彼ノ英霊ニ捧グ唄   作:MaLiN

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久々に筆を取りました。

拙い作ではありますが、楽しんで頂ければ幸いです。


シアワセ

 昔。

 私達がまだ多くの誇りを乗せ、モノクロの中動かされていた頃。

 毎日怒号が飛び交い、叱咤され、けれど誰もが生き生きと眩しく輝いていた時代。

 冷たい鉄の船であった私達に、熱を与え、何かしらの表情で語りかけてくれた彼等。

 頬を緩め目を細めた顔、眉を吊り上げ歯を剥き出した顔、顔を歪め唇を噛んだ顔。いつも様々な顔で私達に色々な話をしてくれていた。

 その頃は只々聞いている事しか出来なかったけれど、彼等と同じ身体を持って、それについでにとばかりに付いてきた『心』を持って、初めて感情と言うものを知ってから、ふと思い出せる事があった。いつもは強面で畏れられ慕われている兵長が、小さな写真を見ている時だけ強面を蜂蜜のように溶かし、まるで別人かと思う程に破顔していた事が思い起こされる。

 

 

 

 

 

 (今思えば、あれが『シアワセ』言うやつなんかなぁ…)

 確たる証拠何てご立派なものではないけれど、只々漠然と、そう思うと納得する事が出来た。

 『心』を持って、感情を知って、まだ日が浅いけれども、怒りと哀しみの感情は激情を伴って理解することができた。

 だが未だに、喜びがどういう物なのかが分からない。

 哀しみは涙で知る事が出来た。怒りは怒号で知る事が出来た。只喜びだけ理解が、認識が出来なかった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 「ねぇ、不知火。『家族』ってどんな感じだと思う?」

 

 

 

 それを聞いたのは本当に偶然だった。いつも通り報告書を書いた後、司令に出して、そのまま少し駄弁ってから、出撃から戻って来ている一番艦の居る談話室へ向かい、その扉に手を掛けた時に聞こえてきた。

 

 

  ―――聞こえてしまった―――

 

 

  途端、身体から熱が霧散した。血が凍るような、心臓が鷲掴みにされるような。まさにそうとしか形容出来なかった。

 こんなもの知らない。これは何だ。こんな、こんなものを抱えて彼等は生きていたのか。

 触れている扉のノブから手が凍り付いていくような感覚がして、慌ててノブから手を離した。夕日が差す寂しい廊下に響き渡る虚しい音。扉の向こうから訝しむ気配を感じ、踵を返して走り出す。

 途中、薄い水色の銀糸のような髪を見た気がしたが、気にするような余裕はなかった。

 

 走った。只々走った。身体の赴くままに。『心』が望むままに。

 だからだろうか、辿り着いたのは赤く染まる埠頭だった。夕日が眩しい。思わず目を細める。

 細めた目から涙が落ちた。次々と。拭っても拭っても止まらない。堪えていた嗚咽が漏れた。それは段々と大きく、慟哭へと変わる。

 涙が流れた。けど哀しい訳じゃない。ならば、ならば。

 これは何という感情なのか。『心』が悲鳴を上げている。胸が軋む音がする。

 苦しかった、胸が詰まってしまうようで。辛かった、『心』が押し潰されてしまうようで。

 身体が冷える。熱が消える。『心』が薄くなっていく。

 それは、まるで。

 

 

 まるで、嘗ての私達のようで。

 

 

 力が抜ける。色が消える。

 モノクロに戻った視界が、左に傾ぐ。

 

 一瞬。音が聞こえた、ような気がした。

 

 嫌にゆっくりと、左に、傾ぐ。

 

 一瞬。僅かに音が聞こえた。

 

 「―――ぉっ………!」

 

 一瞬。確かに、聞こえた。

 

 「――しおッ……!!」

 

 音が、響く。

 

 「くろしおッ…!!!」

 

 呼ばれている。あの音で。

 

 「黒潮ッ!!!!」

 

 あの、声で。

 

 嬉しい。苦しい。

 相反する感情が鬩ぎ合う。

 思いが巡る。記憶が溢れる。

 

 

 だが、熱までは、戻らない。

 

 

 「黒潮ッ!!!!」

 

 モノクロの世界の中に、鳶色が入り込む。僅かに風に流されている、絹糸のような鳶色の髪。アメジストのような藤色の瞳。背中に回されている手袋がされていない左手。

 

 拮抗していた感情が、崩れた。

 

 色が戻る。感覚が戻る。熱が、戻る。

 薄くなっていた『心』がある。消えかけていた感情が戻ってくる。

 

 そして、理解した。認識した。

 さっきまで感じていた、感情を。

 

 『恐怖』を。

 

 恐ろしかった。怖かった。全てが瞞しだと、幻だと、『陽炎』のように思えて。

 手を伸ばすと、揺れて消えてしまいそうで。

 

 ただ、今なら。

 熱を感じる、今ならば。

 触ることが、できる気がして。

 

 ゆっくりと。鉛のように重い手を、少しずつ少しずつ。

 ゆっくりと、ゆっくりと。鉛のような手を、頬へと、伸ばす。

 そして、触れた。

 

 途端。身体中が熱に包まれる。

 

 鉛が溶け落ち、熱が籠る。

 手に感じる、柔らかな感触。

 

 そして、去来する、新たな感情。

 

 『幸福』

 

 それに付いてきたのは、強面の兵長の、グズグズに蕩けた笑顔だった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 寒さが厳しくなってきた冬の談話室。

 もう夜もとっくに暮れて、薪の弾ける音が静かに響いている。姉妹が多い陽炎型ように、とかなり広めに作られた居間の暖炉の側、かなり大きめの揺り椅子に、影が二つ。

 暖炉の側に居ても、流石に寒いのか、僅かに小さい影を抱き締めていた。

 また、薪が弾ける音が、小さく、響く。

 

 熱は、冷めていない。

 

 陽炎

 

 陽炎ぉ

 

 かげろぉ

 

 「なぁ、かげろぉ」

 

 「なに?」

 

 「寒いなぁ」

 

 「そうね」

 

 薪が、弾ける。

 

 「なぁ、かげろぉ」

 

 「なに?」

 

 「かげろぉ、あったかいわぁ」

 

 「そう」

 

 火花が、散る。

 

 「かげろぉ」

 

 「なに?」

 

 「好きやよ」

 

 「私もよ」

 

 熱は、冷めない。

 

 太陽が起きるのは、まだ先のこと。

 

 




文章や、ストーリー構成の練習も兼ねています。
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