ゼルダの伝説 虚無《ゼロ》の少女と時の勇者   作:すもーくまんじゅう

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虚無の曜日に③ 物言う剣の特訓

「はい、どうぞ。リンクさん」

「ありがとう、シエスタ」

 

 にこにこと笑うシエスタは、澄んだ水が揺れる銀の杯をリンクに差し出した。礼を言って受け取ると、リンクはそれを傾け、ぐっと喉へと流し入れた。水の帯びている冷気が肉体の内側にこもった熱を霧散(むさん)させるように駆け巡っていき、その感触に大きな息をついた。

 

「……ぷはっ! はぁ……冷たくて染みるなぁ」

 

 左手の甲で拭った口元に笑みが浮かんでいるのを見て、シエスタは目を細めて、にっこりとその微笑みを深くした。

 

「ぶっ! ぺっ、ぺっ! はぁ、はぁ、……うぇーっ、口の中がじゃりっとするなぁ……はぁー……」

 

 うつ伏せに倒れていたギーシュはむくっと顔を上げると、まだ息を荒くしながらも、顔をしかめて口の中に入ってしまった草きれ混じりの土を吐き出した。湿り気を帯びた冷たい味が口の中に広がっていて、(あご)を動かす度に硬い粒が歯の間で()れて音を立てた。何度か唾と一緒に吐き出すも、どうにも違和感が(ぬぐ)えないことに小さく唸っていたが、やがて諦めたギーシュは木剣を杖のように支えにして身体を起こした。

 立ち上がろうか迷ったものの、途切れ途切れの呼吸と全身を覆っている気怠(けだる)い疲労がギーシュを重石(おもし)のように引きずりこんできたため、結局は足を投げ出すようにして地面に座り込むことに決めた。深く空気を吸い込んで息を整えながら、土が擦れて出来た汚れと光る汗の(しずく)が目立つ額をギーシュは袖で拭った。

 

 

「はい、ミスタ・グラモンもどうぞ。よかったら口の中を(すす)いでからお飲みになってくださいな」

「ああ、どうもありがとう、そうさせてもらうよ……」

 

 膝をついてかがみこんだシエスタが差し出してくれた銀の杯をありがたく受け取り、ギーシュは冷えた水を含んで口の中を一度(すす)いで、それから喉を鳴らして(たた)えられていた水をごくごくと飲み干した。渇き、熱を帯びた身体に、潤いを取り戻すそれは、まさしく命の水となって染み渡っていった。

 

「……はぁ、生き返る……」

 

 万感の思いがこもったその声に、シエスタはくすくすと笑みをこぼした。

 

 

「ごめん、シエスタ、水差しをもらってもいいかな? ああ、ありがとう。……ほら、ギーシュ。こいつで顔を拭いなよ」 

「ありがとう、リンク……くぅ、こっちも染みるなあ!」

 

 リンクは懐から手拭いを取り出して、シエスタの持ってきた水差しからもらった水で湿らせ、ギーシュへと差し出した。濡れた手拭いを受け取ったギーシュは一通り顔を拭うと、気持ちのいい冷たい感触に浸ろうとして、手拭を顔に乗せたまま後ろ向きに倒れて、身体を大の字にして地面に投げ出した。

 そんな彼の様子にリンクはシエスタと笑いあっていたが、すぐ傍に近づいてきた草を踏みしめる足音に振り返った。キュルケが微笑みを浮かべながらやって来ていた。

 

「こんにちは! また面白いことしてるじゃないの、リンク!」

 

 キュルケは瞳をきらりと光らせ、リンクに向かって明るい調子でそう声をかけた。

 リンクは笑みを浮かべ、言葉を返した。

 

「やあ、キュルケ。そんなに面白いかな?」

 

 リンクの問いかけに、彼女は胸の前で腕を組み、(あで)やかな紅を引いた口元に指先をあてて朗らかな笑い声を上げた。

 

「ふふふっ! もちろんよ! 貴族相手に剣の稽古(けいこ)をつけるなんて、あなた以外にいないでしょうしね! それに、ギーシュもすごく頑張ってるみたいだしね。こちらのお嬢さんも、それで気になってるみたいだから」

 

 後からやってきたモンモランシーの方へと視線を向けて、彼女はいった。モンモランシーはその言葉にふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまい、綺麗に巻かれた金の髪の房がそれに合わせて揺れている。キュルケの言葉にリンクは笑顔で頷いた。

 

「ははっ、そっか、確かにそう言われると物珍しいのかもしれないね。ここじゃ魔法の方が絶対だもんな。剣の稽古なんてそうそうしないよな」

 

 モンモランシーに一足遅れて、同じように近くへとやってきたルイズとタバサに手を上げて挨拶をしてから、ひんやりとした手拭の心地の良い感触にまだ身を任せたままでいるギーシュの方へとリンクは顔を向けた。その眼差しは優しいものだった。

 

「でも、本当にギーシュはよく頑張ってるよ。感心するくらいさ」

「へへへ、根性は中々のもんじゃねぇの! 動きの方は素人丸出しだけどよ!」

「初めてなんだからそれはそうさ」

 

 リンクの言葉に頷くように、デルフリンガーも金具を打ち合わせながらそう声を出した。手放しで誉めることはしない、手厳しい相棒にリンクは苦笑を漏らして言葉を返した。

 

