推理編です。
読者の皆様の予想はどうだったでしょうか。
それではどうぞ。
2017.11/12
後半書き足しました。
これでこの事件は一旦終わりです。
ボク達は今まで殺害された五人の職場を回って、直接の上司だという人々に、事情聴取をした。
そこでは皆がまるで口裏を合わせたかのようにある二点について話すのだ。
一つは非常に真面目に働いていたこと。
人当たりも良く、仕事を覚えるのも早く、人望も厚い。
どんな仕事でも嫌な顔一つせず、むしろ自ら進んで行い、細かいところにも良く気がつき、煽てるのも、フォローするのも優秀ときている。
次の昇進は間違いないとまで言われていた。
もう一つは経歴。
仕事をする以前の被害者達の過去について聞くと、これまた同じ回答であった。
「ああ、彼はあまり自分のことは話したがらなくてね。でも、大学は言っていたな」
「うーん、酒を飲んでも全然教えてくれないんだ。唯一、大学は知っているけど」
「彼氏はいたのかなぁ?結構アタックしたんだけど効果がなくてね。あの大学の出身らしいし、身持ちは硬いのかね?」
「何かの研究のようなことをしていたらしいよ。大学は確かね」
「前の会社が倒産したらしくてね。資格のために大学に入り直したらしいよ。たしか名前は、」
「「「「「ロンドン大学」」」」」
繋がった。
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ロンドン大学と一纏めに呼んではいるが、各カレッジは独立しているので、実際は大学の集合体だ。
だから正確にはロンドン大学という大学は存在せず、ロンドン大学群や、ロンドン大学連合というのが正しい言い方らしい。
ボク達がいるのは大英博物館にほど近いところにあるロンドン大学の本部だ。
大学の集合体であるロンドン大学に所属する生徒数は数十万人おり、事務作業だけでもとんでもない量になる。
当然、それらを処理する本部は非常に大きな建物だった。
「お待たせして申し訳ございません。ハリー・ストロングです」
ダンジョンのように広大なロンドン大学本部の一室で待つこと十分。
目当ての人物が現れた。
左手に杖をつき、右腕は老化によって伸びきらないのか軽く肘を曲げている。
まるでそこに二本目の杖を持っているかのようだ。
英国紳士らしく背筋をそらしつつも杖に頼ってゆっくりと歩くその姿は貧弱にも見えるが、使い込まれた黒縁メガネ、擦れたスーツの肘、手元のペンだこは、彼の今までをそのまま表している。
とてもじゃないが、教育の一線から退いているようには見えない。
「初めまして、ハリー教諭。ボクはエル・ワトソン。彼は暮島・M・アレクサンダーです」
「ご丁寧にありがとうございます、ワトソン氏、アレクサンダー氏。それに教諭、ではありませんよ。一年前に事務職に移りましたからね。まあ、とりあえず座ってください」
微塵もゆるぎなくハキハキとして聴きやすい声。
本当に、教師になるために生まれてきたかのような人だな。
促されるまま、二人がけのソファに腰掛けると、対面にハリー教諭が座る。
「電話でもお伝えしましたが、僕らの追っている連続殺人事件の被害者について、教えてください」
ボクはすぐさま本題を切り出す。
「彼らは私が教師として持った優秀な生徒達でした。 しかし、彼らには共通点が無いのです」
「共通点が、ない?」
「ええ、学年も年齢も趣味やクラブまで違うのですよ。連絡を受けてから私も考えてはみたのですが、どうにも繋がりが見つからなくて……」
「ハリー教諭の教え子である、ということぐらいですか」
「ええ、ですが私は教師としてのキャリアはそれなりに長いです。私が教えた生徒は、それこそ星の数ほどいますので、これを共通点と呼ぶことはできないでしょう」
「彼らに、何か繋がりはなかったのですか?共通の人物が知り合いだったとか」
ハリー教諭は目を伏せて考えるが、それでも首を振る。
「いえ、彼らに共通の繋がりがある人物はいなかったですね」
教諭にもわからないとなると、どうやら無駄足を踏んでしまったようだ。
絶対に何かあると思ったのだが。
アレクサンダーの推理も外れるときはあるものだ。
そういえば彼はまだ一言も喋ってなかったな。
「アレクサンダー、何か質問はあるかい?」
ボクは隣のアレクサンダーを見てそう言った。
彼は真剣な表情で鋭い眼差しをハリー教諭に向けている。
……しかし、返事が返ってこない。
「……アレクサンダー?」
彼は音もなく立ち上がると、ドアを背にし、コートのポケットに手を入れた。
「ない、いや、無くなったと言うべきか。これで謎は全て解けた。後はあなたの選択だ。どうする?」
いきなりなにを言っているんだ?
