やっと……
波の国は木の葉の東にある。俺が目指す砂漠は木の葉の西。いや、厳密には砂漠の手前の山。そこに一旦集落を作って、ダムを作る。平行して砂漠めがけて運河を作り、完成したら水を流す。それから砂漠に畑を作って、ダムの水で育てていく。そういう流れだ。砂漠を豊かな土に変える方法とかそういうのはいろいろ考えないといけない。
当面の問題は、移動で横切ることになる木の葉だ。俺一人なら、関所だけ地下を通ってすり抜ければいい。国内で怪しまれても逃げられる。夜盗も怖くない。しかし、ここには下忍程度の子ども5人と一般人8人がいる。どうやって切り抜けるかは、悩ましい問題だ。
「ミナト、旅商人って証明書はいるのか?」
「いるよ。関所で買うんだ」
「関所には日向がいるか?」
「もちろんいるよ。たいていはね。白眼は取り調べにもってこいだ」
「うーん、厳しいな。俺だけ別ルートで入ろうかな? 豪を仮の代表にしておいて」
「それがいいだろうね。というか、国に入ってからもだよ。あの人力車じゃあ通りを進むしかないけど、人の多い場所は監視が多くて君じゃ歩けないよ」
「はあ。面倒臭いなあ。もう」
彼らを波の国に連れていく時は、人が多すぎてほぼ素通りの難民ルートがあったんだがな。今はたぶんきちんとチェックしているだろう。
ミナトが言う下忍はたった6歳のはたけカカシという少年だった。天才か、と驚く前にやはり木の葉は狂っていると思った。俺はこっちで使っていたマオという偽名を名乗り、昔ミナトと共に仕事をしたことがあるフリーの忍びということにした。
フェリーが火の国に着くまで、合計3回忍びの襲撃があった。全てミナトが海を走って敵と戦い、敵が船に辿り着く前に殲滅した。俺はカカシ少年と共に、船に飛来するクナイや術を防いだ。
フェリーが着く少し前に、俺だけ船を降りて海面を歩いた。港の前で水に潜り、人気のない海岸へ移動した。さらに岸では土遁を使い、上陸せずに地下の道を進んでいく。やっと地上に出たのは生い茂る山の中だ。
木遁分身の術。
一行の身の安全は分身に任せ、本体の俺は一足先に国境へ向かう。おっと、ついでに川の国の様子も調べさせよう。木遁分身にな。
2週間後、一行は国境にやってきた。うちはミグシと共に。また、300mほど離れた場所で二人の暗部が尾行している。実力は中忍の上位程度か。そう高くはない。
「あいつめ。ボッチみたいに俺の命を狙ってやがるのか」
分身があいつを木の葉に送り届ける間、移住する場所をしつこく聞いてきたからな。「忍者なら自分で探せ」と言っておいたが、ああなったか。木遁の記憶は幻術で消しておいたが、それも完全だとは限らない。暗部がいるのは俺の存在に気づいてのことかもしれない。
しかしあいつ、長袖に接触多いなあ。手を引っ張ったり、茶屋に誘ったり。あっ、今胸に手を当てさせた。
これって、もしかしなくても、デレてるんじゃねえか?
あんな男のどこがいいんだろうねえ。美形だとは思うが、女っぽいし、鈍いし。波の国でもモテてたのけどさあ。捕虜が敵側の男に惚れるかねえ? つり橋効果か?