「……ふーん、あらそう」

 

 モンモランシーは眉にしわを寄せたまま、興味なさげにそう言ったが、倒れこんだままのギーシュにちらりと視線を送った。すぐに目を逸らそうと思っていたのに、息を荒くしている彼の姿が視界に入ると、それは出来なくなってしまった。自分でも理由はわからないが、一度惹きつけられた視線はどうしても引き剥がすことが出来なかった。

 ギーシュは顔を覆っていた手拭を指先でつまみ上げるようにして、彼女の方へと眼差しを向けた。

 

「やあ、モンモランシー、君の前ではもうちょっとかっこつけられればいいんだけどなぁ……今はそれも出来ないよ」

「……っ」

 

 湧き上がっていた不機嫌な気分のままに、睨みつけるくらいはしてやろうかと思っていたモンモランシーだったのだが、彼のその声と姿に、一瞬息が止まったような思いがして、ぐっと言葉が詰まってしまった。これまで見たことがなかった色をギーシュのその瞳が帯びていたように思えて、彼女はどきりと心臓が跳ねたような気がした。口元に浮かべたはにかむようなその苦笑が、なぜか彼女の胸を強く打って、揺さぶった。意識して息を一つ吸ってから、ようやく声を返す。胸がほんのりと苦しくて、声が上擦ってしまわないか、なぜか心配になった。

 

「……べ、別に! かっこつけたところでそんなに変わんないでしょ! あ、あんたがかっこつけてたところで……その、何にも嬉しくとかないしっ! ほ、ほんと、何をそんなに必死になっちゃうんだか! バカなんだからっ! ほんとっ! 仕方ないんだから! ふんっ!」

 

 つっかえながらも一気に言葉を吐き終えたモンモランシーは顔をぷいっと背けた。そのままそっぽを向いたその先で紅くした頬を隠し、彼女は半ば呟くような声で小さく問いかけた。

 

「……その、怪我、とか……してないの? ……大丈夫?」

 

 思いがけないその言葉に目を見開き、ぽかんと口を開けて、ギーシュは少しの間微かに打ち震えていたが、深呼吸を一つつくと顔に掛けていた手拭を取り去って身体を起こした。

 

「……なに、平気さ……うぐっ! ごほっ! かはっ!」

 

 モンモランシーに微笑みかけようとしたギーシュだったが、突然胸を抑えて激しく咳込んだ。背中を丸め、苦しそうに(うめ)く。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫……?」

 

 小刻みに震えてうずくまってしまっているギーシュの様子に、慌てて彼女は屈みこんで心配そうな手つきで背中を擦ってやった。

 優しさと思いやりのこもった、いたわりの手つきでその背中を(さす)ってあげていたモンモランシーだったが、しばらくの時間が経っても彼が顔すらも全く上げようとせず、いつまでも不規則な呻き声を上げ続けてばかりなので流石に何かが変だと気が付いた。背中を擦ってやる手をそのまま動かしながら、伏せたままの彼の顔を覗き込むと、そこにはなんと恍惚(こうこつ)の笑みがにたにたと浮かんでいた。

 木剣で打たれたところが少し痛んだのは本当だったが、策士であるギーシュはこれを利用することを一瞬で決意したのだった。思惑通りにモンモランシーが心配してくれたことで、ギーシュはさらにこの時間を可能な限り引き延ばしてそれを享受(きょうじゅ)することにしたのだった。

 すなわち、彼はそのまま呻き声を上げ続ける俳優となって、彼女の手のひらの感触を可能な限り堪能するという道を選んだのだった。彼は女の子が自分を心配して優しさを向けられてくれているということ、とりわけその柔らかな手が自分の背中を(さす)っているという心臓を跳ね回らせる最上の秘薬によって半ば変態じみた回復力を発揮していて、身体を苛む疲労も痛みも既に感じなくなっていた。

 ギーシュは顔に浮かんでいる緩み切った笑みを既に見られていることにも気づかず、その呻き声がぐふぐふという気持ち悪い笑い声になりそうになるのを必死で耐えようとしていたが、涙ぐましい、浅はかなその努力は今や水泡に帰した。暖かで柔らかな手のひらが背中を擦ってくれる代わりに、レンガの塊ぐらいなら粉々に出来そうな勢いで彼女の踵がギーシュの後頭部へと叩き込まれた。

 呻き声も途絶え、ばったりと倒れ伏したギーシュの後頭部から足を退けて、モンモランシーは額に手を当てながら、深いため息をついた。

 

「はー……ほんと、どうしようもないバカなんだから……演技するにしたって、もうちょっとくらい上手くやんなさいよ」

 

 彼女が言葉を言い終わるか言い終わらないかのうちに、打ち据えられた後頭部には一切の関心も見せずにギーシュはがばっと顔を上げて叫んだ。

 

「あっ! 痛い! リンクに打たれた肩が痛い! これは治療が必要かもしれないっ!」

「うるさいっ!」

 

 強烈なお仕置きにも全くめげることなく、今度は肩に手を当てて悶えているギーシュに、モンモランシーは噛みつくように叫んだ。どうやら今回打った芝居は全くの落第点だったらしい。

