「ん…」
その朝は携帯端末の着信音などではなく、自然と目が覚めた。
「(久々の感覚だったな…)」
クリアすぎるあの感覚。どうやら体と意識が覚えていたらしい。
「(少しシャワーを浴びるか…)」
時刻は早朝訓練の時間より少しある。斑鳩はシャワーを浴び、早朝訓練用の服に着替えて走り出した。
「(――相変らずってところか)」
朝霧に包まれたアスタリスクを疾駆していく斑鳩。そんな中、前方を走っていた刀藤綺凛の姿が見えた。斑鳩は彼女に声を掛けた。
「おはよう、綺凛ちゃん」
「おはようございます斑鳩先輩、今日はお早いですね」
「まぁね、鍛錬の方は順調?」
「えぇ、先輩の技もいくつか真似できるようには」
「そうか、それはいい」
「ちなみに、先輩の方はどうなのですか?」
斑鳩は彼女に技を教える代わりに、斑鳩もまた彼女に刀藤流の技を習っているのだ。ちなみに、こうなったのはつい先日、斑鳩の度を越したおせっかいで綺凛とその父親を面会させた、そこで綺凛の師範代理が決まり、今では彼女が刀藤流の師範で、その第一期卒業生が斑鳩になる。
ちなみに、刀藤流には巣籠、花橘、比翼、青海波など、四十九に及ぶつなぎ手があり、それを繋ぎ合わせることで完全な連続攻撃を成す。まさに連続攻撃の完成系と言ったところで、彼女曰く『"連鶴"に果て無し』ということだ。とはいえ、この型は斑鳩の技にも応用でき、技→刀藤流の繋ぎ→技といった具合で連結させると非常に効果が高い。
「まだまだですよ、師匠」
「そんな、師匠だなんて」
苦笑いしながら走っていく斑鳩。それからアスタリスクを一周し、ストレッチも終わり、彼女も用があり、その場を離れる。それから、一息ついたころ、携帯端末が着信音を鳴らしていた。
『斑鳩、今いいか?』
何と相手はユリスだった。斑鳩は多少不思議に思うものの出る
「ああ、いいぞ、どうしたユリス?」
『うむ……実は、フローラが昼食の席におまえを呼びたいと言っていてな』
「フローラちゃんが?俺はいいけど?」
『そうか、では来てくれ、綾斗が夜吹から聞いた良い店とやらがあるらしい』
「(あぁ~確かに、この時期は混むからな…)」
そう思いながら、ユリスの"お願い"に了承し尞を出た。
「はふぅ……すっごく美味しかったです!」
オムライスを綺麗に平らげたフローラ。満足げな笑みだ。
「ああ、もう……ほら、ケチャップがついているぞ」
「むぐ……」
その隣に座ったユリスがフローラの口の周りを拭いてあげる。まるで本物の姉妹だ。
「夜吹の言う通りってわけじゃないが、良い店だなここ」
「うん、そうだね」
斑鳩は途中合流した綾斗と共に、夜吹が紹介した店に来ていた。
ここが中々の良い店だった。大通りから一本脇に入った路地にあり、落ち着いた外観で不思議な魅力があるお店だった。ちなみに、斑鳩達の前には食後の珈琲が置かれていた。
「それで――聞きたい事って何かな、フローラちゃん」
「あ、あい!ちょっと待っててください……!」
フローラは自分のポシェットを探ると可愛らしい手帳を取り出して見せる。
「ありました!えーとですね…」
手帳をめくっていくフローラ
「ん?」
綾斗が不思議に思って視線を上げる。つられて斑鳩も上げると
「お待たせしました、特製フルーツパフェでございます」
隣のテーブルに置かれたのは、巨大なパフェだった。
「…あれが食べたいのか?」
「……あい」
あきれ顔のユリスだが、フローラは少し恥ずかしそうにうなずく。
「まぁ、構わんが」
「わーい、ありがとうございます!」
ちなみに斑鳩も頼んだ。
「…お前もか」
「ブルータスみたいなノリでいうな、こう見えても甘いのは好きな方なのさ」
すると、パフェに目を輝かせるフローラ。そんな中
「……なにをジロジロ見ている」
「あぁ、いや、案外子供に甘いんだなって思ってさ」
「意外か?」
「ちょっとね」
「――ま、仕方あるまい、この子達は人に甘えるということがあまりできないのでな、シスターたちは立場的に無理だし、フローラくらいの歳になれば自分より年下の面倒を見るのがふつうだ、だからそれが可能な私くらいは、精一杯甘えさせてやろうと決めている、私にとっては皆かわいい妹のようなものだからな」
「それにこの手の甘味は孤児院ではなかなか巡り合えん、たまには悪く無かろう」
「あ、でもどでも、最近は姫様が仕送りをしてくれるのでだいぶ楽になったってシスター達が言っていました」
その話を聞きながら斑鳩はパフェを貪っていた。