堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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ユグドラシルで取材を行います。
どんなスクープが得られるのでしょうか?
まぁ、それはやってみないと分かりませんよね。




取材
取材-1


「は~い、こちら現地取材中のパナップでっす。……んっと、本日はギルドランキングを凄まじい勢いで駆け上がっている注目ギルド、アインズ・ウール・ゴウンにお邪魔しています」

 

 真っ黒な六枚の羽をぴょこぴょこさせながら無性的な外観の堕天使アバターを操る――その者の名はパナップ。

 動画の撮影でも始めているのか――右手で鈍器として使えそうなマイクらしきものを握りしめ、耳にかかる程度に切りそろえられた黒髪を左手で整えつつ――用意していたと思われる台詞を喋り始めていた。

 ちなみにカメラマンや音声さんなどは居ない。

 自撮り取材である。

 

「こちらがギルド長のモモンガさんでーす。どうもはじめましてモモンガさん、『ユグドラ快報』のパナップです」

 

「はじめましてパナップさん。今日は取材とのことですが、お見せできる場所がこの第六階層ぐらいしかなくて申し訳ありません」

 

 物腰柔らかで丁寧な対応を見せるのが、謎多き異形種ギルド――危険度最悪、見つかったら即PK、ピンクの肉棒は硬過ぎる、エッチなアバターなら鳥野郎が庇ってくれる、ドイツ語を話せば逃げ出す、妻と子供が待っているとフラグを立てれば聖騎士が飛んでくる等々、よく分からない廃人集団アインズ・ウール・ゴウンを束ねる骸骨ことモモンガだ。

 

 この骸骨はスケルトン・メイジの最上位種オーバーロードとのことだが、今にも名刺を出して交換を求めてきそうな仕草から威厳のようなものは感じられない。

 それよりもこの場所――巨大で勇壮な趣を見せる円形闘技場と、天空に広がる宝石箱とも形容したくなる星空のほうがネタになりそうだ。

 

「いえいえ、今まで誰も突破に成功したことのないアインズ・ウール・ゴウンの拠点、ナザリック地下大墳墓の第六階層に入れて頂けるなんて光栄としか言いようがありません」

 

「ま、まぁ、るし★ふぁーさんが問答無用で連れてきた挙句、あとは宜しくな! と丸投げ状態のままログアウトしちゃったんで……」

 

 深いため息が骸骨から聞こえる。

 どうやらこのギルドも多分に漏れず、多くの問題を抱えているようだ。

 

 ――アインズ・ウール・ゴウン――

 DMMO-RPGで最も有名なゲーム『ユグドラシル』――そのゲーム内で結成された数千ギルドの内の一つであり、最近になってギルドランキング二十位以内に喰い込んできた勢いのある集団だ。

 メンバーは三十六名。

 全員が異形種アバターで社会人プレイヤーらしい。

 とまぁ普通に紹介しているがちょっと――いや、ちょっとどころではなくおかしな点がある。

 

(たった三十六人で……どうやったらギルドランクを二十位以内に上げることが出来るのだろうか?)

 

 パナップは笑顔のアイコンを表示させながら、多くの疑問をリストアップする。

 偶然にもアインズ・ウール・ゴウンのメンバーと接触出来、取材OKとの返事を受け、拠点にまで連れて来てもらえたのだ。

 この幸運を手放すわけにはいかない――特ダネ確保である。

 

 レイドボスを一回目の挑戦で倒したという噂は本当?

 ギルド最多の六個にも及ぶワールドアイテムを、どうやって集めたのか?

 上限六十人で挑むべきワールドエネミーを、たった三十六人で倒した方法とは?

 なにをどうすれば十二ものギルドを潰せるのか?

 

(廃人ギルドとか違法改造集団なんて言われているけど……。ギルド長は優しそうな常識人っぽいなぁ)

 

 もしかして答えてくれるかも――なんてちょっとした期待を持つ堕天使記者。

 その前では大魔王が羽織っていそうな絢爛豪華なローブで威厳を保つ骸骨が、骨の指を額に当てつつ、アイコンでは表示し難い複雑な心境に苛まれていた。

 いや、表示するとしたら頭を抱えているアイコンが最も適しているのかもしれないが……。

 

(おいおい、どーすんだよこれ! 一時的に転移阻害の機能切ってくれ、って言われたからその通りにしたら記者を連れてくるなんて……。 るし★ふぁーさん後先考えてないでしょ! 他の皆にどう説明したらいいんだよー!)