 

「ぷふっ……! あんたたちって愉快(ゆかい)よね……!」

 

 おかしくて吹き出しそうになるのをこらえて肩を小刻みに震わせているキュルケが感想を述べた。とはいえ、その感想は当の本人たちには届いていなかった。ギーシュはモンモランシーの足に縋(すが)りつくのに一生懸命で、彼女の方はそれを足蹴(あしげ)にするのに忙しかった。タバサはキュルケの横に立って無表情のままその様子を眺めていたが、その視線には呆れの色がどことなく混ざっているような感じを受ける。

 

「……」

「……どうかしたか、ルイズ?」

 

 苦笑を浮かべていたリンクだったが、無言のままになんだか沈んだような表情をしているように見えるルイズにふと気が付いて声をかけた。

 声をかけられたルイズは、視線を注いでいたシエスタの持つトレイに載せられている銀の水差しから目を離して、彼の方へと向き直った。きょとんとした表情を浮かべているリンクに、なぜか唇を尖らせたくなった。

 

「随分と、楽しそうにしてるじゃない」

 

 口をついて出た、愛嬌の欠片ひとつもない声が自分で嫌になる。

 

「あはは、そうだね、すごく楽しいよ。こうやって誰かと稽古をするなんて随分と久しぶりのことだから」

 

 その声が(まと)っている(とげ)になど気付いてもいないリンクは、屈託(くったく)のない笑顔でそう答えた。その笑顔を見て、ルイズは心の中に湧き立っていた雲が消えていくような思いがする。しかし、彼がその手に持っている杯を見て、消えかかっていた雲はなぜかまた立ち込めてきた。

 

「ふーん……そのお水もまた美味しいんでしょうね」

「ああ、よく冷えてるから身体に染みていくみたいだよ」

「あらそう……良かったじゃない。シエスタがほんとに気が利く()で」

 

 笑ってそういい、杯をあおってまた一口水を飲んだリンクに、ルイズは鼻を鳴らしてそれから水差しの方へじーっと視線を向けた。胸の前で腕を組み、右手の人差し指はとんとんと肘先を叩いている。

 手元へと注がれる視線に気が付いたシエスタは、邪心の欠片もない朗らかで純真な微笑みを浮かべて問いかけた。

 

「あ、ミス・ヴァリエールももしかして喉が渇いてらっしゃいますか? 良ければご用意しますけれど……」

「いいえ、結構よ。どうもありがとう」

「あら、そうですか……」

 

 ほんの少し残念そうな表情になって、追加の杯を取り行こうとした足をシエスタは止めた。

 

「……なんか怒ってる?」

「怒ってなんてないもん」

 

 不思議そうに首を傾げたリンクの問いかけに、ルイズは目をつむって顔を背けた。そう、別に怒ってなどいない。ただほんのちょっともやっとして、ただほんのちょっとすっきりしないだけだ。片目を薄ーく開けて、ちらっと様子を窺うとリンクは変わらずにきょとんとした表情を浮かべていた。何となく気が晴れるような感じがした彼女はその感覚に身を任せ、もうちょっとだけそのままにしておくことにした。

 

「しかし、キザ坊主! 最後の狙いは良かったぞ!」

 

 モンモランシーの足蹴りを後頭部どころか顔面でも味わっているギーシュに大笑いを上げているデルフリンガーだったが、気が済むまでひとしきり笑い終えてから、金具をかちかちと打ち鳴らして相変わらず楽し気な調子でいった。ゼロ点以外をつける気のない彼女にそれ以上演技を披露することを諦めて立ち上がったギーシュに、リンクも笑って声をかけた。

 

「そうだな、最後のは良かったぞ、ギーシュ! 隙を突こうと着地の瞬間をよく狙ってたな」

 

 リンクとデルフリンガーの言葉に、ギーシュは踏みつけられて乱れた髪を手ですきながら苦笑を浮かべて返事をした。

 

「いやー、狙ってみたんだけど、そんなに甘くはないよね」

「ははは、そりゃあ今日初めての相手にやられるわけにいかないさ!」

「そうだよねぇ……はぁ、頭ではわかってるけど……くそー! でも一撃くらいは当てたいなぁ!」

 

 ギーシュは頭を抱えて空を仰いだ。せっかく整えた髪がまた乱れるのも構わず、がりがりと頭を掻く。

 

「へへへっ、十年は早いっての!」

「じゅっ、十年!?」

 

 にやにやと笑みを浮かべていそうなデルフリンガーの言葉に、ギーシュは耳を疑い、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべて叫んだ。

 

「あっはは……それは流石に言いすぎじゃないかな……」

「本気のあなたになら、あながち言いすぎじゃないかも」

 

 それまで黙っていたタバサが出し抜けに口を開いた。思わぬ人からの言葉にリンクがそちらに振り向くと、彼女はじっと視線を返してきて言葉を続けた。

 

「速さも鋭さも、何もかも、そもそもの動きからして違いすぎるもの。手心を加えている今のあなたに対してであっても、相当はかかりそう。……もっとも、私たちがこれまでに見たものが、あなたの本気だなんて全く限らないのだけれど」

 

