戦慄さんの幼馴染   作:ちょもらんま

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第4話

「くそ! まだほとんど解明されていないんだぞ。超能力が使えるようになるまで独房に閉じ込めておけ!」

 

 

タツマキは独房に閉じ込められた。

 

 

後にS級ヒーローとなり、ヒーロー協会の最終兵器と称えられる彼女からは考えもつかないが、彼女は大人しく従うことにした。この事実に首を傾げたくなるが、義理の養父母の元から引き離されて3年、それからずっとともに過ごしてきた周囲の大人たちを幼心に信じたかったのだろう。

 

 

独房での生活が一週間を経過した頃、タツマキの前に一人の少年が現れた。

 

 

何を考えているか分からない、無表情の子供。薄暗い独房の中でもはっきり映る月光のように輝く金色の髪に、女として嫉妬の念を覚えたのはタツマキにとって屈辱だった。

 

 

自然、態度と口調も攻撃的なものになってしまう。

というより、タツマキは同世代の友人はおろか知り合いさえ一人もいない。距離感も分からずどう接していいか分からないのだ。ただ、舐められるのは彼女のプライドが許さなかった。つい喧嘩を売るような挑発めいた言葉を発してしまう。

 

 

「誰よあんた? ここにいるってことは、あんたも超能力者なわけ?」

 

 

相手からの返事はなかった。意味の分からないことをぶつぶつ呟いているだけで、反応を見せない。私よりも年下の癖に、と彼女はイラつき少年を睨みつける。

 

 

少年の背たけが自分と同じくらいというだけで、自分より年下と決まったわけではなかったが、彼女は自分の方が年上だと断定した。恐らく無意識に相手を攻撃する材料が欲しかったのだろう。

 

 

再度、大声で怒鳴ると、やっとこっちを向く金髪の子供。

 

 

正面からその顔を見て、タツマキは衝撃を受けた。こんな綺麗な人間を彼女は見たことがなかった。絵本で読んだ王子様のような美しい金色の双眸に、気品ある顔立ち。その見事な金髪もあいまって、本当にどこかの王族なのだろうか、絵画から出てきたのではないだろうかと勘違いしてしまいそうになる。

 

 

「こ、こんにちは」

 

 

喋った。実在の人間だ。一瞬呆けるが、口は勝手に開いてくれた。

 

 

「なによ。話せるならさっさとしなさいよ」

 

 

「……ごめん」

 

 

どうやら気弱な少年らしい。タツマキはうるさく鼓動し始めた心臓の音を忌々しく感じていた。何故かはわからないが、彼女は少年と言葉を交えただけで、動悸が激しくなっている。

 

 

初めての経験に彼女は戸惑っていた。こいつが超能力で微弱な攻撃をしかけているのではないかと疑うも、そんな力の流れは感じない。タツマキは混乱する他なかった。

 

 

黙っていると、向こうから話しかけてきた。こっちの内心を悟られないよう、細心の注意を払いつつ行ったタツマキと少年の会話は、互いが互いの特徴を例えて罵り合うという、よく分からない結果に終わった。

 

 

つい暴言を吐いてしまう相手。それに加えて何故かちょっかいをかけたくなる相手はタツマキにとって初めてだった。

 

 

次の日、扉に蹴りを入れて、ドタバタと転がる少年を見たときは久しぶりに笑ってしまった。久しぶりというよりいつ以来だろうか。自分が笑えることにタツマキ自身驚いていた。その後、少年の「使えない」発言から喧嘩になるが、それもそれで楽しかった。正直、本気でイラついたが、後に残らない気持ちのいい感情がそこに雑じっていた。それが何なのかは彼女も分からなかった。

 

 

事情を知らない少年に励まされり、せっかく差し入れてあげた料理を配膳係が持ってきたと勘違いされたり、しりとりをしたり、そのしりとりをすっぽかされたりと、この3年間で施設で過ごした時間よりも、少年と過ごす時間の方が長く、それでいて短く感じられた。

 

 

