「――おかえりなさいませ、随分と遅いお帰りでしたね」
クローディアが微笑んで出迎える。男は一瞬面くらったように目を見開いた。
ここはロンドン郊外、エンフィールドの屋敷だった。
ゴシック・リバイバル様式のこの邸宅は、あくまでエンフィールド一族が所有する屋敷の一つに過ぎないが、クローディアは男がこの懐古主義的な空気を殊の外気に入っていることを知っていた。
「ふふっ、そんなに驚かなくてもいいじゃありませんか、ここだって一応私の家なのですから、そうでしょう、お父様?」
「……こうして直接顔を合わせるのは久しぶりだな、クローディア」
「いくら携帯端末に連絡しても出てくださらないですもの、だったら、直接お会いするしかないと思いまして」
無言のままコートを脱ぐニコラス・エンフィールド。音も無く現れた老人が恭しくそれを受け取り音も無く下がる。そして、斑鳩が口を開く。
「知っていると思うが、ギュスターヴ・マルローはこちらで捕縛させてもらった」
「あぁ、聞いている、評判ほどに使えん男だったな」
事も無げに言う。
「あら、存外素直にお認めになりますね、おそらく彼は今頃自白していると思いますが」
「…お前相手にしらを切っても始まらん、で、どうする、私を告発するかね?」
「まさか、そんなもったいなことをするわけないでしょう」
無邪気にコロコロと笑うクローディア。この時ばかりは彼女を敵に回してはならないと思う斑鳩。
「それで単刀直入に聞こう、今回の一存はあんた個人だな――やり口が温すぎる、銀河が本気になればこんなもんじゃないだろう」
「…そうだ、あくまで私の一存だ」
「どうせお母さまも気が付いていたのでしょう?それでいて、黙認した」
「そうかもしれんが…わからんよ、私にあいつの考えなど、わかるはずもない」
ゆっくりと首を振るニコラス。
「だが、一つだけ確かなことがある、私が失敗した以上、遠からずあいつが動くことになるだろう、その際に必要と判断としたなら私を切ることを一切躊躇すまい、そうなれば今回のカードなど役に立たんぞ」
「でしょうね、今回も、それを見据えての彼ですから」
「分かっているのか、クローディア!もしそうなったら……!」
「お父様が私のためを思って行動されたことは理解していますよ」
「……どうしても《獅鷲星武祭》に出るというのか?」
「はい」
「ならばせめて、願いを変えてくれ、頼む、今ならばまだ間に合う」
「何度も申し上げている通り、それもできません」
「私は……私はお前を愛しているのだ、クローディア」
弱々しい声のニコラス。
「私も愛していますよ、お父様――ではごきげんよう」
背後に重く響く隔絶の言葉と音を聞きながら、斑鳩とクローディアは外に出た。
それから、斑鳩とクローディアはお互い無言で、その役割を果たしつつ歩いていると、その沈黙をクローディアから破ってきた。
「斑鳩、護衛ありがとうございます」
「いえ、何度も世話になっていますからね」
「そんなことありませんよ、それにしてもユリスにあの事を知らせなくていいんですか?」
「いいんですよ、オーフェリアも着いたらでいいと言っていましたし」
「そうですか、まぁ、それもそうですね」
クスリと笑うオーフェリア。
「にしても、まさか斑鳩の願いが"
「とはいえ、前例がないわけではない、そこいら辺は調べていますよ」
「えぇ、過去に二度ありましたからね、にしても、なぜあのような願いを?」
「単純に言えば、彼女と一緒にいたい、それだけですよ」
「斑鳩にしては、やけに単純ですね」
「複雑な事なんてわかりませんよ」
軽くほくそ笑む斑鳩。
「さて、学園に帰ろうとしましょうか」
「えぇ、そうですわね」
そういって彼女と肩を並べてロンドンの街並みを歩き出す。
「にしても斑鳩は、先ほどから色々と興味深く見ていますが、もしかしてロンドンは初めてなのですか?」
「あぁ、昔本でこのビックベンやピカデリーサーカスは見たことはあったがな…本物を見るのは初めてなんだ」
「へぇ~でしたら、少し観光でもしていきます?」
「いんや、大丈夫だクローディア、来ようと思えばいつでも来れる、それにクローディアもいるんだ、下手に危険な真似は出来ない」
「あら、お気遣い無用ですよ?」
「いいのさ」
とロンドンの街並みを観察しながら歩いていく斑鳩であった。