疫病神うずまきトグロ   作:GGアライグマ

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スコーピオン赤砂の旦那

 トグロの策が功を成し、暁同盟軍は一気に岩隠れを追い出した。突然の息のあった動きに、岩隠れは度肝を抜かれた。しかし、ちょっと待ってみると、同盟軍が一体でないことはすぐに明らかになった。

 まず、石隠れの紅月一派が動いた。岩隠れを追い出した後、同盟軍の勢力をもって石隠れの中央政府へ攻め込もうとした。しかし、桃隠れと雨隠れは同伴を拒否し、すぐさま離脱する。暁も戦闘を止め、中央政府と紅月一派を仲介する演説を始めた。中央政府は暁の和平交渉を受け入れた。紅月一派は中央政府への反逆を無罪とされ、一定の地位を与えられた。

 次に、草隠れの墺撫。里から岩隠れの脅威が去ってしばらく後、岩隠れに武器を売ろうとした。条件は草隠れに攻め込まないこと。そうしておきながら、滝隠れには武器を売り続けた。条件は同じく草隠れに攻め込まないことだった。

 餌羽後はそんな草隠れを許さなかった。岩隠れ、桃隠れ、雨隠れと不戦協定を結び、単独で草隠れに攻め込んだ。草隠れは金にあかせて抜け忍の角都等を雇った。対して餌羽後も桃隠れのサソリ等を雇った。

 両者が戦闘に明け暮れる中、チャンスと見た岩隠れは草隠れに攻め込んだ。しかしそこで暁が参戦する。岩隠れは狙いを変えて、滝隠れに攻め込む。桃隠れが滝隠れにさらなる援軍を投入する。ならば、さらに狙いを変えて、戦力の空いた石隠れを。岩隠れはすばやく戦力を動かし、石隠れを手に入れた。

 

 岩隠れと石隠れ、暁と草隠れ、桃隠れと雨隠れと滝隠れ、三勢力による三竦み状態となった。

 北東の国境は、岩隠れと滝隠れが接する。岩隠れは単独で桃隠れ連合に勝てないので、攻め込めない。

 中央東側の国境では、暁連合と桃隠れ連合が接する。両同盟の盟主である桃隠れと暁が互いに深くつながっており、互いと戦いたくないため動かない。草隠れと滝隠れによる小規模な戦闘に起こるが、実力は伯仲しており決着がつかず、互いに消耗することになる。

 中央西側の国境は、岩隠れと暁連合が接する。岩隠れはこの暁連合になら勝てるが、下手に恐怖を与えたらまた暁が桃隠れと手を組むかもしれないので、動けない。

 

 そんな中、風の国がいよいよ安定していく。このまま時間が過ぎれば桃隠れ連合の勝利か?

 焦ったのは岩隠れと草隠れだ。利害の一致した両里は同盟を結び、そこに暁も入れようと画策する。

 

「わしはこの年でやっと真実に気付いたんじゃぜ。暁の言っとることが正しかった。戦争なんて何もいいことがないんじゃぜ。これからはお前達の仲間として共に活動させて欲しい」

 

 土影のオオノキは見事に狸を演じきった。弥彦は感銘を受け、自身の『対話による世界平和』という思想に自信を深めた。

 当然のように、同盟が結ばれた。

 ここで焦ったのは桃隠れ連合、そして小南だ。彼女はトグロと戦わないように必死に弥彦と長門に懇願した。

 

「小南、心配すんな。俺たちは相手が誰であろうと戦いという手段は最後まで使わない。今までだってそうだったろう?」

「え、ええ。そうね」

「問題は、やつに対話が通じるかどうか。だな」

「ちょ、ちょっと長門!」

「落ち着けよ小南。まあさすがに、あいつも対話の無限の可能性に気付いた頃だろう。あの頑固な土影さえ動かしてしまったのだから。この世に不可能などないということだ」

「だな。もっとも、あいつが未だ俺達を否定するというのなら、救いようのないバカということになるがな」

「ありえないだろ。さすがに」

 

