堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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どなどなど~な~どぉ~なぁ~
だてんしのせ~て~

どなどなど~な~どぉ~なぁ~
ろうばはい~く~よ~



異世界-10

 麻薬の中に『黒粉』もしくは『ライラの粉末』と呼ばれるものがある。

 効果の割に依存性が低いと信じられており、大量生産が可能で安価な為、王国のみならず帝国にまで広がりを見せている極めて厄介な大衆麻薬だ。

『蒼の薔薇』はその麻薬の生産地に関する情報を求めて、エ・レエブル近郊で行われているという取引現場を襲撃。加えて密売人数名から情報を入手し、麻薬の原料を栽培している農村の場所を特定しようとしていたのだ。

 しかしながら入手した情報だけでは特定に至らず、持ち帰って黄金の名を冠するラナー王女の知恵を借りようと、王都帰還の準備を進めていたのだが……。

 そこで出会ったのが、黒い羽を持つ変な奴なのである。

 

「麻薬ねぇ、ふ~ん……、世界が変わってもあるんだね~そういうの。嫌な感じだなぁ」

 

「綺麗ごとばかりじゃないってことだ。お前もトブの大森林では気を付けろよ! 武装した集団が盗賊団を結成している場合もあるんだからな!」

 

 エ・レエブルの北門付近では一台の馬車と、その馬車の窓から顔を出すイビルアイ、そして呑気な感じのパナが別れの挨拶を行っていた。

 イビルアイ以外の『蒼の薔薇』は既に挨拶を済ませ、荷物と共に馬車に乗り込んでいる。リグリットは後方で馬の背に跨り、さっさと目的地へ向かうぞ――と言わんばかりに早駆けを繰り返していた。

 

「ちゃんと王都まで来いよ! 変な寄り道するなよ!」

「アンタは母ちゃんか?! って大丈夫だよ。リグリットさんに色々教えてもらって、こっちの世界の常識をもっと学んでから……会いに行くよ。もっとも、貴方達の心配の種をしっかり潰してきてからだけどね」

 

「ふん、油断はきんも――ってコラっ引っ張るな!」

「それではパナさん、リグリットさん。また王都で」

 

「ああ、アインドラの嬢ちゃんもしっかりとな」

「またね~」

 

 イビルアイを引っ張って代わりに顔を出してきたラキュースの言葉を最後に、御者台に座っていたティナが馬車を発進させた。

『蒼の薔薇』としては予定を丸一日以上遅れているのだから、急いで王都まで帰る必要があるだろう。遅れたら遅れただけ麻薬は蔓延し、多くの民衆が犯罪者集団の餌食となってしまうのだ。

 何も迷う必要はない、民衆を救う以上に優先すべき事象が何処にあるというのか? ――『ぷれいやー』が現れるまではラキュースもそう思っていたのだが。

 

(リグリットさんが来てくれて本当に助かったわ。でも……これで良かったのかしら? パナさんから目を離すことでもっと大きな問題を……。トブの大森林に何が潜んでいるのか知らないけど、後回しにすべきだったのかも? リグリットさんはパナさんと話し合うのに丁度良い道のりだって言っていたけど、他に何か目的があったのではないかしら?)

 

 リグリット以上に『ぷれいやー』を任せられる存在は居ない。それはラキュースも他のメンバーも良く分かっている。

 ただ少し気になるのだ。リグリットが少々強引に事を進めたような――そんな気がするから。

 

 

「それでは行くとするかの、パナ殿。儂の後ろに乗るといい」

 

「は~い、って馬に乗るの初めてだからちょっと怖いかも。……暴れないでね」

 

 生物と言う面では、先程別れた『蒼の薔薇』や目の前のリグリットの方が危険なのだが、パナにはブルブルと鼻を鳴らす馬の方が恐ろしく感じるようだ。

 それはステータス云々と言うより、何か別の感情が作用しているようにも思えるのだが、リグリットには其れが何なのか分からないし理解できない。

 

(そういえばリーダーの奴も、最後まで馬に乗るのは苦手だったのぅ。あれは個々の得手不得手ではなく、プレイヤー共通の問題なんじゃろうか? う~む)

 

 リグリットに掴まりながら恐る恐る馬に跨るパナは、どう見ても田舎から出てきた普通の村娘だ。昨今は田舎の村々でも乗馬技術を獲得しようとする動き――戦争時に多少ながら優遇される及び生存確率が上がる為――はあるが、まだほとんどの村民は馬に乗れない。だからこそパナの行動は違和感が無くて恐ろしいぐらいである。

