堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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本当にびっくりした人は叫べない?
実際の所どうなんでしょうねぇ。
戦いに明け暮れている冒険者なら、驚く事なんてないでしょうけど……。

てな訳で、ゴールデンウィーク投稿で御座います!



異世界-4

 長い時を生き、鍛錬に鍛錬を重ね、地獄のような境遇を味わったとしても、初めての経験というものは存在する。滅多に訪れないから忘れているかもしれないが、アダマンタイト級冒険者になっても当然ながら新たな経験を積むという事は有り得るのだ。

 鎧の巨漢ガガーランも、仮面の子供イビルアイも、ドッペるなティアも、信じられないと思いつつも一つの経験を知識に加える。

 そう――生き物が驚く場合、『助走』が必要なのだと。

 

「なっ、な? なんじゃこりゃー!! どっから出てきた! ヒトか? モンスターか?! ってか何のんびり紅茶なんか飲んでんだー!!」

 

 真っ先に助走を終えて驚きの声を上げたのはガガーランだ。後の二人はティーカップを持ち上げたまま動けないでいる。

 

「え? な、なにが起こったんだ? えっとラキュース、その羽が生えた奴はいったい?」

「……驚きを通り越して意味不明。どうしたらイイか分かんない」

 

 二人は助走途中で諦めたようだ。それより何もない空間から姿を現した真っ黒な羽に目が釘付けで、紅茶の味を楽しむ暇もない。

 

「改めて紹介するわね、此方パナップさん。先程南門で衛兵と揉めていたから連れてきたのよ。聞きたい話もあったし……」

 

「中々面白かった。三人の狼狽する姿は話のネタになりそう」

 

「あらら、ティナさんは結構酷い人なんですね~。仲間なんだからもっと優しくしないといけませんよ~」

 

 立ち上がって刺突戦鎚(ウォーピック)を構えているガガーランは完全スルー。細い目を大きく見開いているティアや(くつろ)ごうとして仮面を外しかけていたイビルアイも、当たり前のように紹介されている亜人を前にして自分の方が消えているかのようだ。

 

「いや、ちょっと、待て――待ってくれラキュース! 最初から説明してくれないと頭が追い付かない。というより……顔を見られてしまったぞ、大丈夫なのか?」

 

 イビルアイが外しかけていた仮面の隙間からは、幼い少女の顔と赤い瞳が覘いていた。幸い鋭い犬歯までは見えていないようだが、多少聡い者なら理解してしまったことだろう。

 イビルアイが凶悪なモンスター、ヴァンパイアであるという事を。

 

「まぁ大丈夫でしょ。パナップさんだって自分の事を堕天使だって言っているのだから……」

 

「あ、うん、最初から知っていたし大丈夫だよ~。多少の探知阻害アイテムなんか私には意味ないしね。ヴァンパイアでもバードマンでも問題無いよ~。むしろヒトと行動を共にすることの方が少ないぐらいだったしね~」

 

「知ってた? 意味ない? ……えっと、な、なんかよく分からんが……軽い奴だな。ま、まぁ、敵では無さそうだし、ラキュースが連れてきたのなら別に構わんが」

 

「おいっ、いいのか? コイツ弱そうだけど隠密は完璧だぞ。さっきみたいに隠れられたらお手上げだぜ」

 

「同意、信じられないけど危険」

 

 ガガーランやティアが警戒するのも当然であろう。完全に見えない状態から攻撃されたら、相手がどんなに弱くとも致命的な一手になる。

 何時もならどんな相手だろうと多少の気配は感じ取れるのに、手が届くほどの正面で気取ることが出来なかったのだ。そのまま攻撃されたら――と想像するだけで背筋が凍る。

 

「ぶ~、私を誰彼構わず攻撃するようなPK集団と一緒にしないでくれます? こう見えても一対一で勝負を仕掛けた事なんて殆ど無いのですからね」

 

