堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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異世界編始まるよ~。

でも強制的精神抑制機能は無いから大変だぞ。
モモンガ様みたいには上手くいかないよ。
頼りになる仲間もいないしね~。




異世界
異世界-1


 黒と言っても一様ではなく、闇と言っても一種ではない。

 そんな多様さを含んだ夜空であった。天に舞う星の一つ一つが異なる輝きを放ち、夜の闇を蹴散らかすかのように広がり満ちている。

 まるで天空に流れる光の川を見ているようだ。何処を見ても同じ景色は存在せず、夜空を彩る幾億の星々たちは、まるで生きているかのように脈動する輝きをもってして――パナップの目を惹きつけていた。

 

「なんて……なんて綺麗なの。まるで宝石が弾け飛んだみたい。ブルー・プラネットさんは第六階層でこれを再現したかったんだ……。でも無理だよ、こんな美しさを人の手で造り出せる訳がない」

 

 どれ程の時間が過ぎていったのか――パナップには分からない。

 夜空を見上げて見惚れ続け、時折流れる星の軌跡に感嘆の声を漏らす事いく度か……。それでも見飽きる事無く、首を痛める事も無く、目を見開いたまま生まれて初めての体験に身を任せていた。

 そう――こんな夜空は見た事が無い。

 大気汚染が進んだ現代では見ることの出来ない光景なのだ。手段としては過去の記録映像を見るなり、ユグドラシルのようなダイブシステムによるデジタル風景を見るなどの方法はあるが、生で見る事は不可能と言っていい。

 汚染されていない夜空を見上げた事のある者など、今の世に存在するのであろうか。宇宙空間まで行けば可能だとは思うが、それはもう夜空とは言えないだろう。

 

「ああ、これが月かぁ……。大きいな~、綺麗だな~、眩しいな~」

 

 パナップの知っている月は、薄汚れた大気の向こうに存在する灰色の衛星だった。取るに足らない、関心も引かないただの天体。それがこんなにも心惹かれる神々しさを持った宝玉だったとは……。彼の地に神々の住まう神殿があったとしても驚くまい。

 

「はぁ~、凄いな~。…………ん? でもなんで私、夜空を見上げているんだろ」

 

 今までに味わったことのない特異な経験を前にして、我を忘れていたと言ってもいいだろう。それ程までに鮮烈な輝きだった。今まで自分が何をしていたかなんて思い出す方が難しい。

 パナップはふと視線を下げて、先程まで見つめていたナザリック地下大墳墓を視界に収めようと――

 

「――あれ? なにこれ? 草原って……ここ何処?」

 

 贅沢な宝石だらけの夜空から視界を戻すと、そこは広大な平原であった。視界の端には何処までも広がっている大森林が続き、遥か先には天にも届かんばかりの山脈が連なっている。

 

「草花……植物? え?! 本物? うそっ、これだけの植物をどうやって育てたの? 水も空気も土壌だって汚染されているのに!」

 

 植物は高級品だ。浄化された空気が満ちるドーム内で、洗浄された水と加工された光が無ければ育てる事も出来ない。現代では少なくないお金を払って植物園へ行き、手の届かない距離から眺める事しかできない贅沢品なのだ。一種の道楽であり、ある意味人間よりも価値があると言えよう。

 

「凄い、本当に本物だ! これだけあったら大金持ちだよ! ――って違う違う、誰かの持ち物に決まってる!」

 

 ナザリックの宝物殿に初めて訪れた時より興奮したかもしれない。なぜなら目の前に広がっている光景が間違いようもなく宝の山だったからだ。汚染されていない土と植物を持てるだけ持っていったら数年は遊んで暮らせるだろう。無論、トラックとシャベルが必要だが。

 

「ああぁ~馬鹿か私は、此処は何処かの複合企業体が管理している植物保護区域に違いないよ。あまりに広過ぎるし空気が綺麗過ぎる。……でもどうして私がこんな場所に? 絶対日本じゃないだろうし――」

 

 その時パナップは気が付いた。自分の背中に生えている六枚の羽に――自分の意思通りぴょこぴょこ動く堕天使の黒い羽に。

 

「な、なんじゃこりゃー!! はね! はねーー!! 生えてるし! 動くし! めっちゃ動くしぃーー!!」

 

 悲鳴のような叫びと共にパナップは頭を抱えて蹲った。草むらの中に頭を突っ込むことになり若葉と土の匂いに新鮮さを覚えるが、今はそれどころじゃない。背中に生えている羽はなんだ? 手足と同じように思い通り動かせるのは何故だ? 何故なんだ!?

