今回はまだ事件は進みませんが、アレクサンダーの人となりがある程度わかる話となっています。
なお、なんとなくアレクサンダーや正体のヒントとなりうるものが散りばめてありますが、こっそり心の中に閉まっておいてください。
では二話です、どうぞ。
※呼称がバラバラになっていたので統一しました。
夜、路地裏。
石畳に点々と存在するはめ込み式の網状の地面から熱い水蒸気が吹き出す。
街灯もほとんどない薄暗い空間。
密会するにはちょうどいい。
「待たせたかい?ワトソン君」
まるで最初からそこにいたかのように、闇の中から男が現れた。
「そんなに待ってないさ。カイザー」
リバティー・メイソン構成員、殲魔士(エクソサイザー)、カイザー。
リバティー・メイソンではボクの先輩にあたる人だ。
優秀な戦闘職の彼だが、疑り深い一面を持っていて、仲間を内偵するというあまり良くない趣味があるみたいだ。
以前、パスケースにボクの写真が挟まっているのを見たことがあるし。
「それで、彼の、アレクサンダーの情報は集まった?」
カイザーを呼び出したのはつまるところこういうことだ。
「ああ。暮島=M=アレクサンダー。十七歳にしてヨーロッパSDAランキング第七位の実力者。天才的な頭脳の持ち主で、二つ名はジーニアス(天才)・アレクサンダー。武器はエンフィールド・リボルバーにメリケンサック。ボクシングが得意のようだから、メリケンサックはその時に使うのだろう。とにかく推理力がずば抜けていて、世界中から推理依頼の書類が送られてくるらしい。国内では知り合いのグラハム・レストレード警部からの依頼しか受けないようだ。というより、レストレード警部しか依頼してないな」
「どういうことだい?彼ほどの有名人ならむしろ国から依頼されそうなものだが」
「国家機密なので詳しくは不明だが、イギリスにとっては好ましくない人物が先祖にいるらしい。絶対Rランクにはなれない男、とも言われている」
どうやら彼はこの国そのものから嫌われているらしい。
それでいてSランクをもぎ取ったということは、国ですら文句のつけようもない、どうしようもないほどの実力があるということだ。
下手すればRランクや、かの有名なMI6のエージェントより上という可能性もある。
「その上、アメリカからヘッドハンティングされている。返事はまだしてないようだが、この国にいるよりはよっぽどマシだろう」
彼ほどの人物なら、あっさりとアメリカのRランクになるかもしれないな。
「国からの嫌われ方もかなりのものだ。俺だったら一日と待たずにアメリカに行っているかもしれない」
「具体的に、どういう感じなんだい?」
そこでカイザー少し言葉を詰まらせた。
「えっ、と、病院、銀行、大手企業の系列店、公共交通機関などの国が絡むようなものはブラックリストに入っていて、行っても追い出されるか、数倍の値段でボッタクられるからしい」
……それは、ひどい。
武偵である以上、怪我もするから、病院は必須だ。
自分で治療するにも限界があるし、薬品の入手も一苦労だ。
銀行が使えないとなると、基本は現金となる。
だが、国内での仕事がない彼は、他の国の依頼を片付けた時にどうやって報酬を受け取っているのだろうか。
それにたとえお金が有っても、店を使えないとなると、生活もままならない。
レストレード警部の迎えを待っていたのも、交通機関を遮断されているからなんじゃ……。
「そこまでの扱いを受けるなんて……、彼自身は何をした訳でもないんだろう?」
「ああ。彼が普段自分の部屋に閉じこもっているのも、それが理由なんだろう」
閉じこもっている?
だとするならば、何故ボクらの内情を知っているんだ?