 

 部外者を勝手に入れた挙句に逃亡。

 毎度の事とは言え、るし★ふぁーの問題行動には悩まされる。

 

(――ははは、悪いことばかりじゃないですよ。とっさの対応能力が磨かれます――なんてぷにっとさんは言っていたけど……、あれは慰めに違いないなぁ。うん、絶対そうだ)

 

 ギルド長はなんだか遠い目をしている。

 堕天使記者パナップは、表情が反映されないシステムでありながらも……まんま骨しかない骸骨野郎の顔に空しい空気を感じていた。

 

「そ、それではモモンガさん。せっかく御会いする事が出来たのですから聞かせて頂きますね」

 

 ちょっとだけ声が上擦る。

 ここからが記者としての腕の見せ所なのだから緊張もするだろう。

 今から不利益になりかねないギルド又はプレイヤーの秘密を公開してもらおうというのだ。

 もちろん普通に答えてくれるとは思えないし、思うわけがない。

 

「モモンガさんはPvPの勝率が六割を超えている事で攻略サイトも複数立てられている訳ですが、いまだに勝率の低下が見られません。何か特別な対応策でもあるのですか? 宜しければ少しだけでも……」

 

「ああ、その事でしたら――」

 

 ――PvP(プレイヤー・バーサス・プレイヤー)――

 他のプレイヤーとの戦闘対決であり、PKに直結する行為でもある。

 集団戦個人戦、不意打ち待ち伏せ狙い撃ち、目立つプレイヤーを積極的に狙う輩もいるし、異形種ばかりを狙う奴もいる。

 そのように千差万別のPvPだが、大別すると二つに分けられる。

 相手の同意が有るか否かだ。

 同意が有る場合をPvP、無い場合をPKと呼ぶ人もいるが、堕天使記者の言葉にある勝率に関しては言えばどちらの結果も反映される。

 要するにどんな状況であれ――勝つか負けるかなのだ。

 

「――私の場合フィールド上でPKされる事はありませんからね。アインズ・ウール・ゴウンの仲間と行動している場合がほとんどですから……。ただ『決闘』はよく挑まれますので、その結果なのでしょう」

 

 モモンガの語る『決闘』とは、条件付き同意PvPシステムの事である。

 互いが納得した条件の下で余人を排し、正面から殺し合う。

 ちなみに条件として「デスペナルティ無効」も設定できるので、腕試しに行うPvPとしては人気が高い。

 

(ウルベルトさん曰く、緊張感が足りないので実際の腕前を見るには不適当――って言っていたけどね)

 

 メンバーの一人ウルベルト・アレイン・オードルはガチビルドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

 レベル配分も使用魔法も、装備やアイテム、スキルの相乗効果を狙った能力上昇に至るまで、全てが『最強』を目指した組み合わせである。

 ぶっちゃけギルド長のモモンガより強いし、ギルドメンバーの中でもワールドチャンピオンたっち・みーと並び――誰にも挑まれない反則級プレイヤーだ。

 

「えっとモモンガさん、決闘ならば尚更不利なのでは? 挑んでくる相手は事前に対策を立てていますよね。それに対してモモンガさんは初見の相手……それでいったいどうやって?」

 

 ウルベルトに粉々にされた過去のトレーニング風景を思い出しつつ、モモンガは――記者の放った疑念だらけの問いを耳にして――ふと我に返る。

 

「ええ、疑問に思うのも当然です。私はドリームビルダーですし、正面から戦ったら武装やアイテムの力を借りても勝利を得るのは困難でしょう」

 

「はい、確か攻略サイトにも載っていました。死霊系特化型魔法詠唱者(マジック・キャスター)……ですよね」

 

 強さとは縁遠く一見戦闘の役には立たないであろうスキルや魔法――そんなものをわざわざ所持し、死霊系に偏った魔法詠唱者(マジック・キャスター)を演じている骸骨モモンガ。

 なぜそんなことをしているのか?

 無論、格好良いから! それがドリームビルダーとしてのロマンだからだぁ!

