十月――
「ところで、おまえたち冬期休暇の予定は決まっているのか?」
学食のテーブル。斑鳩を含めた一同が昼食を終えたタイミングでユリスがそう切り出してきた。
最近では毎日のようにこの席に同じ顔ふれが集まる。ほとんど指定席のようになっているが、別段示し合せなどない。
「……冬期休暇?」
「まだ先の話ですし、特に決まっていないですけど……」
ユリスの正面に並んで座っている紗夜と綺凛が揃って不思議そうに首をかしげる。
「できれば今度こそ私はゆっくりしたい……」
机につっぷす紗夜。
「はは、紗夜は秋季休暇中ずっと補習だったからね」
「むぅ……」
といっても、彼女の期末試験に斑鳩も少しは手伝っている。
「ま、その点冬季休暇には補習はねーから安心だな」
「それは自分に言っているのか、夜吹?」
「う……?」
ユリスの言葉に綾斗の反対隣りに座った英士郎がわざとらしく目を逸らす。
「で、冬期休暇には何かあるのかい?」
話題が軽く逸れたので綾斗が話を戻す。そして、ユリスは複雑そうな表情で言った。
「実は…先日のフローラの一件で、兄上がどうしてもおまえたちを国に招きたいと言い出してな」
「国にってリーゼルタニアに?」
「まぁ、そうだ、私が帰省するのに合わせて、誘ってみろということらしい」
一同顔を見合わせるが
「ユリスのお兄さんってことになると、リーゼルタニアの王様からの招待ってことだよな?」
斑鳩が軽く言葉を濁す。
「いや、そんなに気おくれすることはない、形式ばったものはやめてくれと私から伝えてある、あくまで一言礼を言いたいそうだ」
「にしては、微妙な表情じゃないか」
斑鳩はユリスを見ながら言う。
「う……!い、いや、別にそうではなく」
「兄上は…その、なんとうか、悪い人ではないのだが……少々変わり者でな、またなにかよからぬことを企んでいるのではないかと、少し心配だ。ただ、フローラを助けてくれたことに関しては、兄上だけではなく、孤児院のシスターからもぜひ直接礼を言いたいという声が届いている。そういう意味では、私としてもお前たちを国へ呼ぶのはやぶさかではないのだが…」
苦笑を浮かべて肩をすくめるユリス。
「まぁ、お前たちにも都合があるだろうし、無理にとは言わん――とはいえ、斑鳩」
「ん?俺がどうかしたか?」
「お前には来てもらうぞ、是が非でもな」
斑鳩は少し考え込む。というより、ここまでのことをしているのだ、是が非でもと言われているのだろう。夏休みと違い、オーフェリアもいないし、やることもあまりないので
「ん、あぁ、せっかくだし招待を受けよう」
とはいえ、こうなることは半ば予想されていた。同時に問題も起きていた。
それから、綾斗と綺凛、それに紗夜も来ることになった。そして、道順について揉めていると
「それなら、先に沙々宮さんの家に寄ったら如何ですか?」
「うわっ?」
不意に綾斗は背後から覆いかぶさるように抱き付かれる。もちろん、こういうことをするのは一人しかいない。クローディアだ。
「毎回毎回、驚かせないでよ、クローディア」
「うふふ……すいません、つい」
案の定クローディアだ。
「相変らずいきなりだな、おまえは……それで紗夜の実家によるというのはどういう意味だ?」
半ばあきれ顔のユリス。そしてクローディアは笑顔のまま人差し指を立てた。
「リーゼルタニアには空港がありませんし、どうせドイツかオーストリアを経由しての入国でしょう?沙々宮さんのご家族が住まわれているのはミュンヘンですから、立ち寄るのはそう難しくないのではないかと」
「……よく知っている」
「まぁ、そこは生徒会長ですから」
驚いたように言う紗夜だが、クローディアはあっさりと応える。
「なるほど、確かにそれならば不可能ではないが……どうする、紗夜?」
「む……」
紗夜はしばらく考え込むようにしてから頷く。
「皆がそれでいいなら私は異存ない」
「ふふっ、では決定ですね、ところでそのお誘い、私も入っているのでしょうか?」
「おまえ、言ったいつから聞いていたのだ……まぁいい、無論、お前にも話は来ている」
「あら、良かったです、私も仲間はずれは嫌ですからね」
「ということはおまえも参加すつもりなのか?」
意外そうな顔でユリスがクローディアを見返す。
「当然、そのつもりですが?皆さんと一緒ということに意義があるのですよ」
何か含みを持たせた言い方をするクローディア。どうやら何かあることは決まりのようだ。
だが、斑鳩には思い当たることがあった。斑鳩は、クローディアに軽く耳打ちする。
「クローディア、俺のパスポートとかの件ってどうなっているの?」
実を言うと、斑鳩の戸籍が抹消されたため、斑鳩は戸籍などを作って更にパスポートの手続きなどを学園の機関に依頼して発行してもらっている最中だ。
「あぁ、それに関しては星導舘学園が総力を持って再手続き中です」
「よろしく頼むよ」
「えぇ、お任せください」
この時ばかりは頼もしいと思った斑鳩であった。そして、斑鳩のリーゼルタニア行きが決まったのであった。