 小南は嫌な気しかしなかった。その後も、トグロが今まで行ってきた善行や、彼がどれだけ我慢強いかを長々と2人に説明した。

 草隠れと滝隠れの小競り合いは続いていた。暁は両里の和平交渉の仲介役を買って出た。両里の代表と、その後ろにいる実力者を雨隠れの暁の基地に招いた。

 

 以前の同盟会談と違い、会談前から両勢力共に殺気立っていた。特に餌羽後と墺撫のにらみ合いが凄まじい。トグロは弥彦と長門の方に視線を移すこともあったが、わざとらしくため息を見せるくらいで、睨んだりはしなかった。小南には笑顔で手を振る余裕もあった。

 

 そして、会談の時間となる。暁の三人を中心に、左右に両勢力が並ぶ。

 左が、墺撫の当主ウツミとユラとユウマ。岩隠れのオオノキ、黄ツチ、募ツチ。石隠れ傀儡政権代表である浦切(うらきり)スザク、戦闘隊長に上り詰めた紅月ナオト。

 右が、餌羽後の代表宇恩と戦闘隊長志夜。桃隠れのトグロ、綱手、サソリ。雨隠れの半蔵。プラス、特別ゲスト2名。

 

 条約の内容は、大まかにだが事前に両者の合意を得ていた。

 両軍武器を納め、お互いに軍縮する。具体的には、草隠れは武器の販売を50%削減する。桃隠れはミサイル攻撃を金輪際禁止にし、残ったミサイルは全て破棄する。戦争被害者についてはお互いに謝罪と賠償を行う。というものである。

 細かい部分では折り合いがつかない。

 

「ミサイルが正確に破棄されたかどうかを確認するため、内部を探らせろ」

「構わんが、小南を指名させてもらう。彼女は暁が最も信用する人間であり、探索能力も高い。お前達も信じられるだろう」

「ダメだ。1人では限界がある。最低各里から3人ずつ送る」

「多すぎる。テロでも起こすつもりか?」

「木の葉の綱手さん、平和を望む相手を疑うような行為はやめていただきたい」

「全ての里に3人ずつ送り、監視の目を張り巡らせるというのはどうだ?」

「監視? 人質になるだけじゃないか?」

「志夜殿も、監視など平和な世界には必要ありません」

 

 暁は明らかに左側の肩を持っていた。

 右側の怒りがふつふつと湧き上がる中、宇恩が爆弾を投下する。

 

「武器の密輸を封じるため、闇市場を潰さないか?」

「なっ!」

 

 闇市場があるのは、桃隠れを除きどこの里も同じ。しかし闇市場で一番設けているのは墺撫だった。

 

「そんなものはない! いい加減な発言はやめていただきたい!」

「いや、俺も何度か見た。あれは潰したほうがいい。平和な世界に不要なものだ」

「ぐっ」

 

 ここで、初めて暁が右側に味方する。墺撫の顔色が悪くなっていく。

 さらに、図ったように右側の特別ゲスト2名が到着した。

 

「すまない。遅くなった」

「わしもじゃ。許してもらいたい。何分戦争で忙しい身ゆえ」

「なっ!」

 

 百戦錬磨のオオノキ、闇世界の実力者ウツミ共に、驚きのあまり声を上げてしまった。他の左側の曲者も、どころか暁も同じような反応だった。

 

「火影様、風影様、どうぞこちらに」

「うむ。よろしく頼む」

「久しぶりだな。今日はお手柔らかに頼むぞ」

「ははっ、今日は味方ですよ」

 

 トグロが呼んだ特別ゲスト二名は、火影と風影だったからだ。

 風影が間に合ってしまったという事実。火影がバックにいるという忘れたかった現実。その2つが左側に重くのしかかった。

 オオノキを除き、左側の人間は途端に元気がなくなってしまった。オオノキもさすがに1対8では分が悪く、押されていく。

 