突然戦闘態勢に切り替わったアレクサンダーからじわりじわりと部屋全体にピリついた空気が充満していく。
思わず喉が鳴る。
教諭は穏やかな表情でアレクサンダーを見ている。
その裏には明確な自信、いや、余裕が見て取れる。
ヨーロッパSDAランキング第七位という超人の放つ気に顔色一つ変えないなんて。
そして何より、『論理の天才』が威嚇しているのだ。
言葉ではなく、場合によっては武力も行使するという覚悟を持って。
アレクサンダーが全力の警戒をするに値すると判断した人物、ハリー・ストロング。
いったいなにが起こってるんだ。
「私の選択、ですか?なんのお話でしょう?」
「星の数ほどの教え子がいる、か。ならばなぜ彼らの事を思い出せる?覚えきれるわけがない。学年、年齢、クラブまでなら資料を見ればわかる。だが、個人の趣味や人間関係まで知っている、というのはやり過ぎたな」
「……彼らとは特に仲が良かったのですよ。個人的に飲みに行くぐらいは」
「ほう、仲が良かったから。ならば立派な繋がりだろう。あなたと個人的な付き合いがあったという繋がりが。それを大多数と同等のように語ったあなたのミスだ」
「……」
ハリー教諭の顔から穏やかさが消えた。
「ニュースでも報道されていたから被害者が殺された時の状態は知っているだろう?指紋のみが焼かれている。これは指紋からならば犯人に繋がるということだ。しかし、顔には手を加えていないことから、顔を探しても意味がない、つまり、顔からでは探せないということが分かる。よって被害者は皆、印象が大きく変わるほどの整形手術を受けている。一人ならたまたま、二人なら偶然かもしれない。だが、五人揃えば大きな共通点になる。考えられる可能性は二つ。そしてそれは知り合いの警官からの情報ではっきりした」
戸籍を確認して分かる、と彼は言っていた。
「戸籍におかしな点がある場合と、ない場合、と言っていたやつかい?」
「そう。戸籍に不審な点がある場合、顔を変え、別人になりすまし、他人の人生を借りて逃亡生活を送っている証拠となる。しかし、不審な点がないということは、不審な点がなくなるように、『新しい戸籍を用意した』ということだ」
戸籍を用意するなんて、そんなこと現代社会で出来るはずがない。
個人の情報管理ほど厳しいものはそうそうない。
なぜなら、………………。
「あ……」
「気づいたか、ワトソン」
「答えはひとつ。この国が、新しい人生を用意したんだ。一般人に戻った元MI6メンバーに」
MI6。
英国情報局秘密情報部。
00(ダブルオー)シリーズのエージェントがいることでも有名な、国外での諜報活動を主としたイギリス政府直属のスパイ組織の名だ。
「そしてあなたはその取りまとめと偽りの過去を作る役割を担っているエージェントだ」
ハリー氏は探るような目でアレクサンダーを見ている。
少しだけ。
ほんの僅かにだが、彼の持つ杖から金属がぶつかり合う音がした。
仕込み杖だ。
ボクは密かに服の内側に隠した武器に手をかける。
「面白い推理ですね。亡くなった彼らは裏の顔を持っていた。しかしだからといって私までその一員だというのは飛躍し過ぎていませんか?私は純然たる英国人です。国に協力を請われれば国のために、力を貸すこともやぶさかではないでしょう」
彼は壁役なんだ。
状況的に彼もまた一員である可能性は非常に高いだろう。
しかし、その証拠がないのもまた事実。
彼の担当した人々が殺されていっているのは、彼自身の能力を疑われることに繋がる。
踏み込まれたくないんだ。
ここでボクらを追い返して、内々に処理しようとしているんだ。
自分の保身の為に。
「つくづくあなたは向いてない。また嘘が出た」
そしてそれを、アレクサンダーは切って捨てた。
探ってるわけでもなく、威嚇するわけでもなく、とてもフラットな視線を向けながら、言葉のナイフで切り込んでいく。
「嘘?何がです?何かおかしいことを言いましたかな?」
この発言の中には、アレクサンダーを挑発するような気はさらさら見えず、むしろ怒りのような感情をのぞかせた。
自分の言動のどこに不自然な点があるのかと。
完璧なはずだという自信ゆえの反発だ。
「純然たる英国人?体には染みついているぞ。共産主義の癖がな」
だがその小さなプライドも、知らない角度で曲がる弾丸に粉々に打ち砕かれた。
