堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

24 / 56
朝起きて、
眠気を振り払って、
その目に映した美しい世界は……、

やはり異世界でありました。

大切な人が居ない美しい異世界と、
大切な人が居るであろう汚染された現世界。

選べるならば――貴方はどちらに?



異世界-9

「ああ~、俺も見たかったなぁ。ちっくしょ~、酔い潰れている場合じゃなかったぜ」

「同意、私も見たかった」

 

 爽やかな空気の中、眠そうな声と共に昨日の行動を後悔するような愚痴を零すのは、旅支度を整えたガガーラン、そして同じく旅装束のティナだ。

 二人とも今すぐ街を出て、王都なりトブの大森林などへ出発できそうな姿である。どうやらエ・レエブルの宿にはもう戻らないのであろう。ギルド長との話し合いがどう転ぼうとも旅に出るのは同じなので、全ての後始末を済ませてきたようだ。

 

「まぁ、その気持ちは分からなくもないけど……、居てもどうせ見えなかったわよ」

「その通りだな、私にだって見えなかったのにガガーランでは……な」

「見えなかったくせに、偉そう」

 

 イビルアイのデカ過ぎる態度に忍者娘が突っ込むのはいつもの光景だが、当の話に上っていた田舎娘パナはというと――まだ眠いのか、ぼんやりと朝の街中を眺めていた。

 

「どうかされましたか、パナさん。まだ眠そうですけど……」

 

「ああ、そういう訳じゃないんだけど――」

 

 一時的に維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を外して一晩眠り、起床後指輪を付け直した。故に眠気などとは無縁のはず――ならばなぜぼんやりと景色を眺めているのか?

 ラキュースに気遣われていたパナは、遠い昔を懐かしむように気持ちを吐露する。

 

「えっとね……、やっぱり夢じゃなかったんだな~って思っちゃってね。一晩寝たら、元の自分の部屋で目を覚ますんじゃないかって、ほんの少しだけ……考えちゃって……」

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

 その場から消えてしまうのではないかと思うほどの弱々しさに、イビルアイは思わず服の裾を掴んでしまう。柄にもない行動だと、昨晩からガガーランを始めとする仲間達にからかわれてはいるが、何故か止められない。

 パナの正体が自分と同じ人外だからなのか、それとも世界に取り残された孤独な存在だからか……。

 

「うん、大丈夫だよ。……さぁ、冒険者ギルドへ行こう。ギルド長を待たせたら悪いもんね」

 

「いやいや、待たせても問題ねーって。エ・レエブルの冒険者ギルドは結構暇らしいぜ。ギルド長ものんびり飯でも食ってんじゃねーか?」

「そういう問題じゃない、礼儀の話」

「同意、だけど外も中もガサツなのはガガーランのイイところ」

「ガサツって、褒めてねーだろ!」

 

 淀んだ空気を吹き飛ばすかのように、巨漢の戦士と忍者娘は先頭を切って歩き出した。そんな姿にリーダーとしては目頭を押さえたくなる。

 ラキュースは――お前は母親かっ、保護者か! ――というイビルアイの可愛い突っ込みを脳内で完成させると、昨晩の出来事を思い起こしていた。

 

(パナさん……、いえパナップさんは普通の女性としか思えないわね。モモンガという方の自慢話ばかりする恋する乙女、と言ったところかしら? とても英雄には見えないけど……)

 

『蒼の薔薇』とパナが眠る前に話し合った内容は、ごく普通のガールズトークであった。国に二つしかないアダマンタイト級冒険者と、伝説の英雄級である『ぷれいやー』がキャーキャー言いながら、どんな人が好みで付きあったらどんなことをするとか、好きになった相手はどんな人物だとか、はっきり言って死の支配者(オーバーロード)であっても匙を投げて転移するであろうどうでもイイ話だ。

 一番食いついていたのがラキュース自身だった事は棚に上げつつも、『ぷれいやー』の情報をあまり得られなかった点が悔やまれる。

 本当なら――寝る時すら外そうとしなかった他の装飾品について、特殊な効果を持っているのかとさり気なく聞き出したかったのだが……。

 

(まぁ、仕方ないわね。もし特殊な効果を持っているアイテムだったのなら、その性能を他人に教えるなんて普通はしない事だし……)

 

 命のやり取りを行う冒険者にとって、武具の特殊な効果は重要機密と言える。効果を知られて対策を立てられてしまうと、戦場において大きなマイナス要素となってしまうからだ。『蒼の薔薇』は有名になり過ぎて様々なマジックアイテムの名前や性能を世間に知られているが、それでも奥の手の一つや二つはある。