 

(これが村娘を装っているのなら話は分かるんじゃが……、そんな感じでもなさそうじゃし。訳が分からんな)

 

「ふぅ、思ったより大人しいですねぇ。――それじゃ~、出発しましょ~!」

 

「っ、ああ、そうじゃの」

 

 何だか噛み合っていない歯車を無理に回そうとしているようで落ち着かない。リグリットは背中に掴まる村娘にしか見えないプレイヤーに言い知れぬ不安を感じながら、トブの大森林に向けて危険な一歩を踏み出そうとしていた。

 

 ただ……後になって気付くのだが、この時『蒼の薔薇』もパナ自身もリグリットに肝心な――と言うか根本的な事を伝え忘れていたのだ。

 そう、パナの本名がパナップで、人間ではなく堕天使であるという事を。

 

 

 ◆

 

 

 人間二人分相応の荷重ともなると、流石に馬であっても長時間支えるのは辛いものだ。途中での休憩は多くなるし、走る速度も普段とは違って遅めとなろう。

 だから、トブの大森林に到着するまでの日数も多くかかるのは仕方のない事である。と言いたいところなのだが……。

 

「リグリットさーん、どうして見かけた村々に立ち寄るの? 話を聞いてどうするの? 私達の仕事は森の調査なんでしょ~?」

 

 馬の手綱を引きながらリグリットの後ろを付いて歩くパナの頭は、疑問でいっぱいだった。トブの大森林に関する調査依頼のはずなのに、目の前の老婆は途中の農村に寄り道ばかりなのだ。急がなくて良いのかと不安が募ってしまう。

 

「やれやれ、新米嬢ちゃんには冒険者としての基礎を教えてやらんといかんようじゃの。――よいか? 儂らはトブの大森林を調査する訳じゃが、森の中だけ調べれば良いというものではない。被害が広がっていないか、何か目撃したものはいないか、儂らの他に森へ向かった者はいないか、これから向かおうとしている者はいないか……とまぁ、情報を集めつつ余計な被害が出ないように警告しておく、という訳じゃ」

 

 リグリットからすると、事前に与えられた情報なんぞは不十分で当然――なんだそうだ。肝心な情報が抜け落ちていたり内容が間違っていたりする為、鵜呑みにするのは危険という事らしい。信頼できる情報は自分自身で獲得し、活用するべきであると。

 今回、森の中には別の被害者が居るかもしれない。近くの村から出向いた薬草取りや狩人が、森の中で怪我をして助けを待っているのかもしれない。周辺の村を回って話を聞けば、帰還していない村人の情報を掴めるだろう。加えて今から向かおうとする者達も止められる。

 無論、冒険者ギルドや王国警備隊から警告が届いているかもしれないが、其れを期待するほどリグリットは御人好しではない。

 向かう先で足を引っ張る要素があるのなら己自身で確認するし、余計な手間が増えないよう自分で対策を立てておくべきなのだ。

 

「肝心のモンスターが近くの村を襲っておるのに、儂らは森の中だけを捜索して何の異常も無かったと報告する――それで済ますつもりか? 今の儂らは調査任務を受けてはおるが、ギルドから武力行使を認められた冒険者じゃ。対象が森の外に居るなら、其れは其れで柔軟に対応すべきじゃろう」

 

 ふむふむ、と頷くパナに釣られてリグリットの口は滑らかに走る。冒険者の先輩として色々と語りたい事が有ったのだろうか? 昔馴染みの『蒼の薔薇』が立派に成長してしまい、苦言を呈する機会が減った所為で、矛先がパナに変わったのかもしれない。

 まぁ何にせよ、パナにとっては有益な話なので構わないのだが。

 

「それでじゃ、周辺状況を確認しながらモンスターの動向を注視し――森へ入る。外に居ない事を確認しておるのじゃから、当然森の中に居る確率は高い。最初に向かうは白金(プラチナ)級冒険者が襲撃を受けた場所じゃ。其処で遺留品を確認し、標的の痕跡を見つけ出す……とまぁそんな感じじゃな」

 

 そこから先はまた今度――と話を中断したリグリットは、何故か満足げな表情を浮かべて村の中へ入っていった。誰かに教える事の出来る喜び、というヤツなのだろうか? リグリットの本音は誰にも分からないが、肝心の『プレイヤー案件』については何も話をしていないので、パナとしては何だか焦らされているように感じてしまう。