 

(ちょ、ちょっとなにこれ? 私パナップになってる? コスプレ? いやいや、どうやったら思い通りに動かせる羽を背中に生やすことが出来るのよ!)

 

 涼しげな夜風に草花が揺れ、虫の羽音が響く。どこか遠くで遠吠えをしている獣でもいるのか、大地の其処彼処では生き物たちの息吹が脈動していた。

 パナップは未だ動かない。

 草むらに土下座状態で頭を突っ込んだまま動かない。ただ何もない空間に指を突出し、引っ掻き回しているだけだ。

 

(コンソールが出ない~、まったく出ない~。やっぱりユグドラシルじゃないってこと? ってか口動くし、舌出るし、触れるし~。歯まで綺麗に揃って……)

 

 突然、パナップは頭を上げて周囲を見回した。

 視界には闇夜の草原しか存在しないが、パナップが確認したいのはそんな事ではなかったのだ。

 

「視える、其処等中が視える。夜なのに、背後なのに、遠くなのに――全てが視える」

 

 全方位の視界を得ながら全ての情報を受け取り、そして理解する。背後であろうが頭上であろうが百メートル先であろうが問題ない。夜の闇ですら視通し、葉っぱの陰で休んでいる小虫の触覚すら数えられる。

 人間では不可能な情報処理能力であり視界の広さだ。まるで百台以上の高精度監視カメラを、一人で管理分析出来るかのような人外の能力である。処理能力に優れるぬーぼーが十人居ても難しいのではないだろうか。

 そう――パナップは今までシステムの補助を受けて使用していた特殊技術(スキル)を己の頭だけで発現させていたのだ。コンソールで操作していた項目を脳内で管理し、自由自在に動かす。

 まさに隠密特化型偵察用堕天使パナップそのモノとなったのだ。

 

「うそでしょ……。こんな身体になって、どうやって日本に――私の部屋に帰るのよ。仕事が……せっかく見つけた仕事がクビになっちゃう」

 

 パナップは再び夜空を見上げ、そのまま動かなくなった。見開いた瞳には涙が溢れているが拭う素振りはない。

 此処が何処かも分からない、自分の身に何が起こったのかも分からない、どうすればいいのかも分からない。何も分からない。

 だが流れた涙の訳はそのどれでも無かった。

 パナップは感じたのだ。

 己の存在が他と全く繋がっていない孤独そのものであると。本当に大切な人(モモンガ)と離れ離れになってしまったんだと。ゲームにログインするしないでは無く、メールを送る送らないでは無く、現実的に――物理的に、完全に切り離されてしまったんだと直感したのだ。

 

「会えない? もう会えないの?! そんなっ、そんなことってあるの? 私が何をしたって言うのよ! 誰かっ、誰か助けて! 私を此処から連れ出してよ!!」

 

 周囲に人が居ないのは特殊技術(スキル)で分かっている。それでも叫ばずにはいられない。もしかしたら此処はユグドラシルで、パナップの声を聞いた運営がログアウトしてくれるのではないかと――羽の生えた身で願ったのだ。

 パナップは化け物になった。

 能力も化け物そのモノだ。

 そして周囲には見た事も無い美しい自然が広がっている。草と土の香りが鼻をくすぐり、夜風が肌を撫でる。足で感じる地面の重厚さ、感覚の端で動き回る生き物達。

 これはいったい何なのか?

 説明してくれる者は何処にも居ない。

 

 長い間パナップは動かなかった。いや、動く理由が無かったと言うべきか。立ち上がったとしても何処へ向かえばいいのか分からなかったのだ。

 北か南か、東か西か。

 夜風に揺れる草花達はパナップに何も答えをくれない。

 

「信じられない……。特殊技術(スキル)が使える、魔法が使える。コンソールが無いのに頭の中で理解できる。まるで以前から使っていたみたいに……」

 

 右手で何かの魔法を使用しては中断し、また別の魔法を唱える。一つずつ使用し、魔法の発動が成功する度に己が人間でなくなったことを痛感する。それでも求めずにはいられない――失敗する事を。魔法であれ特殊技術(スキル)であれ失敗してくれたなら、自分はまだ無力な人間のままなのかもしれないと。

 

 ――下位天使作成 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)――

 