 それにモンスターが相手なら腹の探り合いがないので気楽なものだ。ただ何処かの特殊部隊なんかは、マジックアイテムの対策をした上に連携まで整えており、極めて危険でもう二度と面と向かって殺し合いたくは無い。

 やはりモンスターより人の方が厄介という事だろう、悲しい事実である。

 

 堂々巡りの思考に囚われていたラキュースは、何時の間にやら冒険者ギルドまでやってきていた。気を取り直し、入口の扉を引き開ける。

 

「『蒼の薔薇』です。ギルド長ロズメットさんは居られますか?」

 

「はい、二階でお待ちです。御案内しますね」

 

 名乗る必要が無いほど有名でも毎回名乗る。ラキュースは其れが礼儀だと思っているが、今回はいつも以上に視線が痛い。それはもちろん、数多の冒険者を訓練場で叩きのめしたパナが一緒に居るからであろう。まだまだ謎の多い田舎娘であるだけに、注目度は高い。

 

「ギルド長、『蒼の薔薇』の皆さまが来られました」

「――ああ、入ってもらって下さい」

 

 実際は『蒼の薔薇』一行と田舎娘一人なのだが、受付嬢にそんな突っ込みは無粋というか時間の無駄だ。

 ラキュースは案内された一室へ足を踏み入れ、そして――

 

「えっ、リグリットさん!?」

「うおっ、婆さん何してんだ?」

「このっばばぁ! 何時の間に?!」

「察知出来なかった、……悔しい」

「相変わらずの隠密、恐るべし」

 

「あれ? 待ち合わせしてたんじゃないの?」

 

 パナがギルドの建物の中に入る前から察知し、部屋の扉を開けて其の目で確認した二人の人物は、見知っているひょろ長いギルド長と――全く知らない老人であった。その老人は見た目こそ皺だらけで高齢の女性であることを仄めかしてはいるが、整った姿勢や肩から腕にかけての筋肉、そして纏っている武装と腰に差した見事な剣が一般人であることを否定している。

 どう見ても歴戦の強者(つわもの)だろう。

 特殊技術(スキル)による探査ではイビルアイより少し劣る程度なのだが、パナの目からすると妙に迫力があって何だか逆らい難い老人であった。

 

「久しぶりじゃな嬢ちゃんども、――と言いたいところだがさっさと座るがよい。ギルド長から話があるそうじゃ」

 

「ちょっと待て! その前にどうして伝言(メッセージ)に応じなかったのか答えろ! こっちは何度呼び掛けたと思っているんだ!」

 

「うるさい泣き虫嬢ちゃんじゃなぁ」

 

 老人は――なんだと! と言い返してくる仮面の子供を片手で抑え、気怠そうに言葉を紡ぐ。

 

「決まっとるじゃろ? 儂を伝言(メッセージ)で誘き出そうとする罠かどうか見極めていたんじゃよ。それで確認が出来たからこうして会いに来たんじゃろうが……。ん? もしかして伝言(メッセージ)を疑うなとでも言うつもりか? まさか魔法詠唱者(マジック・キャスター)がそんな事言うまいな?」

 

「くっ……」

 

 老人の言葉にイビルアイは何も言えない。

 其れもそのはずであろう、伝言(メッセージ)の不確実性と危険性は魔法詠唱者(マジック・キャスター)が最初に習う基礎の基礎だ。もしイビルアイがラキュース達を人質に取られ、老人リグリットを誘き出すよう強制されていたなら、伝言(メッセージ)を疑わなかった場合リグリットの命は無い。

 伝言(メッセージ)は、嘘であろうと強制されたものであろうとも聞き分けられないのだ。しかも手紙などと違いその伝達速度は他の追随を許さず、別の情報源から再確認する事は不可能と言っていい。それ故に――いや、だからこそダブルチェック、トリプルチェックを行う必要があるのだ。伝言(メッセージ)の『いち早い情報入手』という利点を殺す事になるが、都市が丸ごと一つ滅ぶよりはマシだろう。

 

「へ~、伝言(メッセージ)ってそんな騙し合いみたいな使い方も出来るんだ。ふ~ん、なんだか面白そうだね」

 

「おっ、お前さんが噂の御嬢ちゃんかい? なんでも荒れくれ者の冒険者連中を蹴散らしたって話じゃないか。……ほほぅ、いやいや大した逸材を見つけたもんじゃよ、アインドラの嬢ちゃん」

 

「あ、あの、その話は、今はちょっと……」

 