 最後にそう付け加えたタバサは底知れない深みを帯びた青い瞳でリンクを見つめた。見透かされるような思いを抱いて、リンクは微かに緊張が走るのを覚えた。そんな彼のごく小さな変化に気付くこともなく、ギーシュはこめかみを両手の拳でぐりぐりとやりながら唸っていた。

 

「ぐぬぬ……達人と素人の壁はそんなにも分厚いというのか……! でも確かに……どうやったらリンクみたいにあんなに鋭く、軽やかに動けるのか、見当もつかないもんなあ……どんな感覚なのかも全然わからないよ……」

 

 ため息をついて肩を落とすギーシュの様子を、デルフリンガーはじっと眺めた。

 

「……ふーん、しかたねぇなあ。このデルフリンガー様が一肌脱いでやるとするかぁ……」

 

 神妙な声でそう呟いたデルフリンガーは有無を言わさぬような強い声でギーシュに命じた。

 

「やい、キザ坊主。俺を握りな」

「えぇ、なんだい急に……」

 

 ここで有無を言うのがギーシュである。(まと)う雰囲気の変わったデルフリンガーから告げられた突然の命令に、思わず怖気(おじけ)づいたように腰が引けてしまって顔をしかめる。それに対してデルフリンガーは金具をがちゃがちゃとうるさく打ち鳴らして、さながら叱り飛ばしでもするかのごとくに叫び返した。

 

「いいから黙って握れってんだ! わざわざてめぇのために俺が動いてやろうってんだ、言うこと聞きやがれ!」

「わ、わかったよ……握ればいいんだろう、握れば……」

 

 張り上げられたその荒々しい怒声に、幾分か気圧(けお)されたギーシュはしぶしぶ立てかけられた物言う剣を手に取った。モンモランシーのおかげで意識の埒外(らちがい)に吹き飛んでいた疲労が身体のあちこちから声高(こわだか)にその存在を主張してきて、鞘から引き抜くのも一苦労だった。ギーシュの手に握られたデルフリンガーは大きなため息をついた。その剣身はリンクに握られている時とは異なり、これっぽっちも光を帯びてはいない。

 

「はぁ……わかっちゃいるが、やっぱり相棒じゃねぇと気分が乗らねぇ」

「悪かったなぁ! リンクじゃなくてっ! もうっ、何がしたいんだよ、それとも文句が言いたいだけかい!? ……あっ、そうか、わかったぞー! 僕の腕前を測ってくれようとしてるんだろう!? さあ、高らかに発表するといい! リンクとの稽古(けいこ)を乗り越えたことで上達した、この僕の腕前を!」

「トーシロ。しかも『ど』のつく」

 

 返ってくる答えはわかりきっていても、それでもぐうの音もでなかったギーシュはがっくり肩を落とした。

 

「……いや、冗談だよ? そりゃあ、ちょっとやそっとで上手くなるはずないのはわかってるし、さっきから君にはさんざっぱら、言われっぱなしだったもの……。どんな返事が来るかくらいはわかっていたさ……だけどさあ……そこまでこう、はっきり言わないでもさあ……」

「紛れもない事実だろうが。言ったって仕方ねぇことをいつまでもぶつくさ言ってんじゃねぇやい。おい! 赤毛の娘っ子! お前さん、炎の魔法が得意だろ? なんでもいいからこっちに向かって撃ってみな!」

 

 耳に届いたデルフリンガーの言葉を信じられず、キュルケは目をしばたたかせた。

 

「冗談でしょ? そんなことしていいの? ギーシュが丸焼けになっちゃうけれど?」

 

 だが、デルフリンガーは彼女のそんな憂慮(ゆうりょ)などどこ吹く風、何の意にも介さないようで、先ほどと変わらない調子で叫んだ。

 

「おう、そんなことは起きねぇから心配しなさんな! とっとと撃ってきな!」

 

 ぴくりとキュルケの眉が動いた。彼女はゆっくりとした手つきで胸元から杖を取り出し、その先に小さな炎を灯した。ほんのささやかな種火。しかし、ゆらりと揺らめくその炎には激しい感情が秘められていた。

 

「へぇ……? 面白いじゃないの」

 

 キュルケはすっと目を細めて呟いた。杖に灯る炎と同じように燃え上がり、渦巻いている激情が、その瞳にちらりと映った。デルフリンガーの言葉が、炎を操るメイジとしての彼女の矜持(きょうじ)にどうやら(さわ)ってしまったようだ。

 炎を灯した杖を構え、ルーンを唱えていくと、先ほどまでか細い蝋燭に灯ったような、ごく小さな灯火だったそれは、人間一人など容易く飲み込み、焼き尽くす、ごうごうと音を立てながら炎が舞い踊る紅蓮の塊に変わった。

 それから放たれる熱を帯びた風にあおられ、彼女の燃えるような赤毛の髪が逆立つようになびいた。

 

「ちょ、ちょっと! 本気!?」

 

 火球を作り出したキュルケとそれの標的になっているギーシュから距離を離そうと、ルイズは慌ててリンクを引っ張っていった。モンモランシーとシエスタも突然の事態にわたわたと慌てて、彼の陰へ隠れるようにぱたぱたと駆けてきた。いつの間に動いていたのか、タバサもちゃっかりすぐ横に移動してきていた。

 

