルで突っ込み、地上の敵と戦う。お前達も程なくミサイルに乗って飛んでもらう。狙いは空中の土影だ。と言っても雨でどこにいるか分からないだろうから、ミサイルには俺も一緒に乗る。土影付近でミサイルを飛び降り、氷の壁で土影を囲え。やつは空間を大規模に消し飛ばす術を使う。それに注意し、動き続けろ。雨で視界が悪いが、それぞれがカツユを通して視界をサポートしろ。見失っても動きを止めるな。俺は邪魔者が入らないように地上に集中する。いいか。相手は影だ。一瞬の油断が命取りとなる。この後戦えなくなってもいいから全力で行け。大地の実はどんどん食べろ。チャクラがヤバくなったらすぐに逃げろ。倒そうと思うな」
一気に言ってしまった。長袖と釜倉の表情は真面目そのもの。俺の言葉をぶつぶつ復唱している。アラレはいつもののほほんとした雰囲気だ。いや、むしろうれしそうだ。口でワクワクと言っている。
「ほーい質問しつもーん!」
「なんだ?」
「土影ってあんたよりつおい?」
ここで聞くか。
あまり、長袖達を不安にさせるようなことは言いたくないが、無理にウソをつくのもな。
「おそらくな」
「つおい!? うっほほーっい!」
逆に喜ぶのか。まあこういう娘だとは知っていたが。
「と言っても、相性の問題がある。俺は空中を自由に動けない。上空を広範囲に攻撃する術もない。が、お前達はむしろ空の方が速く動ける。十分チャンスはある。ただし、さっき俺が言ったことをよおく頭に叩き込んでおくように」
「うん! ワクワクワクワク!」
絶対聞いてない。まあこういう輩は無理に教え込もうとすると自然な動きができなくなるからこのままでもいいが。
戦場に近づくと、地響きが伝わって来た。敵の土遁部隊が山のような土を操っているという話は真実らしい。雨はさらに強くなり、視界は悪くなる一方だ。
前線まで凡そ5キロ。一尾のチャクラを借り、ミサイル型の木を口寄せする。さらに50体の木分身を作り、それぞれのミサイルに乗せる。桃隠れ、木の葉隠れの忍びも乗っていく。彼等の乗車場所は俺の木遁でミサイルを変形させて作る。綱手の遠投の加速度や、着地に耐えられない忍びは、徒歩で戦地を目指す。
俺の本体は大地の実の量産に入る。綱手は大地の実を食み、仙人モードと化す。
サソリからの指示を待つ。緊張感の持続で疲労しないように適度に気を抜くことを意識する。
「来た! 空が晴れた! 俺から見て北北西約500m。高さも500m」
来た。綱手は俺の分身の乗ったミサイルを掴む。
「どおおっ、せいっ!」
軽くステップを踏んで、ブオンと投げ飛ばす。木はまさにミサイルのような勢いで飛んでいき、雨の中に消えた。
「おらあ! もういっちょお!」
さらにもう一本。またもう一本。次々と、計5つのミサイル型巨木を投げる。そこで仙術チャクラが切れたので、再び練っていく。
「毒の霧を抜けて土影を発見しました。私達に驚いています。敵土遁部隊の上空を通過しました。下から左に約60度、距離は400mほどズレています。約10秒後着地します」
カツユから情報も来た。この情報を元に、ミサイルの投擲角を調整していく。
次々と投げ込まれるミサイル。一部は土遁部隊に命中し、俺の挿し木と合わせて多くの敵を殺す。ヒザシなどの精鋭も降り立ち、不意打ち的に戦果を挙げていく。
土影は飛んでくるミサイルを打ち落とそうと、空間をチリにする術を使っている。が、視界が悪いのでタイミングを合わせられておらず、こちらにまだ被害はない。徐々に攻撃が近づいているが。
俺の分身は、空気抵抗を調整してミサイルの放物線に左右のカーブを加える。さらに的を絞りづらくする。
だが、一体だけは、逆に土影に突っ込む。土影に術を使わせ、次の術までのインターバルで雪一族を土影に近づかせるために。
先に雪一族を乗せたミサイルを高い角度で放つ。後に囮用のミサイルをほぼ水平に放つ。先に水平のミサイルが土影にたどり着き、すぐ後に雪一族のミサイルがほぼ真上から進入するようにする。投げる綱手と調整する俺と両方とも高い精度が求められる。だがやる! やらねばならぬ! 己の白眼を信じて!
「死ね! 原界剥離の術!」
まず水平に飛んだミサイルは作戦成功。俺の分身が土影の術にやられて消えた。その情報が本体に入ってくる。
白眼で長袖達のミサイルが落ちてきているのも見えた。狙い通り土影の術の範囲外だった。タイミングもばっちり。おそらく、接近は成功するはずだ。
トグロが祈っている頃、オオノキは先ほど消し飛ばした空間を見て笑んでいた。
「もう慣れたぜ。はあ、はあ。わしにその攻撃は通用せん。まあ、九尾あたりがガムシャラに投げておるのじゃろうがな」
「おっさん! 上だ! うんそうだ!」
「誰がおっさんか!」
オオノキはボッチの言葉に怒鳴りつつも見上げた。尾獣ほどに巨大な、茶色い何かがゆっくりと自分へ降ってきていた。
「ふんっ。口寄せか」
術の使用で弱っている隙を狙ったのだろう。しかし、自分はそれほど甘くない。
オオノキは、むしろ茶色い何かに突っ込んでいく。おそらくあれは巨大な岩であり、自分が避けたとしても、下にいる岩隠れの忍びに被害が出るようになっている。ならば、正面から迎え撃って無効化する。その術が彼にはあった。
軽重岩の術。
オオノキの手に触れた茶色い何かが、途端に軽くなってふわふわ浮く。
いや、表面がボロッと崩れてオオノキへ流れてきた。
岩じゃない!? なんだこれは!?