その言葉とともに、教諭の持つ杖が音を立てて床に倒れた。
両拳を固く握り締め、俯いたまま、沈黙をもって舌戦の敗北を認めたのだ。
「右腕を軽く曲げてベルトあたりにホールドした歩き方。あれはKGBで教育されるファストドロウの構えだ。どんな時でも襲われたらすぐに対処できるように、常に銃のそばに手を置いておくんだ」
たしかに、まっすぐに背筋が伸びたハリー教諭の右腕だけ歪んでいるのは気になったが、それだけでここまで見抜くとは。
「お話頂けるかな?サー」
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「サー!このままではエヴァが!エヴァを見捨てると言うのですか!?」
雷鳴轟くロシアの森林。
豪雨の中、数名の人間が軍服を身に纏い、小さな拳銃を手に口論していた。
降り注ぐ雨は冷たく、彼らの身を切り裂き、確実に体力を奪っていく。
「おい、いい加減にしろよ!彼女が引きつけてくれなければ、我々はこのデータを持って基地から出ることは出来なかったんだ!」
「その彼女をこのまま置いて帰るだなんて!俺には出来ない!」
男は叫ぶ。
手には力がこもり、爪を肉に食い込ませる勢い掴み掛かって叫んでいる。
摑みかかられている年配の男は、彼の目をまっすぐと見て、言う。
「最優先なのはこのデータだ。まずはデータを持って帰ることが重要だ。このデータの価値は君が一番よく知っているだろう」
「そんなことは百も承知です!そこに異論はありません!ですが彼女の脱出を手伝わなければ!一人ではどうしようもないことも貴方は分かっているでしょう!いや、ここにいる全員が知っているはずだ!」
「国境を越えて、国に連絡できるようになれば援軍も呼べる。それまでは許可出来ない」
「そんな!彼女が、」
麻袋に鉄球が沈み込むような、重たい音を立てて彼は叫ぶことをやめ、地面に倒れこんだ。
後ろに立っていた男は、彼の後頭部を殴ったであろう拳銃を懐にしまい、彼を担ぎ上げる。
「……このまま喋らせたら、俺は残るとか言い出しそうですしね。急ぎましょう」
「……ああ」
そして彼らは再び闇の中へと歩を進めた。
全員が、後ろ髪を強く引かれながら、それでも前に行くしかなかった。
それから二日後。
ロシアの国境を越えた。
通信を行なった結果知らされたのは、この件に関する自分たちの解任。
そして、政治的な要因から、彼女を見殺しにするという、上層部の出した残酷な報告であった。
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「………………以上が、私が知っていることです」
時は戻り再びロンドン大学本部。
ボク達はアレクサンダーが入れた紅茶を飲みながらテーブルを囲んでいた。
過去の任務、結果的に部下を見捨ててしまったという事実。
それが、犯人の心にずっと残り続けたのだ。
復讐というどす黒い炎として。
「彼がその事実を知ったのはそれからニ週間後でした。疲労もあって、長いこと寝込んでいましてね。全てが終わった後です。我々は一般人として社会の中に紛れ、彼女はMIA、戦闘中の行方不明として、処理されました」
規則的に時を刻む古時計の音がこんなに重苦しく感じられたことが今まであっただろうか。
「彼とエヴァは、いや、言うまでもないですね」
「……そうだな。お代わりはいかがかな?」
アレクサンダーは持参していた魔法瓶を教諭に差し出す。
「いただきましょう」
教諭は人懐っこい笑顔をアレクサンダーに向けた。
憑き物の落ちたかのような、そんな自然な笑みだった。
一口、口に含むと、ゆっくりと味わい、飲み込んだ後も鼻腔を通り抜ける香りを楽しむ。
「素晴らしい紅茶ですね」
「唯一の自慢だ」
「また飲みたかったですよ」
「お呼び頂ければいつでも」
「そうもいきませんよ」
「なぜ?」
「老兵は、消える必要があるからです」
その時、教諭の胸元には赤い光点が、悪魔の瞳のように浮かんでいた。
瞬間、割れた窓ガラスの破片が地面に落ちる前に、彼の赤い生命の雫が、床に花を咲かせた。
「教諭!」
彼の手からこぼれ落ちたカップがけたたましい音を立てる。
ボクは急いで彼の体を担ぎ、第二射から逃れるためにソファの後ろへと隠れる。
撃たれたのは腹部だ。