 冒険者の心構えや基礎を教えてくれるのは有難いのだが、しっかり話し合うと言っていた内容はそれだけじゃないよね――と問い掛けずには……、思わずにはいられない。

 

 

 エ・レエブルを出発して三日目の夜、リグリットとパナの視界には、広大な森林の一端が姿を見せていた。

 

 ――トブの大森林――

 

 多様な生物が住まう生き物たちの楽園であり、効能の高い薬草が採れる人類の宝物殿、そして幾人もの冒険者が命を落とした危険な森である。

 腕利きの冒険者でも太刀打ちできない凶悪な主が複数縄張りを持っているとも言われ、奥まで足を踏み入れる者はほとんどいない。

 噂では小鬼(ゴブリン)の王国があるとか、蜥蜴人(リザードマン)が住まう湖があるとかいろいろ言われているが、その真偽は定かではない。

 もっとも……馬を休めて野営の準備を始めているリグリットにとっては、世間で言われている何倍もの危険が渦巻く、最悪の化け物が封印されている地獄のような場所なのだが……。

 

 大森林までは馬を飛ばして残り数刻――、闇夜の中で月の光を浴びている森の木々たちはとても美しく、木の妖精(ドライアード)が魅了の魔法でも放っているかのようだ。

 

「リグリットさーん、水汲んできたよ~」

 

「おお、すまないね。後は儂が用意するから少し待っとくれ」

 

「リグリットさんが料理出来て、ホント助かりました~。私なんか何度挑戦しても駄目だったし……、羨ましい限りです」

 

 冒険者ギルドで購入した乾燥肉を炙ったり、干芋と豆を煮こんだりしているだけなのに、パナからは尊敬の言が漏れる。

 普通の村娘でも出来そうな事なのに何故――とは当然思うだろうが、リグリットとの旅を始めた直後に判明してしまったのだ。パナが何一つ調理出来ないという事に。

 焼く、煮る、炙る、切り分ける、盛り付ける、串に刺す等々、見事なまでに何もできなかったのだ。人間やモンスターなら幾らでも串刺しに出来、斬り分けられるというのにのも拘らず。――ちなみにパナが極端に不器用だとかそんな理由ではない。一番納得の行く答えではあるのだが、そんな領域の話ではないのだ。

 

「大丈夫じゃ、わかっとる。二百年前もこんな感じじゃったからのぅ。なんとも懐かしい気分じゃわい」

 

「それって……十三英雄って人達と旅をした時の事?」

 

「そうか、イビルアイから聞いとったか。そうじゃなぁ、お前さんと同じ……プレイヤーと旅をした時の話じゃ。――っと言いたいところじゃが、そろそろハッキリ確認しとこうかの」

 

「え?」

 

 夕飯の準備を一通り終えて、リグリットは背筋を正す。

 場の空気に緊張感が満ち溢れ、リグリットが自身にバフでも掛けたかのように、纏っているオーラが一回り大きく吹き上がり始めた。

 まるで命を賭けた死闘にでも赴かんばかりの迫力である。

 突然の展開にパナはただ黙るしかない。

 

「お前さんが間違いなくプレイヤーであるという事を確認しておきたいのじゃ。……アイテムボックスを開いて百科事典(エンサイクロペディア)を儂に見せてほしい。良いかの?」

 

「あ、うん。それくらいなら別に構わないけど……、そんな事がプレイヤーの証明になるの?」

 

 パナはよく分からないままに何もない空間へ手を伸ばし、その先に開いた異次元空間とも言うべきアイテムボックスの中から、様々なモンスターの特性を書き込んである大きな書物を取り出した。

 この書物はユグドラシル時代のモンスターを余すことなく登録する事が可能であり、自分で知り得た情報をも書き込むことが出来る一点もののアイテムだ。とは言え持つ事で魔力を高めたりはしないし、ステータス上昇の効果も無い。

 ただの事典である。

 パナにはそうとしか思えなかった。

 

「そうじゃのぉ、……まず高位魔法の空間収納をいとも簡単に行ったこと。そしてプレイヤーが必ず持っている百科事典(エンサイクロペディア)の存在。この二点でお前さんがプレイヤーである事は疑いようのない事実という訳じゃ。分かったかの?」

 

