堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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人生色々。
一寸先は闇。
ほんと、世の中は戦場なのです。



裏切り-3

「ぐがが、そうだった……」

 

「ん? どうかしたんですか。パナップさん?」

 

 宝物殿の最奥で突然頭を抱えるギルドメンバーの姿は実に奇妙である。ギルド長でなくとも声を掛けずにはいられない。

 

「思い出したんですよ! 千五百人討伐の時、私と弐式さんで討伐数トップを独占したと思っていたのに、何処かの誰かさんがぶっちぎってくれちゃってまぁ」

 

「あはは、あの時の事ですか。……懐かしいですね。ほんとうに――」

 

 過去の想いは人によって様々だ。同じ現場に居ようとも――堕天使は酷い思い出だったと唸り、骸骨魔王は仲間との楽しいひと時だったと胸を熱くする。

 ちなみに千五百人に対する拠点防衛戦での討伐数ランキングは以下の通りである。

 

 一位:モモンガ    討伐数 六百二十三体

 二位:ルベド     討伐数 百十五体

 三位:弐式炎雷    討伐数 九十三体

 四位:ウルベルト   討伐数 八十一体

 五位:フラットフット 討伐数 六十七体

 ~中略~

 十位:パナップ    討伐数 四十八体

 ~以下略~

 

「ああもう、今までにないくらい倒しまくったのに~! ルベドにも負けるし、モモンガさんは一撃であの数だし……ん~、くやしい!」

 

「あの後散々悔しがっていたのに、まだ足りなかったのですか? パナップさんも結構負けず嫌いなんですねぇ。まぁ、あの討伐数は世界級(ワールド)アイテムとか超位魔法を使っての結果ですから仕方ないですよ」

 

 口で言うほどパナップは悔しがっている訳ではなさそうだ。それに堕天使を宥めている魔王様も、昔を思い出しているようで何だか口調が楽しげである。

 そう――あの時は輝いていた。

 アインズ・ウール・ゴウンはユグドラシルの中で他に類を見ないほど燦然と輝き、最高十大ギルドの一つとして知らぬ者が居ないほどの名声を獲得していた。

 それなのに……。

 

「ふふ、モモンガさん。アインズ・ウール・ゴウンは凄いですよね。私、このギルドの一員になれてホント良かったと思っていますよ」

 

「……パナップさん。……はい、ありがとう、ございます……」

 

 モモンガは何かを言いたかったのだろう。少し戸惑い、思案し、それでも口に出来たのは感謝の一言だけだ。

 一緒に遊んでくれて――戦ってくれて――ギルドの維持費を稼いでくれて――こんな宝物殿の奥、霊廟入口にまで付いてきてくれて……。

 

「……行くのですか?」

 

「はい、パナップさんは少し待っていて下さい。あの不格好なゴーレムを見られるのはちょっと恥ずかしいので……」

 

 パナップは自然な仕草でモモンガから指輪を受け取った。これで何度目になるだろうか、霊廟へ入っていくギルド長の後姿を眺めるのは――。

 その歩む先に何があるのか、パナップは知っていた。引退していったギルドメンバーの姿を模したゴーレム、それらが安置されているのだ。メンバー各々がモモンガに託していった最強の装備と共に……。

 

「モモンガさん!」

 

「はい? どうかしましたか、パナップさん」

 

 ギルド長が霊廟に足を踏み入れる寸前、パナップは声を上げた。どうしてそのような真似をしたのか自分でも分からない。

 モモンガが不思議そうに首を傾げるも、パナップは制御できない己の感情を言葉にする。

 

「私の分は必要ありませんから! 絶対、ぜったい用意しないで下さいよ! もし課金して設置してあるなんて言ったら、叩き壊じまずがらー!!」

 

 アバターの表情は変化しない。使用しているプレイヤーがどんなに喚こうとも泣こうとも――。ただ、無表情な堕天使の口から涙声が零れるだけだ。

 

「はい、……約束します。パナップさん」

 

 アバターの表情は変化しない、故にアイコンで感情を伝える。だがモモンガは敢えてアイコンを使用しなかった――使用できなかった。今のモモンガの感情を表すアイコンなんて、何処にも用意されていなかったからだ。

 

「行ってきます、パナップさん」

 

「はい。いってらっしゃい、モモンガさん」

 

 たった二人のギルドメンバーは短く言葉を交わし誓いを正式なものとした。もちろんユグドラシルにそんな機能は無いし造る事も出来ない。

 ただの儀式だ――何の意味も無い。ステータスが強化される訳でも無く、耐性が得られる訳でも無い。

 何も無い――だからこその誓いなのだろう。その尊さは他の誰にも理解されない。二人だけの、二人にしか分からない、そんな安っぽくてちっぽけな三文小説にでも載っていそうな胸を抉る強い想い。

 

 ギルド長の足音が小さくなっていく中、パナップは空虚で静かな空間に一人佇み、モモンガに変身させたパンドラを眺める。そして――言い切れなかった想いをこっそり囁く。

 