時々胸がドキドキと鼓動することがあるが、単に体の不調だろうと無視することにした。

ある時、少年と話していると、このドキドキが瞬時に冷たい、凍えるような底冷えとしたものなったことがある。

 

 

「ふーん。可愛いの?」

 

 

「……言っとくけど、フブキに手を出したら……殺すわよ」

 

 

そのどろどろとした感情の名前をタツマキは知らなかったが、もし妹に手を出すようなら本当に殺そうと、密かに決意するのだった。

 

 

そして月日はあっという間に流れ、少年から出会って一か月が過ぎようとしていた頃、事件が起きた。

 

 

この研究施設に来て初めて鳴り響く警報音と騒々しい悲鳴。どうやら合成獣が逃げ出し暴れているらしい。

 

 

自分ならこんな独房すぐさま脱出できるし、合成獣を殺すことすら出来るだろう。タツマキは自分に備わる力の強大さがよく分かっていた。

しかし彼女は動かない。なんのために彼女が独房に大人しく監禁されているのかと言えば、まだ彼らを信じたかったからだ。このまま、ここに放置なんてあり得ない。私を助けにきてくれるはず。その優しさと勇気が見たかった。自分の力を利用しているだけじゃないと信じたかった。

 

 

だが、現実は非情で、人の思った通りにはいかないものだ。

 

 

―――誰一人として助けにこない。

 

 

この結果をタツマキは受け入れる。まだ11歳になったばかりの少女は、燃え上がらんばかりの激情を、それ以上の怒りで抑えつけた。

つまり彼らは自分に吸い付いた寄生虫なのだ。それなのに人を実験○○のように扱い、利用し、あまつさえ見捨てる。そんな奴ら、いっそ○○して……独房から外を見る目が自然と険しくなる。そんな中、少年が一言「名前」と自分に向かって話しかけてきた。

 

 

こんな時に一体なんだというのか。「……はぁ?」とつい挑発めいた口調になってしまう。

 

 

驚くべきことに、少年はタツマキの名前を知らなかった。タツマキも少年の名前を知らなかった。ついでに少年は自分の名前も知らなかった。

 

 

なんだそれは。タツマキは呆れてしまう。自己紹介すらしていなかったことに今気づくのもそうだが、自分の名前を知らず、適当に名無しなんて名前にしようとする少年のいい加減さにも、笑ってしまいそうだ。

 

 

こっちの気も知らないで……激情の荒波は肩の力が抜けるのと同時に引いていった。

 

 

研究者たちなんてどうでもいい。タツマキはその繋がりを断ち、ここから出ていくことにした。一刻も早く、利用され、捕らわれている妹を助けにいかなくてはいけない。

 

 

すぐに迎えに行こう。

立ちすくんでいるこの馬鹿と一緒に。

 

 

その馬鹿はと言えば、合成獣の方ばかり気にしてタツマキを視界にすら映していない。そんな少年にタツマキは内心ふくれていた。その元凶である合成獣の存在が、無性に気に食わなかった。

 

 

☆☆☆

 

 

飛んで火にいる馬鹿な獲物に向かって、舌なめずりをした合成獣は一直線に飛びかかった。もとになったベースの一つであろう猫科の敏捷性と瞬発力は、僕に動く間すら与えない。どんなに頑丈な扉だろうと、この化け物の前では意味をなさない。その証拠に奴が前足に力を込めただけでコンクリートの床がひび割れている。

 

 

血で真っ赤な鋭い牙を突き立てようと、大口を開けて迫る化け物を前にしたとき、僕は死を直感した。

何もできずに踏み潰されるしかない無力。せめてあの子だけは……ただ一人の友達なんだ。このピンチを救ってくれるヒーローを、どうか……儚い走馬燈が駆け巡るかと思われたその刹那、僕の目の前で信じられない出来事が起きた。

 

 

緑の光に包まれた合成獣が、巨大な力で叩きつけられたように地面に激突したのだ。

 

 

