俺の策と言うと弥彦も長門も煙たがるので、小南が思いついたことにして小南から2人に話してもらった。弥彦は「すごいぞ小南! それはいい策だ!」と喜び、長門も「あいつは好かんが、利用できる部分は利用しないとな」と乗り気で言ったという。
「ごめんなさい。あなたの知恵なのに、私がいい思いをしちゃって」
後で小南が謝ってきた。しかし大きな勘違いがある。
「別に弥彦と長戸に褒められてもうれしくない。俺が見ているのはお前だけだ」
小南はとても苦そうな顔をした。
桃隠れも暁も、今まで周辺の小国を歩き回ってきた。既に気の合いそうな連中には目星をつけていた。
例えば俺と仲がいいのは、石隠れの篠崎家。当主篠崎サヨコがメイド文化を気に入ってくれて、よく服を買ってくれる。エッチしたこともある。草隠れのナニガシ。これは偽名であり、本名は教えてくれない。たぶん抜け忍だと思う。孤児院経営の後輩であり木の葉嫌いの仲間でもある。彼女は女手1つで孤児院を経営していて、大変だろうから桃隠れが毎月仕送りをしている。とても感謝してくれているが、エッチは断られた。滝隠れの武装組織餌羽後(えうご)。戦闘隊長の志夜(しや)がよく桃隠れのメイド喫茶にやってくる。小さな女の子を見つけると「あんな少女に労働など」と怒ったフリをするが、口元はにやけている。メイドが子持ちの若妻だったらもっと喜ぶ。
暁と仲がいいのは、石隠れの革命勢力紅月一派。草隠れの武器商人奥撫(おうぶ)。歌って踊れる海賊欄華の一味などだ。夢想的な若者が多く、あまり信用できないが、今重要なのは岩隠れを威圧することだから眼を瞑ることにする。
彼等を中心に、次々と同盟を持ちかけて行った。
石隠れの篠崎、草隠れのナニガシは、すぐに策に乗ってくれた。というより、2つとも規模が小さいからそのまま桃隠れの傘下に入った。餌羽後はそこそこ大きな組織であり、今すぐ同意は得られなかったが、同盟に対しては好意的だった。
欄華の一味は何があっても共闘しないらしい。紅月一派と奥撫は、暁と同盟を結ぶことには同意した。しかし俺たちのことは信じられないらしく、上から目線で『会って人柄を見極めさせろ』と言ってきた。
失礼なやつらだが、会ってやることにした。作戦には多くの命がかかっている。下手に出るのはムカつくが、利用できるだけ利用して、用済みになったら捨てればいい。
時間がないので、同盟する可能性のある連中を一度に呼び、まとめて交渉することにした。場所は暁の基地だ。
連合軍からは、俺、半蔵、それと川の国の大名である天宮を参加させることにした。綱手、砂隠れ、木の葉隠れは省いた。彼女たちを外して大名を連れてきたのは、小国の警戒を削ぐためである。あくまで、小さな組織同士の対等な議論、という形にする必要があった。ここにダンゾウでも来た日には、議論が纏まらないばかりか突然殺し合いが始まってもおかしくない。
と言っても、作戦のことは一応木の葉と砂に伝えている。秘密にことを進めすぎて、謀反を疑われたら面倒なことになる。まあ綱手がいる限り大丈夫だとは思うが。
雨隠れには珍しく、会談の当日は晴れていた。
俺は大名の天宮マサキと美女三姉妹を連れて会場入りする。姉妹は上から天宮マリ(20)、ソノミ(16)、ナデシコ(15)。マリは大名の娘のクセに戦闘好きで、以前はアンヌと偽名を使って親衛隊に入っていた。実力は中忍程度。今もサソリの部下として定期的に戦地を巡っている。剣術を使う。彼女が大名の娘だとバレた理由は、イズモの祖先が作ったという川の国の名刀、草薙の剣を持っていたからだ。切っ先に触れたら何であれ切り裂くという恐ろしい刀である。この刀によってマリは上忍並の実力に引き上げられている。また、彼女は綱手並みに股が緩く、俺もエッチをしたことがある。
今回の大名の護衛は、俺と、遊撃隊隊長のサソリと、名前だけ川影補佐のクシナと、親衛隊隊長の月だ。文句なしに全員上忍の実力者だ。以前中忍程度の初と長袖に護衛を任せていたことを思えば、涙が出るほど立派になった。下の世代も育ってきているし、10年後には木の葉を抜いて最強の里になっているかもしれない。いや、日向がいる限り無理か。
続々と他の連中もやってくる。
「結! ちょっと待ってよ結!」
「黙れ帆! デカい声を出すな! みっともないだろうが!」
「神居、お前こそ目立っているぞ」
「す、すみません。桑土呂隊長……」
餌羽後は、志夜と彼が目をかけている神居結(かみいゆい)、帆悠莉(はんゆうり)がやってきた。全員美形だな。
「ぷっ、あいつ男のクセにぐむうっ」
クシナが決定的なことを言いそうになった。ギリギリ、後ろから抱きついて口を塞いだ。危なかった。神居にそれは禁句だ。
「へえ、結って名前なんだ。女の子みたいね」