 パナップの言い分はまるで善人をアピールしているかのようであるが、実態は負けるから勝負を仕掛けていないだけだ。そもそもパナップは偵察要員なのだから攻撃なんてしない。それは『蒼の薔薇』のように弱過ぎる相手だったとしても変わらない……はずだ。

 

「はいはい、お喋りはそれぐらいにして本題に入るわよ。えっとまずは自己紹介からかな?」

 

 既に全員の名前を知ったり知られたりしているが、それはそれ。物事には順序というものがある。骸骨魔王を前にした村娘が与えられた治癒のポーションを拒否してしまうように、順番を間違えると酷い勘違いをされてしまうのだ。

 

 ラキュースは改めて自分を含めた『蒼の薔薇』の紹介を行い、メンバーにはパナップの名と事情を説明した。途中、王国や帝国などの周辺国家に対する説明や、貨幣の解説、そして冒険者という職業についても話を進めた。

 思ったより楽しくなさそう――なんて感想が冒険者の職業に対して投げられたのには『蒼の薔薇』一同苦笑するしかないが、それ以外の内容については目を丸くするパナップの表情が見られて面白かった。

 そして最後に、ラキュースは大事な言葉を口にする。『ぷれいやー』――と。

 

「なん……だと? お前が『ぷれいやー』? そ、そんな馬鹿な?!」

 

 仮面を被り直したイビルアイは、くぐもった声で何度目かになる驚きを口にした。

 確かにずば抜けた隠密能力には驚愕したが、それでも目の前の羽人間は弱々しく、伝説に登場するような化け物ではない。

 もちろん世の中には弱いながらも――最終的には魔神さえ打ち倒すほどに強くなった英雄もいるのだが……。

 

「十三英雄のリーダーのようなパターンか? いや、しかし、あの者は身に付けていた装備も常識外れだったが、一目見ただけで異常だと分かる才能の塊だった。それだけで神話に登場するような存在だと認めざるを得ないほどの……。それに比べると」

 

 イビルアイが『ぷれいやー』と旅をしたのは――彼女の年齢からすれば――短い間だった。しかも相手が『ぷれいやー』だと分かったのは別れてから結構経った後の事であり、当人から具体的な話を聞いた事は無い。とは言え、伝説的な実力を自らの目に焼き付けた事があるのは確かだ。

 天を覆う雷撃の嵐、地から無数に突き出る骨の槍、巨大なドラゴンですら真っ二つに裂く魔力の刃。

 今でこそ夢かと思ってしまうが、それは確かに存在した英雄達の御業だ。加えて言うなら、田舎から飛び出してきたかのような村娘が「私ぷれいやーなんです」と言って良い対象ではない。無論、黒い羽を六枚追加したところで同じことだ。

 

「ふん、何処の集落で『ぷれいやー』の話を聞いたかは知らんが、亜人が憧れるには少しばかり度が過ぎるな。まぁ、十三英雄――と言うか共に戦った仲間の中には羽を持つ者も居たから、気持ちは分からんでもないが……」

 

「あ~、この『男胸』! 私を可哀想な目で見たなぁ。ゆるすまじです!」

「お、おとこむね――だと?!」

 

 ヴァンパイアは皆胸が小さい――かどうかは置いといて、パナップはその昔ぶくぶく茶釜から言われていたからかいの言葉でイビルアイを挑発した。

 ちなみにぶくぶく茶釜は、女性であるのに男のフリをしてまったく胸の無い堕天使アバターを使っているパナップに対し、いい加減女性である事をカミングアウトしてもいいんじゃないの? といった感じで使用していたのだが……。

 今回のパナップは完全に悪口として使っている、決して愛称などではない。

 

「あ~ぁ、どうすんだ? ちびっ子が本気出しそうだぞ」

「仕方ない、胸の話は命に係わる」

「同意、イビルアイの胸は至高、いいにほい」

「ちょっとバカなこと言わないの! 止めるわよ!」

 

