堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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異世界転移のその時、
NPC達はいったいどのような心境だったのでしょう。

もしかしたら、まったく変わっていなかったりして……。



~狭間~
ゆりゆりゆりあるふぁ


『付き従え』

 

 その御言葉を聞いた時の衝撃は、まるで全身を電撃(ライトニング)が貫いていったかのようでした。動かないはずの心臓が脈打ったように、無い筈の鼓動が激しく高鳴るように――その至高の瞬間はあまりに至福のひと時でありました。

 しかし何事も無かったかのように頭を下げ、御命令に従わねばなりません。それこそが造物主に、至高の御方々に与えられた絶対の(ことわり)なのです。涙を流してその足元にひれ伏したい想いはありますが、許される事ではないのです。

 それにしても御姿を見せて頂けるだけでなく、御勅命を与えて下さるとは……このような名誉に授かるのはいったい何時以来でしょうか。

 造物主が御隠れになり、至高の御方々が一人また一人とナザリック地下大墳墓から遠ざかり、モモンガ様ただ御一人の気配しか感じられなくなって幾時が流れたのか……。

 最近ではタブラ・スマラグティナ様が慌ただしく第十階層を歩いておられましたが、付き従うよう命じて頂けなかった事を少し悲しく感じてしまいました。いえ、不満などではありません。御役に立てなかった無力さを嘆くのです。

 他の御方々と言いますと、先程まで円卓の間に何方(どなた)かおられたように感じましたが、(しもべ)の身では御方々しか入る事を許されない秘匿の間での出来事は分かりかねます。出来ますれば御姿を拝見したかった、と思わずにはいられません。

 ……そういえば、数日前にパナップ様の気配を感じた瞬間がありました。それほど滞在されなかったのでしょう。直ぐにお帰りになられたようです。そう『りある』という至高の御方々が住まう世界へと――。

 

『ウルベルトさんか……』

 

 モモンガ様が呟かれた御名前は、随分前に御隠れになってしまった御方の名です。御姿を見る事は叶わなくとも、モモンガ様の御声でその御名を拝聴できるとは、デミウルゴス様が羨むほどの栄誉でしょう。今日この日はなんと素晴らしき――

 

『――病だったからなぁ……』

 

 しみじみと語るモモンガ様の御言葉は信じられない――いえ、信じたくないと懇願せずにはいられない身を削るほどの衝撃をもたらすものでした。あの最強の名を冠する魔法詠唱者(マジック・キャスター)のウルベルト様が御病気だったとは……。

 何という事なのでしょう。至高の御方々が御隠れになったのには、何か重大なる理由が存在すると思っておりましたが、まさか病に倒れたが故にナザリックを去らなければならなかったなんて……。

 もしかすると、やまいこ様の身にも何か――いえ、至高の御方々の情勢を推察するなどおこがましいにも程があります。今は使命を全うする時、モモンガ様に全身全霊を以てお仕えする時なのですから。

 

『……さて、襲い――て来――な?』

 

 玉座の間へと続く両開きの大扉を前に、モモンガ様は不安そうな囁きを漏らされました。いえ、モモンガ様が不安を持つなど有り得ない事です。何かの間違いでしょう。全長五メートルにもなる巨大な扉に彫り込まれた女神と悪魔の巨像は、至高の御方であらせられるるし★ふぁー様の手によるものだと聞いています。その扉を前にしてモモンガ様に何の不安があるというのでしょう。

 

『――怒りますからね』

 

 玉座の間へ入る直前、大扉の前でモモンガ様が発したその御言葉は、あまりに恐ろしいものでした。優しげに、何かを懐かしむような表情を見せているにも拘らず、発せられた御言葉は(しもべ)の身を引き裂く神の一言。

 何か失態を演じたというのでしょうか。

 絶対の忠誠を持って付き従い、命を差し出せと仰るならば即座に己の頭骨を叩き割る覚悟です。それ故に――知らぬ内にモモンガ様を不快にさせていたと言うのなら、それだけで万死に値しましょう。

 

『おおぉ……』

 

 モモンガ様は恐れに身を震わせる(しもべ)の姿を見ることなく、玉座の間へと進まれました。感嘆の声を上げる至高の御方の御姿は、愚かな(しもべ)の失態など意に介さない絶対の主たる威光を放っておられました。――いえ、矮小な存在に慈悲を与えて下さったのかもしれません。