うっ、くっさー! うんこじゃねえか!
「木の葉め、戦場で悪ふざけを……」
オオノキはうんこまみれになりながら、不快なデカブツを原界剥離の術で消し飛ばすことに決めた。
うんこの臭さも、うんこまみれを部下たちに見られるだろうことも、軽重岩の術を微妙に破られたことも、全てが彼を苛立たせた。
注意力が散漫になり、しかも無駄に原界剥離の術にチャクラを込めてしまった。
塵遁、原界剥離の術。
立方体のチャクラ型がオオノキの両手から伸ばされる。それがうんこをほぼ全て包み、一瞬の後、塵に変えた。
一先ず、上空はさっぱりした。しかし未だ全身はうんこまみれでとても臭い。気分は晴れない。
このまま、おそらく九尾がいるところへ飛んでいき、今回の敵の大将をひっ捕らえて拷問攻めにしたい。が、九尾と戦うには今は体力に不安がある。それがまた彼を苛立たせる。
「ほよよー! うんこが消えちったー!」
「なに!?」
しかし、不意に背中側から少女の声が聞こえた。かなり勢いよくオオノキに突っ込んできていた。
「しまっ」
もう避けることはできない。せめてガードを。そう思って手を動かそうとするが、水を含んだうんこが意外に重くて追いつかない。
「ほよー!」
「ぐあああっ」
頭突きがオオノキの脇腹にめり込んだ。頭は鋼鉄のように硬く、衝撃がオオノキの骨を砕き、内臓を潰していく。
意識が揺らぐ。とてつもないダメージ。オオノキは放物線を描いて飛んでいてく。
「くっ、ぐっ。ふぬうっ」
しかし、オオノキにも意地がある。ショック死してもおかしくない痛みを気合で我慢し、即座に患部をチャクラで補強する。
が、少し回復したばかりの彼に、四方から新たな攻撃が迫る。
「ぐっ、くおああっ」
痛みを我慢して急加速し、それらを避けていく。いや、何本かは当たった。細い針のような武器。非力なくの一や医療忍者が好んで使う千本だった。
それに気付いて間もなく、オオノキは正面から何かのぶちかましを受けてしまう。
「んがばあっ」
脳が揺れ、また意識が揺らいでしまう。額が割れ、血が目ににじむ。
そこで見た。自分を覆うように、ドーム状に氷の鏡が展開しているのを。
全ての鏡に、先ほどの娘が映っていた。オオノキはこの術を知っている。雪一族の氷遁だ。
また、先ほどオオノキの額を割ったのは、ぶちかましではなくオオノキが氷にぶつかっただけだったと理解した。
「ぜえ、ぜえ。はあ、はあ」
ダメージを受けすぎた。チャクラ量と意識の揺らぎを考えると、体術では目の前の娘に勝てない。
しかし、原界剥離もあと一度が限界だ。使うと気を失ってしまうだろう。
だが、相打ちには持っていける。どころか、もし相手が死ねばオオノキは落ちるだけであり、ボッチに拾ってもらえる。そうすれば死なない。土影として格好のつく勝利ではないが、負けではない。
オオノキは最後の力を振り絞ってチャクラを練る。原界剥離の術は立方体。球の中心から伸ばした場合、球の表面の8分の1を食らうことになる(正六面体の立法格子の考え方です。原界剥離を正確に表してはいません)。生き残れる確率は低い。マダラと戦った時以来の大博打だ。
敵の攻撃の瞬間に反撃することで、確率を上げる方法はある。しかし、千本は器用に三方向から飛んでくる。今のオオノキではどれが本体か分からない。だから、結局博打になる。
なお、実際はアラレと長袖と釜倉が協力して千本を投げていたが、今のオオノキには複数いる可能性について頭が回らなかった。
よし。チャクラは溜まった。後は神任せじゃ。原界剥離の術!
巨大な立方体がオオノキから伸びる。立方体は鏡ごと空間を覆い、一気に塵に変える。
術は無事発動した。オオノキの意識は薄れていく。やったか……?
「ほよー! あぶなかったー!」
失敗だった。娘は生きていた。
クソッ。クソだけにクソッ。オオノキは頭の中で悪態をつきながら気を失った。
さて、アラレが危なかったと言っているように、実はオオノキはアラレに術のタイミングを合わせることができていた。ただ、両手を突き出して立方体を出すまでに間があるので、アラレは見てから回避できたのだった。氷の鏡を移動する時の雪一族の速さを見誤ったことが、オオノキの敗因だった。
と言っても、アラレではなく長袖と釜倉を狙ったならば、殺せていたが。彼等はアラレほどの反射神経も、咄嗟に攻撃を中止して回避に徹する器用さもないからだ。