「おい、大丈夫か、デルフ?」

 

 それまで黙って見守っていたリンクだったが、さすがに心配になって問いかけた。キュルケはどうやら全力の火球を放つつもりのようだ。デルフリンガーが何をするつもりなのかは分からないが、生半可なものではとても無事で済むような雰囲気ではない。

 しかし、デルフリンガーはそんな心配を余所に、もしも人の身体があったなら自分の胸を叩いているに違いない、力強い調子で請け合った。

 

「大丈夫、大丈夫! なに、じきに相棒も俺のことを誇りに思うことだろうさ! さっ、キザ坊主。わかったらさっさと俺を構えな」

 

 どこまでも軽い調子のその言葉にはっとなって、逃避気味に呆けていたところからようやく現実に戻ってきたギーシュは、自分に向けられている火の玉を認識して顔面の血の気が一気に引いた。アドバイスの一つでも貰えるのかと思っていたら、いつの間にか強火でこんがり丸焼きの刑に処されることになっていた。青ざめた顔で唾を飛ばしながら、デルフリンガーに向かって叫び声を上げた。

 

「いやいやいや! な、何を言ってるんだ、君ぃ! 何を言うかと思えばそれだけでどうにかしようってのかい!? 正気か!? 君はよくっても僕は死ぬだろ!」 

「構えなかったら本当に死ぬぞ? そら、来たぞ!」

「うげぇぇええっ! 」

 

 吐こうと思った文句の十分の一も言えてないうちに、キュルケは燃え盛る火球をこちらに向けて解き放っていた。火の系統の二乗、ラインスペルのフレイム・ボールだ。炎はさらに大きく、強くなっていて、ギーシュの身長の二、三倍はありそうなくらいだった。

 賭けたくもなかったのだが、迫りくる炎を前にしてもはや取ることの出来る選択肢は存在しなかった。本能が従ったものかどうにか体が動いたギーシュはぎゅっと目を瞑って、剣身を半ば盾のようにしてデルフリンガーを構えた。次の瞬間、剣を構えた腕に強い衝撃が襲ってきて、閉じた瞼の裏が真っ白になるのをギーシュは感じた。

 

「ああ……死んだ……こんなことなら、もっと女の子といちゃいちゃしたかった……」

「何を訳のわからねぇこと言ってんだ! んな寝言みてぇなこと言ってる暇があるんだったら、ちったあその目ん玉開いてよく見やがれ!」 

 

 デルフリンガーの怒声が聞こえてきて、そこでギーシュは自分がまだ死んではいないことに気が付いた。襲ってくるはずだった灼熱(しゃくねつ)も感じられない。

 こわごわと目を開くと、そこにはありえない光景が広がっていた。彼は放心したように口を開けてしまった。なんと、手に握ったデルフリンガーがキュルケの放った火球を信じられないことに受け止めていたのだ。しかも、ギーシュを飲み込むはずだったその火球は徐々に小さくなっていっている。見ればデルフリンガーの剣身へと吸収されているのだ。ぎゅるぎゅると音を立てて渦巻いていた炎だったが、やがてそれも完全に剣身に吸い込まれて消えてしまった。

 腕に伝わっていたびりびりという強い振動がなくなり、ギーシュは目の前で起こったことを信じがたく、デルフリンガーを青空へ透かすように持ち上げた。火球を吸収したデルフリンガーの剣身は、リンクに握られている時よりはずっと微かだったが、それでも白い輝きを帯び始めていた。

 

「嘘でしょ……!? 私の魔法が……!?」

「吸い込まれちゃった……!」

「へぇ……!」

 

 キュルケとルイズは信じられないといった表情で呟いた。リンクも目を見張ってデルフリンガーのことを見つめた。

 

「無事……はいいけど、どういうこと!?」

 

 モンモランシーはギーシュが無事だったことに安堵しつつも、驚きの声を上げる。タバサは声こそ上げなかったものの、それでも目をぱちくりとしばたたかせ、シエスタは目の前で起こった出来事に、ただただ放心したように口を開けているばかりだった。

 

「ふいー、どうだっ! これがデルフリンガー様の秘められし力ってやつよ! 魔法を吸収する、っていうとんでもねぇ能力! だが、俺様の凄さってのはこれだけじゃねぇ! キザ坊主! 達人の感覚が知りたいってんだったら、このデルフリンガー様が教えてやる! 文字通り、身体でな!」

「な、なにを……うわっ!」

 

 ギーシュは驚いて声を上げたと同時に、デルフリンガーを力強く振るった。その振りを見ていたリンクたちはあっと声を上げた。別人になったと思わざるを得ないくらい、突然、ギーシュの動きが見違えたように良くなったからだ。先ほどまで木剣を振っていた時が遊んでいたのかと思えるほどに、その剣速はずっと速く、剣身は風を切り裂き、その刃が描く軌跡(きせき)は鋭かった。

 だが、それに誰よりも驚いているのはその動きを見せているギーシュ本人だった。なぜなら、彼の身体を動かしているのは自分の意思によるものではなかったからだ。腕が、足が、身体が、自身の意思とは全くの無関係に、勝手に動いているのだ。

 披露している鋭い動きにはとても似つかわしくない驚愕の表情をギーシュは浮かべていて、その顔にデルフリンガーはしてやったりという様相で誇らしげに笑った。

 