 ギルド長の目の前で『ぷれいやー』の話はしたくない。

 そんな気持ちと瞳でリグリットを見つめるラキュースは、話題を変えようとギルド長ロズメットに予定していた話を進めるよう促した。

 

「え……ああ、そうですね。トブの大森林に関する調査の件ですが、冒険者を襲ったモンスターらしき存在は森から出てきていないようです。今のところ目撃証言はありません。それで肝心の生き残りですが、やっぱり敵の姿は見てないそうですよ。突然魔法による攻撃を受けた――と言っているだけですね」

 

「は~、白金(プラチナ)級ともあろう冒険者がなっさけねーなぁ。最低限の情報ぐらい持ち帰れってーの」

 

「生きて帰ってきただけ、マシ」

「そう、生存こそ最低限の仕事」

 

「嬢ちゃん達もなかなか言うようになったもんじゃのぉ。――まっ、今回は儂がそこの新米嬢ちゃんと一緒に行ってやるから安心すると良い。お前さん達はさっさと王都に帰るんじゃな」

 

「「え?」」

 

 ラキュースとイビルアイの声が疑問と共に重なる。

 

「ちょっと待って下さい、リグリットさんがパナさんとですか?」

 

「なんじゃ? お前さん達は急いで王都に帰る必要があるんじゃろ? じゃが白金(プラチナ)級冒険者を蹴散らした襲撃者を放ってもおけんのだろう? だったら儂が一肌脱いでやると言うとるんじゃ。それに……新米嬢ちゃんと話し合うには、トブの大森林までの道のりは丁度イイじゃろうしなぁ」

 

「おい、リグリット。その言い方からすると……此奴が何者か分かっているのか?」

 

「ほほ、ばばぁとは言わんのか、イビルアイ」

 

 仮面の奥で眉毛を釣りあげているであろうイビルアイに対し、リグリットはからかうようにニヤ突く。そんな二人の間へ――暴れてもらっては困ると言わんばかりに、ギルド長が口を挟んできた。

 

「元アダマンタイト級冒険者のリグリットさんの申し出で、協力してもらえることになったのですよ。今回は特例としてですが、まぁ其方の……パナさんでしたか? 同行されるかどうかについてはお任せしますが……」

 

 ギルド長としては、トブの大森林北部で起こった白金(プラチナ)級冒険者襲撃事件の真相が分かれば良いのだ。新米冒険者の行動などどうでもイイ。先日言っていたように上位プレートが欲しいなら、適当な言い訳を創って渡しても良いのだ。

 実力と信頼、そして結果。冒険者が上位のプレートを得る為には、様々な要素を獲得しなければならないのだが――それはそれ。規則は破る為に有る、とも言う。それにどうせ文句を言ってくる奴は一人も居ないのだ。昨日の訓練場でぐうの音も出ないほど、実力差を見せつけられたらしいのだから。

 

「そういう訳じゃが……、ギルド長殿、ちょっと席を外してもらっても良いかのぉ」

 

「……はい、分かりました。私は一階にいますので、出発する際は声を掛けて下さいね。それとパナさんの(カッパー)プレートを渡しておきます。――それでは」

 

 細い目をより一層細めて、ギルド長は二階の会議室を出ていった。

 後に残るは老人リグリットと『蒼の薔薇』、そして首に真新しい(カッパー)プレートを下げた――話に付いて行けてない田舎娘だけだ。

 

「イビルアイ、良いか?」

 

「少し待て…………よし、もう話しても大丈夫だ」

 

 テーブルの下で何かのアイテムでも発動させたのか、その場の空間が外と隔絶されたような――会議室全体が外の音と遮断されたかのような奇妙な現象に包まれる。

 

「さて聞こうかの。アダマンタイト級冒険者が揃いも揃って最大級の警戒を見せている、その嬢ちゃんの正体について――っと、儂はリグリット、宜しく頼むぞ」

 

 先程とは違い、眼光に鋭さを増した老人は、パナを見つめ不敵な笑みを浮かべる。パナとしては――お前を警戒している、注視している、危険視している――と言われているように感じてしまい落ち着かない。

 

「わ、私はパナ……と言います。宜しく……です」

 

「ふむ、見事なまでの無能力ぶりじゃな。立ち姿から視線の這わせ方まで素人そのモノじゃ、ここまで田舎娘になりきるとは恐ろしい技能じゃのぉ。昨日手合せしたという連中にも少し話を聞いたが、誰一人として何をされたのか分からんと言っておったぞ。流石は――プレイヤーと言ったところか」

 

「えっ、分かるんですか? お、お婆さん凄いですね。『蒼の薔薇』の皆さんなんてまったく信じてくれなかったのに」

 

