彼女はただ、空を飛びたかった。縛られずに、自由でいたいと願った。それを叶える為だけに取引をして、新しい体を手にしたのだ。……といっても、それすら彼女は覚えていない。彼女は同族よりも長く冷凍睡眠していたのだ。記憶喪失というデメリットを持ちながらも、彼女は笑った。
「第二の人生ね。悪くないわ」
地を走り、確保対象を追う。ゼファーと呼ばれる強化外骨格で、身を包んだ彼女は、流れ込む情報を脳に叩き込む。
基礎知識は勿論だが、自分自身についてや、今すべき事だ。追うべき相手は、眠っていた彼女のデータをグリニアに売って一儲けしようとしている。彼女一人だけの問題ならばいざ知らず、同族のテンノ達にも影響が出てしまうのだ。
コンテナの上に無造作に置かれた武器をすれ違いざまに拾いつつ、距離を詰める。MK1と刻まれた棒を器用に使って宙を舞い、相手の正面に回り込む。
「ひ、ひぃ……!」
後ろにいた敵が目の前にいるというのは、恐怖以外にないだろう。尻餅をついた男は、軽くパニック状態になりながらも、果敢にハンドガン一丁で応戦する。狙いをしっかりと定めていないのもあったからか、彼女に着弾したのは数える程度だ。当たった弾にすら動じない彼女は、男からすれば化物に違いなかった。
「………………」
棒を持つ手に力を込め、武器にエネルギーを流し込む。するとどうだろう。武器は微弱ながらも発光し、棒を振れば軌跡を生んだ。チャネリングと呼ばれるそれは、テンノだからこそ出来る特殊能力の一つ。
棒を軽く振り、男の脳天に狙いを定める。いざ振りかぶろうとした時だ、二つの影が彼女の邪魔をした。
「今のは危なかったな」
「誰?」
自身と似て非なる者という不思議な感覚。影は敵対心を見せないが、退く気も見せない。その間にもう一つの影が消え、男は地面に半身を飲み込まれていた。よくみれば男の足元は奇妙な色をした水溜りが出来ている。
「お前と同じテンノさ」
「ふぅん、そいつを殺すのが私のミッションなの。邪魔しないでくれる?」
「……見張りとして呼ばれた理由が分かった気がするぞ」
対話するテンノは、シンプルなデザインの長柄武器を片手に失笑を漏らす。フードを連想させる彼の頭は、体格も相まって死神にも見える。彼は器用にくるりくるりと武器を回し、肩に担いだ。
「確保が分からないニュービーテンノには、教育だな」
「やるなら同族でも相手になるわ」
「ゼファーの嬢ちゃんもイロモノで困る」
兜割りの一撃が彼女に襲い掛かる。既の所で身を翻し、空に舞う。上空への攻撃はテンノであっても限られており、彼女はそれを知っていた。が、飛び方が悪かった。
全身から何かが失われる感覚に襲われる。原因は謎だが、彼女はそれが原因で体勢を崩してしまう。
「この……っ!」
死神テンノは持前の身体能力と武器を利用して、ゼファーと同じ高度まで飛び上がる。彼は初手と同じように、彼女目掛けて長柄武器を振り下ろした。彼女も負けじと棒を前に突き出して、それを受け止める。物質が擦れ合う音を響かせながら、二人は落下していく。
大地に直撃するかと思いきや、水面に沈んだ。水とは思えない奇妙な色をしたそれは、底なし沼のように逃がさない。
彼女が酸欠により意識を手放す直前で、周囲の水は消えた。その代わりに、海の海賊を彷彿させる者が隣で佇んでいる。
「ネクロス、これくらいでいいだろう。ロータスとて、同族殺しは許さないはずだ。無論、俺もその気はない」
「……そうだな。こんなじゃじゃ馬、赤いエンバー以来でつい力が入っちまった。悪かったな」
ぐったりと横たわる彼女を横目に、ネクロスと呼ばれた死神テンノは獲物を背負う。彼の頭部ライトが優しく点滅する。海賊男ことハイドロイドは、ゼファーを担ぐ。
「水星リレーに運んでやれ。クレム辺りが面倒みてくるだろう?」
「そう思うならお前が運んだらどうだ」
「勘弁してくれよ。途中で目覚めたら俺が殺される」
「……困ったネクロス後輩だ。では、水星リレーでまた」
彼等はどこかに通信を送ると、奇妙な形をした物体が二機降下してくる。それはテンノ専用の船『ライセット』であり、一部のテンノからは『空飛ぶ家』と呼ばれ親しまれていた。
彼等は乗り込み、惑星から去る。目指すは水星のリレーだ。