「へっへっへ! 俺はな、吸収した魔法の分だけ自分の持ち手の身体を動かすことが出来るのよ! 剣として、剣を知り尽くしている、このデルフリンガー! 並の達人なんざ目じゃねぇ、この俺様が、キザ坊主に体の動かし方を直々に教えてやらぁ!」   

 

 高らかに言い放ったデルフリンガーはギーシュの身体を操って峰を向けるように自分を握り直させてから、その切っ先をリンクへと向けさせた。

 

「さあ、相棒! キザ坊主が作った青銅の剣がまだあんだろ!? 一勝負といこうじゃねぇか!」

「……よし!」

 

 わくわくと心躍らせているデルフリンガーの声にリンクは頷き、稽古前にギーシュが作った刃の潰れている青銅の剣へ振り返った。デルフリンガーの鞘の横で、土の台に立てかけられたままのそれを握り、リンクは打ち合い稽古の時と同じように距離をとってギーシュに相対した。

 デルフリンガーに操られたギーシュはこわばった表情を浮かべて唇を引き結び、一筋の冷や汗を額に流していたが、半身に構えたその構えを見てリンクは目を微かに見開いた。ギーシュが纏い、発散している雰囲気を感じ取った自身の感覚が、決して油断はならないと意識へと働きかけてくるのが伝わった。

 青銅の剣をくるりと回して握り直し、剣を構えたリンクは口元に小さく笑みを浮かべて呟いた。

 

「……これは、気を抜くわけにはいかなそうだな」

 

 剣を構え、対峙した二人は互いに動かない。水を打ったような静寂(せいじゃく)が訪れるとともに、糸が張っていくように少しずつ緊張が高まっていく。広場を吹き抜けていく風以外に聞こえてくるのは自身の胸を打つ鼓動だけだ。どくん、どくんと拍を打つその度に、血潮(ちしお)が熱を帯びて首筋を脈打ち流れていくのを感じる。

 ルイズたちは息をするのも忘れたように、固唾(かたず)を呑んで向かい合う二人をただ見守っていた。

 

「行くぜっ! 相棒っ!」

「うぶっ!!」

 

 デルフリンガーの叫びと同時に、ギーシュの身体は思い切り地面を蹴りつけ、放たれた矢のように飛び出した。信じがたい加速とともに受けた衝撃に胸が前後から潰されたような圧迫を受けて、ギーシュは呻きとともに顔をしかめるが、自身の意思とは関係なしに動く身体は、踏み込んだ後の土が蹴り上げられて高く舞う、その一瞬の間にリンクとの距離を詰めていた。

 

「うおりゃあっ!!」

「っ!」

 

 頭上から叩きつけるような勢いで振り下ろされたデルフリンガーと、振り上げた青銅の剣とがぶつかり合って激しい音が鳴り渡った。剣を握る左手にびりびりと衝撃が伝わってくる。予想を遥かに上回るその斬撃の鋭さと重さに、リンクは内心で舌を巻いた。

 自信満々のデルフリンガーの言葉は全く誇張ではなかった。相応の訓練を積んだ者が相手であったとしても、大概は反応することもできずに叩きのめされるか、剣を打ち合わせられたとしても握る手から叩き落されることとなって、この一合だけで勝負はつくだろうと容易に想像できた。

 

「まだまだっ!!」

 

 打ち合った音の残響も消えない内に、デルフリンガーはギーシュの身体を操り、リンクの右手側へと飛び込ませ自身を横薙ぎに振らせた。襲いかかってくる斬撃。それを叩き落すような勢いで、リンクは青銅の剣を思い切り振り下ろした。

 ぶち当てられ、弾かれたデルフリンガーはギーシュはさらにもう一歩踏み込ませ、リンクの背中目掛けて一撃を放つ。剣を振り下ろし、身体がほんの少し(ねじ)れるようになったリンクの隙を狙ったのだ。

 だが、それが彼の背中を捉えることはできず、その剣先が(かす)めることもなかった。リンクは時計の針とは反対向きに、(ねじ)れたばねが放たれたように勢いよく上半身を旋回させ、そのまま青銅の剣を打ち当てて阻んだのだ。圧すらも感じ取れてしまうような激しい音が響き、リンクとデルフリンガーに操作されるギーシュは互いに飛び退(すさ)って間合いを取った。

 しかし、距離が離れたのはほんの一瞬のこと。すぐさまデルフリンガーはギーシュを再び躍りかかるように真っ正面から飛び込ませる。振り下ろされ、身に迫るその剣身を遮るように、リンクは青銅の剣を打ち振るった。

 攻めはそこで終わらなかった。叩きつける豪雨のように絶え間なく浴びせかけられるデルフリンガーの斬撃。それを迎え撃つように、リンクも剣身を閃かせる。段々と互いの斬撃はその鋭さを増していき、剣速は加速していく。振るった剣の軌跡が交差し、剣身がぶつかり合うその度に、リンクの握る青銅の剣はほんのわずかに欠片を飛ばし、それが火花となって散っていく。