 頭の中では確実に天使の召喚が行われると分かっていても、心の中では失敗を望んでいた。夢見がちな厨二病がオリジナル呪文を唱えた時のように、恥ずかしい静けさだけがその場に残ってくれるのではないかと期待したのだ。

 無論、そうはならなかったが。

 

『我が主様、……御身の前に』

 

 光り輝く羽を持つ人型の存在は、異次元から突然湧き出したかのようにパナップの前へと降り立った。背丈はパナップより少し高いぐらいであろうか、と言ってもパナップ自身小柄なので一般的な成人男性ぐらいの体格なのであろう。

 

「――え? 言葉? 日本語? ……いや違う、頭の中に聞こえてくる?」

 

 言葉を発している訳では無いのに、パナップにはその天使の意思が感じ取れた。テレパシーのようなものなのであろうか、確かな繋がりを天使との間に感じるので糸電話と形容した方が合っているのかもしれない。それにしても日本語を喋っているように感じるので違和感だらけだ。

 

「もう何が何だか……。天使を召喚できるってどういうことなの? ユグドラシルと現実世界が混ざっている? いや、リアルはこんなに綺麗じゃないし」

 

『どうかされましたか? 我が主よ』

 

「あ、いや、その……。此処が何処だか分かります?」

 

『誠に申し訳ありません。私の所持する情報は主様から受け継いだものでありまして、主様が持ち得ない情報に関しましては私の中にも存在し得ないのです』

 

「あ……そうなんだ」

 

 パナップの生み出した召喚生物の天使が、パナップの持っていない情報を持っているとしたら、それは天使種族が常識的に持っている知識及び所持職業(クラス)に関する内容になるだろう。それ以外は基本的に召喚者の記憶に準じているようだ。

 

(連れ歩いていた自分の子供に道を聞くようなものなのかなぁ。でもまぁ、ユグドラシルの天使だ……。少しばかりメタリックな感じはするけど……本物みたいだ)

 

 召喚出来たことに落胆し、普通に会話できたことに驚き、日本語で意味を感じとったことに疑念を持った。

 

(天使語ってないのかな? ってかテレパシーみたいな感じだから日本語のように理解しちゃっているけど、実際は違うとか?)

 

『主様、私が何か失態でも?』

 

 黙ったまま眉間にしわを寄せる主の様子に不安を感じたのだろうか? 天使は全く変化しないメタリックな顔をパナップに向け、己の失態を伺う思念を送ってきた。

 

「あ、いや、違う……よ、大丈夫です」

 

『主様、私のような(しもべ)が口を挟む愚行をお許しください。……主たる御身が一介の(しもべ)に丁寧な言葉遣いをする必要などございません。どうか命じて下さるようお願い申し上げます』

 

「あ、うん」

 

 パナップとしては誰かに命令を下したことなど一度もない。前の会社では部下というか後輩は居たものの、何かやってもらいたい事が有ったら「頼む」のが一般的だ。だから命じて欲しいと言われても困惑するしかない。

 ギルド長をしていたモモンガなら、ロールプレイの一環として演じる事も出来たのかもしれないが……。

 

(召喚者と召喚モンスターとの関係ってこんな感じなんだぁ。新鮮な驚きというか、なんか納得したというか――不思議と違和感なく受け入れてしまっている自分がちょっと怖いかも)

 

 目の前で光り輝く天使がふよふよと浮いているのに、それを当たり前のように受け止めている現状はどうやっても理解できない。適当な言い訳すら思いつかない。

 自らがパナップになっていることもそうだが、特殊技術(スキル)やら魔法やら夜空やら草原やら……。

 

(うん、考えるの止めよう)

 

 パナップの結論は単純なものだった。分からないものは仕方がない、仕方がないから分かるようになるまで全て放っておこう――そんな感じだった。

 

「よ、よーし、とりあえず移動しよっかな。何処かに意思疎通できる生き物が居るとイイんだけどな~」

 

『分かりました。知能の高そうな生命体の捜索を行います』

 

「――え?」

 

 立ち上がって背筋を伸ばしているパナップを余所に、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は天高く飛翔する。召喚者からそんなに離れて大丈夫なのかと心配になるが、パナップとの繋がりは意外なほど強力なようだ。米粒ほどの小ささ――パナップにとっては充分視認できる距離だが――になっても、いささかも主従の絆が緩む気配はない。

 

「ふ~む、私も飛行(フライ)が使えるから空を飛べるって事かぁ。でも私の場合、特殊技術(スキル)使って走った方が飛行(フライ)より早しなぁ。空を飛んでいると他の行動が取り辛いし……って、あっ、でも今はどうなんだろ?」