「あっ、ほら長袖くん! 蝶々だよ!」
「う、うん。綺麗だね」
「うん! 素敵だね!」
満面の笑みで蝶を指差す娘と、頬を染める男。
なんだこれ? イライラする。俺の理想郷を甘ったるい色恋で濁さないで欲しいんだが。
一行は国境に最も近い宿の前で止まる。
「ふいーっと。マオさんはどこかねえ」
豪が周囲を見渡す。俺は300mほど離れて木に擬態している。
ちなみに、一行にはまだ本名を教えていない。
「あんなやつほっといてさあ! 一緒に木の葉で暮らそうよ!」
ミグシが大きく手を広げてアピールする。やはり長袖に気があり、彼を留まらせたいようだ。
「そういうわけにはいかないよ。あの人には恩があるから」
「分からないよ! 長袖達を奴隷にして金儲けがしたいだけかもしれない! あんなやつ信用するくらいなら木の葉の方がマシだって! ここにはきちんとした警備隊がある! 力のある忍者が一般人に悪いことをしないように見張ってるんだ! だけどあいつのところではあいつがルールでしょ!? 気分次第で何されるか分かんないよ!」
それは木の葉の理屈だな。本当はチンピラの制御なんかできてないのに。ミグシのやつ、この里の深い闇を知らないらしい。
俺は断言できる。木の葉よりいい里など俺が簡単に作ってしまえると。
「僕たちはさ。静かに暮らしたいんだ。こういう賑やかなところは、旅行ならいいけど、ずっとってのはちょっとね」
「そんなことないって! 住んでみれば都会の方がずっと暮らしやすいよ! ほら、竹ちゃんは体が弱いけどさ。ここならすぐに薬が手に入る! 腕のいい医療忍者もいっぱいいる!」
「そ、そうだね。都会も悪いとは言わないよ」
「ほらね! しかも戦争が終ったばかりでしょ! 今木の葉は人手不足なの! 仕事はたくさんあるし、土地だって安いよ! 今が一番移住するチャンスなの!」
「そ、そうなの。考えてみるよ」
「うん! 是非考えてみて!」
うーん、なんだかなあ。ここまで妄信的だと憐れに思える。実際仕事はあるだろうけどさあ。復旧が終わったらどうすんの? また戦争でインフラ壊して仕事を増やすか? 前世にはそういう大国があった気がするが。
さて、あいつらをどうやって回収するか考えよう。素直に出ていくのはありえない。交戦になったあげく、応援を呼ばれるかもしれないからな。
宿の下に地下を掘るか? そして夜中に脱出。
いや、こっちは素人がいるからな。明るいうちに脱出する方が簡単かもしれない。こっから暗部が増える可能性もあるしな。今なら確実に勝てる。問題は応援だ。
いや、待てよ。分身で引きつけたらどうだ? あいつらに俺の分身が見破れるとは思えない。ついでにミグシを人質にとって……。よし、それで行こう。
木遁分身の術。変化の術。
13人の分身と変化。さすがにしんどいな。だが、ミグシ程度に遅れは取らんよ。
あっ、宿の地下に虫がいやがる。油女一族だな。
面倒くさい。だが、俺ならば蜘蛛の巣のように張り巡らされた虫の隙間を見抜ける。そこを移動すればいいだけのこと。
昼時になって、一行は宿の食堂に入った。雪崩と竹は厠に向かう。
アレを終え、パンティを履く。今だ!
「えっ」
「うぐっ」
土遁で彼女達を土の中に入れ、分身と入れ換える。この調子でどんどん行こう。
その後、約一時間で長袖を除く全員を入れ換えることに成功する。
長袖は、ミグシがべったり過ぎる。厳しいな。
あっ、しまった! 日向の忍びが急速に近づいて来てる! もう行かないと!
「せい!」
「えっ」
「うわっ!」
土遁で二人を地下に引き込む。ミグシには何かされる前に木遁でグルグルに。
「逃げるぞ! ヤバいやつが来てる!」
「えっ」
説明する間も惜しい。
俺はミグシと長袖を両脇に抱え、全力で逃げる。
おっと、人力車も持って行かないとな。近くの分身に指示を出し、土遁で引き込む。
先に穴に引き込んだやつらは、既に国境を超えて森を進んでいる。簡単には見つからないはず。
「消えたやつがいるぞ! 分身だ!」
「探せ! まだ近くにいるはず!」
「うちはミグシは何をしている!?」
騒がしくなってきた。本当に大丈夫なのだろうか。心配だ。
地下の道を駆け、地上へ脱出する。地下は埋めておく。
さて、あいつらは……。ちゃんと分身の指示した方向に進んでるな。
先頭は初か。しかも霙をおんぶし、霰を抱っこして走っている。いい判断だ。
2番手の積雪と涼と釜倉もなかなかのスピード。その次は、俺の分身が担いでる豪と薄。ここまでは問題ない。
月、竹、雪解、雪崩。この4人の集団は遅れてるな。よし。応援に行ってやろう。
「わ、私のことは置いて、先に……」
「ダ、メです、よ。こほっ。せっかくここまで来たんですから」
「そうです! 全然大丈夫です! 殿にはマオ様がいます!」
「お母さん頑張って」
9歳の竹が6歳の雪崩を抱っこし、13歳の月が28歳の雪解をおんぶしている。この雪解が遅れている。体格差も少しあるが、月が風邪気味で足取りが重そうだ。まあ、俺が追いついたから問題ないが。
「長袖! お前が竹と雪崩を担げ! 俺は月と雪解を担ぐ!」
「えっ? えっ?」
長袖を竹と雪崩の背後に投げる。長袖は上手く体をひねって着地するが、そこからは不安そうに竹の腰に手を伸ばすのみ。この間、俺はミグシに幻術を掛けて放置する。
「こうやるんだよ!」
俺は月と雪解に手を伸ばし、雪解を右腕に、月を左腕に抱える。ゴツいおっさんに変化しているからこういうこともできるのだ。
長袖は多少恥ずかしそうに俺の真似をした。というか、女子たちがとてもうれしそうだ。イラっとしてきたぞ。見てくれで判断すんなメイド共!