 目の前で繰り広げられる激しい戦いに、モンモランシーとシエスタは自分の目が信じられず、もう放心したように見つめることしかできなかった。木剣の小気味いい音とは違う、重い金属の塊の激しくぶつかり合う強烈な音が身体の中心を射貫(いつら)くように鳴り響き、ルイズはぶるりと肩を震わせた。

 

「すごっ……!」

 

 凄まじい速さで行われる剣戟(けんげき)応酬(おうしゅう)に、目で追うことが出来ているのかも不確かなキュルケは思わず感情が(まろ)び出るように呟きとなって口をついた。

 

「……やっぱり、彼の本気はまだまだ先に……」

 

 じっとリンクの動きを見つめていたタバサは小声で呟いた。

 

「ぐうっ……!!」

 

 意思とは全く関係なく、それでも凄まじい速さと鋭さで動く身体に、ギーシュは舌を噛みそうになった。息苦しい。満足に息を入れることすら難しかった。

 自分の身体に残っている全ての活力を代償として、これまで試したことなどないような強烈な力が全身に込められて、それが筋肉を激しく躍動させているのを感じる。その運動の壮絶な負荷に、疲労していた肉体はもう悲鳴を上げていた。ただ振るだけでも十度も出来なかったデルフリンガーを、木剣であっても成しえないような速度で振り回しているのだから当然だった。

 だが、ギーシュにはただ耐える以外の選択肢はない。表情は歪み、意識が遠くなるような気すらしてきたが、それでも目を見開くことはやめなかった。自分を操作し振るわせるデルフリンガーの軌跡と、目前で剣を振るうリンクの動きを見続けた。そして、相対し、操られる自分の身体と同じように激しく剣を振るっているリンクが、それでも汗すらもかかず、息一つ乱していないのを見て、彼我(ひが)の力量にどれほどの差があるのかを痛感させられた。

 

「もらった!」

 

 フレイム・ボール一発分で持ち手を動かせる時間はそう長くはない。デルフリンガーは勝負に出た。斬撃を打ち払って微かにリンクの身体が右半身側に流れたその瞬間、ギーシュの身体に残された全力を込めた突きを放った。

 それまで何とか自分の身体の動きを知覚していたギーシュだったが、その一撃はどうやって身体が動いたのか少しもわからなかった。それほどまでに渾身(こんしん)の力を爆発させて放たれた、稲妻のように鋭い突き。だが、その瞬間を狙っていたのはリンクもまた同じだった。

 ぎらりと瞳に光が宿る。剣が迫りくるその刹那(せつな)、彼はわずかに身体を沈み込ませてためをつくり、そして青銅の剣を振り上げた。()なことに、その剣は腹を見せるようにして振り上げられていた。

 しかし、それこそが狙いだった。稲妻のような突きに完璧に合わせられた青銅の剣は、すくい上げるようにデルフリンガーの剣身をその腹で受け止めた。

 

「やられたっ」

 

 デルフリンガーがそう叫んだのと、金属の(こす)れ合った鈍く、高い音が響いたのは同時だった。剣と剣とが打ち合ったその瞬間、リンクは反時計の向きに暴風のごとく身体を回転させた。デルフリンガーは、打ち合った青銅の剣の腹へ()い付けられてしまったかのように、その回転に巻き込まれ、引き込まれる。

 

「うわっ!」

 

 渾身(こんしん)の突きを受け流されたギーシュの身体は、その場でこらえて踏みとどまることなど出来るはずもなく、そのままの勢いで前方へと突っ込んでいった。ぴたりと半回転で身体を止めたリンクは、流れてくるその体の中心、鳩尾(みぞおち)へと右肘を叩き込んだ。

 

「ぐぶぇっ!!」

 

 凄まじい苦悶(くもん)の叫びとともにギーシュは身体を(かぎ)のように折り曲げ、崩れ落ちた。デルフリンガーも握ってられずに取り落とし、馬車の車輪に()き潰されたカエルのようにべったりとうずくまったまま小刻みに震えていた。

 

「……勝負あり……ね!」

 

 ひゅー、と高い口笛を吹いたキュルケは高ぶった感情を表しているように上擦った声で呟いた。

 

「……っと! わ、悪い、ギーシュ、大丈夫か!? つい、流れで……」

「……ぐ、ぐっ、ぐぅっー……うぐぅ……」

 

 ふっ、と息をついたリンクだったが、倒れこんで痙攣(けいれん)したようになっているギーシュにはっと気が付き、慌ててしゃがみこんで問いかけた。しかし、それにギーシュは答えを返すことすら出来なかった。ただただ引き()ったような呻き声をあげるばかりだ。それも口を開けてしまえば内臓が全部飛び出してきそうなくらいに吐き気がするので、全身全霊で唇を締め付けて耐えていた。視界がぐわんぐわんと揺れ動いて、暗くなってくるように思えて仕方がなかった。

 

「ちぇーっ! 完全にやられたぜ!」

 

 地面に投げ出されていることなど気にも留めず、デルフリンガーは金具をかたかたと震わせながら叫んだ。それはさながら頭を抱えて身悶(みもだ)えしているかのようだった。リンクはギーシュの背中を擦ってやりながら苦笑を漏らして言葉を返す。

 

「はは……そりゃあ、自分の剣に負けちまうようじゃ、情けなくって剣士は名乗れないからな」

 