リバティー・メイソンも、ワトソン家も甘くない。
そう簡単に情報を得ることなんて出来ないはずだけど。
「彼が言っていた、リバティー・メイソンとワトソン家の話。彼は世間話だと言っていたが、信用できると思う?」
「信用は、まだだな。こちらと接触した記録はないから、直接敵対する理由も無いはずだが、少なくとも彼はイギリスに迫害されている。イギリスや、イギリス人に対して良い感情を持っていない可能性もあるが、どちらにせよ憶測の域を出ない」
だが、とカイザーが続ける。
「留意すべき情報がある」
「なんだい?」
先ほどまでは彼の境遇に同情するような空気もあったが、今はもう既に消えている。
カイザーの瞳にあるのは、未知のモノに対する根源的で純粋な警戒だ。
「彼は教授(プロフェシオン)からイ・ウーに勧誘されたことがある。そのことは頭に入れておいてくれ」
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肌寒い。
朝日が昇るロンドンのアパートメントの一室。
ベッドの上で数秒前まで寝息を立てていたボクは掛け布団を首元まで引き上げた。
ボヤけた頭でなんとか起き出して荷造りを始める。
カバンの中身と、装備の確認をし、最後に腕に時計をはめたところで、まだ朝の五時であることに気がついた。
不覚。
起きるのが早すぎた。
「……トレーニングでもしようかな」
せっかく早く起きたのだ。
日本語で言えば三文の得。
英語ならThe early bird catches the worm.(早起きする鳥が虫を捕らえる)
早く起きるのは悪いことではない。
昨日も思ったが、まだボクの体はロンドンに対応しきれてない。
体を慣らす意味も含めて、今日は早朝訓練をしよう。
昨日から借りっぱなしだったコートを畳んで紙袋に入れ、部屋を出る。
ロンドン武偵高の学生寮は、学校から歩いて二十分ほどの距離にある。
武偵の特権で通常の年齢より早く免許証を手に入れているため、出かけるときはいつも、お気に入りのカスタムを施したポルシェ911カレラに乗っている。
五分と少しという短い時間だが、まだ陽の光が届ききっていないロンドンの街をドライブする。
まさに至福の時間と言ってもいい。
駐車場に車を停め、射撃場へと向かった。
基本的に射撃場は強襲科棟にある。
一番銃弾を消費するのは強襲科なので、当然と言えば当然だが、それゆえ強襲科ではない人物が射撃訓練をすると非常に目立つ。
それはあまり好ましいことではないが、この時間であれば問題ないだろう。
と、思った瞬間、銃声が響いた。
連続した音が六回、ということはまずリボルバーが思い浮かぶ。
続けて強襲科で鍛えられた銃声による判別によって、瞬時に正体が分かった。
「……エンフィールドリボルバー?」
イギリスで作られた、トリガーの前方から縦に折れる中折れ式リボルバーと呼ばれるものだ。
通常のリボルバーはシリンダーのみが横にスイングアウトされることに対して、エンフィールドリボルバーは銃の半ばから前方に折れる機構になっている。
この機構により、撃ち終わった薬莢を折った勢いで素早く廃莢されるため、廃莢から装填が素早くできる。
しかし、それだけだ。
フレームに関節があるせいで強力な弾丸の使用に耐え切れず、弾数も同じ口径ながらアメリカ軍の正式採用拳銃であるM92FSの十七発とは格段に劣る。
こんな利点も特にない骨董品を使うのは相当なもの好き、いや、もの好きと言っていいのだろうか。
強襲科ならもっと良いものを使うはずだ。
衛生科か、車輌科か、通信科なんてのもあるかもしれない。
少なくても武装職ではないだろう。
それに、それならこの時間に射撃訓練を行うのも理解できる。
強襲科の生徒の前でエンフィールドリボルバーなんて使えばバカにされるに決まっている。
でも、少し興味が出てきた。
使う利点なんてほとんどない。
そんな銃を使う人物。
どんな人なんだろうか。
そういえばごく最近エンフィールドリボルバーの名前を聞いたことがあるような気がする。
その人物を知っている。
いや、気がするだけだ。
うん、間違いない。
ここはイギリス。
イギリス製であるエンフィールドリボルバーを扱う武偵がいてもおかしくない。
うん、そうだ、そうに決まっている。
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分かってはいたが、そんなの所詮現実逃避だ。
