彼ノ英霊ニ捧グ唄   作:MaLiN

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水面の朝

 休みの日、非番の日に早起きして朝日を見に行く。別に何かがある訳ではない。ただ朝日が、水平線に2つ見える朝日が見たかった。雨や雪の朝日が見えないような日でも見に行っていた。なんとなく、見えるような気がしたから。

 同室の陽炎は、何も言わない。何故こんなことをしているのか、ある程度察しているのかもしれない。部屋に戻ると、いつもお茶を片手に待っているから。

 

 

 

 

 

 

  声が、聞こえた気がした。

 思わず、耳を塞ぎたくなるような悲鳴と、怒号。

 聞きたくない、と思っても、聞かなければならない気がしたから。

 それが、私の役目だと、そう思っていたから。

 

 

 もうどれだけの時間、こうしているのか分からない。暗闇の中では存外、時間の経過が分かり難い。既に数年、数十年と経っているのかもしれないし、もしかしたら、まだ1日と経っていないのかもしれない。

 それほど、この暗闇は深いのだ。一寸先さえ見えはしない。

 けれど、目を閉じることはできなかった。目を閉じると、あの日の光景が蘇ってくる。例えこんな所にいたとしても、またあの悲痛な声を聞くのは耐えられないから。

 恐ろしいのだ。どうしようもなく。

 私とともに散って逝ったあの人達に、恨まれているんじゃないか、と。

 頭の中では理解している。あの人達は、そんなことで恨んだりしない。むしろ、私を沈めてしまった事で、自らを責めているかもしれない。けれど、暗闇の中にいる今の私には、黒に呑まれている私には、恨まれているようにしか、感じなかった。

 

 周りから齎される影響はかなり大きかった。私に乗っていたのはそんな人達だったのに、私が呑まれてしまっただけにあの人達を侮辱した。

 ずっと、私が見てきた人達だったのに。いつだって一緒にいた人達なのに。

 

 私の内を、黒いドロドロとしたものが埋めていくにつれて、あの人達が、歪んで、見えてくるようで。

 

 

 

 

 

 

 黒潮にとって、朝は、朝日は特別なものだった。黒潮が沈んだのが夜明け前だったから、というのもある。

 だがそれよりも、この体になって初めて、黒潮は朝が訪れることを、朝を迎えることを知ったから。覚醒したばかりで未だぼんやりした意識の中、聞こえてくる懐かしい声と、両手を包む異なった暖かさを頼りに、顔を上げた黒潮の目に映ったのが、あの日迎えることができなかった、朝、だった。

 東の空が赤く染まり、ずっと遠くの水平線に2つの朝日が見える。眩しく照らす朝日と、海に映える朝日と。空は段々と明るくなり、海が綺麗に、青く澄み渡っていくようで。

 

 だからこそ黒潮は、親潮を起こすのは明け方がいいと。あの子も、うちとおんなしように苦しんどるやろうから、って。まるで、何もかも知ってるような口ぶりで言うから。

 

 

 

 

 

 

 私の内を、黒いドロドロとしたものが埋めていく。手先から、段々心臓の方へ。そして、頭の方にまで。

 私の内側、内側のことをあの人達は何と言っていたか。前まではあの人達が内側にいた。その、内側のことを、あの人達は確か、こころ、とそう言っていた。

 ならばこの黒いドロドロとしたものはなんだ。あの人達はこんなに不快ではなかった。むしろ心地良いものだった。

 何故。何故あの人達の居場所にこんな気持ち悪いものが蔓延っている。そこはあの人達の居場所だ。海に散っていったあの人達の居場所なのだ。そこを、その場所を。

 

 何故こんな気持ちの悪いものに占拠させているんだ私は!!

 

 目を見開き、手を伸ばす。唯々、我武者羅に。この暗闇の中から、光を見つけ出そうとして。

 そして、光を、掴んだ。

 

 目蓋を、開けた。

 眩しい、と感じる。朝日が、私を照らしていた。まるで、祝福するように。前に立つ2人の姉の顔は、逆光になっていて見ることができなかった。

 けど、それでいいのだろう。微かな涙声が凪いだ海を伝って聞こえてくる。どうやら、私は随分と待たせてしまったらしい。なら、こういうべきだろう。

 

 「ただいま戻りました、黒潮さん、陽炎姉さん」

 

 返事は、涙声でうまく聞こえなかったことにしよう。抱きしめられただけでも、十分に幸せだと思えるから。

 

 滲む視界で眺める朝日は、また一等美しいもので。

 

 抱きしめようと上げた両手が、輪郭がぼやけて見えて。

 

 3人で肩を抱き合って泣いたことも、幸福な秘密としておこう。




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