 ぱたぱたと聞こえてきた足音に目をやると、放心からようやく戻ってくることが出来たモンモランシーが急いで駆け寄ってきていた。

 

「はぁ、はぁ……今度はさすがに演技じゃないみたい……ギーシュ……っ!……イル・ウォータル・デル!」

 

 震えるギーシュに手をやったモンモランシーはすぐに杖を取り出して、癒しの魔法のルーンを唱えた。柔らかな光が杖とモンモランシーの手から放たれる。秘薬を使用してはいないから、その効果は限られたものではあったが、それでも魔法は彼の苦悶(くもん)を確かに和らげてくれたようだった。痙攣(けいれん)のような震えが治まり、呻き声が小さくなったのを聞いて、モンモランシーはふーっ、と大きな息を吐き出し、柔らかな表情になって目を閉じた。

 

「それにしても……あんた、そんな能力を持ってるなら最初っから話してればいいじゃないの? ボロ剣の見た目であっても、きっと買い手がいたはずでしょうに」

 

 未だに呆然として固まったままのシエスタをほっぽっておくことにしたルイズは、しゃがみこんで両手で頬杖を突きながら足元のデルフリンガーへと話しかけた。その問いに物言う剣は笑い声を上げて言葉を返した。

 

「へへっ、それがよ、自分をボロに変えてたのと一緒で、これがまたすっかり忘れていたのよ! やっぱり俺様に見合う持ち手が現れねぇのが腹に据えかねたんだろうなぁ! そんでまあ、綺麗さっぱり、能力のことなんざ忘れてたんだがよ、こないだフーケの相手をしてやって相棒に魔力を注ぎ込まれた時、何かを思い出すような感覚があったんだよなあ! 何のことだか、まるっきりわかりゃしなかったんだが、それをつい昨日の夜に思い出したってわけよ! まあ、魔法を吸収すんのは良いとして、持ち手の身体を動かすのはさすがのデルフリンガー様といえども疲れるから嫌なんだけどよ、稽古を頑張ったキザ坊主に、特別に一肌脱いでやったってわけよ!」

「あっそう……なんか、色々忘れてばっかりね、あんた……もしかして他にも何かあるんじゃないの?」

「忘れた!」

 

 デルフリンガーの答えに呆れ顔になって、大きなため息をついたルイズは、それから顔を上げて、ギーシュの様子を確かめているリンクの横顔をじっと見つめた。胸の中に立ち込めていたもやもやは、もうどこかに吹き飛んでいた。どうしてなのかは理由が分からないルイズは、身体を震わせた剣のぶつかり合う音のせいにとりあえずしておいた。

 

「なあなあ、すげぇだろ、相棒!? このデルフリンガー様を見直しちまったか!? なんたって魔法を吸収できると来たもんだ! さすがは俺様だろ!?」

 

 まだうずくまったままだが深い息をするようになって落ち着いてきたギーシュをモンモランシーに任せて立ち上がったリンクに向かって、デルフリンガーは得意げな調子で話しかけた。そんな剣の様子に、どこからかいたずら心が湧いてきたリンクはなんだか意地悪を言ってやりたくなって、にやっと笑って声を返した。

 

「……まあ、そうだな。確かに驚いたよ。大したもんだ。けど、それだけじゃあ手放しに褒めてはやれないな」

「なんでだよう!」

 

 デルフリンガーの不満げな声に、彼は土の台へ立てかけたままにしていたミラーシールドを指し示した。鏡の盾は神秘的な輝きを(たた)えていた。

 

「あれは魔法を吸収してさらに跳ね返せる鏡の盾なんだ。盾に出来ることだったら、剣のお前にはそのくらいやってもらわないと。俺の相棒なんだ、魔法を斬るくらいしてもらわないと困るぜ」

「……おうおう! 言ってくれるじゃねぇか! そんくらい、やれるに決まってんだろ! やってやらあっ! この俺が盾なんざに負けるかよっ! そんときゃ褒めちぎれよ!? (たた)えろよ!? じゃないと()ねてやるからな!!」

「あっはっは! わかった、わかった! よろしくな、頼もしい相棒さん」

 

 やかましいデルフリンガーと高らかに笑うリンクの声に、癒しの魔法を受けて視界も明るくなり、ほんのちょっとだけ回復したギーシュは倒れ伏したまま顔を持ち上げた。

 

「き、君たち……ぼ、僕のことを忘れないでくれたまえ……」

「おう、忘れてるわけねぇだろ、キザ坊主! 俺様のおかげで勉強になったろ! これからは稽古の度に特訓だな!! このデルフリンガー様に感謝しろ!!」

「い、いや……た、頼むから、それは遠慮させて、くれ……」

 

 ほんの少し持ち上げていた頭をがっくりと下げて、ギーシュはそれから魂が抜けたように動かなくなった。

 

「んだとっ!? このデルフリンガー様の好意をないがしろにしようなんざ、随分と太い野郎じゃねぇか!」

「あはは……ギーシュ、本当によく頑張ったな。今日はここまでにしよう。……デルフの特訓は、しばらく無しにしておこうな」

 

 

 

 




ギーシュくん、とってもがんばりました……!
モンモランシーもしっかり見ていたことでしょう……!

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