「最初に攻めてきたのは岩隠れだった。俺たちは正当防衛の権利を持つ」

「ぐっ。じゃが、お前達が不用意に軍備を拡張してわしらを脅すからじゃぜ!」

「ならば武器を売る草隠れを叩くべきではないか? 何故味方している?」

「それは、うむ。武器は使う側に問題があってじゃのう」

「岩隠れに武器を売った草隠れもいただけない。あれでは武器を使って戦争しろと言っているようなものだ。実際岩隠れはその武器を使って戦争している」

「いや、武器は買う側に問題が」

「この程度の思考しかできない連中だ。こんな草隠れの味方をした暁には、配慮が足りなかったとしか言えないな」

 

 半蔵とサソリの攻めがネチネチと続き、長かった。オオノキの理屈を否定する返答があまりに早く、巧みだった。オオノキ1人ではとても捌けない。暁も、対話を重要視している割に論戦は得意ではない。ほとんど口を挟めない。

 徐々に、右側が正しいという雰囲気が議場を包んでいく。暁から左側を責める言葉が出始める。

 

「は、話にならんわい! 木の葉が平和を語るなどちゃんちゃらおかしいじゃぜ!」

「そちらが力で我々をねじ伏せようと言うのなら、我々は自衛戦争をするしかない!」

 

 結局、オオノキとウツミは怒って帰っていった。

 

 さて、これでお開きとはならない。最後に大きな問題が残っている。

 

「それで、暁はどっちに着くんだ?」

 

 サソリが言った。長門と小南は弥彦を見た。他の、この場いる皆の視線も弥彦に集まる。

 

「どっちも何も、俺達は平和の味方だ。あえて言うなら、戦争を起こそうとしている方の敵になる」

「では、今回は岩隠れと草隠れの敵ということでいいな?」

「いや、それはない」

 

 木の葉連合陣の雰囲気がガラッと変わった。怒りや悲しみ。バカめ。また戦争が。そんな感じだ。

 長門は当然という態度だった。対照的に、小南は絶望したような顔になった。

 

「あいつらは俺たちの思想を理解してくれている」

「だな」

「小南!」

 

 不意にトグロが叫んだ。皆の視線がトグロに、次いで小南に向けられる。小南はビクッと怯えたような反応だった。

 

「なんだトグロ? また戯言か?」

 

 長門が言うが、トグロは彼を見さえしない。

 

「小南! 言いたいことがあるなら言え!」

「うっ」

「おいおい。小南に何をさせようって言うんだ」

「小南は大切な同士だ。妙なことはやらせんぞ」

 

 弥彦と長門は少し警戒しながら小南の前に立った。小南はうつむいている。しかし、何やらぶつぶつ呟いている。

 

「わ、私は……。私は……」

「小南! こいつらに足りないところがあったら自分が補佐する! お前はそう言ったよな! 勇気を出せ! お前にはこいつらとは別の世界が見えているだろう!」

「私、私は……」

「お、おい小南!」

「おいトグロ! わけの分からん言葉で小南を当惑させるな!」

 

 小南はさらにぶつぶつ言い続ける。

 自分の意見は決まっている。しかし、それを口から出すには恐怖がある。この2人に反発したらどうなってしまうのか。嫌われ、裏切り者扱いさえ、最悪見捨てられてしまうかもしれない。

 悪い例があった。トグロだ。かつて兄弟ほど仲がよく、2人に信頼され尊敬されていたのに、今では目の敵にされている。トグロは自分より賢く能力が高いにも関わらずだ。自分にはトグロのような能力が無い。何かを自分で始めることができない。人にすがることしかできない卑怯な女だ。そんな自分だから。従順さによって認められていただけで、一度歯向かえば永久に否定されてしまうかもしれない。実際トグロと弥彦達は、一度の仲違いが今もずっと続いているのだ。

 

 でも、従順なだけでいいの? それって本当の仲間なの?

 

 違う。少なくとも私がなりたい仲間とは違う。

 小南は、恐怖に歪んだ顔で言葉を絞り出そうとする。喉のところまでは出掛かっている。あと少し。あともう少しの勇気だ。

 動け! 私の顎!