 モモンガ様は慈悲深き御方、至高の御方々の纏め役であり、ナザリック地下大墳墓に残ってくださっている最後の御一人なのですから。

 

『そ――までで――い』

 

 モモンガ様が口にされた御言葉に、何故か霞がかかったような気がします。はっきりと聞き取れないのです。なんという事でしょうか、こんな失態は初めてです。(しもべ)として、プレアデスの副リーダーとして、絶対の支配者たるモモンガ様の御言葉を聞き取れないなど有ってはならない事です。

 命を以て償うべき失態でありましょう。

 

『――待機』

 

 心を撃ち抜くような美しい一言がモモンガ様から放たれ、ボクの身に命令という名の許しを与えて下さいました。

 本当ならその場で平伏し、感謝の言葉をお伝えしたいところではありましたが、頂いた命令に従う方が先です。即座に脇へ控え、玉座に――あるべき場所へと進まれた最高の主人を見つめます。

 一介のメイドが主人を見つめるなど不敬だったのかも知れませんが、守護者統括のアルベド様がモモンガ様の隣に控えている光景は、ナザリックの(しもべ)にとって涙を流さずにはいられない理想そのもの。無論、モモンガ様の前でそのような無様な真似は出来ません。玉座の間に入る事を許されているだけでも畏れ多いというのに、モモンガ様の顔に泥を塗るような失態は絶対に避けなければならないのです。

 

『どんな――かな?』

『……え? ――これ?』

『――ッチって……罵倒の――なぁ』

『ああ、ギャップ萌え――タブラさんは。……それ――』

『うーむ』

『変――るか』

『まぁ、こんな――』

『馬鹿――なぁ』

『うわ、――かしい』

 

 アルベド様と向かい合うモモンガ様は、どこか楽しげで、でも恥ずかしそうで、驚くような仕草を見せたかと思えば、何かを考え込んでいるかのようでもあり――そのような御姿は今まで見た事がありませんでした。

 なんと美しく素晴らしい光景なのでしょう。第十階層で侵入者を待ち続けた日々において、これ程までにモモンガ様の表情を拝謁出来る日が来るとは、露ほども想像しておりませんでした。恐らく守護者の方々でも経験されたことのない至高の栄誉でありましょう。アルベド様の所持されていた究極ともいえる武具を見て、モモンガ様の御加減が少しばかりよろしくない方向へ動いたかと邪推いたしましたが杞憂だったようです。

 

『ひれ伏せ』

 

 胸を打つ御言葉でした。即座に片膝を突き、溢れんばかりの忠誠を捧げます。この場に於いてモモンガ様に跪けるという事が、(しもべ)としてメイドとして、いったいどれほど喜ばしい事か。許される事ならモモンガ様に対して忠誠の儀を捧げたいほどです。

 

『過去の遺物か――』

 

 どこか遠くに投げかけられたような御言葉に、どのような意味が込められていたのでしょうか。知る事の叶わぬ無知な己に恥じを――御役に立てぬ無能な身に絶望を感じます。この失態を払拭できる機会を与えていただけるのであれば、これに勝る喜びはないのですが……。

 

『俺、たっち・みー、死獣天朱雀、餡ころもっちもち……』

 

 ボクの失態を余所に、モモンガ様は至高の御方々の名を読み上げておられました。うっとりと酔いしれてしまいそうになる一時であります。造物主であらせられるやまいこ様の名が呼ばれた時などは、思わず歓喜の声を上げてしまうところでした。

 

『そうだ、楽しかったんだ……』

 

 何処か悲痛な感情を滲ませる御言葉でした。何か気がかりな事が御有りになるのでしょうか。もしそうであるのなら、ナザリック全軍をもってしてモモンガ様の不安を取り除く所存であります。

 ――どうか御命令を。

 御許し無く言葉を発する訳には参りませんが、モモンガ様の御心を乱す要素は取り除かねばなりません。セバス様と我等プレアデス一同は、その為に存在すると言っても過言ではないのですから。

 モモンガ様は目を閉じておられるのでしょうか、静かに時の刻みを数えているかのようです。何かを待っておられるかのように、来るべきその時を拒むかのように……。

 恐れながらモモンガ様は、ボクの考えが及ばない至高にして複雑怪奇な思索を巡らせておられるのでしょう。

 