散々言い訳していたが、予想通りの人物がいた。
リボルバーを二つ折りにして一気に廃莢すると、コートのポケットに突っ込んでいた左手を勢い良く振り上げる。
左手の中から舞い上がった9ミリ弾は彼の、アレクサンダーの目線まで上がると、吸い込まれていくようにシリンダーの中へ収まっていく。
そして間髪入れずに手首のスナップだけでリボルバーを元に戻した。
この間、約一秒。
オートマチック並みの素早さだ。
「そろそろ来る頃だと推理していたよ」
アレクサンダーは、視線をそのままにボクに話しかける。
「とりあえずコートを彼女に返してくれるかい?今日は冷える」
彼の後ろに控えるように、ロンドン武偵高の制服を着た女生徒がいた。
薄めの赤毛をツインテールにしている暮島と同じアンバー(琥珀色)の瞳の子。
スカートの右のポケットには不自然な重り、おそらくハンドガン。
彼女に紙袋を渡すと、中身を確かめてから射撃レーン後方にあるベンチへ置いた。
「えっと、」
「まとまらないと思うから私から説明させてもらうよ。その一、彼女は私の戦妹だ」
「初めましてワトソンさん。狙撃科のクリスティーナです」
「あ、ああ、よろしく。ボクはエル・ワトソン」
握手しようと右手を出すが、彼女はそれをとらない。
何故か明後日の方向を向く。
「他人に利き腕を預けるほど、自分は自信家じゃないです」
そんなことを無表情にするもんだから、反応に困ってしまった。
「クリス、普通に握手しなさい。すまないワトソン、今のは漫画のセリフだ。先日貸したらハマってしまったようでね。影響を受けやすい子なんだ」
はぁ、と気のない声が頼りなく口からこぼれる。
「その二、昨日のことだが本当に気にしなくていい。知り合いが耳年増でね。世界中の組織の情報を常に集めている。その中でヨーロッパでも活動している組織についての情報をもらったんだよ」
耳年増、というが、これはおそらく情報屋だろう。
ボクがパートナーになる事が分かってからボクのことを調べさせたのかもしれない。
昨日もそうだが、真偽は定かではないので置いておこう。
「その三、この時間に私達がここにいる理由だが、君を待っていたんだ」
「何故、ボクがこの時間にここに来ると?」
朝五時半少し前という早すぎる時間、射撃場という場所。
分かるはずがないのだが。
「君は最近ロンドンに来たと聞いている。昨日私の部屋に来た時もその疲労が見て取れた。通常とは違う体調で寝るなら、早く起きてしまうか、寝坊してしまうだろうし、普通なら寝過ごしてしまう方が多いだろう。だが、君は医師でもある。医師の生活リズムは非常にバラバラだ。昼間働くこともあれば夜勤もある。そして寝ていても患者の容体に異常が出ればすぐさま駆けつけなくてはならない。君はそういった不規則な生活にも対応できる体になっていると考えた。つまり、君の体は寝過ごすよりも早く起きてしまう方が得意な体になっているんだよ」
大分憶測も入っているが、一応筋は通っている。
確かにボクは研修の一環として病院にいた事もある。
医師としてのスキル、というより武偵としても必要だが、短い時間で充分な睡眠をとれる体に、確かになっている。
分からなくはない。
「でも、場所までは分からないんじゃないか?」
「環境によって寝起きがいい体質になっている君なら一度起きれば二度寝はない。ということは取る選択肢は二つだ。ぼーっとして時間が来るのを待つか、早朝訓練をするかだ。そしてロンドンの気候に慣れていないのであれば外の空気を吸いに行きたいはずだ。ゆえに家を出る。ということは選ばれる選択は早朝訓練だ。なぜ散歩やランニングや格闘やワイヤー訓練ではなく射撃なのか、といえば話は簡単だ。もし私が同じ状況で早朝訓練をしようと思ったのなら、起きたばかりの状態で体を動かすような事はしたくない。温まっていない体を無理やり動かすのは事故に繋がる。よって、あまり動く必要のない射撃、というわけだが、何か反論は?」
「……もし、予想が外れていたら、どうするつもりだったんだ?」
問いには触れない。
自分の前にいるのはあのジーニアス・アレクサンダーだ。
この手のことはむしろ専門だ。
疑問を挟む余地などなかったのだ。
「外したことはないが……、もしキミが来なかったとしても、私が体を動かせた。それでいいじゃないか。健康的で」
あっけらかんと、そう言ったのだった。
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「で、だ」
