堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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第二部公開です。

こっそりやって来た至高の御方。
その者が何を行おうとしているのか?

此れは、ユグドラシルのサービス終了一日前のお話です。
そして、とても危険なお話です。



タブラ-2

「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう――って、自分で作ったギミックのパスワードを忘れるなんて、モモンガさんに知られたら何て言われるか……」

 

 ヌメヌメした触手で頭を掻くその奇妙な存在は、人の身体に蛸の頭を乗せたかのような化け物であった。死体を思わせる白さの中に紫が混じったような体色をしており、表面は粘性の体液で覆われているかのように光沢がある。身に付けているものは革の拘束具とでも言うべき幾つものベルトと黒マント。瞳の無い濁った青白い眼からは、まったくと言ってイイほど考えを読み取る事が出来ない。

 

「やれやれ、あと一日ですか……。ユグドラシルもナザリックも、アインズ・ウ-ル・ゴウンも全て消えてなくなる。……あっけないものですねぇ」

 

 その化け物は久しぶりの光景を楽しむかのように、猛毒が立ち込める宝物殿の中をゆっくりと進んでいた。この者にとっては展示されている武具も、床に転がっている用途不明のアイテムも、積み上げられた膨大な金貨すらも、懐かしい思い出の壱ページに過ぎない。

 

「出来れば最終日に来たかったのですが……まぁ仕方ありません。一日前でも時間を融通できたのは僥倖と言うべきでしょう。それに……最後のドッキリを仕掛けるにはちょうど良かったのかもしれませんね」

 

 化け物は誰かに語りかけているつもりだったのかもしれない。今そこに、すぐ隣に、懐かしい仲間でもいるかのような口調だ。

 もちろん、誰も居ない空虚な空間であることは当人がよく知っているわけだが……。

 

「それにしてもナザリックが現存していて、しかも完璧な状態を保っているとは……。モモンガさんもたった一人で……いや、どうして一人なのでしょうねぇ。最低でもパナップさんは残っていると――」

 

 触手をウネウネさせながら一人呟く化け物は、骸骨魔王の傍を嬉しそうに駆け回る堕天使の姿を思い起こしていた。あの人なら多少の無理をしてでも、モモンガさんと二人っきりの状況を手放す訳がない。その事は、ギルド長以外の者なら誰でも知り得ている公然の秘密であり、懐かしい思い出だ。

 

「何かあった――のでしょうねぇ。今の世の中、楽な人生を送っている者など僅かしかいないのですから……。――さて、そろそろかな?」

 

 六本の触手を無造作に動かしながら視線を先に向けると、白くて広い空間が見えてくる。

 其処は酷く寂しい大広間であった。テーブル一つとソファーが二つ。そしてのっぺりとした埴輪顔の、軍服を着込んだNPCが一体佇んでいるだけだ。

 

「え~っとドッペルゲンガーの……パンドラだったかな? ギルドメンバーの外装を全てコピーしたNPCだったと記憶しているけど、モモンガさんもどうしてこんな能力設定にしたのか……。戦闘ではあまり役に立たないだろうし……、去っていくメンバーの姿を残したかったのですかね」

 

 パンドラの正面に立つ粘体の化け物は、ギルド長が製作したNPCの姿を上から下まで嘗め回すと、ふと思い出したかのようにコマンドを口にした。

 

「変身、ぷにっと萌え」

 

 それは随分前に引退した軍師の名だ。姿は植物モンスターそのモノであり、詳細はグネグネと全身を波打たせていたパンドラの変身を見ればよく分かる。

 

「はは、見事なものですね。ぷにっとさんそっくりですよ。まぁ、アバターデータをそっくりそのまま入れ込んだのだから当たり前でしょうけどね」

 

 久しぶりに出会えた過去の天才を前にして、触手を持つ化け物は少し嬉しそうだ。続けてコマンドを唱える其の口調からして、機嫌が良いのは間違いないだろう。

 

「変身、ペロロンチーノ」

「変身、ぶくぶく茶釜」

「変身、たっち・みー」

「変身――――」

 

 次から次へと現れる懐かしい仲間の姿に、全盛期だったアインズ・ウール・ゴウンの記憶が重なる。

 何処へ行っても楽しかった。

 多くのプレイヤーから反感を買っても笑っていられた。

 全滅してもへこたれなかった。

 なぜなら、仲間が居たから……。

 