しかし、大名の次女ソノミがサラッと言ってしまった。これは防げない。皆の前で護衛対象に粗相を働くわけにはいかないから。
「貴様、今なんと言った?」
神居が予想通りブチ切れてしまった。面倒臭いやつだ。志夜もこんなやつ連れて来るなよな。俺も問題児のアラレは留守番させたぞ。
「ちょっ、急に何?」
「大名の娘だからってなあ! 人より偉いわけじゃないんだ! 結が男の名前で何が悪い!」
「やめろ! 神居!」
「結! 落ち着いて! 皆が見てるわよ!」
神居がズカズカとソノミに近づこうとする。志夜と帆が後ろから神居に抱き着く。
俺達も護衛としてソノミの前に出る。
「ね、姉さん! 女の子の名前をつけるのは、確か子どもの健康祈願だったよね!」
しかし、不意に三女ナデシコが叫んだ。
「え? ええそうよ。医療の発達していなかった昔は、出産直後の赤子や幼児の死亡率が高かった。身体が少し丈夫に生まれてくる女の子に比べて、男の子には特に顕著だった。だから、願掛けのように男の子に女の子の名前をつける習慣ができたのよ」
「す、すごい! さすがは姉さん! 博識ね!」
「別に、これくらいは……」
なるほど。姉を誉めつつ神居を慰めるか。忍びの殺気が飛び交う中で、よくぞ咄嗟に考えついたものだ。
川の国の大名が賢いことはよく知られている。俺が移住するまで録な戦力もなく、大国に挟まれながら独立を維持できたのは、大名の力が大きい。その血が、娘にもきちんと受け継がれていると言ったところか。
次にやってきたのは墺撫だ。
「へえ、しみったれた場所だと思ったけど、なかなかどうして。美しい花がいくつも咲いている」
「ユウマ! いきなりなんて失礼な! 仲間になるかもしれない大切な相手だぞ!」
「仲間? 客だろ? 彼等は忍びだ」
「ユウマ!」
次の当主と言われるユウマとユラが夫婦でやってきた。こいつらは忍びではない。雰囲気も違う。
護衛の方は忍びだがな。一人知っているやつもいる。名前は確かタスク。起爆札の早業で有名な男だ。
篠崎家当主のサヨコ、孤児院のナニガシもやってきた。
「うわっ! たまに見かけるメイドってばね!」
「今日はどうぞよしなに」
「空海さん。いつもいつもありがとうございます」
「いえいえ、大切な友人ですからね」
紅月一派と半蔵は既に中にいるので、これで会談が始められる。
円卓に並べられる俺達。暁の弥彦を中心に、両隣、右が大名の天宮と三姉妹、左が武器商人のユラとユウマ。以後、右は半蔵、サヨコ、俺と続く。左は紅月、志夜、ナニガシだ。右翼と左翼で分けている気がするのは俺だけだろうか。
「皆、よくぞ集まってくれた。此度の緊急会談は、目下我々の土地に進行中の岩隠れに対するものである。俺は対話を諦めたわけではないが、現実に戦い奪おうとしてくる大国に、丸裸で立ち向かっては殺されるだけだ。この状況を打破するため、俺の同士である小南が打ち出した策が有効だと考える。聞いていると思うが、岩隠れが侵攻すれば我々が団結する姿を見せる、というものだ。自由な意見を求めたい」
初めにユラが手を上げた。
「我々は暁を信用している。お前達と手を組むことに何ら異論はない。だが木の葉、こいつらだけは全く信用できん。以前の大戦では、うちの子どもを何人も攫い、卑劣な人体実験を行った! しかし、その事実に対し、賠償もなければ謝罪すらしていない! どころか、同意の上だったとほざく始末! 大国なら何をやってもいいと考えているのか! 貴様らは!」
皆の視線が俺に集まった。いや、俺も木の葉嫌いなんだけど。
「私は木の葉隠れの代表としてこの場に来たわけではありません。私は桃隠れの川影です」
「そんな理屈が通用すると!? 綱手なぞ火影と並ぶ木の葉の象徴ではないか!」
失礼なやつだなあ。かわいい娘だが、嫌いだ。青年団時代のカルラを思い出す。まあカルラは過去ではなく現在を見ていたから、現実を見せれば納得してくれたがな。こいつは過去に拘っているから厄介だ。しかも、人体実験なんてまともな証拠が残っているはずが無い。多かれ少なかれどこの里もやっていたのは間違いないがな。それを感情的に「お前達だけ極悪だ」「証言がある」「謝罪だ賠償だ」と言っても、木の葉も反発するだけだろう。
第一武器商人のこいつらが正義を語るか? 人殺しで儲けている癖に。
「私のことが嫌いでも、この策を実行することはできると思います。本気で同盟を結ぶ必要は無いのです。岩隠れに我々が手を組んだと思わせることができれば」
「口で同盟と言ったら被害者を裏切ることになる! どうせお前達はそうやって戦争犯罪をうやむやにするつもりなんだろう!」
はあ? 何言ってんだこいつ。
