「…ん」
VRMMO"SAO"の心地よいそよかぜと共に、浅黒い肌に銀髪の少年は目を覚ました。陽だまりのような温かさとこの心地よい風は"現実"の世界にはない感覚だった。
ゆっくりと体を起こす少年。視線の先にあるのは、巨大な滝が見える。滝がつくる水しぶきによる心地よい風とあたたかな陽の光は絶好の休憩兼寝床スポットだった。
「(今、何時だ…って見るまでもないか)」
この世界は現実の世界とリンクしており、現実の空模様とかがそのまま反映される。そして、視線の先の太陽は真っ赤に燃えて沈んでいる最中だった。
「(夕方か…そろそろポイントに戻ってログアウトするか)」
そういうと、緋色のコートを羽織り歩き出す。そして、帰り際、薄暗い石廊というダンジョンを抜けるために洞窟に入る。洞窟内はひんやりしていた。
「――…」
気配を察知して後ろに飛びのくと、そこに鈍い曲刀が飛んできた。
「グルァァァアア!!」
現れたのは、リザードマンと呼ばれる人型オオトカゲの群れだった。その手には丸形の盾と曲刀だ。
「(リザードマン、6体ね…ざっくりと終わらせますか)」
その六体に対して正中で構える。同時に、その六体が一気に襲い掛かってくる。
最初に突っ込んできたリザードマン一体をクロスカウンターの要領でその腹部にけりを淹れ、後ろに二体目とぶつからせるように吹き飛ばす。その風で壁のたいまつが揺れる。そんな中、三体目と四体目のリザードマンが曲刀を振るってくるが
「(遅い!!)」
パチンッ!!
指を鳴らすと同時に現れたのは
その黒い剣で一閃し、その曲刀を弾き飛ばし
「――スネークバイト!!」
剣を左から右へ、右から左へ素早く水平に連続で振るう。 そのスピードゆえに左右から同時に払ってるかのように見える。案の定、その攻撃で二体のリザードがポリゴンの塊となって消える。直後、残りの4体の内の二体が互いにクロスするように飛んでくるが、それを剣を青白い残光と共に4連続で振るう技ではじき返す。そして、後ろに吹き飛んだ四体に向けて炎をまとわせた剣による5連続突き、斬り下ろし、斬り上げ、最後に全力の上段斬りを繰り出すコンビネーションを繰り出し
『グラァアアアッ!!』
断末魔のような悲鳴と共に、その場で霧散した。
「…帰るとするか」
誰に聞かれているわけでもないが、詰めていた息を大きく吐き出し、歩き始めた。
そして、歩いて数分後――
「戻ってきたな…」
ダンジョンのようなところを突破し、セーブポイントに近い小高い丘に来ていた。
ヒュールルル・・・
洞窟を出た少年を風が撫でる。視線を四方に向けるがあるのは、四方にひたすら広がる草原。そして、その草原は、ほのかに赤みを帯び始めた陽光の下で美しく輝いていた。遥か北の方角には森のシルエットが見える。南の方向には湖面が見え、東の方向には街の城壁がある。
「(戻るか…)」
視線の先の街を一瞥し街に向けて足を進め歩いていくと
「そこのプレイヤーさん、ちょっといいかな?」
「ん?」
現れたのは、真紅のフード付きローブをまとった人間だ。見れば顔を隠すエフェクトなのか、顔が見えない。しかも、長い裾はより不気味さを際立たせている。
「あんた、何者だ?」
そういうのも無理はない。この真紅のフード付きローブを纏えるのは、GMだけなのだ。
「君が知っている人物でいいと思うさ――」
その瞬間だった。そのローブから飛んできた金色の鋭利な何かによってこのアバターのクリティカルポイントである心臓を抉られる。
「――ッ!?」
ヒットポイントのメーターが消える直前の紅いラインまで行く。擬似的な痛感であるが、それでもここまで持っていかれたダメージの痛さは半端なものではなく、地面に横たわる。
「(ッ――ポーション)」
コンソールウィンドを開こうとするが、意識が朦朧として開かない。再び目の前にあのローブの人物が視界に映る。
「テメェ…本当にGMの人間か?」
「そうだな、この世界の神とでも言っておこうか?」
低く響くその言葉と共に、遠くで雷が鳴る音が聞こえる。たぶんこれはリアルでの事象だ。それだけに不安感が募る。
「この…世界の…"神"…だと、笑わせるんじゃねぇ」
「笑わせるか…面白い言葉を言うものを言う、確かにこの僕を今の君以外は観測できていないからね――棗斑鳩君」本名を知っているということに底知れぬ不安が襲い掛かる。
「テメェ…」
その直後、耳を劈く轟音と共に何かが流れるようなショックと共に、自分の意識はそこで途切れた。
翌日のとある新聞にはこうかかれていた。落雷による発火が原因による住居火災、住人死亡と。
だが、不思議と死亡した当人の遺体は出て来なかった。