 

「げふんげふん……えー、仰る通り私の攻略情報は既に晒されているので実際のところ非常に不利です。ですから決闘を挑まれた場合は常に『三連戦』を条件に掲げているのです」

 

「えっと三連戦……ですか?」

 

 記者パナップは決闘に用いられる条件提示の内容に思考を繋ぐ。

 確か決闘の条件提示は挑まれた側が優先権を持ち、挑んだ側がそれを了承する事で成立するものである。

 挑んだ側が納得しなければ決闘自体始まらないし、その事で挑まれた側が逃げたとは言われない。

 ただ挑戦者が条件を受け入れたのにも拘らず拒否した場合や、条件提示すら行わずにその場から離れた場合は、PvPの勝率と共に逃亡回数として公開される。

 いくらPvPの勝率が高くとも、逃亡回数が全戦闘回数の九割を占めていたら嘲笑の的であろう。

 つまり逃げ回っている腰抜け野郎って意味だ。

 

 そしてモモンガの場合は――三回戦って勝敗を決めようと提示しているのである。

 

「私は一回目の戦闘を情報収集の戦いと割り切ります。負け前提で相手に喰らい付き、武装や魔法、アイテムにスキル、加えて戦いの癖などを読み取るのです。出来れば相手の切り札なんかも出させたいですね」

 

「一回戦をわざと負ける!? 情報を得る為に? いやでも、分かったからと言って一回戦終了時から二回戦開始までは一分程度しかありませんよ。そ、それでどうやって対応すると言うのですか?」

 

 そりゃ~ある程度は分かるだろうさ。

 パナップの心境は――何言ってんのこの骸骨! である。

 相手の攻撃属性に合わせて対抗手段を取るのは当たり前だ。一分しかなくてもやれる事はあるだろう。

 しかし攻撃属性は大抵複数だし、その組み合わせは無限だ。スキルによる攻撃もあるし、相手が持つ武具の効果も考慮しなくてはならない。

 アイテムなんか使われたらどうしようもなくなるし、個人が扱う魔法の種類だけで三百にも及ぶ。

 

(考えているだけで一分経つよ! それに相手だって黙って見てないでしょ)

 

 モモンガの答えはあまりに荒唐無稽だ。一分で相手に合わせた戦術を組み立てられる訳がない。

 更に言うなら変更した魔法や装備で全力戦闘できるものか――不慣れな戦い方で勝利を得られるなんて相手をバカにし過ぎだ。

 決闘を仕掛けてくる相手はレベルカンストのガチビルドプレイヤーがほとんどなのだから、少しばかり戦い方を変えてくることぐらい織り込み済みだろう。

 

「問題ありません。一分もあれば充分ですし、情報を読み取られた相手が二回戦目で別の戦術に切り替える可能性も考慮して組み立てられます」

 

「……は?」

 

 まるで当たり前のように――五百円ガチャにボーナス全額突っ込むのは当然ですと言わんばかりに――そのギルド長は偉ぶる気配も自慢する態度も見せず、堕天使記者へ語った。

 

「三戦目は二回分の情報が集まりますから勝率はさらに高くなります。私の場合、情報が集まった場合のPvPなら充分に勝機がありますからね。まぁ、たま~に失敗して一勝二敗とかで負け越す場合もありますが、三戦全勝の場合も稀にありますので勝率的には大きく変動しないでしょう」

 

『決闘』の三連戦では、全ての勝敗がPvPの勝率に影響する。

 故に二敗したからといって逃げ出すプレイヤーはいない。

 事前に両者が持ち寄った「勝者に与えるべき物品」は二勝した者の手に渡ってしまうが、勝率の事を考えれば最後まで戦わねばならないのだ。

 ちなみに超有名人たっち・みーの『決闘』はデスペナ有りの一回勝負、勝利景品にワールドチャンピオンしか装備できない鎧を提示する為、同等品以上を持ってくる必要のある挑戦者は今のところ皆無――である。

 

「あぁ、パナップさん。この程度の事は当たり前にこなさないとアインズ・ウール・ゴウン内でのトレーニングには付いていけませんよ。メンバーの一人――タブラさんなんかは毎回突拍子もない魔法の組み合わせで襲い掛かってきますからね。対応するだけで一苦労ですよ」

 

 骸骨は乾いた笑いを放っている。

 何やら過去に嫌な思い出があるらしい。と言っても乾いた笑いを放ちたいのはパナップのほうだ。

 愛想笑いのアイコンを打つことすら忘れてしまう。

 人外魔境に来た気分だ。

 

(これがハッタリで言っているのなら救いはあるけど……この骸骨のPvP勝率が高いのは事実だし。嘘を言っているようにも見えないし――骨だから分かんないけど)

 

 うむむ~。

 これは記事にできる内容なのだろうか?