「ユラ、落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられるか! 我々は舐められているんだ! 口だけの同盟で人体実験問題の合意を得たと言って、未来永劫に渡って被害者の口を閉じさせようとしているんだぞ!」
ユラは立ち上がってわめいてくる。ユウマが裾を引っ張って座らせようとするが、ユラは動かない。
いや、しかし全く。ここまでバカとは恐れいった。現在進行形で被害者が増えているのに、もう自由になっている人間の過去に徹底的に執着するとはな。犠牲者を減らす努力とかは考えないのか? それに、武器商人であるお前達が出してきた被害者はどうするつもりだ? 未来永劫に渡って謝罪と賠償を続けるか? それが木の葉だとしても? やらないだろうよ。
「綱手を引っ張り出せ! やつの口から被害者に謝罪させるんだ! 被害者が納得するまでな! そして、二度とこんな卑劣な行いはしないと約束させる! 終身にわたる十分な補償を受けさせる!」
ダメだ。殺したくなってきた。抑えないとな。相手はタダのバカな小娘だ。
「トグロ、謝罪の1つでも口にしたらどうだ?」
が、弥彦が言ってきた。さも、ここで謝罪しない俺が非常識、というふうに。
もう我慢できない。
「はあ!? なぜ俺が!?」
「なんだと!?」
言ってしまった。ユラがさらに怒り狂う。弥彦も怒りの表情になった。
これは、作戦も終わりだな。残念だ。だが、こいつらと仲間になるのはリスクが大き過ぎると思う。岩隠れを応援したいくらいだ。滅んで欲しい。
「聞いたか諸君! あれが大国の放漫な考え方だ! 謝罪を迫られると居直って逆切れする! 魂が無いんだ!」
「ご、ごべんなざいいいいいい!」
と、ここで驚くことが起こった。
「ナデシコ、何を」
「ごめんなさいいいい! 許してくださいいいいい!」
ユラの演説を遮るように、ナデシコが謝ったのだ。
「大名の娘さん。あなたに謝っていただく必要はない」
「い、いえ! 国の代表は我々大名です! 里があなた方に迷惑をおかけした場合は、我々が責任を持ちます! と言っても私は娘であって、大名ではありませんが」
「しかし、実権は千手の綱手が……」
「ユラ、もういいじゃないか。ここは彼女の気概に応じよう」
「しかし……」
もう一度ユウマがユラを座らせようとする。今度は先ほどのように踏ん張らず、フラッと椅子に着いた。
その様子を見て、ナデシコが続ける。
「わっ、私、今すぐ草隠れに行きます! 行って被害者の皆さんに謝罪します! お金も、少ないですが、私のお小遣い全て皆さんに届けますから!」
「ナデシコ、あなた本気なの?」
「もちろんです! お、お父様! ごめんなさい! 勝手な真似を!」
「ナデシコよ。わしに謝ってはならん。この場で発言したならば、その言葉は重みを伴うのだ。自分で自分の発言の責任をとらなければならぬ」
「は、はい! ご助言ありがとうございます! もちろん、発言は撤回しません! 私はこの足で草隠れに向かいます! 全財産被害者に届けます! ですから、墺撫の皆さん! ここはどうぞ、我々の数々の失礼をご容赦ください!」
ナデシコはそう言うと、突然席を外した。あれよあれよという間に床で土下座を始めた。
申し訳なさと、墺撫に対する怒りが込み上げる。俺たちが護衛すべき対象、しかも何の罪も無い美少女に、こんな真似をさせてしまった。しかもその相手が、自分達の罪も周りの状況も何も見えていない、下劣な愚か者だという。
ナデシコの謝罪の甲斐あって、墺撫からの追求は止まった。紅月一派はボソッと「こちらにも同じ補償を」と言ってきたが。悲しいことにナデシコはそれも請け負った。
以後、特に大きな反対はなく、作戦は纏まった。
会談が終わった後、暁、墺撫、紅月一派と、桃隠れ、雨隠れ、餌羽後に分かれて場所を移した。そこで、口ではない本当の同盟の話し合いが始まった。
その冒頭、半蔵がボソッと口にした。
「あんなやつらを味方につけてどうするつもりだ? 内側から侵食されるぞ。体内に毒を飼うようなものだ」
「分かっている。だから本当に口だけの同盟だ。作戦後、どこかに攻め込まれても助けてやらん。滅ぶなら滅べだ」
「ほう? 言質は取ったぞ」
半蔵は珍しく笑みを浮かべた。薄気味悪い感じがしたが、こいつが胡散臭いのはいつものことなので気にしなかった。
現在の戦力の印象
35 桃隠れ(ミサイル戦術考慮。カルラ、サヨコ、ノノウ含む)
15 雨隠れ(戦争と暁の引き抜きで減少)
15 暁(外道魔像含まず)
8 餌羽後
8 墺撫
2 紅月一派
42 岩隠れ(桃隠れとの戦争で疲弊したが、小国の領土と人材を奪って少し盛り返した)
30 砂隠れ(統一したが、戦争と内戦で減少)
48 雲隠れ(戦争で若干減少)
40 霧隠れ(戦争、ザブザの暴走などで減少)
95 木の葉隠れ(戦争で減少)