大蛇丸の改革は概ね成功した。しかし全ての人間を満足させられるわけではない。
既得権益者の中には、改革により不利益を被った者もいた。
最も顕著なのが、うちは一族だった。
今までは、木の葉警備隊という称号を振り回し、その名に恐れる自里の忍びに目を光らせるだけでよかった。犯罪の取り締まりがあっても、命を懸けた戦闘にはほとんど発展しなかった。ダンゾウや大蛇丸など、本当に力ある悪と戦う必要はなかったし、ちょっとした抜け忍との戦闘でも、周囲の忍びの協力を得ることができたからだ。
しかし、里外ではこうはいかない。味方が周りにいない中で、自分の力で困難を乗り越えなければならない。戦闘には常に命の危険が付き纏う。ぬるま湯に浸かっていながら、自分達は優秀だと思い込んでいた者達は、現実に打ちのめされることになった。
しかし、人間は簡単には非を認められない。プライドの高いうちは一族なら尚更だ。彼等は任務失敗の度に誰かのせいにした。ある時は班員に足を引っ張られたと言い、ある時は無能な上司に難しすぎる任務を押し付けられたと言う。やがて彼等は仲間から嫌煙され、虐めさえ受けるようになった。
そんな時、ふとしたことで不満が爆発し、犯罪に手を染めるのだった。また、戦後間もなくということもあり、抜け忍やスパイがそこら中におり、木の葉を裏切って彼等の側に就くこともあった。
ヒザシの新警備隊は、ダンゾウの特殊警備隊と協力して問題に当たった。連携はあまり取れない。特に、容疑者の身柄について、特殊警備隊は強引な手を使ってでも自分達の元へ引きずり込んだ。理由があるに違いなかった。おそらく人体実験のためだろう。特にうちは一族が、積極的に狩られていったからだ。ダンゾウは写輪眼を求めているに違いない。
ある日、うちは一族とだけ書いた匿名で依頼が来た。
「ダンゾウと大蛇丸が、うちは一族で人体実験をしている証拠を得た。施設に乗り込んで被害者を奪還し、非人道的行為を行った者達を逮捕して欲しい」
封筒の中にそれを書いた紙と一枚の地図が入っていた。地図には実験施設の場所が記されていた。木の葉ではない。火の国でもない。東草隠れの、木の葉占領地域だった。
ヒザシは単独で施設付近に向かった。表向き医療施設を装っており、中に入ることはできた。すぐに、怪しげな立ち入り禁止区域を見つけた。その付近では、忍びらしき男女6人が医者と患者を装って見張りをしていた。
ヒザシならば、多少腕の立つ6人程度わけはない。が、大事にはしたくない。禁止区域には近づかず、白眼で中を見る。
途端、紙に書かれていたことが真実だと知った。ダンゾウに引き取られた犯罪者、見覚えのある抜け忍、スパイが、薬の実験体になっていた。
「ん? ……なっ!」
これだけでも問題だが、なおまずいものを見つけた。分厚い壁で覆われた地下に、別の実験場があった。
液体で満たされた透明な容器が、規則正しく並べられている。合計108ある。その中に、人間の胎児のような生物が浮かんでいる。
その全てがまともに生きているわけではない。ほとんどは死んでいるか死にかけだ。苦しみ、暴れている個体もいる。安定していても、やせ過ぎたり、太り過ぎたり、腐りかけたり、骨格がおかしかったり、身体から別人の顔が浮き出ていたりする。まともな胎児の形をしているのは、10にも満たない。
「なんと、惨い……」
悲惨な光景に心を抉られた。死体に見慣れたヒザシであっても、奇形の胎児の苦しむ姿というのは、悲しいものがあった。戦争とは違った形で、人間の醜さと犠牲者の悲惨さが凝縮されている。つい最近長男が産まれたから、尚更感じた。
警備隊の人間としても、見てみぬフリはできない。火の国には、非人道的行いを禁止する法律がある。先の忍界大戦の平和条約にも、多大な苦痛を与える人体実験の禁止が明記されている。
とは言え、大蛇丸やダンゾウと真正面からやりあうのはまずい。内戦になると死者が出すぎるからだ。
里に帰ったヒザシは、ヒルゼンに相談した。ヒルゼンは「共に大蛇丸を説得し、穏便にことを済ませる」と言った。
自来也とフガクが離れるタイミングを見計らい、2人で大蛇丸に迫る。話を聞いた大蛇丸は、あっけらかんとした態度だった。
「ああそれ、あたしが許可を出したのよ」