 不穏な気配を放ちつつあるイビルアイに対し『蒼の薔薇』が総出で止めに入るが、小柄なヴァンパイアの機嫌はすこぶる悪い。もちろん元凶のパナップが謝れば問題は収まるだろうが、偽者扱いされた堕天使も少しばかりお怒りモードのようだ。

 

「このっ、私よりもお前の方がぺったんこだろうが! 人の事言えた胸か!」

「あ、あのね! 私は堕天使なんだからしょうがないの! 本当の姿なら貴方よりあるんだからね!」

「ほ~、見せてほしいものだな。まっ、少なくとも今は私の方が大きい!」

「ぐぬぬ、出来るもんなら今すぐにでも見せてやるわよ! でも……私こんな姿だし、ここ異世界だし、帰れないし、一人ぼっちだし……」

 

 威勢良く言い争いながらも、若干堕天使の方が押されているようだ。――だがそれも仕方のないことかもしれない。実際に胸の大きさではイビルアイの方が勝っているし、仲間が周囲に居る状況ならば強気になるのも当然であろう。逆に言うなら、たった一人のパナップに精神的支えは存在しない。明るく強気に振る舞っていても、迷子の小鳥に等しい立場なのだ。

 

「はっ、なんだそれ? 独りぼっちって――お前仲間は居ないのか? だから『ぷれいやー』だなんて言い出したのか?」

 

「……」

 

 この時のイビルアイは――亜人の集落で仲間外れにされたパナップが、自分の存在を周囲に認めさせる為に英雄の立場を利用していると考えたのだ。もちろんその一言が、パナップにとって巨大な地雷になっているとは知らなかったのだが……。

 

「……んぐ、ふええ、う、ううえええええぇ~~~!! ももんがざ~~ん!!」

「お、おい、ちょっと泣かなくても――」

 

 抑えていた何かが外れてしまったのか、パナップは大粒の涙を隠しもしないで両目から溢れさせていた。時折誰かの名を叫んでいるようにも聞こえるが、涙声が酷くて聞き取れない。余程の事情を抱えているのだろう、その悲痛な叫びにはイビルアイの想像した内容とは一線を画した何かを感じる。

 

「もう……いやだよぉ。んぐっ、ひとりはこわいよぉ。……たすけてももんがさん……」

「分かったから、大丈夫だから落ち着け。私達が傍に居れば何も怖くない、怖くないぞ、なっ」

 

 体格的には小さなイビルアイが、少し年上の女性を抱きしめて背中をさする。そんな光景にはラキュースも忍者娘達も――口元がにやけてほのぼのとした空気を醸し出してしまう。ガガーランも一際珍しいイビルアイの優しげな姿に、目元が緩んで仕方がない。

 

「あのちびっ子が立派に成長して……俺はこの上なく嬉しいぞ! イビルアイにも人を労わるという行為が出来るようになったんだな」

「意外な発見、冒険者ギルドに報告したら報酬がもらえるかも?」

「羨ましい、ズルい、私も抱き付いて良いか?」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい。変な事言ってないで話を先に進めるわよ」

 

 イビルアイの小さな胸の中で落ち着きを取り戻しつつあるパナップを横目で確認し、ラキュースは本題を持ち出そうとしていた。『ぷれいやー』を名乗る人物をイビルアイの下まで連れてきた本来の理由だ。

 

「イビルアイ、今すぐリグリットさんに連絡を取ってちょうだい。出来ればこの街で合流したいって」

 

「なっ? あのばばぁを? ……んん、そりゃあ『ぷれいやー』の事に関しては私なんかよりよく知っているだろうけど、伝言(メッセージ)が届く距離に居るとは限らんぞ」

 

「それでもよ。リグリットさんはこの前会った時、法国の情勢を気にしていたから上手く行けばエ・ランテル辺りに居るかもしれないわ」

 

 ラキュースの言い分はイビルアイにもよく分かる。『ぷれいやー』の事をよく知っている人物が知り合いの中に居るのなら、その人を頼るのが当然の流れだ。

 だがイビルアイはパナップへの不信を拭えない。どうしても『ぷれいやー』だとは思えないのだ。

 