ハンカチを傷口に当て、体重をかけて強く圧迫する。
どうにかして出血を止めなくては。
だが、ハリー教諭はボクの手を掴んだ。
痛みで意識が朦朧としている中、僅かな力で、止血しているボクの手を、あろうことか退かそうとしている。
「か、彼を、復讐に、かり、立てたのは、わ、私の責任です。彼には、私を、殺すけん、りが、ある」
息も絶え絶え、どこか虚空に視線を向けながら、彼はこの結果を受け入れようとしていた。
「ゴフッ、ゴフッ、ゲフッ」
咳とともに口から血を流し、瞼が下がってくる。
呼吸もだんだんとか細くなっていくようだ。
「しっかりしてください!ハリー教諭!ハリー教諭!」
懐から医療セットを取り出す。
ボクのワトソン家は医師の家系で、ボク自身も元は衛生科だ。
救急隊が来るまでの延命措置ならできるはずだ。
「ワトソン、彼のことは任せた。私は奴を追う」
アレクサンダーは手早く救急隊への連絡をした後、すぐさま部屋を出て行く。
結局のところ。
この事件でボクが出来たのはこれだけであり、つまるところどうしようもなく役立たずだったのだ。
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時は流れ、数日後のアレクサンダーの研究室。
ボクは学校に提出するための書類を書いていた。
アレクサンダーはモーニングティーを飲みながら朝刊を読んでいる。
教授は出血多量で亡くなり、犯人は逃亡中。
手がかりもなく、それ以降の殺人もない。
殆ど迷宮入りのような、なんとも後味の悪い終焉となった。
「ワトソン、そんなに根を詰めなくてもいいだろう。クマが出来てる。少しは休みたまえ」
ボクは眉間を一揉みすると、すっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばした。
「君は随分と気にしているようだがら彼の復讐は遂げられた。捕まえることさえ出来なかったが、これ以上の犠牲者は出ることはない。ベターですらないが、後はスコットランド・ヤードに任せて構わないだろう」
そうはいうが、ボクはそう簡単には割り切れない。
しばらく力の入らない書類を書きなぐっていると、ノック音も無く、誰かが入って来た。
顔を上げなくてもわかる。
クリスティーナだろう。
「君はいつになったらノックを覚えるのかね?」
咎めるアレクサンダーだが、彼女からもたらされた情報は驚くべきものであった。
「サー、ワトソンさん。例の狙撃手が捕まったようです」
その言葉に走らせていたペンを止める。
本当なら追記する必要があるからだ。
「そうか、彼の身元などは判明したのかね?」
「いえ、それが……」
彼女の性格らしからぬ、濁った言い回しだ。
「何かあったのかい?」
すると彼女は数枚の写真をアレクサンダーに手渡した。
「遺体で発見されました。そして、彼の体にはナイフで刻まれたと思われるメッセージがありました」
メッセージ?
ボクがきょとんとした顔をしていると、アレクサンダーは持っていた写真をボクの方へ向けた。
そこには狙撃手と思われる男性の遺体と、腹部に大きく刻まれた日本語のメッセージが記されていた。
「ワトソン。この挑戦状、受けるかい?」
彼の腹部に刻まれたメッセージ。
ここはロンドンだというのに、それはわざわざ日本語で書かれていた。
それはつまり事件に関与したものの中で日本語に明るいものに対してのメッセージ。
つまり、日本人とのハーフであるアレクサンダーに対するメッセージなのだ。
『教授』
そう書かれていた。
切り取った皮膚を剥がして模様を作るスカリフィケーションの手法を用いたようで、赤黒い組織によって作られた嫌悪感を催すような邪悪なタトゥーだった。
「……やるさ。まだこの事件は終わってないようだしね」
「思ったより大きな事件だ」
「関係ないね」
「惨殺死体だが大丈夫か?」
「全くもって」
「覚悟はいいか?」
「ボクはできてる」
書きかけの書類とペンを放り投げた。
この書類は時間が解決するまで一旦保留だ。
これからは何から何まで不明の犯罪者を負わなければならない。
だが不思議と不安はなかった。
理由は分かっている。
この暗闇の中で絡みつく無色の糸の束を容易く解きほぐしてしまう天才(ジーニアス)がボクのそばにいるのだから。