 

「わっ、私は……っ! 長門、弥彦! あなた達が間違っていると思うわ!」

 

 出た。驚くほど素直に出た。

 面食らったような弥彦と長門。小南は2人をジッと見つめる。心の中で、ぱあーっと何かが開けていく。恐怖が引いていく。

 心地いい。初めて大空に飛び立ったときのような気分だ。

 

「お、おい小南! 何を言ってるんだ!?」

「俺達の何が間違ってるんだ? いつも通りだろ?」

「違う! 根本的な部分を否定させてもらうわ! あなたが言っている、対話! 対話で、全てを解決することなんてできないのよ!」

「何!?」

「何だと!? おい小南! いくらお前でも!」

「トグロが以前言っていたでしょう! 数年前、初めてケンカ別れした時のことよ。対話が通じるなら対話、ダメなら脅し、それもダメなら拘束し、それもダメなら殺すしかない。だけど、重要なのは教育によって対話が通じる相手を増やすことってね」

「小南、お前熱があるんじゃ?」

「幻術か? おのれ木の葉め! 卑劣な手を! 待っていろ。今すぐ解除してやる」

「触らないで!」

 

 小南は再び叫び、迫る弥彦と長門の手を弾いた。

 これは男2人にとって格別な衝撃となった。あの大人しい小南が、自分達を否定した象徴のような行為。三人でずっとやってきた。自分達は切っても切れない仲間だったはずなのに。

 逆に、小南には2人がとても小さく見えた。身長差は幼少期よりも増している。しかし、かつて全ての悪から守ってくれるくらい大きく感じた背中が、今は頼りなく思える。

 

「私の言葉が信じられないの!? 私があなた達と違うことを言うのがそんなにおかしいの!?」

「ちがっ、そうじゃない! そうじゃないだろ! 小南!」

「おい貴様等ァ! 俺達をバカにするのもいい加減にしろォ! 早く小南の幻術を解け! さもないっ、ぐっ!」

 

 小南が突然後ろから弥彦に襲い掛かる。手馴れた素早い動きで、弥彦の腕を取り後ろに捻り、その格好で胴体を前のめりに倒す。これにはトグロも驚いた。

 小南は弥彦の上に跨り、好きだった男を見下しながら言った。

 

「今までの数々の無礼、お許しください。目下にいる危険人物は、牢に入れることをお勧めします。私も自首します。しかし、改心の兆候が見えたならば、監視つきでもいいですから、解放していただけないでしょうか」

 

 小南は言い終えて、トグロ、綱手、火影を見た。綱手と火影はトグロに視線を向けた。皆の視線もトグロに集まる。

 

「拘束はさせてもらうが、牢は必要ない。俺が桃隠れで一から教育し直す」

「いつもいつも寛大な心遣い、ありがとうございます。感謝の言葉しかありません」

「な、なんだ……。これは……」

 

 呆然としたままの弥彦と長門。小南は弥彦の腕を紙で拘束し、立ち上がらせる。さらに、後ろから押して歩かせる。行き先はトグロだ。

 その場で、自身も両腕を合わせ、拘束してもらいたいかのようにトグロに差し出す。トグロは木遁で小南の両手を縛った。

 彼女の目は人が変わったような冷酷なものになっていた。しかし、不意に、つーっと涙が流れた。

 

 いけない!

 

 小南が慌てて涙を拭おうとする。が、腕を拘束されているためにできなかった。

 そこに、そっとトグロの指が出てくる。つーっと涙が拭われる。小南はドキリとしてトグロを見た。自身の顔が紅潮いくのを感じた。

 その場面を、長門は見ていた。

 

「お、お前! やはりお前かああァアア! 疫病神うずまきトグロおおおォオオオオオオ!」

 

 長門は怒り、トグロに飛び掛った。

 計ったように横からサソリが飛び出て、傀儡の針で長門を刺そうとする。まるで警戒していなかった長門は首の動脈に直撃を受けた。

 

「あへぁ」

 

 長門はあへ顔で眠ってしまった。

 

「えええーーっ! 今の俺がかっこよく決める場面でしょおおおお!?」

「お前にゃ無理だ。実力がほぼ変わらん上、体術はこいつに分がある」

 

 情けない男の悲鳴が、主人を失った小さな隠れ里に響いた。


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