「……ん?」

 

 何かの異常に気付かれたのか、モモンガ様が不意な一言を発せられました。と同時にアルベド様とセバス様が、どのような些末な異常も見逃すまいと気配を凝縮させ、次に起こるであろう不穏な事態に備えます。

 

「……どういうことだ?」

 

 モモンガ様が疑問に感じる事象に、ボクのような(しもべ)がお答えできるはずもありません。なぜなら、モモンガ様が何に対して疑問を感じているのかさえ分からないのですから。なんという愚かな存在なのでしょう。至高の御方々の御役に立つことが、(しもべ)に与えられた唯一無二の使命であるというのに――。

 

「サーバーダウンが延期になった?」

 

 ああ、お許し下さい。理解できない言葉の羅列に己の無知を呪うばかりです。御役に立てる要素が一つも無く、ただ跪いて忠誠を捧げる事しかできないなんて……。我が身を創造して頂いた造物主たるやまいこ様に合わせる顔がありません。

 

「何が……?」

 

 周囲を見渡し、宙に指を舞わせ、左手首に視線を向けるモモンガ様の御様子は、今までに見た事のない――いえ、見る事の許されないものでした。絶対の支配者であらせられるモモンガ様が何かに戸惑い、驚きを見せるなんて……それほどの事態が迫っているというのでしょうか。ならば戦闘メイド「プレアデス」の一人として行うべきは唯一つ、モモンガ様の盾となって死ぬことでしょう。その覚悟は出来ています。

 

「……どういうことだ!」

 

 身を引き裂くような怒号でした。立ち上がって黒きオーラを吹き上げる至高の御方は、その身に宿す怒りの炎で玉座の間を覆わんとするかのようです。あまりの怒気に全身がピクリとも動かせません。何かの状態異常を受けた訳でもないのに、アンデッドたる我が身の自由が利かないのです。流れるはずもない冷や汗が流れているかのように、恐怖で思考の全てが満たされ、言葉を発する事すらままなりません。チョーカーで首を固定していなかったなら、今頃モモンガ様の前に首を転がすような不敬を行っていた事でしょう。

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様?」

 

 アルベド様の美しい声が響きます。

 この事態においてモモンガ様に声を掛ける事が許されるのは、やはり守護者統括のアルベド様しかいないでしょう。セバス様とて躊躇するに違いありません。我等プレアデスに至っては、この場に居る事すら許されないのですから……。

 

「何か問題がございましたか、モモンガ様?」

 

 アルベド様の問い掛けにモモンガ様はお答えになりませんでした。その沈黙が何を意味するのか、とても恐ろしく感じてしまいます。

 我ら(しもべ)に何か失態があり、モモンガ様を怒らせてしまったのでしょうか。それならばモモンガ様は他の至高の御方々のようにナザリックから、我等(しもべ)の前から姿を隠されてしまうのでしょうか。

 それだけは――どうかそれだけはお許しください。

 造物主たるやまいこ様が御隠れになり、いったいどれ程の恐怖に身を沈ませたことか……。見捨てられる、置いて行かれる、忘れられる――そんな恐ろしい現実に耐えられるほどボクは強くないのです。

 そんな時、希望を与えてくださったのがモモンガ様。我らの絶対にして最高の御主人様。

 毎日のようにナザリック地下大墳墓へ御降臨して頂き、(しもべ)達にその絶大なる気配を感じさせて下さる。まさに愛しき御方……いえ、なんという慈悲深き御方なのでしょう。

 しかしながら、今はモモンガ様の慈悲に縋るべきではありません。我ら(しもべ)が一丸となって、モモンガ様を悩ませる元凶を排除しなくてはならないのです。

 その為ならボクの命など――

 

「…………GMコールが利かないようだ」

 

 アルベド様の必死の呼び掛けに、モモンガ様はようやく不穏の種を提示して下さいました。ですが至高の御方々が使われる御言葉の意味はあまりに深く、難解で、とても一介の(しもべ)の身では読み解く事も叶いません。守護者統括のアルベド様でもお答えすることが出来なかったのですから……。このような失態続きでは、やまいこ様にげん骨を喰らってしまいそうです。

 

「セバス! メイドたちよ!」

「「はっ!」」

 