ヒルゼンもヒザシも、大蛇丸が関わっているに違いないとは思っていた。しかし、焦りが微塵も見えないのは意外だった。まるで知られてもよかったようだ。
「大蛇丸よ。お主は今や火影じゃ。皆がお主を見ておるのじゃぞ。もう少し自覚を持て」
「別に、大したことはしてないわ。人体実験の被験者は敵国のスパイとかこっちの死刑囚よ。一般人には何の関わりもない話」
「孤児もいたようですが?」
「孤児も悪事をすれば犯罪者よ。やつらだって盗みもすれば殺しもするわ」
「だとしてもじゃのう」
「里が強くなれば安全になる。犯罪に手を染めた人間に、ただ処刑するのではなく、国に貢献するチャンスを与えてるのよ。逆に感謝してもらいたいくらいだわ」
「しかし、条約があるぞ」
「やってるのは草隠れよ。だから条約も問題ない」
「それは詭弁ではないですか?」
「言うわねえ。日向ヒザシィ」
大蛇丸はねっとりした笑みを浮かべ、ヒザシを睨む。ヒザシは堂々と大蛇丸の両目を射抜く。
「少し待ってくれぬか」
と、ここでヒルゼンが割って入った。
「ヒザシは知らぬかもしれんが、わしの頃から、草隠れは各里が表に出せぬ実験の隠れ蓑となっておったのじゃ。木の葉のみならず、雨も、岩も、滝も草隠れで実験しておった。あそこは技術力で生きてきた国じゃし、金もあったからの。それに、墺撫は闇世界の組織じゃったが、変な話、それなりに信頼もされておったのじゃ」
「三代目様、何故今その話を?」
「いや何。実験は木の葉だけではなく、雨や砂を関わっとるかもしれんと思うての。そうすると同盟の問題も出てくる」
「お察しの通りよ」
「むっ」
大蛇丸が気だるげに言う。
「信用問題があるから詳しくは言わないけど、あなた達の好きな桃隠れも関わってるわ」
「ぬっ? 綱手がか?」
「どうかしらね」
「むう」
ヒルゼンは思案顔になる。師として悩んだ。綱手には黒い世界に入って欲しくない。しかし時には必要かもしれない。
「とりあえず、あなたに封筒を送ったうちは一族を名乗る人物が気になるわね。スパイなのか、裏切り者なのか。そっちの方の調査をお願いできるかしら?」
大蛇丸が横目でヒザシを見る。先ほどとは違って余裕ある笑みをを浮かべた。
ヒザシは真顔で言った。
「少し、質問をよろしいか?」
「何かしら?」
「四代目様は、孤児も悪事を働けば犯罪者だとおっしゃられた。しかし、産まれてもいない子は、犯罪者になりえるのでしょうか」
途端、大蛇丸の雰囲気が変わった。
「何が言いたいのかしら?」
大蛇丸はスッと目を細める。忍びの敵意をヒザシにぶつけながら。
「施設の地下に、透明な容器が並ぶ実験施設がありました。その容器に入っていたのは、赤ん坊にも満たない小さな胎児でした」
「なんじゃと!?」
ヒルゼンが驚いて大蛇丸を見た。大蛇丸の目がさらに細まっていく。
ついには、観念したように完全に閉じた。
いや、憎々しげな表情になって、ヒザシを睨んだ。
「日向ヒザシィ。あなたを警備部隊隊長に選んだのは失敗だったようね。白眼は見え過ぎる」
「観念なされたか。どうなさるおつもりだ?」
「観念なんてしないわよ。さっき言ったでしょ。草隠れのやってることだから条約は関係ない」
「あくまで無関係だと? あそこを管理しているのは木の葉にも関わらず?」
「都合のいいことに、敵国はあそこを木の葉の領土だと認めてないのよ。草隠れに自治権があることになってるの。だから悪いことがあったら草隠れの責任ってわけよ」
「……なるほど。ということは、警備部隊の出る幕ではないのかもしれませんな」
「急に物分かりがよくなったわね。まあ、そういうことよ」
それでヒザシは引き下がった。悔しそうに眉間を寄せながら。
ヒルゼンは、そんなヒザシに未来の可能性を見た。これが10年前なら、問題視されることさえなかっただろう。無視か、逆に里で大蛇丸を支援したかもしれない。
ヒルゼンはヒザシを食事に誘った。一楽というラーメン屋に連れて行ったのだった。
「すまぬなヒザシ。力になれんで」
「いえ、そんなことはありません」
「畏まらずともよい。楽にせい。今のわしは引退した爺じゃ」
「は、はあ」
