真暗、とはとても言えない学園都市の夜。
ため息を吐き出しながら電灯で飾られた都市を眺めるのは、我らが美琴先生である。
「やれやれ。やっとこ始まった、って感じよね」
白銀のシスターが主人公の住む部屋のベランダに引っかかったのを確認して、踵を返す。
主人公の物語に干渉するのは、明日の夜。最後の時まで御坂 美琴という科学サイドのトップクラスが顔を突っ込む最大の好機は訪れない。
だからこそ、やる事はもう一つの方だ。
「さて。一人でも多く、一人でも長く、が目標かな。本当、救われないわね、あの子達も。そして、私はとても救えない」
苦い思いを押し殺して、足元に転がしていた金属製のスノーボード――いや、この場合はエアボードというべきか――に乗って、磁力操作で空へと舞い上がった。
そうして時をかけずに目標上空へと到達すると、同時多角ハッキングでアンダーラインを沈黙させ、
研究所なんていう物の造りは大抵大きく変わる事も無く、無駄に凝った防犯システムは全てハッキングして瞬時に開き、最深部のメインコンピュータが詰まった部屋に到達。そこを掌握して研究所のデータも設備も根こそぎ内側“だけ”を駄目にして部屋を出る。
文章にしたら簡単にしか思えない、実際当人にしてみれば児戯と言える自己満足を終えて後は外に出るだけという所で、上から降ってきた瓦礫を適当に弾いて避けさせる。
「はい。こんばんわフレンダちゃんってとこかな。思ったよりもアイテムが出てくるの早かったわね」
まだ主導した組織を壊滅、外部依頼を二十ほど潰した程度なのになぁ、などと嘯きつつ、爆弾入りぬいぐるみを適当に塵にする。
影に隠れたフレンダが驚くのを“読み”ながら肩を竦めてあちこちに張り巡らされた白いテープも分解しておいた。
これでフレンダは無力化完了で、オフェンスアーマーは元より脅威ではなく滝壺はただの能力者レーダー。
唯一の懸念は麦野 沈利だが、正直に言えば、第一位と第二位以外ならば初めから脅威ではないのだ。原作だったならば違ったのだろうが、今の一方通行“程度”ならば封殺できる。
しかし、だからといって片っ端から悲劇を回避すれば最善の結果がもたらされるかといえばそうではなく、この残酷なまでに無情が蔓延るこの世界では、最善を求めて最悪になるなんて当たり前にある。もっと言えば、この行動の結果だって、数ある結果から最良を勝ち取るには程遠いかもしれない。
無関係なそこらのモブだったのならば、関係ないと言えただろう。存在しない八人目のレベル五だったのならば、原作崩壊にもためらう必要は無かっただろう。
だが、実際にその身は原作キャラで、しかも中核の一人である御坂 美琴なのだ。軽率な行動が簡単に最悪を招き寄せる立場であり、関係ないと言い切るには物語の中心に近過ぎた。
悩んで、悩んで、悩み続けた。
だから決めたのだ。もし最悪になったとしたらその時だ。コントロールするためにできるだけ原作に近いルートで、最大限人死にを減らしてやろうと。
だからこそ、麦野はここで潰す。反撃しようなどと考えないほどに圧倒すると決めている。
「なんて決意をしておきつつも、やってる事は私らしくギャグ一色っていうね」
「け、結局意味解んないし! っていうか離せぇ!」
「あっはっは。筋肉動かすのも電気だったのが運の尽き! ほれほれ踊れ~」
「結局もういっそ殺してほしいぐらい屈辱だし!!」
アイテムが人払いをしたのだろう無人の研究所で、捕まえた金髪少女に音楽付きでウッーウッーウマウマを踊らせている第三位。学園都市の
超能力って一体なんだったんだ。
「あら、ストリップの方が良かった? でも、そっちだと十八禁になっちゃうし、じゃあ私の同室とじゃれてみる? 私としてもいけに――ゴホン、あの子と仲良くしてくれると助かるんだけど」
「今絶対生贄って言ったし! ハッ! 良くある百合百合しいお話とか!?」
「大丈夫よ。普通に『仲良く』してくれればね。ちょっとスキンシップが激しいだけだから」
「結局レズだし! 絶対嫌だし!」
「あらら、残念。じゃあ、やっぱり猫耳猫尻尾を付けてみよっか。大丈夫だよ。カエルから人体に無害な猫耳と尻尾を貰ってあるから」
「結局最悪だし! つか、どっから出した!」
大声を出し過ぎてぜぇぜぇはぁはぁ言ってるフレンダに、その辺の原子を集めて作った似非猫耳と猫尻尾を持ちながら近付く。まあ、あのカエルなら言えば本当にそれくらい用意できそうな気もするが、現状で美琴とあの医者に接点は無い。
ただ、美琴が大きな怪我をすれば十中八九あの医者のいる病院に連れて行かれるだろう。アレイスターにとって死んでもらっては困る、もしくは死なせられない人間は、アレイスターとカエルとの関係性と信頼からもれなくあの病院へと連れて行かれる。
当麻はキーマンであり替えが無いから。一方通行は表のプランの最重要ピースのため。ラストオーダーはエイワス及び風斬氷華顕現の核であるため。
そして、美琴は妹達量産のための遺伝子保有者であるために。
逆に不要だが有用な人間は、使い潰す事前提で利用される。
原作の木原病理に第二位の能力が応用して組み込まれていたように。麦野 沈利が高性能の義肢を付けて、復讐心を利用されて浜面への刺客とされたように。この都市では、極一部を除いて、理事会のメンバーですらも利用される使い捨ての駒でしかない。
それすらも理解して、ふざけて遊ぶのが美琴なのだが。
「ほらほら、一寸先が闇なら楽しんで好き勝手した方がお得じゃない?」
「知るか! 結局今も私は闇の底だし!」