「変身、モモンガ」

 

 触手をユラユラさせる化け物の前には、死の支配者(オーバーロード)が姿を見せていた。もちろん本物のギルド長ではないが、なんとなく気まずい雰囲気がその場に漂い、沈黙の時が流れる。

 

(貴方ともっと遊んでいたかった。……ふふ、モモンガさんにとっては仲間のスケジュール調整ばかりで楽しくなかったかもしれませんがね。……いえいえ、ごめんなさい。冗談ですよモモンガさん。……本当に、……楽しかったですよね)

 

 蛸のような頭を幾度か振り、化け物はその場から更に奥へ進もうとし、そこでハッと何かを思いついたのか、振り返ってコマンドを放っていた。

 

「変身、タブラ・スマラグティナ」

 

 パンドラは更なる変身を遂げ、「おおぉ……」と感嘆の声を漏らす化け物の前に、六本の触手を持つ奇怪なブレインイーターを出現させる。

 

「やっぱり最高の出来だね。異形種の中でも抜きん出た美しさだ。触手といい肌つやといい、これ以上のアバターは造り出せないに違いない。……とは言え、あと一日で全て消えてしまうのか。……儚いものですね」

 

 この場にモモンガが居れば「はい、そうですね」と相槌を打ってくれたに違いない。消え去ってしまうナザリックとNPC、そしてメンバー達との思い出に深い悲しみを覚えてくれたことであろう。

 ただ、そんなしんみりとした――何処にでもある追悼シーンなんぞ糞くらえだ。

 

(アインズ・ウール・ゴウンの終わりなら、それに相応しい終わり方があると思います。そうでしょう? モモンガさん)

 

 触手の化け物は、変身させたパンドラを放置して奥へ進んだ。

 その先にある空間は霊廟である。

 何時、誰がその名を付けたのかは知らないが――まぁ恐らくモモンガさんだろうけど――、引退していったギルドメンバーの最強装備が安置された寂しい場所だ。ギルメンの姿を中途半端に模した歪な姿のゴーレム達が、より一層この場のカルマ値を下げているように感じてしまう。

 

「あっ、指輪を外すの忘れて――ぶはっ!!」

 

 強烈な弓矢による攻撃が蛸の頭を撃ち抜き、触手の化け物はその場から激しく吹っ飛ばされる。ガッツリ削れるHPと身を汚す状態異常の警告音に、ぼんやりしていた頭が一気に覚醒した。

 

「まずい! 此処はギルメンでもダメージを受けるんだった! 逃げないとっ!!」

 

 霊廟に拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を持ち込むと『アヴァターラ』が攻撃を仕掛けてくる。そんな事すら忘れてしまったのか――と、化け物は自嘲と共に転がりながら次弾を避け、瞬時に魔法を発動させていた。

 

転移(テレポーテーション)! ――あっ! 転移阻害が――」

 

 何かを後悔したかのようにも見えたが、化け物は何事もなく霊廟からパンドラのいる広い空間へ転移を終える。

 辺りを見回し、触手をフリフリさせ、粘体の化け物は酷く疲れたようにため息を吐く。

 

「一人で何をやっているんだか……。転移阻害は各階層間の移動に関する場合のみでしたね。はぁ、こんなにも多くの事を忘れているとは……」

 

 確かに長い間ログインしていなかった。ユグドラシルの事を思い出さなかった日々も多い。それでもこの場にモモンガが居たら、酷く悲しい瞳で見つめてきただろう。――骸骨だから瞳は無いが。

 

「やれやれ、この場にるし★ふぁーさんとかウルベルトさんが居なくて助かりました。あの人達が居たら今頃どんな酷い目に遭っていた事か……。まぁ、当の昔に引退してしまったのですから有り得ない話ですけどね」

 

 何処か遠くを見つめていた軟体生物は、身に付けていた指輪をテーブルの上に置くと、改めて霊廟の中へ入っていった。

 

 今度はトラブルも無く、戻ってくるまでに費やした時間も僅かだ。

 霊廟の奥底に安置されたギルドの秘宝を取りに行くだけなのだから、それほど手間はかかるまい。ただ、其れを取り出して良いのかと疑問に思うかもしれないが。

 