「うわ~、そっかぁ。蒼の薔薇の皆にもアイテムボックスを見せるべきだったなぁ。それに百科事典(エンサイクロペディア)の事なんて頭からすっかり抜けていたし……、でもリグリットさんはどうしてそんなに詳しいの? まさか……貴方もプレイヤー?」

 

 パナの問いに対し、リグリットは深く呼吸を行い瞳に力を込める。その姿は何かの覚悟を決めた決闘者のごとき様であった。

 

「その問いに答える前に聞いておきたい。お前さんは――どっちじゃ?」

 

「へ? どっちって……」

 

「人類を滅ぼす側か? それとも救う側か?」

 

 全神経を研ぎ澄ませたリグリットの言葉は、否が応でも――パナに真剣な返答を要求する。答え如何では、殺し合いを始めると言っているかのようだ。

 

「……ちょっ、ちょっと待って! 私は誰にも危害を加えないよ! 戦うの嫌だし、苦手だし、相手が人だろうと何だろうと滅ぼすとかそんな事は無いからね!」

 

「ふぅ、そうか……それは助かったわい」

 

 ゆっくり息を吐くリグリットは、この僅かな時間で一気に老け込んだように見えた。元々深い皺を携えた老婆ではあったが、極端に弱々しくなってしまった其の姿を見ると、とても人類の救世主たるアダマンタイト級冒険者であったとは思えない。

 

「ん~と、もしかしてだけど……。ラキュースさん達を王都に帰るよう急かして、私と切り離したのは今の質問をする為? もしもの時の事を考えて、ラキュースさん達が無事でいられるよう対処したって事? 私ってそんなに危ない奴? むぅ~、なんか傷付くなぁ」

 

「すまんのぅ、あの子達は人類の救世主たる貴重な存在なんじゃ。これから先、苦難の時を迎える王国にとってなくてはならない英雄――と言っても過言ではないじゃろう。だからのぅ、出来る限り危険から遠ざけたいんじゃよ。儂の我儘に過ぎんがのぉ……」

 

 もしもの時は殺される覚悟――そんな本音が覗く告白であった。

 焚火の音がバチバチと響き、二人の間に静寂が訪れる。

 リグリットは何も言わず炙った干し肉を取り分け、御椀に煮込みスープをよそっていた。

 

「さて、食べるとしようかの」

 

「あ、うん」

 

 聞きたい事はまだまだある――でも何となく聞き辛い。パナの心情としてはそのようなものであっただろう。今は一先ず夕飯を済ませ、人心地ついてから話を進めるべきかもしれない。先はまだ長いのだから……。

 

 

 夜は交代で見張りをする事とし、リグリットが先に眠りについた。

 ちなみにパナはアイテム効果で睡眠を不要としているので、途中で交代することなく一晩中見張りをしている事も可能である。だが其処は敢えて交代し、リグリットが起きている状態の時に色々話を聞いてみる事にしたのだ。

 

「なんとまぁ、便利なアイテムがあるもんじゃな~。リーダーは戦闘に関するアイテムばっかり持っとったが……いや、儂が聞いてなかっただけかもしれん。敢えて説明するまでもないアイテムだったという事かのぉ。……っと何の話じゃったかな?」

 

「えっとね、貴方がプレイヤーかって話だけど」

 

 まだ朝日が昇る前の闇夜において、寝起きの老人に聞くような話ではなかったかもしれないが、パナにとってはどうしても手に入れなければならない情報だ。

 そもそも『ぷれいやー』と出会った事のないラキュースの知り合いだと言う時点で、リグリットがプレイヤーである可能性は低いと言えよう。だがそれは嘘を吐いていなければの話である。

 ラキュース自身も真実を知らされていなかったのであれば、別の可能性が見えてこよう。だから聞くのだ――本人に、真実を。

 

「はっきり答えるとしよう。儂はプレイヤーではない……エヌピーシじゃ」

 

「ぅえっ?! NPC? 貴方が? えっ? NPCが動いてる? 喋ってる? なにそれ、嘘でしょ?」

 

 異世界の住人が普通の人間のように振る舞うのは分かる。プレイヤーが異世界に来てリアルのように走り回るのも理解できる――元々人間なのだから。だがデータでしかないNPCが異世界に来て、生き物のように動いたり喋ったりするのは常識の範疇を超えてしまうだろう。