 パナップは自分の所属するギルド「ユグドラ快報」に戻って記事を作成した場合の事を考える。

 

(モモンガの強さの秘密はプレイヤースキルの高さでした~って、スクープでもなんでもないよね。他に何か聞き出さないと帰るに帰れないなぁ)

 

 チラッチラッと優しそうな骸骨に視線を送る記者パナップ。

 物欲しそうな態度を見せるのは記者としてどうなの? ――とは自分でも思うが、この骸骨なら何とかしてくれそうな気がする。

 迷惑を迷惑とも思っていない、無茶ぶりを当然のように対応する、困っている人を見捨てられない。

 そんな空気が――骨の隙間から響いてくる口調に感じられるのだ。

 

「あぁーそうだった。私のPvP勝率が高い一番の理由を言い忘れていましたよ」

 

「わっほい! 待ってましたモモンガさん」

 

「ん? わっほい?」

 

 聞き間違えかな?

 なんて首を傾げる骸骨の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、ぐいぐい近づいてくる堕天使を前に語り出す。

 

「え~、実のところ私がPvPで三連戦を提示した場合でも、勝ち越せなかったり三連敗したりする相手は結構いるのですよ。今すぐ名前を挙げられるだけでも二十人以上……」

 

「マジで? ってかそれがどうして勝率の高さに繋がるの?」

 

「まぁなんと言うか、その二十数人に負けても私の勝率は全く下がらない……ってことなんですけどね」

 

 もったいぶった言い方をする骸骨は退治しても良い気がする。

 堕天使の前は天使族で神聖属性の魔法を習得していた信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったから、全力なら少しはダメージを与えられる気がする。

 パナップは反撃されたら塵になると分かっていても、見上げた先で言葉を濁らせる骨野郎にPvPを挑みたくなっていた。

 

「あぁ、すみません。はっきり言いますとギルドメンバーの事なんですよ。ギルドメンバー間で行われるトレーニングPvPは、勝率に影響しませんからね。いくら負けても大丈夫ってわけです」

 

 モモンガ曰く、自分より強い奴はいっぱい居るけどほとんど仲間だから問題ない。

 集団戦でも仲間がいるから負けないし、一対一の場合は情報集めて勝ち越し狙うよ――ってな訳だ。

 

(仲間のおかげってこと? これって謙遜なのかな? でも『決闘』で勝っているのは事実なわけで……。うむむ~~ん、美談なのかこれは?)

 

 スクープは諦めて涙を誘う美談にすべきか?

 煌めく星空の下、巨大な円形闘技場のど真ん中で骸骨と話し込んでいた堕天使は、このインタビューの落としどころに頭を悩ませていた。

 しかし何も問題は無い。

 堕天使が頭を抱えようとも、対面する骸骨が不思議そうに首を傾げようとも――全ては水泡に帰すのだ。

 ある男の登場と共に。

 

【るし★ふぁーがログインしました】

 

「ぅえ?!」

 

 飛び込んできたメッセージに思わず声が漏れる。

 先ほどログアウトしたばかりのギルドメンバーが再ログインしてきたからだ。

 更にその問題児が、いつもの第九階層の円卓ではなく目の前――第六階層円形闘技場の観客席――に現れ、見た事も無い仮面の道化師に扮していれば混乱もしよう。

 ……混乱の完全耐性を有しているというのに。

 

「にゃははははは! モモモンちゃん、イチャイチャパラダイスはそこまでだぜ! ここからは俺っちのターンだ!」

 

「モが多いし、誰がイチャイチャして……いや、それよりなんで外装を変身させて? いやいや、それより貴方が連れてきたんですから責任取って下さ――え?」

 

【ウルベルト・アレイン・オードルがログインしました】

 

「どぅえ?!」

 

 モモンガはアンデッドで骸骨だから感情の起伏が無い――なんてのはゲームの話だ。

 実際は円形闘技場の観客席最前列に登場した新たなギルドメンバーを目撃して、奇妙な声を零れ落とさずにはいられない。

 




取材って大変ですよね。
ギルド長も……きっと大変なんでしょうね~。

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