 ――世界級(ワールド)アイテム――

 アインズ・ウール・ゴウンが誇る最強にして最高のレアアイテムだ。

 その数は十一。

 数多あるギルドの中で最多の所持数を誇り、その地位はサービス終了を迎えようとする現時点においても変わらない。

 

「本当ならギルドメンバーの許可が必要な行為ですけど……今はモモンガさんしかいませんしね。そのモモンガさんをドッキリに嵌めようとしているのに、許可なんてもらえる訳がありませんよね~」

 

 あははは――と一人笑いながら、化け物は手にした短杖(ワンド)を掲げる。

 それはとても美しく、唯一無二の存在だった。

 先端で浮遊する黒い球体も、捻じれた持ち手の部分も、所持する事で身に宿る尋常ならざる加護も――。全てがユグドラシル最高のアイテムであることを指し示している。

 

「さてと、仕上げは玉座の間ですね。これが最後の……ギルド長に捧げるギルメンからの悪戯になるのですから、しっかりとやり遂げたいものです」

 

 テーブルの指輪を拾い上げ、触手を揺らす化け物は即座に姿を消した。後に残ったのは、軟体生物に変身したままのパンドラと広くて空虚な空間だけだ。そして、もうこの場所には誰も来ないのだろう。

 ユグドラシルのサービス終了まであと一日。

 積み上げられた緻密なデータと、情熱の残り火が無となるまであと一日なのだ。

 とは言え、その事を惜しむ人間は少ない。多くの者にとってこの場は過去なのだ。昔遊んだ懐かしいゲーム、その程度に過ぎないであろう。

 もちろんギルド長も分かってはいる。

 分かっているからこそ、自分の我儘を自覚しながらメールを送ったのだ、サービス最終日に皆で集まりましょう――と。

 

 

 玉座の間は何時もの通りの静けさで触手の化け物を迎え入れていた。玉座の隣に控える白いNPCもまた、己の造物主を無機質な瞳と決められたAIで迎える。

 

「うん、我ながら完璧なNPCを創ったものですね。とは言え、肝心の魔王が隣に居ないと完成とは言えませんが……」

 

 玉座の間に控えるNPCアルベドは、王妃と成るべくして生み出された存在であり、一体だけでは完成に至らない。そう――隣の玉座に骸骨魔王たるモモンガが座ってこそ、全ての歯車が噛み合うのだ。

 ただもう一点、魔王を倒しに来た勇者がモモンガと対峙してくれたなら何も言う事は無いのだが……。

 

「結局、悪のギルドは滅ぼされないままでしたね。良かったと言うべきか、つまらないとぼやくべきか――」

 

 ヌメヌメした触手を軽く揺らしながら、化け物はアルベドの前まで進み、手にした究極のアイテム『真なる無(ギンヌンガガプ)』を差し出した。

 

「ふふふ、るし★ふぁーさん、貴方がヘロヘロさんに無理やり作らせたAIが日の目を見ますよ。引退を告げに来たあの日、強引に押し付けてきて……此方としては絶対に使わないだろうと思っていましたけど、まさかのまさかですね」

 

 過去の思い出に浸りながら、その化け物はクリエイトツールを起動させ、特殊なAIを目の前のアルベドに組み込む。

 AIはNPCの行動を制御するものだが、通常はごく単純な所作を行わせるものばかりである。挨拶、移動、待機などが一般的であり、それ以上の複雑な動きはヘロヘロみたいな専門職が組み上げるしかない。勿論運営からも一通り配布されてはいるが、オリジナルが欲しいプレイヤーの心理からすると満足できる内容ではないのだ。

 今回ヘロヘロがるし★ふぁーのお願いに負けて作成したAIは、指定された時間に、特定の武器を用いて特定の場所を攻撃するというものである。

 本当なら、るし★ふぁーはシャルティアなどに組み込んでペロロンチーノを巻き込むような攻撃をさせようと思っていたらしいのだが、人のNPCを勝手に弄ったら流石のペロロンも怒るだろうと実行に移せなかったのだ。

 どうせ同士討ち(フレンドリィ・ファイア)禁止のシステムがあるんだから別にイイだろ――っとるし★ふぁーはボヤいていたそうだが、確かに自分が造り上げたNPCのAIを勝手に変更されたらイイ気はしない。それは終了間近になった今に於いても同じ事だ。