ヒルゼンはここで仕事の話をしなかった。産まれたばかりのヒザシの子どもについて尋ね、以後もその話がほとんどだった。自分は仕事と戦争に忙しくて子どもにかまってやれなかった。お前はたっぷりかわいがってやれよ。ヒルゼンはそう言った。ヒザシは、肩の荷が降りたような気分になって、また明日も頑張ろうと思えたのだった。
明くる日の早朝。まだ外が赤暗い時に、ヒザシの家に訪問者があった。
「なぜこのような時間に?」
妻は赤子の世話をしているので、自らが出た。玄関を開ける前に、白眼で訪問者を見た。
20歳前後に見える男だった。ただし、面をつけて正体を隠している。
この男には見覚えがあった。草隠れのタスクだ。ビンゴブックにA級で載っている抜け忍である。もっとも、抜けなければ戦争で殺されるか捕まって処刑されるかしただろうから、それ自体が罪かと言われたら微妙だが。
ヒザシは影分身を1つ作り、妻の下へ送る。自身は、臨戦態勢で構えた。
「何の用だ?」
玄関を開けないまま尋ねる。
予想はできている。このタイミング。草隠れの抜け忍。戦争で木の葉に恨みがある。おそらく、封筒の主に関わっている。ここへ来たのは、自身の勧誘だろう。木の葉で内乱を起こすための。
「見ていただけましたか? 木の葉の現実を」
「お前が私に封筒を渡したのか?」
「厳密には僕じゃないですが、僕の仲間です」
簡単に口を割ってくれた。ウソの可能性もあるが、チャクラの質や声色からは敵意を感じない。
「お前の目的はなんだ?」
「世界平和です」
「抽象的だな。方法を言え」
「改革と口で言っていますが、木の葉の本質は変わらない。平和から遠い存在であることは、ヒザシさんならば、ご理解いただけたはずです。赤子さんと奥さんのことは心配しないでください。僕達が責任をもって守ります」
「話にならんな」
「まっ、待って!」
八卦空掌。
ヒザシは話を切って手のひらからチャクラの衝撃を飛ばす。それは玄関を破壊し、その先のタスクへ飛んだ。
タスクも上忍の実力を誇り、さすがに一撃で仕留めることはできなかった。しかし、不意を突かれて対応しきれず、腕に負傷を負った。
この時点で分かったことがある。タスクは敵地の真ん中で気を抜くような間抜けであること。上忍の体術と言っても木の葉最強の日向に比べれば遥かに劣ること。腕を負傷したことでタスクの得意とする起爆クナイの威力は半減したこと。
タスクは会話を諦めたらしく、逃げ始めた。ヒザシの八卦空掌を回避しつつ、後ろに起爆札付きクナイを投げる。それが空中で爆発し、目くらましの煙玉が散布される。
「せっ! はっ!」
「ぐあっ」
しかし、チャクラを見抜く白眼には通用しない。八卦空掌がタスクの背中を捉え、吹き飛ばす。
この攻撃は、タスクが森に飛ぶように計算していた。街中で暴れられたら一般人に被害が出るし、人質をとられる可能性もあるからだ。
「はあ、はあ。くっ」
「せいっ!」
「ぐおっ」
「チッ」
逃げ足だけはなかなか速い。だが逃がさん。
「ま、待って! 僕はただ話を!」
「ならば投降しろ! 逃げるな!」
「くっ、そうすると僕を捕まえるんでしょ!」
「はっ」
返事の代わりに八卦空掌をお見舞いする。バカと話してやる義理は無い。
「ぐっ。分からず屋があ!」
「む?」
突如、タスクが上空に煙玉を投げた。そんなことをすれば目立って木の葉の暗部が飛んでくる。それを知らぬ愚か者ではないはずだが、秘策があるのかもしれない。
ヒザシは勝負を急ぐことにした。
「八卦空壁掌!」
「ひいっ! がっ、ぐああああああっ!」
日向の遠距離攻撃としては最大の技、八卦空壁掌。尾獣すら吹き飛ばすチャクラの衝撃が、タスクの身体をグチャグチャに打った。
「むっ?」
ところが、吹き飛んだタスクの先で、突如地面が盛り上がった。
中から男が出てきて、タスクを掴み、即座に土の中に戻った。こいつは知らない男だった。
増援か。どうする? 1人でいけるか? 罠の可能性は?
スタミナは、まだ大丈夫だ。タスク程度の実力なら、あと4,5人は相手にできる。進むか退くか。
進めば危険だが、さらに敵の深くまで知れる可能性がある。引けば、タスクの情報だけは確実に持ち帰れる。どうする?
一瞬の判断。その時チラッと、実家に置いてきた息子の顔がよぎる。合わせて、昨日のラーメン屋でヒルゼンが語った話も。
「退くか……」
ヒザシは瞬身の術でその場を後にした。