訓練後、場所を移して学生食堂。
三人座れる席を確保すると、クリスティーナがいつの間にか消え、いつの間にか戻ってきていた。
彼女は右手に二つ、左手に一つのお盆を持っており、バランスを崩すことなくそれぞれの前に置いた。
ボクはトーストにポーチドエッグ、ベーコンなど、普通の朝食。
クリスティーナの前には高さ四十センチはあるイチゴパフェがそびえ立ち、アレクサンダーの前にあるのは平たい皿の上に敷かれた網の上に乗っかった茶色っぽい麺と、小さなコップに入った黒いスープだ。
クリスティーナにもツッコミたい所だが、まずは謎の麺を前に嬉々とした表情を見せる彼からだ。
「アレクサンダー、それは?」
「日本の古くからある食べ物、蕎麦というものだ」
「何故、食堂にそれが?」
「料理長と仲が良いのでね。対価を支払って日本食を幾つか導入してもらっている。まあ、私以外食べる人はいないから、メニューにも載ってないがね。裏メニュー扱いだよ」
そう言ってソバをちゅるちゅるすすり始めた。
日本人はハシという二本の棒で食事をするらしいが、目の前の彼も、そのハシを使って器用に食べている。
フォークを使ったほうが早い気もするんだけどね。
クリスティーナはボク達が話している間に黙々と食べ続けている。
遅れてボクもトーストを齧ると、クリスティーナが席を立つ。
手には空のパフェグラス。
早いな。
武偵は食事を速やかに済ますように訓練されてはいるが、彼女のそれはとんでもない速さだった。
「それで、アレクサンダー。何故ボクを待っていたんだい?」
「昨日の推理の続きだよ。私の推理が正しければあと五分ほどで連絡が来るはずだ。それまでに食べてしまおう」
……早朝から待っていた意味はあったんだろうか。
連絡待ちならわざわざボクに付き合う必要も無かったはずだが。
「それと、君の戦闘力を見たかった。おそらくだが、これから荒れるからね」
まただ。
ジーニアス版条理予知(コグニス)。
ボクはリバティーメイソンとして活動する傍ら、イ・ウーという組織にも身を置いている。
イ・ウーは世界各国の犯罪者が集まったオールスターチームだ。
問題なのがイ・ウーは小国なら一人で制圧できるほどの戦闘力を持った者がゴロゴロ集まっているという点だ。
だからどの国でも迂闊に手を出すことができない。
とれる選択肢は静観、監視、そしてボクのように内部に送り込むぐらいだ。
下手に手を出せば国が滅ぶ。
そのため、ただの武偵では名前を知るだけで機密保持のため消される。
まごうことない超国家機密だ。
その長、教授(プロフェシオン)は類い稀なる推理力を持ち、その的中率はほぼ百パーセント。
極まった推理は予知となんら変わりない。
ゆえに、彼の推理能力は条理予知(コグニス)と呼ばれているのだ。
暮島が行う推理にはそれと同等の的中率があることは今までの会話から明らかだ。
だとすると、昨日言っていた『最悪のケース』も、もしかしたら……。
その時、小さな電子音が聞こえてきた。
クリスティーナは制服のポケットに手を突っ込むと、携帯電話を取り出す。
どうやらメールだったようだ。
「サー、レストレードさんからメールが入りました被害者の身元が判明したようです」
アレクサンダーの表情が一気に引き締まる。
「結果は?」
「白、何も不審な点は無いそうです」
「そうか……」
ボクは昨日現場でアレクサンダーが言っていたことを思い出す。
『だが、もし私が考える最悪のケースであるならば、戸籍に怪しい点は何一つ無いだろうね。杞憂で済めばいいんだが……』
どうやら杞憂では済まなくなってしまったらしい。
「今日やることは決まったな。クリス、予定通り別の角度から調査をしてくれ。ワトソン、キミは装備を整えておいてくれ 。お出かけするぞ」
うなずきを返し、立ち上がる。
武器の手入れはさっきの射撃訓練後にしてあるし、弾丸の補充も射撃場そばの銃砲店で済んでいる。
何時でも行ける!
「取り敢えずお茶にしよう」
その声に、ボクは思わずつんのめる。
「え、行かないのか!?」
「食後の一杯ほど美味しいお茶もないだろう?」
隣ではクリスティーナが水筒からティーカップに中身を注いでいる。
緑色なので、おそらく日本の緑茶なのだろう。
自分の分も注いで、まったりとお茶する二人。
「ワトソン、飲まないのか?」
「………………飲むよ」
結局、学校を出たのは更に三十分後だった。
次回は捜査編です。
進展はあるのかな?
まだ書いてないから分からないけど。