 

 その翌日から、パナップは何も告げずログインしなくなった。

 

 

 ◆

 

 

 ある一人の会社員が出社すると、自分のデスクに一枚の紙が置いてあった。

 今時紙による連絡なんて珍しいものね――と思いながらA4サイズの用紙を眺めると、そこには人生を左右する文面が並んでいた。

 

 会社は吸収合併される。一部を除き、全社員は解雇される。再雇用を希望するならその意思を示すように。なお再雇用にあたっては給与の大幅な減額が行われる。会社で用意した寮に入ってもらうので、今の住居は退去するように。加えて雇用契約は結ばない。

 

 ――雇用契約は結ばない。

 

 思わず二度読み込んでしまったが文面は変わらない。

 血の気が引いていくのを感じながら周囲を見渡すと、同僚達が慌ただしく動き始めていた。何処かに電話を掛ける者もいたし、上司に詰め寄る者もいた。

 中には役所の相談窓口を調べている者もいたが……。もちろん企業が力を持っている現代において何の意味も無い――と分かっていながらも立ち止まれないのだろう。

 

「どうしよう……、どうしたら」

 

 手にした用紙に書かれている内容は単純明快だ。

 餌をやるからタコ部屋で死ぬまで働け――である。雇用契約を結ばないということは、会社にとって存在しない人間であることを意味する。

 職場内で事故に遭っても、無職の人間が会社の敷地内に無断で入り込んで怪我をした、と処理されるだけだ。給料だってまともに支払われるかどうかも分からない。

 だが再雇用を蹴ってしまうと残された道は転職だけだ。今の世で雇ってくれる企業があるかどうか……。無ければ、そのまま野たれ死ぬだけである。

 

「この条件で再雇用してもらっても……先は無いか。……くそっ、ふざけんなよ」

 

 口が悪くなったのはゲームのせいだ。でも、そんな事はどうでもいい。今は他にやる事がある。新しい仕事を探さねば生きる事も出来ない。

 

「転職か……。あぁ、二十代半ばにして無職になるなんて……。私が一体! 何をしたって言うのよ!」

 

 叩きつけた拳に痛みが走る。周りにいた同僚が微かに視線を向けてくるが、それ以上は何も言ってこない。自分の事だけで精いっぱいなのだろう。その気持ちはよく分かる。

 

「くそっ、くそ! ちくしょー! ……はぁ、……ふぅ、このままじっとしていてもしょうがない。まずは退職の手続きをして、次に転職先を――」

 

 一人でぶつぶつ言いながらも、私は必要な勤務データを漁りはじめた。一方的な解雇通告とは言え、会社の体を成している以上データ上の手続きは必要だ。次に働くであろう職場にも幾つか提出しなければならない。次があれば――だが。

 

「私の貯金で何時まで持つ。半年か、一年か……。いや、切り詰めればなんとか……」

 

 今の時代、職を探すのは至難の業だ。それも人間扱いしてくれる職場となると更に厳しい。労働力は消耗品の類であり、使い捨てにされる価値の低いナマモノだ。

 企業の上に居る奴らと構造上は同じはずなのに、どうしてここまで違った人生を歩むことになるのか。……答えは出ない。

 

「やるしかない。やるしかないんだ!」

 

 

 ◆

 

 

 人は拒絶され続けると己の価値に疑問を抱いてしまう。生きている意味はあるのか? 居なくなったところで誰が悲しむのか?

 母子家庭であり、その母も三年前に居なくなってからは孤独な一人暮らし。ここ数年は家と職場の往復しか記憶にない。無論、リアルでの記憶だが……。

 他の思い出は全てデジタルだ。誰かの手によって造られた虚構の世界で、現実を忘れる為に遊びふける。

 ――そんな恵まれた日々から放り出されて、否応無しに会社巡りへと送り出され、断られ続ける事半年以上。自分の人生に疑問しかなくなり、生きる為に女の武器を使うしかないのか――と唇を噛み締めていた頃、拾ってくれる企業が現れた。

 人として扱ってくれて雇用契約を結んでくれる――そんな奇跡のような出会いだった。給料は安いし労働条件も楽なものではない。一年契約であり、その先は白紙状態の将来に不安が残る案件だ。

 だがそれでもほっとしたのは確かであろう。まだ大丈夫、生き残れる――生き続ける事を許されたのだと……。

 

「あぁ、メールがいっぱい……。全く確認してなかったからなぁ。いい加減何とかしないと……」

 

 この半年以上もの間、目を通していたのは会社関係のメールばかりだ。プライベートのメールなんて最後に見たのが何時なのかすらも思い出せない。

 そう――確認するまでも無いのだ。親しい友人も、恋人も、全て居ないのだから気に掛ける必要も無い。

 

「ユグドラシル関連が多いな~。サービス終了が近いからサヨナライベントでも呼び掛けているのかな? ってあら……これは」

 