 信じられません、まさかモモンガ様に直接御声を掛けて頂けるとは! 即座に反応した返事に動揺が滲んでいないか――嬉々とした感情が混じっていないか心配です。

 

「玉座の下まで」

「「畏まりました」」

 

 もう死んでも構いません! と言うかアンデッドですけど、このような状況でモモンガ様の御傍に近寄る事を許されるとは、アルベド様に睨まれそうで怖いですが御役に立てるチャンスを頂けると言うのでしょうか? 御勅命――ああ、なんという素晴らしき御言葉! 許されるのであれば眼鏡をクイッと整えたいところです。

 

「――セバス」

 

 上司であるセバス様が呼ばれたのは順当なところでしょう。決して羨ましいなどとは思っておりません。至高の御方から直接名前を呼んで頂ける最大のチャンスではありましたが、異常事態とも言える現状に於いてそのような考えは不敬でありましょう。ええ、本当に残念だとは思っておりません。

 

「プレアデスを一人連れ――」

 

 聞き逃すはずのない御言葉に全身が震えます。流石は至高の御方! あまりの御慈悲に胸が張り裂けそうです! とは言え連れて行けるのは一人、これは重大な問題です。

 セバス様は前衛を受け持つモンクであり、その方が連れていくのであれば当然支援職の者になるでしょう。盗賊(ローグ)暗殺者(アサシン)としての技能を持つ者も有効かもしれません。となりますと、ボクが選ばれる可能性は限りなく低いという事になります。

 このような事になるなら料理人(コック)ではなく他の支援職を身に着けておくべきだったでしょうか? いえ、それは我が身を創造して頂いたやまいこ様を侮辱する考えでしょう。決して許されません。

 

「プレアデスよ。――――八階層からの侵入者が来ないか警戒にあたれ」

「畏まりました、モモンガ様」

 

 な、なんという事でしょう! 直接です! 直接モモンガ様に御声を掛けて頂いたばかりか、御勅命を受けてしまいました。加えてボク個人のみで返事をしてしまったのです。こ、これは至高の御方と言葉を交わしてしまったという事なのでしょうか? 守護者でもない身でありながら玉座の間に身を置き、近くに侍ることを許され、御勅命まで賜るなんて――まるで夢のようです。

 昨日までの――モモンガ様の気配を追いかけていただけの自分の境遇がまるで嘘であったかのようです。

 これでやまいこ様が傍に居てくださったなら……。

 

「直ちに行動を開始せよ」

「「承知いたしました、我らが主よ!」」

 

 全身が震えるほど歓喜に沸き立ちます。モモンガ様に存在を認識して頂けることの喜びが、もはや隠し通すことが困難なほど次から次へと噴き出してくるのです。跪拝の最中に涙を零さないか気が気ではありませんでした。

 やまいこ様にお会いしたいというボクの贅沢な望みは胸の奥へ仕舞い、ナザリックの周辺状況を調査するというセバス様とナーベラルを見送ります。そして残ったボク達プレアデスはモモンガ様の御言葉通り、第九階層の警備へと向かいました。第八階層から降りてくる侵入者を警戒するようにとの事でしたが、現状はそれほどまでに危険な状況なのでしょうか?

 以前千五百人の強者達が攻め込んできた時でも、第八階層を突破される事は無かったというのに……末妹の安否が気になります。ですが今は、身を引き締めて任務を全うするしかありません。恐らく侵入者と相対した時は死を覚悟する事態になるでしょうから――。

 時間を稼いで敵をこの場に押し留め、モモンガ様に情報をお渡しする――それのみを考え、我が身を顧みず盾となって第十階層への侵攻を阻止する。後ろに控える妹達を犠牲にする訳にもいきません。ボクの妹達は皆、可愛らしくて愛おしい最高の妹なのですから。

 姉として、ナザリックの(しもべ)として、やまいこ様の娘として――最高の一撃を相手に叩き込んで御覧に入れましょう。

 見ていて下さい、やまいこ様、モモンガ様、至高の御方々!

 

 ナザリックに侵入せし愚か者どもに、怒りの鉄拳を!!

 




今回の語り部が誰だったのか?
分かった人は『ナザリックの僕レベル1』相当です。
まぁ、この場にいる方々は高レベルでしょうから問題ないですかね。

というわけで、今後もレベルアップに励みましょう!

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