 しかし逆に考えると、自分のNPCなら問題ないと言う事になる。

 

「アルベド……。明日の二十三時五十分、終わりを迎える十分前、モモンガさんは必ず玉座の間で――玉座に座って感慨に耽りながら最後の時を待つだろう。狙うはその時だ。真なる無(ギンヌンガガプ)で『玉座』を全力攻撃せよ」

 

 蛸の頭の奥でニヤリと笑いながら、粘体の化け物は絶対的な命令をアルベドに与えた。これはどんなことをしても逆らえない最上級の命令であり、組み込まれたAIが一切の行動を縛る。

 玉座を標的にしたのは、ギルメンを攻撃目標に出来ないという拠点防衛用NPCの特性を避けるためだ。攻撃目標が物やアイテムなら何も問題は無い。たとえ其処にその瞬間、骸骨魔王が座っていたとしても攻撃の手が止まる事は無い。

 此れは――アインズ・ウール・ゴウンの最後を飾る悪戯としては最高にして最悪と言える内容だろう。モモンガは洒落にならないほど驚くに違いない。ブチ切れて怒りのメールを送ってくるだろう。

 だがそれでイイのだ。

 怒り狂ってメールを送ってくるのなら、誠心誠意謝ってお詫びの食事会でも開くとしよう。普通に誘ってもモモンガさんは遠慮してしまうだろうから、此方から口実を作るとしようか。

 その時に今回の悪戯も良い思い出になるだろう。――と言うか、なって欲しい。

 

(最後の最後まで自分の我儘を表に出さない人でしたからね。まぁ、多少の荒療治は仕方ないと思ってもらいましょう)

 

 平和的に終わるなんてアインズ・ウール・ゴウンとしては恥ずべき事態でしょう? そんなあまりに自分勝手とも言える思考を押し付けて、触手の化け物は踵を返し、その場から立ち去ろうとしていた。

 

「ああ……でもその瞬間を見ていたかったなぁ。アルベドの攻撃をまともに受けるモモンガさん――、きっと記念すべき最高の……面白くて堪らない光景となるでしょうねぇ。パナップさんも残っていたら……、一緒に楽しめたでしょうに」

 

 触手の全てが震えるほど、アバターの視界がぼやけるほど、懐かしくて――切なくて、過去になってしまった輝かしい思い出が胸に迫る。

 たかがゲームの終りと言うだろうか。

 まぁそれは違いないが、ゲームで出会った人は確かに存在する現実の人間達だ。そんな人達と知恵を出し合い、話し合って協力して、大きな目標を達成したのも現実であろう。

 何より歯応えがあった。

 人を欺き、騙し、手玉に取る行為は、相手が現実の人間だからこそ興奮する。もちろんやり返される事も想定の内だ。そうでなくては面白くない。

 

 だが……、もう御仕舞いだ。

 ステージは次へと移る。

 

「アインズ・ウール・ゴウン消滅まであと一日、か。……それではアルベド、仕上げは頼みましたよ」

 

 返事が来ない事を分かっていたのか、触手の化け物は振り返る事も無く、大扉を通り抜け玉座の間を後にした。

 そして直後に姿を消し、ナザリックから――いや、この世界から居なくなった。

 玉座の間にはNPCのアルベドだけが残され、いつものように決められた姿勢で玉座の隣を飾っている。

 ただ一点、アルベドの手の中では世界級(ワールド)アイテム『真なる無(ギンヌンガガプ)』が不気味な輝きを放っており、何やら不穏な空気を漂わせていた。

 とは言ってもこれはゲームだ。

 それもあと一日で終わってしまう末期ゲームだ。

 不気味であろうと不穏であろうと、もうすぐ消えて無くなるデジタルデータに過ぎない。

 

 ――そう、姿を消した触手の化け物も同じような考えであったはずだ。

 ――そして、其の考えは間違っていないはずだった。

 ――しかし――

 




アインズ・ウール・ゴウンの問題児は、るし★ふぁーだけじゃなかった。
と言うより、皆少なからず問題児だったのでは?
ぷにっと萌えさんが居ないと大変でしょうねぇ。

ブレインイーターが仕掛けたイタズラ。
はたしてモモンガは、アルベドは――どう対処するのか?
原作既読者ならもちろん知ってますよね。

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