「ちょっと待て、私は別に疑ってなかったぞ」

「嘘、最初に思いっきり否定していた」

「確かに、その上で泣かした」

「ちょ、お前等!」

 

「……なんじゃ、やっぱりプレイヤーだったんか。久しぶりに出会うが、今回は少しばかり毛色が違うのぉ」

 

 予想はしていたので少しばかり引っかけてみたリグリットだが、隠しも否定もしないパナの言動に拍子抜けである。とは言え、問題なのは『蒼の薔薇』の穏やかな空気だ。

 リグリットは改めて警戒心を強める。

 今の状況がどれ程危険なのか『蒼の薔薇』は自覚していない。いや――国家の重大案件だと認識し、最大級に警戒しているのかもしれないが、其れでは足りないのだ。

 プレイヤーの傍に居るという事は、神の傍に居るという事。

 無自覚な一つの所作で街が消し飛ぶ……、一歩間違えれば阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前に広がるかもしれない状況なのだ。

 だからこそリグリットは動く。

 出来る事ならもう一人の信頼できる仲間――『白銀』と一緒に来たかったが、叶わない今は自分で出来る限りの事をするしかない。

 

「なんだ婆さん当てずっぽうかよ。……んで? トブの大森林まで一緒に行くって?」

 

「その方が良いじゃろ? お前さん達は、どうせまた姫様のワガママに振り回されておるんじゃろうし……。こっちの事は儂に任せておけ」

 

「リグリットさん、ラナーからの依頼は王国民を助ける為の重要なものです。決してワガママなどでは――」

 

「ほぅ、やはり姫様の依頼で動いとったんか。それならより一層儂の提案を呑んだ方がよいぞ。急いでおるんじゃろ?」

 

「あ、あの、その……」

 

 王女ラナーからの依頼は冒険者ギルドを通していない裏の仕事である。よって誰にも知られてはいけないはずだったのだが……。

 

「さて行くとしようかの! なぁ~に心配せんでも良いわ。トブの大森林で何が起こっているのか確認して、そっちの嬢ちゃんとしっかり話し合って、最後に王都まで送ればいいんじゃろ? 簡単な事じゃ」

 

「おいおい、イイのかリーダー? 俺達だけで王都に向かって……」

「出来る事ならパナさんから目を離したくないけど、それにリグリットさん一人だけっていうのも……」

「老人一人は心配、要介護」

「元気な老人ほど、足下をすくわれる」

 

「何を言うか! お前さん達の方こそ、スレイン法国の特殊部隊とやり合って目をつけられとるじゃろうが! 傍に居て危険なのはお前たちの方じゃぞ!」

 

 老人扱いされて怒った訳でも無いだろうに、リグリットは少し強めの口調で未だに迷いを見せている『蒼の薔薇』を抑え込んだ。そしてすぐさま席を立ち、旅の荷物を背負い始める。

 まるで議論の余地は無いと言わんばかりだ。

 

「このばばぁ! そんな事を言っているんじゃない! お前一人でコイツを制御できるのかって言っているんだ!」

「大丈夫じゃ、――そうじゃろ? お嬢ちゃん」

 

「ぷるぷる、わたしわるいぷれいやーじゃないよ。ぷるぷる」

 

「「…………」」

 

 悪くなった空気を和ませるつもりだったのだが、またしても失敗したようだ。

 パナのセンスが悪いのか、それとも世界が変わったことで趣味嗜好が変化したのか? こんな事では、可愛らしいジャンガリアンハムスターでさえ獰猛な魔獣と言われるのかもしれない。

 

(だああぁ~!! 茶釜さーん! ぜんぜん笑ってもらえないんですけどー! 絶対笑いが取れるって言ったでしょー!!)

 

 目を潤ませ――ユグドラシル時代は瞳うるうるアイコン――、軽く握った両拳(りょうこぶし)を頬に付け、スライムのように身を縮こませてぷるぷる震えたら完成。

 ぶくぶく茶釜仕込みのスライム式鉄板ギャグは、ものの見事に玉砕したのであった。

 




ピンクのスライムが現れた!

「ぷるぷる、わたしわるいすらいむじゃないよ。ぷるぷる」

ピンクのスライムは怯えている!
バードマンの攻撃!

「千載一遇のチャンス! くたば――――」
「てめぇがくたばれやこらぁーーー!!!!」

ピンクのスライムの会心の一撃!
バードマンは死んだ。

復活しますか? はい/いいえ
※『はい』なら一行目に戻ります。
※『いいえ』の場合はピンクのスライムの栄養となります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。