(これ程までに強さを感じないのだから、あのばばぁを呼んでも無駄になるだけ……いや、ちょっと待てよ)

 

 イビルアイは静かになった腕の中の亜人を見つめつつ、遥か昔の記憶を思い起こしていた。それは二百年も昔の記憶――伝説の英雄達と旅をした、忘れる事の出来ない苛烈な思い出である。

 

 

『キーノさん、一目で相手の強さを推し量れるからと言って油断は良くないですよ。世の中には自分の強さを隠している強者も居るのですから……ってボクの話聞いてます?』

 

『はぁ、……何を言っているのですか? 強さなんてものは隠せるものではありませんよ。私なら出会った瞬間、どの程度の実力者なのか判別できるのです。貴方と一緒にしないで下さい』

 

『やれやれ、止めときなリーダー。この嬢ちゃんには何を言っても伝わらんさ。なんせ文字通り化け物みたいな力を身に付けてしまったんじゃからなぁ。周りが雑魚に見えてしょうがないんじゃろう』

 

『困りますね~。アイテムの中には自分の実力を読み取らせないように出来るモノもあるのですが……。幸い持っている相手に出会ってはいませんけど』

 

『確かに幸いじゃなぁ。出会っておれば魔神討伐の旅なんぞ続けていられんじゃろうし――油断して近付いた瞬間殺されて、墓の下に居るじゃろうからのぉ』

 

『……馬鹿な事言わないで下さい。私が油断して隙を見せるなんて有り得ません。リグリットさんも知っているでしょ? 私は望まずながらも国一つを引き替えに転生した、最強のヴァンパイアなんですから――』

 

 

 昔々の御伽噺。

 しかし今のイビルアイには、流れるはずもない冷や汗を全身から滴らせるかのような思い出であった。

 ちらりと自分に抱き付いている亜人の装飾品を確認する。首飾りに腕輪、そして両の指にはめられている六個の指輪。それらは全て美しく且つ繊細な出来栄えであり、名のある職人が造り上げた至高の品であるように見える。ただ今までは魔力の一つも感じないが故に、冒険者が身に付ける装飾品としては役に立たないガラクタだと思い込んでいた。

 

(ちょっ、ちょっと待てよ! もしもこの亜人が、実力を誤魔化す何らかのアイテムを所持していたならどうなる? 私は今、思いっきり隙だらけなんだが!)

 

 完璧な隠密が出来るのに弱い理由、見事な装備品なのに魔力を全く感じない訳。イビルアイの脳裏には、結論を導き出すいくつかのパーツが揃い始めていた。と同時に、その結論を口に出す訳にはいかないとも察する。

 黒羽の亜人が本当の実力を見破られたと知ったら何をするか分からない。故にラキュース達に知らせる場合にも細心の注意が必要だ。気取られたなら次の瞬間、亜人は姿を消し、同時に己の首が飛ぶだろう。相手が見えないのだから避ける事も防ぐ事もできない。

 

(まずリグリットと合流するべきだな。出来るだけ此方の戦力を増やして、いざと言う時対抗できるようにしておかないと。それから――)

 

 ヴァンパイアなのに脳の血の巡りが物凄い事になっているような錯覚を受けつつ、イビルアイは現状における最適な対策を練り上げる。自らを堕天使と語る亜人の実力が実際どの程度か分からない今、正面に立ち塞がるべきは肉体的優位に立つヴァンパイアであるべきだろう。他の仲間達には任せるべきではないし、任せたくない。

 二百年前の戦いでも少なくない仲間が命を落としている。相手が魔神であったとは言え、もう二度と味わいたくない経験だ。リグリットに無理やり組まされたとは言え、ラキュース達はもう大事な仲間であり、己の命を懸けて護るだけの価値のある存在なのだ。

 

(まずはラキュース達に上手く伝えないと……。しかし此奴等は平気で会話の内容を口に出しそうだから、なるべく亜人の居ない場所で――ってええ!!)