 転職活動中であっても有名DMMO-RPGが終了するというニュースは耳に入っていた。時代遅れ感が漂うゲームではあるが、長期に渡って多くの人員が関わってきたのだから特集の一つぐらい製作されるだろう。メディア媒体で流れる機会も多くなろうし、目や耳を閉じていない限りは知り得る情報だ。

 とは言え、そんな情報などに意味は無い。一つのゲームが終了する事に何の価値があろうか。

 意味が――価値があるとすれば、それは――

 

「モモンガさん……、ごめんなさい……」

 

 その人物からのメールは三通。近況を窺い健康を気遣う文面。そして大変な状況であろうと推察し、何も気にしないで現実の自分を大切にしてほしい――と。

 

「……ごめんなさい」

 

 自分以外誰も居ない空虚な部屋で謝罪の言葉だけが漂う。そんな事をしても意味が無いのは自分が良く知っている。だけど、意味がなかろうとも謝らずにはいられないのだ。

 最後に会ったあの時、口にした誓いは本物だった。ユグドラシルが終わるその瞬間まで、共に寄り添っていようと本気で思っていたのだ。

 それなのに――

 

「仕方ないじゃない! こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだから! しょうがないでしょ? ……そうでしょう、……モモンガさん」 

 

 問い掛けに返事は無くとも、どんな答えが返ってくるのかは分かっている。

 あのギルド長は怒らない。「ふざけるな!」と怒号も飛ばさない。一緒に居ると誓った仲間が次の日から全く来なくなっても、優しい気遣いのメールを送ってくる人だ。

 話せば分かってくれる。でも……合わせる顔が無い。

 

「あれから……時間が経ち過ぎだよ。今更どうしろって――えっ?」

 

 言い訳に言い訳を重ねて自責の念を軽くしようともがいても、それをあざ笑うかのように一通のメールが目の前に届いた。

 なんというタイミングなのであろうか。まるで、座り込んだまま何の行動も起こせないでいる小娘のケツを蹴り上げるかのようである。

 

「あ、ああ、モモンガさん。もう……最後なんですね」

 

 四通目であり、恐らく最後になるであろうギルド長からの文面は、

『お久しぶりです、パナップさん。モモンガです。ユグドラシルのサービス終了まで残り一週間となりました。そこで、最終日に皆さんと集まってお話でも出来たらと思い、御連絡させていただきました。もちろんお忙しい方が多いと思いますので、全員が集まる事は不可能でしょう。それでも御時間がある人は、少しだけでも顔を出してくれると嬉しいです。私はサービス終了時間まで、ナザリックでお待ちしております』

 

 感情を滲ませない文面でありながらも、なんだか透けて見えてくる。

 来てほしいと……。

 今までのモモンガは相手に気を使わせないよう、言葉の端々に配慮を重ねていた。それなのに今この時、送ってきたメールの文面には抑えきれなかった感情の一端が垣間見える。

 たった一人でアインズ・ウール・ゴウンを保持し、皆が帰ってくるのを待っていたその人は、最後の時にいったい何を思うのだろう。

 

「会いたいなぁ。でも……、最後にあんな裏切り方をしておいて……無理だよぉ」

 

 今すぐ会いに行きたい。

 これまで自分の身に何が起こっていて、私がどんな想いで居たのか。それを知ってもらいたい。決して貴方を裏切って逃げ出したんじゃないと、嫌になってアインズ・ウール・ゴウンから去ったんじゃないと――。

 

(でも駄目だよぉ、私が居なくなったのは事実だし……。モモンガさんだって、私の言い訳を全部呑み込めるわけがない。必ず……溝が出来る)

 

 希望と現実は違う。

 優しく迎えてくれる、あのギルド長はそんな人だ――と思う一方で、感情を持った一人の人間として怒りを内包させているに違いないとも思う。面と向かっては平静でも、態度や言葉の端にほんの小さな隙間風を感じてしまうに違いない。

 

 少しだけ、部屋の隅に押しやっていたフルフェイスヘルメットを見つめる。半年以上前から指一本触れていない機材だ。それ以前は毎日のように起動させていたというのに。

 

「ごめんなさい、モモンガさん」

 

 謝罪の意味で謝った訳では無い。ただ、許されたかっただけだ。あの人ならばきっと――大丈夫ですよ、何の問題も有りません――と返してくれるに違いないから。

 

(卑怯だ! 私はなんて……、なんて卑怯者なんだ!)

 

 人を騙して、情報を盗んで、その結果騙されて――なぜかアインズ・ウール・ゴウンに加入して、めちゃくちゃでハチャメチャで、凄く楽しくて……。

 そして最後に自分を騙して逃げ出した。

 

 堕天使アバターのパナップは結局のところ、堕ちた天使にお似合いの結末を辿ったのかもしれない。

 




その日まで後僅か。
去る者と残る者。
結末や如何に?

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