これには唖然とするしかない。もしや僕の超能力が、命の危機に直面して目覚めたのか。力を使った自覚は全くと言っていいほど無く、未だに冷や汗が止まらない。けれど、陥没した床の底で苦しそうなうめき声をあげる合成獣を前にすると、じわじわと自分の持つ強大な力に戦慄「あんた!! 馬鹿なの!? ああもう、馬鹿なんでしょ。ほんと、私がいなかったらあんた死んでるのよ。その自覚あるわけ? 本当に馬鹿」……恥ずかしい勘違いだった。

 

 

いつの間にか独房から外に出た緑の子は、宙に浮かびながら怒りの声を容赦なく浴びせてきた。

どうやら怒り心頭のご様子。僕を睨みつけながら詰め寄ってくる。

 

 

「私が助けてあげたんだから。分かってるわね? 一つどころか一生ものの貸しよ! 勝手に死ぬなんて、絶対だめなんだから」

 

 

頷くしかない。合成獣を一瞬で撃沈させる彼女の超能力もそうだが、纏う雰囲気が怖すぎる。文句を言い続ける今の彼女を止める術はなかった。遮れば合成獣の二の舞になるのは明白だ。まだ地面に埋まりたくはない。どうやって宙に浮かんでいるのかとか、超能力使えたこととか聞きたいことはたくさんあるが、今この場で僕が言うべきは、一つしかないだろう。

 

 

怒鳴り疲れた彼女に僕は、精一杯の感謝の言葉を伝えた。

 

 

「た、たた助けてくれてありがとうございます」

 

 

命の恩人にどもる僕。

 

 

笑えるくらい情けないが、それでも感謝の言葉を口にすると、緑の子も気が済んだのか表情を少しだけ、ほんの少しだけ和らげた。僕もほっとして、自然と安堵の笑みが零れた。すると、僕を凝視しながら緑の子が硬直してしまった。予想外な反応に首をひねるが、そういえば僕はいつも無表情だ。そんな筋金入りの鉄面皮が笑ったことに驚いたというか、度肝を抜かれた緑の子は次第に頬を紅潮させていった。あれ、これまた怒鳴られるかなと、戦慄する僕をさらに戦慄させる、憎悪のこもった唸り声がすぐ傍で聞こえてきた。

 

 

「ぐるぅるるるうるるるるるるるるうる」

 

 

視線をその声の主へとやると、陥没した床から身を起こしこちらを睨む合成獣の姿があった。頭からは血が流れて地面に垂れている。その6つの目からは凶悪な殺意がほとばしっていた。再度、またもや僕に狙いを定めて飛びかかってくる。その巨大な圧力に、今度こそ死を連想するも、緑の子にとっては

 

 

「ああもう! しつこい!!」

 

 

周囲を飛び回る虫程度の存在にしか感じないらしい。今度は左側の壁に思い切り叩きつけ、完全に身動きを封じた。そして合成獣のすぐそばまで接近し、

 

 

「2度目はないわ。恨むならあの研究者たちよ」

 

 

と言うと、右手の人差し指を、くるくると回し、合成獣に止めを刺したのだった。

頭と胴体がねじ切れた合成獣の身体が鈍い音を立てて崩れ落ちた。

 

 

命を狙われた身だが、実験のため人工的に作られ、果ては無残に潰された合成獣の末路に同情しないと言ったら嘘になる。どうにも不憫だ。だがしかし、人を襲い続けていたこいつを放っておけば犠牲者は増え続ける。人間を捕食対象に見ている時点で、始末するしかないだろう。せめて安らかに、と心の中で願う。

 

 

「……これでいいわ。行くわよ」

 

 

緑の子の乾いた声が耳朶を打つ。そのまま緑の子は階段の方へと宙に浮かんだまま進んでいった。その後を追うため、ひび割れた地面に垂まった血だまりに足を取られないように僕は歩き出した。それにしても宙を飛べるって羨ましい。今まで使えなかった強大な超能力を自在に操る彼女を不思議に思わなくもないが、命の恩人にあれこれ詮索する気はない。ただ、今度浮かび方の方法だけは聞いてみようと思った。

 

 