 異世界転移がそもそも常識範囲外だろうと言う突っ込みはごもっともだが、パナにそんな正論は通じない。其処まで応用が利く頭ではないのだ――残念ながら。

 

「落ち着かんか、儂もはっきりと自覚しとる訳では無い。全てリーダーから教えてもらった情報なんじゃ。……プレイヤーもエヌピーシも、異世界の話も、全部リーダーからの受け売りでしかない」

 

「という事は……ユグドラシルの事なんかは?」

 

「儂が知っておるのは黒鋼(くろがね)の城で創造されたこと、長く機能停止状態であったこと、気が付いたら砂と瓦礫に全体の八割が埋まった廃墟の城に居たこと、ギルド武器が行方不明なこと、(あるじ)は元より同僚の誰一人にも出会えず連絡も取れなかったこと……、それぐらいじゃな」

 

 リグリットが語る言葉の一つ一つが、重要な事実をパナに教えてくれる。

 創造されたという事は召喚や傭兵、そして拠点NPCである可能性が高い。黒鋼(くろがね)の城とはギルド拠点の事だろう。機能停止とは、パナが自らのNPCにも施している一切の機能を停止させて置物状態にするコマンドだ。長期間ゲームをしない場合にも使用される放置システムと言えるだろう。

 しかし廃墟の城とはなんだろう。……もしかすると運営資金が枯渇して、破損個所の修復などが行えなくなったのだろうか? それにギルド武器の行方が分からない事も気にかかる。

 持ち出されたのか、破壊されたのか、瓦礫の中に埋もれているのか。ギルド武器の破壊はギルドの崩壊に直結するが故に、NPCたるリグリットの趨勢が気になるところだが……。

 

 リグリットが長く機能停止状態だったという事は、彼女を創造した主とやらはユグドラシルを半分引退していたのかもしれない。アカウントとアバターだけを残して、ほとんどゲームをしていなかったのだろう。

 となるとリグリットはたった一人、廃墟の城と共に異世界へ転移したのか? いや――恐らくはサービス終了最終日、主とやらはログインしていたのだろう。昔を懐かしみ、過去の楽しい思い出に浸りながら、ギルドメンバーを集めて語り明かしたのかもしれない。

 放置してボロボロになったギルド拠点を見てどう思ったのか? 眠ったままのNPCを眺めて懐かしく思ったのだろうか? そして――サービス終了の瞬間、異世界に転移した事実を自覚したその時、どのように行動したのだろうか?

 

「ああ、気にせんでも大丈夫じゃよ。リーダーにも言われたが、儂の主はもう寿命が尽きてこの世には居ないじゃろう。……同僚達も同じくな。どうも儂が目覚めるまで百年以上経過していたようでのぅ、人間のみで構成されていたギルドが生き残るには長過ぎる年月じゃろうて……」

 

「それでも……リグリットさんが生きているのは、特殊な職業(クラス)を所持しているからですね。最高の五レベルまで上げれば人間種であろうと不老になるという――」

 

 パナが特殊技術(スキル)で確認したリグリットの職業(クラス)構成は、死霊系魔法詠唱者(マジック・キャスター)を柱とし、他を多様性に富んだ――と言うか一貫性の無い組み合わせとするものであった。その複雑な内容はまるで――どんな職業(クラス)なのかを確かめる為、まずNPCに所持させてみて使い勝手を試していたかのようである。

 人間種の老いを抑える職業(クラス)も、そんな試しの一つだったのかもしれない。ただレベルが一であった為、完全に老化を無効にできる訳では無かったのだが……。

 

「この職業(クラス)は老化以外にも多くの状態異常に耐性を持たせてくれるものなんじゃが、今回は寿命を先延ばしにしてくれたおかげで生き残った――という訳じゃな」

 

 リグリットは元々中年女性として創造されたらしいのだが、廃墟となった城に盗掘目的で侵入してきた盗賊達によって起こされ――その者達を皆殺しにした時には、皺の目立つ初老の女性となっていたそうだ。

 その時から更に二百五十年余り……、年月の積み重ねは特殊な職業(クラス)の力をもってしても抑え難い。

 

「もう昔の話じゃ……。儂はもう、この世界の住人じゃと思っとる。だからこそ護りたいんじゃよ。可愛らしい子供達を――」

 

「それで私みたいなプレイヤーを探して、危ない事しないように忠告しているの? ……ってもしかして私以外にもプレイヤーが?!」

 

「ああ……そうじゃな」

 