その後、俺達は木の葉の忍びに出会うことなく全員合流した。夕方まで歩いたが、俺も含めて全員疲れきっていたので、暗くなったら土に隠れて寝た。ただし、俺の分身は徹夜で見張りと罠作りに励んだが。こういうことをすると分身が解除された時にドッと疲労が襲ってきて怖い。
翌日、緊張感が張り詰める中、再び出発する。
木の葉には鼻のいい忍びと忍犬がいるので、一度土の中を移動して匂いの道を断っておく。その後は駆け足で移動する。
川の国は山と谷が多く、足場が悪い。素人にはきつい道のりだ。大人は俺と俺の分身が担ぎ、子どもは初と長袖に任せた。また、月の容態がさらに悪化したので、彼女も俺の分身が担いだ。
忍者は出なかったが、大蛇と熊はしょっちゅう出た。俺がチャクラで脅し、それでも向かってきたら殺した。戦闘は手の空いている子にもやってもらった。
戦争の影響か、いくつかの橋は無くなっていた。俺が木遁で新しくつないだ。渡りきった後にまた壊したが。
食事は朝と昼。おにぎりや忍者の丸薬など簡易なものを食べた。残るは突き進むのみ。
そして、夕刻。ヘトヘトになった俺達は、やっと目的の集落を眼下におさめる。
「長かった。長かった」
皆が感動でうずくまる。喜ぶ元気はない。
「あっ! ご主人様!」
ここは、砂隠れ方面を調査していた木遁分身が作った集落である。記憶にのみあった懐かしい顔が俺を出迎える。というか、わらわらいるな。綱手に預けたはずだが、ほとんどそのままいる。どうやって生活してたんだ? 家と田畑はあるが、こっちは波の国と違って街がない。大人もほとんどいなかったはずだが、全員の面倒見てたのか?
「おっそいぞゴラアアアア!」
と、怒鳴り声が聞こえたかと思ったら、苛烈なチャクラを纏う美女が突進してきた。美女はいきなり俺の分身に殴りかかり、粉々に粉砕した。
冷や汗が流れる。本体だったら死んでいた。彼女のギャグは笑えない。
「ありがとうございます。綱手さん。孤児達の面倒を見ていただけたのですね」
「お前が本体かオラア!」
あっ、あかん。
綱手はぶち切れた表情で俺の襟首をつかんで持ち上げる。
「何が一時預けるじゃボケがあああああ!」
顔面を殴られる。一瞬意識が飛んだ。そして直後に激痛が。
「ひいいっ!」
「オラア! 中忍のガキのクセにこの私に上から物頼んでんじゃねえ! ボケがあ! 最後まで面倒見やがれ! 勝手に死ぬな! 勝手に生き返るな! 自来也の覗きがうぜえんだよ!」
何度も何度も殴られる。めちゃくちゃ痛い。変化はとっくに解けてしまった。
そう言えば、なぜ俺は気絶しないのだろう。死んでもおかしくないのに。どういうこと? 脳ミソぐちゃぐちゃにならないよ?
「あっ!」
「なんじゃゴラア!」
分かった。この人無駄にすごい! そして酷い!
殴る衝撃が伝わると同時に、医療忍術で治してるんだ! 瞬間的なチャクラの流れを感じるぞ! 何て才能の無駄遣いなんだ! バカすぎる! サドすぎる!