ユリスが呼んだその名前に、綾斗は思わず息をのんだ。
「オーフェリアって、まさか――」
綾斗の顔が焦り一色になる。
「…なぜ来たの?」
今にも悲しそうな顔だが、どこか本気ではない。
「本物、なのか…」
綾斗はごくりと唾をのむ。そうなるのも無理はない、状況を知らなければ、今、目の前にいるのはアスタリスク史上最強の魔女なのだ。
「およそ一年ぶりといったところか、まさかこんなところで会うとは思ってもいなかったぞ」
「…あれほど、もう関わらないようにと言ったのに」
どの口がいうかと今一度言いたくなる斑鳩。相変らずユリスは、一瞬だけ残念そうに唇を噛む。
「用件は一年前と同じだ、戻ってこい、オーフェリア、おまえがいるべき世界はそこじゃない」
「――やめて、ユリス、私は私の運命に従うだけ、あなたでは私の運命を覆せない」
オーフェリアは力なく首を左右に振る。そして
「そう、貴女"では"私の運命は覆せなかったわー」
「貴女では・・・どういうことだ?」
「こういうことよ」
「――ッ!?」
冷徹な声音のオーフェリア。ユリスと綾斗は身構える。そして、オーフェリアは雪原を駆け斑鳩の後ろに移動してくる。
「斑鳩、彼女から――」
ユリスは、言葉を失った。なぜなら、彼女が斑鳩に後ろから抱き付いているのだ。
カールのあった髪もストレートになっており、どこか自信ありげな表情になっている。
「…どういうことだ、オーフェリア」
「こういうことよ…」
こちらを一瞥しいうオーフェリア。
「私の運命を変えたのは、貴女じゃないユリス、私の運命を変えてくれたのは彼よ」
「なにッ!?」
ユリスの顔が再び驚愕に塗り替えられる。
「そして、私の今の恋人が彼よ」
そういうと、背中から前にまわってくるオーフェリア。そして、彼女は背中に手をまわし抱き付いてきてキスをしてくる。
「な、なっ、なっ!?」
顔を赤らめるユリス。同時に斑鳩も顔を赤くしていた。ちなみに、斑鳩はいつの間にか雪原に押し倒されていた。オーフェリアは、二人が見ているにも関わらず斑鳩の互いの唇が軽く触れ合うささやかなキスをしてくる。ほんの数秒で唇を離すと、彼女は目をうっすらと開け、斑鳩の頬に手を添えてきた。
「斑鳩……んっ」
オーフェリアがの斑鳩を引っ張って、口付けをねだってくる。
目を細めて肯定の意を示すと、再び唇を重ねた。
「んっ……」
ユリスに見せつけるように、何度も何度も口付けを重ねてくる。オーフェリアは舌を絡ませて、何度も愛情を確かめるように斑鳩の口内を舐り、歯列を舐め回し、唾液の交換をする。そして、舌を絡ませ、口内の隅々までを味わってくる。その姿はまさに、獣のようだ。
彼女の声はどんどん悩ましく、甘ったるく、甘えるような声音になってくる。
オーフェリアはうっとりとした目をして、気付けば斑鳩の後頭部に腕を回し、足はするすると斑鳩の腰や足に回して絡み付いていた。この雪原の中に似つかわしくない光景だ。
「ん…ぷはぁ」
キスがやみ、オーフェリアがしてやったりといった表情でこちらを見てくる。たぶん、この後喰われることは間違いなさそうだ。ゆっくりと起き上がるオーフェリア。
「こういうことよ、ユリス――わかったかしら」
余りにもなことに顔を赤くしているユリス。赤くしたいのはこちらも同じだと言いたい斑鳩。
そして、起き上がっているために、妙に生々しい光景になる。
「オーフェリア…おまえ…」
「理解してくれたのね、ユリス…にしても無粋ね、せっかく晴れてお披露目ってところだったのにね」
斑鳩も現れたその気配にスイッチが入る。
「そっちからやって来てくれるとはな…ギュスターヴ」
悟られないようにしかし、相手を捉え構える斑鳩。視線の先には昨日の紳士、ギュスターヴが其処にいた。
「あんなものを見せつけられてね、多少は嫉妬するものもありますが――まさか、そうなっているとはね」
「…悪いな、ギュスターヴ・マルロー」
射貫く様な視線で言う斑鳩。
「おやおや、バレていましたか…」
「にしても、よく作品が壊されて顔色一つ変えないものだ、大層なものだ」
皮肉を込めていう斑鳩。
「…私は私の用を済ませてしまうといたしましょうか」
ギュスターヴがにこやかにそういうと、彼の両脇に魔法陣が浮かび上がり
巨大な双頭の犬と三つ首の犬がのそりと這い出てきた。