 

 ――もみもみ――もみもみ――

 

 胸の辺りに感じる人の手の温もり。

 ゆっくりと優しく、その小ささを堪能するような手の動き。

 イビルアイは必死に頭を働かせていたにも拘らず、その全てが白紙になってしまうほどの衝撃をもってして腕の中の亜人を突き飛ばした。

 

「こっ、この変態! 人の胸をまさぐるな!! お前はティアか!!」

 

「酷い、私を変態みたいに」

「仕方ない、身に覚えがあるはず」

「おいおい、ちびっ子の胸に興味があるってことはそっちのケがあるのか? それとも野郎だったのか? ん~、その割には童貞の気配を感じねえなぁ」

「ちょっとみんな落ち着いて、……パナップさん大丈夫ですか?」

 

「あ~、御免なさい。私の知り合いで胸に詰め物をして大きく見せている人がいまして、ちょっと確認したかったんです。あははは……」

 

 ペロロンチーノに無理やり読まされた十八禁キャラ設定の中にそのようなヴァンパイアがいたから――とは口に出さないが、パナップとしては別に確かめたい事があった。

 プレイヤーにしろNPCにしろ、抱き付く、胸を触るなどのセクハラ&十八禁行為は、ユグドラシルにおいて完全な違反行為であり、すぐさま警告が発せられたものだが……。やはりその様なアクションが起動する気配は無かった。

 最初から何の反応もあるまいと予想していたのか、パナップの表情に落胆の色は無い。ただ目の前に、触りやすい位置にあったから手を伸ばしただけに過ぎないし、そもそも小さな女の子の胸に興味は無い。

 

「お、お前なー! 詰め物していたならもっと大きくなってる……って何言わせる!」

 

「ごめんごめん、ちょっと恥ずかしい姿見せちゃったから照れちゃって……。でも抱きしめてくれてありがとう。嬉しかったよ」

 

「うぇ? ……あ、うん。べ、別に構わないぞ。……そ、それじゃあ、リグリットに伝言(メッセージ)を飛ばしてくるからな」

 

「お願いねイビルアイ。――さてパナップさん、これからの事についてですが」

 

 部屋を出て行くイビルアイを見送りつつ、ラキュースは気を取り直したかのようにパナップへ向き合った。話し合うべきは今後の方針、パナップの取り扱いについてである。

 見事な黒い羽を纏っているパナップは、当然だが街の中を歩かせる訳にはいかない。すぐさま南門の衛兵達が駆けつけてしまうだろう。下手をすればモンスターとして討伐されてしまうかもしれない。当人は自分の事を堕天使だと言っているので誤魔化すのは難しいだろうし――というか本当に堕天使なんだろうか。分からない事が多過ぎる。

 

「まずは羽だろ? どうにかして羽を隠さないと街を歩くことも出来んぜ。他は人間そっくりなんだから問題ないけどよ」

 

「そうね、外套か何かで隠せないかしら?」

 

「ん? あぁ、羽が問題なのね。んふふ、大丈夫だよ。このパナップ様にお任せあれ!」

 

 やけに自信満々なパナップは一人立ち上がると、両手を大きく回転させて『へん・しん』と特殊技術(スキル)を発動させた。

 見る人が見れば少しばかり残念な感じの挙動なのだが、淡い光を持ってその身を包んだパナップの行動に、『蒼の薔薇』は思わずたじろいでしまう。それは見た事のない輝きであり、武技でも魔法でもない知識の外にある特異な現象。次の瞬間――爆発すると言われたら、疑う事無く即座に逃げ出してしまっただろう。

 

「おいおい、危なくないのか?! 何が始まんだ?」

「危険な感じはしない。……ちょっと綺麗」

「同意、だけど詳細不明」

 

「パ、パナップさん?! いったい何を?」

 