上に上がると、そこは血の雨が降った後だった。見るも無残な死体が散らばり、白い壁のいたる所に消えない染みを作っている。気持ち悪くなり、右手を口に当てた。合成獣の犠牲になった彼らは自業自得ともいえるが、これを見ると痛々しい気分になる。

 

 

そんな大量殺戮の現場にいつまでもいようとは思わない。それは緑の子も同じだった。お互い黙ったまま、次の階段を目指す。

 

 

ここで予想外だったのが、この施設の迷路のような構造だった。もう3度は廊下の角をいったりきたりしている。見取り図や誘導灯なんてないので、ひたすら歩き続けるしかなかった。この身体でこんなに歩くのは初めてだが、特に疲れを感じないのはありがたい。やっと次の階段を見つけると

 

 

「そういえば、自己紹介してなかったわね。私の名前はタツマキよ」

 

 

唐突に話し始める緑の子。タツマキに僕は無表情のまま動揺した。合成獣を殺した後、「行くわよ」と言ったきり喋らなかったのに、ここで普通に話しかけてくるとは。まるで何事もなかったような普段と変わらない口調に少し安心する。

 

 

しかし名前がタツマキって女の子としてどうだろう。彼女を表す言葉としてはこれ以上のものはないとは思うが、いささかどストレートすぎではないだろうか。

 

 

「よろしく。タツマキ……ちゃん?」

 

 

「……はぁ? あんた、私をガキ扱いする気?」

 

 

不味い。ちゃん付けはタツマキのお気に召さなかったらしい。呼び捨てにするか迷ったが、まだ小学校低学年くらいだろうからついそう呼んでしまった。敏感な年頃なんだろうか。子供扱いされるのを大層嫌う。もしもこの子に面と向かってクソガキなんて言った日には、キレて手が付けなくなりそうだ。そんな猛者いないだろうけど。

 

 

「……いや、間違い。よろしくタツマキ」

 

 

すぐさま訂正することにした。不問にしてくれるのか、「ふん!」と鼻を鳴らして、宙に浮かんだままこっちを見下ろしてくる。

 

 

「まぁそれでいいわ。それで、あんたの名前どうすんのよ?」

 

 

「急に思いつくものでもないし、ゆっくり考えるよ。とりあえず今のところナナシって名前が第一候補だから、そう呼んで」

 

 

「嫌よ、そんな適当なの。……特別に、私が付けてあげるわ」

 

 

なんだって? タツマキが僕に名前をくれると言い出すなんて驚きだった……しかし

 

 

「……トルネードとかは嫌だよ?」

 

 

「粉々にしてすり潰すわよ!!」

 

 

目を怒らして僕の鼻先まで顔を近づけるタツマキに、しどろもどろの僕。そんな僕の両頬を引っ張りながら、タツマキは彼女の考えた名前を僕に告げた。

 

 

「いいから、これからあんたのこと、アキって呼ぶから」

 

 

「ファキ??」

 

 

え、思ったより全然いい。季節の中で一番好きなのが秋だし。僕の名前はアキだ。そう思うと、強い歓喜の感情が光のように湧き全身を包み込んだ。血の通わないロボットから人間になれた気がする。僕がコクコクと首を縦に振ったのに気をよくした彼女は、僕の頬から手を放した。

 

 

「これからあんたはアキよ。私が名前を付けてあげたんだから、感謝しなさい」

 

 

「分かった。ありがとう」

 

 

「ふ、ふん! 別にいいわよ。アホな金髪のあんたには、アキって名前がいいと思っただけだし。ちゃんと感謝しなさいよね!」

 

 

え、アキってそっから来てんの? 目からビームでも出してやりたい気分だが、まぁいいや。気に入ったからよしとしよう。

 

 

「ありがとね。タツマキ」

 

 

「いいから行くわよ!! フブキを見つけなくちゃなんだから!!」

 

 

僕から顔をそらし、凄い勢いで飛び去る彼女の耳は赤くなっていた。照れるなんて可愛いところもあるんだな。初めて見る彼女の感情に驚きつつ置き去りにされないよう走って後を追った。

 

 

 

 

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