 

 検証の必要がある――とパナップは心に刻み、天に昇っていった天使を見つめる。どうやら遠くに何かを見つけたようだ。繋がった意思の伝達がそのことを教えてくれる。

 

『主様、遠くに複数の明かりが見えます。知能のある生命体が傍に居るのではないでしょうか?』

 

「おお、夜に明かりを使うってことは人間? 良かった~、私と同じような境遇の人が他にも居るんだ。ふにゃ~、助かったよ~」

 

 巨大な重みから解き放たれたかのように、パナップはその場でへたり込んだ。見も知らぬ土地で一人きり――ではないと分かっただけでも大収穫である。後はその場に赴いて、此処が何処か、日本へ帰るにはどうすればよいのか、自分の身が化け物になっている理由とは?

 色々聞かねばならない。

 

「そうと決まったら早速行動開始だよ!」

 

 闇の中に一筋の光明を見い出し、黒い羽を持つ中性的な外観の堕天使は再度立ち上がる。何度も草むらの中に身を沈めていた為か、土埃や葉っぱが装束に纏わりついて少々汚れてしまったようだ。反射的に払いのけてしまう。

 

「ふふ、パナップの衣装汚れを自分の手でハタくなんて……。ゲームでは絶対ありえないモーションだよ。時間が経てば自動的に綺麗になる設定だったし……」

 

 ゲーム上の汚れは一種の演出であり、エフェクトに関するものであった。耐久値の減少による破損とは別物なので、プレイヤーが何かしなければならないという事は無い。

 だからこそ妙な感覚だ。

 現実世界の汚染された大気の中では、毎日のように自分の服を何所かしらハタいていたものだったが、その仕草をパナップの武装に行うとは――。しかも魔法が掛かっている装備であった為か、軽く叩いただけで新品のように美しくなってしまうとは――。

 早く誰かに会って現状を理解しないと頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

「えっと、忍刀……持ってる。頭、胴、指輪、首飾り、腕輪、内着、腕、手、腰、足、靴……っと全部そのまま、パナップの武装そのままだね」

 

 パナップは新鮮な感触を確かめるかのように、身に着けている武装を確認し始めた。その結果は当然と言うべきか、ナザリックの最後を見届けていたあの時のままである。無論、最終武装は手放しているのでほとんどが伝説級(レジェンド)だが。

 

「現実で伝説級(レジェンド)の武具を目にするなんて……。違和感が無いのが凄い違和感だよ」

 

 この世界は奇妙でしかない。ゲームの武装が現実のものとして存在している。

 草花を刈り切る事も土を抉る事も、逃げようとする虫を摘み上げてぷちっと潰す事も――何ら不自然さを感じずに実行できる。

 それが不自然であるというのに――。

 

(ふ~、明かりの傍にいる人が話の分かる人だといいな~。こんな事態だからパニックになって会話すら成り立たないかも……)

 

 少し気分が沈み込もうとする最中、パナップは重要な事に気が付いた。そう――相手が襲い掛かってきたらどうしようかと。

 

(ちょ、ちょっと待ってよ! もしかしてPvPなんてこともあるの?! そんなことになったらどうすんのよ!)

 

 自分が武器を持っているのだから当然相手も持っているだろう。そして特殊技術(スキル)も使用出来たのだから、パナップ自身が使用対象になる可能性もあるだろう。もしそうなれば――命はどうなるのか?

 ゲームのように何処かのポイントで復活するのか? 現実のように死んでしまうのか? そして死ぬとするなら……その先は?

 

(やめてよ! まだ死にたくない! モモンガさんにもう一度会うまでは絶対死ねない!)

 

 なぜそこでモモンガの名前が出るのかは知らないが、パナップは緊張でその身を包んだ。一つの失敗が取り返しのつかない事態を招くかもしれない。それこそ命を落とすような……。

 

「大丈夫、大丈夫……。逃げ足なら大抵の人には負けないから、何かあったら全力で逃げればいいのよ。うん、そうよ」

 

 特殊技術(スキル)が使えるなら、パナップの逃げ足に追いつけるプレイヤーはあまり居ない。それこそ弐式やフラットを連れてこない限り問題は無いだろう。ただ、アイテムの中には足止めや捕縛専用のモノも有るので注意が必要なのだが……。

 