 戸惑いを見せるラキュースの言葉を最後に、黒羽の亜人を覆っていた光は掻き消えた。そして中から姿を見せたのは先程とほとんど変化のないパナップ――と言いたいところだが、見事なまでに人間の女性にしか見えない。黒い羽は欠片もなく、ぺったんこだった胸には忍者娘と同程度のモノが追加されている。ちなみに増量しているかどうかは不明だ。

 

(ふっふ~ん、潜入偵察用の特殊技術(スキル)てんこ盛り変身! 幻術なんかじゃなく、ドッペルゲンガーと同程度にアバター自身を変化させる私の得意技だよ。ここまでやったらぬーぼーさんクラスじゃないと見破れないからね。ふふふん)

 

 パナップの担当は潜入であり偵察であったのだから、敵対勢力圏へ入り込むために変身を使うのは日常的なものであった。加えて攻撃・防御を捨ててまで特化しているのだから、通常の変身とは一線を画す領域へと到達している。一般的な探査能力では見破ることなど不可能と言っていいだろう。だが何処にでも特化型のプレイヤーは居るものであり、探査特化に引っかかって袋叩きになった過去も今では懐かしい思い出である。

 

「じゃじゃ~ん! 何処からどう見ても人でしょ。これなら何の問題も無いよね」

 

「お~、なんかよく分からんが凄いな。羽はどこ行ったんだ? 折り畳んだのか?」

 

 ガガーランがパナップの背中に回っても、そこには軽装鎧の背面が見えるだけだ。羽なんて何処にも見えないし、手を這わせても感触すら得られない。

 

「どーなってんだ? さっぱり分からん」

 

「幻術でもない、未知の武技?」

「もしくは生まれながらの異能(タレント)?」

 

「ぶぎ? たれんと? むむむ、まだまだ私の知らない知識があるみたいだねぇ。こっちの世界はユグドラシルそっくりかと思えば、色々違っていて何だか大変そうだよ」

 

「それを言うなら私も『ゆぐどらしる』なんて初耳ですよ。まぁ、お互いの情報交換はこれから行うとして、せっかく変身してもらったのですから街を案内しましょうか? その姿なら誰からも咎められないでしょうし」

 

 ラキュースは目の前で起きた奇妙な現象に動揺しつつも、リーダーとしての威厳を持ってパナップを街へ誘った。今から街見物へ繰り出せば、一通り回った頃には昼食の時間になるだろう。その時にお互いの疑問は解決すればよい。そしてお腹を満たした後は、冒険者ギルドへ足を運んで身分証の代わりになるプレートでも支給してもらおう。

 少しでも王国へ身を置くよう縛っておかないと厄介なことになるかもしれない。なにせ『ぷれいやー』なのだから――。

 

 ラキュースは仲間達と共にパナップを誘って部屋を出た。途中、イビルアイを捕まえ伝言(メッセージ)の進捗状況を聞くが、芳しくないようだ。リグリットへ繋がる感触はあるのだが返信が無いので何とも言えない――との事。

 ただイビルアイが――羽の無くなったパナップを見て驚きの声を上げた後――こっそり伝えてきた特殊なアイテムの話には驚きを隠せない。それが真実だとすると……いや真実である可能性の方が高いだろう。完璧な隠密に見た事もない変身。実力を隠していると言われた方がまだ納得するというものだ。

 

 ラキュースは静かに呼吸を整え、心身を引き締める。

 加えて一つ思い出す――あの変身ポーズは格好良かったなぁ――と。

 




ここで一つ謝罪させて頂きます。

本文中のヴァンパイアについて『胸が小さい』『詰め物をしている』などの表現がございましたが、これは不適切であったかと思います。
ヴァンパイアの中には吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の方々のように、御立派な胸を所持されている女性もおられます。
故に決してヴァンパイア種族の貧乳を強調するものではありませんので、どうかご理解願います。

以上、ナザリックのとある階層守護者の方より指摘が有りましたので、この場にて謝罪にならない謝罪をさせて頂きます。

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