 目を細めるリグリットは――とうとう覚悟していた百年目がやってきたか、とパナを見つめ呟く。

 パナがプレイヤーであることを確かめたその時から、リグリットは『揺り返しの百年』が訪れたのだと腹の奥で悟っていた。

 一定の期間を置いて現れる神のごとき超越者達、その者達を総じてプレイヤーと呼ぶ。プレイヤーは出現と共に戦乱を巻き起こし、大陸全土を死者で溢れさせる。人間にとって幸運な時代もあれば、絶滅を覚悟する場合もあり、先を読むのは極めて難しい。

 ただ珍しい事に――最初からプレイヤー同士で自己完結したり、最後まで隠居生活を決め込む者も居たりするので、暴れ回った八欲王とは正反対に歴史に残らない場合もある。

 その点で言えば、パナの存在は珍しい部類に入るのかもしれない。

 

「今後はお主以外のプレイヤーも現れる事じゃろうて……。やれやれ、皆が皆、話の分かるプレイヤーだと有難いんじゃがのぉ」

 

「……現れる。……プレイヤーが現れる」

 

 ポッ、っとパナの心に希望の灯がともる。

 異世界の中で自分一人だけ、という絶望感が少しだけ和らぎ、進む先に僅かな明かりが見えてくるかのようだ。

 だけど分かっている。

 ユグドラシル最終日にログインしていたプレイヤーの人数からして、その中のたった一人が自分と同じ時代に異世界転移してくるなんて――そんな可能性はゼロに等しい。

 そんなに都合良く事が運ぶ訳は無い。

 この先プレイヤーに出会うとしても、相手は見知らぬ他人だろう。と言っても希望している骸骨魔王様も完全に他人なのだが……。

 

「まっいいや、世界中旅して骸骨という骸骨全員に抱き付いてやろ~っと。その中で『ちょっおまっ』って叫ぶ骸骨が居たらモモンガさんだろ~し」

 

「ふむ、お主の仲間か? モモンガのぅ……。可能性は低いと思うが、旅先で出会ったらお主の事を伝えても良いぞ」

 

 リグリットの言葉はただの好意でしかない。実際に出会う事もない――と考えているが故に気安く請け負ってしまうのだろう。

 ただ、パナにとっては少しばかり困った親切だ。

 

「いやちょっと待って! 出会ったとしても伝えるのは止めて欲しいなぁ。もしかすると……逃げられるかもしれないから。……あは、あはは」

 

「――まぁ、詳しくは聴かんが……。お主が蒼の薔薇と行動を共にしているなら何時でも会えるしのぅ。何かあればお主に直接伝えるとしよう」

 

 そうしてくれると助かります――そんな弱々しい言葉を最後に、パナは毛布を頭まで引き上げて眠りにつくことをアピールする。とは言え既に周囲は白み始め、朝日が姿を見せようとしている時間帯だ。

 今から眠ってもあまり意味は無いだろう。要するにあまり話題にしたくない、という事だ。リグリットも流石に年の功、微妙な空気の中にパナとモモンガの関係性を読み取り、深入りすべきではないな――と判断を下すのであった。

 

「さ~て、トブの大森林まであと少しじゃ。朝飯食ったら出発するぞ」

 

「ふあ~い」

 

 今日も天気は晴れのようだ。

 空は高く、白い雲は遥か遠くで泳いでいる。こんな日は、リアルで一度も経験したことのないピクニックとやらに赴きたいところであるが、現時点での野営も似たようなものであろう。いや――大自然の中で食事をし、寝泊まりしているのだからキャンプというべきか……。

 どちらにせよ、こんな清々しい日和ならば鎧を着た騎士に襲撃される事もないだろう。

 最高位天使をけしかけられる事もないだろう。

 無論、何処か遠くで心臓を握りつぶすような骸骨魔王が暗黒孔(ブラックホール)を作り出しているなんてことも――有り得ないに違いない。

 

 朝日を浴びた大地は、こんなにも鮮やかで美しいのだから。

 




リグリットがシャルティアと出会ったらプレイヤーと思われるのかも?
百科事典(エンサイクロペディア)が受け渡し可能とまでは知らなかった?

でも大丈夫!
シャルティアは自分が至高の御方に創造されたNPCであることを、自慢げに教えてくれるはずです。
加えてナザリックの自慢話もしてくれるでしょう。
褒め称えて持ち上げれば、その場所が何処なのかすらも……。

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