「そういえばアイテム一つも持ってないけど……。コンソールは使えないし、ポケットになんか入ってないかな~って、ん?」

 

 幾つかあるポケットの中に手を入れようとしてパナップの手は止まった。なんだか感触がおかしい。狭い布地の中をまさぐるはずが、突如として遮蔽物の無い広い空間に指が入ってしまったのだ。恐る恐る自らの手を確認すると――指先はポケットではなく薄暗い闇の中へと呑み込まれている。

 

「うえぇー! なにこれ……って、あれ? この空間広がるけど……」

 

 思わず手を引っ込めてしまうが、その時僅かに空間を横に広げてしまったようだ。微かに口を開いた闇の奥には、見慣れた数多のアイテムが顔を覗かせている。

 

「おおー、異次元ポケット? これは凄い! 現代でも再現できないテクノロジーをこんな場所で見られるなんて……、ちょっと得した気分かも?」

 

 遥か太古の昔から続いている不死級アニメに猫型ロボットが登場するのだが、そのロボットの装備品に無限のアイテムを収納できる腹ポケットなるモノが存在する。今まさにパナップの面前でぱっくりと口を開けている空間は、まさに夢のアイテム『異次元ポケット』を再現していると言えるだろう。

 科学者垂涎のオーバーテクノロジーだ。

 

「う~む、魔法による空間収納かぁ。なんとなく分かってしまう自分の頭が怖い気もするけど……まぁいっか。結構いっぱい残っているし、これなら何とかなりそうだね」

 

 ポーション、短杖(ワンド)巻物(スクロール)、課金アイテム等々。

 いつか使おうと思ってそのまま残してしまった数々のアイテム達。その昔、モモンガの貧乏性を突っ込んでいたパナップであったが、改めて自分のアイテムを見回してみると人の事を言えた義理ではなかったようだ。

 

「よっし! 思ったより大丈夫な感じ。さあ、行くぞー! って……天使さんどうしたの?」

 

 遥か上空で偵察を行っていた天使の存在などすっかり頭から抜けていたパナップであったが、意識の奥で繋がっていた絆のようなものが薄まっていく違和感を受け、すぐさま頭を上げて天に羽ばたく神の御使いを仰ぎ見た。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は上空に有って何かをしていた訳では無い。ただ背景が透けるほどその存在を希薄なものとし、遂には始めから何も無かったかのように消え去ってしまったのだ。

 

「あら~、消えちゃった……。え~っと、もしかして召喚時間が過ぎちゃったの? う、うわ~、こんなところはゲームと一緒なんだ。……変なの」

 

 静かな平原にパナップの呟きだけが響く。また一人になってしまったのかと心細さだけがその場に残り、また天使を召喚したいという欲求に駆られてしまう。そんな事をしても召喚時間が過ぎれば、また同じ寂しさを味わうだけだというのに――。

 

(はぁ、結局一人ぼっちなのは変わらないのか~。でも話し相手が欲しくなったら召喚しようかなぁ)

 

 本来の使用目的とは完全にかけ離れた利用方法だが、ユグドラシルでは会話自体出来なかったのだから違っても仕方ないだろう。それに会話が可能だと言うのならユグドラシルのNPC達と話してみたいと思うのは当然の事だ。ギルド長のモモンガだって召喚したモンスターやナザリックのNPC達と話せると分かったら歓喜するに違いない。

 

(ふっふ~ん、次は別の天使を召喚してみようかな~。性格の違いがあるのか調べてみたいな~)

 

 装備やアイテムを確認して余裕が出来てきたのか、己の身体と周囲の環境に慣れてきたからか――それは分からないが、パナップは軽くスキップしながら草原の中を北へ向かって進み始めた。向かう先は天使が明かりを見つけた方角だ。人が居るのは確実だろうから、とにかく接触してこの場所のことを聞き出そう。それから帰る手段だ――聞く事は色々ある。

 でも大丈夫。

 何だか身体の奥から力が湧いてきてネガティブな考えが吹き飛びそうだ。今ならどんな状態異常だって抵抗(レジスト)出来そうな気がする。

 

 無論、この効果は装備していた伝説級(レジェンド)指輪の常時発動型(パッシブ)状態異常耐性上昇によるものなのだが、男とも女とも見分けの付きにくい黒髪ショートの堕天使が装備品の効果を自覚するようになるのはまだ先の話である。

 




一人ぼっちは辛いよね。
知らない場所だしね。

でも大丈夫!
いい出会いがあるさ……きっとね。

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